海の日「おーい! そっちボールいったぞー!」
「わっ、はい!」
「ないっすー!」
「取れるもんなら取ってみろぉ!」
灼けるような太陽の日差しの下、賑やかな掛け声の間でビーチボールが空を舞う。
「ふふ、甘いね」
「はは! いいスパイクだったけどな」
「おいこっちパス寄越せ!」
「OK!」
高く上がったトスを撃ち落とすように振り下ろされたスパイクがボールを捉え、そのまま砂浜へとそれを沈める。なんとか次は繋げようと砂の上で手を伸ばしたが、あと少しのところでボールは指を掠めて転がっていってしまった。
「あー! くそ! 悪ぃ!」
砂の上に大の字に寝転んだ勝利が悔しげに叫ぶ。
「てつくん容赦ねーって」
「あ? 手抜いてやったってつまんねえだろ」
華麗なスパイクを決めた英鉄をじとっと見上げながら、へたり込んだ貴則は唇を尖らせた。
「まあ次がありますし、今度は頑張りましょう?」
そう励ましながらみやこはネット越しにいるナツメをじっと見るが、その目には闘志が静かに燃えている。
「もう余所見させませんから」
「へえ? ずいぶん熱烈なお誘いだなぁ、みや?」
負けず嫌いなみやこの視線を受けながら、ナツメも愉快気に笑うのだった。
「メンバーを変えるかい? それともこのまま続けるかい?」
「もう一回です!」
「負けたまま終われるか!」
ボールを拾って戻ってきたバジルが尋ねると、勝利とみやこが声を揃えて叫んだ。
そんなみんなを眺めながらゆいがはぱたぱたと手で顔を仰ぎながら言った。
「オレもぉ!
でも喉渇いたからなんか飲んでくる! 先やっててぇ」
「じゃあ俺も。一緒に買いに行こうか」
そう言ってはなだも体についた砂を払いながら立ち上がる。さらに白熱しそうなコートを後にすると、二人は財布を取りに向かった。
「さっきの試合悔しかったぁ! はなだくんよく取れたね」
「まあね。いつもゆいがくんのこと見てるから」
「んふふ、なんだそれぇ」
そんな会話を交わしながら砂浜を歩く。乾いた砂が蹴り上げられて二人の足にぱらぱらとかかった。
皆の荷物を置いたパラソルが見えてくると、その下には二つの人影が足を伸ばして座っているのが見えた。
「荷物番ありがとぉ! 二人は泳がないの?」
ゆいがが声をかけると、ラッシュガードをしっかりと羽織ったあさぎがうんざりした顔を上げた。
「めんどくさーい。濡れるし人多いし、日焼けしちゃうじゃん」
「……じゃあなんで来たの?」
不満ばかりの返答にはなだも溜息をつく。そんなはなだの脇腹を肘で小突くと、ゆいがはあさぎの隣で二人をおろおろと交互に見るみさきに尋ねた。
「みさきくんは? 一緒に遊ぼうよ!」
「あ、えと、俺は……」
「みさきくんは僕が退屈しないように遊び相手になってもらうのー」
「いや一人で勝手に過ごせよ」
「こらはなだくん!」
また肩を小突かれたが、はなだは外方を向いて知らん顔をする。そんな態度にゆいがはにっこりと笑うと、みさきに手を差し出した。
「もうほっといて一緒に売店行こぉ! 代わりにはなだくん置いてくから!」
「えーやだー」
「やだね」
「ふん、はなだくんが悪い」
「あ、あさぎもやめろって……」
「あれー? みんなどうしたー?」
そんな険悪な空気を壊すように、聞き覚えのある声が聞こえてくる。四人が声のする方を振り返ると、夏希がひらひらと手を振ってやってきていた。
「休憩? 今ちょうど飲み物買ってきたんだよ。今なら選びたいほーだい」
ラッキーだったなと笑いながら、隣で一緒にコンビニのビニール袋を抱えている千歳の腕の中から、何本かペットボトルを取り出してそれぞれに手渡した。そして最後に取り出した一本を千歳の頬に当てた。
「ひえええっ!!? ななな夏希くん!?」
「ぶは! 千歳驚きすぎ!」
そう言ってペットボトルを片手に無邪気に笑う夏希につられるように、千歳も長く伸びた前髪の下で嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「あれ? わかくんたちは?」
スポーツドリンクを飲みながらあさぎが振り返ると、ちょうど彼らがこちらに向かってくるのが見えた。
「夏希たち、やっぱり先戻ってきてたんだ」
「ふふ、早いねぇ」
「ねぇも一緒だったんだ。どこ行ってたの?」
ゆいがが尋ねるとわかは腕に抱えたものを持ち上げて見せた。
「スーパー。スイカ買ってきた」
「お塩も買ってきたよぉ」
「さぁいこぉう!」
「ふふ、みんなも呼んでスイカ割りでもやろうか」
お茶を一気に飲み干したはなだが言う。残りのペットボトルをクーラーボックスに入れ終わった夏希も、千歳の口に塩タブレットを放り込みながら立ち上がった。
「じゃあ俺たちはバレー見に行くついでに呼びに行こうぜ、千歳!」
「あっ、は、はい!」
そう言うと夏希は千歳の腕を引きながら人混みの中に消えていった。そんな楽しげな二人の背中を微笑ましく見送り、結音がふと辺りを見渡す。
「こはちゃんたちはまだ海かなぁ?」
「う、うん、戻ってきてないから多分」
「そっかぁ」
答える気のないあさぎに代わってみさきが答える。結音は着ていた上着を畳みながら海の方をきょろきょろと探すと、それらしい人影を見つけて手を振った。
「それじゃあ私呼んでくるね」
「あ、俺も行くよ。
結音さん、海に来たのに買い出しでまだ全然遊んでないでしょ?」
そう言いながらわかもTシャツを脱ぐと少し恥ずかしそうに手を差し出した。
「せっかく今日のために水着選んだって言ってたから……一緒に楽しみたいんだけど、どうかな?」
日差しの強さだけでは言い訳できないくらい顔を赤くしたわかに、結音がその手を取ろうとすると、二人の横ではなだとゆいががにやにやと笑みを浮かべた。
「へえ……?」
「ほおん……?」
「な、なんだよ」
怪訝な顔をするわかを横目に二人は目配せをすると、さらに愉快げに声を弾ませた。
「水着姿のねぇとぉ?」
「一緒に楽しみたいって?」
「!! 違う!」
三人のやりとりを聞きながら小首を傾げる結音の横で、今度はあさぎがわざとらしく声を上げる。
「えー、わかくんって意外とむっつりなんだー」
「……ふぇっ!?」
「ち、違うから! 確かに水着すごく似合ってるけど、今のは普通に遊びに行こうって意味だから!」
みるみるうちに真っ赤になっていく結音に、わかが必死で弁解しようとして逆に墓穴を掘る。その様子が面白くて、ゆいがは堪らず吹き出した。
わかは三人をキッと睨むと、結音の手を掴んだ。
「ああもううるさい! スイカ食わせないぞ!
行こう、結音さん!」
「は、はいっ!」
「あぁん、待ってよわかぁ」
「ごめんって、そんなに怒るなよ」
呑気に手を振るあさぎとみさきを残し、四人は海へと入っていく。その先の沖には大きな浮き輪に乗ってプカプカと波に揺られているこはなと、その浮き輪を掴んでやっているてんまの姿があった。こはなは四人に気がつくと大きく手を振った。
「結音ちゃーん! 遊ぼー!」
「ふふ、二人は何してたの?」
「浮いてた!」
そんな無邪気なこはなと結音に聞こえないように、ゆいがはてんまをに近づくとその脇腹をつつく。
「ずっと二人でなにしてたか正直に言ってみぃ? 幼馴染じゃあん!」
何かを期待した様子で尋ねるゆいがに、てんまは慣れ切った様子で表情を変えずに答えた。
「さっきブイまで泳いできた」
「え、こはちゃん置いて?」
「いや一緒に。こはなが競争したいって」
てんまの視線の先にいるこはなは、先程まで一緒に泳いでいたようには見えないほどけろっとしている。ゆいがもその予想外の答えに目を瞬かせた。
「こはちゃんって意外とパワフルだよねぇ……」
そんな呟きに気付かず、こはなはわかと結音と一緒に手を振っている。
「てんくーん! スイカ割りだって! 行こ!」
「ああ、今行く」
てんまは穏やかな声でそう返すとこはなのもとへと泳いで行く。ゆいがもみんなのところへ向かおうとすると、後ろから不意にはなだが顔を近づけてきた。
「ねえゆいがくん、俺たちも競争しようか」
「えぇー? 今から? みんな待ってるよ」
「もしかして自信ない? なら俺、自分の分のスイカ賭けようかな」
挑発的なはなだの笑みに、ゆいがの闘争心にも火がつく。ゆいがははなだから少し離れてブイの方に体を向けると、横目でちらりと彼の方を見た。
「はなだくんが戻ってくる頃にはスイカ、無くなってたらごめんね?」
「ふふ、それはこっちの台詞だよ」
二人は互いににやりと笑い合うと、よーいどんの掛け声と共に水飛沫を上げた。