年下の彼に助けられちゃった、私が助けられた話し。
その年、その月、そして……その日を前にして
私が両親から言われた事は、出来たらそうなって欲しくなかった展開を告げる言葉だった。
──ただし……お父さんも、お母さんも、やるせない感情を剥き出しにして……其れでも、娘に告げるしかない立場故に。
曰く
「陽乃、うちの……雪ノ下建設と言う会社存続の為に、とある人と結婚してくれ……」
そう、言われたのだ。
私の妹が高校三年生へと進級を果たし、一段落ついたと思った。
確かに一段落ついたのだ。ただ……それとは別の事が起こるだろ筈を、想像から外していたが為に……“いつか”と言う物が、直ぐ様来るかも知れない──そんな覚悟すら置いておいたからか。
私は、普通の女の子のように家を飛び出してしまった。
宛てなんて無い。こんな、思考も気持ちも、ぐちゃぐちゃな状態では、大学の知り合いとも顔を合わせたくない。
結局、私は……フラフラと歩いて歩いて。目に付いた公園の中に入って行き、そこにあったベンチに腰を掛けて。纏まらない思考のままで居た。
因果応報──此れも、色々として来た事のツケが返って来たと言う事だろうか。そう言えば、彼にも──
「色々と、言っちゃったり……したり、したなあ……」
私の妹の同級生、そして……恐らくは私を、唯一理解出来るであろう存在。
思えば……妹を成長させる為とは言え、無茶ばかり言ったり、構い過ぎたりしていたかと思う。
まあ……構い過ぎたりしていた理由は、妹の成長の為とは別で。ついつい構いたくなってしまうそう言う子だったから、だけれど。
「そんな彼とも……もう会えなくなってしまう、よね……当然」
「──誰と会えなくなるんですか?」
私の呟きに返して来た声は、まさに考えていた彼自身のもので……あまりにもな驚きから、思わず顔を勢いよく上げてしまった。
私の唯一お気に入りである、彼の姿が目に入り……私は言葉を詰まらせてしまう。そんな私に対して、普段なら絶対に近づいて来ないどころか、声を掛けてくることすら拒否したりするクセに……なんでこんな時ばかり声を掛けて来るのよ。
私の不満なんて、まるで意に返さずに更に距離を詰めて来る。ついには、ベンチに座る私の前に立つ程……此れには流石に不満がついつい口から出そうになってしまう。
何時も野良猫みたいに逃げるクセに。
「キミだよ、キミ」
だから
ストレートに言ってしまった……何時もの私の様にはとてもではないけれども、やれそうもないから。其れなら逸そぶち撒けてしまおうかと……そんな考えに飲まれて。
「──何処かに行くんですか、留学とか?」
「……政略結婚、だよ。ついにと言えばついにだけれど、まあ……予想より早いかなーって、ね」
本当に。
ちょっと、どころか……早過ぎるよ。
そう私が口にした言葉を聞いて、何やら表情を変えている彼こと比企谷君。
その顔は、多分考え込んでいる時のものだろう。其れでもその間は大して長くないうちに終わりを迎え、“目付きが少し”変わっていた。
「政略結婚、ですか。今どきやります?」
「……今回は特別、いや、緊急かな」
そう、緊急なのだ。
「……緊急?」
「うん。ほら……昨今のこの国の事象を見れば分かるだろうけれども、何処も畏も、資金難なんだよね」
「それで、雪ノ下さんが──」
「うん、そ。まあ……運営と言うよりは、ちょっとマイナスがあってね。それをどうにかしないと……うちが倒産、そしたら従業員一同路頭に迷う羽目になる」
「だから、政略結婚……ですか」
彼、比企谷君のその言葉に頷く。
そんな私を見て、彼は──
「雪ノ下さん、ちょっとお願いがあるのですが」
「着いたよ。此処が私の家、ね」
「……随分と、大きくて立派な……家、いえ、邸ですね。俺一人だったら、絶対に迷う自信ありますよ……こんなに広いと」
明らかに引いた顔をしながら、そんな事を宣う比企谷君。しかし……そんな顔も一瞬で消えて。
「んじゃ、俺が迷わないように案内お願いしますね」
「うん……」
正直、彼にいきなり言われた、“雪ノ下さんの家に連れて行って下さい。”と言う発言をされて、理由を聞き返すよりも先に頷いていた私が居た。彼が何を考えているのかまるで分からない……政略結婚は駄目だとか、私の両親を説得でもするつもり……は無いと思う。
どうして政略結婚が必要なのか、彼に私は詳しく説明したのだから。其れでもと言うのは何をするつもりなのか……本当に分からない。
玄関から入ってしばらく歩き、とある部屋の前に着く。其処は、所謂応接の間であり……私の父親と母親、家族が揃う場へと続く扉。その前より離れた所で比企谷君には待ってもらい、私が先に入ってお父さんとお母さんに何やら話しがあると言う事を先に伝える。
普通ならアポイントメントとかを取らないと、まず不可能なものなのだけれど──今回はすんなり会ってもらえることとなった。その理由は……会社や資金繰り、融資の交渉などにより過去最高のゴタゴタしている状況から可能になったと言う皮肉。
「初めまして、比企谷八幡です。今日は急な要望に応えてくださって、ありがとうございます」
のっけの家の両親からの挨拶を受けてから、挨拶を返す比企谷君。一体何を話すと言うのかな。
「実は先程雪ノ下さん……陽乃さんに偶々お会いして、俺の方から聞いた今回の件なのですが。政略結婚、ですか」
比企谷君のその遠慮の無い発言を聞いて、私の両親であるお父さんとお母さんの顔は……正直かなりのしかめっ面だと思う。それはそうだろう……会社の経営者であり一家を守る立場の者が、自分の半分の年齢以下の子供にそんな発言をされては。
「比企谷君、と言ったね。その話しは確かに嘘偽り無く真実だとも……だが、それは人様の家の事情だ。部外者、赤の他人であり、社会に出てすら居ない者の発言など──」
お父さんの発言は正しい……当たり前だ、一方は立場ある経営者、対するもう一方はまだまだ両親に養われている学生である。これだけの明確的な“差”があるのだから。
だけれども、此処で──彼の表情が明確に変わった。
それも、悪い方へと。
「確かに俺は社会にまだ出てもいないガキですし、ましてや恋人すらも居ない一人ぼっちですが……そんな面倒臭い自分と言う存在が奇跡の果てに──どうにか最愛の相手と結婚したとして、その途方も無い可能性の先の果てに授かった大切な大切な、其れこそ目に入れても痛くないと思う程の存在……である愛娘に、政略結婚など死んでもさせるのは御免被りますよ」
──ああ、ああ……今、この部屋の空間が確かに妙な音を立てて割れた、割れてしまったのを確かに私は耳にした。
比企谷君の発言は人としては確かに正しいものだろう、立場が親ならば尚更だ。
だけれども……親であると同時に多くの社員、その家族をも養う為に守らなければならない立場と言う者も、この世界には確かに存在する。
私のお父さんだって、彼に言われた事など始めから、何なら今もその胸の内にあるままだろう。
其れでも……選ばなければならない立場なのだ。
だから選ぶ。
私も頭の中で冷静にその事が最善の答えだと結論として出て……出ていて。
──でも
今目の前で、言い合いをしている私の両親と、比企谷君の言葉を聞いて……私は、私なら──
その立場に置かれた時に、果たして選ぶ事が出来るのか。
其処ばかりが、引っ掛かって引っ掛かって……ついつい、泣きそうになってしまった。
そんな私の顔を、両親よりも早く見て、彼は更にお父さんとお母さんを攻める。
「そんな事を、娘さんを泣かせてまでする事ですか?」
「ッく……! それでも! しなければ──」
「そんなに、パイプが欲しいのですか? お金が? 家族よりその他大勢を選ぶ? それは娘よりも大切なのですか、あなた方には」
「──、そんな訳、あるか……! 陽乃に、陽乃に……自分が愛して止まない愛娘に!! 望まない結婚をしてくれなんて、言いたくていったわけがないだろう!!? くそ……くそ……銀行が、貸してくれさえすれば乗り越えられる場面だと言うのに……!!!! 俺は──……死んだら地獄行きだろう。当たり前だ、最愛の娘に是程迄に嫌な思いをさせるのだから」
比企谷君とのやり取りは白熱し過ぎて、普段はポーカーフェイスを保ち、絶対に言わない事まで言い出しているお父さん……お母さんも、かな。あんなに普段厳しいのに、ね。
「お腹を痛めて産んだ私の大切な子供です! そんな事を望んでさせたい訳がないでしょう!! ですが──!!!」
今日、言われた時は……普通に納得しているものだと思ったけれども。
そうじゃなかった、両親の気持ちが素直に嬉しい。でも──。
だけれども、今更家だけでどうにかなる問題じゃない。
「で、結局その会社に必要な金額はどれくらいなんですか?」
「だから! ──〇〇億だよ!! そんな金額、簡単にどうにか出来る訳がないから」
「──〇〇億、ですか。じゃあ明日俺が用意しますよ。その代わり、陽乃、さんには今後生きたい様に自由にしてあげてくださいね? あ、勿論、実の妹の雪乃さんの方も」
それは。
何と言えばいいのだろうか。
散々煽るような発言を繰り返して繰り返して。まるでそれがウソだった様に、次の瞬間にはポソリ、との発言にお父さんが答えて。
それを聞いた彼、比企谷君が、“用意します”と。
其れから其れから──。
翌日にタクシーで家まで再び来た比企谷君は、前日の発言通りに私のお父さんとお母さん、そして私まで一緒に来て欲しいと。
そのまま、とある系列の銀行へと赴き──
「あ、すいません、この通帳の全額を此方の口座へと移してもらいたいのですが」
そう、発言した事から少し、いや……かなり慌ただしい感じになって、奥の部屋へと通されて。其処で改めて彼が口にした言葉を聞いて、魂の抜けたような受けごたえをする店長がいたとかいないとか。
こうして、私の政略結婚の話しはお流れになって、綺麗さっぱり消滅したのだった。
それをなんて事のないような態度でアクビを一度して、彼が一言。
「それじゃ、約束はちゃんと守ってくださいね。まずい本気で眠いわ……まったく早起きなんてするもんじゃないよな、ホント」
「ち、ちょっと待ってくれたまえ! き、君は……どれ程の金額か、分かっているのかね?! いや、分かっているのだろ。だとしても何故そう出来たんだね? 理由を、是非ともその訳を教えてもらえないだろうか?!」
「訳……まあ、アレですよ──俺が生きて来たこれ迄の人生の中で、彼女、“陽乃さんだけが俺のやった事を否定せずに認めてくれた人”……だから、只それだけが──理由ですよ」
その言の葉を聞いた私が、どんな顔をしていたのか──だから、明後日の方向を見ている“比企谷くん”を掴まえて、是非ともその顔を此方に向けて合わせてもらわないとね?
「で」
「で?」
「何で此処に居るんですかね……もう、俺の手持ちは吐き出して何も無いんですから用は無い……それに貴女は家から自由になった筈でしょう?」
実際にそうなのだ、手持ちの資金も何もかもを差し出した。雪ノ下建設が必要としている金額が〇〇億だとして──それで其処は乗り越えても、再び焦げ付けばぶり返されてしまうだろうからなと……
最終的には必要とした金額の、実に数倍を渡した。元々は自身の交通事故の慰謝料、賠償金を元手にやり始めたのなら増え続け……手渡す前の最終金額に至ったのだ。
そう言う彼の言葉に対して、私は。
これ以上無い程の“自然な笑顔”で──
「自由になったからだよ? これからは“好きなように、好きな事をしていいんだから”」
──────。
助けてくれた彼との一時。
私の為に、築き上げた財産を事もなげに手放して見せた比企谷くん。
そんな事をされて平気な女の子何て居ないんだからね──。
危機を脱した雪ノ下家、そして雪ノ下建設、私は約束通り自由にして良くて……今日は彼を連れて海辺へ。
──散々二人で遊んだ後私は彼に身を寄せる。
途端に身を固くする彼が可笑しくて、そして……とてもとても愛おしい。
そんな油断している彼の胸の内へ。
突然だからか、唖然として此方を見てくる。
其れが堪らなくて────“彼の唇と自分の唇を重ねた。”
(了)