連鎖「今夜、部屋に行ってもいいだろうか」
リウビアさんが、業務連絡以外で私に話しかけてきた。
「またですか? 飽きませんねェ、いいですよ」
今日の職務を終わらせ、さっさと自室に戻る。適当に食事を済ませ、最速でシャワーを浴び、ダラダラとつまらない映画を鑑賞する。
ドアノック。テレビを消して、訪問者を迎える。
「こんばんは」
扉を開けた向こうには、暗い廊下に佇むリウビアさんがいた。眉尻の下がった、不機嫌そうな様子で。
部屋に一歩入るなり、抱きついて体を預けてきた。
「わっ……」
重い、大きい、重い。よろめいて後ずさるのをどうにか三歩で抑えた。キズを出してリウビアさんの体を支える。そのまま抱き抱えて、ソファまで運ぶ。
決して大きくはないソファに寝かせる。長い脚を窮屈そう曲げ、頭は私の膝の上に。
キズを人の手と同じ大きさに縮める、そしてリウビアさんの頭をひと撫で。彼の表情は溶けるように蕩けていった。これが安心しきった人の姿か。
きっかけは自分からだった。
リウビアさんはつまらない人だ。プレゼントは喜ばない、イタズラにも驚かない。
だから包んだ。いつも疲れているようだから、安心させてみようかと。すると重畳、見事に溺れた。嬉しいことにそれ以降も度々、向こうから包まれに来た。
「貴方、ちゃんと夕食済ませましたか?」
「……いいや」
「生き物って食べないと死ぬんですよ」
「めんどうなんだ……もう……」
人が不健康でいるのは本意でない。弱って反応が鈍ると困る。せっかくだし何か与えておくか、カロリーブロックしかないが。
包装を剥いて目の前に差し出す。
「はい。食事は生き物の義務ですよ」
リウビアさんは億劫そうに瞼を開ける。時間をかけてカロリーブロックに焦点を合わせると、くたりと口を開いた。
まさか食べさせろ、ということか。
「咀嚼は自分でしてくださいね」
一口大に砕いて口に運ぶ。リウビアさんは、それをもくもくと時間をかけて噛んでいる。飲み込んだらまた口を開ける。
給餌だこれ。むかし飼ってたモルモットを思い出すなあ。
「やれやれ! すっかり赤子のようですね」
「構わないさ。赤ん坊でも。だってこんなに……」
こんなに? 先の言葉は次の咀嚼に遮られた。
食べさせ終え、再び頭を膝に乗せる。思い出してはときおり撫でた。時計の針は緩慢にでも確実に回っていく。
いい加減脚が痺れてきた。
このところこうしている時間も頻度も増えてきた。この人本当に赤ちゃんになっちゃうんじゃないか?
改めてリウビアさんを観察する。緩みきった口元、とろんとした目、ぬるま湯に浸かっているように全身が脱力している。あるアイデアが湧いた。
この安心しきった状態を崩したら?
ソファからリウビアさんを転げ落とした。
床とぶつかりごとりと鳴る。立ち上がってリウビアさんを見下ろす。さっきとは一転、愕然としている。その面に蹴りを入れた。彼の頭が向こうに吹っ飛ぶ。
鼻を抑えて起き上がろうとする、爪先で腹を抉った。苦しそうに声を漏らす。這いずって逃げようとする、脇腹を蹴って転がす。この部屋に来てから一番大きな声を出した。肋を折ったかもしれない。さらに床についていた手を踏む。念入りに、靴越しに骨が砕ける感触を確かめる。悲鳴が鼓膜を震わせた。
逃げる、蹴る、逃げる、蹴る。最後は部屋の隅で丸まった。
震えている。血を流して、涙を流して、ただ震えている。
彼を見ていると今まで味わったことのない感情が込み上げてきた。いつもの充足感とは違う。
傍に寄ってしゃがむ。手をかかげると、彼はびくりと体を震わせた。
「冗談ですよ。ごめんなさい、怖かったですね」
髪の毛を乱すごとく頭を撫でる。抱きしめて、さらにキズで包む。手の中で震えが消えた。
「少し意地悪をしたくなったんです」
リウビアさんの額にキスをする。
これは愛しさだ。こんなに繊細で、無力で、おもしろい生き物がいるだろうか。
「大丈夫。ずっと可愛いがってあげます」
貴方が声をあげる限り。