人と鬼とプリンと──難しい問題である。
少女がひとり、眉間に皺を刻んで唸っていた。目の前の机にはプリン。まだ封がされているそれは、プラスチックの蓋越しに焦茶のカラメルを見せている。
「吾はぷりんを食べたい。だが、これは立香が楽しみにしていたでざあとである」
少女の矮躯が左右にゆらゆらと揺れ、金糸の頭髪が靡く。
「これを勝手に食べたならば立香は怒り……いや、哀しむであろうな」
艶やかな桜色の唇が独り言を吐き出す。その声には苦悩が滲む。眉間に寄った皺が深くなる。
「吾は鬼である。なればこそ、人間から奪うのは道理ではないか?」
独り言が続く。朱く染まった指先がコツコツとプリンの蓋を叩く。もう片方の手は黄金の髪をくるくると弄んでいた。
「……しかし、立香は人間とはいえ吾の同胞である。吾は対等であるべき友からぷりんを取り上げるのか? 果たしてそれは、鬼として正しき行いなのだろうか?」
自らを使役する魔術師。共に戦場を駆ける契約者。彼女にとって初めての人間の同胞。人類の敵対者たる茨木童子へ、友として手を差し出した初めての人間。
鬼として在るべきか、友として在るべきか。
彼女の心はささやかなようで深刻な葛藤に苛まれていた。
軽い空気音。少女の背後で扉が開く。
「おっ、茨木じゃん」
「なっ……りっ、りりり立香!?」
部屋の主人の突然の帰還に、茨木はプリンを握ったまま飛び上がった。
茨木の奇行に一瞬驚くも、藤丸はいつもの人懐っこい笑みを浮かべる。
「プリン、食べたかったんだ?」
ぎくり、と身体を硬直させた茨木が問い返す。
「……これは汝のぶんではないのか?」
「ん? そうだけど?」
「ならば汝が喰らうのが道理であろう」
「いいっていいって。茨木、食べていいよ」
手をひらひらと振った藤丸は茨木の正面に座り、タブレットで報告書を作り始めた。
甘味に目もくれず仕事をこなす藤丸の態度に後ろめたさを感じたのか。対する茨木はというと、明らかに納得がいかないという表情で唸っていた。
「ぐ、むむむ……いや、やはりいい。これは立香の分だ。よく味わって喰らうが良い」
あまりの強情さに藤丸は苦笑し、茨木の朱い手のひらからプリンと匙を受け取る。蓋を外し、ひとすくい。
「茨木、こういうときはどうしたらいいか知ってる?」
「……?」
「はい、あーん」
差し出された匙には乳色のかけらが乗っている。優しげな乳色をカラメルが覆い、甘い芳香を放つ。
「美味しいものは友達と分け合うんだ」
茨木が微かに目を見開き、おずおずと匙を口に含んだ。甘い味が心を満たす。
プリンをもうひとすくい。今度は藤丸自身の口へ運ぶ。
「どう? お友達と食べるプリンは?」
「ああ、そうだな。確かに美味い」
人と鬼は互いの顔を見合わせ、くすりと笑った。