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    手袋と手触り オルコットとグエルの朝は、グエル自慢のコーヒー一杯から始まる。その日も朝の光で目覚めたオルコットは、身繕いをした後、先に起きてコーヒーを淹れていたグエルから満杯のコーヒーカップを受け取ろう左手を伸ばした。
    「あれ? オルコット、手袋の人差し指、破れているぞ」
    「あ?」
     グエルの指摘の通り、焦茶の手袋から金属光沢が覗いていた。指の腹側におよそ一センチ四方破けている。どうやら縫い目が経年劣化でほつれたことが発端らしい。
    「かなり長く使ってるからな。いつかはこうなるだろ」
    「それで……どうするんだ?」
    「修理できるところを探す」
     そっけなくタスクを上げているが、オルコットの表情は沈んでいた。仮に修理に出すのはいいとして、代わりの手袋がないのだ。
    「しばらく手袋なしでいるってことか」
     俺は新鮮でいいけど、オルコットはどうなんだ? グエルはコーヒーを飲みながら首を傾げている。
    「手が滑りそうで怖いな。あと冷たいぞ義手の方は」
     オルコットが差し出した手をグエルは取った。金属そのものの感触と、冷たさがグエルの皮膚を刺激する。
    「確かに冷たいな」
     それでもグエルはオルコットの手を握り続けていた。グエルを気遣ってか、義手の方で触れてこないこともあり、珍しいので堪能しているのと、そんなことで手を離すほどやわじゃないぞという意思表示だった。
     そんなグエルをオルコットは微笑ましく眺めていた。滅多に晒さない義手そのままの手を珍しがる無邪気さも、その裏に込められたオルコットへの愛情も、どちらも愛おしかった。
    「よし、買いに行くか、手袋」
    「ちょうど休日だし、いいんじゃないか?」
     グエルも賛成の意を示した。この日は買い物の予定がなければ、二人で家でのんびりしようと決めていたのだ。
    「お前も一緒に行ってくれないか? グエル」
    「構わないけど……なんでだ?」
    「お前にも選んでもらいたいんだが」
    「いいぞ!」
     買い物デートだな! とグエルは顔中で笑っている。つられてオルコットも穏やかな笑みを浮かべた。

     二人が手袋の購入場所に決めたのは、老舗の百貨店である。長く使うなら多少高くてもいいものを選びたいというオルコットの希望に、グエルが品質の良さは折り紙付きだからと提案したのだ。道すがら、その根拠を求められて、実家ではその百貨店の外商を家へ呼んでいたという返答をしたグエルに、オルコットは珍しく一瞬呆気に取られた。そういえば彼は老舗大企業の経営一族の御曹司であった。
     百貨店のエントランス階は、入るものを威圧するような豪華さがあった。高い天井からまばゆい光を放つシャンデリアは、クリスタルグラスのラグジュアリーブランド謹製のものであるし、直径一メートルあるであろう柱は大理石でできている。天井や壁面に施された漆喰の彫刻は、フロア案内の近くに掲示された解説によると、当代の名工の手によるものだという。富と美の暴力にオルコットは圧倒された。いわゆる中流階層の生まれであるオルコットには身につけるものにさほどこだわりのないこともあり、あまり縁のない場所である。自分は場違いなのではないかと居心地の悪さを感じた。
    「すげえな……店なのに城みたいだな……」
     おさまりの悪さを感じていたオルコットの隣で、グエルがぽかんと口を開けていた。
    「お前ならこういう豪華なところは慣れているだろ」
    「実家はシャンデリアなんてないし、店だって行ったのはオルコットと一緒に行ってたような普通の店だぞ」
    「意外だな」
     オルコットの発言にグエルは頬を膨らませた。
    「この装飾が普通だと思えるほどボンボンじゃねえよ、俺」
    「そうかそうか」
     実家に外商が訪ねてくるという時点で相当な金持ちだよ。と思いながらオルコットはグエルの頭の上で素手の右手を弾ませた。落ち着かない気分の自分に気づいてこのような発言をしたのだろうか。グエルは時々、他者の、本人すら言葉に表せないほど微かな不安などに寄り添うことを言うことがあった。オルコットはそのような負担をかけさせていることが情けなく思う反面、その心の強さを尊敬していた。
     二人は、手すりに沿って透かし彫り彫刻の入ったランプが灯っているエスカレーターを、紳士物のフロアに向かって昇った。
     紳士物売り場は、重厚な木の机や棚の上に整然と品物が手に取られるのを待っていた。その合間に品よくコーディネートされた服を着た店員たちが持ち場に立って、あるいは客の相談にのっている。二人は商品を横目で見ながら目当ての手袋売り場を目指した。

    「革の手袋だけでこんなにあるのか」
    「売るほどあるな」
    「思考停止してないか? オルコット」
     手袋売り場で二人は途方に暮れていた。二人ともファッションに関しては、仕事や生活に支障が出なければいいというポリシーの持ち主である。そんな彼らには品揃えの幅が広すぎたのだ。
    「なにかお探しですか?」
     二人にとって天の助けに等しい声をかけてきたのは、柔和な印象の男性店員であった。センタープレスがしっかり入った白いスラックスに、深い青の凹凸の目立つ生地で仕立てたブレザーが爽やかである。中の黒いギンガムチェックのシャツと黒いニットタイの組み合わせが、彼のファッションセンスへの自信を上品に主張していた。
    「革の手袋を探しているんだが」
     オルコットが遠慮がちに口を開いた。
    「どのようなものをお求めですか? 厚手のものが良いとか、手触りとか」
    「丈夫で指を動かしやすい物がいい。色は仕事に支障が出ないもので」
    「承知しました。まずは手のサイズをお調べしてもよろしいでしょうか」
    「よろしく頼む」
     オルコットはやぶけた手袋を外すと、目盛りが入った計測用の板の上に手を乗せた。銀色の義手を見ながら店員は、動きやすさを重点的にする、と脳内でメモを取った。
     オルコットの手の大きさを測り終えた店員は少し考え込むと、トレーを取り出し、いくつかの手袋を選んで載せた。
    「まずはこちらの手袋ですね。素材は羊革です。軽く柔らかで断熱性があります」
     そう説明しながら店員はオルコットにこげ茶の手袋を差し出した。
    「もしよろしければご試着してお試しください」
     店員から手袋を受け取ったオルコットは、手袋に手を通すと、その手をグエルに差し出した。
    「手触りはどうだ」
    「えっ? 俺?」
    「手を握ったりするだろ、お前は」
     その言い分で納得したグエルは、オルコットの左手と握手をした。その様子に店員は柔らかく目を細めた。
    「すごく滑らかだな。俺は触り心地いいと思うけど、物持つの大丈夫そうか?」
    「確かにそうだな……」
     とはいっても、手袋に使われる革は似たようなものだろう。どうしたものかと、オルコットは手を握ったり開いたりして数秒考え込んだ。
    「滑りにくさを重視するならこちらがいいと思いますよ」
     そう店員が差し出したのは、茶色の手袋である。
    「こちらは手のひらにスエードの革を滑り止めに使用しております。スエードの部分も他の部分も山羊革で出来ております」
     もしよければ、滑りにくさなどはこれでお試しください。という言葉とプラスチックボールと共に差し出された手袋を受け取って、オルコットは今まで試着していたものと付け替えた。手の動きを確かめた後、再びグエルに手を差し出した。
    「スエードの手触りが面白いな。俺は好きだよ。どっちの感触も」
    「そうか」
     オルコットは今見につけている手袋を眺めた。
    「他のも試していいか」
     手袋を外しながらオルコットは店員に尋ねた。
    「もちろんでございます! こちらの鹿革のものはいかがでしょう? 非常に柔らかく丈夫です」
     オルコットはまた動きやすさと滑りにくさを調べた後、グエルに手を差し出して、肌触りの感想を聞いた。
     結局オルコットが選んだのは、スエードを手のひら側に使用した山羊革の手袋であった。好みの色を選び、会計をし、そのまま使用すると言ってタグを切ってもらった。
    「よかったな、オルコット。いい手袋が見つかって」
    「ああ……助かった。お前のおかげでいい物が買えた」
    「役に立ててよかったよ」
     お互い感謝し合いながら、二人は手を繋いでいた。グエルは早速オルコットが買った手袋の感触を楽しんでいる。
    「この後どこか行くか? せっかくデカい店にいるんだから、見物するのもオツだろ」
    「そうだな……少し一休みしようぜ。さっきフロア案内見たらこの上の階にカフェがあるらしいんだ」
    「いいな」
     二人はエスカレーターを目指して上質な服の海を泳いでいった。

    <終>

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    手袋と手触り

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    ##表 #水星の魔女 #オルグエ

    手袋が破けてしまったオルさんがグくんと手袋を買いに行く話。
    当社比糖度高め。現パロか未来軸で付き合っている二人です。

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