イラストを魅せる。護る。究極のイラストSNS。

GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

  • 1 / 1
    しおり
    1 / 1
    しおり
    星空の下の物語星空の下の物語お前がいるから懐かしさと温かさと(啓七)勘違いエントロピー(啓七)恋に溺れる、愛に沈む俺のシチロウが今日も可愛いむぎゅむぎゅ(バニーの日)大事なキミ、大切なお前(若カルシチ)幸せの魔ーメン先生の願いは砕け散る運命先生には悪いが、俺が先生の運命だ先生は僕の唯一、お前は俺の唯一バックヤードの秘め事(R15)星空の下の物語
    お前がいるから
     食事はお前と一緒だから美味いと思うし、お前が選ぶから美味いんだ。
     隣に座って食べるお前を見るのも、俺の前に座って食べるのも。
     俺には至福の時間でいっそ時が止まればいいのに、とさえ考える。
     その愛らしい瞳や仕草で、危機から生還した勲章の口元に食事を運ぶことの、なんと美しいことか。
     ぼろぼろと食べたものを落としても、俺はなんら気にも留めない。
     目の前の存在がシチロウなのだ。
     今日も、これからも、俺はシチロウにありったけの愛を捧げるだろう。
     
     
     
     
     
     
     
    懐かしさと温かさと(啓七)
     絵本作家の野薔薇七朗とピアニスト兼コンマスの鍋島啓護は、お互いの家を行き来する仲、つまり腐れ縁である。
     そんな二人は、今日は七朗の部屋を訪れていた。
     カードキーを鍵に差してガチャリと玄関のドアノブを開けると、そこには見慣れた光景が広がっていた。
    「ごめん、僕の部屋散らかりっぱなしで……。締切が昨日だったから、部屋の片付けまでは余裕がなくて」
    「気にしない。俺が来たいと無理を言ったんだ。すまないな、七朗」
     啓護の言葉を聞いた七朗は、いつもながら自分の幼馴染はスマートだなぁと感心した。こちらの心の内を汲み取って、無遠慮な言葉は口にせず、さりげなくエスコートしてくれるような気分だ。
    「あ、好きなところに座ってよ。僕の家、こんなものしか出せなくて申し訳ないんだけど」
     七朗はそう言って、座った啓護の前に茶菓子を置いて見せる。
    「これ、僕のお母さんが小さい頃よくおやつだよって言って出してくれたんだ」
    「そうか」
     啓護がそのまま話を続けろとばかりに、続きを促してきたので、七朗は照れ臭くなりながらも、話をポツリ、ポツリと続けることにする。
    「僕の家は、あんまり裕福ではなかったんだけど、お母さんは優しい人でね、貧しくても子どもには必ずご飯とおやつは食べてほしいからって、自分は食べずに僕に出してくれて」
     うんうんと相槌を打つ啓護を尻目に、またゆっくりと七朗は話を続ける。
    「その中で一番好きだったおやつが、このココナッツサブレなんだ。そのまま食べるとサクサクして香ばしくて、甘味も感じられるから大好きなんだけど、ミルクと一緒に食べると口の中で味が変わって、優しいような、どこか懐かしいような気持ちになれるんだ。でも、これはきっと母さんとの思い出だったのかな」
    「そうか、それはお前の中で幸せの思い出なんだな。お前も、お前の母親も、お互いがお互いを大事に思い合っていたわけだ」
     そう言った啓護の方を見てみると、なんだか視界がぼやけていて。
     変だな、と考えているとふとゴツゴツとした細くて長い指が、七朗の方に伸びてくる。
     そして、そのまま目尻まで伸びてきて、指の腹でそっと撫でられた。
    「お前の中では、それほど母親との宝物のような思い出だったんだな。それを共有できて、俺は嬉しいぞ」
     涙が流れていることにも気が付かなかったけれど、それを口にするわけでもなくそっと拭いてくれた啓護くんは、僕にとって本当に素敵に見えて。彼がまるでキラキラ輝いて見えた。
    「よかったら啓護くんも」と渡してみると。彼は渡されたそのクッキーをまじまじと見ている。
    「七朗。お前だから話すが、実は……俺はこれを食べたことがないんだ」
     弱味をみせるか否か迷ったが、七朗相手に心配など無用だとすぐに切り替えた啓護は、素直に自身の弱点を晒し出す。
    「そうなんだ。じゃ、よかったら一緒に体験してみたいな」
    「ああ、お前となら、俺も試してみたい」
     手に取ると、その形状は長方形で上の部分にザラメらしきものが乗っており、まるでクラッカーのようだと感じた。
     しかし、七朗がこれはビスケットだと言うので、啓護は指先で少し触って確かめたあと、口の中に放り込む。
    「……うまいな」
     サクサクと言っていたが、クラッカーのような感触とはまた違う、別のサクサク感。甘さも程よくあり、ビスケットの邪魔をしないながらもほんのりココナッツの風味も広がっている。
     食べやすいからか、あっという間に口の中のものはなくなり、「気に入ったかな? もっとあるよ〜」と差し出した皿を受け取り、黙々と口に放り投げて頬張った。
     すぐに平らげて見せた啓護を見て、七朗はなんだか胸が熱くなる。高貴な啓護くんに庶民のおやつは口に合わないかも? と考えていたので、どうやら杞憂だったようだ。
    「ありがとう、七朗。うまかった」
    「ふふ、どういたしまして。気に入ってもらえてよかった!」
    「お前の大切な、宝物の思い出の中に、今度から俺も入らせてもらえると思うと感慨深いな」
     そう言って、啓護が七朗の真横まで距離を縮めてきて、その距離があまりにも近く、七朗は思わず声を裏返して「ち、近いよ! 啓護くん。どうしたの」と訊ねてみる。
     しかし、腰に手を回されて、体を密着されて、七朗はなんだか頭が回らない。そして、額から聞こえるリップ音。
    「え」
    「大切にする。お前の思い出の中には入らせてもらえて嬉しかった。ありがとう」
    「は、え? あ、ああ! そっちの方ね! う、ううん。こちらこそ、そう言ってもらえて嬉しいよ、啓護くん。これからもよろしくね」
    「? 何かおかしかったか?」
    「ううん! 全然」
     お互い微笑んでこれからも仲良し宣言を交わした二人であったが、その意味がやはり別の意味であり、あの時の自分の違和感は間違っていなかったと早々に思い知らされる日が来るとは、この時の七朗は思ってもいなかった。
     
     ◇ ◇ ◇
     
     季節も移り変わり、木々の葉が色づく頃、二人は夕暮れの道を歩いている。
     頬をかすめる風が冷たく感じて、秋の気配が鼻腔を抜けて匂う。
     二人が歩いている並木道は金木犀が植えられており、金木犀はとうに色づいていて、近づくまでもなく甘く、痺れるような甘美は香りが辺りに広がっていた。
     そんな並木道。
     後から着いてくる七朗は、フードを目深に被り、背中を丸めて辺りをキョロキョロとして何かに怯えているようだ。
     そんな七朗が気になって、啓護は振り向いて声をかけた。
    「隣に来ないのか」
    「え? うーん。ここは外だし、啓護くんに迷惑かけたくないと思って。僕みたいな人間と一緒のところ、誰かに見られたくないでしょ?」
    「気にしない。というか、文句があったら言い返して追い返すだけだ」
    「バッサリ言うなぁ」
    「他に理由でもあるのか」
    「で、でも。啓護くん、すっごくもてるからなんだか悪いなあって……」
     言葉を続けようとしたが、啓護が振り向いてひと睨みすると、「俺がモテたいのはこの世界でお前だけだ」と、まるで不機嫌であるかのように手を目の前に差し出してくる。
    「俺は、お前が好きだから、お前と手を繋ぎたい。……それとも、嫌、か?」
     手を差し出せと言われただけで七朗はなんだか胸が熱くなっているのに、その後、小犬のようにシュンとなりながら上目遣いで心配そうに許可を求めてくるものだから。
    「啓護くんのそういうところが好きだなぁ」と彼の手を取る。
     彼と肩を並べ、彼と手を繋ぎながら、ふわふわとした気持ちの中で金木犀の中を歩き続けた。
     金木犀の甘い香りも、彼の優しさも、混じり、絡み合い、蕩けるようで。
     帰宅した後も七朗は、その日起こった出来事を反芻しながら、自分の左手にまだ彼の手の温もりが残っているような気がして、幸せを噛み締めていた。
    勘違いエントロピー(啓七)
     仄暗く、混沌の青と漆黒が交わる夜。
     帳はとうに上がり、肌寒い中、一人外を歩く。
     足元を照らすのは寂れた街灯のみで、岩畳をノロノロと進んでいく。
     電灯のライトが、否、正確には電線からジリジリ、ジジジと放電音を鳴らしている。
     ジリジリ、ジジジ。
     放電音を耳に残しながらも、先の見えないまどろみの中、汚泥と腐臭に埋もれて体が動かなくなってしまうような感覚と、このまま消えてしまいたい感覚。
     いや、跡形もなく消えて痕跡も残したくない、そんな負の感情に支配されている。
     あてもなく、啓護はただただ呆然と歩いていた。その足取りは重い。
    (――俺は、俺は七朗に振られた。もう生きていけそうにない)
     まだ本当の恋も愛も知らなかった時、他人がパートナーと別れただけで死ぬ、なんて言い出して取り乱すことが滑稽に見えたことがあった。
    (――今なら、わかる)
     あれは、俺の経験不足からくる欺瞞だったのだ。
     知らなかったからこその上の無知。恋とはどんなものなのか、愛とはどんなものなのかも知らず、それが全て失われた時の気持ちが理解できなかったのだ。
     愛し、愛されたことのあるものにしかわからないこの感情が。
    「……俺と七朗はもう、終わったのか。あっけないものだったな」
     七朗に恋に落ちた時、周りが明るく輝いて見えた。
     人生が眩しく感じた。
     七朗に初めて告白した時、頬を染め上げながら「いいよ」と言ってくれた顔がどんなに美しかったか。
     七朗と初めて手を繋いだ時、お互い緊張してなかなか繋げなかった。
     だが、「早く繋ご!」と言って照れながら手を繋いでくれた。
     七朗と初めてデートに行った時、正確にはデートではなくフィールドワークではあったが、それでも俺は嬉しかった。
     自然に手を繋いで二人でふらふらと散策しながら、彼の好きなフィールドワークに同席した。
     そして初めてのお泊まりで七朗と体を結ぶことができた。
     その時の緊張は尋常ではなかったが、お互い初めて同士なのでゆっくり、時間をかけて、時には笑い合いながら、愛を形にすることができた。
     受け入れてくれた七朗は、それはそれは美しかった。その時の七朗のセリフは今でも忘れられない。
     でも、もう俺の隣に七朗はいない。
     今、かつて滑稽だと言った人たちと同じ状況になって、初めて理解できるだなんて。自分が無知であったのだ。なんとも滑稽で愚かな話である。
    「――――くん」
     どうやら幻聴まで聞こえてきた。今夜はとことんダメになっているらしい。別れたはずの七朗の声が聞こえるなんで。俺はなんて未練がましい男なのか。
    「――くん! ねえ、啓護くんってば! 待ってよ!」
    「は?」
     声は幻聴ではなかった? 後ろから追いかけてきた七朗を見て、啓護は驚いて思わず後退りする。
    「七朗! いや、でもどうしてここに」
     戸惑いを隠せない啓護は七朗に問いかける。別れたのだ、自分たちは。だから、追いかけてくるだなんて有り得ない。
    「カルエゴくんって、ほんと意固地なんだから」
    「は?」
    「そんなに泣くほど僕が恋しかったの?」
     そう言って穏やかな顔をした七朗が啓護の頬をそっと指で撫でると、そこには涙が伝っている。
    「こ、これは……、ち、違う!」
    「違わないでしょ。涙が流れるほど辛かったんでしょう?」
    「そ、それはお前が家の合鍵を返してきたからだろうが。つまり、俺とはもう別れるということだろう!」
     勢い余ってつい本音をぶつけてしまったが、泣き顔を見られた上に意固地と言われて黙っていられる啓護ではない。
     だが、頭の中はまだ混乱していて思考が追いつかない。
    「もう! 話は最後まで聞いてくれないかな。はい、これ、新しい鍵」
    「は? 新しい鍵?」
     差し出された鍵を、手のひらに乗せられてますます混乱していると、さらなる発言で啓護は驚きを露わにする。
    「うん。僕の新居だよ。ちなみに二人で暮らせるようにもう手配も済ませてありまーす!」
     あっけに取られている啓護をよそに、七朗は啓護に寄り添って大きな身体で啓護を覆う。
    「……てっきり、別れるのかと」
    「僕が啓護くんから離れるわけないじゃない。ずっと一緒にいるって言ったでしょ。全く、啓護くんってば、ほーんとはやとちりなんだから〜。反省してほしいなぁ」
     ぎゅうぎゅうと抱きしめてくれる七朗に、啓護は今までの焦燥感や孤独感は吹っ飛んで、一気に愛されている自信がついて、気分が高まっているのが自分でもわかった。
     やはり、七朗は啓護にとって運命の番なのだ。
     心の底から愛してよかった。
     これからも、全身全霊で全てをかけて七朗を愛そう。
     そして、お互い愛を育み合おう。
    恋に溺れる、愛に沈む
     沈む夕日を眺めながら、鬱々とした気持ちに整理をつけるべく、重い足に力を入れて、カルエゴはベンチの縁に力を込めて立ち上がると、深いため息を吐いてようやく蹄を返す。
    「……俺はどうすればいいんだ。シチロウ」
     今この場にはいない、狂おしいほど愛しく思う、我が最愛の悪魔の名を口にするが、その名前の持ち主から返事がくるはずもなく。
     ただ絞り出すようなカルエゴの声だけが虚空の中に消えていった。
     長らく腐れ縁の関係であった二人は最近になり、ようやく付き合い出した仲なのだが、初めてのデートでお泊まりをする約束を交わした。カルエゴは持ち前のリサーチ力でデートスポットを下調べしたり、シチロウに贈るプレゼントを精査していた。
     だが、やはりシチロウは準備室が落ち着くのではないか、ということに落ち着き、それならばとカルエゴは自分の思いつく限りの中で、とっておきの贈り物を準備することとなる。

     ◇ ◇ ◇
     
    「こ、これは一体?」
     自分の生物準備室に帰ってきて早々シチロウが辺りを見るや、開口一番に、何? と小首を傾げながら訊ねてくる白銀の悪魔が可愛くて、カルエゴは見惚れて答えるのが一歩遅れてしまった。
     なんとも焦っている仕草も可愛いのである。見惚れたのは仕方がない。
     なんせ惚れに惚れているのだ。
    「ねぇ、カルエゴくんってば」
     再度問われたカルエゴは、大袈裟な動作をして見せて腕を組むと、してやったりとばかりのドヤ顔で、自信満々に答えてみせる。
    「薔薇の風呂だ」
    「……それは見てわかるよ。あのね、カルエゴくん。僕が聞いているのはね、どうして準備室の浴槽が薔薇の花びらで覆われているか、なんだけど」
    「いつも準備室にいて仕事ばかりで疲れているだろう。俺なりに考えた、お前へのささやかな贈り物だ」
     喜ぶと思ってな。そう付け加えると、疑惑の目を向けていたシチロウが少しだけ考える仕草をして、何か思いついたように目を丸くさせて口元を大きな手のひらで覆っている。
     しかも、耳がほんのり赤く染まっていて、こちらに向ける視線は遠慮がちながらも、なんだが憂いを帯びているようで。
     カルエゴの欲目なのか、色気さえ漂っていてその仕草に思わず喉が鳴る。
    「……これ、キミひとりでやったの?」
    「何がだ」
    「薔薇の花びらを一枚一枚むしって浴槽に散らしたってこと」
    「もちろんだ!」
     最後に答えた台詞を言い切る前に、目の前のシチロウが腹を抱えて笑い出す。
    「あははは! きみがやってるところ想像しちゃった。ふふ、あのカルエゴくんが、そんな地味なことを……あはは! カルエゴくんってば、本当に面白いことするんだから!」
     なぜ笑われているかは不明なカルエゴだったが、目の前のマイスウィートエンジェルシチロウが喜んでいるなら、これは大成功ということだろう。
     デートも兼ねて、給料三ヶ月分だ! としたり顔で伝えると、シチロウが膝から崩れ落ちでさらに大笑いする。
    「あははは、は! 給料三ヶ月……! ふふ、嘘でしょ、ひひ、あ! だからこんなに量が多いのか。はは! カルエゴくんってば、本当そういうところがあるんだから」
     よほど面白かったのか、息も切れ切れで言葉を発するたびに大笑いしていて。
     カルエゴは流石に気になって、思い切って何がそんなにおかしいか訊ねてみた。
    「やだな〜、面白かったから笑ってだけだよ。ふふ」
     ニコニコしながら穏やかに答えるシチロウを見て、カルエゴは怪訝な顔をして見せる。
    「カルエゴくんってば、そんな顔しないで。ね?」
    「そんな顔ってなんだ」
     少しだけ声のトーンを落として答えると、シチロウがカルエゴの前に回り込んで、そのままふわりと抱きしめてくる。
     うまくかわされた気がするが、カルエゴは抱擁を甘んじて受けて、自分も彼に腕を回した。
    「ふふ、カルエゴくんが僕のために薔薇のお風呂を準備してくれたこと、本当に嬉しかったよ。あれ、相当準備に時間がかかったでしょ? それに、花を一枚一枚むしるなんて、地味な作業で大変だったんじゃない?」
    「別に。お前が喜んでくれると思ったから、苦にもならなかったぞ」
    「そっか。ふふ、僕、カルエゴくんのそういうところが大好きだよ」
    「……俺はお前を愛している」
    「うん、僕も。カルエゴくんを愛してる。だからさ、せっかくだし、一緒にお風呂入らない?」
    「は?」
     カルエゴは思わず硬直してしまう。
     長年の友人としての、幼馴染としての付き合いはあったが、付き合うようになったのは最近で、しかもデートはこれが初めてで。
     それなのに、いきなり一緒に風呂とは一体? 今日はそこまでのことは考えていなかったカルエゴは混乱している。
    (は? 風呂を一緒、と言うことは、お互い裸じゃないか! マイスウィートエンジェルシチロウの裸なんて、とてもではないが直視できるわけないだろう。いや、だがやはり見られるものならば見たい。この目に焼き付けておきたい。念写したい!)
    「カルエゴくん。心の声が漏れちゃってるよ」
    「‼︎」
     はっとしたカルエゴは思わず口を掌で覆ったが、目の前の白銀の悪魔はくすくすと笑っていて、その光景がいつになく妖艶で、カルエゴは目を奪われる。
     そんな中で、シチロウは顔を近づけて頬を少しだけ染めながら、大きな爆弾を落としてきた。
    「僕、カルエゴくんと一緒にお風呂入って洗い合いっこしたいな。ね、いいでしょう?」
    「っ!」
     腕をゆっくりとカルエゴの首の後ろに回してきて、じっと瞳を覗き込み、とどめとばかりの言葉を口にする。
    「ね、しようよ、カルエゴくん。お願い」
    「〜〜〜! わかった! 風呂だけで済むとは思うなよ!」
    「うん。そのつもりだもん」
    「っ! くそ‼︎ 俺は警告したからな」
    「うん。わかってる」
     最後の台詞を皮切りに、カルエゴはシチロウの襟元を掴んで顔を寄せると、そのまま唇を貪り本能のままに蹂躙した。
    (俺の方が、絶対シチロウより愛しているのに! なのに、俺はいつもシチロウに振り回されているばかりだ)
     下で艶やかにしなり喘ぐシチロウに視線を移すと、慈愛に満ちた目でこちらを見つめてきて、それがまた熱を帯びるような熱い視線で。まるで視線で心がチリチリと熱くなり焦がされている錯覚さえ起こる。
     カルエゴは何度でもシチロウに溺れるのだ。
    「カルエゴくん、愛しているよ」
     鳴かされながらも息を吐いて、まどろんだ顔のシチロウから発せられる甘い吐息は、カルエゴの吐息と交じり合い、より濃厚になる。
     恋は盲目、愛は底なし。
     溺れるものが愛に沈まされるのだ。
    俺のシチロウが今日も可愛い
     準備室の窓から見える空は暗く、星空の瞬きが見える。
     季節は変わり、準備室に置いてある研究対象であろう草花にも移ろいが見て取れる。
     幾度となく目にした、見慣れた光景。
     だが、ここだけは時の流れが緩やかで、この部屋の主のように穏やかな時の流れが漂っている。
    「上がったよ」
     声の主に視線を移してみれば、風呂上がりの濡れた白い絹糸から溢れる水の粒さえも、一滴一滴がシチロウの髪から落ちると思うと、愛おしいとさえ感じてしまう。
    「うーん」
    「? どうした、シチロウ」
     シャワーを浴びて、部屋で髪を雑に乾かしているバラムが悩んでいる様子だ。
     気になったカルエゴは、片手に持っていたワインをテーブルの上に置き、視線を移してバラムに様子を訊ねてみる。
     すると、バラムが腰を屈めて至近距離まで近づいて、カルエゴの髪に自らの顔を寄せてきた。
    (まあ、いつものことだ。これしきのことで今更動じる俺ではない。好きにさせよう)
     好奇心旺盛なバラムを気にすることなく彼の好きなようにさせていると、大きな手が頭上に覆い被さってきた。
     そして、ワインを手にするカルエゴの紫黒の髪をさらりと撫でながら、グッと至近距離に近づいて、なぜか髪をクンクンと嗅ぐ様子を見せてくる。
    「うーん。同じシャンプーを使ったのに、カルエゴくんの方がいい匂いするね。きみの匂いの方が好きだな〜」
    「ゴフッ!」
    「えっ? カルエゴくん、大丈夫?」
    「い、いや。なんでもない」
     白銀の髪をごしごしと雑に拭くシチロウは、何気なく言葉を紡いだだけなのだろうが、カルエゴは口に含んでいたワインを盛大に吹きこぼした。
    (油断していた! シチロウはこういうヤツだったな)
     心配したのか、シチロウがこちらの様子を伺っている。
     それと同時に、カルエゴが溢したワインを素早く拭いてくれて、さすが俺のシチロウ! と心の中でガッツポーズをした。
     同じシャンプーを使用したのは事実だが、ここは「一緒の匂いがするね」や「同じ匂いで嬉しい」などが常套句だと考えていたカルエゴは、想定以上の嬉しい言葉に不覚にも心乱れてしまった。
    「……お前はいつも想定以上の言葉を俺にくれる」
     ポツリと呟いた言葉をバラムは聞き逃さなかった。
     再びカルエゴの元に戻ってくると、目の前で屈んでみせて「どの言葉かはわからないけれど、カルエゴくんが喜んでくれて嬉しいよ」と目元を緩ませて見せる。
     きっと隠れている口元も口角を上げて笑っているのだろう。
     こうした、何気ない会話をいつまでも続けていたいと考えていたカルエゴだったが、ふと目についたことがある。
     あることに気づいてしまったのだ。
     そのことがどうしても頭から離れず、紳士的な思考が一気に揺らぐ。
    「カルエゴくん?」
     小首を傾げてカルエゴに問いかけるバラムを見てカルエゴは目を泳がせた。
     カルエゴは俯いて額に手をやり、ますます目のやり場に困ってしまうと口に出しそうになったところを、なんとか凌いでやり過ごす。
    「ねぇ、カルエゴくんってば」
     少しだけ拗ねたような声色を出しながらも、特段怒っているわけでもないバラムに対してカルエゴは何も言い出せずにいた。
     なぜならば、バラムの着崩しているシャツの襟元から鬱血の跡がチラリと見えたのだ。
    (これは間違いなくさっき俺がつけたものだ……! 俺としたことが!)
     先ほど愛を確かめ合っていた時、つい夢中になり過ぎたのだろう。
     バラムの首筋に鬱血痕がばっちり残っていて、それが一つや二つではないのだ。
     いわゆる、キスマーク、というヤツである。自分の欲の象徴が、所有の印がこれでもかと散らされていて、首を完全に覆わないと隠し切れないだろう。
    (これは果たして本人に伝えるべきか……。絶対説教されるな。嘘をついても虚偽鈴ブザーでバレるし、ここはあえて伝えないでおくか……。よし、そうしよう)
    「カルエゴくん?」
     再び訊ねられたカルエゴは、コホンと小さく咳払いをすると、「……あー、明日は早いんだろう。今夜はゆっくり休めよ、愛してる」と言ってそそくさと準備室を後にする。
    「ちょっと! そう言うときは何か隠してる時でしょ!」と叫んでいるバラムの声は聞こえていなかったことにする。
     その後、己の姿を鏡で見たバラムから魔インが入り、速攻で呼び戻されてバラムの機嫌取りに準備室に戻ったカルエゴは、愛するバラムが照れながらも怒っていたため大人しく怒られていた。
     愛する悪魔は怒っていても可愛い!
     今夜も愛しい悪魔のバリトンに心地よさを感じながら、「俺のシチロウが今日も可愛い」と本音をうっかり口にして、「もう! 全然反省してないでしょ!」と叱られながら、幸せを噛み締めるカルエゴであった。
    むぎゅむぎゅ(バニーの日)
    「カッルエッゴくーん!」
    「‼︎」
     ずいぶん調子の良いトーンで声をかけてきた相手の方に振り向くと、そこには面妖もとい見慣れない格好をした腐れ縁が立っていた。
     ここはシチロウの準備室。
     いつものように胃薬を頂戴しようと、腐れ縁のシチロウの元を訪ねたカルエゴであったが、今目の前で起きている光景が信じられない。
    「お、お前……その格好は一体」
     シチロウを見てみれば、長く美しい白銀の髪を二つ結びに高い位置で結び上げていて、いわゆるツインテールに結んでいる。
     それだけでも可愛く見えるのに、何やら耳らしきものと尻尾まである。
     一体なんなんだ。
    「ん? これ? これは人間界に詳しい人に教わったんだ。今日はバニーの日なんだって。あ、バニーっていうのはね、こっち」
     こっち、と言いながらシチロウは自分の白くふわふわとした尻尾と耳を、ぴょこぴょこと手で持って動かしてみせる。
    「どう? ふわふわしてて、作るの苦労したんだよね〜。僕の力作!」
    「あ、ああ。うまく作られているように見える。さすが、シチロウだな」
     当たり障りないよう取り繕うカルエゴだが、ふわふわの耳や尻尾なんて、はっきり言ってどうでもいい。全くもってどうでもいい。
     問題はシチロウが着用している、布面積の少ない破廉恥な衣服である。
     黒い艶々とした布は、胸から局部にかけてしか覆われておらず、腹筋の割れ目が浮き出ていて、ボディラインにピッチリと張り付いているように見える。
     しかも、胸の辺りは胸囲の大きなシチロウ仕様に緩く作られているのか、シチロウが少し体勢を変えただけで胸の飾りがチラチラと見え隠れ知るのだ。
     ただただ、目の置き場に困る。
     しかも、その黒いテラテラとした薄い布は足まで覆ってはおらず、普段は絶対に見せることのないシチロウの太ももが露わになっていて……。目のやり場に困るどころか毒なのだ。
    (――シチロウは純粋に楽しんでいるだけだ。そんなシチロウに下心を絶対に悟られたくない!)
    「カルエゴくん? どうしたの? やっぱり、僕似合ってないかな」
     別に落ち込んでいるわけでもなく、しかし頬を赤らめて頭を人差し指でポリポリと掻いて小首を傾げるシチロウを見て、カルエゴはたまらず抱きついてしまった。
     だが、抱きつくだけの予定が、勢い余ってそのままシチロウを揺籠に押し倒してしまう。
    「カルエゴくん?」
    「……可愛いから、しばらくこのまま抱きしめていていいか?」
     その言葉を聞いたシチロウはパァァッと背景に花が背負うほど輝く笑顔を見せて、「もちろんだよ! カルエゴくん、こういうのが好きなんだ。ふ〜ん。新しいカルエゴくんを知れて嬉しいな」と、嬉しそうに話してカルエゴをぎゅうぎゅうと抱きしめてくるシチロウに対して、カルエゴは気が気ではない。
     何が気が気ではないって、とても服とは言い難い、薄いペラペラの生地を今のシチロウは着ているわけで。薄着の彼が自分にピッタリとくっつくと、まあ、下半身のアレが困るのだ。
    (これは、服なのか?)
     しかも、体が密着するたびに薄い生地の上からシチロウの鍛え抜かれた腹筋がダイレクトに伝わってくる。
     そして、今はシチロウの胸にカルエゴの顔が埋まっているため、豊満な胸の谷間にむぎゅむぎゅと挟まれて、カルエゴの理性ははち切れる寸前だ。
     安易に触れられないからと考えて、両手は上に上げている。
    「く、苦しいからもう離せ、シチロウ」
    「え? 苦しいの? でも、虚偽鈴ブザーは鳴ってないよ?」
    「……」
     そう言ってさらにぎゅうぎゅうと抱きしめてくるシチロウに対して、カルエゴは何も言い返せない。
    「あ〜。そういうことではなく、なんと言うか、別の意味で苦しいんだ」
     ナニが、とは流石に伝えられない。
    「カルエゴくんてば、嘘ついてもわかっちゃうんだからね!」
     眉を下げながらも怒ってはおらず、ぷんぷんと拗ねて見せるシチロウに、カルエゴはもう敵わないと悟り、声のトーンを下げて諌める。
    「俺は、離せ、と言ったからな。シチロウ。後悔するなよ」
     不敵な顔を見せて、挟まれていた胸に埋まると、吹っ切れたように理性などそっちのけで薄い生地からシチロウの胸をゆっくり下から上へと揉みしだく。
    「え? んんっう」
     甘い声を上げるシチロウに満足したカルエゴは目を細めると、さらに手を動かして次第に触指先で敏感な部分を撫で上げる。
    「えっ? あっ」
     ぞくぞくと痺れるような愛撫を受けたシチロウは、ようやくカルエゴの意図に気がついた。
     慌てるシチロウを横目に、そのまま黒い服から覗く赤い飾りをわざとゆっくり、シチロウに見えるようにチロリと舌を見せながら舐め上げた。
    「ッ! カルエゴくん!」
    「俺は、離せと言っただろう」
    「い、言ったけどさあ、これって結局やっちゃうパターンじゃないの」
     ふてくされて見せながらも、シチロウの態度を見るとまんざらでもない様子を見てカルエゴは内心ほっとする。強引にことを運ぶつもりはなかったからだ。
    「お前が誘ったんだろう? お望み通り、これから可愛いバニーを存分に可愛がってやろうじゃないか」
     そう言って、二つの高い位置に結ばれた長く美しい髪に手をかけると、ゴムをゆるりと解いて、頬を染め上げて困惑している哀れで美しいウサギを、そのままベッドに押し倒すのであった。 
     
    大事なキミ、大切なお前(若カルシチ) 
     季節は変わり、二人の眼下には赤や黄色の絨毯で敷き詰められている。
     風も強く、二人が歩く度に木の葉の中で踊っているようだ。
    「カルエゴくーん! 見て! 見て!」
    「どうした、シチロウ」
     バラムが「見て」とぴょんぴょん跳ねながらクルクルと回って渡してきたものは、一等大きな葉で琥珀色の落ち葉だった。
     バビルスではこの時期よく落ち葉が地面に散らばっていた。
     敷地は広大なので、紅葉樹も存在しているのだが、今の時期は色とりどりの紅葉が一際目を引く。
     そんな中で無邪気に踊り木の葉を集めて喜ぶバラムに、カルエゴは一人微笑んでいた。
    「ね、カルエゴくん。集めた葉っぱでお芋を焼こうよ。でね、それを加工してデザートにしたいから、手伝って欲しいな〜」
    「お前の好きにすればいい。で、俺は何をやればいいんだ?」

     ◇ ◇ ◇

     なんやかんやあり、葉を集め芋を焼き、ようやく『スイートポテト』というものを作ることに成功する。
     それまでの過程は煩雑であろうと予測していたが、お互い料理もできたからなのか、存外簡単に仕上がった。
     甘いものは苦手なカルエゴだったが、まあ、シチロウが喜ぶならばそれで構わないと考えているため、「気は済んだか」と口角を上げて優しそうな瞳をバラムに向けて見せる。
     腕を組み両足を大きく開いて仁王立ちする姿に反して、カルエゴのバラムに対する視線の配り方は慈愛に満ちていた。
    「うん! ありがとう、カルエゴくん。おかげで美味しそうなスイートポテトができたよ。カルエゴくんが材料にこだわって奮発してくれたおかげかな」
    「そんなことはないだろう。お前が作ったものは、みな上手い。俺が保証する」
    「ふふ、嬉しいなあ! これカルエゴくんの分だから、よかったら受け取ってくれるかな」
     バラムに言われて少しだけカルエゴは冷や汗を流す。カルエゴは甘いものが苦手なのだ。それをバラムも知っているはずなのだが、彼を傷つけるかもしれないと思うと言葉にできないである。
     そんなカルエゴの不審な様子を見ていたバラムは気がついたのか、慌てて言葉を投げ返す。
    「あ! これはね、ちゃんと甘くないものを作ったんだよ。だって、カルエゴくんは甘いもの苦手でしょう? だから、このスイートポテトはカルエゴくん専用!」
     は? 俺専用⁉︎
     つまり、手間暇かけたこのデザートは俺のために作っていたということか。
     可愛いが過ぎるぞ、シチロウ! さすが、俺の嫁!
    「もう! カルエゴくん。僕は嫁じゃあないよ。何言ってるの。心がダダ漏れだったよ。気をつけてほしいなあ。僕じゃなかったら、誤解されても仕方ないからね?」
     全く! と言いながら頬を膨らます仕草を見せるバラムがより愛おしく見えて、カルエゴは思わず手を伸ばして抱きしめそうになった。
     だが、すんでのところで耐える。
     自分たちは腐れ縁で、友人。唯一無二のかけがえのない存在。この関係を、今は崩すわけにはいかないのだ。
    「悪かった。気をつける」
     気を直してそう短く伝えると、バラムはにっこりと笑って、カルエゴの前にスイートポテトを差し出してくる。
    「はい、あーん」
     嬉しくてみじろいだが、ここで大袈裟にはしゃいでしまっては不審かと考えて、目の前に差し出された黄金色に輝くスイーツを口に含めたのだった。
    「じゃ、今度は僕の番! あーん」
    「っ!」
     マスクを外した状態で、可憐な口を大きく開いて待っているバラムを見て、カルエゴは動悸が止まらなかった。
     顔に流れる血がたぎり、今にも興奮して手が震えそうだったが、なんとか平静を装って、スイートポテトをバラムの口に優しく放り込む。
     もぐもぐと小さな口を動かして懸命に食べるバラムの様子に、カルエゴは手ずから食べてもらえたことが嬉しくて。思わず膝から崩れ落ちてしまった。
    「え! カ、カルエゴくん! どうしたの?」
     のほほんとのんびり食べていたバラムは意味がわからないといった表情で、心配そうにカルエゴの顔を覗き込む。
     そこには、普段よりも顔色の赤いカルエゴの顔があり、バラムはますます怪しんだ。
    「カルエゴくん、顔赤いよ? 具合でも悪い? でも、虚偽鈴ブザーが鳴らないから嘘はついてないんだよね……。ほんと、どうしちゃったんどろう。心配だなぁ」
     言えない! 口が裂けても、お前の「あーん」と言って俺の手から食べてくれたことに感動し、崩れて興奮したなどとは、絶対に口にはできない!
    「う、うまかった。シチロウは料理も上手いんだな」
     なんとか誤魔化しつつ、嘘のない範囲で受け答えをしていると、銀の髪を靡かせて、キラキラとした瞳を向けながら、小首を傾げて言葉を投げかけてくる。
    「ふふ、君もね。二人で作ると、その分もっと美味しく感じる。僕はそれが嬉しいなぁ。また一緒に作ろうね、カルエゴくん」
     そう言って満面の笑みを浮かべる俺の腐れ縁もとい思い悪魔ビト、そして唯一無二の存在であるシチロウは、今日も今日とて鈍い。
     カルエゴは一人「ははっ」と笑いをこぼすと、「お前の望み通りに」と言って、微笑み返すのであった。
    幸せの魔ーメン
     ※年齢差カルシチ(年下×年上) 其の一

    「俺はカップ魔ーメンを食べたことがないんだ。だから周囲の子ども悪魔たちにも揶揄われる。魔ーメンなんで、口にしたくもないのに!」
    「まあまあ、カルエゴくん。落ち着いて」
     
     バラムとカルエゴは休憩室にいた。
     ことの始まりは、カルエゴがクラスで他の子供たちに揶揄われたことが発端だったのだが、揶揄われてもギリギリまで我慢していたカルエゴがついに怒りが頂点になり、自分をいじめていた小物たちにケルベロスをけしかけたのだ。
     そこで話は終結したのだが、カルエゴはどうしても納得していなうようで。
     だから、信頼できるバラムのところへやってきたのだ。
     未だ頬をぷくっと可愛らしく膨らませて機嫌が悪い様子のカルエゴを見て、バラムは苦笑する。ここは僕が人肌脱ごうかな。
    「カルエゴくん、カップ魔ーメン食べたことがないって教えてくれたからちょうどよかった。僕、魔ーメン食べたことがないから、僕と一緒に食べてくれないかな? 僕、一人じゃ怖くって」
     というのは嘘なのだが。
     しかし、この場合は致し方ない。カルエゴを思う優しい嘘なのだ。
    「……そうなの?」
    「うん、そう! だから、僕と一緒に初めての体験、してみない?」
    「バラム先生がそういうならやりたい!」
    「ふふっ、嬉しいなぁ。じゃ、早速始めようか」

     ◇ ◇ ◇

     即席麺の袋を豪快に開けると、沸騰したお湯に流し込んでぐつぐつと煮込む。
     作っている間、横で見ていたカルエゴは不思議そうに見ているだけだ。
     煮込みが終わるとさっと湯を切って、麺を皿に乗せて、あらかじめ作ってあった特製スープを注ぎ込む。
     そして仕上げに魔界特産の野菜たちを美しく並べ、完成だ。
    「結構うまくできているんじゃないかな」
     野菜など三種が魔ーメンの上に綺麗に飾られており、良い匂いがする。それは年下のカルエゴも同じだったようで香りやみためで楽しそうだ。
    「ねえ、バラム先生。もう食べられる?」
    「あと少し、ね?」
     仕上げだよといって上にかけた物体のおかげなのか、麺の表面がつやつやと光って見える。
    「はい。これで完成でーす!」
    「もう食べていい?」
    「もちろん」
    「! いただきます!」
     横でカルエゴが上品に麺をすする中バラムも食べてみると、ちりちりの麺がうまい具合につゆと絡まって、濃厚な味わいが口の中に広がる。
     美味しいなあ、なんてのんびり考えていると、何やらカルエゴ少年が横でずっと一本の麺を眺めている。
    「即席ラーメンの麺がちりちりになっているのは、スープが絡まってより濃厚に味わえるからなんだよ」
    「そうなの?」
    「きみが食べたことないって言っていたから今回は何も載せてない素ラーメンにしてみたけど、これが気に入ってくれたのなら、次は具をたくさん入れて、一緒に食べてくれルト嬉しいなぁ」

     また口にしてみると、今度は先ほどと違い麺が柔らかくなっていてかみごたえがない。
    「これは時間の経過によって味の変化を楽しむものなの? それが、魔ーメン! 感動だ!」
    「違う違う! 時間がたってラーメンがのびてるだけだよ! ラーメンはできてからが勝負なの! すぐ食べなくちゃ、伸びちゃって食感とか、美味しくなくなっちゃうんだ」
     焦るバラムをよそに、カルエゴはさらなる発言を投下してくる。
    「でも、俺はバラム先生が作ったから美味しいし、先生が俺のために作ったこの魔ーメンは伸びてもうまいが?」
     意味が不可解だとばかりに小首をかしげる小さなカルエゴに、バラムはきゅんきゅんであった!
    「もう! カルエゴくんって、そういうところあるよね。大きくなってからそんなこと言ってたら、いつか女の子たちから刺されちゃうよ?」
    「それならもう刺されそうになった。もちろん撃退した」
    「あ、そうなんだ。えっとね、うーん、どう言えばわかりやすいかな。あんまり他の人に優しいそぶりを見せない方が良いよ、ってこと」
     カルエゴは、それはどういう意味だ? というような怪訝な顔を見せる。
    「俺はバラム先生にしか優しくしない。好きなんだから、当たり前だ!」
    「はは、カルエゴくんって冗談も言えるんだね。可愛い」
    「可愛いのは先生のほうだ! 大きくなったら絶対ここから連れ出すから! 攫いにくるから待っていてほしい!」
    「うん、気長に待ってるね」
     冗談として流してしまったが、本人は本気なようで。
     まぁ、いいか。僕だけが真相を知っていれば。僕はここを離れることは許されていないんだ。かわいい、かわいい、僕の小さな番犬。早く大人になって、僕を攫いにきてね。
    先生の願いは砕け散る運命 
     ※年齢差カルシチ 其の二

    「先生! 先生と同じになる方法を思いつきました!」
     子どもながらに考えて、ふと何かいい閃きを思いついたかのように、急いで庭から脚立を持ってくる。
     小柄な体で、髪の横はねをぴょこぴょこと弾ませながら、よいしょよいしょと掛け声を口に出しているのが微笑ましい。
     それにしても、一体何をしているんだろうと視線をカルエゴくんに移してみれば、何やら準備をしているようで。
    「よし! これで、先生と一緒!」
     一緒? にこにこと上機嫌な彼を見て、バラムはつられて微笑んだ。
     頬を赤らめて瞬きが多くなる小さな紳士を見てみれば、足元をくんと上げてぷるぷると震えている。
     胸を張り、背筋を伸ばすその姿を見て、バラムはようやく合点がいく。
    「ふふ、本当だね。僕と同じ高さだね〜!」
     そう笑顔で小さな彼に返事をしてみれば、アメジストの瞳がより一層見開いてキラキラと輝いて見えた。
    「これで先生に一歩近づいた!」
     ああ、なんて美しい。この瞳の持ち主は小さくて、純粋で気高い生き物なのだ。高貴な家柄で自分とは格が違う。
     存在が眩しくて、大きくなったら攫いにくると言ってはいるけれど、その頃にはきっと同じ年頃の、家柄も釣り合ったいいお嬢さんがきっと見つかるよ。
     僕に構う暇なんてないくらい、勉学に恋愛に大忙しだろうな。
     彼が僕を好いてくれるのは嬉しいけれど、その気持ちが恋慕ではなく師に対する敬愛のそれだと気づくまでは。
     それまでは、彼の成長を見守ることくらい許されるだろうか。
     願わくば、彼が僕ではなく他の女性に興味の意識が移りますように。
     健やかで穏やかに暮らせますように。
     僕には君は勿体無い。君さえ望めば素敵な相手は引くて数多だ。
     このまま、僕は身を引いて、君の幸せを見届けよう。
    先生には悪いが、俺が先生の運命だ 
     ※年齢差カルシチ 其の三

    「バラム先生。大人になりましたので、お約束通り、あなたを攫いに来ましたよ」
     両腕を組み不遜な態度をとる、かつての教え子にバラムはため息をついた。
     昔はあんなに可愛かったのに。
     しかも、律儀に昔の約束を覚えているなんて。どうしたものかと考えていると、再び名前を呼ばれるので、バラムは仕方なく席を外して二人きりで話そうかと別の場所に彼を誘導した。
    「カルエゴくん。それはキミの気のせい、気の迷い」
    「そんなことを言われて十年経ちましたが、どうやら先生の方がお間違えだったようで、この通り俺は正気ですね」
     ふう、とため息をつくと、バラムはわざとマスクを外して見せる。
    「僕のささやかな願いというか……君が穏やかに健やかに過ごせることを願っていたんだよ」
    「先生には悪いが、その願いは叶わない。なぜなら俺が打ち砕くから」
     そう言って、カルエゴくんがズカズカと音を立てて近づいて、当たらないギリギリのところで顔を近づけてくる。
    「! ちょっと、カルエゴくん。近い……」
     近いよ、離れて。けん制しようとしたのだけれど、慣れない距離で自分がなんだか落ち着かない。彼の規則的に呼吸する音すら聞こえてきて、胸が押しつぶされそうだ。
    「バラム先生」
     真っ直ぐなアメジストがゆらりと憂いを帯びながらも、その視線は熱を帯びており、バラムは視線を外すべきだとわかっているのに、なぜか外せないでいた。
     その瞳に魅入ってさえいた。
    「先生……許されるならば、あなたに触れたい。その美しい髪に、陶器のような頬に、その気高い生き抜いた証である唇に。どうか、俺を受け入れて、あなたに触れることを許してほしい」
     今にも泣きそうな、震える声で情熱的な言葉を吐くカルエゴに、バラムは口説き文句の一つも言えるようになったのだと、大きくなったんだなあと感心した。
     言われているのは自分なのに、この後に及んで他人事のように捉えてしまい、バラムは笑うしかなかった。
    「僕、あれからもう十年経ったし、年もとったよ。キミはあのとき可愛いって言ってくれたけど、今はただの悪魔だし、やっぱり年の差って大きいんじゃない?」
     どうにか逃げたくて、苦し紛れの言い訳を言ってみる。しかし、待ってましたと言わんばかりに懐から何やら取り出してきた。
    「これを見てください!」
    「?」
     見せられたものは、一枚の写真だった。
    「あれ。これって、僕?」
    「はい。十年前に一緒に撮った写真です。よく見てください」
     と言われても、別に特異な点は見当たらない。
     それとも自分が気づいていないだけだろうか。ブザーも反応がないので嘘をついている様子でもない。
     バラムがわかりかねていると、横から満面の笑みを浮かべて想定外の言葉を投げかけてきた。
    「先生は、十年前も可愛いです。だが、今の、まさに今この瞬間の方が十年前よリももっと可愛いですよ」
    「っ!」
     考えてもいなかった口説き文句が降りかかり、バラムは流石にうまくかわすことも出来ず、それどころかむしろ固まった。
     普通、こういう場合は今でも十分可愛いとか、以前と変わらない見た目だ、とかが定石のはずなのに。
    「自覚がないから危なっかしくて、いつも心配だった」
     そんなことまで言われてしまい、平静を装っているけれど、内心心臓がバクバクしていて、自分でもうるさい。
     どうしよう。こんなに嬉しい言葉を言ってくれるなんて。
     ますますカルエゴくんの将来が楽しみだ。こんな口説き文句を口にできるんだから、きっと未来の彼の妻も喜ぶだろう。
    「俺が先生以外を選ぶことはない。何度言えばわかるんですか」
    「あ」
     どうやら心の声が漏れていたようで、カルエゴくんの低い声が辺りに響く。確実に怒っている。
    「先生、さっきの俺の問いに対する答えはいただけないのですか」
    「えっと、ごめん。どれのことだっけ?」
     この後に及んでおどけて見せるバラムに痺れを切らしたのか、「失礼」とだけ発してバラムの腕を強引に引っ張った。そして、バラムの手の甲に自らの唇を押し付ける。
    「先生。もう観念しませんか。その顔、喜んでいるようにしか見えませんよ」
     緩み切った顔でこちらに優しい視線を投げてくるカルエゴくんを見て、自分の頬が熱くなるのを感じた。
     もう、ここまで我慢した。十分自分を騙し続けた。彼を諦める努力もした。
     もう、僕は頑張った。十分じゃないかな。
     お父さん、お母さん。僕は自分の気持ちに素直になってもいいのかな。
    「いいに決まっている!」
    「え? あ!」
     また声が出ていたと気づいた時には遅かった。目の前にアメジスト。潤んだ瞳に濡れたまつげ。美しい悪魔が目の前にいて、僕の顔を覗き込んでいる。
    「先生。俺たち、ようやく両思いですね」
    「えっと、でも、僕はキミの先生なわけだしもっとちが……あ!」
     腕を引かれて腰に手を回されて、体をガッチリ掴まれて。その気になればすぐに解けるのに、何故だか出来ないでいた。
    「往生際が悪いぞ、バラム先生」
    「……!」
     手を握られて、そのまま手の甲に唇を落とされて、横目でチラリとこちらを覗き込むカルエゴくんを見て、不覚にも心臓が高鳴った。
    「無言は受け入れるとみなす」
    「もう! カルエゴくんってば、勝手だなぁ」
     笑って見せると、カルエゴくんが思いっきり抱きついてきたので、自分も思いっきり腕を回して抱きついた。あの頃抱擁した時よりも、確実に大きく、逞しくなった彼の背中が嬉しくて、「ふふっ」と笑みが溢れると、カルエゴくんと再び視線が交わる。
    「バラム先生」
    「うん」
    「シチロウと呼んでも?」
    「うん、いいよ」
     こちらを見つめるカルエゴくんの視線が優しくて、嬉しい気持ちでいっぱいになる。
     教え子との禁断の愛。
     もちろん彼は成人したので、ギリギリ懲戒免職とはいかないだろうが、それでも問題は山積みだ。
     そんなことを考えていると、腰に回されていた腕の力が強まった。だから、僕は彼の首に自分の腕を回して彼の瞳を覗き込み、そのまま口付けを落とす。
    「僕がキミの運命なら、キミも僕から愛される覚悟をしておくことだね」
     赤面して微動だにしない、新しい恋人を見て可愛いなぁと感じながらぎゅうっと抱きしめたら、彼が唇を合わせてきたので素直にその身を委ねた。
     舌の侵入には驚いたけれど、大人になったんだから、これくらいは知っているよね、と感心しつつ。違和感や嫌悪感もなく、口腔内が蹂躙されてもそのまま彼の好きにさせていた。
     ようやく唇が離されると、僕の可愛い恋人が不敵な笑みを浮かべてこちらを見つめる。
    「シチロウには悪いが、俺がシチロウの運命だとでも思って、黙って俺から愛されてくれ。もう絶対に離さない」
     あ、しまった。これはちょっと早まったかな。
     垣間見える独占欲の強さは幼い頃との比ではなかったが、まあ、でもカルエゴくんだし、いっか。とバラムは思考放棄すると「僕の願いは砕け散ったなあ」なんておどけて見せるのであった。
    先生は僕の唯一、お前は俺の唯一 
     ※年齢差カルシチ(年上×年下)

     鬱々として煩雑な部屋。ぼんやりと浮かぶ橙の色。
     ジリジリと鳴るフィラメントの音が、静かな部屋で異質を極めていた。ここはカルエゴが生徒であるバラムのために用意した一室である。
    「シチロウ」
     カルエゴは本に夢中になっている主に声をかけてみるが、反応はない。
     今一度、鋼鉄のマスクをかけている銀の髪の彼に声をかけてみるが、またしても返事はない。
     勿論、こんなことは日常茶飯事でありなんてことはないので、カルエゴも気に留めることもなく、そのまま次の反応を待つ。
    「シチロウ」
     今度は先ほどよりも穏やかな声色で声をかけてみたカルエゴだが、再び相手の名を呼んではみたものの、やはりカルエゴの声に反応はない。
     当の本人は鋼鉄製のマスクに手を添えては、時々唸り手元の分厚い文献に睨みを効かせている。
     それだけ文献に夢中になっている可愛い生徒に対して、わざわざ横入りしてでも留めるほど意地悪なカルエゴではなく。
    「今日は諦めて、日を改めるか」
     お互い生徒と教諭である身だ。このバビルスにいる限り、時間さえ合えばまた逢瀬もできる。
    「先生、何を諦めるの」
    「は?」
    「だから、先生がさっき諦めるって言ってたから。一体何を諦めるのかなあと思って」
     どうやら熱心に文献に目を通してはいたが、耳には入っていたようで。
     目の前に立つ、自分よりも二回りほど小さい小鳥のような、愛らしい姿で小首を傾げる仕草が目について。
     つい、その華奢な体を抱きしめてしまった。
     途端に押し除けられるカルエゴは、やはり早急だったのだろうかと反省したのだが、当の小鳥に視線を移すと、その耳は赤く染まり、まぶたの縁には心なしかうっすらと涙が見える。
    「……嫌だったか、シチロウ」
    「っ、嫌じゃない!」
    「ではなぜそんなに素振りを見せる」
     拒絶されたのは俺なのだ。嫌ではないと言いながら、泣くだなんて……それはつまり、そうだってことだろう。
    「僕はただ、この本を読み終わるまでは待ってて欲しいって言ったんだよ。それなのに」
    「……すまなかった」
    「っ、謝らないで。そうじゃないんだよ、先生。僕は……僕は、ただ……」
     言葉に積もる白銀の小鳥が愛おしく見えて、今でも震える肩をこの手で抱きしめたい情動に駆られるが、先ほどの二の舞は決してすまいと拳を固く握りしめる。
     彼を傷つけたくない。年甲斐にもなく惚れてしまった可愛い生徒だ。
     嫌われるくらいなら、いっそ諦めた方が大人としてはいいのだろう。
     ひとりでもうこの恋を諦めようと一方的に区切りをつけて、「悪かった。もうお前には近づかない」とだけ、せめて彼が怖がらないでこれからの学校生活が送れるようにと、震える声を抑えながら決死の思いで声を絞り出して別れを告げた。
     先生と生徒ではあったが、こちらが勘違いしそうな距離感で懐いてくる優秀で好奇心旺盛で、教えがいのある生徒で、こちらも夢中になって昼夜を問わず指導した。
     きっと、それがいけなかったんだ。思い返してみれば、生徒に対して、白銀の髪が美しいと思ってしまったことすらもうその兆候だったのだ。
     彼が自分にとって【特別】であると。
     生徒を好きになってしまった嫌悪感や罪悪感で荒み、己をも嫌悪したが、日に日に思いは募るだけで。
     彼を見る度に冷たい容姿とは裏腹に、燃えるような焔が己の内に燃え上がることを自覚した。でも、もうこれは終わらせる。
    「俺は出て行く。もうここを訪ねることはないから安心しろ」
     蹄を返し、扉に手をかけて立ち去ろうとするカルエゴを見て、バラムは勢いよく後ろから抱きつく。
    「は?」
    「待ってって言ったでしょ! 先生ったら、気が短いんだから」
    「‼︎」
     気が短いと言いながらぎゅうぎゅうと抱きついてくるバラムに驚きを隠せないカルエゴだったが、さらに驚いたのは、言葉を放った後の行動である。
    「先生、僕のことが好きでしょ」
     鉄鋼のマスク越しに、カルエゴの額にリップ音が響いた。
    「ふふ、先生。僕のことが好きだったら大人になるまで待っててくれる?」
    「っ! い、いつから気づいていたんだ?」
    「それは内緒〜」
     この小悪魔は!
    「ねえ、先生。僕、先生のこと、好きだよ」
     驚いて未だ床にいるカルエゴの上に、バラムが馬乗りにまたがり、腕を首の後ろに回してくる。そんなバラムを見て、カルエゴは思わず息を呑む。
     普段は天真爛漫で純粋そうな彼が、なぜかこの時は極上の色香を備えたような大人の顔に見えたからだ。
     二人しかいない空間で、カルエゴの喉の鳴る音が辺りに響く。
    「……」
    「だから、大人になったら先生を迎えにくるね! 勿論僕がお嫁さんだけど!」
    「……それまでお前が俺を好きだったらな」
    「約束ね、カルエゴ先生」
     いつもの天真爛漫なバラムの表情に戻り、白銀の髪がサラサラと流れている。こうして二人は約束は交わした。
     いつか、バラムが大人になったら目の前の美しい白銀の天使は己の翼で自分の元を去って行くだろう。
     だから、それまでは丁寧に、大切に育てて他の誰かに愛され大事にされるよう教育して彼を守ろう。俺の生徒。俺の白銀の女神。彼を泣かせる奴は誰であろうとも許さない。
     お前は俺の唯一なのだから。
     
    バックヤードの秘め事(R15)
    「……、っ、カルエゴく……っ」
     ここはカフェのバックヤードで、バラムは現在カルエゴから壁側まで追い詰められ、両腕を押さえられて思いっきり唇を貪られている。
     口腔内を執拗に蹂躙され、舌を吸われ、これでもかと歯列の裏側まで舌でなぞられ、角度を変える度に飲み込みきれない唾液が顎を伝う。
    「う、んん」
     ようやく唇を離されたと思ったら、今度は脇腹をなぞられ体が過剰に反応して、バラムは思わず飛び跳ねてしまう。
     それを見たカルエゴは想定していた通りと言わんばかりの顔をみせ、バラムの反応を見てくつくつと笑っていた。
     そして、「まだ足りない」と短く言い放つと、そのままバラムの首筋に舌を這わせてくる。
    「ふぅ、あっ! カルエゴくんってば! キスマークはつけないでって言ったのに」
    「でも、俺の痕を残されるのは好きだろう?」
    「そ、それは否定しないけど、今はほら、仕事中だからダメなんだってば」
     今は限定コラボのカフェの開催中で、いくら休憩中は自由にできるとは言っても、はっきり言ってやりすぎである。
    「だが休憩時間だろう?」
    「そう言うことじゃないんだよね〜。カルエゴくん、普段は跡なんてつけないくせにこんな時だけ……」
     今日の格好はハロウィン仕様ということで、バラムはフランケンシュタインに扮していた。普段とは異なる格好でハーフアップにお団子頭の髪型がまずかったのか、彼のいけないこころに火を着けてしまったようで。
     バラムが不満を漏らしながらカルエゴの方に目をやると、腰を抱かれてさらに距離を詰められ、再び唇を重ねてくる。
     しょうがないなとそのまま口づけを受け入れていると、カルエゴの手がバラムのズボンの中にするりと滑って弄ってきた。
    「カルエゴくん!」
    「嫌か? 嫌ならやめる」
     やめる。そう言った割には手の動きは相変わらずいやらしく、カルエゴの細くゴツゴツとした指がバラムの下半身を這うことをやめない。
     制止しようと考えたが、ふとカルエゴを見るといつの間にか尻尾が生えていて。
     それをフサフサと左右に動かしている。否、もしかしたら本人は自覚無く尻尾を出してしまったのかもしれない。
    (え! カルエゴくん、しっぽがででる! か、かわいい〜!)
     滅多に見られない光景に、カルエゴの尻尾を触りたくてウズウズしたバラムだったが、その望みは叶えられなかった。
    「ひあっ!」
     冷たいものが後ろに伝い、思わず声が上擦ってしまう。
    「カルエゴくん! 待って、ここじゃちょっと……」
    「問題ない。大丈夫だ」
    「問題あるし、全然大丈夫じゃない!」
     バックヤードでコトに及ぶなんて思ってもいなかったバラムは、どうしてこうなったんだろうと思考を巡らせる。
     今日はお手伝いとしてフランケンシュタインに扮したウエイターの格好をして、あくまでも業務をこなしていただけなのに。
    「ああっ、カルエゴくん、ほんとに待って……服、汚れるのやだ」
     そう言って見せると、カルエゴが「ふっ」と声を声を漏らす。
     見てみると、目元は優しく表情も穏やかだ。だが、隠れきれえていない美しくフサフサとした尻尾は嬉しそうに揺れている。
    「〝服が汚れる〟ことが嫌なのであって、俺とこうすることが嫌なわけじゃあないんだな?」
    「う、そ、それは……」
    「それは?」
     ニヤニヤと視線をよこすカルエゴに「わかってるくせに! カルエゴくんってそういうとこがあるよね」とつい言い返してしまう。
     だが、カルエゴはさらに目元を緩ませて上機嫌になり、「お前も、そういうところだぞ」とだけ言葉を告げて、バラムの額や顔にキスの雨を降らす。
     バラムはくすぐったくて少しだけ顔を歪ませるものの、大事にされているのが嬉しくて、カルエゴの愛を受け入れていた。
    「でも、やっぱりここでは最後までできないかな」
    「……」
    「ね? だから、僕の研究室に帰ってからか、きみの部屋で続きをしようよ」
     バラムは小首を傾げてうんと可愛らしく見せる。
     この仕草がカルエゴにとって効果的だと自覚しているバラムは、自分の最大限の可愛さを武器におねだりをする。
     バラムとしては、どうしてこんな仕草が彼の心を動かすかは理解できないでいた。
     だが、この動作をすると、カルエゴはいつも一瞬強張り、いつも折れてくれるのだ。
     そして、今日もバラムは思惑通り勝利する。
    「わかった。帰ってからにする」
    「ふふ、ありがとう。カルエゴくん」
     少しだけむくれてみせるカルエゴが可愛らしく見えて、バラムはカルエゴの額に口づけすると、ぎゅうぎゅうと抱きしめて耳元で囁いた。
    「僕も我慢できそうにないから、早くノルマを達成させて一緒に帰ろう」
    「‼︎ もちろんだ」
     紫色の瞳をキラキラさせて素直に喜ぶカルエゴが眩しくて、自分の下心が彼にバレませんようにと心のうちで祈りながら、カルエゴの腕を受け入れて、そのまましばらく抱き締め合って過ごすのであった。
    (カルエゴくんが僕の心の奥まで見られる悪魔で無くてよかった。ただでさえ顔も醜いのに、心まで醜いときっと嫌われてしまうだろうから……)
     カルエゴから向けられる笑顔も、彼の声も、思考も、僕に染まって僕のことだけ考えていたらいい。
     でも、そんなことは叶わないから。
     だから二人きりでいる今だけは、彼の心は僕のものなんだ。
     この仄暗い感情は、死が二人を別つその時まで、心の奥底に沈めておこう。
    「カルエゴくん、愛してる」
    「俺も愛しているぞ、シチロウ」
     
    end
    他のお話や全文は紙版に収録しています。
    みそ子 Link Message Mute
    2024/02/03 21:36:24

    星空の下の物語

    カルシチ短編集。if人間界、女装、年齢差あり。 #二次創作小説 #二次創作 #魔入間 #ナベリウス・カルエゴ #BL #バラム・シチロウ

    more...
    Love ステキと思ったらハートを送ろう!ログイン不要です。ログインするとハートをカスタマイズできます。
    200 reply
    転載
    NG
    クレジット非表示
    NG
    商用利用
    NG
    改変
    NG
    ライセンス改変
    NG
    保存閲覧
    NG
    URLの共有
    OK
    模写・トレース
    NG
    • 僕と君の物語Xでの大人の絵本企画の総集編です。本編は18禁のため、その箇所は省いて展示します。
      絵本や寓話をモチーフとした、年齢差など捏造も含みます。
      #二次創作小説 #魔入間 #二次創作 #ナベリウス・カルエゴ #BL #バラム・シチロウ
      みそ子
    • ダブルシュガー #二次創作小説 #二次創作 #魔入間 #オペラ #カルオペ #ナベリウス・カルエゴ #なべひらみそ子
    • ハッピーエンドロール #魔入間 #オペラ #二次創作 #二次創作小説 #カルオペ #ナベリウス・カルエゴ #なべひらみそ子
    • 真心と愛情真心を君に、愛情を先輩に
       
      「平尾先輩」
       啓護は平尾を呼び止める。ここは啓護の部屋だ。二人は多忙な時間をすり合わせて束の間の逢瀬を堪能していた。お互い仕事優先であり、なかなか会えなかったのだ。
       この逢瀬でも会うやいなや、挨拶なんていらないとばかりに顔を引き寄せられ荒々しく唇を喰み合い、服を脱ぐことさえ惜しらしく、お互い吐息を溢し口づけを交わしながら、服も剥ぎ取ってベッドへ向かう。
      「はぁ、啓護くん。もう、待てない」
       激しく啄むような口づけを交わしながらそう話す、珍しく余裕のない先輩に、啓護は思わず喉がゴクリと鳴らす。息を切らして上目遣いをこちらに向けてきて、待てないとは。可愛らしいところもあるものだな。そう感心しているうちに、啓護のシャツは平尾に脱がされ剥ぎ取られた。
       思わす身震いをした啓護だったが、自分ではなく平尾がこういうコトに積極的なのは珍しい。
      「待ってください」
      「は?」
      「あー、えっとですね。今、スキンを切らしているのでやりたくてもできないんですよ」
       そういうや、平尾は明らかに不機嫌になりそんな態度も隠さない。避妊具はセックスに置いて必需品だ。これは俺を守る役目、というよりも平尾先輩を守る役目が大きい。万が一を考えての最優先事項なのだ。
      「……わかりました。仕方ありません。今夜は我慢します」
       子供のようにわかりやすく不貞腐れる平尾を見て、啓護は愛おしさが込み上げる。仕事の時は無愛想で完璧主義で完全無欠の秘書が、自分の前ではあどけない仕草を見せるのだ。
       疑問に思って前に一度尋ねたことがある。なぜ、俺の前では幼くなるんでしょうねぇと嫌味も含めて。しかし、返ってきた答えは意外な、否、想定外のものだった。
      「君のこと、信頼していますから。それに、私は真心を君にあげたいんです」
       今思い出しても鮮明に思い出されて目頭が熱くなる。嬉しくなった俺はそのあと、平尾先輩に対して自分が持てる精一杯の言葉を返したものだ。
      「啓護くん?」
      「あ、はい。すみません。考え事をしていました」
      「またですか。相変わらずですね、啓吾くんは。私、もう帰りますね」
       そう言って平尾は玄関や寝室の脱ぎ散らかした自分の衣服をかき集めて、それを着用しようとしている。
      「待って、待ってください、先輩」
       呼び止めると平尾はため息をついてこちらに顔を向ける。
      「だって、今夜はもうしないんでしょう。ここにいる意味がない」
      「別に、体を繋げるだけがセックスではないですよ。というか、セックスしなくったって、あんたと一緒にいたい。それだけじゃだめですか?」
       平尾の手を握りしめて真剣に話す啓護をよそに、平尾はいたずらっ子な顔を見せて舌をちろりと出すと、「私、欲張りなので両方欲しいです。君とセックスしたいし、一緒にいたい。他愛もない会話で笑い合いたい。ただ手を握って夜の眠りにつきたい」
      「ははっ。じゃあ、それ全部やりましょうよ。」
      「でも、さっき避妊具は切らしているって」
      「セックスは、挿入だけがセックスではないので」
       不敵な笑みを浮かべて平尾に話す啓護だったが、平尾はイマイチ理解していないようで小首を傾げて見せる。その仕草が啓護にクリーンヒットしたらしく、そのまま平尾に思いっきり抱きつくと「しきり直しです。挿入はしなくても、あなたをきっと満足させてみせますよ。先輩」
       啓護の言葉を聞いた平尾はイマイチ意味がわからないでいたが、ふふっと笑うと着衣が乱れたまま啓護の首に腕を回すのであった。
      「楽しみにしていますよ、私の可愛い啓護くん」
        #魔入間 #オペラ #二次創作 #二次創作小説 #カルオペ #ナベリウス・カルエゴ
      真心を君に、愛情を先輩に
       
      「平尾先輩」
       啓護は平尾を呼び止める。ここは啓護の部屋だ。二人は多忙な時間をすり合わせて束の間の逢瀬を堪能していた。お互い仕事優先であり、なかなか会えなかったのだ。
       この逢瀬でも会うやいなや、挨拶なんていらないとばかりに顔を引き寄せられ荒々しく唇を喰み合い、服を脱ぐことさえ惜しらしく、お互い吐息を溢し口づけを交わしながら、服も剥ぎ取ってベッドへ向かう。
      「はぁ、啓護くん。もう、待てない」
       激しく啄むような口づけを交わしながらそう話す、珍しく余裕のない先輩に、啓護は思わず喉がゴクリと鳴らす。息を切らして上目遣いをこちらに向けてきて、待てないとは。可愛らしいところもあるものだな。そう感心しているうちに、啓護のシャツは平尾に脱がされ剥ぎ取られた。
       思わす身震いをした啓護だったが、自分ではなく平尾がこういうコトに積極的なのは珍しい。
      「待ってください」
      「は?」
      「あー、えっとですね。今、スキンを切らしているのでやりたくてもできないんですよ」
       そういうや、平尾は明らかに不機嫌になりそんな態度も隠さない。避妊具はセックスに置いて必需品だ。これは俺を守る役目、というよりも平尾先輩を守る役目が大きい。万が一を考えての最優先事項なのだ。
      「……わかりました。仕方ありません。今夜は我慢します」
       子供のようにわかりやすく不貞腐れる平尾を見て、啓護は愛おしさが込み上げる。仕事の時は無愛想で完璧主義で完全無欠の秘書が、自分の前ではあどけない仕草を見せるのだ。
       疑問に思って前に一度尋ねたことがある。なぜ、俺の前では幼くなるんでしょうねぇと嫌味も含めて。しかし、返ってきた答えは意外な、否、想定外のものだった。
      「君のこと、信頼していますから。それに、私は真心を君にあげたいんです」
       今思い出しても鮮明に思い出されて目頭が熱くなる。嬉しくなった俺はそのあと、平尾先輩に対して自分が持てる精一杯の言葉を返したものだ。
      「啓護くん?」
      「あ、はい。すみません。考え事をしていました」
      「またですか。相変わらずですね、啓吾くんは。私、もう帰りますね」
       そう言って平尾は玄関や寝室の脱ぎ散らかした自分の衣服をかき集めて、それを着用しようとしている。
      「待って、待ってください、先輩」
       呼び止めると平尾はため息をついてこちらに顔を向ける。
      「だって、今夜はもうしないんでしょう。ここにいる意味がない」
      「別に、体を繋げるだけがセックスではないですよ。というか、セックスしなくったって、あんたと一緒にいたい。それだけじゃだめですか?」
       平尾の手を握りしめて真剣に話す啓護をよそに、平尾はいたずらっ子な顔を見せて舌をちろりと出すと、「私、欲張りなので両方欲しいです。君とセックスしたいし、一緒にいたい。他愛もない会話で笑い合いたい。ただ手を握って夜の眠りにつきたい」
      「ははっ。じゃあ、それ全部やりましょうよ。」
      「でも、さっき避妊具は切らしているって」
      「セックスは、挿入だけがセックスではないので」
       不敵な笑みを浮かべて平尾に話す啓護だったが、平尾はイマイチ理解していないようで小首を傾げて見せる。その仕草が啓護にクリーンヒットしたらしく、そのまま平尾に思いっきり抱きつくと「しきり直しです。挿入はしなくても、あなたをきっと満足させてみせますよ。先輩」
       啓護の言葉を聞いた平尾はイマイチ意味がわからないでいたが、ふふっと笑うと着衣が乱れたまま啓護の首に腕を回すのであった。
      「楽しみにしていますよ、私の可愛い啓護くん」
        #魔入間 #オペラ #二次創作 #二次創作小説 #カルオペ #ナベリウス・カルエゴ
      みそ子
    • スモーキング・アンド・ラブここはとあるマンションの一室。
       煙草をふかしている主が再度息を吐くと、出された煙が部屋の中に充満する。
       この場所は鍋島啓護のマンションの一室でるため、煙草を吸っているのは他ならぬ啓護である。
       今日は平尾は訪れてるため、遠慮してキッチンの換気扇の下で吸っているのだが、黒革のソファに座っている平尾は嫌そうな顔をしている。
       それでも啓護は気にした様子もなく、くつろいで煙草をふかしていた。
       匂いに敏感で煙草の匂いもそれの類なのだそうで、苦手という平尾のためにタバコの臭いが充満しないよう配慮したつもりだが、換気扇でも緩和することはできなかったらしい。
       そんな啓護に平尾はため息をつくと、黙って手を差し出す。「これ、よかったら」と短く伝えると、手に持っていた袋を啓護へと差し出した。
       袋を広げて確認してみると、中に入っていたのは大量のコーヒー豆と瓶に入っているミルクだ。
       それをみて啓護は苦笑する。あの後、結局のこうした方がお互いのためだということで、このマンションの合鍵を渡していたのだが、上手く活用したようだ。
      「せっかくコーヒー豆を頂いたので、淹れてあげましょうか?」
       という問いに、平尾は首を振った。そして、そのかわりにといって渡されたものがあと一つ。どうぞと言って渡されたが、中身に見当がつかない。
      「甘いものは苦手でしたよね。なので、こちらも持ってきました」
       渡された物はチョコレートだった。
       煙草を嗜む啓護にとって甘味の嗜好品などというものはあまり縁がないものだった。
       しかし、先輩が自分のために選んだと言っていたので、たまにはこういうものもいいだろうと思って受け取った。
       平尾先輩曰く、こちらはビターチョコなのだそうだ。一口だけ口に含めてみると、確かにあまり甘くないタイプの類ではあるが、やはり自分には甘くないコーヒーやカフェオレの方が性にあっているのだなと再確認させられるだけだった。
       それでも、せっかくもらったものを無下にするわけにもいかず、何より悪い気もするので一応全て飲んでみることにする。
       それにしても、わざわざ自分の好みを覚えていてくれて、それに合わせてくれたというのは嬉しいものだ。
       そう思いながら、コーヒーを飲む。
       うん、やっぱり自分はこちらの方のほうが口に合っている。
       そして一通り飲み終えたところで、ようやく本題に入ることにした。まず最初に言っておかなければならないことがある。それは今回の件についてだ。そもそもこれは自分ひとりの問題であり、他人を巻き込むべき問題ではない。だから、この件に関しては礼を言うつもりはなかった。
       むしろ巻き込んでしまったことを謝ろうと思っていたくらいなのだから。だが、いざ口に出そうとするとなかなか言葉が出てこなかった。そんな自分が情けなく思えてきて、ますます焦りだけが募っていく。
       そんな時、ふいに声をかけられた。
      「――ありがとうございました」
       いきなりお礼を言われて戸惑ってしまう。一体なんのことだろうか? 確かに色々と世話になってしまったことは事実だし、こうして助けてもらったこともそうだ。だが、それだけなら別に礼をいう必要はないはずだ。それに今のお礼の意味もよくわからない。
      「……何の話ですか?」
       だから素直に疑問をぶつけることにした。それに対して、平尾は笑顔を浮かべるだけで何も答えようとしない。それが余計に不安を感じさせる。そして平尾の手がゆっくりと伸びてきたと思うと、頬に触れられる。少しひんやりとした感触が伝わってくる。そこから伝わる温もりはとても
      「私はあなたに助けられたのです」
       先輩が再び口を開く。そこで初めて気づくことができた。さっきの言葉は自分に言われたものではなく、平尾に向けられたものだったということに。つまりあれは自分の心の声が聞こえてしまったということなのか。
      「だから私からも言わせてください。本当にありがとうございます」
      「それとすみませんでした」
       啓護は思わず目を丸くしてしまう。何故先輩が謝罪する必要があるのか理解できなかったからだ。むしろ迷惑をかけてしまったのはこちらだというのに。
       しかし、その疑問はすぐに解けることになった。
      「本当はもっと早くにこうしなければならなかったんです……でも、どうしても怖くて出来なかった」
       その一言で全てを察することができた。
       おそらく先輩自身の過去のことを指しているのだと。
       そういえば以前、こんなことがあった。あの時は確か屋上でのことだ。あのときも同じように手を伸ばしてくれていた。その時、自分はどうして先輩に触れられることをあんなにも恐れてしまっていたのだろう。それはただ単に恥ずかしかったからというだけではなかったような気がする。もしそうなら、今も怖いだなんて思うはずがない。
       それは多分、この人があまりにも優しく触れてくれるせいだったんだろう。まるで壊れ物を扱うかのように丁寧に扱ってくれているのがわかる。だからこそ、なおさら自分の汚さが際立ってくるようで辛く感じてしまうのだ。
       そんなことを考えながら、目の前にある顔を見つめ返す。そこにはいつもと同じ優しい笑みがあった。その表情を見て安心したのか、自然と体が動いていく。
       そのまま平尾の抱きつくようにして身を預けると、平尾もまた察したようですぐに頭を撫でてくれた。その心地よさに身を委ねるように目を閉じる。
       (ああ、ようやく理解できた。俺は……これが欲しかったのだ)
       俺は先輩に抱きしめてもらいたかったのだ。
       ずっと寂しくて仕方がなかったのだ。
       それを自覚した途端、涙が流れ出してきた。
       一度溢れ出た感情は止まることはない。
       次から次に押し寄せてくる波に流されないように必死に耐えようとするけれど、とても耐えられそうにはない。
       今はただ泣きじゃくるしかなかった。そんな自分を包み込むように先輩は強く抱きしめていくれる。その優しさに甘えるように啓護は声を上げて泣いた。
       そしてどれくらい時間が経った頃だろうか。ようやく落ち着きを取り戻した啓護は顔を上 げた。まだ目は赤く腫れぼったくなっているだろうし、鼻水も垂れてしまっている。そして酷いことになっているであろうその顔面をじっと見つめられてしまい、どうにも落ち着かない気分になってしまう。
       しかし、平尾は特に気にした様子もなく微笑んでいる。
       それがなんだか悔しくなって、仕返ししてやろうとおもい、至近距離まで近づいて耳元で囁いてみる。
      「あんたも泣いたっていいんですよ」
       驚いた顔を見せてくれると思ったのだが、逆に嬉しそうな笑みを浮かべられてしまう始末。どうにも敵わないなと思いながらも、啓護は満足げな笑みを返した。

       啓護は自宅のリビングで一人寛いでいる。ソファに深く腰掛けて天井を見ながら、ぼんやりと煙草の煙を吹き上げる。それでも、以前のような虚しさは込み上げてこない。それは間違いなく平尾のおかげである。愛しい人からの力は絶大だ。これからも、鍋島啓護は煙草を吸うたびに平尾から救われたことを思い出すだろう。 #魔入間 #二次創作 #二次創作小説 #カルオペ #オペラ #ナベリウス・カルエゴ
      ここはとあるマンションの一室。
       煙草をふかしている主が再度息を吐くと、出された煙が部屋の中に充満する。
       この場所は鍋島啓護のマンションの一室でるため、煙草を吸っているのは他ならぬ啓護である。
       今日は平尾は訪れてるため、遠慮してキッチンの換気扇の下で吸っているのだが、黒革のソファに座っている平尾は嫌そうな顔をしている。
       それでも啓護は気にした様子もなく、くつろいで煙草をふかしていた。
       匂いに敏感で煙草の匂いもそれの類なのだそうで、苦手という平尾のためにタバコの臭いが充満しないよう配慮したつもりだが、換気扇でも緩和することはできなかったらしい。
       そんな啓護に平尾はため息をつくと、黙って手を差し出す。「これ、よかったら」と短く伝えると、手に持っていた袋を啓護へと差し出した。
       袋を広げて確認してみると、中に入っていたのは大量のコーヒー豆と瓶に入っているミルクだ。
       それをみて啓護は苦笑する。あの後、結局のこうした方がお互いのためだということで、このマンションの合鍵を渡していたのだが、上手く活用したようだ。
      「せっかくコーヒー豆を頂いたので、淹れてあげましょうか?」
       という問いに、平尾は首を振った。そして、そのかわりにといって渡されたものがあと一つ。どうぞと言って渡されたが、中身に見当がつかない。
      「甘いものは苦手でしたよね。なので、こちらも持ってきました」
       渡された物はチョコレートだった。
       煙草を嗜む啓護にとって甘味の嗜好品などというものはあまり縁がないものだった。
       しかし、先輩が自分のために選んだと言っていたので、たまにはこういうものもいいだろうと思って受け取った。
       平尾先輩曰く、こちらはビターチョコなのだそうだ。一口だけ口に含めてみると、確かにあまり甘くないタイプの類ではあるが、やはり自分には甘くないコーヒーやカフェオレの方が性にあっているのだなと再確認させられるだけだった。
       それでも、せっかくもらったものを無下にするわけにもいかず、何より悪い気もするので一応全て飲んでみることにする。
       それにしても、わざわざ自分の好みを覚えていてくれて、それに合わせてくれたというのは嬉しいものだ。
       そう思いながら、コーヒーを飲む。
       うん、やっぱり自分はこちらの方のほうが口に合っている。
       そして一通り飲み終えたところで、ようやく本題に入ることにした。まず最初に言っておかなければならないことがある。それは今回の件についてだ。そもそもこれは自分ひとりの問題であり、他人を巻き込むべき問題ではない。だから、この件に関しては礼を言うつもりはなかった。
       むしろ巻き込んでしまったことを謝ろうと思っていたくらいなのだから。だが、いざ口に出そうとするとなかなか言葉が出てこなかった。そんな自分が情けなく思えてきて、ますます焦りだけが募っていく。
       そんな時、ふいに声をかけられた。
      「――ありがとうございました」
       いきなりお礼を言われて戸惑ってしまう。一体なんのことだろうか? 確かに色々と世話になってしまったことは事実だし、こうして助けてもらったこともそうだ。だが、それだけなら別に礼をいう必要はないはずだ。それに今のお礼の意味もよくわからない。
      「……何の話ですか?」
       だから素直に疑問をぶつけることにした。それに対して、平尾は笑顔を浮かべるだけで何も答えようとしない。それが余計に不安を感じさせる。そして平尾の手がゆっくりと伸びてきたと思うと、頬に触れられる。少しひんやりとした感触が伝わってくる。そこから伝わる温もりはとても
      「私はあなたに助けられたのです」
       先輩が再び口を開く。そこで初めて気づくことができた。さっきの言葉は自分に言われたものではなく、平尾に向けられたものだったということに。つまりあれは自分の心の声が聞こえてしまったということなのか。
      「だから私からも言わせてください。本当にありがとうございます」
      「それとすみませんでした」
       啓護は思わず目を丸くしてしまう。何故先輩が謝罪する必要があるのか理解できなかったからだ。むしろ迷惑をかけてしまったのはこちらだというのに。
       しかし、その疑問はすぐに解けることになった。
      「本当はもっと早くにこうしなければならなかったんです……でも、どうしても怖くて出来なかった」
       その一言で全てを察することができた。
       おそらく先輩自身の過去のことを指しているのだと。
       そういえば以前、こんなことがあった。あの時は確か屋上でのことだ。あのときも同じように手を伸ばしてくれていた。その時、自分はどうして先輩に触れられることをあんなにも恐れてしまっていたのだろう。それはただ単に恥ずかしかったからというだけではなかったような気がする。もしそうなら、今も怖いだなんて思うはずがない。
       それは多分、この人があまりにも優しく触れてくれるせいだったんだろう。まるで壊れ物を扱うかのように丁寧に扱ってくれているのがわかる。だからこそ、なおさら自分の汚さが際立ってくるようで辛く感じてしまうのだ。
       そんなことを考えながら、目の前にある顔を見つめ返す。そこにはいつもと同じ優しい笑みがあった。その表情を見て安心したのか、自然と体が動いていく。
       そのまま平尾の抱きつくようにして身を預けると、平尾もまた察したようですぐに頭を撫でてくれた。その心地よさに身を委ねるように目を閉じる。
       (ああ、ようやく理解できた。俺は……これが欲しかったのだ)
       俺は先輩に抱きしめてもらいたかったのだ。
       ずっと寂しくて仕方がなかったのだ。
       それを自覚した途端、涙が流れ出してきた。
       一度溢れ出た感情は止まることはない。
       次から次に押し寄せてくる波に流されないように必死に耐えようとするけれど、とても耐えられそうにはない。
       今はただ泣きじゃくるしかなかった。そんな自分を包み込むように先輩は強く抱きしめていくれる。その優しさに甘えるように啓護は声を上げて泣いた。
       そしてどれくらい時間が経った頃だろうか。ようやく落ち着きを取り戻した啓護は顔を上 げた。まだ目は赤く腫れぼったくなっているだろうし、鼻水も垂れてしまっている。そして酷いことになっているであろうその顔面をじっと見つめられてしまい、どうにも落ち着かない気分になってしまう。
       しかし、平尾は特に気にした様子もなく微笑んでいる。
       それがなんだか悔しくなって、仕返ししてやろうとおもい、至近距離まで近づいて耳元で囁いてみる。
      「あんたも泣いたっていいんですよ」
       驚いた顔を見せてくれると思ったのだが、逆に嬉しそうな笑みを浮かべられてしまう始末。どうにも敵わないなと思いながらも、啓護は満足げな笑みを返した。

       啓護は自宅のリビングで一人寛いでいる。ソファに深く腰掛けて天井を見ながら、ぼんやりと煙草の煙を吹き上げる。それでも、以前のような虚しさは込み上げてこない。それは間違いなく平尾のおかげである。愛しい人からの力は絶大だ。これからも、鍋島啓護は煙草を吸うたびに平尾から救われたことを思い出すだろう。 #魔入間 #二次創作 #二次創作小説 #カルオペ #オペラ #ナベリウス・カルエゴ
      みそ子
    • ベルベット・ラプンツェル #二次創作 #二次創作小説 #魔入間 #カルオペ #オペラ #ナベリウス・カルエゴみそ子
    • アナスタシオスの憂鬱オペラさんは性別不詳です。 #二次創作 #二次創作小説 #魔入間 #オペラ #ナベリウス・カルエゴ #カルオペみそ子
    CONNECT この作品とコネクトしている作品