アンナプルナの尖塔 薔薇の尖塔。いささか、とは形容できない程度には古い建築様式の、今は使われていない修道院を装ったアジトに、ゆるゆると沸騰するケルトポットの音がかすかに反響しては、散ってゆく。次元は短くなった煙草を灰皿に押し付けると、沸ききった湯をインスタントコーヒーの粉が入った二つのマグに注ぎ、スプーンで湯に粉が溶けきるようによくかき混ぜた。
よくある所作をするだけでも、傷を発端として指先へと鈍い痛みがはしる。まだ癒えていない傷の痛みに次元は顔を顰めると、痛みが多少治るのを待ってから二つのマグを手に取って、修道院の教会堂、既に生活と共に祈る人々を無くして今はただステンドグラスの光と祝福されない叛きの子が二人いるばかりの空間を突っ切る。神の子、その形を模した装置を決められた手順で操作すれば、隠されたドアは滑らかに動いて地下への扉を晒した。
アジト部分には調理器具はあまり揃っていない。修道士や修道女たちが生活していた場所を使えばいいから難儀はしないが、いちいち外に出るくらいなら、内部に全て揃えればいい、と次元は思うしルパンもおそらく同じ考え自体は持っている。はすだ。おそらく。
東ドロアと西ドロアの一件から、一週間ほどが経っていて、次元がルパンに気を許しはじめ、次の山にどう当たるかに全力を傾けているルパンを何くれとなく世話をするようになって——いつのまにか芽生えた感情に次元が目を背け続ける間に、一週間という時間が過ぎ去っていたのだ。
机に向かって集中しきっているルパンのそばにあった空のマグと、コーヒーで満たされたマグを交換すると「休んじゃどうだ」と次元はルパンに声をかける。
「もうちょっとで終わりそうなんだって」
「三日前にも聞いたぜ、その台詞はよ」
次元は煙草の箱を取り出すと、許可らしい許可は取らずに火をつけ、煙を吐き出す。ルパンはルパンで熱中の糸が切れたのか、自分の煙草を取り出した。
「火」
「ん、ありがとよ」
「傷はどうだ」
「お前よりは早く治ったさ」
憎まれ口と同じ温度で放たれる言葉に、次元の腹の中に蟠る何かがまた存在を主張する。とっくに正体の知っているそれの呼び方を何か、と曖昧にしなければいけない程度には、次元は既にルパンという男から、目を逸らせない。
ゴシック様式の、古い形の修道院に似つかわしくない現代的な機材と大量の紙の資料、そして何かの見取り図。核心の表皮から遠く離れたところから言葉を放ちながら、飢えと渇きを次元はようよう、いなしていた。
必要以上に体温を知ってしまえば、肉の甘さを知ってしまえばもう後戻りなどできはしない。そもそもが、もう、逃げることさえできないのだから。
食らってしまいたい、肉の甘美を。知り尽くしたい、肉体の全てを。熱いコーヒーに熱された欲望が滞留する吐息を紛れさせながら、欲望の発露を引き止めているのに欲望に浸かってしまいと考える己を、次元は正直持て余していた。
「腹減った、まだ食糧あったか?」
「ほとんどねえな、ベーコンの塊と……缶詰の豆くらいなはずだ」
「なら、明日あたりここ出るか。次の山の計画、もうできたからな」
「……その山、まさか不二子がらみじゃあねえだろうな?」
「……………さあな?」
「てめっ、その仕事、俺は別に降りてもいいんだぞ」
「悪い悪い。キスしてやるから許してくれよ」
「ッ——! 誰が野郎のキスで、っ、いい加減にしやがれ!」
「いててて! 手加減!」
次元はうるせえと吐き捨てると温くなり始めていたコーヒーを一気に煽り、ルパンの鼻を強く摘んで文句を一通り放ってから、食事を作るために来た道を戻る。本当の意味で誰かのものにはなり得ない男の目には、何より煌めく星がある。
既に戻れないほどルパンを欲している、事実としてあるその感情はどこまで肥え太り、いつ手綱をとり切れなくなるか、それは次元にすらわからない。
ふと外を見ると、外には雨が降っていた。透明度を帯びた白く嫋やかな薔薇が雨に濡れている。いつのまにか短くなっていた煙草の灰を空のマグに落とすと、次元はしばらく、その場に止まっ