沖ノ鳥島薫子(おきのとりしまかおるこ)との旅僕らは全米演奏旅行に出たんだ。
でもな、アメリカのハイウェイって、ずっと砂漠ばっかり。緑が少ない。ビルも少ない。
たちまち僕らは退屈さで寝てしまう。
すると向こうの座席で女の子が欠伸した。見るとそれは、フルート奏者の沖ノ鳥島薫子(おきのとりしまかおるこ)だった。
すかさず僕は「ねぇ、退屈しない?」と聞いた。
「うん、そうよ。第一この単調な風景はクラシックのどの曲にもあわないわ。」
「あ、ウォークマン聴いてたんだね。音楽ならカントリーが合うよ。初期のプレスリーとか、」
「なるほどー、それでホテルの有線がカントリーばっかりなのね。でもクラシックが聴きたい!何かいいのない?」
「よっし、それならアントン・ウェーベルンの弦楽四重奏の為の5つの断章を聴きなよ。国境を越えて斬新だぜ。」
僕は自分のイヤホンを彼女に渡した。彼女はそれを聴いてかなり満足そうだ。
こうして旅は続くんだ。
彼女は眼を閉じた。
僕はすかさず隣に座った。
彼女はこのウェーベルンに結構ノッテきたみたいだ。
身体が揺れてる。
知らない曲なのにな。
そうだ!ウェーベルンの弦楽四重奏のための《緩徐楽章(Langsamer Satz)》(1905)もいい!
次の曲として、セットしとこう。
僕はカセットテープをセットした。
しばらくして彼女は目を開けて、イヤホンを外した。
「どうだった?」
沖「うん、いい!気に入ったわ。」
「じゃあ、他のウェーベルン聴く?」
「ちょっと待って。今の曲の余韻を味わいたいの。」
「いいよ。何か陶酔してたね(笑)。」
「そう、旅の事とか忘れたわ。これフルートで弾けるかしら?」
僕「わかんないねえ。でも弦楽四重奏の曲だから、フナフナするんじゃないの?」
「ははは、私の気質に合わないわねえ。」
「そういえば、沖ノ鳥島さんて血液型B型だったね。」
沖「やだー、何でそんなこと知ってるの?」
「誰かから聴いたのかも。」
「うそよ(笑)。前に自分で言ったの。」
僕「だろー?だろーよ?そうだったと思ったよ、ハハハ(笑)」
こういう、旅行とは関係ない話題が、会話をはずませた。
砂漠とか、殺風景なハイウェイもどこへ行ったやら。。
「どの辺がB型っぽく見える?」
「照れ屋なとこだな。」
(沖ノ鳥島は、やはり少し照れでレになる)
僕「何か見た目とかでもいいから、ほめちぎると目がとろんとするよ。」
(沖ノ鳥島、やっぱり言葉が出ない。照れるとこが可愛いすぎる。奥さんにしようかな?)
僕「ははははは、図星だったね。そろそろウェーベルンの弦楽四重奏のための《緩徐楽章≫を聴くかい?
沖ノ鳥島は、黙って頷いた。
イヤホンを付けて、またもや満足顔になった。
こうしてみると可愛いね。一つ年下だよ。
あ、あれっ?
二人は目を覚めた。
バスは走ってる。随分な距離を寝てたんじゃないか?
他の団員も目を覚ましたようだ。
「もうすぐダラスだよ。」
「ケ、何か咽喉が渇くねえ。」
「決まってら―、ここまで砂漠を来たんだぜ。」
部長が立ち上がってみんなに言う、
「皆さん、もうすぐダラスオーディトリアムホールに着きます。残響の多いところですから、演奏時は
音をスタッカート気味に鳴らして下さい。」
薫子はとても眠たそうだ。目が半分開いてない。
僕「薫子ちゃん、よく寝た?」
「うん、、、なんか、ウェーベルンの音楽を聴きながら砂漠越えすると、『未知との遭遇』みたいに
円盤に引っ張られたような気分よ。」
「ハハハ、それはいい効果じゃん。今日も素敵な演奏ができるよ。」
まもなく、演奏会場のダラスオーディトリアムに着いた。
会場の中に入ると、声がこだまする。
「あ、、、、わ、、、、、」
こんな感じ。
ところがだ。
指揮者が渋い顔して
「このホールは響きすぎる。遠隔操作で残響を減らそう。」
えええええ????
なんで???
残響が多いから、独自の響きを楽しめるのに、
そりゃないだろ、指揮者さんよー。
しかし、楽団にとって指揮者の命令は絶対だった。
ホールの両側にある残響調整扉はみるみる開放されていく。
そうして音が発散されて残響が減るわけだ。がっかり。。。
さあてみんな、今日の曲目はサン=サーンスだよ。
サン=サーンスって「伊藤博文」みたいなお髭のお爺さんだ。
「白鳥」とか作った人よ。
その人の交響曲第3番「オルガン付き」だ。
つまり会場にはパイプオルガンがある。
これを生で聴きながら演奏するって、極上の喜びだ。
さて演奏が始まった。
最初はお決まり、必ずアメリカの国歌「星条旗」
僕は演奏しながらジミヘンみたいに歪ましたろか、と思った。
それから「君が代」ラブソングが国歌なんてロマンティックだよねー。
休憩の後、ヴェルディの「運命の力」序曲をやって、
メインのサン=サーンス「オルガン付き」だ。
オルガンの音はすごい!!
教会のオルガンとは全然違うコンサート用オルガンの音だ。
ホール中に響いた。
最後にティンパニが叩いて終わる。
拍手喝采だ!
演奏し応え抜群だ。
さて、演奏は一通り終わったからみんな休憩。
僕は一瞬ぼーっとなったが、やはりなぜか薫子の事が気になった。
薫子と続きの話しよう。
「ねえ、演奏会後の休憩としてお茶飲まない?七面鳥もあるよ」
二人は夜のダラスの街路を歩いた。
沖ノ鳥島「はあ、流石に演奏は疲れたわ」
「ならゆったりしよう。薫子ちゃん、これからも付き合ってよ。」
薫子はきっとこっちを見た。
「それは嫌だわ。」
「え?どうして?」
「どうしても!」
そう云い放って、彼女は前方に走って行った。
僕「あーあ、やっぱりだめかー。がっくりだ。仕方ないからジョアン・ジルベルトの「ウェイブ」でも歌おう。」
前奏は省略「(歌う)おちこんだー、、、、あれ?そっからの歌詞なんやったかな??」
「ヴォウ/チ/コンターッ/(Vou te contar)よ。そんな風に歌い間違えるから本当に落ち込むのよ!(笑)」
前から声がした。
「あ、薫子ちゃーん!!」