紅社短文ログ■二〇〇三年の最後の夜に「──以上、白組の紅 零斗丸さんの歌でお送りしましたー!」
観衆ににこやかに手を振ってから、舞台袖に戻りふうっと息を吐く。大勢の観衆や芸能人、大物歌手が聴いてるなかで歌うのがここまで緊張するものとは。
二〇〇三年の紅白歌合戦に紅零斗丸は呼ばれた。
自分は一度引退した身であったので最初は断ろうとしたのだが、二〇〇一年のときに堕悪化していて出場できなかったこともあり、また武者軍団の一人として多くの日本国民に勇気を与えた人物としてどうしても出演してほしいと熱弁されついには承諾してしまった。
しかし緊張と歓声と共に歌いきることは戦とはまた違った達成感というものがありいい経験だったと思う。
歌手はまた最後に集合しなくてはいけないので会場待機なのだが、スタッフの人に頼み、少しだけ外に出る時間を貰った。武者の自分なら自身で身を守れるだろうという判断である。
人混みをすり抜け出口に向かう。
途中で小柄故にスタッフ達の中であたふたしている小さな白い手を掴むのも忘れずに。
人気のない公園に入りベンチに腰掛ける。
「どうした んだきゃ紅零斗丸ー!びっくりしたっきゃ!」
「わるいわるい、立ち止まって要件を言うとスタッフさんの邪魔になりそうだったからな」
シャチョーはちょっとだけ拗ねたようにぷくっと頬を膨らまし紅零斗丸を見上げる。
怒るなよと笑いかけると仕方ないだぎゃねーとシャチョーも笑う。
「で、急に連れ出してどうしたんだぎゃ?」
「うーん、どうしても二人だけで過ごす時間が欲しかったんだよ」
「な、なんか照れるっきゃね……。でも、確かに昨年のこの日は色々あったちょー」
「俺にも、お前にも大きな日だった」
──二〇〇一年の大晦日。
堕悪化した紅零斗丸は武者丸に歌合戦を挑まれた。そして彼の作戦通りに武者魂を取り戻すことができた。
もちろん歌という力が大きかった。だが、もう一つ闇に飲まれていた紅零斗丸を武者魂に導いてくれた物があった。
──シャチョーが紅零斗丸のために全てを投げ出し作ってくれた鎧だ。鎧に詰められた想いが彼の武者魂にまた火をつけたのだ。
ただ、惜しくもシャチョー自身は借金取りに追われる身で復活の場にいなかった。
だからこそ、紅零斗丸は今年の大晦日はシャチョーと二人で過ごしたかったのだ。実は最初紅白を断ろうとしたのはこの件が大きかったりする。
「お前がいたからこそ俺は武者に戻れた。……ありがとうな、シャチョー」
「お礼なんて……おみゃーがあんなことになったのはぼくちゃんのせいで……。でも本当によかっただぎゃ」
堕悪化したおみゃーは本当に怖かったちょーとシャチョーはおどける。
「もうお前には会えないかもしれないと是断の門をくぐったとき覚悟してたんだがな」
「人生何が起きるか分からないもんだみゃ!」
紅零斗丸はシャチョーの手を握り真っ直ぐ見つめる。シャチョーは少し驚き慌てたが、見つめ返した。
「また……別れの日がくる。でも、お前のくれたこの武者魂の火は俺の中で燃え続ける」
「おみゃーが燃やしてくれたぼくちゃんの火もずっと消えないだぎゃ」
一緒に過ごした日はたとえ短くとも、あなたの燃やした火は永遠に。
それが二人を結び続けるのだろう。
「──そろそろ戻るか?寒くなってきたな」
シャチョーの体を案じて紅零斗丸は声をかける。
すると意外にもシャチョーは困ったような何か言いたげなような顔をする。そして紅零斗丸の手をつまみ、言う。
もう少しだけ、と。
紅零斗丸はようやく気づいて、微笑む。
これは歌合戦が終わったらまた彼を連れ出して、そして二人だけで初日の出を拝まなくてはなと紅零斗丸は思うのであった。
こんな可愛いものを見せられては。