決闘前夜開け放った窓越しに月を眺めながら、今頃あいつはどうしているだろう、と思った。
心配する愚鈍なご友人どもに囲まれているのか、明日に備えて道具や杖の手入れをしているのか、はたまた、たった一人で眠れぬ夜を過ごしているのか。目一杯好きに過ごすといい、と思った。今夜がお前の、自由である最後の夜なのだから。
机の上の手紙には、明日の決闘の場所と時間だけが格式通りに書いてある。この城に届けられたそれは、間違いなくあいつの直筆だった。カードを開いてそうと知った瞬間、腹の底からくつくつと笑いがこみ上げた。あのあいつが、俺に宛ててたったこれだけを書くのに、どれだけの逡巡と苦悩があっただろう!それを想像すると、愉快で愉快でたまらなかった。
立会人一人と当事者二人にしか知らされていないという決闘の場所は、俺のよく知るところだった。俺とあいつが、わずかに同じ時を過ごした、あの谷だ。姿くらましで一瞬で着くだろう。
あいつはどうしてこの場所を選んだのだろうか。まさか俺が迷わず来れるように、などというホスト精神なわけがない。大方、すべてが始まったその場所で、今度はすべてを終わらせよう、そんな感傷的センチメンタルな考えなのだろう。それがわかったから、俺は思わず声を上げて笑った。そんなことをしてどうなる。お前の妹も弟の信頼も、あの夏も、何もかも取り戻せやしないというのに。
それに何より、お前のその見通しはかなわない。明日こそ、すべてが始まる日なのだ。俺がお前を、完膚なきまでに打ちのめして。
そう、明日が始まりの日だ。完璧な世界の、俺の治世の、記念すべき1日目だ。俺がお前を倒し、目の前でお前の杖を踏み潰し、絶望に塗りつぶされたお前の瞳を見た瞬間から、新時代の幕が上がる。そのときのことを思うと、俺の身体は震えて、高笑いが止まらない。これは愉悦ではない。
歓喜だ。
明日が待ち遠しくてならない。勝利の瞬間のことを思うと、全身に歓びが走る。あと少しだ。あと少しで、俺はお前を手中にして、あらゆるものの頂点に立つ。
あいつを倒す歓びというのは、恐怖の裏返しなどという臆病なものではない。ましてや、昔あいつが俺に向けていた浮ついた情のようなものを、俺があいつに抱いているわけでもない。それは例えば、あの昔日に、俺があれの髪をふと手に取ったときや、薄い腹を撫ぜたとき―――もしくはあいつの内を暴いたときや、息と嗚咽の間から漏れ出た俺の名を聞いたときに、俺の腹の中で湧き起こった感情と、全く同じものだった。
なぜそんなことをしていたのか、あの頃は自分でもよくわからなかった。暇つぶしや気まぐれのようなものだと、そう捉えていたように思う。今になって分かる、あれはそんなあやふやな感情ではない。もっとはっきりと形を持った強い衝動、本能だった。今も昔も俺がアルバス・ダンブルドアに抱いているのは、たったひとつ、純粋な支配欲であった。
アルバスは頭がよかった。魔法もよく使いこなした。人の心に聡く、広く信頼を集めた。俺も稀代の天才と評され、あらゆる魔法を指先で操り、信頼という形でこそなかったが、ここまで信者を従えさせた。あいつは唯一、俺に比肩する人間だった。俺が人生で認めるのは、今までもこの先も、あいつただ一人だ。だからこそ、俺の支配欲はあれだけに注ぎ込まれた。
俺は元来、支配欲というものをあまり持たない。そう言うと、異を唱えるものが大勢出てくることだろう。ではお前が今まで虐げた者たちは、殺した者たちは、いったい何なのかと。俺に言わせれば、あんなものは支配欲ではない。義務感だ。劣る者は、勝れた者が導いてやらなければいけない。身の程も分からず反逆する者は、摘み取らねばならない。俺は一度だって、この城にいる俺の信者という名の奴隷たちにも、ヌルメンガードにいる愚者たちにも、支配欲などというものを感じたことはない。古代から連綿と行われている、人間の社会の摂理に従っただけだ。そこには本能も歓びもない。だが、アルバスは違う。
あれだけは、俺の手で屈服させて手中におさめたい、その目から希望が消えるのを見たい。俺が支配したい。情愛、そんなくだらないものではない。生きるということの根幹、本能だ。生きるという歓びそのものだ。出会ったときから―――その非凡な才を知ったときから、気づかぬままに、ずっとそれを感じていた。アルバスを降すことなくして帝王の名など空虚なものだ。あれを支配してこその支配者だ。そうではないか。
明日が来れば、俺は真の王となる。一番欲しかったものを手に入れて、この玉座に戻ってくる。そのときこそすべての始まりだ。昔二人で夢想した、輝かしい世が始まるのだ。
なあアルバス、そうだろう?