ねこの日SS「ミケさん! ゲーセン行きましょ!」
「あ? 別にいいけど」
月に何度か外出を許されている貴重な休日。村井景虎と比留間ミケはペット帝国にある繁華街をぶらぶらと歩く、デートをしていた。必要なものも買い揃えて、最大の目的である書店での新刊チェックも済ませた。
そろそろ帰ろうかと思ったところでの村井の提案にやりたいゲームでもあるのかと比留間はそれを了承した。
「ミケさん、あれ! 可愛くないっすか?」
新入荷と書かれているクレーンゲームの中にあるのは少し間の抜けた顔をしている猫の人形が所狭しと並んでいる。
「……可愛いか?」
思わず正直な感想が口を吐いて出てしまう。近くに寄ってまじまじと見つめてもやはり印象は変わらない。
「えー、結構人気なんっすよ! ゆるかわいいってあっちでも流行ってるっす」
「へえ……」
久しく行っていないニホン連邦の話題を出されて妙に懐かしい心地になる。身体がこんなことになって元に戻れる方法も宛てがない今、世界は随分と狭くなった。ヒトと接するのが好きでペット業は天職のようなものだった。
今自分の世界の中心にいるのは村井だ。しかし不思議と居心地は悪くない。ころころと変わる表情、突拍子もない発想に行動。それらを見ているのは楽しく、飽きさせることはなかった。
むしろ新たな自分を知らされることが多く、日々は充実していた。
「あー! あとちょっとだったのに!」
騒がしい声に視線を向けると人形は大分景品口の方に近づいていた。また人形が増えるのか、と思いつつもその様子を見守る。頭が大きい人形の首の部分を的確に狙って村井はクレーンを操作する。普段は不器用なのにゲームに関しては彼は突然器用になる。
人形は見事持ち上がりすとんと取り出し口に落ちてくる。村井は嬉しそうにガッツポーズを決めた。
「ミケさん! 見ました? 500円で取れたっすよ!」
「あー、見た見た。おめでと」
ずいっと人形を押し付けられる。不思議なことにちょっと愛嬌があるなと思い始めている自分に気づいて笑うと村井も満面の笑みを浮かべた。
「ミケさん、プリクラ撮りましょ!」
「プリクラぁ?」
女学生じゃあるまいし、と思ったが村井の年齢的には友人同士で普通に撮るのだろうかとジェネレーションギャップを感じる。まあ別にいいかと頷くと村井は嬉しそうに手を引いてプリクラコーナーへと向かう。やはり撮り慣れているらしい。
どれも同じに見える機械から一つ選んでカーテンを開けて装置の中に入る。硬貨を入れて手慣れた様子で操作を進めていき、撮影開始の音声が流れると村井は腰を屈めて顔を近づけてくる。
「ほら、ミケさん笑って笑って!」
カメラの方を指差して云われると過去のモデルの経験から勝手に表情を作ってカメラに笑顔を向ける。フラッシュの後に画面に画像が表示されてまあまあだなと思った。
『次は猫のポーズ!』
機械の音声に村井は真面目に招き猫のようなポーズを取った。しかししっくりこないのか首を傾げて、きらっと眼を輝かせた。
「やっぱり俺は虎っすからね!」
がおーと云いながら虎というよりは狼では? と思うようなポーズをして村井は納得したようだった。
「ミケさん! 猫っすよ!」
「あー、はいはい」
小っ恥ずかしくて仕方がなかったが云う通りに最初に村井が取ったポーズを真似る。またフラッシュの後に画像が表示されてこれは没だなと評価を下した。
その後も機械と村井に指示されるままに撮影を繰り返してデコレーションの作業に移る。彼は楽しそうにペンを取ってスタンプを押したり何やら書き込みをしている。こんなに楽しんでくれるならまあ安いものだ。
仕上がったシールを村井は嬉しそうに眺めている。どれも彼は楽しそうに笑っていて、いい思い出ができてよかったと比留間は自分の分のシールを大切にポケットにしまった。