黄昏の恋 あなた達はいつもそうだ、私を翻弄して、笑って去っていく。いままで何人かの女性とお付き合いをしたけれど、私はまるでその人にじゃれつく猫のように、最後は何も残らない。時にはひっかき傷のひとつもつけられたかな。
冬の気配が差し迫り、厚手のコートやジャケット姿が駅前に増え始めた頃、私は恋をした。
妻に先立たれ、もう恋だの愛だのは縁遠いものだと思っていた。当然だ。自分自身だって、恋をしたかどうかもわからないのだから。けれど、確かに私は彼女の容姿に惹かれ、心に惹かれた。
その人は、くたびれた私なんかよりずっと若々しくて、卵型の輪郭、その肌はまだみずみずしく張りがあり、下がり気味の流線を描く眉、長い睫毛に、細く筋が通るくらいの小さい鼻。下唇を少し噛む癖があった。デートに誘っても、一応は応じてくれるけれど、向かい合っても私を見ずに、遠くを見てにこにこと笑っていた。だから、彼女の視線の先にいるベビーカーに乗った赤ん坊に彼女の笑顔を取られたと、嫉妬すら覚えた。
「子供、お好きなんですか」
彼女がびっくりして私を見た。ほらね、私を見ていなかっただろう?
「そうね、可愛いと思う。でも、わたしはもう産める歳でもないし」
この店で美味いと評判のブレンドにティースプーンを差し入れて、彼女は軽くうつむきがちに首を傾げ、頬杖をついた。右手のティースプーンはくるくるとコーヒーをもてあそんでいる。
「私と一緒になりませんか」
唐突に私が言うものだから、彼女は目をぱちぱちと瞬いて手を止めた。
「わたし、おばさんよ?」
「私の目にはとても魅力的でチャーミングな方に映っています」
「子供も、産めないし……」
「それが、私とあなたが一緒になるための障害になりますか」
それを聞いた彼女は、大きく目を見開いて、何かを言いかけて、自らのてのひらでそれを押さえ込んだ。
ティースプーンをカップから出し、ひと口。きっとぬるくなってしまっているだろう。
「私とあなたが一緒になるための障害になりますか」
念を押す。
本当は心臓が早鐘を打ち、口から飛び出そうだった。出会って三回目でプロポーズなんて早すぎる、けれど、他の人間に取られたくなかった。
彼女は、表情を映さない顔で紙ナプキンを取り、それで口の端を拭うと、小さく
「いいえ」
と、一言こたえた。目の端がほんのりと赤くなっている。美しいと思った。可愛らしいと思った。
まったく、女性というものはなんと素敵なのだろう。
あなたのことを、誰より笑わせるのも、泣かせるのも、傷付けるのも 怒らせるのも、幸せにするのも、私がいい。