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    片道切符 小気味良い振動。二人だけの空間。
     俯く横顔を、ただ、静かに眺めている。



     いつの間にか、季節は春を通り越していた。入学当時はあれほど新鮮だった都会の学校も、高校生活二年目ともなると見慣れたもので、もはや実家と大差ない居心地の良さを感じる場所とさえなっていた。
     そんな第二のホームへと、緩やかに揺られながら、運ばれていく。
     田舎生まれ田舎育ち、幼い頃より都会に憧れ続けていた少年――汐間一翔は、中学卒業を期に晴れて越境入学の夢を叶えたのだった。都会のアスファルトは太陽の光をこれでもかと言うほど吸収し、信じられない程の熱を発していたが、一翔にはそれですら嬉しい感覚であった。
     己の有り余る喜びとは裏腹に、学区外の高校に通うために犠牲にしたのは、決して短くはない時間。現在一翔は、片道約二時間をかけて電車で通学している。
     二両編成二扉の列車が、辛うじて一時間に一本走るか走らないかの最寄り駅。通学を始めた当初は、この暇な時間をどう埋めようか、などと様々な策を講じて来たものだったが、ある日を境に、すぐにそんなものは必要なくなってしまったのだった。
     ある日、気まぐれに乗車位置を変え乗り込んだ車両。たった二つしか無い箱の右側には、一人の先客がいた。
     一翔が利用するのは午前六時台に駅へ到着する便で、冬場はまだ太陽が地平線から覗きもしない。そんな時間に乗車するのは自身くらいだと思いこんでいた一翔は、人影を確認した時、かなり驚いた。
     自分以外の乗客の姿に多少乗り込むのをためらいつつも、今更左側の箱に移る気にもなれず、一翔はそのまま車両に足を踏み入れた。それを待っていたかのように、ホームから電車が発つ。
     ほんの少し視界の端に掠めた先の乗客は、どうやら本を読んでいるようだった。この分だと携帯ゲームの操作音も気になるだろうか、とやけに気にしてしまい、その日は対して動きもしない携帯端末の通知欄をひたすら眺めていた。しかしそれもすぐに飽きてしまい、携帯をいじるふりを続けたまま、ふと一翔は先客の姿をなんとなく盗み見る。
     この行動こそが軽率極まりないものだったのだ、と一翔は後に頭を抱える事となる。
     彼は、文庫サイズの小説を読んでいた。自分たちの他には乗客がいないにもかかわらず、リュックサックを行儀よく膝の上に載せ、そこで本を開いている。ほぼ一定の間隔でページは捲られ、その一枚一枚を撫でる指は長く白い。顔は髪に隠れて見えないが、背格好からすると一翔と同い年、もしくは少し歳上だろうか。制服は一翔の通う高校のものと似ていたが、何の変哲もないデザインのため、厳密には判断できない。
     しばらくそのまま横目で観察を続けていると、ふと彼の指が顔にかかった髪を払い除けた。指に目を向けていた一翔は誘導されるように視線を移動させる。そして、彼の横顔を初めてまともに見た一翔は、携帯を手から滑り落とし、静かな車内に派手な音が響く。
    「……」
     目を奪われる、とはまさにこの時のような状況下で使う言葉なのだろう、と一翔は混乱する頭で辛うじて考えた。他のどんな言葉も吹き飛んでしまうほどに――綺麗だと、感じた。
     作り物のように整った顔立ちに、艶やかな黒髪が影を落としている。蒸し暑さを感じる車内でもいっとう涼しげな彼の横顔から、一翔は目が離せないでいた。
     が、彼が再びページを捲る音で、はっと我に返る。慌てて落とした携帯端末を拾い上げ、何事もなかった風を装い、より一層座席の端へと身をめり込ませるようにして座った。明らかに不審人物と成り果てていたが、本を読み耽る当の本人は一翔の行動など気にも留めていない様子で、変わらず視線を文字の羅列へと落としていた。
     一翔は内心ホッとしながらも、見てはいけないものを見てしまったかのような謂れのない背徳感に苛まれ、人知れず鼓動を高鳴らせる羽目になっていた。
     それから主要駅に到着するまでの間、一翔は彼が座っている方向を見ることさえ出来ず、やがて開いた扉から人がなだれ込んでくるさまを見て、いつもであればうんざりする息苦しさの中ようやくまともな呼吸を取り戻したのだった。
     一翔は、自身にとってあまりの衝撃だったためか、次の日の電車にのることを躊躇さえした。が、〝同じ電車の利用者がわけもわからない精神攻撃をしてくるので〟などというくだらない理由で学校を休むことは許されず、一翔は再び同じ電車の同じ箱に乗り込むのだった。彼のいない左側の箱に乗ればいいものを、その時の一翔はそんなことすらも判断できなかった。
     相変わらず彼は、本を読んでいた。同じ場所、同じ姿勢で、ただ静かに読書に耽溺するその姿に、一翔は急に怯えているのが馬鹿らしくなってしまった。彼は猛獣のように襲ってきたりはしないし、幽霊のように急に背後に立ったりもしない。ただ、美しいままそこに存在しているだけ。ある種の美術品と同じ空間に居るだけなのだと思い込めば、にわかに得をしているような気さえしてくる。
     美術品なら、見ておかないと損だろうか。などという自分勝手な解釈で、一翔はその日からのルーチンワークに彼を眺めることを組み込んだのだった。
     彼の横顔を見るたびに、自身の心臓が早鐘を打つのを感じる。もちろん、盗み見ている緊張もあるだろう。しかし、それ以外の要因が大きく占めていることは明白だった。それはおおよそ〝そういうものだ〟と軽く受け入れられるものではなかった。
     もしかしたらそうなのかも知れないという気持ちは最初からあったが、とにかく強くそう思い始めてから、一翔はかなり頭を悩ませた。掲示板に書き込みをし、〝日記じゃねえぞ〟〝ホモ乙〟などとレスを貰いもした。男相手にときめいた――なんて、簡単には納得できず、都合のいい言い訳を求めてさまよい続ける日々。
     それでも長い間悩み続けた結果、そこに落ち着いた。最も腑に落ちたのだ。それはもう、ストンと。気持ちがいいほどに。どこの誰かもわからない男に、一翔は一目惚れしてしまったのだ。
     そして今日もまた、一翔はその視線の先に彼を置いていた。飽きもせず見つめる先にはやはり文字の羅列があり、長く白い指でページを撫でている。
     もはや携帯をいじるふりさえやめて注視しているにもかかわらず、文句の一つも言う気配のない彼に、一翔は有りもしない期待を抱くようになっていた。
     最初は、見ているだけで良かった。彼と同じ空間で息ができるだけで良かった。だが、彼があまりにも当然のようにそこにいるものだから――一翔は自身が居場所を共有することを彼自身に許されているような、そんな気にさせる。
     厳重な警備の元展示されている美術品に直接触れてはいけない。そんなことは理解している。だけど、もしかしたら。
     そんな思いで、一翔はゆっくりと立ち上がった。そうしてしまえばもはや座り直すことさえ出来ず、極力音をたてないように彼の方へと歩みを進めた。そしてとうとう――声を、かけてしまった。
    「……なあ」
     なるべく邪魔をしないようにと配慮したせいか、口から出た声は列車の走行音にかき消されそうなほど小さかった。が、幸い彼の耳には届いていたようだった。彼は視線を本へ落としたまま、ページを撫でていた指を自らの唇にあてがい、いわゆる〝静かに〟のジェスチャーをしてみせた。
     それは、柔らかな拒絶に思えた。大げさに狼狽した一翔は、その場に立ち尽くしてしまった。見かねてであるのか、それとも自身の行動に対してのフォローであったのか、彼は付け足すように小さく呟く。
    「今イイところだから」
     澄み切った水のような声でそう言うと、対面の座席に座るよう指先で促した。今更元の座席に戻るのもわざとらしいので、一翔は素直に従うことにした。
     ――果たして彼は自身と話す気があるのだろうか。
     ステイの状態で停止している一翔には、ただ彼が行動を起こすのを待機することしかできない。そうすることを一翔に命じた彼自身は、今まさに読んでいる本の物語が佳境に入っているのだろう、無表情の瞳が僅かに色を変えていることが窺えた。
     もしかしたら、このまま時間が過ぎ、いつものように人の波に彼の姿を消されてしまうのかも知れない。だとしたら、それはあまりにもやりきれない。この機会を逃してしまえば、もう一生彼と出会うことは無くなってしまうような気が、一翔にはしていた。
     ――やはり俺には過ぎた代物だったのだろうか。ただの凡人である自身に触れられるのは、よくて外側のガラスケースくらいだったのかも知れない。
     そんなネガティブ極まりない考えは、彼が本を勢いよく閉じた音によって強制的に打ち切られた。
     深くため息を付き、彼がゆっくりと顔を上げ――たのだが、そのまま座席にズリズリと凭れると、本を額に当てて呻き始めたのだった。
    「うあー……やべーこれマジ読んで良かった……神回じゃん……やっべえわ……」
    「……は?」
    「ごめんごめん、もうちょっとで終わるとこだったんだよな。待った?」
     約五分を経て再び彼の口から出た言葉に、一翔の脳は瞬時に混乱した。こんな長文を聞き間違えるはずもないが、少し前に聞いた彼の声と同じであるはずなのに、テンションが真逆故に、瞬時に人が入れ替わったのではないかと錯覚する。もちろんそんなことはありえないのだが――ここ一年間彼を眺め、一翔が脳内で勝手に作り上げていた彼の印象が、音を立てて一気に崩れ去っていった。
     がっかりした、とはいいがたい。なにせ、今だ一翔の心臓は大きく波打っているのだから。
     一翔が硬直していることに気づいたのか、彼は一翔の目の前でひらひらと手を振る。
    「おーい生きてるー? 待ってる間に死んだ? 人の読書妨害しといてそりゃねえぞー」
    「わ、悪い……いや、なんつーか……その」
     なんとか彼の言葉に答えるも、動揺しっぱなしでうまく言葉が出てこない。そんな一翔の様子を見て、彼はため息混じりに言う。
    「んだよ。言ってみ」
     首を傾げた拍子に、彼の前髪が横に流れる。容赦なく彼の容姿が横殴りをしてくる中、一翔はなんとか正直な感想を口にする。
    「なんか思ってたキャラと違くてキョドってる」
    「は? 見た目で中身判断してんじゃねーぞこの野郎」
     一瞬本気で不機嫌になったのかと思ったが――失礼なことを言った自覚はある――次の瞬間には彼は笑っていた。
    「まー別にいいけど? 大方俺が大人しい読書男子だとでも思ってたんだろ」
    「はは……」
     もちろんです、とは言えず、一翔は絶妙な表情を返す。一翔の精一杯の返しを受け彼は笑うが、すぐに表情を消し問いかける。
    「で、なに? 言いたいことあるならさっさと言えよ。混まないうちならちゃんと聞いてやるから」
    「……へ?」
    「ずっと見てただろ、俺のこと。なんかあんじゃねえの」
    「いや……まて、やっぱり気付いてたのか」
    「あんだけガン見されて気付かないほうがおかしいっての」
    「まあそうだよな……謝っとく」
     彼にじっとりとした視線を向けられたじろぐ一翔だが、彼は怒っているわけではなさそうだった。
     素直に頭を下げると、彼はなぜか妙な顔をして一翔の顔を凝視した。なにか見当違いな返事をされたようで、少し戸惑っているようにも見える。
    「……え? それだけ?」
    「……? 何が」
    「いや、何もねえの?」
    「だから何が」
    「はぇ……てっきり文句の一つも出てくるのかと……ああそうか、なるほど……なるほど……」
     彼は急に納得したように嫌な笑顔で頷き始め、一人訳がわからない一翔は苛立ちの声をあげる。
    「んだよ」
    「ということは、俺に見惚れてたんだ」
    「……は?」
     あろう事か彼は、一翔を指差し嬉しそうにそう言ってのけた。背中に冷たい汗が流れる思いの一翔だったが、そんな一翔の不安とは裏腹に、彼は含み笑いをする。
    「いーよ、俺美人だし見られるのは慣れてんの」
     ピースサインを作りニタニタと笑む彼に、一翔は呆れ項垂れる。
    「自覚あるのかよ……タチ悪い」
    「こんだけ整った顔してて謙遜とかもはや嫌味だろが。見ろこの写真写りの良さ」
    「あーはいはい確かに……って……おいそれ!」
    「はい終わり~」
     一翔が眼前に突きつけられたそれの正体に気付いて手を伸ばした途端、彼はひょいと腕を引っ込めてしまう。写真に気を取られていたため名前は見えなかったが、彼が手に持っているのは、紛れもなく一翔自身が所持しているものと同じデザインの生徒手帳だった。
    「お前同じ高校かよ!」
     思わず大声を出す一翔に対し、彼はゆるく握った手を口元に添えて微笑む。
    「あ、やっぱり気づいてなかったんだ? まあ制服だけじゃありきたりすぎてわからないよなー」
    「気づいてなかったんだ……ってことは、お前は知ってたのか」
    「もちろん。お前は俺のこと知らねーみたいだけど、俺は知ってるし。お前、汐間一翔だろ」
     あたり前のことのようにはっきりと答えたため、一翔はてっきり自分が名乗ったのかと思いかけたが、そんな訳はない。
     目を丸くする一翔に向かって、彼は自身の頭髪を指先で摘んでみせた。
    「お前有名だよー、高校デビューに気合い入れ過ぎた愛すべきバカ、的な意味でね」
    「う……」
    「俺は似合ってると思うけど? ザ・ヤンキーって感じで」
    「ヤンキー言うな」
     自身の金髪を指摘され、一翔は眉を顰める。彼の言う通り、入学当時一翔は、気合を入れて染めた髪が都会に馴染むどころか目立つ一方だった。が、その勢いの良さが周りに受け入れられたのか、一週間後にはそれなりにクラスに溶け込んでいけたのだった。
     一翔は自身の目付きの悪さを知っているため、この髪色とは早々におさらばするべきだと思っているのだが――先程例えられたままのザ・ヤンキーであるからだ――その後もなんとなく戻せずにいる。
    「話聞いててもバカだなーって感じだったのに、実際みてみると輪をかけてバカっぽいな」
    「うるせえ」
    「怒った? ごめんごめん。許してー」
    「……」
     大して悪いとも思っていなさそうな顔をしながら両手をあわせる彼の姿をみながら、一翔は眉間を押さえる。
    「でさ、汐間ぁ。文句がないんだったら、なんで俺に声かけてきたわけ?」
    「えっ。……それは」
     突然本題――というのが適切なのかはわからないが、とにかく当初の流れに戻ってしまったため、一翔はつかの間忘れかけていた動機について思い出してしまった。
     一翔が彼に話しかけた理由。それは、一言でまとめると、近づけると思ったからに他ならない。つまりは、声をかけること、ひいては話しをすること自体が目的だと言える。しかし、話しをしたかったから、という理由を彼が受け入れてくれるかどうかは疑わしいものだった。彼は依然としてこちらの返答を待ってはいるが、あまり待たせると再び読書に戻ってしまいかねない。
     僅かな時間の間で考え抜いた結果、結局一翔は正直な言葉を紡ぐことにしたのだった。
    「……話したかった、から」
    「……」
     彼は声こそ上げなかったが、その表情はまさに「は?」と口に出す彼と一致しており、明らかにこちらが何を言っているのか理解できていないようだった。
    一翔が彼に掛ける言葉を探すより少しだけ長い時間をかけて思案し、ようやく整理ができたのか、急に彼は笑いだした。
    「はははっ、なるほど……話したかったらそらあ話しかけるわな! ごめんごめん、そうだったとは思わずついメンチ切っちゃった。いいぜ、話そうじゃん」
    「えっ」
    「お前さっきから〝えっ〟とか〝は?〟とかばっかだな……ほぉら、話したい相手が話そうって言ってんだぞ、これ以上のWIN-WINがあるか」
    「わ、悪い。サンキュー……」
    「へへー、いいよぉ。んー、でも」
     一度言葉を切ると、彼は鞄の中から再び本を取り出すと、もう片方の手でそれをとんとんと叩く。
    「これ、読み終わったらね」
    「やっぱ邪魔なんじゃ……」
    「ちげーよバーカ気にしいか。お前が乗ってきてすぐ切り上げんのは難しいの。キリの良いところってのがあんだろ」
    「まあ、そうだな……」
    「だから、それからならいいよ」
     そう言うと彼は再び、健全な男子高校生には少々よろしくない笑顔で笑った。

     斯くして、奇妙な形とは言えど、一翔は彼との細やかな会話の場を設けることに成功したのだった。
     彼の気まぐれにより功を奏したという感が否めないが、兎も角それから彼が毎日対話を続けてくれているというのが紛れもない事実である。
     一翔が電車に乗り込むと、そこでは彼が熱心に読書をしている。対面の席に座って適当に暇つぶしをしていれば、切りの良い所まで物語を進めた彼が、本を閉じ顔を上げて笑う。
    「おはよー、汐間ぁ」
    「おう」
     読書から切り離された彼は、以前一翔が感じていたような高貴な美術品という雰囲気ではなく――もちろん容姿が変わるわけはないので相変わらず美しい姿で存在してはいるが――俗受けのする男であった。言葉遣いは適度に荒く、話す話題にも富んでいるため、こちらの話が途切れても何かしらの話を持ち出し、会話を繋いでくれる。以前感じていたような明確な壁などどこにもなく、むしろその壁がどの辺りにあるのかわからず侵入しすぎてしまうのではと心配するが、その必要はないようだ。
     しばらく話していて、一翔は彼が自分自身の話を全くしていないことに気がついた。自分の名前やクラスは愚か、周辺の話すら自分を抜いて話している。それが彼なりの壁なのか、考えようによっては究極の拒絶のようにも感じるが、一翔はまだ自身が彼の内部まで知ることができるほどに至っていないためだと考えていた。
     日を追うたびに、彼の読書の時間は短くなっていった。彼曰く読書は目覚ましを兼ねているらしいが、近頃は一翔が電車に乗った時点で本を閉じたり、すでに読んでいない時さえある。それでも面白い本を入手した時などは集中して顔を上げないこともあるが、極力一翔と対話する時間を作ろうとしているようだった。そのことを一翔が問うと、〝なんのこと?〟とわざとらしい笑顔を作る彼だが、心なしか安堵しているような様子さえ窺える。
     彼が一翔と話すのはこの限られた時間だけであり、主要駅で人の波が雪崩込んでくるタイミングで二人共に口を噤んで手を振り、お互いがその後どうしているのかはわからなくなる。おそらく彼は読書を再開しているだろうし、一翔は乗り換えの駅までしばらく眠る。この車両を出てしまえばその日二人が会うことはもうなく、次の日までそれぞれの時間を過ごす。そしてまた時間が来たら、車内で無駄話を開始するのだった。

     そんな日々を連ねて二ヶ月ほど経った頃から、急に彼の様子がおかしくなった。話している間は普段の彼と何ら変わりない態度だったが、大量の人がこの車両に詰め込まれる寸前、まだ閉まっている扉の向こうに何かを見たのか、突然話しを中断したのだった。
     その一件から彼は会話途中にも黙り込むことが多くなり、心配して問いかける一翔にも曖昧な返事を返すのみで、何について表情を曇らせているのかを語ることはなかった。
    「お前、最近ちょっと変だぞ。大丈夫か?」
    「は? 大丈夫に決まってんだろ。何を見て心配してんだよ」
    「……」
    「俺はなんともねーよ……」
     そう呟くと、彼はまた俯く。こうなるともう一翔には何も言えず、かと言って携帯を取り出して諦めることも出来ず、彼に習って顔を伏せるのだった。
     主要駅が近づいた頃、急に彼が伏せていた顔を上げた。その顔は近頃見ていた彼とは程遠い――初めて会った頃のそれであった。
    「あのさ、汐間。あんま俺に関わらないほうがいいよ」
    「は……? 何を……」
     何をいきなり、と口に出そうとするも、彼の表情はまるで〝お前の言葉は聞いてやらない〟と言っているようで、一翔はとっさに言葉を切る。
     一翔の反応にほんの少し寂しそうな顔を見せたが、彼はなにも催促すること無く、一言だけ言い放つ。
    「短い間だったけど、楽しかった」
     彼が小さく手を振ると同時に、扉が開き人波が押し寄せてくる。すぐに彼の姿は見えなくなり、一翔は出しかけた言葉を飲み込んで乗り換えの駅を待った。あわよくばホームで彼を見つけられやしないか――などと希望的観測を行うも、それは本当に望みでしかなかった。
    「どういうつもりだよ……」
     人混みが交差する中、長く立ち止まっているわけにもいかず、一翔は心に蟠りを残しながらも通学を再開する。が、教室に入って自身の席に着く前に、急いで踵を返したのだった。
     関わらないほうがいい――否、関わるなと自身に告げた相手を追いかけ回すのがどれほど気味の悪いことかは今だけ目を瞑り、校舎の端から一つずつ、目立たないように各教室を覗いて回った。
     探していた人影は、案外早く見つかった。恐らく彼にとっては日常なのだろう、気怠げな態度で周囲の人間たちと談笑している。一翔が声をかけるより先に、彼がこちらに気づいたのか、まともに目が合う。
    「……」
    「……」
     お互いに結構な距離をはさみながらも数秒見つめ合うが、彼は改めて、一翔に〝関わるな〟と告げたのだった。正確に言えば彼はにこやかに笑って手を振っただけなのだが、こちらに歩み寄って来ないということは、つまりそういうことだと言えるだろう。
    「あいつ……」
    「おーい、どうした? あの子になんかようか?」
     不機嫌そうな顔で彼を睨めつけていると、急に後ろから女子生徒の声が聞こえ、一翔は慌てて振り向く。色素の薄い髪を肩あたりで二つに結っているその少女は、キョトンとした顔で一翔の返答を待っていた。
    「い、や。なんでもねえ」
    「そか? ……おっと」
     一翔は女子生徒にそう答えると、半ば押しのけるようにしてその場を去る。引き止めはしなかったが、女子生徒は一翔の姿が消えるまで、じっとその姿を眺めていた。
    「……」
     自身の席に着席しながら、一翔はふっと息を吐く。様子を伺う限り、彼は一翔に言ったことをなんとも思っていない様子だった。それならそれで、暇つぶしに使われていただけなのだと納得もできるのだ。
     しかし一翔にはそれができなかった。電車の中で彼が見せた寂しそうな顔。それが、どうしても引っかかっていた。
     彼と共有した時間はたったの二ヶ月。だが、その二ヶ月でも、完璧ではないにしろ彼のことを断片的に知るには充分な時間だった。こんなにあっさりと、人を切り離すような態度になるのはおかしい――などと考え、一翔は笑う。
     彼自身が一翔と話すことを拒否している今、彼についてどう思おうと、それは自身の希望でしかない。それは痛いほどわかっている。わかっているのだ。それでも――一翔は、そうではないことを信じていた。なぜなら、他でもない自身が、そう感じたから。
     次に会ったら、きちんと話しをしよう。そう心に決めて、その日一日を過ごし――次の日は、少しだけ早めに家を出たのだった。
     結論から言えば、彼と会うことは叶わなかった。
     待ちに待ったいつもの電車に乗り込むと、そこはもぬけの殻だった。隣の箱をのぞき見ても、人の姿はおろか虫さえもいるかどうか怪しいほど、停止した空間がそこには広がっている。彼のことだ、教室で見かけたときのように、案外ケロリとした顔で同じ時間に乗車して来ると一翔は考えていたのだが、その予想は大きく外れてしまったようだ。
     躍起になって、たった一人だけの世界を久しぶりに堪能しようと足を伸ばすも、すぐに虚しさに負けて俯いてしまう。
     彼が風邪やら用事やらで何日かこの箱にいないことはこれまでもあった。しかし、今回はそのこれまでとは意味合いが違う。拒絶のあとの孤独は痛い。彼に初めて話しかけようとしたあの時のように、もう二度と会えないのではないかという考えがぶり返してくる。
     流石に泣きじゃくるなどということはしないが、自身がもっと貧弱な心を有していたら、そうしていたのかも知れない。そう、一翔は思った。
     彼が戻ってこないかも知れないこの空間は、こんなにもちっぽけで、味気がなく、色味もない。どこを間違えてこんなことになったのかわからず、一翔は一人笑い声を漏らした。

     停車した電車へ、人の並が押し寄せてくる。今日は多くの社会人が休日なのか、いつもより控えめな密度――であるはずが、一翔に限ってはいつもよりも居心地の悪さが際立っていた。
    (なんだ……?)
     一翔の前に、恐らく同じ高校に所属していると思われる男子生徒が立ち止まった。それ自体は日常的な範囲に入るが、一つ非日常な事象が発生している。
    「……」
     男子生徒は、なぜか一翔を親の仇でも見るような目で凝視していた。最初はただ目付きが悪いだけかと思おうとしたが、たとえそうだったとして、人の顔をまばたき以外のすべての時間で眺め倒すのは――一翔は〝彼〟に対してそのような行動をとってはいたが、こんな間近での行為ではないので今は不問とする――明らかに意識的にやっているとしか思えない。かと言って、今この場で文句を言うのは得策ではないと判断し、一翔は降りるべき駅に到着するまで、極力顔を背けて過ごした。
    「さーせん、降ります」
     学校の最寄り駅まで到着しても目の前の男子生徒は身動きをとらず、一翔は吊り革を持っている右側の脇をくぐるようにして座席を立つ。ちらりと後ろを窺うも、男子生徒は車両から降りる様子はない。実は他校の生徒で、知らぬ間になにか不快な思いをさせていたのかも知れない。そうであるなら申し訳ないことをしたな、と一翔は少し謝罪の念を抱いていたのだが――すぐにその考えを改める事となる。
     それは、改札での出来事だった。毎日律儀に購入している切符を改札機に通し、そのまま駅を歩き去ろうという時、急に後方から襟首を強い力で掴まれたのだった。
    「!? なんッ……!?」
     咄嗟に助けを求めようと辺りを見回すが、周囲を歩き回る人混みはたった今一翔に起きている事件を全く気に留めること無く、無表情で歩き去っていく。人の多さ故にただの戯れとみなされているのか、止めに入る人間は皆無だ。
     ――都会のこういうとこ嫌い!
     心の中でそう叫びながらも、事を荒立てたくないという思いが勝り、大声を上げることもできずに、一翔は人気のない場所まで引きずられていき、そのまま地面に放り投げられる。
    「ってぇ……」
     派手に転び砂だらけになった袖を払いながら上を向くと、若干逆光がかってはいるが、その顔が先程見た男子生徒のものだと判断できた。
     一翔があまりにも面倒だという気持ちを表情に出すと、男子生徒はより一層眉間の皺を深くする。
    「てめえあんま調子乗ってんじゃねえぞクソが」
    「は? 何のことかわかんねえんだけど。詳しく説明してくんね?」
     売られた喧嘩は極力買わないようにしている一翔だったが、流石にわけも分からず罵倒されては黙ってはいない。平静を保つことを最優先に考えながらも、相手を睨みつけ返答する。相手に抱かれている私怨を理解していない一翔に対し、男子生徒のそれには明確な理由があるようだった。
    「しらばっくれてんじゃねえぞ、てめえ最近あいつの周りチョロチョロしやがって目障りなんだよ!」
    「……は? なんだって?」
     余計にわけがわからなくなり、一翔は素直に聞き返す。それすらも腹立たしいのか、男子生徒は座り込む一翔の胸ぐらを殴りかからん勢いで掴み上げる。
    「っ……」
    「なんでてめえにそんな権利があると思ってんだっつってんだよ、取り入ろうとしてんじゃねえぞ!?」
    「なんのこと……」
    「まだしら切るつもりかこの野郎……いい度胸じゃねえか。わかってないようだから親切な俺が教えてやるよ。お前には絶対あいつは振り向かねえ、あいつは絶対誰にもやらねえ……!!」
    「くっそお前マジで何いってんだ!? 訳わかんねえぞ!! 順を追って説明――」
     一方的に当たり散らされさすがの一翔も大きく反論しようとしたその時、男子生徒の背後から白い手が伸びてくるのが見え、一翔は言葉を止める。眼の前で一翔を睨みつけている相手は、まだそれに気づいていない。どうなることかと気になり、チラチラと視線を泳がせる一翔を見て怯んでいるのかと勘違いしたのか、猟奇的な笑みを浮かべて男子生徒は叫んだ。
    「俺が一番あいつの事を理解してんだよ! 俺だけがあさ――……ぐッ!?」
    「!!」
     興奮気味に言う男子生徒が何事かを言い切らんとしたその瞬間、ゆっくりと回り込んでいた手が急速に動き、その首を締め上げたのだった。
     何が起きたのか理解できず目を白黒させる男子生徒の背後に垣間見えた顔を見て、一翔は驚愕する。
    「お前……!!」
     その人物は一翔の声に応えないまま、腕に力をより一層込める。やがて酸欠に陥った男子生徒は力なく倒れ伏し、背後に立っていた人影が顕になる。
    「……大丈夫? 汐間」
     額に滲む汗を拭いながら、〝彼〟は一翔に問うた。
    「な、んで……お前。こんなところに」
     突然現れた彼に動揺を隠す事無く聞き返す。しかし彼は地面に倒れた男子生徒を見下ろしながら、焦った様子で一翔に言う。
    「なんか嫌な予感したから朝から張ってたんだよ。……いや、説明はあとだ。とりあえず急ぐぞ」
    「急ぐって……」
    「いいから!」
     彼は一翔の手を取り、有無を言わさず走り出した。手を掴まれている一翔は従うほかなく、劇的な逃走劇にでも巻き込まれたようだったが、生憎そんな浮かれた気分ではいられないようだ。
     三分ほど走り、問答無用で彼に詰め込まれたのは、駅から少しだけ離れた場所にある公衆トイレの個室だった。逃げるならもっと遠くのほうが、と意見する一翔だったが、彼には彼なりの考えがあるのか、そこから移動することは無かった。幸い手入れが行き届いているのか、公衆トイレにありがちな強烈な臭いはそれほどせず、長居することにならなければどうということはない。しかし、こんな狭い場所で彼と密着している状況に気付いた一翔が妙な焦りを感じ始める頃――彼が静かに呟いた。
    「だから言ったんだ。俺には関わらないほうがいいって」
    「……ん?」
     扉に手を当て外の様子を窺っていた彼は、肩越しに振り向き言う。
    「こういう面倒に巻き込むから。……迷惑かけたくなかった」
     初めて見る彼の落ち込んだ表情に、一翔は自身の心が大きく揺れるのを感じた。だが、一翔はまだ、彼が謝る理由がいまいち理解できていなかった。しかし、それを彼に問う前に、個室の扉を誰かが強く蹴った。
    「……!」
     その音を聞いた彼は、緊張した面持ちで黙りこくる。外にいる人物は、扉をガンガンと蹴りながら、怒気に塗れた喚き声を上げた。
    「おいてめえ! ここにいんのはわかってんだぞハゲ! さっさと出てこいオラア!! さっきはよくもやってくれたじゃねえかよ!!」
    「おいおいおい、俺の優雅な朝のトイレタイムを邪魔すんのはどこのどいつだ~? オラ早く名乗りやがれコラ」
     扉の向こうの人間――先程の男子生徒であることは明確だ――の喚き声に対して、〝彼〟が上げた声は至極緩やか――つまりは、いつもの彼のテンションであった。男子生徒はその声を聞くと、急にまごつき喉を震わせ始めたのだった。
    「!? そ、その声……はあ!? なんでこんなとこに……」
    「俺が込みまくってる駅の方じゃなくてちょっと離れた場所で優雅にうんこしてんのがそんなに不思議? つかお前マジで誰なわけ」
    「俺は……同じクラスの織原、だけど……」
     急に大人しくなる男子生徒の様子に、一翔は漸く今自身が巻き込まれている事象について察しが付き始めていた。
     ――織原とかいうやつ、まさかこいつのことで絡んできやがったのか……?
     そんな一翔の思考を肯定するかのように、彼がわずかに冷えた口調で、男子生徒――織原に言う。
    「あーなるほど織原ね、知ってる知ってる。で? 織原はどんな厄介事起こしてこんな事してるわけ? まさかまた誰かと暴力沙汰起こそうとしてるわけじゃねえよな」
    「そ、れは……」
    「言ったよな? 俺そういうの嫌いだって」
    「うぐ……」
     彼の冷めた態度に織原は言葉を詰まらせるが、絞り出すようにして続ける。
    「わ、悪かった……」
    「それは追いかけ回してるかなんかしてる相手に言うことだろうが。……大人しくしてたら、たまにはいい目見させてやるから。な? っていうかそろそろうんこに集中したいから出ていってくんね?」
     急にあっけらかんとした態度に戻ると、男子生徒もはっとして慌て始めたようだった。ごめん、やらすまん、やら謝罪の言葉を叫びながら走り去っていく足音を聞きながら、彼は深く安堵のため息を漏らした。そのまま一翔が座っている蓋の閉まった便座に腰掛けてくるので、一翔は彼がずり落ちないように腰に手を回す。嫌がるかと思いきや、存外彼は抵抗しなかった。
    「……あいつ、もしかして」
     すべてを口に出さず、ニュアンスで問いかけると、一呼吸おいて彼が口を開いた。
    「俺、美人だろ」
     ふざけているのかと思ったが、そう呟いた彼の表情は冗談とは程遠いものだった。
    「たまにいるんだよ。顔に惚れて、勝手に彼氏ヅラしてくるやつ」
    「迷惑だって言ってやればいいだろ」
    「そうするとああいう奴らは物や人に当たるんだよ。人に迷惑を掛ける。俺は……俺のせいで誰かに迷惑を被ってほしくないんだよ。だから……」
     一度言葉を切り、再び彼は言う。
    「お前とは、もう関わらない」
     泣きそうな声でそんなことを言うものだから、ますます一翔は納得がいかなくなってしまう。
    「なんでお前がそんな我慢しなきゃいけないんだよ。悪いのはお前じゃないだろ?」
    「……いや、俺のせいだよ」
    「はあ……?」
     わけが分からず、一翔は疑問の声をあげる。彼は何かを言おうとしているのか、しかし言えないことがあるのか、思い詰めるように下を向いている。だが、一翔がそっと促すと、ぽつりぽつりと話し始めた。初めて聞く、彼自身の話だった。
    「俺、母親を殺してるんだ」
    「え……」
    「……俺の母親は生まれたときから体が弱くてさ。俺を産むときに死んだ。母親の命日が俺の誕生日。親父は母さんの死を受け入れられなくて……いや、受け入れてはいたのかな。とにかく、俺が母さんを殺して産まれたことが認められなかったのかも知れない。母親のことを背負って生きろって、その名前を俺に付けた」
     一翔が何も言えないでいると、彼はそれを察してか、自身の腰に回っている一翔の手をゆるくさすった。何も言う必要はないと言っているようだった。
    「名前だけじゃなくて、顔まで母親にそっくりに育ってさ。父親は俺の顔を見るたびに、すっげえ優しく言うんだよ。まるで母さんみたいだ……って。これは多分、親父からの呪いなんだよ。俺は……俺は、それを受け入れなきゃいけない。……そうだろ」
    「な、にが……お前、何いってんだ!?」
     一翔は思わず怒鳴った。彼は、その声に驚き振り返る。その瞳は涙に潤んでいるようだった。
    「その話を聞いて俺が〝はいそうですね〟って納得するとでも思ったか!? お前はなにも悪くねえだろ! 父親がかけたその呪いで、お前は誰とも深く付き合えないままこれからも生きていくのかよ!!」
    「……でも」
    「でもじゃねえ。お前は呪われてなんてねえ。お前が勝手にそれを呪いにしてるだけなんだよ。父親から母親の名前を付けられたからと言って、顔が似たからと言って、俺にはそんなのなんもわかんねーよ。俺にとってのお前はお前しかいないんだよ……!!」
     一翔は言葉を止められないまま矢継ぎ早に言う。彼は、黙ってそれを聞いているようだった。
    「だいたい、お前は母親を殺したなんて言うけど、そうじゃない。結果的にそうなってしまっただけだ。お袋さんが命を捨ててまでこの世に産み落としたかったのがお前なんだよ。それだけ深く愛したお前が、自分の死をきっかけに幸せになれない道を歩いているなんて、あんまりにも浮かばれねえだろ……。誰よりも幸せになってほしい自分の息子が、人に迷惑をかけるからって、自分がやりたいこともやれずに、自分が我慢すればいいって自己完結して……やめろよそんなの。悲しすぎんだろ。俺には迷惑かけていいから。嫌なことは嫌だって言えよ……。頼むから……傷付いたまま笑わないでくれ……っ」
     一翔は必死なあまりに自らが泣きそうになりながらも、彼の独白に対する反論を述べた。間違っている。あまりにも間違っている。受ける必要のない呪いに苛まれながらも、それに順応しようと耐えてきた彼にどうしようもない寂しさを感じ、一翔は彼を強く抱きしめた。
    「なんで……」
     彼は狼狽えたように言った。
    「なんで……そんな事言うんだよ……?」
     一翔の腕を振り払って立ち上がり、彼は真正面から一翔の顔を見た。一翔を見つめるその瞳には、困惑の色が滲んでいた。
    「お前は他のやつとなにが違うんだよッ……!!」
     そういうや否や、彼は扉を開け走り去ろうとする。咄嗟に一翔はその手を掴んだが、彼の声を聞いて、その力を緩めてしまう。
    「ごめん。……泣きそうなんだ」
     軽く一翔の手を払い、彼は出ていった。

     一翔はしばらく一人残された個室で動けずにいたが、携帯端末の時刻を見て息を吐くと、そのまま乗り換えはせず、先程出たばかりのホームへ引き返した。もう今日は学校へいけるような気分ではなく、陰鬱な空気を抱えたまま、自宅へと戻ったのだった。



     次の日から、彼は学校を休むようになった。次の日も、そのまた次の日も、乗り込む車内には一翔一人。彼と話すときの定位置となっている席に座っても、そこから見える景色に彼はいない。そんな当たり前のことにさえ違和感を感じるくらい、一翔にとって彼との朝の時間は習慣と化していた。それでも。
    「……」
     緩慢な動作で携帯を操作し、連絡先を表示する。そのリストの中に彼の名前はない。
     ――あんなに話して、一緒にいたのに。
     ――俺はまだ、あいつの連絡先は愚か名前さえも知らないんだ。
     今更突きつけられた現実に、一翔は天を仰ぐ。今はもう、自分が彼のいない街で息をしていることよりも――ただ、彼のことが気がかりだった。

     彼の姿が消えてから、週をまたいでおよそ四日が経過していた。一日目より毎日昼休みに彼の教室へ足を運んでいた一翔に、一人の少女が声をかけた。
    「今日も来てるんだな」
     聞き覚えのある声音に振り向くと、そこに立っていたのは、先日も一翔に声をかけた女子生徒であった。
    「あの子なら相変わらず来てねーぞ」
     目的がわかっているのか、彼女は彼の席を親指で指しながらそう言った。
    「わかってる」
     一翔がそういうと、女子生徒は少しだけ黙ったあと、一翔に問うた。
    「君、汐間一翔か?」
    「え……ああ、そうだけど」
    「そっか。あの子がごめんって言ってたぞ。落ち込んでたら謝っといてって」
    「……お前、あいつと連絡とってんの……?」
     一翔からそう言われ、女子生徒は「勘違いはするなよ」と先に念を押してから告げる。
    「私は神郷朋花。あの子の親戚なんだ。長く休んでるんだ、心配で連絡くらいとるっての」
    「そうか……」
    「なあ汐間、君さえよかったら、今からちょっとだけ話さねえ?」
    「いいけど」
    「よし、じゃあいくか。ここだと話しにくいからな」
     女子生徒――神郷朋花は、そういうなり教室から離れていってしまう。どこへ行くのかと問うと、朋花は歩きながら上を指差す。
    「屋上」
    「屋上は鍵閉まってんだろ?」
     一翔が言うと、朋花は制服の胸元から鍵束を取り出し、指にはめてちゃりちゃりと振った。
    「ここで問題です。屋上の鍵は誰が管理しているでしょう?」
    「えーと……風紀委員長、だったかな。ってことは……」
    「何を隠そう、この私がそれ。疑問は晴れたか?」
    「……」
     風紀委員長がこんなことでいいのか、と声をかけそうになるも、一翔は黙って彼女についていくことにした。
     屋上へ続く階段は校舎の左端に存在し、そこは怪談話があるようで、昼休みであれど生徒が入り浸ることはない。朋花曰く、その怪談は本当であるらしく、しかし心霊の類に興味のない彼女にとっては幸いなことだった。あんまり屋上に出入りしているところを見られると良くない、と笑いながら、朋花は屋上の扉の鍵を開けた。
     ふわりと入り込む風に精神を洗われるような感覚を感じ、一翔はゆっくりと深呼吸をする。それを見て、朋花はふわりと笑った。
    「少しはマシになったか?」
    「あ……ああ。悪い」
    「あの子がしんどそうな時もよく連れてきてやるんだ。おんなじように言ってたよ」
     後ろ手で扉を閉めると、朋花はうんと伸びをして、とても新鮮とは思えない都会の空気を目一杯吸い込み、吐き出す。そして一翔に向き直ると、唐突に話し始めた。
    「私はあの子の過去を全部知ってる。身内だからな、そういう事情は把握してる。だから、最近楽しそうにしてるあの子を見て、すごく嬉しかったんだ。でも、ここ数日は学校を休んでる。何かあったんだろ」
    「……まあ。なんと言えばいいのか……」
    「別に全部話せとは言わねーよ。別に私が話を聞きたいわけじゃねえし。私に話して、少しでも整理できればと思っただけ」
    「なんでそんなことを? 俺たち他人だろ」
     一翔はぼんやりとそう言ったが、失礼なことを言っただろうかと慌てて訂正する。
    「あッ……いやそういう意味じゃなくてだな!」
    「あっはっはっはいいよいいよ! お節介だよな、わかるわかる。私は四人きょうだいの一番上でさ、人の面倒見るの癖になってるんだよな。なんか切羽詰まってる顔してるからほっとけなくて」
     朗らかに笑いながら、朋花は優しく言う。
    「吐き出して楽になることもあるからさ。吐けるもんは吐いとかないと。とくにないなら、鱈腹深呼吸して戻ればいいよ」
    「……そうだな」
     朋花に促され、一翔はこれまでのことを掻い摘んで話した。電車の中でいつも話をしていたこと、最近彼の様子がおかしかったこと、そして先日起きた出来事についてのこと。朋花の言う通り、口に出すことで多少気が楽になったようにも思える。しかし、思考が整理される内、彼に言われた言葉の一つが重くのしかかってくる。
    「……お前は他のやつとなにが違うんだって、言ってた」
    「……ほ?」
    「一緒だよな。俺も最初はあいつの顔に見惚れて、なんとか接点を持ちたくて話しかけたんだ。あいつに二度も振り払われてるのに、まだこうしてつきまとうようなことしてさ。……変わらねえよな、他のやつと。なのに一丁前にあいつに説教臭いこと言っちまった」
     自嘲気味に言うと、朋花は急に慌てた様子で手を振った。
    「いや、いやいやいやちょっとまて。それはない」
    「……へ?」
    「恐らくその言葉は語弊だ。あー……今頃あの子その事にめちゃくちゃ凹んでるだろうな……かわいそうに」
    「ど、どういうこと……?」
     自分のことのように頭を抱える朋花に、一翔は恐る恐る問う。
    「ああいや、えっとな……。多分……いや、もう殆ど確実に、あの子は君が他のやつと何が違うかわからなくて、だけど何かが違うことをわかってて、混乱してそういったんだ。結構ある。数日悩んで謝ってくるんだよ。律儀なことにな」
    「つまり……どういう?」
    「君はあの子にとってその他大勢とは違うってことだよ。知ってるか? あの子、最近楽しそうにしてたって言ったろ。君の話をしょっちゅう私に言って聞かせるんだよ。それはもう嬉しそうに。気兼ねなく話せる相手ができたって」
     初めて聞く話に一翔が言葉を選んでいる内に、朋花は続けて話す。
    「だから、あの子に嫌がられたとか、拒絶されたとか。そういうのはもう考えるのをよせ。君はとっくにあの子の大切な人枠に入ってるんだ。私でも言えなかったことをあの子に言ってやったんだろ? あの子が次に言う言葉は〝ありがとう〟だよ」
    「そうかな……」
    「あの子からも少しだけど話は聞いてんだ。嫌いな相手に謝っといてなんてあの子が泣きながら言うと思うか? ないない、それだけはない」
    「あいつ、泣いてたのか」
     一翔が問うと、朋花はあっと声を出して口元を押さえた。恐らく口止めをされていたのだろうが、彼女は少々話しすぎてしまったようだ。
    「あ、あの子には内緒な……」
    「お、おう」
    「とにかく、明日にはちゃんと学校に行くように言っておくから。あとは君たちでなんとかしろよ」
     そう言うと朋花は立ち上がり、再び屋上の扉へと向かう。その背中を、一翔は慌てて呼び止めた。
    「ちょ、ちょっと待て、連絡先知ってるなら――」
    「教えないぞ? 私は」
     朋花の言葉に、てっきり連絡先を教えてもらえるものだとばかり思っていた一翔は間抜けな声をあげる。
    「えっ」
    「あの子に教わらなかったんだろ? なら、私も教えられない。名前もだ。あの子が君に教えない限りは、君の前であの子の名前は呼ばねー。明日直接聞け!」
    「教えてくれんのかな……」
    「さあ? そればっかりは私にはわからねーな! ……ほらほら早く、君が出ないと鍵閉められねえだろ」
     朋花に急かされ、一翔も彼女の姿を追う。背後に広がる空っぽの屋上に別れを告げながら、そっと扉を閉めた。
     重い音を響かせ施錠が終わると、すぐに日常が舞い戻ってくる。朋花は一度一翔に向かって親指を立てるとそのまま足速に自らの教室へと戻っていってしまった。
     一翔はその背中を見送ると、自身も教室へと戻るのだった。明日はきちんと彼に会えるのだろうか。そんなことを考えながら。



     ガタゴトと無機質な音を響かせ、連結した二つの箱が、線路を伝いホームに滑り込んでくる。
     すい、と目線を滑らせ車内を確認する。そこに、彼はいなかった。やっぱりかと思う自分と、どこか期待していた自分とを半分ずつ引き摺りながら、一翔は誰もいない箱の中で瞳を閉じた。また来週、土日を跨いだその後に、彼が戻って来てくれることを願って。
     次第に電車の速度が下がり、次の駅へと到着する。いつも乗客はおらず、すぐに再び発車する筈が、今日に限ってはその扉が開かれ、一翔が乗っている右側の箱へと誰かが足を踏み入れたのだった。
     ――珍しいこともあるもんだ。
     そう思い、薄く目を開いて乗客の姿を確認し――一翔は絶句した。
    「……よう」
     車内に乗り込んできた乗客は、なんと彼だった。一翔は驚きのあまり何度も瞬きを繰り返すも、一向に彼の姿が消えないところからすると、幻ではないようだ。
    しかし今だ信じられず自身の顔を凝視する一翔に不審げな瞳を投げかけながらも、彼はゆっくりといつもの座席に腰を下ろした。
    「な……え……?」
     辛うじて口から出たのは最早言葉ではなかったが、彼は装着していたマスクを外しながらその問いに答えた。
    「……なんだよその顔……。俺がこの駅から乗ってきちゃ悪いわけ?」
    「そん……いや、そんなわけじゃねえけど……」
    「……」
     彼はむくれた表情のまま黙りこくっている。が、怒っているということではなさそうだった。恐る恐る、一翔は問う。
    「もしかして、風邪引いてたのか?」
    「……そうだよ。もうなんともねえけど。マスクは予防」
    「そ、か。良かった」
     ――どうしようか。安心しすぎて言葉が出てこない。
     彼と再会を果たしたのはいいが、掛ける言葉が見当たらない。久しぶりというほど時間は開いていないにも関わらず、件の出来事があったせいか、どういう言葉を口に出すべきか、一翔は悩んでいた。しかしそのうち、一翔よりも先に、彼が口を開いた。
    「あのさ」
    「……ん?」
     できる限り優しい声音で返答すると、旭は落ち着かない様子で言う。
    「こないだ……さ。言っただろ? お前に、なんか……なにが違うんだー、みたいなこと。あれさ……勘違いしてたらやだなーって……違うって言いたいんだけど。なんだろ……なんて言えばいいかな……」
    「ああ……」
     朋花の予想は的中していた。彼はどうやら本当にその言葉の語弊を気にしていたようだ。もう一週間ほども前の話を。一翔は朋花の彼に対する理解度の深さに、気付かれないように笑う。
    「お前は他のやつとなにが違うんだよ、だろ。覚えてる。一字一句違わずに」
    「……言い方、悪かった」
     項垂れる彼に、一翔はゆっくりと語りかける。
    「そうでもねえよ。正直言われたときはかなりショックだったけど、この前お前の親戚の子――神郷? と話してさ。いろいろ整理できた。お前がごめんって伝えてくれって言ってたことも」
    「……他になんか言ってた?」
    「いや?」
    「ならいい……」
     わずかに頬を赤らめているところを見ると、恐らく泣いていたということをバラされていないか気になったのだろう。今は言わないほうがいいだろうな、と一翔は考え、本当のことは伝えないことにした。
    「お前があの時言おうとしてたこともなんとなくわかったよ。でも、その上でやっぱり思うんだよ。俺はお前が嫌がる勘違い野郎と何ら変わらないんだって。だからさ」
     一翔が唐突に言葉を切ると、彼はどうしたのかと顔をあげる。その瞬間、一翔は彼の目を見て言った。
    「これからを、変えさせてほしい」
    「……」
     彼は黙ったまま一翔を見ている。言葉を待たず、一翔は続ける。
    「一定の壁の外にいる〝その他大勢〟じゃなくて、〝汐間一翔〟としてお前と付き合いたいんだよ。そのためにも……もっと話そう。メールとかSNSじゃなくて、ちゃんと口に出した言葉でさ」
     彼は、一翔が言わんとしていることを察したのか、くしゃりと顔を歪めて笑った。
    「なにそれ。連絡先くらいもっと普通に聞けねえの?」
    「う、うるせえ。……あと名前! 俺はいつまでお前のことをお前って呼んでりゃいいんだよ……」
    「名前、か……教えたくないな……」
     ぽそりと呟き、彼は一翔の目を見る。
    「前にも言ったみたいにさ、俺の名前は母親のそれだから……あんまり呼ばれたくないんだよな。ちゃんと教えるけど、呼ばないって約束してくれる?」
    「それじゃあ意味ないだろ。……お袋さんとお前は違う」
    「……汐間のそういうとこきらーい……」
     とくに嫌がるわけでもなく、彼は生徒手帳を一翔に投げて寄越す。
    「白石旭。……覚えた?」
    「旭。……旭。わかった」
     一翔の返事を聞くと、彼――白石旭は笑った。
    「そんな嬉しい? 俺の名前聞けただけで」
    「そりゃあ、まあ」
    「……そ。なら良かった」
     旭は一翔から生徒手帳を返還されると、自身でそれを開き、目を細めて眺める。
    「汐間はさ。あの時俺に〝迷惑かけていい〟って言ってくれたけど。多分、前みたいなこと、これからも何度も起きると思うよ。それでもいいの?」
    「……いい。俺だってあしらえないわけじゃないし。……なんとなく気持ちがわからないでもないし」
    「わかっちゃうのかよ……」
    「まあ多少は」
     一翔が茶化すように言うと、旭は呆れた表情を見せる。
    「でもずっとそうもしてられないよな。そこで俺から提案があるんだが」
    「とんでもない事言いそうだけど一応きいてやんよ」
    「おう。思うに、お前が誰とでも隔たり無く接してるから、俺でも近づけるんじゃないかーみたいなやつが寄ってくるんだと思うんだよな」
    「ふむ……で?」
     大人しく一翔が口を開くを待つ旭は何時になく純粋な面持ちをしており、一翔はこれから言おうとしていることを口にだすべきか悩む。思いっきり嫌な顔をされる覚悟をしながら、一翔は決死の思いで言葉を吐いた。
    「だからもうお前、固定の相手作っちまえ」
    「は? だからそうするとその相手が――……って」
     旭ははっとして一翔の顔を見る。
    「迷惑かけてもいいって言ってるやつがいんだろ。ほら、……俺とか」
     仏頂面でそう呟くと、一翔は自身を親指で指し示す。旭はその言葉を聞いて、数秒遅れて笑いだした。
    「……くッ、ふは……あはははは!!」
    「おい笑ってんじゃねえぞ」
    「だ、だって……ぐ、無理無理!! なんだよそれ!! あはっ……ヒイ、あっはっはっは……!!」
     呼吸困難が危ぶまれるほどに笑い転げている旭に頭を抱えながらも、一翔は彼が嫌な顔をしなかったことに心底安堵していた。自身でもかなり突拍子もないことを言ったとは思っているのだ。
     肩で息をしながらもなんとか笑いが収まってきたのか、旭は涙の滲んだ目元を拭いながら言った。
    「ふふ……っ、そーかそーか、汐間は本当に俺のことが好きだな」
    「そうだよ悪いか」
     一翔が開き直ってそう言うと、旭は目を丸くした。
    「……変なの」
    「何が」
    「男にそんな事言われてんのに全然嫌じゃねえの。もしかして俺も汐間のこと好きなのかな」
    「!」
    「付き合っちゃおうか、俺たち」
     あまりに軽く言ってのけるので、一翔はまた冗談で流されたのかと思ったが、その後しばらく待っても、彼が種明かしをすることはなかった。
     少しの間黙って座っていた一翔が、不意に席を立ち、旭の方へ歩み寄る。それに気付いた旭は、携帯端末を触る手を止める。
    「もー、人が連絡先出す間も待てねえの? 汐間ってほんと――」
     否応なく隣に座った一翔に文句を言おうとそちらを向いた時、旭はふと言葉を無くした。一翔は至極真剣な表情で旭の頬に触れ――そのままゆっくりと、彼の唇に自らのそれを合わせた。
     触れるだけの口吻。すぐに合わせたそれは離れていき、旭は突然のことについていけず――しかし、すぐに一翔のネクタイを強く引き、再び口を塞いだ。今度は先程とは違い、もっと深く、もっと長く。ねっとりと舌を絡ませ、互いの唾液を混ぜるように。
     漸く唇が離れたその時には、二人共に息が上がっていた。
     一翔から劣情に塗れた視線を受けながら、旭は尚も淫靡に笑み挑発してみせる。
    「は……バーカ、キスってのはこうやってするんだよ。わかった?」
    「……っ、このドエロ野郎……」
     悪態をつくことで辛うじて理性を保ちながら、一翔は顔を覆って上を向く。
    「俺もう今日学校行けねえわ……」
    「えー。俺は行くよ」
    「薄情者……責任取れ」
    「先手打ったのは汐間じゃん。はー、仕方ないなぁ……」
     薄く笑いながらも、旭は担任に欠席の連絡を入れようと携帯を触る。しかし、電話をかけずにその画面を一翔へと向けた。
    「そう言えば、はい。俺の番号」
    「あ……」
     そう言えば聞いていたっけ。などと暈けた思考で考えながら、一翔は画面を見つつ自身の携帯端末に登録する。
    「学校休んでどうすんの? 帰んの? せっかくだからどっかで遊んでこ」
    「いや……ちょっと一旦戻って……精神を鎮めたい……」
    「くうう!!」
     再び腹を抱えて笑いだした旭を睨めつけながらも、一翔は彼が自身のそばに戻ってきたことに他ならぬ喜びを感じていたのだった。
     彼も少しでもそう思ってくれているだろうか、などと一翔が考えていると、静かになった旭がそっと肩に頭を乗せてくる。安心したように瞳を閉じる彼の様子を見ていれば、自身の一方通行な感覚がただの錯覚なのだと知る。
     次の駅で逆方向の電車に乗るため一時下車するまで、暫く二人はそのまま瞳を閉じていた。これから起きるあらゆる障害は端に追いやり、今はただ、その存在を確かめるように。



     その後少し経過し、朋花は旭に彼女が出来たと告げられ――そのまた少し後、今度は自分が彼女だったと落ち込み始める彼に何事かを察する事となるのだが、それはまた別の話である。



    片道切符…完
    一代螢 Link Message Mute
    2019/03/31 0:36:58

    片道切符

    いつも通学中の車内で見る誰か。
     美しい容姿の完璧な――“美術品”と形容するのがまさしくといった彼に、俺はただ見惚れていた。

     触れるわけにはいかない。
     でも、もしも。それが許されるなら――

    ----------------------------------
    #オリジナル #創作 #BL #読み切り

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    • ニウラカウラ様~~~~~ 久しぶりに絵を描いたから止めどきわかんなくてめっちゃ塗ってしまった 楽しかった #創作 #オリジナル #オリキャラ #女の子一代螢
    • メルアメール・シャノワール「幸せ」をくれたあなたの言葉に、私は背中を押してもらえた。
      ------------------------------------
      「自由を得る特別な日」。この日は私にとっても特別な日。窮屈な場所から、興味のない情報から逃げるように、刺激を求めるように、私は走り出す。そうして入った森で、私はとある少年に出会う。目の前の暗闇に押しつぶされそうになりながらも、彼は小さい光を与えてくれる……そんな、彼と私のお話。(キャッチコピー・紹介文/霜月彗)


      ※一話読み切りです

      #創作 #オリジナル
      一代螢
    • 1-2 #オリジナル #創作一代螢
    • 2-1一代螢
    • 1-1それは、神々が同朋を犠牲に戦いを終わらせたあの日からわずかに未来の話。
       翠霊・エルクローザは、友人を失った悲しみに日々暮れていた。
       どうして、どうして。
       なぜあの子の不幸を終わらせてあげられないのだろう。
       嘆く神の声は誰にも届かない。それは、世界に対しても同じことだった。

       悲しみは繰り返す。
       どこかの誰かの愚かな行動により、彼女はまた現実へと引き戻されたのだった。

      #オリジナル #創作
      一代螢
    • マリアルフィーロ(←)とマリアルヴィーレ(→)
      立て続けにお絵かきなのだ 右が男で左が女だよ

      #オリジナル #創作
      一代螢
    • クラディルちゃんがお家帰るはなしそのまんまです #オリジナル #創作 #BL #読み切り一代螢
    • スクたゃ~~~ #オリジナル #創作一代螢
    • ニコに続いてエルクローザも描いた~ たのしい
      #創作 #オリキャラ #オリジナル #女の子
      一代螢
    • 翠霊ラストのアインストレイアくん #オリジナル #創作一代螢
    • 五月雨の花嫁さんな和翅さん #オリジナル #創作 #オリキャラ #女の子一代螢
    • 名もなき僕らの救世主私には魔法が使えた。それも、誰にも負けないくらい、とても上手に。
      だけれど、村を追われた私には、それだけしか残らなかった。
      それでも、誰かの涙を止めることが出来るなら。私は、そのためだけにこの手を伸ばそう。

      空っぽの手のひらだからこそ、あなたを抱きしめられるよ。
      どうかあなたが、一人になりませんように。
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      誰もが魔法を使える村に生まれた〝天性の才能を持つ魔法使い〟シャロン。
      空を愛する彼女は、同じ力を持つ親友であるテッシェとともに、日々楽しく暮らしていた。
      しかしある日を境に、シャロンは魔法以外のすべてを失ってしまったのだった。
      失墜の中流れ着いた、地図に載らぬ島。そこでは、とある自然現象により苦しむ人々がいたーー。

      やがて少女は、一つの鳴き声を聞くだろう。

      これは、捨てられた少女が、小さな世界を救う物語。


      #オリジナル #創作 #序章
      一代螢
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