宿語りのシーガル「呪い」 ――港町の宿には、旅人が集う。
ああそうとも、我々は不運な旅人だ。誰にも予見できない猛吹雪に見舞われて、この群島から動けなくなっちまったんだから。
たった一日、されど一日。ああ本当なら今頃は、なんて思いながら酒を呷ることしかできない。愚痴って、喚いて、くだを巻いて、そうしてまた酒を呷る。そんな旅人ばっかりだ。
そう、思っていた。
喧噪を流れた男の声。声を荒げたわけでもないというのに、何故だかその声だけは、確かに旅人たちの耳に届いた。
なんだなんだと声がした方を見てみれば、どこか物珍しい装いの男が、こちらに――否、この場に集う旅人たちに語りかけている。
どうやら暇潰しのご相談のよう。この語り部は、旅人たちにその真似事をしないかと誘いかけていた。
ここより西の大陸の、そのずうっと先。そこには人の寄り付かない、だだっ広い平野がある。昔々のそのまた昔、そんな頃には人が住んでいた。そうと分かる痕跡とやらがある。しっかし不思議なことに、そこにどんな国があったのかは、誰も知らないという。
そんな中で語り部が伝え聞いたのは、その地にまつわる遺物や噂を十ばかり。
――それらを使って、その国の『歴史』を作り上げないか。
失われた国、忘れられた記憶。そんなものを今ここで、蘇らせてやろうではないかと誘う。
波紋のように広がったその言葉は、旅人たちの興味を引いたようで。
ああ、確かに。こいつは暇潰しにはもってこいかもしれない。
さあ、さあ、お立合い。
ここに集いしは有象無象の語り部たち。
泡沫の如き歴史を、今、ここで。
――おや、次は俺の番かい? そうだなあ、じゃあ俺はこの『紋様』とやらで考えてみようか。
例えば、そうだなあ……この縞模様とやらが階級を表してたっていうのはどうだ?
王族は五本、王族に仕える者は四本、市民は三本、奴隷は二本……そんな具合にだ。それらは服だけじゃなく、普段使う器の類いまでにも徹底されて付けられていた。それを前提としてみようじゃないか。
……でもそれだけの理由で近隣諸国に伝わるとは考えにくいな。
ああ、その縞模様にはただ階級を表すだけでなく、他の要素も兼ね備えていたとしたら? それこそ――呪いのようなものだ。それなら近隣諸国に伝わった理由になるかもしれない。
その土地に人が立ち寄らない理由にも絡めてみようか。実はとても危険な土地だというのはどうだい? それこそ呪いで身を守らないと住めないほど、危険な土地だ。なんでそんな場所にわざわざ住んでいたのかは知らないけどな。
その土地は、そうだな、所謂瘴気のような物で汚染されていた。だから触れる可能性がある物、身につける物、その全てに呪いの縞模様をつけることが必要不可欠となった。そうじゃないと死んじまうからな。
そうして呪いによって身を守ることは出来たが、なによりも困ったことがあった。食料だ。瘴気の中、家畜を育てたり作物を育てたりするとは考えにくいからな。だから食料の類いは近隣諸国から得ていたんだろうな。そうして得た食料を呪いのかかった器で運び、呪いのかかった器で調理し、呪いのかかった器で食べた。そうすることで瘴気を身体の中に入れないようにしたってことだな。
勿論食料はタダで手に入るようなもんじゃあない。金を払うか物々交換をするかだ。近隣諸国と同じ通貨だった可能性もあるが……ここでは物々交換をしていたことにしよう。
その物々交換をした品というのが、呪いのかかった服などの織物に器だ。呪いをかける事が出来る人がどれだけ居たかにもよるだろうが、自分を守ってくれる物だ、重宝されないわけがないだろう。
でも、その物がどこから来たのか、ということは内密にするように頼まれた。
それは何故か? その呪いがかかった品を求めて盗賊なんかが来たら困るし、求めてきた者も瘴気で死んでしまうだろう。そういったことを防ぐためだった。
そんな理由なら、商人も納得するだろうな。ちょっと多めに品を渡したかも知れないが。
そして呪いがかかった品が出回る内に、そりゃあ金を儲けようと真似る輩がでてくるだろうよ。その輩は呪いはかかってないが同じような縞模様の入った織物や器を売り出す。呪いがかかってるというのを、売り文句にしてたかは分からないけどな。そうして、縞模様の入った織物や器が近隣諸国に広まっていったというわけだ。
ああ、階級ごとに線の数が違ったっていう話がそのままだったな。
うーん……あ、その線の数が多ければ多いほど、呪いの力も強かった。これでどうだ!
そりゃあ王族だ。呪いの力が弱い物を身につけるわけがない。王族なんだ、死ぬわけにはいかないしな。
だが市民や奴隷は違う。呪いの力が弱い物しか身につけられない。そうした結果何が起こるか? 下の人間からどんどん死んでいくんだ。恐ろしいだろう?
国を支えるはずの存在からどんどん死んでいくんだ。そうしたらもう、滅亡の二文字が頭を過ぎっただろうな。事実、今はもう人が住んでいない。
だからといって呪いの力が強い物を市民たちに配るわけにはいかない。そこまで徹底して階級を作っていたんだ。自分が偉くなったと錯覚する奴が居るかもしれない、王族の立場を脅かす存在が現れるかも知れない。そう思っただろう。そんな恐怖から、王族は市民たちを助ける選択を取らなかった。
そうして、この国は緩やかに滅んでいった。もしかしたら王族だった人間は別の地域に移り住んだかもしれないし、そのまま国と命運を共にしたかもしれない。とにかくその国から人は居なくなってしまったんだ。
そうしてこうして時が流れる内に、縞模様の階級を示すという目的は勿論、多くからは呪いの力もなくなっちまったというわけさ。でもそんなことを元から知らない人間によって、今も縞模様の入った織物や器が作られている、とさ。
さて、大体こんな感じでどうだ?
悪いが俺は頭が良くなくてな、難しいことは考えられないんだよ。でも、まあ、考えてみるのも楽しかったな。
――ああ、俺も是非ともその場所に立ち寄ってみたいものだなあ。いや、まだ瘴気があったら困るから、近隣諸国に止めておこうか。
……あ、笑ったな? 俺の物語なんだ、自分くらいはその説を信じてやらないと、だろう?
そんなに笑うなら、お前さんの物語を聞かせてみろってんだ。
――……おや、嬢ちゃん。どうかしたのかい?
……なんで、縞模様を呪いの元にしたのかって?
実は理由はちゃんとあるんだぜ? 他の奴らには絶対に教えないけどな。
……嬢ちゃん、気付いてるんだろう?
さて、このスカーフの縞模様。一体何本でしょうか?