だからと言ってこんな、 可愛い娘だと思っていた。
新しく入ってきた後輩。彼女はあんまり仕事が出来る方じゃなくて、お局様たちには嫌われていびられていた。トイレで泣いている所を何度か見掛けて、放っておけなかったのだ。だって確かに要領は良くないけれど、彼女なりに真面目にやっている事は見て居れば分かる。
それをそのまま伝えてやると、彼女は私の胸で一頻り泣いた。その時を切っ掛けに、彼女は少しずつ明るい顔を見せるようになって行く。自信を持てず委縮していたのも拍車を掛けていたのか、失敗も少しずつではあるがなくなっていった。伴って彼女が悪く言われることも、段々と減っていった。
そうして私はと言うと、彼女にすっかりと懐かれてしまい、プライベートでもよく呑みに行くような間柄になっていた。居酒屋のカウンター席、酔いの回った彼女は今にも歌い出しそうに上機嫌で、私の肩に頭を載せる。
「私、ほんとに先輩に憧れてるんです。先輩みたいになりたいなぁ……」
「買い被りすぎよ」
そんな風に笑ったが、褒められて内心悪い気はしなかった。けれど、その日からだった。彼女の行動に違和感を持つようになったのは。
最初は、ハンカチだった。私が持っているものと全く同じものを彼女が使い始めた。「先輩が使ってるの、凄く可愛かったから」その時点ではそういう事もあるだろうと然程疑問も持たなかったし、寧ろ自分のセンスを肯定されたような気もして嬉しいとすら思ったのだ。しかし、それは徐々にエスカレートしていった。財布、バッグ、服、時計……。スマートフォンが私と同じ機種になる頃には、全くの第三者からも「あの娘、君の真似ばかりしてない?」と心配そうに声を掛けられる始末だった。
私自身も気持ち悪いとは思っていたのだ。けれど当の本人は「これ本当に良いです~!やっぱり先輩のセンスは間違いないですね!」などとニコニコしながら言うものだから。悪気は微塵も感じられなくて、口を噤む事しか出来なかった。
……この日までは。
「ーーーーこれ、どういう事!?」
私はスマートフォンを彼女に突き付けた。開いたままのトークアプリの画面には、『あの娘と付き合うことになった。別れてくれ』と表示されている。糾弾を受けた彼女は、きょとん、と表現するのが似つかわしい顔で首を傾げた。
「言ったじゃないですか?私、先輩みたいになりたいって。だから全部同じにしなきゃ。物も、ーーーー人も」
「は……?なに、言ってるの……?」
子供のようなあどけない表情で、理解の追いつかない事を言う。思わず後ずさったが、彼女は同じだけ距離を詰めてくる。
「……でも、先輩。先輩の使ってるもの、本当に良いものばっかりで流石だなって思ってたんですけど、彼氏だけは駄目ですね。あの人、私に気持ちが向いたら先輩の悪口ばっかり言うようになってーーーー」
「!!もう止めてよ……っ!」
思わず振り上げた腕を、彼女はぱしりと掴んだ。そのまま私の手首を肩の辺りで押さえつけるようにして、私へ鼻先をぐっと近付ける。間近にある瞳は酷く澱んでいて、目を逸らせなかった。
「……何も分かってない。ねえ、あんな人より私の方がずっとずっと先輩を理解してます。いや、あの人だけじゃない。今まで出会った人より、これから出会う人の誰より。先輩の事分かってない人にあげるくらいなら、私が貰って良いですよね?」
矢継ぎ早に並べ立てて、迫ってくる唇。逃げなくてはと思うのに。私はそこに縫い留められたように、動けなくなっていた。