花一箋紅傘
拝啓
先日のお便りのあと
入梅し
雨模様の空が続いています。そちらはあまり雨が降らない気候と伺っていますが、いかがですか。
雨が降ると思い出します。
覚えていらっしゃるでしょうか。私がこちらに上がったばかりの頃です。うっかり傘を忘れていった日、バス停から降り出した雨に鞄をかざして歩いていたら、あなたが迎えに来て下さったときのこと。
私は雨降りお月さんの唄を歌ってました。歌詞は適当に変えて
雨降りお月さん 雲の
蔭
お嫁にゆくときゃ 誰とゆく
一人で
傘 さしてゆく
傘ないときゃ 誰とゆく
シャラシャラ シャンシャン お守りつけた
鞄かざして ぬれてゆく
私よ、急がにゃ夜が明ける…
あなたは苦笑しながら、そんな夜明けまで悠長にお嫁入りしてたら風邪引きますよ、って、私の紅い折りたたみ傘、広げて差し掛けて下さった。受け取って一緒に入ろうとしたら、自分のがあるからって背を向けられちゃって、ちょっとさみしかったり。
でも、あなたが一つ傘で歩くのを嫌がってるとか照れている…とは違うような気がした。何故そう感じたのかな。雲は流れて晴れ間も広がっているのに、雨だけがどこからともなくぱらぱらと降ってくる…そんな不思議な空模様がまるであなたみたいで「狐の嫁入り」とはよく言ったものだなあと、そんなことを考えながら歩いていた。…
お庭の紫陽花もこの雨でいちだんと色濃くなっていることでしょう。この手紙を書き終わったら、一枝頂いて参ります。ちょうど雨も小止みになってきました。
天泣
拝復
日本はもう梅雨なのかと思わず空を見上げました。こちらはそういうまとまった雨の時季は無いようです。冬にはそれなりに積雪したり、霧はよく発生しますが。そのせいかな、街中では雨でも傘を差す人を見かけません。皆、平気で濡れて歩いています。蝙蝠傘はステッキ扱いらしい。
今井浄御
君を迎えに行ったときのこと、よく覚えています。
辻境の紫陽花の
花叢のそばで、映画の一場面よろしく、歌いながら踊ってたこと…スカートが
翻って、その周囲だけ青空が見えているのに雨が降っていて、きらきらと雨粒が光って君を輝かせていたこと。
天泣。天気雨とか狐の嫁入りともいう現象。私がお嫁入りの歌を歌ったせいかな?といたずらっぽく笑っていた横顔も。
実は、君には視えていなかっただろうけど────屋敷に着くまで本当に、君の後ろには小さい豆人形みたような、
狐の嫁入り行列がしずしずと御供していたんだ。
今でこそ神妙にしているけど、当時『
家憑き』どもは新しく来た可愛い
御寮さんに浮かれて大騒ぎで…玄関に入るなり、すうっと消えた。奴等なりの歓迎のつもりだったんだろうね。
あのとき、一つ傘に入れなかったのは、君の推察通り、嫌なのでも照れてたわけでもない。持っていった傘は折りたたみであまり大きくなくて、別々の方がいいと判断したから。何より、一番の理由。あの頃の僕は君より背が低かったから。きっと、腕を伸ばす僕を気遣って、君は自分が持とうとするだろう。本当につまらない見栄をはっていたものです。
家憑きどもにまた
嘲笑われそうだ。
あの日の辻境の道端に佇む
彼から伝言です。
いつかまた、雨が降ったら迎えに行きます。今度は一つ傘で、必ず。
追伸
それまでどうか、傘は忘れないで。ああ、雨に濡れて踊るのもほどほどにお願いします。
【終】