使用済み~×~※若干シモいというか、男性の嗜みがぽんと出てくるのでご注意下さい。
昴は、葉一から色々ものを貰った。
出会ってから、長くも短くもない時間の中で。
自分の胸の辺りをひきちぎって中身を見てみれば、恐らく彼が詰まっているのだと昴は思っている。
丁寧に取り除いていけば、きっと空っぽになってしまうと危惧しながら。
「へぇーなにこれ?水中トンネル?見事だねー」
「ふふ、綺麗ですね」
水族館に行こうかと突如言い出した葉一に対し、目をこれでもかと見張ったものの、特に断る理由もなくそのままふらりとついていって。
本当に良かったと、昴は心底思っていた。
少し遠出しようと、タクシーまで呼んで。
二人きりでのお出掛けは久し振りだな、程度に浮かばなかった昴の感情は、目的地に近付くにつれて高揚していった。
知らぬうちに紅潮していく頬には気付かないまま。
タクシーの窓から見える外の風景が、いつもより綺麗に見えたとも昴は思えてしまう。
そのまま気分が乗ったこともあったのか、チケット売り場で「葉一君の分は俺が払うね」と言い出したのは必然だったのかも知れない。
それだけ、気分も、機嫌も良かったのだ。
察してくれたのか、葉一もまた、「では、お言葉に甘えて」と乗ったことは、奇跡に近いだろう。
世話焼きで、時には母親のように口煩いこともあるが、いつも頼りになる彼が、自分を認める。
その事実には、葉一の機嫌も良いのだと分かった昴は嬉しさを噛み締めた。
そこからはずっと、最初からハイテンションのまま(騒げば大惨事になるのも目に見えているので、はたから見れば控えめに)水族館回っていた。
筈だったのだが。
水槽に入れられて青く照らされる魚や、サービス精神旺盛なアザラシを見て回り、時には「美味そう」、「寿司屋に行くとか言い出さないで下さいね」などの冗談も言い交えながら、また新しい青のトンネルを潜ったその先で。
比較的今までより暗い部屋に出れば、そこには仄暗い青い水槽にクラゲ達が何の文句も無いみたいに浮かんでいた。
「クラゲ、ですね」
「そうだね。はー、こんなに居ると圧巻だね」
「そう、ですね…」
「…うん、」
ぽつり、ぽつり。
後の会話は、雰囲気に呑まれてか、昴と葉一は無言で水槽を見つめながら、スローペースで足を進めた。
クラゲは、まるで彼らなどまったく気にしていないように、気楽に浮かんでいるからだろうか。
それを見た昴は、少し心地の良さを覚えた。
いつものように名前を呼ぶ方法さえ、忘れかけたまま。
進んで行くと、一際大きい円柱状の水槽が床から天井まで伸びている様子が、二人の目に映った。
(うわ、引き込まれそう)
その透明なガラスケースの中には、大きいクラゲ達が身体を寄せ合いながら、これまた気ままに存在しているのが印象的な空間に昴は息を呑む。
一方、葉一は水槽の前でふと立ち止まってしまったのだが。
昴は慌ててその横へと寄り添った。
彼が、とても穏やかな表情を浮かべていたことにも気付かずに。
「クラゲは、」
「ん?」
「英語でジェリーフィッシュって言うんです」
「ねぇ、俺も流石にそれは知ってるんだけど…」
中学校で、それくらい習うだろう。
昴は唇を尖らせながら、葉一を見た。
それが、悪かったのだろうか。
「そして造語では、コニーアイランドジェリーフィッシュっていう言葉がありますが、使用済みコンドームというスラングらしいです」
「へ…?コ…ッ!?」
いくら人が疎らだからといって、彼は突然何を言い出すのだろうか。
ましてや、生真面目を顕現したような存在の口から、そんな言葉が飛び出すなど。
水槽を見つめ、微笑んでいなければ、無表情でもない曖昧な色を浮かべている葉一に昴はギョッとする。
そんな自分のことは、気にも留めて貰えないのだが。
葉一の整った形を持つ唇が再び開かれる様子を、昴は口を噤んで見守ることしか出来なかった。
今は、何となく口を挟んではいけないと思いながら。
「意味は、『意味の無いもの』。クラゲもそんな風に使われて、可哀想ですよね」
聞かなければ、良かったのかも知れない。
「そう…、なんだ」
昴は項垂れる。
なんとなく、何を言えばいいか分からないまま。
流れることしか出来ない沈黙。
それは上手く自分が返せなかったのも悪いとは思うのだが、それ以降、葉一も言葉を発することはなかった。
(なんか、嫌だ)
昴は唇を噛み締め、葉一をちらりと伺った。
何故あのようなことを突如言い出したのか、もうこの際、理解できなくて良いと思いながら。
先程まで、楽しかったのだ。
水中トンネルの中を、時には幼さを残す笑みを浮かべながら、二人で歩いていたというのに。
昴の視界に入った葉一は、ただ真っ直ぐにクラゲを見つめていて。
「よう、いち…くん?」
その青い光に照らされた横顔は、恐ろしいと思える程、ただ綺麗だと、昴は呆然となった。
手の届かない場所に行ってしまいそうな儚さに、動くのを躊躇ってしまったのもあったのだろうが。
「だ、めだ。行っちゃ、だめだ!」
昴は叫ぶ。
その掌に、葉一の一回り細く感じてしまう手首を収めて。
咄嗟だった。
まさか、水槽に引き込まれるなど有り得やしないというのに。
流石にその行動には葉一も驚いたのか、ビクッと肩を跳ねさせた。
手を振り払おうとはされなかったが。
驚いた顔は、先程の会話がなかったことのように、素っ頓狂だった。
「すばる、さん…?ど、どうしました…?」
「ごめん、でも、でも…俺…っ」
「落ち着いて下さい。誰かに、その、見られては…」
「良いよそんなの!」
優しく咎めてくる声を、昴は何だか憎たらしさを感じながら、聞いた。
自分はこんなにも、必死に繋ぎ止めようとしているというのにと思いながら。
無理もない。
「あんな話、しないでよ…」
目を閉じれば、瞼の裏へ、簡単に思い浮かび上がる、光景。
二人きりで抱き締め合った日、その身体の熱、共有したはずの感情、その全部を。
この関係が意味の無いものだったと、そう言われているようで。
昴は掴む手の力を緩めることなく、掠れた声で呟いた。
「ごめん、お願いだから、もう聞きたくない」
「…すみません。もう、言いません。私は、」
人が勝手に呼び出したことであろうとも、そんなクラゲにはならないから。
「私達は、大丈夫…です」
大丈夫。
なんと、信じ難い言葉だろうか。
それも、今の今では。
だが、葉一の『言葉』は、まるで魔法のようなものであることを、昴は知っていた。
身に沁みた程だ。
ならば、信じることしか出来ないのだろう。
昴は痛み出す胸に気付きながらも、掴んでいた手首を解放すると、そのまま掌を葉一へと差し伸べた。
葉一君のことが大好きな昴君を書きたかっただけです。
初めての昴葉がちょっと暗い…。