帰ってきた監督生が審神者になる話「……君が新しい審神者か。悪いが、俺たちは黄泉の国へ旅立った主へ永遠の忠誠を誓っている。主の意志だから後任を迎え入れるが、君のことを主と認めることは」
「りょ!でーす!代理ってことでよろでーす!」
「できな、え?」
「改めて、はじめまして!なんかよく分かんないけど保護目的とかで就任しました、審神者名『無色』です。唯一の一人に義理立てしてる刀の妖精相手に無理強いとかする気起きないんで、好きなように呼んでください!」
「え?」
「こういう方です」
「君はそれでいいのか……?」
「住むところが廃墟じゃない上に三食お腹いっぱい食べられるって聞いたんで!何も問題ないです!」
「どういう生活をしてきたんだ君は!?こんのすけ、まさかとは思うが被虐待児を騙して連れてきていないだろうね!?」
「違います!誤解です!ちょっとファンタジー異世界帰りなだけです!!」
「ファンタジー異世界帰り!?!?」
「はい、これで出陣になります。審神者は時間遡行ができませんが状況はこちらのモニターから確認できます」
「この簡易版と詳細版って何?」
「詳細版は映像がそのまま流れます。簡易版はこちらのように、刀剣男士の生存値をもとにゲームライクなグラフィックで表示されます。審神者は戦闘訓練を受けていない方も多いので配慮ですね」
「ふーん。じゃあ詳細版でいいや」
「第一部隊、帰還したよ。……代理?」
「あんま前に出るなや、蜂須賀は中傷やき」
「あー、後任さんはまだ流血に慣れてないよね」
「……みんなはさ……」
「何かな」
「刀から炎とか水とかは出ない感じ?」
「は???」
「なんて???」
「ビームは無理でもさ、製造過程で火と水は入るわけだから、その属性はつくじゃないですか?」
「ちょ……っと無理かな」
「そうなの?刀の妖精っていうからそのくらいできるかと」
「ええとね、審神者くん。僕ら刀剣男士は歴史修正戦争にあたって神として祀り上げられていて、だから付喪神とはいえ神なんだけど、ここにいる僕らは一般の審神者が扱いやすいようチューニングされた分霊だから、あんまり不思議なパワーみたいなのは使えないんだよ。特殊な由来の刀が回復神技を使えたりおばけを切れたりするくらいなんだ」
「そうなんだ!ありがとうミツボーさん」
「み、光坊」
「あれ、名前違いました?すみません、まだ全員の名前覚えてなくて。他の人が呼んでる呼び名で覚えちゃってるんです」
「鶴さん……!」
「そうそう、ツルサンが呼んでたから」
「僕は燭台切光忠で鶴さんは鶴丸国永だよ」
「あ、サンまで入れて名前じゃなかったんだ」
「さんまで名前の人はそういないんじゃないかな」
「ネイサンとかジョナサンとかいたんで」
「外つ国の人名ですか」
「普通に話してるけど後任さんってこのくらいの血は平気なの?」
「え?痛そうだなとは思いますけど手入れでもとに戻るんですよね?だったら気にしなくてもいいかなって」
「君、顔に似合わず図太いね……」
「繊細な心とか学園生活で死に絶えたので」
「どんな学園生活だったんだ……」
「……俺、あんたの霊力なんか体に入れたくねえんだけど」
「あ、大丈夫です!自分霊力ゼロなんで!」
「えっ?」
「こんのすけ!?」
「測定結果が驚異の0.00でした。霊感のない一般人でも0.40はあるのが普通なのに」
「それで審神者名が無色なのか……」
「闇の鏡にも一切の無である……とか言われたことがありますよ!」
「闇の鏡ってなんだ……」
「しかし霊力がなければ本丸を運用することはできないのでは?今は引き継ぎ待ち期間に貸し出された呪具を使っているが、政府に返却が必要と聞いたぞ」
「これを使います!」
「ウワーッ!?」
「な、なんだその宝石!?」
「めっちゃ価値の高そうな宝石にめっちゃ霊力が込められてる!?」
「カリム先輩がくれた宝石にツノ太郎が魔力込めてくれました!」
「第一級呪具か何かか!?」
「何を犠牲にして手に入れたんだ!?」
「二人にはお礼に火の付いたろうそくを食べるマジックを見せました。喜んでもらえました!」
「そんな宴会芸みたいな手品で!?」
「金欠だからってそんなもの食べるなって言われたんで、食べた部分は実は魚肉ソーセージなんですよってネタばらししたらなーんだ!よかった!って」
「それ喜んだじゃなくて安心したって言わないか?」
「これ変換装置にかければパワーだけ取り出せるらしいんで、前任さんの霊力が上書きされることはないと思います。安心してくださいね!」
「なんかもうそういう問題じゃないんだが」
「霊力登録?とかいうのもできなかったので、この本丸の審神者はシステム上まだ前任さんってことになってます!よかったですね!」
「え、じゃあ何で登録してるんだ?」
「DNAです。指紋や虹彩では指や目を潰された時に本丸に入れませんから」
「自分が門のところでツバ飛ばしてても認証のためなんで許してくださいね!」
「み、雅じゃない……」
「みんなちゅうもーく!……はい、一週間お疲れ様でした!自分と話す機会なかった人もいると思うんで再放送しますが、自分のことは主だと思わなくて大丈夫でーす!代理とか審神者とか監督生とか好きに呼んでくださーい。あと今週末は実家に帰るんであとよろしくお願いしまーす」
「えっ実家?」
「実家って現世の?」
「そうでーす」
「君、そんなことが認められているのか?3年は実績を積んでからじゃないと許可が降りないと認識していたが」
「認められてるってか、それが自分が大人しく未来の異空間で保護されて差し上げる条件だったんで。自分は家族に再会するために大変な思いをして異世界から帰ってきたんだし、自分を保護したいってのはそちらさんの都合なんでね。自分の要求は通しますよ」
「あんた図太いだけじゃなくて案外したたかなんだな」
「ただいま~!お土産悩んだけど食べ物系は人数多すぎるから諦めちゃった!というわけでうちで眠ってたゲーム持ってきたから非番の人あーそぼ!」
「審神者様!神秘部での精査が終わりました。例の鏡です」
「わーいやったあ」
「代理!君はまた怪しげな呪具を持ち込んで!」
「そーゆーやつじゃないですハチスカさん!いやごめんそーゆーやつかも!でもちゃんとこっちの専門の人に使って問題ないか見てもらったやつだから!まあちょっとデザインが禍々しいのは認めるけど、テレビ電話みたいなもんですこれ!」
「電話?それが?」
「そう!もしもーし、こちら監督生でーす!」
『子分ンンンンンン!!!』
「親分!元気してる?」
『グスッ……当たり前なんだゾ!子分がいなくてもオレ様は立派にやってるんだゾ』
「それはそれでちょっと寂しいかも、なーんてね。親分が元気ならオールオッケー!今はどんなことしてるの?」
『今は多重平行世界における相対的存在証明と高次元位置計測について研究してんだゾ』
「親分が遠くに行ってしまって子分は切ないよ」
『遠くに行っちまったのは子分の方なんだゾ!』
「それはそう。でも自分も元気でやってるからね、心配しないでね。こっちはハチスカさん!今いる本丸の……え~~~~となんて言ったらいいかな。寮長みたいな人。ハチスカさん、前話してたグリムだよ」
「…………はじめまして、蜂須賀虎徹だ」
『ふーん。オレ様はグリム様なんだゾ!』
「ハチスカさんなんか歯切れ悪いですね」
「君の親分と聞いていたから、ええと、あー……人ではなくて驚いている」
『オレ様は魔獣ではじめてNRCを卒業してそのままNRCに就職したんだゾ!えっへん!ハチスカは子分の上司なのか?』
「えっ!?いや、俺の方が部下だよ」
『ならハチスカもオレ様の子分だな!親分を頼っていいんだゾ!』
「ええと」
「なんかあったらよろしく頼むよ親分!あいつらは?元気?」
『元気すぎるんだゾ。子分から連絡はまだ来ないのかって毎日メッセージ入れてくる』
「へへへ嬉しいな。こんのすけ、これって通話制限ある?」
「審神者の仕事に支障のない程度でしたら回数に制限はありません。一度に1時間以内、必ず一振り以上の刀剣男士を同席させること、この2つはお守りください」
「りょ~!」
『しょーがねーから少しずつNRCに呼んでやるんだゾ』
「親分……行間まで読めるようになって……ほろり」
『じゃーそろそろ授業だから切るんだゾ!』
「親分またねー!……ねっ、テレビ電話だったでしょ!」
「異世界と通じていることを除けばそうですね」
「……つまり結局呪具では?」
「そもそもその呪具ってのが分かんない。魔法具とどう違うの?」
「逆に魔法具が分からないが……」
「だいたい同じです」
「そっか!ありがとこんのすけ!じゃあ呪具です」
「あ、うん」
「代行」
「後任さん」
「審神者」
「後釜くん」
「審神者代理さま」
「やあ代理くん。飲んでるかい」
「いっぱい飲んでます。こんなおいしい緑茶はじめて!えっと……にっこりさん」
「惜しい」
「ほぼせいかいですよ!」
「そいつはにっかり青江だ」
「ふふ、君も変な名前だと思うだろう?」
「え?別に」
「あ、うん。……君、本丸の生活にはもう慣れたかい?」
「だいぶ慣れました!みなさんが何のわがままも無茶振りもしてこないのでめちゃ快適です」
「あ、うん。僕らそんなわがままを言いそうに見えたかな」
「見えたっていうか、そういうものだと思ってたので……最初は雑用係から始める、みたいな」
「いくら代理でもそんなことはしないよ!?」
「でも代理とはいえ知らないやつがいきなりトップの椅子に座ったらムカつきませんか?」
「うーん……それこそ僕らもそういうものだと思っていたからね。君のことを代理として認めようと皆が思ったからこうして改めて歓迎会を開いているわけだし」
「それがこっちのやり方なら全然合わせますけど、やさしいせかい……って思ってます」
「君を……主と呼ぶ刀が一振りもいなくても、かい」
「あ~、自分って魔力、あ、霊力か。霊力ゼロすぎて顕現が無理ぽよですもんねー。でも別になんて呼んでもらってもいっすよ。今までも色々面白い呼び方されてきましたし」
「面白い呼び方?」
「草食動物でしょ、小エビでしょ、小ジャガでしょ、トリックスターでしょ、『人間!』てのもあったな」
「人間???」
「種族名で???」
「その、『人間』とかいう呼び方のひとは人間ではなかったのかな」
「正確には『人間』じゃなくて『人間!』です。あいつ声でかいので。あいつも父親は人間だったらしいけど」
「母親は違うんだ……」
「あ、乱さん。よかったら今日の鏡通話に同席してもらえませんか?」
「いいよ、審神者さん!」
「代理どの、なぜわざわざ乱を?」
「アッアッ、すみませんイチゴさん、もうちょっと離れてもらっていいですか?」
「審神者さんっていち兄とか小竜さんとか苦手だよね」
「日向どのには気安いご様子ですが」
「キラキラ爽やか王子様系キャラにアレルギーがあるので……」
「王子様にアレルギーが???」
「日向さんはなんか……デザインが落ち着くんですけど」
「デザインが……?」
「えっと、別に乱さんじゃないといけないわけではないんですけど。話が合うかと思って」
『監督生サン、久しぶり!』
「エペルお久~~~!ちょっと髪伸びた?」
『うん、今伸ばしてるんだ』
「こっちは乱さん、男の子だよ。乱さん、こっちはエペル。男の子だよ」
「はじめまして、乱藤四郎です!すごくかわいいね!」
『君もかわいいね。特に肌がすごくきれい。化粧水は何を使ってるの?』
「うちの本丸の井戸水だよ」
『井戸水???』
「乱さんは刀の妖精で、人の体は本体じゃないから簡単にリセットできるんだよ」
『あ~~~妖精族クオリティね、理解理解』
「エペルさんはすごく丁寧にお化粧してるね。キラキラしててとってもきれい!やっぱりかわいくするのが好きなの?」
『ううん、僕は武器の手入れをする気持ちでメイクやケアをしてるよ』
「武器」
『僕は強い男を目指してるからね。可憐さはイコール強さだから』
「強さ……」
『例えば……僕はリンゴ農家なんだけど』
「農家の人なんだ!だったら強さは必要だよね。桑名さんが言ってた」
「クワナさんもアイドルグループで農家の人だからエペルと話合いそう」
『で、取引先に行くでしょ?そこでこう、そよ風を吹かせる魔法を使って髪をなびかせて、このアングルで。今年のリンゴは美味しくできたんです……!って言うと飛ぶように売れるよ』
「なるほど……武器……!」
「本物の『武器』の人が何かの気づきを得ちゃったな」
「そうだ、今年のハロウィーンはどうするんですか?」
「はろいーん」
「なんだそれ」
「外つ国の祭の一つだね。日本でも200年ほど前から一般的になったが、主はクリスマスやハロウィーンはやらないタイプの審神者だったから」
「そうなんだ!やらない方がいいの?」
「そこは審神者に一任されているよ。正月や節分など神事の都合で開催すべきイベントは政府の方が主催するからね。害のある怪異などをわざと呼び込むようなイベントでもなければ、刀剣男士との親睦を深めるためにも自由に開催して構わない」
「害のないゴーストは呼び込んでOKですか?」
「なんて?」
「ゴーストって霊だよね!?」
「はろいーんって降霊術のお祭りなんですか?」
「や、違くて」
「……ええと、俺が監査官時代に知ったところによると……外つ国の一部地域では10月の31日が最も常世と現世が近づく日ということになっていて、あの世から出てきた悪霊や怪異、向こうで言うと悪魔などだね、こういった怪物が現世をうろつくらしいんだ。それらに目をつけられないよう同じ怪物の仮装をしたのが始まりで、やがて仮装をした子供たちが近所を練り歩き菓子をもらうイベントになり、更には怪物に限らずアニメや漫画のキャラクターのコスプレをするとか、家や庭を派手に飾り付けるようなイベントに変化していったんだ。キリスト教が発祥でないのもあって、クリスマスに比べて宗教的な意味合いが減じた祭だと言えるね」
「ありがとう山姥切ペディアさん!」
「変な名前をつけないでくれるかな」
「もとがそういう祭なら審神者が開催すると怪物が寄ってきませんか?」
「ハロウィーンとは怪物が寄ってくるものだ、と認識している審神者ならね。楽しい仮装をして騒ぐイベントだと認識している審神者が開催するなら何の問題もないんだが」
「楽しい仮装をして騒ぐイベントにマシュマロボディの陽気なゴーストも参加するって認識っすね」
「ましゅまろぼでーの陽気なごーすと」
「……いいかい?後釜くん。こちらの世界はあちらの世界とは霊のあり方が違うんだ。そう頻繁に現世に霊が出てくることはない。たとえハロウィーンでもね。昔はそうだったかもしれないが、ここは23世紀の日本だからね」
「ふむふむ」
「だから君が本丸でハロウィーンパーティーを開催したとして、霊が寄ってくることはないんだ。いいね?」
「分かりました!」
「よし、もう開催していいよ」
「すごい力技を見た」
「代理」
「あ、蜂須賀さん!どうかしましたか?」
「あなたと話がしたいと思ってね。……あなたがこの本丸に来てから1年がたったね」
「パーティー楽しかったですね~!開いてくれてありがとうございました」
「ああ。……最初はどうなることかと思ったが、今ではあなたが来てくれてよかったと思っているよ」
「あざーす」
「言動はだいぶ軽いが。歌仙風に言うと雅じゃない」
「さーせん」
「……まあいい。1年間付き合ってきて、あなたならばこの本丸の今後を頼めると考えられるようになった。それで……いつまでも代理だなんて呼び方をするのはどうかと思ってね」
「え!?」
「え!?」
「いや好きに呼んでもらって構わないですけど」
「あなたは構わないかもしれないがこちらは構うんだよ。あなたのことを……悪い言い方をすれば、もう帰らぬ人の代用品のように扱っていることになるからね。俺たちは主を決して忘れはしないが、それとあなたが本丸のぬしとして相応しいこととは別だからね」
「それもそうですねえ。最初に契約確認した時に審神者は原則終身雇用って書いてあったし、長い付き合いになるならお互い納得できる呼び方がいっすね。自分は特にこだわりないですけど……名前はあんまよくないんですよね?」
「そうだね……あなたにはあまり馴染みのない概念だろうが、陰陽術において名というのは一番短い呪だと認識されている。とはいえ以前燭台切が話していたように、刀剣男士は神としての権能を大幅に制限されている。能力は戦闘に特化しているから、人の名前を知っただけで意のままに操るといったようなことはできない」
「そうでもなきゃこの人数を一人で支えるのは無理って話ですね」
「そういうことだね。だが審神者は前述の理由から習慣的に本名をあまり出さないようにしているんだ。自分の刀剣男士を信じていないからではなく、どこから誰に漏れるか分からないという理由が大きいのだと思う」
「なるほ。こっちのおばけってタチ悪いらしいし、そもそも戦争相手もいますもんね」
「ああ。だから明確に禁止されてはいないし俺たちに本名を教えるのが悪いというわけでもないが、避けるのが無難だ」
「んー……」
「あちらの世界では様々な呼び方をされていたと言ったね」
「そうすね……あ、そうだ。蜂須賀さんって英語分かりますか?」
「米国や英国、あるいは国際的な場で共通語として使われる言語であることは知っているよ。俺自身は使えないが」
「あっちの世界って言語は英語がベースだったんですよね。で、自分の名前って意味としては『遥かに遠い』とか『ゆったりしている』みたいな感じなんですけど、言葉の響きが英語では別の意味を持つ単語なんです」
「ほう。どういった意味になるんだい?」
「『あなた』とか『お前』とか、二人称を表す単語と発音が同じなんです。だから名乗ると変わった響きだってよく言われました」
「それは……こちらの世界でもありそうな体験だね」
「あると思います。で、英語って一人称や二人称の種類が少ないんですよ。日本語でいう『あなた』なのか『お前』なのか『貴様』なのかは文脈や喋り方、文字ならフォントで判断するんです」
「へえ、それは知らなかった」
「つまり日本語でどんな二人称を使っても、自分の名前に紐づくんです」
「……なるほど」
「よい朝だな、其の方」
「やあ君、元気かい」
「お前さん、今日の出陣についてだが」
「おはよう、あなた」
「おはようみんな!今日もよろしくね~!」
おしまい!