悪魔城伝説赤赤とした炎が燃えている。その炎を囲むようにいくつかの人影が見える。
炎に浮かび上がる人影は4つ。だが、その人影は互いに何も話そうとせず、ただただ燃える炎を見つめていた。
この戦いが終わったら。
沈黙に耐えきれなかったかのように最初にそう言ったのは、炎を囲む4つの影の中で一番小柄な身体を持つ男だ。彼の黒い瞳は炎によってだけでなく、生き生きと輝いている。
この戦いが終わったら、あんた達は一体どうするんだい。
黒い眼を輝かせたまま、小柄な男は続けた。
ちなみに俺は、まずは故郷を復興させて、それからかわいい嫁さんをもらって沢山子供を作って……
人に聞いているのか自分が話したいのだかわからないのですが、
口を挟んだのは、ゆったりとしたローブに身を包み、フードを目深に下ろした痩身の人物だ。身に纏っている装束は修道士のように質素だが、裾から僅かに見える手足は抜けるように白い。
いかにも貴方らしい夢だとは思います。
夢なんかじゃねえよ、ここから生きて帰りゃあ俺たちは英雄だ。どんな美人もよりどりみどりさ。
小柄な男は、天を仰ぐように両手を広げた。その身体に対して妙に長く、筋張った腕だ。
でも、そうだな、俺はやっぱり優しくて大人しい女が好みだな。女は素直でおしとやかでなくちゃ……
……それは、私に対する皮肉ですか。
そうじゃねえって!何でそうなるかな、まったく可愛くねえ。
可愛く思われずとも結構です。
ああはいはい、わかりましたよ。……それで、あんたはどうするんだい、この戦いが終わったら。
小柄な男に問われた痩身の人物は、一瞬何かを言いかけた。だが結局男の問いには答えずにフードを目深に被り直し、身の回りに沈黙の壁を作り上げる。小柄な男はその様子を見て一つ肩をすくめ、ため息をついた。
……きっと、そうなる。
痩身の人物に代わって答えたのは、深い湖のような蒼い眼を持つ精悍な若者だ。澄んだ蒼い瞳に赤い炎を映しながら、口元に穏やかな微笑みを浮かべている。
お前にならきっと、いい人が現れるさ。
さすがは兄貴!やっぱり俺たちを統べるお方は言うことが違うねえ。
小柄な男は大げさな身振りで若者を見やり、一つ大きく手を打った。それだけでは飽き足らずに身体ごと若者に向き直ると、その生気に満ちた黒い眼を輝かせながら勢いよく話し始める。
なあ兄貴、この戦いが終わったらさ、俺の故郷に遊びに来てくれよな。
俺が、か?
そうさ!田舎だから何にもねえけど、春になったら色んな花がたくさん咲いて、そりゃあきれいな所なんだぜ。
……そうなのか。
そう!きっと兄貴も気に入るさ。
なんだったらそのまま俺んちに住んでくれたっていい。そうしたら仲間を紹介するよ。みんな気のいい奴らなんだ……
……先程からお前の声しか聞こえない。
小柄な男の言葉を遮ったのは、闇色をした上質な外套を纏った貴公子だ。炎を囲み輪になって座している三人より少し離れた場所、大きな樹にもたれかかり、目を閉じて腕を組んでいる。
皆への問いではなかったのか。
……うっるせえなあ、その「皆」が話してくれないんだから仕方がねえだろ?まさかあんたが話してくれるとは思えないしな。
確かにな。
ほら見ろ!実は俺だってもう話すことねえんだよ!俺だって皆の話を聞きたいんだ!!
それでは答えよう。
貴公子は僅かに瞼を開く。その瞳は見るものを射抜くような黄金色に輝いていた。
この戦いが終わったら、私は眠りにつくことにする。二度と覚めることのない、永遠の眠りにな。
闇色の貴公子の冷静な答えに、小柄な男は言葉を詰まらせる。貴公子は続けた。
戦いの後を想う事ができぬ者もいると言うことだ……この場には、特にな。
小柄な男は、二の句が紡げずに黙り込んだ。
痩身の人物はまるで彫像のように動かず炎を見つめ続け、闇色の貴公子も再び瞑目し、大木にもたれかかったままの姿勢で動かない。
先程とはうって変わった重苦しい沈黙が流れ、炎にくべられた木が爆ぜる音だけが場に響いた。
……この戦いが終わったら。
気まずい沈黙を破ったのは、深い湖のような蒼い眼を持つ若者だった。皆の視線を一身に浴びた彼は軽く微笑み、静かに言葉を紡ぐ。
まずは美味いものを腹いっぱい食って、まともな寝床で眠りたい。
その言葉を聞いて、小柄な男があんぐりと口を開けた。
痩身の人物は不動の姿勢を崩し、白く細い顔をこちらに向けた。
闇色の貴公子は姿勢こそ崩さなかったものの、閉じていた瞼を開けて黄金色の瞳を光らせた。
蒼い眼の若者は続けた。
思う存分眠って、目が覚めたら身体を清める。そうしたら歌でも歌いながら、太陽の光が溢れる道を歩きたいものだな……
貴方が歌を歌うなど、とても想像がつきませんね。
痩身の人物が言った。だが、その声は若者への好意がまぶされた、穏やかなものだった。
ぜひ一度、聞いてみたいものです。
一人で歌っても面白くない。一緒に歌おう。
あ、あ、兄貴!俺も歌は得意だぜ!
小柄な男も明るさを取り戻し、元気な声を上げる。
俺も兄貴と一緒に歌いてえ!
やめろ、耳がおかしくなる。
すかさず言ったのは闇色の貴公子だ。大木にもたれかかったままの姿勢はほとんど変わる事はないが、彼の口元には微かな笑みが浮かんでいた。
この戦いが終わったら、皆で歌を歌おう。
若者が言った。彼の深い湖のような蒼い眼には赤く燃える炎が映り、まるで夜空の星のように輝いている。
サイファの言うとおり、俺は歌が下手なんだ。だから、皆で歌おう。平和の歌を。
私も歌は下手ですよ。
サイファと呼ばれた痩身の人物は目深に被っていたフードを上げると、若者に向かって穏やかに微笑んだ。
だからグラント。手伝って頂けますか?……歌が得意だと言うのなら。
任せろよ!この俺様の美声を思う存分聞かせてやるぜ。
小柄な男……グラントは得意げに胸を張り、大木にもたれたままの黒い貴公子を見やった。
アルカード、あんただって歌くらい歌えるだろ?
……馬鹿にするな。
アルカードはグラントを見ようともせず、無愛想に答える。
それなら、一緒に歌おう。アルカード。
……この戦いが終わったら。
蒼い眼の若者が言った。
先の事を考えるのは、それからでも遅くはないだろう?
……。
アルカードは黄金色の眼を動かして若者を見やると、組んだままでいた両の腕を下ろし、僅かに口の端を上げた。
……一曲くらいならばつき合おう。
もたれていた大木から身体を起こし、蒼い眼の若者に向き直る。
それまでにせいぜい練習をしておくんだな、ラルフ。
アルカードの憎まれ口に、ラルフは笑う。
それを聞いたサイファとグラントも顔を見合わせ、明るく笑い合うのだった。
赤赤とした炎が燃えている。その炎を囲むようにいくつかの人影が見える。
炎に浮かび上がる人影は4つ。
闇の中、炎に揺らめく4人の影は、今は互いに寄り添うように見えた。
fin.