【連弾:私を見つめるあなたの目】
高校二年生になってから季節がいくつも過ぎた、そんなある日のこと──
「何で、俺らが音楽室の片付けをしなければならないんだよ……もう、本格的に受験勉強真っ只中になるんだけど」
「知らないわよ……大方アノ人が押し付けられた仕事を此方に回して来た、と言うところでしょう」
「多分と言うか、十割そうなんだろうから……何も言えねえ」
雪ノ下の予想は答えでしかなく、俺の思考でも同じAnswerにたどり着いている。溜め息混じりで、手を動かし片付けて行く。こんな時に限って、二人だけしか居ないとか……どうなんだよ。
大学受験に向けて頑張らなければならない時に、体調を崩す様な真似はさせられない。ただでさえ体力の少ない雪ノ下に、あまり無理をさせる訳にはいかないからな。そうなれば必然的に主だって作業をやるのは自分になるわけだが……別にそこは、まあ……うん。
そんなこんなで、ある程度片付いた時に……どうしたらいいのか分からない物が出て来た。
「……どうする」
「そうね……面倒だけれど、先生に直接聞いて来るわ」
「悪いな」
「いいのよ。比企谷くんが、率先して重い物をたくさんやってくれたんだもの」
……分からないように分からないようにって、やっていたつもりだったが、バレていたのか。
「それじゃ、待ってる」
「ええ、休んでいて」
「とは言え、座っているくらいしか出来ないか」
飲み物を買いに行くとかは流石にちょっとアレだと思うわけで。そこから……何とはなしにピアノの鍵盤を眺め────。
◇◆
先生に聞いた片付けはあれでよかったらしく、比企谷くんと私がどうしようかと思った物についてはそのままでいいとのこと。それなら、片付ける前に一言伝えてほしかったと思うのも無理は無いと思うのだ。
「──?」
歩みを進め、先程まで片付けを行っていた音楽室に近付くにつれて聴こえ始める……ピアノの音。
──それは
私が聴いたことのない曲。
だけれども、伝わってくるものがある。私はもっと聴いてみたくなって更に歩みを進めるのを心持ち早めた、そうすると……ピアノの演奏だけでなく、“歌声も聴こえ始めた。”
「これは、英語……なのかしら?」
ここまで来れば、誰がピアノを弾きながら、歌っているのかが分かる。先程迄一緒になって片付けをしていた彼、比企谷くんだ。ピアノを弾けたなんて……今まで話した中で言われていなかったことだから、目にして驚いた自分がいる。
耳にし、目にし、分かること……それは、比企谷くんがこの曲を弾き慣れていると言うこと。迷いの無い指の動き、そして……途切れることのない歌。
その歌詞を、私は頭の中で訳して行く……ところどころ、疑問も浮かびはするけれども。
「女性の……気持ち、これは──恋の歌」
ピアニストの彼女は、酒場でピアノを弾き、そこに来た男性に恋をする。中々声を掛けてくれない男性、それをじっと待つ彼女。
比企谷くんが歌う、歌の歌詞の内容はそういったものだった……やがてその演奏も終わりを迎えた。
「──ピアノが弾けたのね……比企谷くん」
「お、ああ。まあ……ちょっと、な。それより──」
その後件の物について聞いてきたことをそのまま伝えると、彼は溜め息を大きく吐き出していた。まあ……分からなくもないわよね。大人なのに、ホウ・レン・ソウがちゃんとしていないのはどうかと私も思うもの。
「それじゃ、これで終わりでいいのか」
「そうね、片付けは終わりでいいと思うわ。それよりも……少しいいかしら?」
「ん……?」
私は思い切って彼に、弾いていた曲の詳細を訪ねてみる事にした。どう言う訳なのか分からないけれど……とてもとても、気になったから。
「これはな、俺らが生まれる前から脈々と続いている、とある有名なシリーズ物のゲームの中の一作……その中で使われた曲なんだよ」
「それを、何故貴方が?」
私は思考をあえてせず、疑問に対して比企谷くんに向けてそう振ると……少し唸りながらも、顔を私に向けて答えてくれた。
「コイツは当時、殆どの男子がやっていたと言っていいゲームだったんだよ……だからそれを切っ掛けに、友達作りをするつもりだったんだが──」
「だったんだが──?」
「これが使われていたゲームはな、その当時のシリーズの中でもストーリーが屈指に分かりにくかったりしたんだよ。その後にたくさん発行された攻略本たちの後にやたらと分厚い究極の攻略本何て物までが出て、その中で分かり辛い点に触れられた事もあるが、明確的な答えは未だに出されていない。だから、その作品の物語りについての考察の動画とかがいまだに色々出ている」
ここまで聞いた彼の意見を、総合すると……。
「誰よりも早くやりこんだけれど、周りは早々に飽きてやめてしまったりして、貴方の努力は泡沫の夢──と言うことかしら」
「当たりだよ……クリアした奴はいても、そこまで考察をする奴らはあの時居なかった。結果そのゲームについての会話なんて出来るはずもなく、当初の目的であった友達は出来ずじまいで、その唯一の名残として……こうして弾ける曲があると言うわけだ」
鍵盤を二つ三つ指で押す彼。
そんな彼を見ていると──胸の奥がキュッとなり、私はいても立ってもいられなくなって……その心境のままに、彼が座る椅子に近寄って……彼の隣にそっと座ると。突然の事で驚く彼は思わず立ち上がろうとするから、その腕を掴んで止めると彼は座る位置を変えて、私の座りやすい分を空けてくれた。
比企谷くんと並んで座る……そうしていると、彼が私を見てくる。私は目と言葉で──
「もう一度、聴かせてくれないかしら」
私の言葉を聞いてしばしの間の後、彼は鍵盤に指を走らせ始める。鍵盤に触れる指の位置を見て即座に覚えて行く……そして。
「今度は一緒に、いいかしら?」
私がそう言うと、疑問符持ちながらも指先を鍵盤へ。
少しばかり強引ではあるけれども……“演奏を二人で”
「……雪ノ下は、この曲知っ」
「いいえ、知らなかったわ。“だから比企谷くんの弾くところを見て覚えたの”」
そんな私の言葉に、彼は……高スペック過ぎるにも程があるだろ──と、言っていたけれど。私だって“興味の無いコトは覚えたりしないのよ、物事でも、人物でも。”
演奏、連弾に問題はまったく無く──だから
「比企谷くん」
「うん?」
「歌、歌もお願い」
その私の発言に、若干躊躇いを見せたけれども……彼は唄を、歌詞を口にし始め──……其れも私はメロディーラインと共に、忘れないようにと記憶して行く。
軈て、歌詞の一番、二番が終わり、演奏もそのまま終わる様になりなら柄も……“フェードアウトから再び始まりのメロディーラインへと繋がり。”
私は隣の比企谷くんへと顔を向けて見れば、“彼も私を見たので……微笑みかける。”
私のしたい事を理解してくれる彼。
きっと其れは、とてもとても大切な────。
◇◆
「時間的にはまだなのに、もう夜と変わらないな……危ないから送って行く」
「そう──……ありがとう」
私の隣に並び、私の歩幅に合わせてくれる比企谷くん。それがどれ程尊い事なのか今日の出来事を持って真に理解出来た。
だから、だから……私からも。
「ねえ、比企谷くん。良かったらだけれど……御夕飯──」
(おわりん)