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    蕎麦打ちに博打なし 
     ※舞台は原作17巻辺り。既刊とF.F.F.の設定と独自設定を併用
      漢数字を一部読みやすくしました
      当時はリヒトが使う「~ス」の語尾の印象が強く、そのまま使用しました

    【蕎麦打ちに博打なし】

     事の始まりはつい先日。第8の事務所にて。

    「紺炉中隊長、わざわざありがとうございます」
     火縄は丸々育ったカブを両脇に抱えたまま一礼する。
    「おうよ。また漬物作るなら声かけな」
     紺炉は第8へ立ち寄るついでに原国野菜のお裾分けをしていた。
    「ありがとうございます」

     用を済ませて帰ろうとする紺炉の耳に、そう遠くない部屋からずいぶんと華やいだ声が聞こえる。
    「ヴァルカンさん、これはお店の味ですよ!」
    「ほう、悪くないではないか。二台作って一台寄越せ」
    「まだ色々試してからな。ここのダイヤルを回せば蕎麦でもうどんでも作れるんだ」
     台所の方からだろうか、何やら盛り上がっている。
    「火縄中隊長、あれは一体何の話で?」
     蕎麦でも作れると聞けば黙ってはいられない。
    「ヴァルカンが……ああ、スムージーの機械を作った隊員がパスタマシーンを作ったんですよ」
    「ぱすたましーん?」
    「要は自動製麺機ですね」
    「ほう、機械で麺を作るってのか」
     人数の少ない第8では食卓に麺類が出る機会は少ない。正式な献立になる日もあるが、急な出動で食べかけの麺が伸びきった経験は数知れず。なので外出してのラーメンはかなりの楽しみでもある。
    「確かに一度茹でるとどうしたって足が早くなるからな」
     大量の湯を湧かす手間も馬鹿にはできない。
    「最近加わったリサが俺達の様子を見ながら麺料理を作るようになったんですよ」
     そこにヴァルカン特製のマシンの登場。今後も美味しい麺を食べる機会は増えるだろう。
    「なるほど。ところで第五の大隊長みてぇな声もしたんだが」
    「気のせいですね」

     ここで話が終われば良かったのだが、問題はこの後だった。
    「調整は必要だが上手くやれば手打ちにも負けないと思うぜ」
     この一言だ。
     単に便利さについて話していたのだが、それは紺炉に火を付けるには十分すぎた。
     察した火縄が両手で顔面を覆っている。

     数日後。

    「紺炉、その荷物は何だ」
     詰め所の隅で大仰な荷造りをしている紺炉の背に紅丸が問いかける。
     昨夜から厨で一人せっせと動いていたことは知っていたが、眠りもせず出かけるようだ。
    「野暮用でさぁ若、日暮れには戻りますんで」
    「おい待ておい」
     紅丸は詰め所を出ようとする紺炉に今一度問いかける。
    「ヒカゲとヒナタにはどう話せばいい、あいつら今日は紺炉とべっこう飴作る気だぞ」
    「どうか若が手伝ってやってくれませんか」
    「俺は無理だろ。それに大人しく引っ込むタマじゃねぇ」
    「そこを何とか」
     そう言って畏まる姿に見え隠れする仄かな気迫。
    「全く……喧嘩って訳でもなさそうだが」
    「似たようなモンではあります」
    「そうか、よく分からねぇが負けだけは承知しねぇぞ」
    「……何も心配ねぇ、ハナからこっちが上だと教えに行くだけだ」
     やはり勝負事か。がらりと変わった口調に紅丸は軽いため息をつく。
     混ざれるものなら混ざりたいが、どうも面子に関わる話のようだ。
    「では」
     颯爽と歩き出した背中が表通りの角に消えるまで紅丸は静かに見守っていた。
     それにしても大荷物である。


    『田端駅前公園ふれあいバザーにお越しの皆さま、11時から14時まで特殊消防隊のブースにて食べ放題の蕎麦打ち対決が行われます。食べた器の数で競われますので奮ってご参加下さい。実況・解説は武久火縄第8中隊長、アシスタントは秋樽桜備第8大隊長でお送りします』
     立て板に水のような紹介が公園のスピーカーから響き渡った。
    『待って、対決とか聞いてないんだけど』
    『書類は出しましたよ。第7から人手を借りますと』
    『あれそういう意味だったの!?』
     第7から一人借りる予定は確かにあった。
     しかしそれは提灯の設置を手伝って欲しかっただけであって、対決など恐ろしい予定ではなかった。
    『大丈夫?角立たない?』
     スピーカーから響くガバガバの会話。
     老若男女であふれるバザーの中に建った二つの屋台。
     それらを囲む親子連れの不思議そうな視線。
     時々通り過ぎる風船を持ったマスコットらしき何か。

    「何だこれ……」
     もう少し殺伐とした舞台を想像していた紺炉の戦意が乱れる。
    「いや落ち着け、これは俺とぱすたましーんとの喧嘩だ」
     向かいのヴァルカンの屋台からは既に景気の良い湯気が上っている。
     紺炉も急がねばならない。
     蕎麦そのものは事前に150食打っているので茹で加減に注力すれば良い。
    「で、助手が付くとは聞いてたが」
    「安心して下さいよ、グラム数を違えず器にネギを盛りますから……」
     エプロン姿のリヒトが暗い瞳で自嘲気味に笑っていた。
     客商売に向いていない自覚があるのだろう。
    「お、おう」

    「困ったな、料理上手のリサさんが来てくれたら良かったのに」
     ヴァルカンの店を手伝いに来たユウは不安そうにそばつゆを火にかけている。
     戦える能力者は少しでも待機させたい大隊長の方針でリサも留守を任されていた。
    「すまねぇユウ、大事になってさ。でも今回の勝負は俺も本気なんだ」
     ヴァルカンも全力だ。今回の彼は自分の夢をも味に込めようとしている。
    「ですよね…ウッ…プレッシャーが」
     とは言え二人の作業は順調だった。
     そばつゆは事前の仕度で調整済なので、後は具と共に盛りつけるのみ。
    「問題は追加分ですね。150食分用意したので平気だと思いますけど」
    「券さえ買えば食い放題だからな。今のうちに材料の確認すっか」

    『それにしても今年は随分賑わっていますね火縄中隊長』
     スピーカーから気を取り直した桜備の声が響く。
    『そうですね、お天気お姉さんがフリートークで触れて下さった影響でしょう』
     今日のバザーは皇国でかなりの視聴率を誇る情報番組でも少し紹介されていた。
    『ですね。晴天で良かったですねぇ』

    「え、マズイ事になりましたよ」
     実況を聞いたリヒトが身を屈めて在庫の確認を始める。
    「どうした、御天気の姐さんってのはそんなにヤバイのか」
    「それはもう大人気ですからね、地域外から訪ねて来る人も想定しないとですよ」
     毎年の来場者数を参考にしていたリヒトだったが、明らかに諸々の数が足りない。
    「紺炉中隊長、もし50人分追加すると時間は如何ほどかかりますか?」
    「道具も材料もあるが……1時間に収まるかどうかだ」
     クオリティを落とさなければの話だが、そのような短時間で連続して打った経験はない。
     常に本気ではあるが、あくまで趣味だったのだ。
    「この催しで追加で50食出ると思うか?」
    「本当なら100食お願いしたいっス。ただ素人目にも厳しいと思ったので」
     紺炉はこの状況にも関わらず笑みを浮かべた。
    「今から100食以上打つ。11時になったら客捌きは任せたぞ」
    「えぇ!?」

    『事前の用意は昨年の数字を参考にしたのですが…すでに長蛇の列ですね』
     驚き混じりの桜備の声が響く。
    『おっと11時です、開始のホイッスルが響きました』
    『ちなみに音源は第4のパーン中隊長です』
    『音源て』
     スタートは意外なほどに大差がなかった。手打ちの看板があればそちらへ並びたくなりそうなものだが、ヴァルカンの店から漂う香りが通行人を誘っていたようだ。
    『我々も試食をいただきましょう。機械打ちの方ですが……妙に馴染みのある香りですね』
    『火縄もそう思うか。でも記憶にないんだよなあ』 
     二人は首を傾げながら蕎麦をすする。
     蕎麦そのものは可もなく不可もなく、しかし出汁の香りが酷く懐かしい。
    『色は薄いと思いましたが、味はむしろ濃く甘みがあります』

    「まさか!」
     紺炉が蕎麦粉に触れる手を止め、凄まじい圧で向かいの店を睨む。
    「何事っスか」
     まさかこんな場面で出会うとは思わなかった存在に紺炉の唇が軽く震える。
    「大災害が起きる前に浅草と…いや、原国の東と張り合ったカミガタって文化があってだな」
    「カミガタ?」
     リヒトは何となく聞き憶えのある単語にはてと首を傾げる。
    「あ、かつての西の大都市ですか」
    「そう、そいつらと東は何かある度に33-4と罵り合ったと伝わっている」
    「何か関係ない存在が巻き込まれた気がするっス」
     東とカミガタでとにかく揉めたのがそばつゆの違いだ。
     削り節と醤油がメインの東と違い、カミガタは昆布を使用した黄金比率の味。
     今や複雑になった皇国民のDNAの奥にも「昆布は旨い」が刻まれているという。
    「機械頼りの素人と思ったが、やってくれるぜ……」
     香りだけでも旨いと分かるのが謎に紺炉を苛立たせる。
     その視線を感じたヴァルカンは額にうっすらと汗を浮かべながら不敵に微笑む。
    「伊達に研究してないんでな。海を蘇らせるには海草も必要なんだ」
    「貴重な海草食べちゃってますけど」
     ユウのもっともなツッコミにヴァルカンは肩をすくめる。
    「食ったら旨いって教えないと皇国民は本気出さねーんだよ」

    『なるほど、これは意外な味でしたね。それでは手打ちの方を頂きましょう』
     スピーカーから流れる火縄の声が突然途切れた。
    『ん、火縄?』
     どうやらスピーカーの故障ではないらしい。驚きで沈黙したようだ。
     火縄は初めて食べる十割蕎麦の愚直なまでの味と香り、舌触りに圧倒されていた。
    『万人に受けるかは分かりませんが、今後蕎麦とは何ぞやと尋ねられたら俺はこれについて説明するでしょう』
    『そんなに……?うわ、俺がよく食べる蕎麦と全然違う』
    『俺がスーパーで買うのは小麦粉が多いんですよ。その分具材は頑張ってるでしょう』
    『アッごめん、火縄の作る天ぷら旨いよ』

    「何の話だよ」
    「全くですね」
     紺炉とリヒトがようやく呼吸を合わせて呟いた。
     しかしガバガバの解説も後押しとなって店の回転が非常に早くなった。
    「良い流れだが作り置きはとうに出たか…!ここからは時間との勝負だ」
     既にこの場で一度目の蕎麦作りを終え、二度目も半ばの段階だ。
    「顔色悪いっスよ紺炉中隊長、倒れられたら一大事なんですけど」
     リヒトもそばつゆの管理と接客に大わらわだ。
    「負ける方が一大事なんだよ、いいからネギ切ってくれ頼む」
     道具を次々と代え、今は凄まじい勢いで蕎麦包丁を操っている。

    『店の回転に変化が出てきたようです、機械打ちが押し始めましたね』
    『旨くても品物がない事にはな。火縄、やっぱり手打ちって大変なのか?』
    『そうですね、特に十割蕎麦は職業人としての身体がなければ連続は厳しいかと』

     紺炉は無言で納得していた。
     いつか店を出せば大所帯の客を迎える機会もあるだろう、特に年末だ。
     達人は一日千客を相手にすると聞くが、普通はこの重労働を続けては身体が壊れてしまう。
     力の抜き所入れ所を間違ってはならない。
    「店を構える覚悟ってのが見えてきたな…!」
     急にキラキラと輝き出した紺炉の横でリヒトは目を回しそうな勢いで蕎麦を盛っている。
     間違いなく今日一番災難な人物になろうとしていた。
    「よおリヒト」
     視界を黒い影で覆われたリヒトは小さく叫んでいた。
     一般人に混ざって普通に並んでいたジョーカーが蕎麦の器と割り箸を持って笑っている。
    「お前、エプロンすっげぇぇぇ似合わねぇのな」
    「いや、何してるの」
    「食券は買ったぞ」
    「いやいや、第8に面割れてるよね?」
    「みーんな蕎麦しか見てねぇよ、俺も食ったら帰る」
     蕎麦の香りを妨げるタバコを少し我慢し、売り上げに貢献したのが彼なりの応援のようだ。

    『そろそろ二杯三杯と食べる人も増えてきましたね、依然として手打ちは厳しいか』
    『お天気お姉さんの宣伝力怖いなあ』
    『……おや、また動きがあったようですよ』
     機械打ちの回転率が何故か下がり、手打ちが巻き返しているようだ。
    『我々も二杯目をいただきましょうか』
    『よし、手打ちの方にしようかな』
     単に小腹が空いた故の二杯目だったが、明かな違和感に二人同時に気付く。
    『まるで喉の奥にスルリと落ちるようですね』

    「こればかりは機械に真似されちゃ困る」
     ようやく一息付いた紺炉はそのまま長椅子に転がった。
    「麺はみずみずしい二八に変更だ。食えば喉ごしで逆に乾きも癒えるだろうよ」
     昼過ぎから季節外れの温かい日差しとなり、熱い蕎麦を食べるには少々不向きな日となっていた。
     向かいのヴァルカンも流石に気疲れした様子で一息入れている。
    「参ったな、それでも結構な数は出たか?」
    「そうですね、何事もなく器が返って来ればかなりの数ですよ」

    『ここで終了のベルです、ちなみに今の音源は第1のカリム中隊長のハンドベルです』
    『これだけを撮りに行った意味とは』
     桜備が機械打ち、火縄は手打ち、それぞれの店の前に立って返却された器を数え始める。
     ユウが予め並べていたので桜備の方は即結果が出た。
    『機械打ち、253食!』
     背中から響いた声に火縄は危うく眩暈を起こすところだった。短時間で予想の倍近く売れている。
     今数えている手打ち側の器の数もそれに迫る勢いだ。
    (25…2…?)
     252。数え間違いではない。
     申し込まれて引き受けた勝負とは言え……
     これをマイクで言えと……
     息も絶え絶えの紺炉を前にした火縄の目にハシビロコウが宿る。

    「おい、おいメガネ!」
    「聞いてんのか、ちょっと下向けメガネ!」
     突然わちゃわちゃとハモる少女の声が火縄の両側の鼓膜に刺さる。
     火縄が視線を落とすと、それぞれ器を一つずつ持ったヒカゲとヒナタが立っていた。
    『254_______!!!』
       
     ふれあいバザーの終了と共に二つの店は撤収を終えた。
    「やっぱ粉から勉強しなきゃな。紺炉中隊長が監修してくれりゃ助かるんだけど」
    「それでも十分な代物だろ。新作が出来たなら見に行ってやるよ」
     紺炉とヴァルカンは朗らかに握手を交わしているが、火縄はため息混じりにその光景を見ていた。
     本職でもない人間があの量の蕎麦を短時間で、しかも気候に合わせて打つのはどう考えても尋常ではない。一か八かに頼らない確かな技量があるのだ。
    「盛り上がったけど来年は止めた方がいいな……」
    「ええ。それとリヒトには悪いことをしました、有給で済むでしょうか」
    「そうだな……奪い合ってたレコード譲るわ」
     桜備は小声で囁き、火縄はそれに深く頷いた。

    「「おーい、日が落ちる前に帰るぞ!」」
     紺炉はヒカゲとヒナタに腕を引かれ、第8の面々に見送られながら公園を後にした。
    「今日は腕引っ張るのは止めてくれ。もげそうだ」
    「しゃーねー、下衣にしてやる」
    「構わねぇが脱がすなよ」
    「なあ、ばすの切符ってどうやって買うんだ?」
     二人は見慣れない街を物珍しげに眺めている。通行人の視線などものともしない。
    「ばすは浅草まで行くのか?」
    「電車もいいな。どうやって動いてんだろな」
     駅の方を指したヒカゲとヒナタは乗り物に乗る機会を心待ちにしているようだ。
     そこでふと疑問に思う。この二人はどうやって田端まで来たのか。
     いや、もう考えるまでもない。
    「若は今日何してた?」
    「「賭場にいたって言えって言われた」」
    「おう、そういう事にしような」


    【蕎麦打ちに博打なし】終
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    2022/04/24 23:39:31

    蕎麦打ちに博打なし

    人気作品アーカイブ入り (2022/04/25)

    紺さんが第8に立ち寄った際、未知の強敵に出会ってしまう話
    2019年の再投稿

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