ぱせんの話この小説は「電波戦士 (並びに相棒、異能力) 」という単語を好き勝手に自己解釈し、その世界観説明の為ひねり出した文になります。
オリジナルの「電波戦士」の発案・執筆者様、その派生作品製作及び執筆者様方の世界観とは別のものになります。基本的な設定をお借りして勝手に製作したものだとお考え下さい。
勿論、オリジナルのゲームとも関係はありません。キャラクターや世界観をお借りして行った二次創作です。
実在の事件・事故とも一切関係ありません。
※書いた人の趣味で欠損が発生します。
最近、やけに通信障害が多い。
インターネット、電話、テレビ、ラジオ等種類を問わず、ごく短いが高い頻度で切断やノイズが発生する。
通信会社の一社のみに頻発していたり、通信機器の一部だけに一斉に障害が起こるのならばまだ解る。
しかし、それら全体が不定期に不揃いに種類を問わずに頻発するとなると、異様であり不気味だ。通信が盛んに行われ、社会の一部にも組み込まれた現代では、例え障害の発生が微々たるものとはいえども、少なからず問題が起きてしまう。
あらゆる部門が原因究明に向け動いているらしいのだが、これといって進展は無い。
自室で流し見していたテレビの中で、初老の男性が丁度この通信障害について語っていた。
彼はどうやらオカルトの専門家であるらしく、「宇宙人による地球侵略の為の電波妨害説」を熱弁している。正直にいえば荒唐無稽だが、非日常感を味わえて少し面白くもある解説だった。番組を映し出しているテレビにも時折ノイズが走る為、リアリティがある様にも思える。
『そうやってキミは小馬鹿にしているが、最近は小型の宇宙人が目撃される事も度々発生していて…』
出演者に鼻で笑われた男性が声を荒げた。熱弁を奮う男性を司会者がろくに取り合わず、絵空事と貶しながら笑い者にして番組を回していく。
どうやら彼は、ピエロとしてこの番組に呼ばれていた様だ。
「………」
リモコンを操作してテレビの電源を切る。
カラフルな画面がブチリと途切れ、ただひたすらに真っ黒な画面へと切り替わった。
あの男性自身が真偽の怪しい発言をして笑いを取るという、そういう形の商売をしている可能性もあるけども。……少なくとも、わざわざ液晶画面に映し出してまで、視聴していたいものでもない。
仕事を全うしたリモコンを投げ出し、そのまま後ろに倒れ仰向けに寝そべる。
「……電波妨害かぁ」
流石に宇宙人の仕業だとは思わないけれども、何かしらの原因があるのだろう。太陽が爆発し、その衝撃で磁気嵐が発生し通信障害が…等という話をどこかで聞いた事はある。だが、現状は国内で多発しているだけで、地球規模としては少ない様であり、これでは無さそうだ。それに、万が一原因が太陽の爆発によるものだったならば、その筋の科学者が既に突き止め、発表や対策をしているハズである。
現状解っている事は、原因の分からない障害が、少しずつ増えているという事実だけ。何かしらによる攻撃と思いたくもなるだろう。だって不気味だもん。
……まぁ私には関係の無いことか、とここで考えを止める。ネットも多少の調べものや無意味なサーフィン程度にしか利用しないし、テレビも冷やかす程度、電話ですら最後に掛けたのはいつだったか。住んでいる場所もデジタル化の進んだ都市部ではなく、ビルよりも畑の方が多い地方である為に、あまり影響はない。正直に言えば普段と変わりの無い生活が送れているし、この様な難問を解決したいならば、時間と専門家に任せるしか方法は無い。
気分を変えようと仰向けになったまま枕元を探る。確かここら辺に置いていたハズ、と手を伸ばした先に目当てのモノの感触を引き当てた。引っ張り出したそれは、手のひら大の二つ折りのゲーム機器。発売してからもう何年も経つが、普及率の凄まじさも相まって、今でも遊ぶ者が多い人気機種だ。対応ソフトを買わずとも遊べる内蔵ゲームの一つに、同端末を持った者とすれ違うと、自動で通信し交流を行えるという機能がある。この機能を使うと、現在でもぼちぼちと同好者と出会う事がいまだに可能であり、その人気と普及率を裏付けていた。
そんな「今でも遊ぶ者」に含まれている私は端末の電源を入れる。見慣れたアイコンに触れると、どこか呑気で牧羊的な音楽と共に、デフォルメされたキャラクター達のRPGが起動した。このゲームはRPGならではの冒険のみならず、釣りを極めてみたり着せ替えをしたり、好みのキャラクターを産み出したり等と多種多様な遊び方ができる。その為、なかなかに飽きが来ない。ここ暫くは『ゲーム内通貨を使用し、選択した三つのアイテムを別の一つのアイテムへとランダムに錬成する』という作業にのめりこんでおり、ゲーム内通貨が常に足りていなかった。低確率ではあるが、入手困難なアイテムや有用なアイテムが錬成できる為、異様な中毒性がある。
その作業と快感の為にも、いつもの金策ステージに向おうとキャラクターを操作した所で、何か違和感を覚えた。
「……ん、」
操作しているハズのキャラクターが、後ろを向いたまま動かない。なにか入力がおかしいのだろうか。操作スティックの不調だろうか。長年使っているから多少は傷んでいても不思議ではないし、なんなら劣化のせいかたまに勝手に動く。
ゲームを一旦終了しスティックの調整でも行おうかとして気がついた。後ろを向いていたハズのキャラクターが、こちらを向いている。
更に言えば、明らかにこちらを見据え視線と視線が交わっている。……本来のこのゲーム画面ではあり得ない動きのハズなんだが。
「………あぁ?」
見間違いではないかと思い、一度視線を外してから改めて画面を見た。だが、眼力の強い色黒の操作キャラクター…"さやね"という名が付いたお気に入りの電波人間は、そのまま変わらずにこちらを見つめていた。
いや、まさか。
「…あの電波障害って、まさかゲームにも影響出んの?」
一応は通信機能も駆使できる端末ではあるし、訳の分からない障害である以上ありえるのかもしれない。それは流石に嫌なんだけども。
「"電波障害"……ですか、言い得て妙ですね」
真面目そうな聞き慣れた声が、聞いたことの無い文字列を喋った。
「……は?」
「思っているよりも事態を把握しているのならば、話が早くて助かるのですが。ちょっとお時間宜しいでしょうか?」
明らかに『ゲーム内にいるキャラクターである"さやね"』が、『現実世界にいる者』に向かって話かけて来ている。あとは合成音声っぽさが地味に薄くなっており、更には字幕が出ていない。
「なにこれ」
「……お部屋、失礼しますね?」
そう言ってさやねは天に手を伸ばし、ゲームの画面に『内側』から触れ、そのままぬるりと小さなデフォルメの姿のまま『現実世界』に出現した。
最近の通信障害は、ゲームのキャラクターに自我を持たせて具現化すらさせるのか。時代は最先端になったとはいうが、また随分とハイカラな事を。この障害を解明して特許取ったらバカ売れするだろうなぁ。
事態がいまいち飲み込めず、端末を持ったまま固まっていると、現実世界に現れたさやねが顔をしかめた。
「……貴方、こんな薄暗い部屋で仰向けに寝転んだままゲームをしていたんですか? 目が悪くなりますし、うっかり本体を顔に落としでもしたら痛いですよ」
さやねはそういって辺りを見回してからふよふよと飛び、室内灯のスイッチをパチリと押して電気を点けた。
「大事なお話があります、起きて戴けませんか」
ゲームの世界のキャラクターである"さやね"が、目の前で喋って動いて電気まで点けている。大きさも態度も、猫の様な形の頭もそのままに。声に関しては肉声っぽくなってはいるが、印象とトーンは変わらない。なんだったら彼女に似合うと思って装備させていた、"あくまのしっぽ"までそのままに。
「なんだこれ」
「それも今から説明させて戴きますので」
そう言ってさやねがトントンと優しく肩を叩いて、早く起きろと急かしてきた。
触られた感覚が間違いなくある。なんだこれ。
何か飲み物でもあったほうが良いかと、適当に見繕った入れ物をテーブルに乗せ、さやね用の飲み物を注ぐ。ガシャポンマシーンで衝動買いしていた、小さな陶器製のマグカップが、電波人間のサイズに丁度合っていた。…ドールハウスとかあったら更に楽しいだろうなと、ドールハウスを使用するさやねをぼんやり想像してニヤけつつ、自分用として常用しているマグカップにも注いでおく。
……ボトルを置いてから気が付いたが、炭酸水で大丈夫だったのだろうか。こういう時って基本はお茶だよな。家に無いけど。
「……それでは、改めてになりますが」
真面目系特有のお堅いイメージのまま、凛とした声が液晶を挟まずにこちらの耳に届く。
「直接でのお話は初めまして。私は電波人間のさやねと申します。この度はにんげんさんにお願いがありまして、代表としてこちらの世界にお伺いしました」
「…はぁ、ええ、存じております」
声に違わぬ凛とした態度に触発され、こちらも正座に直り、つい敬語になる。
「その前にまずお聞きしたいのですが、先程の"電波障害"についてはどの程度把握しているのでしょうか?」
「え? ええと…、国内で色々な通信障害が頻発するようになったが原因は解っていないらしくて大変そうだな、というくらいしか」
「……そうでしたか」
少し残念そうな声が混ざっているので、変な期待をさせてしまったのかもしれない。…いや、なんで現実世界の出来事についてゲーム世界の者が詳しそうなんだ。
「……それでは簡潔に、説明させて戴きますね」
真剣な眼差しがこちらに向けられた。独特な強い眼力もあり、少したじろぎそうになる。
「このにんげんさんの世界で起きている"電波障害"は、私たち電波人間が関わっています」
「は、はい…?」
「私たちの多くは、にんげんさん達の世界の電波から生まれ、その電波を縄張りとし暮らしているのはご存知ですよね?」
「いや、それは、あの、ゲームの世界の話と設定であって、現実とは関係の無い話なんじゃ……」
「…私がこの3DSの世界で暮らしているのは、貴方がにんげんさんの世界で私を縄張りから連れ出してくれたからでしょう?」
いや、そうだけども。
主人公の電波人間に言われるがまま、開始早々この子を網に引っ掛けたのはこの私だ。
「やはり、ある程度成長した個体のにんげんさんとなると、いつも目に見えている物や情報ばかりを頼りにしてしまいがち……なんですかねぇ」
本来は肉眼で見えないとされる存在が、小さく溜め息をつく。どちらかというと幽霊やUFOも信じているタイプではあるが、ゲームのキャラクターである電波人間が「実際に存在している」と言われてもピンと来ない。
そう言い張る電波人間が実際に目の前にいる訳だが。
「だからなるべく幼体を選べと言う訳なんでしょうけど……まぁともかく、話を戻しますね」
眉間にシワが寄ったまま話を続けるさやね。
「……詳しく話しますと、悪意のある魔物…言うなれば電波世界のモンスター達が、電波人間とにんげんさんの世界の関係に着目したらしく、あろうことかにんげんさんの世界に自分達のバックアップを作ってしまったんです。その上そのバックアップ達は私達の縄張りや電波の発生元を攻撃し始めてしまって……。彼らも私達と同じく、にんげんさんの世界に大きな影響を直接は与えられない様なのですが、電波人間の存在する次元での攻撃と破壊が繰り返されているが為に、にんげんさんにとっては謎の通信障害という形で影響が出てしまったのです」
「は、はぁ…」
もしも、さやねの言う事が事実ならば、電波障害というか魔物障害というか。そりゃ専門家もわかんねぇわと納得もする。電波人間を狙うモンスターによる影響ですーなんて言われても信じられないもん。
そしてモンスターからしてみれば、電波さえあれば無限に復活しうる電波人間の源を断つ事により、大幅に戦力を削れる。そうなれば、電波人間と協力関係にあり、悪意あるモンスターにとっては天敵とも呼べる、妖精達の影響も抑え込める。
更には割りを食う人間は無抵抗であるし、メリットしかない。大迷惑だけど。
「にんげんさんの世界に漏れだしてしまったモンスター達を、全て本来住む世界に還さない限り、この問題は解決しません。というよりも、どんどん悪化していきます。ですが、精霊さんの力が及ばないにんげんさんの世界では、妖精さんはモンスターを封印することはおろか降り立つことも出来なくて。にんげんさんの世界に漂う電波人間達も、攻撃されている事もあるせいか、力を出しきれずにいまして」
あ、モンスターも電波人間も来られるけど妖精は来られないのか。矢面に立ちたがらない種族だから、イマイチ信用ならないと思うけど。……まぁ、精霊の恩恵を強く受けている種族っぽいし、そういう制限はあるのだろうか。どちらにしろモンスター側にはメリットしかない。
……それにしても誰だろうか、現実世界にバックアップを作ることを思い付いたモンスターって。
やっぱりジャシン教なんだろうか。あそこら辺は魔力も高いみたいだし。アフラーマのバックアップとか、実は近所の電波にいたりするのだろうか。あのプライド高そうな人をコップに閉じ込めたらどんな反応するんだろう。……やってみたいな。
「にんげんさんの世界で戦うには、にんげんさんの協力が不可欠であると言う事は確実で……。私達の仲間と縄張りを救うため、電波戦士となってモンスターの討伐をして戴けませんでしょうか」
「……ん?」
話が飛んだな。
「………電波戦士、って…? というか、今、討伐って…」
「そのままの意味で、電波体の戦士となって、モンスターと戦って戴きたく」
「えっ、いや、私完全に一般人なので、武術どころか体育会系でもないので、戦うとかそういったのは…」
せめて剣道や柔道等をやっている人に持ち掛けるべき話だ。少なくとも、体力測定のシャトルランのメロディにすら恐怖を覚える者にする話ではない。
「そこは御心配無く。電波体として変換する際に、私達に含まれている今までの経験というデータ…いうなればゲームとしてのプレイ時間ややりこみ度を参照して、それに伴う強さ……"異能力"を付与します。戦闘についても、にんげんさんとして戦って戴くのではなく、にんげんさんそれぞれに見合った"理想となる戦い方"が出来る姿……、にんげんでも電波人間でも無い、理想の姿を持った"電波戦士"という存在に変身して戴きます」
「す、凄い技術というか…、アニメか漫画みたいな話だなこれ」
さやねと言う電波人間が、詐欺紛いの魔法少女勧誘を行った、白いウサギの様なマスコットに見えてくるのは気のせいだろうか。
「私達の世界は多重構造であり、色々な世界が重なり合って出来ているのですが、事態を重く見た各世界の電波人間や妖精の女王が技術を産み出しまして」
超次元な話をさらりとしているし、やっぱりそれなんじゃないかな。言ってる事は「私と契約して電波戦士になってよ!」だもんな。
「ただ、次元を越えて作用させる力な以上、一つの世界につきにんげんさん一人ぶんの力しか確保できなくて…。各世界毎に、電波人間に理解と交友のある、お世話になっているにんげんさん達にお願いすることとなったんです」
つまり、電波戦士は複数いる訳か。恐らくプレイヤーの数だけ候補がいる。
「負傷や生命に関しても、電波戦士としての怪我や死亡でしたら、電波人間と同様にアンテナや薬での治療や復活が可能です。あまりにも死亡率が高い場合は、精神面を考慮し電波戦士としての活動を停止させて戴く事になるかも知れませんが……。傷付くのは電波戦士としての体であって、にんげんさんとしての体には影響がありませんので」
あ、ここはちょっとちがうな。あっちはモロに死んでたし。未成年も多いだろうからなこっちは。……いやあっちも学生か。
「……ともかく、一度電波戦士としての実力を試してみませんか…?」
「…うー…ん……」
『シリーズ累計数百万DL突破!』というキャンペーンを何度かしていたし、私がやる必要は無くないか。その中にもっと適正がある人がいるだろうし。…でも近所で長期的にプレイしてる人は、すれ違い機能でもあまり確認できてはいない。8世代以降を連れているユーザーを見掛けると、思わずスクショを撮りたくなるレベルには少ない。
……ということは、リリースからだいぶ経つのも相まって、現在の総アクティブ数は案外少ないのかもしれない。
「……私達の存在や通信障害の実態についても、直接見て戴いた方が早いでしょうし」
少しだけさやねの声色にトゲがある。もしかしなくとも、全てを信じていない事を気にしていらっしゃる。まぁ、百聞は一見に如かずと昔から言うし、正直信じきるのは難しい。
まぁ、真偽はともかく 『電波人間の世界観で変身し、VR体験をしながら遊べる討伐ゲーム』と考えるならば魅力的だ。こちらに実害も無く、電波人間達にもメリットがあるならば良いことづくめではある。
「……試してみて合わなかった場合、断っても?」
「それは勿論です。にんげんさんにも都合がありますし、無理強いはしません」
……そうか。それなら、いいかも。
「……なら、やってみる」
「い、良いんですね…? いや、いえっ、ご快諾ありがとうございます!」
それでは早速、とさやねがこちらに飛び寄ってくる。そして、私の手を取り自らの手も重ねてこちらを見た。
「…へ、変身アイテム的なのとかは…?」
こういうので良くある奴が貰えたりするのだろうか。ステッキとかチャームとかベルトとか。
「強いて言うならば……、初回は私がそれですね。私達の世界で預かってきた電波戦士となる力を貴方にお渡ししますので。その後は任意で変身が可能になります」
私のお気に入りの電波人間が、とんでもない能力引っ提げて現実世界に実体化していた件について。…なんかこんな小説ありそうだな。
「これから私と同期して戴き、今後は私が案内、そして補佐を務める"相棒"となります。い、一応、貴方との接点が多く先頭を預かることが多かったという事で、私が代表として選ばれたのですが…。こ、これについては宜しいでしょうか? 」
「さやね嬢は最推しなんで大歓迎です」
「あ、はい」
つい出た本音にちょっと引かれた気がした。
「……で、では、お渡ししますね…!」
気を取り直すかの様にそういって、さやねの体が淡く光った。そして光は徐々に強さを増し、さやねの腕を伝いこちらにやってきて、こちらの全身を覆い尽くす。その光が肌に浸透し、内側の何かを組み替え書き換えている様なこそばゆい感覚が走り、それと共に光の点滅も脳内を駆け巡る。目を瞑ってもクソ眩しい。
幼い頃ならば胸が踊り、困惑しつつも興奮していたかもしれない。変身ものの主人公になった様な気分だ。でも今となっては強い光のせいか感覚のせいか、なんだか体に悪そうな方が気になる。……本当に大丈夫なんだろうか、これ。
光の点滅が収まり、体に全てが溶けきったのをなんとなく感じた。
「……これで貴方は、電波戦士として………あれっ?」
さやねの裏返った声に目を開いた。
「…ど、どうした?」
お、おかしいですね…? 変身したはずなのですが、その…一応服は変わってはいるのですが…その…」
困惑し言い淀む声につられ、自分の姿を見る。
指先の無い黒い手袋に黒いコート。常用している肩掛けの大きめバッグにいつものズボン。なんならコートの下はさっきまで着ていた服を身に付けているし、普段使いの眼鏡も掛けたまま。
"戦士"と呼ぶには厳しい、余りにも普通の装い。……というかこれ、私の冬服じゃないか。
「髪の色も変わっては、います、ね…」
縛っていた後ろ髪を前に送ると、白を少し混ぜた紫色の髪になっていた。確か藤色というんだったか。良い色。
「………あの、こちらの失態ならば申し訳ないのですが、その…。あまり変わらないって、もしかして大変なナルシストだったりします…?」
君、結構失礼な事言ってないか。でも実際こうなったという以上は、そういう事なんだろうか。
「自分で自分を殺せない程度には自分が嫌いだし、好きでもあるかなぁ」
「は、はぁ…」
「動きやすい格好ではあるし好きな色の髪の毛だし、これでしっかり変身してるのだと思う」
改めて自身の姿や体を確認する。髪色以外は至って普通だ。
『ち、力が溢れてくる…!?』といった良く有りそうな事も無い。
「…その、変身後の姿で大体の戦闘スタイルや異能力が解り、更には相棒として同期したことによって、電波人間と電波戦士の互いの能力もある程度は共有する様になるそうなんですが…、その……」
アンテナ持ちが相棒だったらその能力が使えるようになったりするのだろうか。さやねはアンテナ無しなので力が強いハズ。かわいくて強い素敵な子。
…というか言い淀むってことは、さやねの方もこちら由来の能力を得た実感が無いということか。
「わかんないよねぇこれ…」
「あの、その…、はい…」
「…なんかごめん」
「……あ、いえ、こちらこそ…」
悪いことしたわけではないハズなのに、気まずいなぁ。
「…とりあえず電波戦士について教えて欲しい、全く解らない」
「あ……、はい」
さやねが気を取り直して、姿勢を正す。
「えっと、ですね…。電波戦士となった以上は身体能力が向上しているハズなんです。更にはプレイ時間や進行度によって異能力の付与や強化がなされ、人によっては武術、魔術等の適性も芽生える…そうなんですが…」
「確か全クリして四桁時間くらいは遊んでいるハズなのに全く感じない」
Freeのジャシンパーフェクトにも会ったはずなのだけど、気のせいだったのかもしれない。あのぷにもちボディの腹を吸えなかったのは幻覚だったからか。なるほど。
「えっと、その、……すみません、続けますね」
一体何処が強化されたのだろうか。本人の理想に寄せるらしいから、私のせいか。うーん。
「…電波戦士へと変身したと同時に、にんげんさんは電波人間の住む世界に入ります。解りやすく言えば『電波人間の縄張りがある空間』と言った所でしょうか…。しかし、その世界に入った事は普通のにんげんさんには解りません。目の前で急に消失した様に映ってしまいます。なので、人前での変身は絶対に避けて下さい」
――『人間が突如完全消失!神隠しかテレポートか!!?』と、あのオカルト研究家のおっさんの興奮している姿が頭の中で再生された。楽しそう。
でも実際はトラブルしか起きないな。
「そして、この世界はにんげんさんの住む世界と重なった、少しだけずれた所にあります。なので、電波戦士以外のにんげんさんはいないハズです」
「…というかここが、電波人間の住む世界だと?」
「そうなりますね」
なるほど、いつの間に。
「光景が全く変わらない」
「……でも、車の走る音や鳥の鳴き声が聞こえて来ないでしょう?」
「あ…」
視覚には馴染みの自室が広がっている。
しかし、ここで本来聞こえるべき人間の生活音や生物達の声、なんなら風の音まで一切聞こえない。現実ならばありえない程の無音。
『生物が全て滅んだ後の貴方の部屋ですよ』と言われたら納得する。
「……ただ、おかしいですね…。電波人間もいない、なんて……」
本来ならば飛んでるハズだよなぁ、それはもうふよふよと。だから余計に実感が無かった訳か。
「……部屋の外を確認しても、宜しいでしょうか」
能力が解らないまま出るのって危険すぎませんかね、と喉元まで出かかったのを抑える。……目の前にいる"さやね"を捕まえたのはこの自室。つまり誰もいないと言う事は、本来彼女が住んでいた縄張りに、異常が発生していたという訳で。
「……わかった」
少しだけ腹を括る。玄関のドアを開けたら、ドッキリ大成功のプラカード掲げた電波人間でも出てこねえかな。
結論からいうと、玄関を開けても電波人間はいなかった。
というか、近所一帯に電波人間がいなかった。最近電波キャッチを行っていなかったのもあり全く気付いていなかったが、こんな事になっていたのか。それでも、時々ホログラムのように揺らめく景色から、ここが現実ではない異世界だという事は解る。
電波人間の代わりと言ってはなんだが、キノコの姿をした見覚えのあるモンスターが、道路をのしのしと歩いているのを見つけた。確かマタンゴ。どの種類かは正確には思い出せないが基本的な奴。地味に厳つい顔をしたナイスガイ。メスだったらごめん。というかそれ以前に。
「……なんか、でかくない?」
物陰に隠れつつ様子を伺う。
さやねは手のひらに乗る程に小さいのに、あちらは自動販売機の一番下の列くらいまでの大きさはある。人間から見てリアル頭身といった感じだ。
「本来は存在しない次元に生まれたバックアップです…し、モンスター達は正規の大きさではなく、にんげんさんの世界を基準とした大きさになっている……のでしょうか…」
なにそれ聞いてない。てっきり電波人間サイズかと。
「アフラーマをコップに閉じ込められないじゃん」
「……何考えてたんですか貴方は」
「いやだって、モンスターがいるって聞いたから…」
口調からして、さやねもモンスターがこの大きさだと確認したのは初めてなのかもしれない。あんなのがのしのし歩いてたら、そりゃ電波人間も居なくなるわ。
「倒す、というより私倒せるんですかね、あれ?」
「……ま、まずは手札を確認しましょうか」
手札。
仲間、さやね(可愛い)。装備、普段着(冬服)。能力、不明。アイテム、無し。
さやねのお陰で華はあるけど、不安しかないな。
「一応、ふっかつの薬等の回復薬は何個か持って来ているので、万が一の時は私が貴方に使用出来ます」
わぉ有能。
"仲間、さやね(可愛い。回復も出来る)。"に修正。
……というか私自身もバッグを身に付けていたじゃないか。何か有用なアイテムや武器を持っているのかもしれない。
早速バッグを開き、ゴソゴソと手を突っ込むと、ジャラッとした金属音を立てる冷たく硬い物に触れた。それを掴み引っ張り出すと、白銀色に輝く小型の鎌が現れた。刃の背中側の根元に鎖がついており、その鎖の片方はバッグの中に続いている。
「おお…?」
鎖は引っ張っても引っ張っても、途切れること無く現れる。凄い。でも鎖が外れないならば長すぎて邪魔かも知れない。
……そう思った途端、鎖がブチリと切れて鎌と分離し、無駄に引っ張り出した鎖部分が、揮発するかのように消え去った。
「おおお………!!!?」
「…武器、ありましたね!?」
さやねの声も心なしか弾んでいる。
試しに鎖鎌に戻らないかと思えば、鎌とバッグの間に赤紫の靄が絡み、それが鎖へと変貌した。
「おおおおお……!!!!!?」
もしかして鎖を自由に操作出来るのだろうかと『あそこの電柱に鎖を巻き付けたい』と思ってみたが、それに関しては無反応だった。手元に余るほど鎖を出したいと思えば、鎌に繋がった状態としてなら出せる。ということは鎖は出現のみで、操作としては鎌の方がメインなのだろうか。
他にも何かあるのだろうかと再びバッグの中を漁ると、もう一つ何かが手に触れた。先程よりも少し重いそれを引き出すと、やはりジャラリとした音が立つ。
現れたそれは、鎌と同じ色をした小型のハンマー状の武器。鎌と同様に鎖がついており、同じようにバッグの中へ続いている。ただ、ハンマーにしては表面がでこぼことしていて何かおかしい。
「……肉叩きじゃないですか、それ?」
「肉叩きってあの、調理器具の?」
固いお肉をぶん殴る事により柔らかく美味しくする、アレ。……ご家庭では強力な方の武器ではあるけど、正確に言えば武器じゃねえ。
もしかして、さっきのは鎖鎌ではなく園芸用の鎌の可能性が高く無いか。
ご家庭では強めな武器セットじゃねぇか。正直ちょっと物騒でワクワクする道具達だけど。
他にも何か無いだろうかとバッグに手を突っ込むが、もう他に目ぼしいものは無さそうだった。
"装備:普段着(冬服)。鎖鎌&鎖肉叩き(家庭用疑惑)"。追加。
……プレイ時間が参照されるって話、間違いなんじゃないのか。まさか鎖の自由さにのみ費やされたのか。やればかなり伸びるのだろうか。13kmくらい。
「これで一応やる、しかないのかぁ……」
丸腰よりはマシだし、死ぬわけでもないし。
武術の心得も無いし、ゲームでもレベルを上げて物理で殴るプレイしかしたことないけど。
まあその、自分自身の実家である縄張りが荒らされているのは、さやねも嫌だろうし。
「……無理はなさらないで下さいね」
でもこれじゃさやねも不安だよなぁ、うん。
のしのしと歩くマタンゴの後ろに、音を立てない様に気配を消しながら近づく。
そして出来るだけ勢いをつけながら、マタンゴの後頭部目掛け、肉叩きを投げつける。ぶっちゃけ投擲センスが無いことも、学生時代の体力測定で判明しているが、もう知らない。
ただ、あの日のやんちゃなボール達とは事なり、鎖肉叩きはある程度狙った軌道を描きながら、『ぼごっ』と嫌な音を立てて、マタンゴの後頭部へと着地した。
「おお…」
ヒットしたことが少し嬉しい。電波戦士として、こういった部分の補正は多少はされているのかもしれない。
まぁ、その、嫌な音と衝撃に見合った痛みがあったのだろう。マタンゴは反動で前に少しよろけたが踏み留まり、こちらにゆっくりと振り向いた。
……別に威力が高いわけでも無いんだなぁこの肉叩き。気絶もしなかった。たぶん鎌も同じだろうな。
そして、マタンゴはそのままじろりと睨み、こちらへ真っ直ぐに突進してきた。
「ぎっ…!?」
「武器を構えて、避けて…っ!!」
さやねの声にハッとして、鎌を体の前に構える。肉叩きの方を手繰り寄せる余裕なんぞ無い。
そして見事に避けきれず、マタンゴの熱い体当たりを食らい、渾身ののしかかりまで戴く。
「おぇっ」
体が『ごぶちっ』というよく解らない音を立てている。私ってこんな音を出せるのね。
それにしても案外重いアタックしてくるなこいつ。そこまで痛い訳でも、体重がある訳でも無いのが救いだろうか。
「大丈夫ですか…ッ!?」
さやねの声が聞こえる。かわいい。
「…一応、は……っ!」
むしろチャンスではなかろうかと 鎌を握りしめ直し、体の上にいるマタンゴに斬りかかる。
一瞬、白い刃先に濃い紫色が染み出ていた様に見えたが、気にせずそのままかっ捌く。
……手に伝わってきた感覚が、実にキノコだった。
見た目に反して軽い手応えに拍子抜けもしたが少し感動もした。こいつは本当に動くキノコなんだ。
つまりキノコは調理できるから調理器具でもご家庭用でもいける!たぶん!!
鎌によるダメージを受け、後ろに仰け反るマタンゴを、再度鎌で斬り付け追撃し、もう一度仰け反らせる。期待通りの反応で動きが鈍ったその隙に、鎖部分をマタンゴの体全体に絡ませつつ、鎌を左手に持ちかえる。そのまま空いた右手で肉叩きを手繰り寄せながら、左手と体重を使いマタンゴを押し返し、こちらがのしかかる体勢へと持っていく。
……そして、手繰り寄せ掴み取った肉叩きを大きく振り上げて、出来るだけ力を込めて、振り降ろす。
「……ごめん!!!」
ぼごん!!!と再び嫌な音が、今度はマタンゴの眉間から響く。嫌な良い所に落としちゃった、ごめん。
着弾してから「キノコならば殴るよりもまた斬った方が威力高かったのでは?」とも気付いたが、まあいいか。
念のためまた斬り付けるべきか、と鎌を構え直し改めてマタンゴを見返す。……先程斬り付けた傷口に、あの濃い紫色が付着しているのが見えた。
「…?」
鎌の刃先を見ると、同じ紫色が滴るかの様に染み出している。例えるなら菫色に悪意を足した様な色。これまた良い紫色だ。
ついそちらに気を取られていたら、マタンゴの回りにやわやわとした淡い光の円が現れた。慌てて武器を構え直すと、弾んだ声と共にさやねが近くに飛んできた。
「や、やりましたよ…っ!!しびれマタンゴの討伐、成功です!」
「えっ」
マタンゴの体から離れ、鎖での拘束を解く。それでもマタンゴは、キラキラと光る円の中で倒れたまま動かない。
暫くするとマタンゴ自体がキラリと白く光り、そのまま一瞬で何処かへ消えさった。これって電波人間のワープと同じ原理を使っているのかな。なんだか見覚えがある。
「転送完了、です」
思いの外あっさり。こんなものなのか。
「…こんなんで、良いの?」
「はい。……まぁ、彼らは比較的弱い部類の魔物という事もありますが……」
……これならいける、だろうか。
「今回は痺れる胞子を撒いてこなかったのも幸いでしたね。……ですが、この静けさは、先程のしびれマタンゴ一体のみの仕業では無いとも思います、ね……」
「ああ……」
他にもいる、よなぁ。
もしも他にしびれマタンゴが五体いたとしたら、少なくとも五回ダイレクトアタックを食らって『ごぶち』としつつ、時折痺れもしながら倒す事になると。
……あれ、結構キツくない?
「こんなに電波人間が見当たらないなんて、それこそマタンゴ所ではない……なんならボス級の」
さやねの声が止まった。目を見開いたままの視線が、私の後ろで固まっている。
あ、これ絶対後ろになんかいるやつだ。振り向きたいし逃げたいな。でも『動いたらヤバイっすよ』という異様なプレッシャーも感じる。
序盤のボスとするならば、おばけホールかウッキー辺りだと思いたい。だけど、ケーキの甘い匂いもしないし、喧しい鳴き声がする訳でもない。
というか、あの無駄に明るいあいつらにこんな圧は無いし、まずさやねがこんな反応をしないと思う。基本的にお喋りな奴等が多いボス級モンスターの中で寡黙って、かなり限られてくるんですけど。
……あれ、なんかすっごく嫌な予感がいたします。
頭の中で思い当たる『実際に会ったらやばいだろうな候補No.1の寡黙なモンスター』の姿を想像しつつ、ゆっくりと振り返ってみた。
うごうごと蠢く指のような、巨大な六本の触手。
人体に近い筋肉質な上半身と幼虫の様な下半身をもったボディが、それを背負う形でくっついている。
そして、何処と無くウサギを彷彿とさせる角と真っ黒な瞳が付いた顔がこちらを見据え、「見るからに即死級」な光を集めた指先をこちらに向けている。
……コイツ、序盤にいて良いモンスターじゃねぇぞ。
「に、逃げ―――」
我に返ったさやねの声が、解き放たれた光に包まれ掻き消される。
衝撃破と共に光が体を貫き、皮膚だけではなく内側も焼いていくのが、御丁寧にしっかりと伝わってくる。やきにく。
痛みは麻痺しているのか、壁を隔てた向こう側の様には感じる。だがそれでも心地良くは無いし、ちゃんと痛い。
……電波戦士として死亡しまくったら辞めさせるかもってそりゃそうだ。何回もこんな体験をしたら精神衛生上宜しくなさそう。
いやでも不気味可愛くて綺麗だし腹筋セクシーだったなぁ。大きさのせいで怖さが増したが迫力や神秘的さも増してた。やっぱり好きだなぁ、"あくのいきもの"。
そういえばマグカップに注いだ炭酸水、飲まずに来ちゃったなぁ。と余計な事も思い出した。
……今ごろ炭酸抜けきってるだろうなぁ。
「………?」
鈍痛で気が付いた。
誰か…というか、さやねが薬を使って復活させてくれたにしては、さやねの気配もない。
顔を起こしてみたら、さやねがいない。でも髪の毛は藤色のままだから、電波戦士として復活している。
「あっれ」
異様に言うことを聞かない体を起こして周りを確認する。そこは、先程までいた道路の上だった。
あくのいきものは既に去ったらしく、見回しても何処にもいない。助かった……という事で良いのだろうか。
脳がゆっくりと回転し、頭の中で視界の情報が消化されていく。
あくのいきものが放ったビームは、動線上の建造物を軒並み破壊しつくし、 道路をめくれ上がらせ、表面を焼き焦げさせていた。見た目に違わぬ破壊力を、思う存分一方的に見せ付けてくれた様だ。
……そんな物騒な動線の根本に、自分がいるという事実が恐ろしい。なんで生きてんだよ。
「……さ、さやね嬢」
姿の見えない、相棒の名前を呼ぶ。
私は復帰したが、あの子はどうなんだろうか。元の縄張りがこんな状態だし、倒されてしまったらそれこそ後が無いのでは。
「さやね嬢…?」
キョロキョロと見回すが、それらしき姿はない。まさか。
「……こ、こ、です…」
不安になった辺りで、弱々しいさやねの声が聞こえた。それもかなり近くで。
ただ、そこには焦げた地面があるだけで何も無い。強いて言えば、黒っぽい小さな水溜まりの様なものがあるだけで。
「その、…あの、…少々、お待ちを」
そこから、声が聞こえた。
「は」
黒い水溜まりが動き、紫色に揺らめいた。そして内側から小さな腕が現れ、そこを中心に怪しく揺らめく水溜まりがドロドロと集まり、見慣れた形に変形していく。
「おぉ……」
声をかける頃には、完全に"さやね"の姿に戻っていた。
「さやね嬢、凄い」
無事を確認した事もあって思わず喜んでしまう。しかもなんかエグくってかっこいい。私もやりたい。
「……こんな回復能力、私にも電波人間にもありませんよ。あなたは良く、ご存じでしょう…? それに、その…、ご自分の姿を、ちゃんと確認しましたか」
視線をやけに外すさやね。
別に問題は無いとは思うけども……と自分を見返して気が付いた。
「わぉ」
……右肩から先が無い。
ビームを一番に食らったのがここだったのだろうか。これだけダメージ食らったら現実にも影響ありそうに思えるけど。通りで起き上がりにくい訳だ。
実感の湧かないまま、無いハズの右腕を伸ばし断面を覗くと、白い骨と共に濃い紫色の肉が見えた。
「血が紫だ」
「そこですか?」
拍子抜けした様な声を上げるさやね。
髪色もだが、こちらもまた良い色だ。菫色に悪意を足したような所が素敵。あと嘘っぽい血の色だから、やはり生身ではないやと少しだけ安心した。
「……ん?」
この紫色は確かさっき見た。
思い当たる節である、ぶん投げたままにしていた鎌を手繰り寄せ、刃先の染みと自身の肩の断面を見る。
どちらも悪意が混ざったかの様な、どす黒さのある菫色。強いて言えば、どちらからもほんのりと腐臭がする。
「お揃いだ」
「お揃いって、貴方…」
もっと良く見ようと右腕を伸ばすと、いつの間にか二の腕辺りまでが戻ってきていた。
「……聞き忘れてたけど、私に回復薬使った?」
「い、いいえ…、お恥ずかしながら共に倒れてしまったので、お力になれず……。私も貴方も、他の電波戦士か電波人間に復活してもらうしか方法は無いハズなのですが……」
話をしている間にも肘の辺りまでの肉が戻り、同時に服も修復されていく。そこそこの速度ではあるが、骨が作られ、紫色の肉に覆われ、皮膚と服が最後に作られる、という過程が見れてなかなかにエグい。ひゅう。
「つまり、私の異能力って……これ?」
超回復能力…というべきなのだろうか。その能力が同期したさやねにも渡り、それにより彼女も自力で復活したというならば話が解る。
「……ある程度ならば、自力で復活が出来る…のかもしれませんね」
うわぁ…という顔をして修復が進む右腕を見つめるさやね。さっき君だってどっこいどっこいな復活をしたと思うんですがそれは。
好みの藤色になった髪。
ワクワクする道具な鎌と肉叩き。
エグかっこいい復帰の仕方をしたさやね。
毒々しい菫色の血肉。
そして損傷したままでも動き、回復さえする不死の様な肉体。
……成る程、理想の姿ではある。
「欲をもう一つだけ言うなら、可愛いモンスターを手中に納めたい」
「…は、い?」
刃先の菫色の血液が、ぽたりと荒れた道路に垂れる。
これを流し込んでみたら、結構好みな効果が現れるのではなかろうか。そうでなければ鎌の刃先から滲み出やしないし、悪意の有りそうな色はしていないだろう。……試してみないと解らないけど。
「……そういえば『アフラーマをコップに閉じ込めたい』なんて、言ってましたもんね…」
「攻撃が不安しかないけどね」
爪先まで完全に回復した右腕を使い、立ち上がる。そしてコートの埃を払い、さやねを見る。
「……欲望のまま、モンスター襲うのって有りですかね」
「その……先ほどの様な事が再び起こり得ますし、死を前提ともする能力じゃありませんか。……嫌じゃないのですか?」
何度も倒れては復活する電波人間でも、死ぬ際の言い知れぬ不快感は慣れない。本来は復活する生き物では無いにんげんからしてみれば、不快さは桁違いではないのだろうか。……正義感から無理に戦い、蘇生を繰り返し、最終的に精神を病んでしまった者もいない訳ではない。
「……私自身に実害がある訳じゃないらしいし、一人で回復が出来るし、あくのいきものは素敵だし、モンスター達を見れるのは楽しいし、ゾンビみたいな戦い方が出来そうで興奮する」
ヘラリと笑うその顔から、嘘の色は見えなかった。
ああ、だからこそあんな異能力が目覚めたのか。
「……度重なる死亡が負担ではなく、その行いが討伐に繋がるのでしたら、有りかもしれません。……その行動に嫌悪を感じる者も、少なからずはいるだろうと思いますが」
「さやね嬢は?」
「…私としてもどうかとも思いますよ。ですが、理由はどうであれ、こちらが依頼した事と貴方が実行する事には違いが無い様ですし。それに――」
さやねは改めて、目の前のにんげんを見据えた。
普段着の様なシンプルな外見と、月並みな攻撃力と、それらに見合わぬ異様でおどろおどろしい回復能力。シンプルな外見すら、装飾ではなく回復能力に費やしてしまった結果なのかもしれない。
「……貴方にとっての"理想"がこれなんでしょう?」
「……だねぇ」
まずは強敵に遭遇しないように警戒しながら場数を踏んで、色々慣れてみるしかないのかなぁ。と少々歪んだ理想を纏った電波戦士がぼやいた。
そしてその電波戦士は、相棒の方を改めて向いた。常にどこかしら気怠そうだった瞳が、比較的まともな光を宿している。
「……またさやね嬢をドロドロにしたり消し飛ばしたりと迷惑をかけるかもしれないです。それでも一緒に来て戴けますか」
そういって、恐る恐る相棒に向かって手が伸ばされた。
画面越しに見ていた頃よりも、また少し異なる印象だった"にんげん"。
しかし、長年時間を共にしていたせいか、その差異自体に違和感はなかった。うまくやっていけるかには、一抹の不安が残るけれども。
「…こちらこそ、色々と不慣れではありますが」
黒い小さな腕が、手の上に乗せられる。
「宜しくお願いしますね、私の相棒さん」
(終)
次のページは登場した二人のちょっとした紹介です。
主人公
(名前を付け直そうとしているが決まっていない、仮称は屍)
一人称:私
さやね以外には丁寧な口調で話す。
酒は飲める年齢だが炭酸水の方が好き。
人と関わるのが苦手。モンスター好き。雑念が多い。作中で触れ損ねたが女性。
後々自身の死亡数に上限がないと気付きヒャッハーして無気力面から悪人面になる。
「主人公」とはしているが、この世界を変えて異常から救っていくのは彼女ではないし彼女もまた救う気はない。
相棒:さやね
ボディカラー黒の回避0猫頭。アンテナ無し。
あくまのしっぽを付けた真面目さん。
相棒を軽くあしらったり気にかけたり。
相棒がヒャッハーする頃には色々と慣れ、参謀や奇襲役も兼ねる様になる。
腕力が高いので物理は地味に強い。