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    一章二幕一章ニ幕
    『ロウファ・アシュトン2』



    ――お互いの行為を済ませて、二人は何事もなかったように洞窟の奥へと歩みを進める。

    洞窟もまた一本道だったため湿気が入り混じる中を二人して進む。しばらく進むと円形の、広い空間に出た。
    地面と岩壁の隙間に所々生えている『ヒカリゴケ』のお陰なのだろう、本来薄暗い洞窟がほのかに明るいのはこのヒカリゴケがあるからだ。


    「これ、『ヒカリゴケ』だね。こんな所に生えてるんだ、初めて見た」
    ジャスティスはヒカリゴケをよく見ようと片膝をつく。あまり変わらない表情が柔らかくなり、瞳だけが玩具を与えられた幼子のようにキラキラと輝いている。

    「…お前、そういうの好きだよな」
    ロウファも隣だってしゃがみ込む。

    「図鑑では見たけど――実際の見ると感慨深いね」
    ふわりと微笑むジャスティスの横顔にロウファの胸がドキリと脈打った。


    (なーんでそんなに嬉しそうなんだよ。さっきまで俺とナニしてたんだろ。いつも何考えてるか分かんない顔してるくせに。俺を、無造作に抱くくせに。)

    そんな悪態が脳裏によぎるが、ジャスティスのそんなギャップも堪らなく好きで――
    まあそんな感情をこのヒカリゴケにぶつける訳にもいかず、ジャスティスの機嫌を損ねないようにするだけだ。


    (試験が終わればまたいくらでもできる)


    本当にそう思っていた。この当時は――


    ……グ、シュシュ………。


    唐突に空間に響いたくぐもった音。


    「…ロウファ、お腹鳴らさないでよ」
    隣のロウファを訝しげに見るジャスティス。
    「ぇ、ちょ待て。俺じゃないッ」
    在らぬ疑いを向けられたロウファが首を思いっきり横に振るう。

    …グルシュシュ………


    「ほらまた。ロウファじゃないの?」
    「違うって! そう言うお前じゃないの?!」
    「違うよ!」
    言い合いながらお互い同時に立ち上がる。
    「俺だって違うッ、そんな下品な――」
    言いかけてロウファはピタリと口をつぐんだ。


    グル…フシュ、シュシュ……


    音は背後から聞こえた。


    「…まさか……」
    ジャスティスが呟き、二人同時に恐る恐る振り返る。


    フシュフ、シュウゥゥ………ッ!


    「「――?!」」
    二人は目を見開き言葉を失った。

    いつの間に現れたのか、数歩後ろに巨大な傘――いや、大の大人くらいはありそうな巨大なキノコ。



    「…なん…あれ……」
    「―…シッ!」
    ジャスティスが何か言おうとしそれをロウファが人差し指を唇にあて遮った。


    フシュウウゥゥゥ……ッ


    巨大なキノコは呼吸をしているのか音を発し、『柄』の部分(ヒダを支える円柱の部分)を膨らまし次に細く凝縮させた。その度にヒダの部分から鈍い黄色の胞子を撒き散らす。


    「……ぅ、……。」
    ジャスティスが突然小さく呻いて脱力する。
    「…、ジャスティス?!」
    力をなくしダラリと倒れそうになるジャスティスの腰を支えるロウファ。顔を見やれば虚な目をしている。

    (催眠の効果か……?!)

    瞬時にキノコの『特殊効果』を把握したロウファは、
    (ジャスティス、ごめん……!)
    心の中で謝り、空いている腕でジャスティスの脇腹に思い切り肘鉄を食らわした。


    …ドッ


    四肢が地面に打ちつけられる鈍い音――
    「…ぅ、いったぁ……」
    尻餅をついたのかジャスティスは脇腹とお尻を軽く抑えた。

    「…気がついたか」
    意識を取り戻したであろうジャスティスを見て安堵するロウファ。既に槍の先端を『キノコ』に向けている。

    「…ごめん、」
    ジャスティスも状況を察したのだろうすぐに立ち上がり双剣を抜く。
    「ロウファ、ありがとう。ちょっと痛かったけど」

    「あれくらいで済んでよかったよ。でもコイツ――」
    ロウファはジャスティスと会話をするが視線は『キノコ』から外さない。
    「…初めて見る魔物だね。」
    ジャスティスもまたロウファと同様『キノコ』に視線を向けている。


    その間も巨大な『キノコ』は、不規則に呼吸をし胞子を撒き散らす。


    「…くそ。燃やしてみるか?」
    「うん…でも胞子が舞いそうだし……」
    二人は極力呼吸を抑え話し合う。
    「…どうするよ?」
    「……ちょっと待って。試したい事ある」
    言って、ジャスティスは双剣を鞘に収める。
    その行動から魔術の発動と予測したロウファは、ジャスティスを庇うように槍を正面に立て防御の姿勢をとった。
    「なるべく早く詠唱しろよ」
    「うん。」
    この状況は持久戦に持ち込めない事を察した二人。早々にケリをつけたい。


    ジャスティスは両腕を自分の顔の位置まで掲げ――
    「青と氷に連なる四神、青龍(セイリュウ)」
    詠唱ともに産まれた『青い光』。光球と具現した右手の二本指で菱形を描き、
    「誘引する清流の依り代を具現化せよ」
    左手の二本指で四角形を重ね描き青色の八芒星を完成させる。


    「アイスボール!」
    力強く放たれた術により八芒星は拳大の氷球と具現化して、それは『キノコ』に体当たりした。

    『ピキーン』とガラスが割れるような乾いた音と共にキノコが凍りつく。胞子ごとその身を凍らされたキノコは胞子を撒くことなく綺麗な氷像となった。


    「成る程な。凍らしちまえばいい訳か。」
    辺りを舞っていた胞子が消え入るのを待ってロウファは漸く防御の姿勢をといた。
    「うん。これなら胞子が舞うことはないと思う」


    「―…試験って、『コイツ』の事かな?」
    ロウファは槍を戻し凍りついた『キノコ』の柄の部分を軽く小突いた。
    「…分からない。」
    首を軽く横に振ってその場にしゃがみ込むジャスティス。
    「魔物については明確な記載がなかったから」
    言って、深く深呼吸をした。


    「…大丈夫か、お前」
    ロウファは慌ててジャスティスに側に駆け寄り同じようにしゃがんだ。
    「うん、大丈夫だよ。ちょっと疲れたけど…」
    ジャスティスの言葉に覇気がない。先程の『氷』の術でかなり精神を消耗したのだろう。
    「…ちょっと、休んでいい…?」
    「ああ」
    弱々しく懇願されロウファは胸が少し痛んだ。


    先程、無理に誘ってしまったのがいけなかったのだろうか――


    膝を抱え込んで、頭を埋めているジャスティスの横顔は少しばかりの疲労が見えた。

    「…怪我、してないか……?」
    「え、うん。大丈夫だよ」
    かなり具合が悪そうで、どこか怪我でもしてないか弄るようにジャスティスを見たが、意外にしっかりとした口調で返答してきたので傷があるわけではない。
    ロウファは心配そうに、ジャスティスの頬にそっと指先を触れる。そうすれば――ピクッと小さく反応するジャスティス。

    「……、」
    何かを言う気力すらないのか、弱い光を宿した青い瞳がロウファの視線を捉えた。
    「ちょっと、休んどけよ」
    「…うん、ごめん……」
    力なく呟くジャスティスの唇は妙に艶を帯びていたが、こんな状態の彼にまた行為を求めるなんて、野暮な事はしない。ただひたすら愛おしげに労わるように頬を撫でるだけ。
    それが心地いいのかジャスティスはすっと瞳を閉じる。そのまま寝入ったようでロウファはしばしジャスティスの頬を柔らかく撫でる。


    「…ジャスティス…?」
    ロウファは静かに彼の名を呼ぶが返事はない。それを頃合いにロウファは手を離すと、
    「……。」
    言おうか言わまいか、一瞬口を開きかけてまた閉じた。。軽い溜め息を吐いてジャスティスのすぐ隣まで身を寄せてそっとジャスティスに寄りかかる。
    ジャスティスの温もりを、左側で感じつつ小さく笑う。
    顔を前に向け敢えてジャスティスを見ない。

    「…ジャスティス。」
    呼んでも返事がないことを確認しつつ、
    「…俺は、お前が……」
    ロウファはそこで口を噤んだ。その先は――言えなかった。
    言えたら、どんなに楽だろうか。それでもまだ言えなかった。
    「お前は…俺の側にいろ」
    小さく。静かにそう言った。今の気持ちに嘘はつきたくないがそれを直接口にする勇気は、ロウファにはなかった。

    ロウファは、複雑な想いを振り切るように立ち上がる。

    こうやって休んでいる間にも魔物と出くわさないとは限らない。ジャスティスを休ませているなら尚の事。自分が守らなければならない。
    気を引き締めて、ジャスティスを背に守るように辺りを警戒しつつ槍を構えた。



    数十分くらい沈黙が続いたのだろうか――
    「…ロウファ。」
    「なんだ」
    名を呼ばれたロウファはジャスティスを振り返る。彼は立ち上がり他の魔物が襲ってこぬよう見張をしていた。

    「…ごめん」
    ジャスティスはゆっくり立ち上がる。
    「もう、大丈夫」
    「そうか、よかった」
    言って、構えていた槍を収めるロウファ。

    「…俺の方こそ悪かったな」
    「何が?」

    ロウファから唐突に謝られてジャスティスは訳が分からず首を傾げた。

    「…いや…だって。無理に誘ったのがいけなかったかと……」
    行為を誘ったのは紛れもなく自分で――そのせいでジャスティスは疲れてしまったんじゃないかとロウファは思っていたが、

    「そんな事気にしてたの?」
    ジャスティスは小さく笑いながら、
    「ロウファってそういう所あるよね」

    「何だよっ、心配して損したぜ」
    軽く流されてロウファは頬を膨らませる。

    「だって。誘ったのキミじゃん」
    「…そりゃそうだけど……」
    そうやって言われてしまうとロウファは口籠るしかなかった。



    「…そういえば、『アイツ』は……?」
    ジャスティスがふいに気がついたように問いかける。
    「『アイツ』?」
    「うん、あの…キノコ、みたいなヤツ」
    ロウファにオウム返しに言われジャスティスはあの巨大な『キノコ』の姿を探す。

    「ああ。あの『キノコ』ならまだ凍ってるぜ」
    「…あ、ホントだ。」
    言いつつジャスティスは自らの魔術により氷像と化した『キノコ』に近寄り、
    「…こうして見るとちょっと奇麗だね」
    好奇心いっぱいの笑みで言う。

    「……、」
    そんなジャスティスを見てロウファは呆れた表情をする。
    (奇麗って…、お前が凍らしたんだろ……?)
    皮肉った突っ込みは心中で抑えておいた。


    「…なぁ。もう帰らないか?」
    明確な魔物退治ではない実施試験にそろそろ飽きがきたロウファは軽い溜め息を吐いた。
    「でも。洞窟は続いてるよ?」
    と、ジャスティスは先に続く洞窟の道を指差す。


    「――分かったよ! 行き止まりまで着いたら引き返す! それでいいだろ?!」
    観念したように語尾を荒げロウファはジャスティスが指し示した道へ足早に進んでいく。
    「ロウファが行こうって言ったんじゃん…」
    ジャスティスは『わざと』、ロウファに聞こえるように呟いた。
    「何か言ったかよ!?」
    「なーんも。」
    振り返りざま睨んできたロウファに臆することなくジャスティスは明後日のほうに視線を彷徨わせた。

    「お前、本ッ当意地悪いな!」
    「キミほどじゃないよ」
    悪態をぶつければ嫌味で返される。口喧嘩ではジャスティスには敵わない。


    「…大分、進んできたよね?」
    後ろをついてきていたジャスティスはロウファの隣まで歩みを進めていていた。
    「そうだな。でも…ちょっと暑くないか?」
    「…そう、だね……」
    ロウファに言われてジャスティスは小さく頷いた。

    しばらく歩みを進める度に、湿気はもちろんのこと、進む度に徐々に辺りの空気が暑苦しくなってきていた。
    ロウファもジャスティスも先程から気温の変化には気付いていたのだが、蒸すような暑さが充満しているようで――
    茹で蛸になった気分だ。


    「…暑い……。」
    ぽそりと言うジャスティス。
    「俺も……。」
    ロウファは立ち止まり、皮袋から水筒を取り出し水分を補給した。ジャスティスも同じく水分を摂って、
    「…何で…? ここって寒い地方だよね…?」
    「……こんなに暑いって事あるのか?」


    いくら鬱蒼とした森の中の洞窟でも、この暑さは流石におかしい。二人が住むディズドは、世界の北側――つまり気温が低い北国。そんな土地にいるのに、この暑い強い日差しを浴びてるかのような気温にはならない筈――。



    「…ッたく。実施試験ってのも楽じゃねーな!」
    「まあ…試験だからね…」
    「揚げ足取ってないで行くぞ!」


    ジャスティスは、こうやって冒険するのは実は嫌いじゃなかった。でもロウファは――。彼は真面目だがすぐに結果を出したがる。それがたまに裏目に出る事も少なくはない。

    先立って行ってしまうロウファの背中を見て小さな溜め息を吐いたジャスティスは、「待ってよ、ロウファ」慌てて彼を追いかけた、矢先。奥からチラリと何かが見えた――


    「―…ッ!」
    ジャスティスは何かの気配を感じたのか、
    「ロウファ! しゃがんで!」
    叫びつつ後ろからロウファの腕を掴んで地にひれ伏させ同時に自身もしゃがんだ。その数秒のち続けて


    ゴオォオウウゥゥ…!!


    地に伏せるようにしゃがんだ二人の頭上を炎の『霧』が舞っていった。


    「―…なッ?!」
    ロウファが驚き霧の放たれた方を見やれば――
    「ファイヤバード!?」

    その名の通り、全身を炎で包んだ孔雀のような大きな鳥が道を塞ぐように二匹飛び交っている。


    「……ッ、暑い訳だぜ…」
    「魔物の討伐ってこれかな?」
    口々に言いつつ、立ち上がり態勢を整える二人。

    「――とりあえず」ロウファは槍をまた構え、「やるしかないよな」

    「…そうだね」
    頷きつつジャスティスも双剣を抜く。


    「…行くぞ!」
    ロウファは掛け声と同時に槍の切っ先を一匹に向けて繰り出し、ジャスティスも同じようにもう一匹のファイヤバードを目掛けて双剣の刃を見舞う。

    だが二人は手応えを感じなかった。お互い一瞬だけ目配せをし同時に間合いを取る。


    「―…おい」
    「うん。分かってる」
    視線はファイヤバードから外さずに呟くように言葉を交わす。

    「…全く手応えないがお前は?」
    「…僕もだよ。…もしかして――ッ?!」
    ジャスティスは言いかけてまた身を地に伏せる。それはロウファも同じく身を屈めファイヤバードを睨みつけながら、
    「―…ッ、間髪入れずの『炎の霧』か……!」

    「…交互に霧を放ってくるから手出しができないね…」
    「何とかならないのか?」
    お互い炎の霧が届かない所まで下がり、
    「…物理的な攻撃は効かないみたい……」
    言ってジャスティスは双剣を収める。

    「…だろうな。」
    ロウファも頷き槍を背に戻すと、
    「『突いた』感覚がなかったからな」

    「相反する魔術じゃないと突破出来ないかも……」
    「…だな。」
    ジャスティスと同じように感じていたロウファ。
    「とりあえず俺が術を唱えるからお前は――…」


    ゴオオォォ…ッ!


    ロウファの言葉をかき消すように炎の霧が何度か宙を舞い残火がこちらに届く刹那――

    「―…アイスシールド!!」
    ジャスティスが『晶星術(しょうせいじゅつ)』を唱えた。
    透き通った青色の『氷』属性を持つ壁が、炎の霧の行手を遮りジャスティスとロウファの身を守った。


    「……ッ、お前それ使えたのか?」
    術を唱えたジャスティスに驚くロウファ。
    「うん。一応はね」ジャスティスは軽く答えて、「教本読んでたから」照れたように笑った。


    ――ジャスティスが先程唱えた『晶星術(しょうせいじゅつ)』とはこの世界における術の一つである。星の礎となるエレメントを介して黄道十二星の力を具現化し術と術を融合して発動させる。『人』が産まれながらにして持つ基礎魔力と基礎信仰心があれば誰でも使えるポピュラーな術であるが、デメリットは発動者の魔力と信仰心の度合によって持続性が左右する。なので日常生活ではあまり使用されないが、主に闘いに身を置く冒険者たちの方が使用頻度が高い。また晶星術は技能に近く武器や防具に付与(属性の力を付ける)事もでき、個人的な『技』として身につける者も多い。


    「…ま。何にせよ、これで『霧』は防げた訳だ。」
    「うん。でも僕の魔力と信仰心だとあまり長く持たないよ?」

    「分かってる」ロウファは即答し、「その間に凍らせる!」言って詠唱に入る。その間ジャスティスは注意を周りに向けた。霧は防げても他の魔物に襲われる可能性があるからだ。


    ロウファは深呼吸をし精神を集中させる。
    「青と氷に連なる四神、青龍(セイリュウ)」
    詠唱ともに産まれる青い光。光球と具現した右手の二本指で菱形を描き、「誘引する清流の依り代を具現化せよ」左手の二本指で四角形を重ね描き青色の八芒星を完成させた。

    青い八芒星は次第に強く輝きを増して――

    「…アイシクルランサー!!」

    ロウファの術と共に八芒星は弾けてファイヤバードの頭上に雹が降り地中から鋭利な氷柱がファイヤバードを串刺しにする。


    ロウファが放った雹と氷柱の餌食となったファイヤバードは低い地鳴りに似た雄叫びをあげて赤い炎を散らし消えた。


    「…やった、みたいだね」
    ジャスティスが静かに言い、
    「早く進もうぜ」
    ロウファは服についた土埃を軽く払って足を先へと進ませた。



    「……ッ、」
    数歩進んでロウファはすぐに足を止めた。
    「…ちょ、ロウファどうしたの?」
    いきなり立ち止まったロウファの背中に勢いでぶつかるジャスティス。


    「……なん、だよ…これ……」
    「…なに……ぇ…」
    数メートル先の真下。段差で低くなった場所に広がる赤と橙色に輝く液体――
    「溶岩……」

    そう。赤々と煌めくその液体はまさしく溶岩。
    ゴポゴポと炎の液体を沸騰させているその姿は神々しくもあり、また恐ろしくもある。


    「…これ…試験ってレベルだと思うか……?」
    眼下に広がる溶岩の熱気でロウファもジャスティスも顔が真っ赤になっている。
    「分からない、けど……」ジャスティスは言いつつ首を横に振る。
    よく見ようと一歩乗り出して覗き込もうとしたその時――




    ガアァァァアアァァ……ッ!



    地面を揺るがす咆哮と共に溶岩から火柱が立ち昇る。


    「「―…ッ!?」」

    ロウファとジャスティスは驚き後ずさる。
    それと同時に段差の縁に火の粉のような丸太が二本引っ掛けられた。いや、よく見ればそれは丸太ではなく丸太の大きさをした獣の前脚――


    「…なん、だよコレ……!?」
    震える声で叫ぶロウファ。


    グガァァアアァァ!!


    二回目の咆哮で『それ』は溶岩から姿を現した。 

    溶岩の『風呂』から飛び出してきたのは赤い炎の立髪をもつ巨大な狼――レッドウルフ。



    「…まさか、コイツが試験の――?」
    「そう…だと思う!!」
    二人とも既に武器を構え攻撃態勢にあるが――


    「勝てるのかよ、こんなのにッ」
    「やるしかないよ!」


    グオォォォォ…!

    レッドウルフは巨木をも一飲みしそうな口を開け大きく息を吸い込んだ。


    「―…、避けろッ!」
    ロウファが叫んだ途端にレッドウルフは二人を目掛けて火の息(ファイヤーブレス)を吹きかけた。

    ブレスを浴びた地面の岩肌は焼石となりブスブスと燻っている。

    ロウファとジャスティスは、ロウファの叫びと共に真横に飛び退き間一髪を避けたが。


    ブレスを吐いたあとレッドウルフは口を閉じ僅かに停止した。これを次のブレスの『溜め』と瞬時に理解したジャスティスは、この機を逃す筈なく地を蹴って跳躍する。双剣の切っ先をレッドウルフに向ける。目指すは奴の左目――

    レッドウルフもジャスティスの攻撃を読んだのか、左の前脚で蠅を追い払うように攻撃を防いだ。剣が弾かれた衝撃でジャスティスの身体は地に叩き落とされ、『ドンッ』と四肢を打つ嫌な音がする。


    「…ジャスティス!」
    「大丈夫!」
    ロウファの声に短く答えるジャスティス。空中で身体を反転させて受身を取ったのが幸いしたのか身体はさほど痛くはないが衝撃は凄まじい。弾かれた剣を手放さないように強く握り締めていたせいで衝撃の振動は柄(つか)まで届き腕まで痺れさせていた。

    「大丈夫か?! お前」
    「うん。簡単には斬らせてくれないね」
    駆け寄ってきたロウファに手を差し出され、ジャスティスはロウファの手を借りて立ち上がる。


    クカァァァ……ッ!


    レッドウルフが再び息を吸い出した。

    「……ッ、ロウファ! 僕がヤツの気を引き付けるから…!」
    「ちょ、でもお前――」
    早口で言って間合いをとるジャスティスに言い淀むロウファ。

    「魔力はキミの方が高い! この一瞬しかないから!」
    「―…おうッ!」
    ジャスティスにそこまで言われ戦法を理解したロウファ。頷いて術の詠唱に入る。


    「青と氷に連なる四神、青龍(セイリュウ)! 誘引する清流の依り代を具現化せよっ!」
    ロウファは素早い詠唱動作で青い八芒星を自身の前に作り描いた。


    ロウファの八芒星の完成と当時にレッドウルフが、ロウファの対角線上にいるジャスティスに向かってファイヤーブレスを吐く。
    「―…今だよッ!」
    ジャスティスの合図のあと――

    「ヒョウガ!!」ロウファは力ある『術』を発した。

    ロウファが産み出した青の八芒星は無数の拳大の雹となってレッドウルフを目掛けて降り注いでいく。



    ガアァァァアアァァ……ッ!


    一際大きい咆哮をあげるレッドウルフ。縦横無尽に降り注ぐ雹によってレッドウルフは暫し身体を硬直させた。


    その間、レッドウルフの二度目のブレスを掻い潜ったジャスティスは次の術の詠唱に入っていた。
    「黄と地に連なる四神、白虎(ビャッコ)! 不変なる光刃の依り代を具現化せよっ!」
    黄色に輝く八芒星を完成させる。
    「グァバラッ!」
    瞬間に黄色の八芒星は消えて次に段差に縁から鋭利な石柱が飛び出し、レッドウルフの顎を薙いだ。


    ガアァァァアァァーー!!


    断末魔の叫びにも聞こえる地鳴りのような咆哮と共にレッドウルフの姿は黒い煙となって霧散した。



    「…やった、のか……?」
    「多分、ね……」
    レッドウルフの姿が完全に消えたのを確認してからロウファはジャスティスに近付く。
    徐に手を掲げ――「キャラエド」と、法術を唱える。
    途端にロウファの身体を覆い込むように白い光が溢れ、それはジャスティスの身体も包み込む。
    「…ロウファ、ありがとう」


    「とりあえず、戻ろうぜ」
    「……うん。」
    踵を返して来た道を引き返すロウファ。
    ジャスティスも同じように背を向ける――その前にチラリと溶岩溜まりを見た。

    レッドウルフは退治したのに空気が『まだ』淀んでいる。
    溶岩の光に照らされて岩壁が所々反射してその隙間から暗い深淵が覗きこんでいるようでジャスティスは少し怖くなって逃げるようにその場を後にした。


    「お前、何やってたんだよ?」
    ロウファの後を追ってくると、彼は巨大な『キノコ』の所でジャスティスを待っていた。
    「ごめん。待たせちゃった…」

    「別にいいけどよ、ちょっと――休憩しようぜ」
    「…うん……?」
    ロウファは座り込み壁に寄り掛かる。ジャスティスもロウファの隣に座るが不思議そうに彼の顔を覗き込むと、
    「なんだよッ? 俺だって疲れてんのッ」
    「あ、うん。そうだよね。」


    「…ふぅ……」
    ロウファは頭の後ろで腕を組み深い溜息を吐いた。
    「そういえば――あの『キノコ』は?」
    「俺がここに来た時はもういなかったぜ」
    「そう、なんだ……」
    隣にいるロウファに若干の違和感を持ち、不安になったジャスティスは膝を抱え込んでしまう。

    「…ジャスティス?」
    ロウファはジャスティスの肩に手を乗せる。
    「お前…大丈夫か……?」
    切れ長の瞳が心配色で微かに揺れた。

    「うん…大丈夫……」
    ロウファに心配をかけたくなくて小さく呟くジャスティス。



    ――違和感は、ロウファじゃない。この空間だ。
    ここにいると呼吸が乱れ頭がおかしくなりそうだった。

    早くここから出なければ――

    頭では分かっているのに身体が言う事をきかない。ひどく疲れてしまった。

    でも早くここから出ないと。

    (…早く……出ないと………)

    そう思っているのに。頭は警鐘を鳴らしているのに。
    ――身体は鉛のように重い。そしてすごく眠い。


    「…ロウファ…ごめん、ちょっと……」
    (ダメだ! 早くここから出なければ!)
    相反する、思考と肉体。
    「…ちょっと……寝て、いい………?」
    (駄目だ! 早く逃げないと!)

    「…ああ、いいぜ。」
    隣にいるロウファの声――


    …もう……疲れた…………。


    その言葉を発する前に、ジャスティスの意識は深い闇に堕ちた。
    しんさん Link Message Mute
    2023/03/11 16:55:10

    一章二幕

    #一次創作  #長編小説  #ファンタジー  #冒険

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