永遠に留まって放課後、行きつけのファーストフード店。私と同級生である沙那は、今日もここに来ていた。
アップルパイを幸せそうに頬張る沙那は、いつ見ても可愛い。
二年生に上がってクラスが別になってしまった今となっては、なお一層貴重な時間だ。一年の頃、沙那が部活に入らないように誘導した自分を褒めてやりたいと思う。
私がそんな事を考えてるとも知らずに、目が合った沙那は首を傾げる。まるでそれが理由であったかのように、素知らぬ顔で私は腕を伸ばした。
「ここ、付いてる」
「ほんと?ありがと」
言いながら沙那の唇の横を紙ナプキンで拭ってやると、彼女はふにゃりと微笑んだ。
「やっぱり沙那は、私が居ないと駄目ね」
刷り込みみたいに、幾度となく繰り返してきた言葉。沙那はもうそれにも、うん、と頷くようになってしまった。私がそう仕向けたから。
本当は、そんな事ない。実際、沙那が特別何が出来ない訳でもなければ、私が特別何が出来る訳でもない。
ただ、沙那はお洒落なんかには少し疎くて、所謂流行りものにもあんまり興味が無いから、周りの女子に話を合わせるのが苦手だっただけだ。私は周りを観察するのが昔からの癖みたいなものだったから、そのお陰で表面を取り繕うのがちょっと上手かっただけ。それでも沙那は目をきらきらさせて言う。綾乃はすごいね、って。
上辺だけの付き合いを続けてきた私にとっては、あんな純粋な目で誰かに見つめられたのは初めてで――――。
最初は沙那にあの目で見られて、優越感を覚えるだけだった。だけどそのうち、沙那が自分以外にあんな顔をするのは許せないと思うようになっていった。
いつも傍に置いて、優しくしたり、指標を与えたり。私に心酔するように。
最初は単に体よく利用するだけのつもりだったのに、そんな事忘れてしまったみたいに、私は沙那を囲うようになっていた。
沙那がふと、あ、と声を上げた。彼女の目線を追うと、人懐こそうな男子が、笑顔で沙那に手を振っている。沙那が手を振り返すと、彼は一緒に来たのであろう男子グループの輪に戻っていった。
「……知ってる子?」
「うん、同じクラスの……斉藤くんって言ってね。すごく優しくて面白いんだよ」
……駄目。
自覚がないけど、沙那は可愛い。少々野暮ったい服装をしていたとしても、それを差し引けるくらいには。まして、最近は私の選んだ服を着て、私が似合うと言った髪型にしている。沙那に一番似合う、本来の可愛さを引き立てる恰好。……やっぱり私の二人の時以外はしちゃ駄目って言っておくべきだったかも知れない。内心で舌を打つ。
「……優しそうに見える人ほど信用出来ないって言うよ」
「そうなのかなぁ……」
沙那は呟いて、考え込むように軽く俯いた。
――――何なのよ、いつもだったら私の言った事にはすぐに頷く癖に。
腹が立って、トレイを片手に沙那の手を引っ張る。
「えっ……綾乃……?」
手首は離さないまま、ごみを捨てて足早に店を出た。沙那はいきなり態度を変えた私の様子を恐々と伺って、時々よろけながら、それでも大人しくついて来る。
「綾乃……怒ってる?」
「怒ってないよ」
「けど…………」
「ねぇ、沙那」
「しよ?」
明け透けに言ってやると、沙那は途端にぱっと真っ赤になって、私の手を弱々しく振り解こうとしてきた。むっとして、余計に強く握ったけど。逃げられない沙那は仕方なしに、その場で顔を背けた。
「……だ、だめ」
「なんで」
男に目が向いたら手の平返すの。苛々が増していく。だけど沙那の少し震えている唇から零れたのは、予想もしなかった言葉だった。
「……だって、今日の下着可愛くないもん……」
綾乃はいつもお洒落だし、見られるの恥ずかしい。ぽそぽそと続ける沙那に一瞬ぽかんとして、その後盛大に噴き出してしまった。
「も、笑い過ぎだってぇ……!」
……駄目だよ。
やっぱりこんな可愛いの、誰にもあげられない。例え沙那本人が望んでも、絶対に離してあげない。
あんたが悪いんだからね?
ねぇ、そうでしょ?可愛い可愛い、私の沙那ちゃん。