So sweet birthday その男を連れてきた時、アスティカシア高専時代の後輩であるグエル・ジェタークの「人を見る目」が未熟であるという疑惑が真実であると確定しかけた。
ジェターク・ヘビー・マシーナリーCEOであるグエルが連れてきた、オルコットと呼ばれている男は勇猛で高潔な獅子ではなく、獰猛で冷徹な狼のような男であった。グエルから聞かされたオルコットの経歴は、長じてからはMSパイロットに傭兵と、軍人稼業であった。そんな彼を自分のボディーガードにするという。荒事には慣れているだろうが、彼は狼であって忠犬にとうていなれるとは思わなかったし、狼と獅子が共生できるとも思えなかった。やはりラウダの手紙・プレゼントの検閲は間違っていた。
悪い予想に反し、オルコットはグエルに対し忠実な護衛である上、グエルの心まで守っていた。
先代社長・ヴィム・ジェタークの事故死にグエルが関わっていたという陰謀論がイエローペーパーに書かれたことがあった。グエルの身辺に三流記者が張り付いて、その内の一人がグエルが車に乗車するのを邪魔した時は、当然だがオルコットは容赦なく投げ飛ばした。だがグエルの顔色が紙のように真っ白になっていて、その後に入っていた会議の開始時刻を遅らせたほどだった。そのとき休養しているグエルは仮眠室から抜け出して物陰にいた。俺は仮眠室に戻るよう促そうとしたが、オルコットがそばにいて、うずくまったグエルに辛抱強く話しかけていたのでやめた。数時間後、戻ってきたグエルの顔色はいつも通りに戻っていた。
俺はこの件でオルコットを信用することにした。それから注意深く見ていると、グエルはオルコットにカミルと同じくらい気を許しているし、オルコットもグエルに対して単なる雇い主以上に気にかけているのがわかった。
そんなオルコットに、今、昼休憩始まってすぐに俺は呼び止められた。時間内に昼食を食べて、歯磨きをし、できたら軽い運動をするというルーティンを崩されそうで、すこし気が立った。
「お前、昼食はキッチンカーで買ってるよな」
「そうっすよ」
オルコットとは秘書とボディーガードという仕事柄、よく顔を合わせているので、信用することにしてしばらくたってから、砕けた調子で話すようになった。そのときから昼食のおすすめのキッチンカーの情報交換とかするようになったのだ。
「悪いがブリッジズというキッチンカーの、イチジクのタルトか、ダブルショコラタルトを買ってきてくれないか? 釣りはやるから」
ブリッジズは、俺たちが勤めているジェターク本社のあるオフィス街周辺によく店を開いている、キッシュ・タルト専門のキッチンカーだ。ここのキッシュ一つで仕事終わりまで持つくらいボリューム満点なことと、美味くて手頃なことで人気なのだ。
その程度の頼みか、と少し拍子抜けした。すぐ済む用事でお釣りまでもらえるなら受けない選択肢はない。
「いいっすよそれくらい。じゃあ、昼ご飯そこのキッシュにしようかな」
オルコットは俺の諾の返事に、端末を取り出して俺の口座に送金してくれた。イチジクのタルト二個分の金額である。気前がいい。
「いいなそれ。じゃあ、頼んだ」
オルコットの声に送られて俺はエレベーターで地上階に降りて外に出た。ブリッジズのキッチンカーは運のいいことに本社近くに停まっていて、通常の昼休憩前に並べたおかげか、列も並んでいたのは三人くらいだった。
俺はそこで自分の昼食用に、ほうれん草とベーコンのキッシュと、オルコットからのお遣いのイチジクのタルトを買った。キッシュはすぐ食べるから紙で簡単に包んでもらって、タルトは崩れないよう紙のケースに入れてもらう。
本社のオフィスの階でエレベーターを降りると、オルコットが待っていた。
「買ってきましたよ」
そう言って渡そうとするとなぜかオルコットは受け取らなかった。
「悪いが秘書課の冷蔵庫に入れて置いてくれないか? それで三時にCEOに出してくれ」
それで合点がいった。今日はグエルの誕生日であった。朝一番にスケジュール確認があったから、俺はその時に一言言ったが、ケーキや贈り物は考えてなかった。
「それならあんたが直接渡したほうがいいんじゃないですか?」
「さっき改めて確認したら、俺はその時間警備で執務室に行く用がなくてな。こちらの不手際で申し訳ないが、頼まれてくれると嬉しい」
「了解です。おまかせを」
そう俺が言うと、オルコットは安心したのか表情を緩めた。
三時になった。約束通り俺は冷蔵庫からタルトを取り出し、磁器の皿に移した。飲み物はいつものように、グエルが持ち込んでるコーヒーである。
タルトとコーヒーが乗ったトレーを片手に執務室のインターホンを押すと、すぐに入ってくれ、と応えがあった。
「お疲れ様ですCEO。三時ですから休憩でも」
「もうこんな時間か……」
そうつぶやいてグエルは眉間を揉んだ。その仕草が年齢に見合わない重圧を察せられて、胸のあたりに痛みが走った。
「今日はお誕生日ですからね。警備部のオルコットさんからプレゼントです」
自分でもわざとらしく感じるほど明るくサーブした。とたんにグエルは喜色満面になる。
「本当にあの人誕生日にくれたんだ……」
「買ったのとサーブしたのは俺ですがね。企画と出資はあの人です……CEO、あの人に頼んだんですか?」
私的なことで何かを頼むことをしないグエルが、オルコットには頼み事をするのが新鮮だった。
「いや、いつだったか誕生日に食べたいケーキの話になったとき、ブリッジズのイチジクのタルトを食べてみたいって言っただけだ。それを今日、こんな形で叶えてくれるとは思ってなかった」
グエルはタルトを宝石か何かのように眺めていた。彼のこんな無防備に喜ぶ顔は、高専に上がる前のグエルの誕生日パーティーのときぶりではないだろうか。
「よかったですねぇ。コーヒーも冷めちゃいますし、召し上がってください」
「そうしよう……先輩も、ありがとうございます」
一瞬、何にお礼を言われたかわからなかったが、すぐにケーキのお遣いに行ったことに対するものだということに気がついた。相変わらず律儀で、そういうところに人として惹かれる。
「いやいや。礼ならオルコットさんにお願いしますよ」
「それはもちろん」
そう言うとグエルは携帯端末をタルトに向けた。写真におさめた後、指が踊るように画面をタップしていたから、きっとお礼のメールにさっきの写真をつけてオルコットに送っているのだろう。すぐお礼を言うのはいいことだが、直接会ってあの無防備な笑顔でお礼を言った方がいいのではないだろうか。
なんて助言をしようと思ったが、仕事中だしなと思い直して、俺は執務室を出た。
<終>
感想ください!フォーム→
https://privatter.net/m/yuritano_fuu
パス:15