煙草の話 げぇ、と車の外からビジネスパートナーの潰れたような声がした。煙草屋がすぐそこに見える路肩に停めて、ちょっと買いに行ってくると言うヤツに、俺の分もと頼んでからおそらく数分と経ってはいない。それからすぐに乾いた砂を踏む足音が聞こえて、じげぇん、と分かりやすく困った声が俺を呼んだ。ちらりと帽子のつばを上げると、予想通り眉を下げた困り顔の猿面が窓ガラス越しに見えた。
「この国、ジタンもペルメルも入荷がないんだと」
げ、とさっきのルパンと同じような声が喉から出た。声の通り、困った話だ。
代わり、何がいい? という問いに連れられて、何ならあるんだと言いながら車から降りた。途端に埃っぽい空気が喉に入ってむせそうになる。不快な空気に、呼吸にも等しい煙草さえいつも通りにいかないとは。いくらこの男に頼まれて、分け前も相当なものだといっても、この仕事を受けるのは間違いだっただろうかと少し後悔し始めた。
「……別に、同じ銘柄買うことなかったんじゃねぇか」
二人で車に戻って、二人とも今しがた買ったばかりのラークを開ける。大した種類もない煙草屋で国産煙草に挑戦する気にもならず、ごく一般的なものを選んだのは俺だった。ルパンならばそれこそ冒険心から目新しいものにするのかと思ったら、俺に続いて同じものを二つ、と注文した。結果、俺達二人の手にも、唇にも、同じものが収まっている。
「確かにこの国の煙草もちょっと気になったけど~……お前、あの煙草の匂い好きじゃねぇだろ? この国入ってからアレ吸ってるヤツが近くにいると、ちょっとイヤそうな顔してたし」
その言葉に驚いてルパンの方を見ると、今の言葉が何でもないもののように煙草を咥えたまま車を発進させていた。
ルパンの言ったことに、思い当たる節はある。この国の砂埃の匂いを凝縮したような煙が流れてくるのが、確かに不快だった。何の煙か、さらに何の煙草かなど知る気にもならなかったが、ルパンはその正体を知っていたらしい。いや、それよりも、俺が不快に思っていたことに、ルパンは気付いていたのか。
ルパンは驚く俺をちらりと見て、すぐに前を向いた。その顔は少し笑っていたが、いつもの不遜なものではない、不思議な感じのする笑い方だった。
「これから仕事だってのに、わざわざ次元のこと不機嫌にさせたくはないからな」
それは、ビジネスパートナーとして仕事に支障が出るという意味なのだろう。実際、自分の力が及ばなくて失敗した仕事のことを引きずって、自己嫌悪から八つ当たりして面倒をかけた記憶だってある。思い出すと居たたまれなくなって、運転するルパンから窓の外に視線を移した。前を走る車が巻き上げる砂埃を眺めながら、慣れない味の煙を口から吐き出した。
差し出された煙草は、この国に入ってから俺が吸っているのと同じものだった。いつもの煙草がなくて、俺が選んで、コイツが同じものをと買ったものだ。
もしかしたら、あの時にはルパンの頭の中に、今と同じ光景があったのではないかと、途方もないことを思った。
例えば、あの煙草屋でルパンが俺の苦手な匂いの煙草を買っていたら、きっとこの光景はなかっただろう。あるいはいつものルパンのジタンだったら、……どうなっていただろうか。
そんなことを考えながら、果たして俺はルパンから煙草を一本、受け取った。