秀徳のバスケ
インターハイ予選の翌々日。
部員の多くはわかりやすく不機嫌で、全体的に覇気がない。
いつも通りに淡々と過ごす緑間がかえって目立ち、高尾が入部してから一番最悪な雰囲気だった。
「集合!」
練習前の号令をかける大坪も、いつもより表情が硬い。
体育館にいる全員を集めた監督は、部員たちを座らせ、一人一人の顔をじっくり眺めた。マネージャーにホワイトボードを持ってこさせ、ペンを握った。
授業では絶対に書かない大きさで、力強く濃い線を白い板に引いていく。
「よし、木村。これはなんて読む」
「はい。不撓不屈です」
「そうだな。ウチのスローガンだ。宮地、意味はなんだ」
「はい。困難にあっても、くじけない。ひるまずに立ち上がることです」
「ん、まあそうだ」
監督は空いたスペースに、撓という字が、屈という字が、それぞれ持つ意味を連ねて、『撓まない(たわまない)』と書いた部分に丸をした。そして「いいのがあるな」と給食をのせるような金属のトレーを自ら取りに行き、部員達の前へ戻った。
「撓むというのは、固く、真っ直ぐな状態のものが、力を加えられて曲がることだ」
そう言うと、胸の高さに金属トレーを持ち上げ、折り曲げるようにぐっと力をいれた。
「こんな風に……、外から力をかけられても曲がらない。これが撓まないということだ」
トレーを下ろして続ける。
「一昨日、王者のプライドは折られ、明日からも折られ続けるだろう。それでも挫けない。挫けることがあっても立ち上がる。お前達は決して折れ曲がらない意志と、固い信念を鍛え、バスケをしなければいけない」
監督と目が合って、高尾はぎくりと体を強張らせた。目線はすぐにそらされ、主将をとらえる。
「大坪、これからどうすればいい」
「練習が必要です。個々のスキルをあげる……、そしてチームワークを高める練習が。折れずに、練習をして、強くなって、冬に繋げます」
監督はいつものひょうひょうとした顔でじっくり頷く。
「そうだ。決勝リーグに進めず、いまここにいる全員が悔しい思いをしている。この悔しさを糧に、また今日から強くなっていこう。誠凛に負けたことは何も恥ではない。だが、ここで立ち止まることはないように気を引き締めろ。以上、今日は外周から」
秀徳高校バスケ部の全員が、声を張り上げ返事をした。高尾も腹の底から声を出した。
敗北の苦さををすぐに飲み込めるわけではなく、不撓不屈の精神とやらはすぐに体現できそうもない。でも少なくともここで腐ってるのはダサい、そう思った。
「監督」
話も終わり、みんなが立ち上がろうとした時、テーピングの巻かれた左手があがる。全員がそちらを見た。
「なんだ、緑間」
「トレーを折り曲げようとしないでもらえますか?」
なに言ってんだこいつ?! 確かにそれは、今日の緑間のラッキーアイテムだけど! 監督がわざわざ緑間のところに借りに来た時はぶっちゃけ何かと思ったけど!
堪えきれずに吹き出す。
「ぶわぁっはっ!!!」
こいつは今の話がなんにも響いてないのかなと、笑うしかない。宮地の怒号が響いた。
「お前ふざけるのも大概にしろ!トレーでぶん殴んぞ! 高尾も笑ってるんじゃねえ!」
「ラッキーアイテムを乱暴に扱われるのは困るのだよ」
「タメ口か、お前!」
木村も加勢したところで、大坪が号令をかける。
「緑間と高尾は黙んねえと外周増やすぞ! 集合!!円陣!!」
監督は悪かったなと、緑間にトレーを返した。
「へーい! 外周増えんのはカンベンっす! 行こうぜ、真ちゃん。トレーも大丈夫っしょ。頑丈そうじゃん」
「俺は撓まないが、トレーは外圧でたわむのだよ」
いつまで言ってんだ、と高尾は呆れる。なんつーか、よくも悪くもいつも通りになった。緑間がチームワークに目覚めるとも思えないが、立ち上がって進むしかない。冬まで時間がない。迷ってる暇だってない。とりあえずは前へ、前へ、進むしかない。
込み上げてくる悔しさを心の奥で燃やしながら、円陣の大きな輪に加わった。
くじけるもんか。絶対に負けねえ、誠凛にも、全国の強豪にも、緑間にも。
大坪の先導にしたがって、
「秀徳!!」
と叫べば、古びた体育館に、闘志の響きがこだました。