ライオンで王弟でヴィランなあのひとの話「ママ─────ッ!!!」
「なっさけない泣き声を上げるんじゃないわよ!!ルーク寄こすわよ!!!」
「それだけは勘弁してェ───ッ!!」
こんにちは、ぼくです。
あ、分かると思うけど叱ってる方が寮長のヴィルくんで彼に厳しく指導されてママを呼んでるのがぼくです。
他の寮生はまたやってるよみたいな顔をするだけで助けてくれません。ぴえん。
「まったくアンタって男は!マナーは完璧なのになぜ就寝時刻を守る程度のことができないの!?」
「マナーはもう身についてるから別に……でも昨日は漫画読んでたらつい夜更かししちゃって」
「ついじゃないのよ!!」
「エーン!顔が怖い!」
「誰の顔が怖いよ!!昼寝のしすぎなのよアンタは!」
「だってぇ、昼間どーしても眠いんだもん……レオナくんみたいに授業サボってないだけいいでしょ?」
「その授業中に寝てたら意味ないのよ!原種が夜行性の獣人は他にもいるのにみんなちゃんとやってるんだからライオンなのを言い訳にしないの!」
「ママ───ッ!!ヴィルくんが怒る────っ!!!」
ここナイトレイブンカレッジには現在ライオン獣人は二人在籍している。
そのどちらも3年生で王族──しかも王弟──なのだから偶然ってすごい。
でもNRCのライオン獣人で王弟の3年生といえば、10人中10人がレオナ・キングスカラーの名を上げるだろう。
そりゃそうだ。
もう一人の該当者、つまりこのぼくだってそう答えるもん。
ぼくは文武ともに目立たない成績だし、見た目にこだわるポムフィオーレ寮に振り分けられたわりには目立たない顔面だし。
後者はレオナくんのお顔がよすぎるのが悪いと思うけど!
ぼくだって地味めなだけでブサイクなわけではないと思うし!……ないよね?
ぼくの周り、おべっかマンかぼくを歯牙にもかけない人のどっちかしかいないから正直なとこはよく分かんないや……。
ポムフィオーレには来たけど、ぼくってぼく自身が美しくなることより宝石や宝飾品を磨く方が好きなんだよね。
それでよくヴィルくんに叱られているというわけです。
テーブルマナーとかはこれでも王族だから問題ないんだけど。
今年はすごいガッツと反抗心溢れたエペルくんっていう1年生が入って、ヴィルくんの熱血指導がそちらに向かいがちなので本当に助かる。
噂を聞く限りどこかの貴族の箱入り息子らしいけど、反骨精神を示すためなのかわざとマナー違反をしたりがさつな言動を取ったりしてヴィルくんを怒らせているらしい。
すごいな。
あんまり接点ないけどぼくが叱られてる時に同情的な視線を送ってくれるから好き。
ぼくはいっぱい同情して欲しいしいっぱい甘やかして欲しいタイプ。
叱られるとはいってもヴィルくんはそう理不尽なことは言わないし、こっそりやればバレないことも多い。
それよりポムフィオーレ寮で一番問題なのは……
「考えごとかい?ムシュー失地」
「ギャーッ!出たーっ!!」
そう、この狩人である……!
「オーララ、そんなに驚かないでおくれ」
「ルークくんは駄目だってぼく言ったでしょぉ!?なんか本当に無理なの!!助けてママ───ッ!!」
人なら誰しも、どうしても無理なものはあるよね。
ぼくにとってそれがルークくんというわけだ──ただし。
サバナクローの他の獣人たちやオクタヴィネルの人魚たちと違って、ぼくは実は厳密には『ルークくんを』苦手にしているわけではない。
ぼくが苦手なのは狩人である。
特に羽根付き帽子を被って弓を持った狩人が駄目。
服装が緑っぽいと更に駄目。
この条件に当てはまるならルークくんでなくとも苦手だし、ルークくんが帽子を脱いで狩人をやめてくれたら友達になれると思う。
あと狐の獣人もなぜか苦手。
なんか妙に地雷がピンポイントだから多分前世のぼくが狐の獣人の狩人に殺されたとかだろう、知らんけど。
今の人生を十分楽しく過ごすことができているので前世とかどうでもいいのだ。
ぼくは既に王位についている兄上とは年の離れた、いわゆる『遅くにできた子』で母上にめちゃくちゃ甘やかされているのである。
だからぼくのそばにいるのは基本的にゴマすり役というわけ。
NRCにはぼくの地位やお金に興味ない人とかぼくなんかよりずっと格上の人も多いけど、そういう人たちはぼくみたいなボンクラマザコンボンボンにちょっかいかけてくるほど暇じゃないので平和な学園生活を送れているのだ──ルークくん以外!
その日エースとデュースは憂鬱だった。
理由は簡単、防衛魔法の授業が『3年生とペアを組んでの実戦』だったからである。
NRCの3年生がそんな授業に臨めば当然1年生などボッコボコにされる。
それはもちろん彼らが1年生の頃に上級生にボッコボコにされたからである。
教師も分かっていてクソ生意気な1年生をちょっとは大人しくさせるためとかって止めやしねえんだからいつものNRCの治安というやつ。
当日の1-Aにおいては、自分は実戦しない監督生と楽観的なグリムのみがいつも通りであった。
監督生もグリムを必要以上に痛めつける相手とは組みたくないなとは思っていたが。
さてその授業である。
「やっほーみんな、今日のお相手1-Aだったんだね!」
「「ケイト先輩/ダイヤモンド先輩!!オレ/僕と組んでください!!」」
「ワオ、モテモテじゃん。でもオレ本体は一人だけだから片方としか組めないなあ」
「「……!」」
「あ、イデア先輩。グリムと組みませんか?どうせぼっちですよね」
「ヒッ、陽キャの決めつけ怖……拙者みたいな陰キャがペア作るの無理でしょって?その通りですけども……だから生身で授業なんか出るの嫌だったんだ」
「いや防衛魔法の授業で寮長やってる3年生と組みたい1年生なんていないでしょう。その点グリムなら恐れ知らずだしイデア先輩もマウントは取るけどグリムを無駄にいたぶることはしないじゃないですか。マウントは取るけど」
「悪うござんしたね……」
「しょーがねーからオレ様が組んでやるんだゾ、イデア!」
「拙者よりよっぽどウエメセですけど???」
「すんませーん」
「ッッシャア!!」
「クッ!」
友人二人の対照的な声色に振り向いてみれば、エースが笑顔で拳を高く突き上げているところだった。
デュースはチョキの形の右手を震わせ項垂れている。
どうやらケイトを巡るじゃんけんの勝者はエースらしい。
ちなみに二人が取り合っていたケイトはといえば「オレのために争わないで~」とか笑いつつ二人の勝負を見物していた。
授業中でなければスマホも構えていただろう。
彼もまたNRC生なのである。
「もう時間ないよデュースちゃん。早くペア見つけないと」
「クッ、誰かまだペアのいない3年生……」
慌てて教室内をキョロキョロ見回したデュースの目に一人の生徒が映った。
他にもまだ数人フリーの3年生はいたのだが彼が目に留まったのだ。
なぜかといえば彼は──だいぶ目立っていたからである。
立ち位置こそ教室の隅だったが。
彼はぺたんと伏せたライオンの耳を右手でつかみ左手は自分の下唇をいじりながら、見ている方がびっくりするほど不安そうな表情をしていたのだ。
聞き間違いでなければ「ママ……」とか呟いてる気もする。
「あんな人3年生にいたんだ」
「ライオンの獣人、だよな?髪の毛短いけど」
「レオナよりぜんぜん弱そーなんだゾ」
「あー、PJくんね。確かにレオナくんよりは弱いかな」
「まあ……レオナ氏に比べたらさすがにね……同じ王族だけども」
「王様なんだゾ?」
「いや、お兄さんが即位してるから……確かまだ子供はいなかったはずだけど、後継者ができたらPJくんは王位は継がないんじゃないかな」
「PJ、なに先輩ですか?」
「キングスクラウンだよ。ピーター=ジョナサン・キングスクラウン」
「キングスクラウン先輩!」
「ヒェーッ!なに!?誰!!?」
「1年のデュース・スペードです!僕と組んでもらっていいですか!?」
「え、こわ……嫌だけど……」
「い、嫌?でも授業なんだから先輩もペアを作らないと困りますよね?」
「後輩が正論で迫ってくる!怖い!助けてママーッ!」
「……あれ大丈夫なんすか?」
「めちゃくちゃ泣いてるんだゾ」
「びっくりするよね~」
「……PJ氏はあれがデフォだし大丈夫でしょ」
デュースが諦めずに頼み込んでいると、PJは下唇をいじる頻度を上げながらなにやらブツブツ呟いた。
「……助けて、助けて、地を這う助言者」
するとどこからか現れた蛇が彼の首元にシュルリと巻き付いたのだ。
「えっ、なんですかそれ。キングスクラウン先輩」
「ヒェッ圧が強い!こ、これはぼくのユニーク魔法でぇ……」
「ユニーク魔法!?もう!?」
「耳元で喋る以外なんにもできない激弱ユニーク魔法なんだからいいでしょぉ!?」
「い、いや駄目とは言ってませんけど」
そうしているうちに実戦の時間になってしまった。
PJ本人は納得していなさそうだったが、仕方なしにデュースと組むことにしたようだ。
『ぐだぐだお喋りしてないでさっさと始めてください、殿下』
「分かってるよぉ……」
小さな蛇のしゅうしゅう声は大きくはなかったが監督生たちの耳にはギリギリ届いた。
「変わったユニーク魔法ですね」
「ユニーク魔法って十人十色だけどPJくんのは特に変わってるよね」
「……まあ本来ならユニーク魔法持ってるだけでエリートなんだけどね……NRCにいたら麻痺るけど」
イデアとケイトはさすが3年生と言うべきか、グリムとエースの攻撃をなんなく防いで適当に反撃しつつ監督生と会話をする余裕もあるようだ。
対してPJはというと。
『ぐずってないで反撃してください、殿下』
「え~~んユニーク魔法が厳しい~~~」
『ほら来ますよ、さっさと防壁張って』
「もっと優しく言ってよぉ」
『あれはカウンター型の魔法ですね。おそらくユニーク魔法だと思われます』
「なにそれ怖い……どしたらいいの……」
『ダメージ魔法は一旦ストップして精神錯乱系の魔法を使ってください』
「むつかしいこと言わないで」
『殿下ならできるから言ってるんです。ほらさっさとやる』
「う、ぐ……キングスカラー先輩……!?」
「え~~!?見てる幻覚こわ~~~!」
「……もしかしてなんですけどPJ先輩って強いですか?」
「あはは、気づいた?」
「レオナ氏と比べさえしなければ弱くはないよ。メンタルがクソ雑魚って弱点はあるけど、それも自前の外付けHDDならぬ外付け理性でごまかせるし」
「ていうか普通に基礎能力が高くないですか?」
「そりゃ……あー、1年だと知らないか」
「よその寮のことだもんねぇ。あのね監督生ちゃん、実はPJくんって」
「……負けました。キングスクラウン先輩、強いっすね」
「目が怖い人にそんなこと言われても嬉しくないぃ……」
『勝ったっていうのにクソみたいなセリフ吐かないでください。ちゃんとすればあの椅子も取り戻せるっていうのに』
「やだ~~~!!ルークくんとやり合うなんて絶対無理!!」
『地位でもなけりゃ殿下みたいなマザコン誰もちやほやしてくれませんよ!』
「分かってるけどぉ……嫌なものは嫌なんだもん。ルークくんと正面から決闘するくらいなら手放したままでいいよぉ、副寮長の椅子なんて」
「……えっ、PJ先輩ってポムフィオーレの副寮長だったんですか!?」
「だよ~」
「新入生が知らないのほんと草なんだよな。あんなキャラ濃いのに」
「キャラの濃さならルーク先輩も負けてなくないですか?」
「それはそう」
「PJくん、なぜかピンポイントにルークくんに弱いからね……ルークくんが転寮したその日に決闘も何もなく副寮長の座を譲ったって話だよ」
「そ、そんなに」
『いい加減あの狩人への苦手意識どうにかしてください』
「生理的に無理なものは無理ィ!」
『逆に言うと明確な理由がないんじゃないですか。殿下のその苦手意識さえなくせば勝てない相手ではないんですよ』
「無理って言ってるでしょ!もー!正論ばっかうるさい!」
PJが首にゆるく巻き付いていた蛇を引き剥がし、くるくると紐のようにひとつ結びにしてしまった。
蛇は一声ギャッと短い悲鳴を上げて消え去った。
「はい、じゃあこれで終わりってことで。はいさよならバイバイ。君怖いからもう話しかけて来ないでね」
「?分かりました。手合わせありがとうございました!」
「体育会系の挨拶こわ……」
PJに負けたデュースが近寄ってきたので監督生は「おつかれ」と声をかけた。
大体のペアが(3年生が1年生をいたぶるため)戦闘が長引いているので、デュースのように手が空いた1年生はまだ少ない。
一方PJは速攻で教室の隅に陣取り、また耳と唇を触りながら口の中でブツブツ呟きはじめた。
「デュースちゃんおつー。こっちもそろそろ終わらせよっか!もう十分でしょ?」
「うう、ケイト先輩の余裕が崩せなかった……!」
「イデア強すぎるんだゾ!」
「ヒヒ、レベル上げが足りてないっすわー」
「わあ無慈悲な高火力。皆さんお疲れ様でーす」
「やっぱ3年の先輩たちは強いっすね!僕もボコボコにやられました」
「やられてたねぇ」
「見てたのか。恥ずかしいな」
「自分はバトってなかったからね。あの言動で強いのギャップだよねぇ。NRCじゃ珍しくないけど」
「え、なんで拙者を見ながら言うので?」
「イデア先輩のことも最初遠目で見た時はオラついたヴィジュアル系の人だと思ったので」
「オタクですみませんでしたね」
「いえ、親しみが持てます」
「ねえねえ監督生ちゃん、オレの第一印象は?」
「インスタ好きそうな陽キャですかね」
「インスタ?」
「陽キャのSNSです。こっちで言うマジカメですね」
「なーんだ、あんまりギャップはなかった感じなんだね~」
「え?」
「え?」
「いえ、なんでもないです」
「はあ……今日も散々な一日だったな」
『初対面の1年生に取る態度ではありませんでしたよ、殿下』
「うわびっくりした。急に出て来ないで」
『私はあくまで殿下のユニーク魔法ですので、私が出てきたということは殿下が一人反省会を始めたという意味なのですが?』
「うるさいな、分かってることいちいち言わないでよ。あの1年にも勝ったんだからいいでしょ別に」
『あんな情けない振る舞いでは副寮長の座を取り戻すことは不可能だと言っているんです。分かっていることをいちいち言わせないでください』
「なんでそんなに副寮長に復帰させたがるのさ」
『ここNRCで寮長、せめて副寮長は務めておかないと国王になるなんて夢のまた夢だからですよ。王冠が欲しくないんですか?』
「……」
『このポムフィオーレでは毒薬の扱いに長けていないと寮長にはなれません。ですから副寮長に戻るか、今からでも転寮を考えませんか?』
「でもポムフィオーレの人ってぼくが宝石磨いてても素敵な趣味だねって言ってくれるし……他の寮だと馬鹿にされるでしょ多分……ルークくんはいるけどさあ、もしサバナクローなんかに移動になったら狐の獣人と鉢合わせする危険性が増えるんだよ。ルークくんとどっこいどっこいだよ」
『苦手なものが多すぎるんですよ殿下は』
「努力で克服できるものじゃないんだからしょうがなくない?」
『はあ……仕方ないですね。私がなんとかしますから、殿下も修練を怠らないでくださいね。私がなんとかできるように』
「はぁい……」
『返事が弱いですよ』
「楽して王様になりたい……」
『できるわけないでしょうそんなこと!ほらさっさと教科書を開く!』
「自分のユニーク魔法が厳しいよぉ!助けてママーッ!!」
おしまい
・ピーター=ジョナサン・キングスクラウン(愛称PJ)
ライオンの獣人で国王の弟なNRC3年生。
ライオンにしては珍しくたてがみが短い。
基礎スペックは十分高いのだがメンタルが弱く、誰の前でも躊躇せず泣きながら耳と唇をいじるため副寮長時代を知らない1年生などに舐められている。
筆記テストの時にはユニーク魔法は使えないが精神が乱されることもないので成績は普通に上位勢(10位以内には入れない程度)。
羽根付き帽子で弓を扱う緑色の狩人と狐の獣人が死ぬほど苦手だが、血縁に狐の獣人の女性がいる。
母には溺愛されているが父にはほぼ無視されており、領地も与えられていないというそこそこ闇な過去がある。
王様になりたい気持ちはあるのだが、実はそれが成立すると悪政からの服役エンドが待っていたりする。
・地を這う助言者
PJのユニーク魔法。
耳元で助言をしてくる蛇が出現するだけの魔法。
牙などは見た目だけで毒も締め付ける力もなく、戦闘能力は皆無。
助言内容もPJ本人が冷静に思考すれば導き出せるものを上回ることはないのでユニーク魔法としては最弱レベル。
それ故に消費魔力が非常に低く、就寝時以外ずっと出しっぱなしにしていてもブロットはほとんど溜まらない。
実際PJ副寮長時代は常に首に巻いていたため2、3年生には最近あのうるさい蛇見ないなと思われている。
PJ国王ルートを潰すためにはこいつをどうにかしないといけないのだが、祖国の森にそういうの得意な熊の獣人がいるので安心していい。