似蛭田妖と一堂零がキスとかする話自分たちが子供の頃に比べ、遊びも、随分と様変わりしてきだした。小さい頃は、ベーゴマやメンコで遊んでいて、うちの父が営む、玩具屋一堂も、子供たちの溜まり場になっていたものだが、今は、テレビゲームのゲームソフトを展示閲覧する場に変わっていってしまったのだ。
「大した世の中だな。てめえの体の代わりに、テレビの中のヒゲのおっさんが、飛んだり跳ねたりするのかよ」
「うちの家のゲームをやりに来たのに、よく言うよ。ほら見たまえ、似蛭田くん。一面の地下の回で、天井に登ると、マリオがキンタマリオになるのだよ」
「……ほほう、興味深えな」
似蛭田くんが、月一回の割合で、私の部屋に通う。
私の隣で、画面のスーパーマリオに釘付けになっている彼は、私より少し背が高く、見た目は細身だが、首から肩にかけての筋肉が装甲のように硬く、もっさりとした前髪の下に、油断ならないギラギラした目を隠している。
今日は家族が留守なので、普段より幾分か、我々ははしゃいでいた。
「君がゲーム好きだなんてね。カッコつけてるくせして、子供っぽいところがあるのだな」
泣く子も黙る喧嘩集団、番組のリーダーの似蛭田妖。腐れ縁の私から見れば、みんなが恐れるほどの強面ではなく、助平で、お調子のりで、ミーハーな性格だ。
「そりゃおめえ、俺にもメンツってもんがあるだろうがよ」
「番組の連中にも見せられない部分を、私には平気で見せるんだ。セコい奴だなあ。喧嘩以外に人様に言える趣味は無いのかい?」
「ばあか。アレだぞ、おめえ。無趣味が一番オシャレだぞ」
「クールに振舞ってると言えばいいのに、似蛭田くんは」
彼が私を、一段低く見ているのも、もちろん知っている。うちが玩具屋ということもあって、月一回は玩具を見に、彼が遊びに来るのだ。その時の彼は、内なる子供の部分が騒ぎ出すらしく、アニメやヒーローの話を、私には、はしゃいだ口調で語りだす。もちろん、番組の連中は、この事実を知らない。自身が子供っぽいと思っている趣味を、こいつには打ち明けても大丈夫だろうと、私は似蛭田くんに高を括られているのだ。
一通り、アクションゲームをこなした後、彼は飽きたのか、座布団を枕にゴロッと寝転がった。似蛭田くんが私に、気を許しているのか気を抜いているのかはわからない。私が胡座をかいていると、いっちょまえになりやがってと、私の尻を叩いて揉みだす。無視して他のゲームをすると、途端にすねだし、なんのゲームかと尋ねだした。気になるのも無理はあるまい。ドット絵のキャラクター同士が出会ったり、戦ったりするのをズッと文字でやり取りしているゲームなど、彼にはおよそ馴染みのないものだ。ロールプレイングゲームのことを説明すると、根は聡い彼は、絵本の世界を体験してるもんだなと返した。
「それ、楽しいの?」
「大くんは、ご両親と一緒に楽しんでるみたいだね。彼の一家は想像力豊かだから、一緒に空想の世界で楽しんでいるみたいだよ」
「へぇ」
大くんの家のなりわいと、ロールプレイングの世界は親和性が強いのだろう。本が知らない世界を文字にするものなら、テレビゲームは経験し得ない世界に入り込むものなのだ。ベーゴマやメンコみたいに相手は現実に探すものではなく、ゲームの中に用意されている。最近のゲームが主流の時代に、店主である父も、ついて行きづらいものがあるらしく、いよいよお前の時代だなと、私に店番を任す事も多くなった。
「普段の生活では、さらわれたお姫様なんて助けられないだろう?」
「お姫様ねぇ……。お礼にヤラせてくれるの?」
「君ってやつはもう、アレだなっ」
番組のノリを、なんで奇面組にまで持ち込むのか。潔くんの冗談の方が幾分か品がいい。
「あの時助けた亀ですとか、鶴ですとかさ。いいことしたら見返りってあるはずだろ?それなら、おかまのアイツやおめえの本やゲームの世界の方がなんぼか律儀だってもんだぜ?」
似蛭田くんは、人の体を触るのが好きな奴だ。揉まれていた私の尻は、いつの間にか、腹回りの方に手を伸ばしだす。
「私は取っ組み合い、出来ないよ?」
「そういうの、いらねえ」
「喧嘩パーティーに付き合えとか言われるかと思った」
喧嘩パーティーって、ダサいネーミングだなと思ったが。
「いくら俺でも、相手は見るっつの。まあ、不良に囲まれて窮地のおめえを、俺が颯爽と助けるのも、悪かねえか」
構って構ってとばかりに、あぐらをかいている私の腰に手を回し、その手は、あらぬ方へ伸ばしてきた。イヤな事を思い出した。中学時代の無垢な私に、手淫を教えたのは彼だったのだ。
「似蛭田くん」
彼のその手をぐっと掴んで私は抑揚のない声で言った。
「お世話になりました。あの時の鶴です」
「……へっ」
彼特有の、へしゃげた声の笑い方だ。
「君の趣味は殴るか蹴るか、エッチなことかい?少なくとも、中学時代、私を助けてくれた君は、純粋にヒーローに見えたもんだけどな」
「……ゲームほったらかしていいのかよ?」
コントローラーを放り投げて、私は掴んだ似蛭田くんの手を頬に当てた。
「ロールプレイングゲームってね、瞬発力勝負じゃないから、置きっ放しに出来るのがいいところさ。飽きっぽいからね、私」
「は。おめえ向けのゲームじゃねえな、と思ってたんだよ」
喧嘩パーティーには誘われたことがないけれど、体を触り合ったり、興奮させあったり、昂らせたりと言った、悪い遊びなら、よく示し合わせてしたことがある。ずるいことに、お互いに、「しよう」とも「してほしい」とも頼まず、なし崩しに行為に及ぶだけだ。
「おめえのあっちのレベルあげは、俺が手伝ってやったんだぜ?俺に構わず、テレビに向かってボタンぽちぽちしやがって」
「お客さんの勇者のレベルをマックスまであげる、玩具屋一堂の内緒のお仕事さ」
今日も、行為をするんだろうか。正直に言うと、心待ちにしていた。彼が体を触るのが好きならば、私は触られる行為に弱い。
「家電量販店相手に、ウチみたいな小さな店は太刀打ち出来ないからね。こうして小銭を稼ぐしかないよ」
「表に出せる話じゃねえだろ?それ」
「誰も損してないよ」
「正しいことじゃねえだろ」
「君はそういうの好きだな」
似蛭田くんからは、来ないか。じゃ、私から行ってもいいかな。幸い似蛭田くんは、寝転がった体勢でいるのだ。
「君の目を見ていい?」
彼の重たげな前髪を掻き上げた。彼の瞳は、私ほど大きくなく、かと言って、見逃す事がないほどに鋭く、油断のならない目つきをしている。
「君はハンサムだな」
「つくづく見るとおまえ、面白い顔してんなあー。赤ん坊みたいな表情をするくせに、俺でも引くようなことをしでかしても眉ひとつ動かさねえしよ」
「もともと、眉毛ないからねー。君みたいに迫力がある目つきになりたかったな」
近くで君の顔を見ていいと言って、私は彼に口づけをした。
「気持ちいいな、人の体って。私も誰かとこうなれるのかって悩んだことあったけどね。この感触無しに生きていくなんて、想像もできない」
「どうよ?テレビゲームの世界と比べて、本物の感触は?」
彼は悪党だ。幼馴染の鈍ちゃんとも別れ、規則で雁字搦めの中学生活に放り出され、案の定、頭が少し足りない私は、生徒たちの不満の標的にされた。こんなことは、妻を亡くし子供二人を抱えて生きている父に言えるわけなどなかった。
「私、どう頑張ったって、主役の人生にはなれないからね」
お前はその程度の人間だと烙印を押された頃に出会ったのが、彼だったのだ。今度は、彼が私を引き寄せ、私の首筋に音を立てて、赤い印をつける。
「その程度の人間だって、思い込んで、ずっと俺のものになりゃ良かったんだよなー」
「目立つところにキスマークはよしてくれるかな、似蛭田くん」
「はー。おめえもいっちょまえに、人の目を気にするようになったのな?あれか?おめえの大好きな唯ちゃんに、イヤーっ、零さん、フケツよおーとか、言われたくないってか」
この男は。イライラとムラムラがおさまらなくなり、私は、彼のオデコをパシンと爪弾いた。彼の口から、語られる女の子は、彼にとってのケンカと同じく、都合よくイライラとムラムラを消費するものに聞こえてしまうからだった。
「おめえ、番組リーダーに暴力振るうとは、いい度胸だな?」
私は、彼にとっての喧嘩や女の子と同列に入っているのだろうか。
「脅しかい?常々権力はイヤだって言ってたくせに、気に入らないと牙をむくんだ?」
唯ちゃんと出会う前の、奇面組と出会う前の中学時代。あの頃は暗黒だった。居場所のない私を彼は助けてくれたのだ。私の後ろに番組リーダーがついている。力関係に敏感な生徒たちは、私の機嫌をとり、一方で避け、そして、生徒と私の間に、さらなる溝が出来た。
彼は笑う。
「感謝しろよおー。今のお前がいるのは俺のおかげだろう?やられっぱなしで良かったのかよ、零くんよお」
「面白がってたくせに」
悪党だから、彼は。
「じゃあ感謝してくれよ、俺に。頼むから」
悪党のくせに感謝をせびる。訳がわからない。私を揶揄って、なし崩しに関係を持って、スッキリするだけじゃ物足りないのかな。
「君もめんどくさいやつだな。私と根っこは変わらないね。君もアニメやテレビゲームの主人公みたいに、認めて欲しかったんだ」
いいことを教えてやると言って、二人っきりで彼の部屋に連れ込まれ、彼の手の中で、初めて、弾いてしまったことを、今も忘れない。あれから、肉体的にも心理的にも、彼なしで生きていけない自分と、自分の中の男らしさや強さへの思いに、なんども葛藤してしまったのだ。
「中学校の頃、不良に絡まれてた唯ちゃんを助けた時、お礼にデートしろなんて言ったんだろう?やってることは時代劇の悪党じゃないか?」
ぎゃふん。
そう思ってくれたかな、似蛭田くんは。……そんなわけないか。端正だけど、私以上にポーカーフェイスな男は、締まりのない口でニヤニヤ笑い出した。私がかきあげたおでこは丸出しで、大きくはないけど、猛禽類よりも鋭い目を細くして。
「いやあ、成長したなあ、零くんは」
もともと、腕力で叶う相手じゃない。形勢逆転とばかりに、押し倒される。ああ、いつもの似蛭田くんだ。丸出しにしてたおでこを、彼自身の前髪で隠してしまった。
「いい格好したいわけだ、零くんは。奇面組のリーダーであり続けたいわけだ、あの子の前では」
「何がいいたいのさ。そりゃ、唯ちゃんは、君が惹かれるくらい可愛いよ」
「お似合いじゃないと思ってね」
「身の程を知れって?君には感謝してるけど、自分で自分を呪い続けるわけにはいかないよ」
さっきの私は、自分が主役の人生にはなれないと言い切っていた。それなのになんだ、親離れしたがる子供のように、彼の言葉に反語を続けてる。話を逸らすように、私の体の上の悪党が笑った。
「女の子を守りたがるなんてね。だっておめえ、中学の頃、伊狩に惚れてた時あったろ?」
彼が、私のもう一人の初恋の人の名前を呟くと、ひゃっひゃっと声を上げた。
「伊狩の面影なんて微塵も無(ね)え、あの子を手に入れて、なにをしたかったのかな、零くんは」
似蛭田くんに手首を掴まれる。力では到底及ばない相手だ。素早さならいい勝負だから、隙をついて手を振り解くことも出来なくはないけど。
「生意気なんだよ、お前。俺の知らないとこで、勝手に男になりやがって」
本当は、似蛭田くんに閉じ込められている感覚が大好きなのだ。これは、そういう遊びなのだ。
「男にしたのは、君だろう?セックスのセの字も知らなかった私を、性欲と罪悪感まみれにさせといてさ」
私たちの関係は、心を伴わない。彼は、私を玩具のように弄んでは面白がり、かつての、生徒たちの鬱憤の吐口だった私は、結局、彼の玩具になりさがっている。玩具を人にしてくれたのは、誰だ?助けてくれた似蛭田くん?玩具だった私に魂を吹き込んでくれた、叱ってくれた伊狩先生?それとも……
「唯ちゃんは、誰のものにもならないよ。君や、ましてや私みたいな人間のものにはならないからね」
「……はっ。ゲームや漫画のお姫様のほうが、まだ気が利いてらっ。誰のものにもならないってさ、なんだよ。そんなに心が大切なのかよ」
私が彼にした口づけはもっと、優しかったはずなのに、彼は、私の口の中を荒々しく掻き乱す。女の子にも、そういった扱いをするのだろうか?学校内の女の子たちは、みんな、彼のことを素敵だなんていうけれど、私には、乱暴で意地悪で冷たくて、たまに優しくて、ものすごく助平だ。
「……なんの反応も見せねえのな、お前」
彼のことを観察している目で見てしまったためか、人形のように、私はされるがままだった。
「心のない表情しやがって」
彼の前髪が目を隠している。私以上のポーカーフェイスのくせに、目を隠していても怒りが伝わってくるから尚更たちが悪い
「なにに怒ってるの?」
「腹が立つから言わねえ」
「そう。これは、しようって言ったほうが負けなのかな?」
駄々っ子だな、似蛭田くんは。
「どうせするなら、優しく誘ってくれたらいいのにな」
「うるせえ、おめえにはこれで充分だ」
彼は荒々しく私の口中をかき乱すけど、歯の裏や舌の横の方まで、バッチリ舐められるけど、私の心にインクの滲みのようなものが広がるだけで、イライラとムラムラは消え去ろうとしない。
「女の子にも、こういう風にするの?」
私は、彼に押し倒された体を、起き上がらせて、彼の頬を両手で包んだ。
「殴ったり、踏みにじったりするのは、気持ちいい?」
「……俺に聞くのかよ?」
「私、頭が悪いし、何もできないし、君に出会うまでは、意地だけで生きてたよ。奇面組のリーダーになれたのは、君のおかげかな?」
「今更、俺に感謝するのかよ」
私は、似蛭田くんの唇に自分の唇を合わせた。自分が女の子なら、して欲しくなるようなキスだ。
「……………ぬるいことしやがって」
似蛭田くんが小声で怒鳴る。
「妖くん」
名前を、呼んだ。私は彼の肩を抱きよせ、彼の耳たぶを食んだ。
「君の髪、チクチクするね」
「……だからどうしたよ」
「君、ぶん殴るか、乱暴に押し入るかだろう?君のことをこういう風にする人がいるのかなって思っただけ」
「せっかちなんだよ、俺はよ」
「それなら私の所に遊びに来るなんて、時間の無駄そのものだろう?」
耳元で囁き続けたからか、似蛭田くんの身体が、昔抱いた赤ん坊の頃の妹の体のように、熱くなりだした。人を殴るのが好きなくせに、人から何かされるのに弱いのかな?私の唇が耳介を舐めだすと、気に入らなかったのか、彼は顔を背けた。
「妖くん、私は君みたいに、最初から、強くて、カッコよくて、なんでもできる人になれないから、大人しく君に組み敷かれている方がお似合いなんだろうけど」
似蛭田くんの反応を無視して、私は首筋をなめて、似蛭田くんのズボンの中に手を差し伸べた。
「組み敷かれている人間には組み敷かれている人間の、憾みや呪いってものがあるのだよ。妖」
私の手の中には、彼の小刀だ。
「男の子だなぁ、しっかり大きくなっちゃって。私、女の子のことは知らないけど、君はこれで、女の子を泣かせたの?」
私は彼の小刀を掴み、鞘から切っ先のほうへと、上下に滑らせる。思い出した。初めて、彼にこんなことをされた時、私は自分の体の禍々しい変化に、吐き気を催したんだ。今の私の手の中はベタベタと彼の体液がまとわりついていった。
「……私も、そうなっちゃうのかな?」
この小刀で、誰かを昇り詰め傷付ける。小さい頃は、こんな凶悪な形になんかなってなかったのに。今は亡き母親に連れられて、女湯に出入りしていたこともあったのに。主役の人生が送れないなんて思っても、体はどんどん守られる立場ではなくなる。父と妹の三人家族で、一番力が強いのは、私になってしまったのだ。
「ひっひ。……お前が伊狩に惚れてたころは、マザコン拗らせたのかと思ったけどよ。安心したわ。お前、伊狩を見る時の顔と、あの子を見る時の顔違うもん」
「どんな顔してるの?」
「そりゃおめえ、男の顔だよ」
……嘘だ。
「友達もいなくて、しょぼい奴らの鬱憤をぶつけられて、どこに行ったらいいかわからない顔してたのにな、お前」
「……君、シコられてる時に、そんな話をするかい?」
彼の小刀を握る手に、一層の圧を加える。度胸試しで握った蛇より、肉って感じの筋肉が詰まっている。私の肩の中の、そして掌の中の悪党は、私のリズムに吐息と身を震わせながら、私の「いまさら」を抉ってくるのだ。
「おとなしく、気持ちよくなってくれりゃいいのに、君は」
私は冷たく言い捨てる。彼は世の恋人みたいに、行為の感想を述べたりしないし、声や表情には出さない。こちらもそうだ。お互い押し殺した声で快楽を噛み殺し、黙々と作業に勤しむ。
「お前、女にはそういう乱暴なやり方通用しねえからな。事あるごとに褒めて、触って、笑わせて、バリエーション豊富に好きだなんだと言わなきゃダメだぞ」
「なんの心配してるんだい」
「ズボンの中の触らせて、全部が分かったフリ出来ないって話さ」
イッて終うのもったいねえなと、彼は呟き、身を離した。繋がる気かな?私は小さくため息をつくと、上着を脱ぎ出した。こういう行為を心待ちにしていた自分に虫酸が走り、心得たように服を脱ぎ出す自分に嫌気がさす。
「セーブしなくていいのか?」
突然の彼の提案に私は意味がわからず、面食らった。
「ゲーム途中だろ?データー消えちゃ、まずいんじゃないのか」
「あ、ああ」
妙なところで気を使う男だ。行為と恨み言を言うのに神経を注いだせいで、室内に流れる電子音にようやく気がつく。
「何かと思えば、くだらないな」
「仕事だろうが、お前の。ゲームのレベル上げを待ってるやつがいるんじゃないの?」
連日、ロールプレイングゲームのレベル上げを地道にやり続けている。顧客が地道な分を味わずして、ゲームを進めるために。最初は飽き飽きしていた、画面の中の雑魚狩りも、もう慣れてしまった。抉られたくない過去をさらけ出せば、鬱憤を持つ生徒の吐口にされた時の心のありようと同じで、これからする、彼と私の行為と同じくだ。
「何も思っちゃいないよ。……頼んだ方も、日頃の鬱憤を晴らしに、画面の中で、俺は強えと無双したいだけだよ」
「哀れだな」
「君みたいに、みんなが強くないよ」
ズボンのチャックに手をかけたところだった。男の尊厳の部分だ。今からまた、それを踏みにじられる。
「脱がないのかよ」
「……どうしたら、君は満足?」
舌打ちをする彼に、私は笑いかける。
「従わない私が嫌かい?私が、君の能力やナニの虜だって思ってるみたいだけど、やだよ。最近、私そういうのはつまらなくてさ」
「眉ひとつ、うごかさねぇのな」
私にはもともと眉がない。彼はもともと重たい前髪で目が隠れている。本音や心の窓なんて、はぐらかしている二人だ。
「さっきからなんだよ!俺のやり方がそんなに気に食わないか?友達がいなくてハブられてたお前を助けてやっただろう?お前に手を出す奴には、番組の似蛭田妖が許さねえってな」
「それで、ズボンの中まで要求するのかい。怖いよ、私」
「男なんだから傷なんかつかねえだろう、馬鹿馬鹿しい」
彼は顎をクイと持ち上げると、再び、私に唇を重ねて、また口の中を荒らしだした。ある意味喧嘩で、ある意味遊びで。多少抵抗して見せた方が、彼には楽しめるのだろう。私は口の中を掻き出されている合間合間に吐息を漏らす。今度は彼が、私のズボンの中に手を差し伸べた。私の小刀も彼のと同じく、凶暴な形だ。もう、女の人に守ってもらえない。似蛭田くんに助けてもらった中学時代を思い起こす。あの時はかっこよかったな。先生たちが知らんふりを決め込んだ悪ガキたちを、一気に熨してしまうし、校内で平気でタバコを蒸す不良どもに制裁を加えていた。そして、……奇面組と出会う前の居場所のない私を、番組の似蛭田妖がついてるぞと、他の生徒に宣言して、案の定、私は周囲から煙たがられた。
「私で面白がるのは止めてくれないか」
彼の影から逃れるべく、私は組を作った。はみ出しものばかりを集めた奇面組だ。彼には助けて貰ったけれど、いつまでも彼の庇護を求めていたくはない。だが、彼はそう言うなとばかりに笑って、私の言葉を遮った。
「覚えているだろう。初めて、お前がマスのやり方を俺が教えたのも。……女も教えてやろうかと言ったのに、お前嫌がったよな」
蛇の道は蛇だ。彼が私に関わったことで、私に絡む生徒は消えていったけど、その分、私に与えた影がなかなか消えない。似蛭田妖は、本気で、それがいいことだと思っているようだった。
「泣く子も黙る喧嘩集団に、平気で嫌だっていえるお前も大したもんさ。俺は、この俺は、喧嘩が一番強くて、番組の頭を張ってる、似蛭田妖さまだよ。お前なんか、大人しく、伊狩に惚けた目をして、遅刻して、万年高校浪人生をやって、世間様の玩具になり続けりゃいいものを。女の子を好きになるなんてよ」
彼に組み敷かれる。彼の腕の下に私の体だ。私は彼に組み敷かれているというのに、そっと目を閉じて、好きになったショートカットの女の子を思い出し、奇面組を思い出して、頬を緩ませた。
「なに笑ってんだ、俺を見ろよ」
「見ようにも、君は髪の毛で目が隠れてるじゃないか」
私の気を引きたいのだろうか?……まさか、な。私が目を開けると、彼は私を見下ろす角度のまま、こちらに顔を向けていた。
「なあ、零よ」
「どうしたの」
女の子は、自身が組み敷かれたとしたら、男のほうをどう思うのかな。今、私が見える似蛭田くんと同じ、こっちが期待してしまうほどに助平で、自分勝手に優しくて、そして、怖さを呑み込んで、まな板の上にのるような気分なのかな。
「お前からみて……、俺はどう見える?」
「さっきも言ったよね」
似蛭田くんの眼が隠れてみえない。
「君は強いよ。泣く子も黙る番組のリーダーさまで、なんでも知ってて、怖がられてて、誰も君に逆らう奴なんて、いないんじゃないかな」
「嘘を、つけ」
ヘッと、唇の端だけで似蛭田くんが笑うと、私の体に覆いかぶさってきた。
「零、俺はどうしたらいい?」
なにか、心に引っかかることがあったのだろうか?似蛭田くんが、私の髪をくしゃっと掴みだした。硬くなった彼の小刀が、私の腹壁にあたる。私の小刀も同じく硬い。自分より力の劣る存在の女の子がいるから、男は沽券を気にしてしまうわけだ。
「君は強いって、みんなわかってるから、大丈夫だよ。似蛭田くん」
「冷たいのな、お前って」
彼の孤独を知っている。それは誰からも怖がられる、番組のリーダーさまだからだ。
「君が選んだんだよ。喧嘩が一番強いのも、普通の人間ならゲームでしか味わえない、誰かを殴って無双する感覚も。……私に君を擦り込ませて、崇め奉らせる、セコい安らぎを求めたのも」
私は、よせばいいのに、覆いかぶさってきた似蛭田妖を抱きしめた。
「君、いまさら、神様やってるのが怖いって言うつもりかい?」
私の耳には、ゲーム機から流れる電子音が鳴り響く。雑魚敵相手のレベルあげを嘲笑う男が、私の胸の中にいる。これから先、お互い身体を開いては、精を貪って、気持ちよさと痛さに声をあげては、それを愛だなんて錯覚するんだろう。
「私たち、選んだ道は、とっくに別々の方向なのにね」