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    第1章:インサイダーズプロローグ:入学式の朝孔井元弘 こと 御当地ヒーロー「風天(ヴァーユ)」久留米レンジャー隊 隊長代理・中島真一 (1)長崎刑務所 特異能力者棟:医師・山口耕三眞木治水 (1)眞木桜 (1)高木瀾 (1)久留米レンジャー隊 隊長代理・中島真一 (2)広域組対 捜査官 猿渡喜龍 (1)高木瀾 (2)広域組対 捜査官 猿渡喜龍 (2)眞木桜 (2)安徳セキュリティ社長・行徳清秀(1)眞木桜 (3)高木瀾 (3)眞木桜 (4)プロローグ:入学式の朝「瀾ちゃんさぁ……何で、ヌイグルミを3つも抱いて寝てんの?」
     あたしは……両親の離婚で、赤ん坊の頃から別々に育ったけど、高校進学を機に一緒に暮す事になった双子の姉を起そうとしていた。
     ただし……姉の瀾ちゃんは……ベッドの中で、十年ほど前の子供向けアニメに出て来た恐竜のヌイグルミを抱いて寝ていたのだ。それも複数個。
    「『3つ』って言い方は……ちょっと差別的じゃないか?」
    「へっ?」
    「せめて、3人とか……」
    「意味が判んないよ、瀾ちゃん」
    「前々から思ってたが、日本語はやっぱり言語として不完全だ。人間より高等な生物を数える為の助数詞が無い」
    「仮に恐竜が人間より高等な生物だとしても、それは恐竜そのものじゃないよ。あくまで、恐竜のヌイグルミ」
    「寂しい事を言うな……」
    「それはいいから、とりあえず、あたしの最初の質問に答えて」
    「いや……その……ガジくんをガールフレンドのスーちゃんから引き離して、私が抱いて寝るのは……何か不道徳な気がしてな……」
     そう言って瀾ちゃんは、とぼけた顔の「ガジくん」と、ちょっと恐い顔の「スーちゃん」を持ち上げた。
    「はぁ?」
    「いや……その……ガジくんだけ抱いて寝るのは不道徳な気がするんで2人一緒に……」
    「じゃあ、ガジくんとスーちゃんの2つだか2匹だか2人だかだけ抱いて寝れば良くない?」
    「あ〜、タル坊はさびしがり屋さんなんで1人ぼっちにしとくのは気が進まない……」
    「じゃあ、タル坊だけ抱いて寝れば……」
    治水おさみ、お前、天才だな。はい」
     そう言って、瀾ちゃんは、一番気が弱そうな顔の「タル坊」をあたしに渡そうとする。
    「へっ?」
    「『へっ?』って何が『へっ?』」
    「えっと……」
    「お前が抱いて寝たかったんじゃないのか?」
    「あのね……あたしは、その手の『可愛いもの』が苦手なの」
    「あ……そ……」
     ともかく、瀾ちゃんは、制服に着替える。
    「結局、制服はズボンにしたんだ……」
    「ああ……何か有った時、肌の露出が少ない方が怪我が軽くて済む」
    「あのさ……まだ……『御当地ヒーロー』になる事に未練が有るの?」
     瀾ちゃんは一瞬、「あっ」と言いたげな顔になった。
    「……い……いや、自転車通学だから……自転車で転んだ時とかの事を考えて……」
     十年前の富士山の噴火で関東が壊滅した時、あたしの母さんは、あたしの従姉妹のみちる姉さんと、そのクラスメイトだった桜姉さんを養子にした。
     その後、母さんも満姉さんも死んでしまい……残った桜姉さんの勤め先は対異能力犯罪広域警察「レコンキスタ」だ……しかし……あたしの父さんの一族の「稼業」は、「レコンキスタ」にとっての取り締まり対象にして商売敵である「御当地ヒーロー」「正義の味方」だったのだ。
     しかし、3月中旬に起きた大騒動の結果、瀾ちゃんは「御当地ヒーロー」を「破門」され、警官とその取り締まり対象が一つ屋根の下で家族として暮す、と云うややこしい事態は回避された。
    「おはよう……」
    「何ですか、その格好?」
     台所に居た桜姉さんは、職場の制服ではなくて、普通のビジネススーツを着ていた。
    「お前の入学式に保護者として付いていく為だ。治水の方は、お祖母ちゃんが行ってくれる事になった」
    「じゃあ、学校まで自転車で行くんで、あっちで落ち合いましょう」
    「そうだな……」
     こうして、あたし達の高校生活は始まった。
     もちろん、この時は、平穏な高校生活になる確率はゼロじゃないと信じていたのだが……ほんの数日で、その予想は外れる事になった。
    孔井元弘 こと 御当地ヒーロー「風天(ヴァーユ)」「なぁ……お前おめぇんとこ保険は下りるの?」
     おいらは駅ビルの同じフロアに入っていた、ちゃんぽん屋の店長にそう言った。
     おいらと奴の視線の先には……壊れた駅ビルが有った。
     この駅ビルの一番損害が酷い階に、おいらの「表」の商売であるうどん屋の店舗が有った訳だ。
     営業再開まで数ヶ月。
     ビルだけじゃない。
     電気・水道・通信。地下に有るインフラ網のダメージもかなりデカい。
     先月半ばのあの事件から二〇日以上……この辺りでは……未だに携帯電話ケータイの接続が悪い。
     まず、基地局を動かす為の電線が寸断されてる。
     そして、基地局が動いても、その先のネット回線も寸断されてる。
    「満額じゃなかけど……何とか……。でも……次の保険の契約更新で、保険料上がると云うちゅ〜話じゃ……」
    「ウチもだ……」
     一応は、保険会社も支払い対象と認めてくれて……「テロ・異能力犯罪保険」の保険金は下りる事になった。
     とは言っても、世間一般では知られてないタイプの「異能力者」による馬鹿みてぇな……最早、犯罪って言うより災害レベルの事件だったんで、揉めに揉めて、結局「異能力犯罪」じゃなくて「テロ」扱いになったが……。
    「ところで従業員の給料……どうする気ね?」
     奴はそう聞いてきた。
    「ああ、3〜4ヶ月の間だけだが……正社員の分は……三分の二ぐらいは保険で出せる。バイトは西鉄の駅前の支店に入れるか……新しいバイト先を紹介した」
    「お……おい、待て、そんなそぎゃん保険のコースが有ったのかよあったとか?」
    「ああ……」
    「知らんかった……」
    「こんな御時世に迂闊だろ、そりゃ」
    「いや……まさか、九州こっちでも、あんなあぎゃんこつが有るとか思いも……」
     二〇〇一年九月一一日。「この世界には『普通の人間に無い能力ちから』を持つ者が山程居て……しかも、その『能力』の多くは現代の科学では理屈が説明出来ない」……世間一般がそう知ってしまった日。
     あの日、おいら達は……結構、いい齢だった。
     それから二十年以上……いや三十年近くが経った。
    「今ん時代……世界中どこでも……こんな事は起き得るんじゃねえのか?」
    「言うても仕方無かが……何ちゅ〜御時世になったんじゃろ……」
    「あんた……いくつだったっけ?」
    「……六十五……」
    「どんな時代も……年寄は若い頃とは違う世界で生きていかなきゃいけねのに変りは無かったんだよ……。おいら達の時代は……それが少しばかり極端だっただけさ……。『時代の変わり目』じゃなかった時代なんてぇよ……」
    「何ね。あんたらしくらしゅう無いなか……。どっかの学者先生みたいなごたるこつうて……」
    「あれ……何やってんですか?」
     その時、若い女の声。
    「小僧……今日が入学式か?」
     自転車から声をかけたのは、おいらの「裏」の仕事である「御当地ヒーロー」「正義の味方」の……「見習い」だったらんだ。
    「ええ……」
    「おや……ウチの常連さんじゃなかね?」
    「待て……お前……お前の親父や伯父貴とは長い付き合いだったのに……ウチの商売敵の所に行ってたのかよ⁉」
    「ああ……そう言や……お父さんらしか人と一緒のこつが多かったような……」
    「ええっと……」
     その時、少し先から「おい、高木、行くぞ」と云う声がした。
    「あ……クラスメイトが待ってるんで、その話は、別の機会に……。おい。自転車の2人乗りは危ないぞ」
    久留米レンジャー隊 隊長代理・中島真一 (1) あの日、久留米レンジャー隊のメンバーの数が一気に半数以下になった。
     俺と同期「入社」だった隊長レッドの江頭裕と、眞木の同期で狙撃・索敵担当ブラックりゅう一樹と、りゅうの補助をやっていた通常型グリーンの着装者の1人・長野ちょうの浩美ひろみは、乗っていたヘリごと粉微塵になった。
     ヘリに乗っていなかった4人の内、通常型グリーンの池田晴紀はるきは、少年兵を逃げ遅れた子供だと誤認して救助の為に近付いた所を、至近距離からスラッグ弾を撃ち込まれ……肋骨を骨折し入院。
     今、「出社」が可能なのは、副隊長ブルーの俺と、パワー型イエロー着装者の眞木桜、通常型グリーンの最後の1人の大石隆太だ。
     追加要員が来るのは……5月以降で、それも「入社」したての新人ばかりらしい。
     広島県内と山口県内の支部から、即戦力として特務要員ゾンダー・コマンドが計2名「転勤」してきたが……今は、まだ「お客さん」状態だ。
     対異能力犯罪広域警察機構「レコンキスタ」福岡県久留米支部の前線要員は……早い話が、今、5人しか居ない。
     あと、あの日、単に、久留米支部唯一のヘリが失なわれただけでなく、下手な前線要員より遥かに貴重なヘリ操縦のベテランである富松省吾も死んだ。
     あの日のあれを起したヤツ……広島のある暴力団のリーダーである佐伯漣が……何だったのかは、未だに判らない。
     そもそも……あの時、何か変だと気付くべきだった……。ウチのデータベースに「異能力犯罪者/犯罪容疑者・SSS++級」として登録されているのに……肝心の「異能力」や「容疑」「前科」についての情報が何も無かった事を……。
     そもそも、「SSS++級」なんて格付け・分類は「データベースの仕様としては存在する」事は知ってたが……本当に、そんなデータが登録されていると知ったのは……あの日が初めてだ。
     感心出来た話じゃないが……あの日、一時的に違法な「御当地」ヒーローと手を組む事になったのだが……そのリーダー格らしき男は……こう言っていた。
    「神に選ばれた者」
    「『魔法使いにとっての魔法使い』『超能力者にとっての超能力者』……いや、それでも控えめな喩えだ」
    「警察や軍隊や俺達みたいなのが……台風や洪水や地震や火山の噴火に『勝てる』か? あれは、そう云う代物だ。ゴジラみたいな化物が、たまたま、人間の姿をしているだけだと思え」
     そして、たった1人で、4m級の軍用パワーローダーを吹き飛ばし、JR久留米駅周辺に復旧まで数ヶ月かかる傷跡を残し……どうやら、「違法な御当地ヒーロー」達が複数連れて来た「そいつの同類たち」による「説得」の結果、「お引き取りいただく」事に成功した……らしい。
     ともかく、隊長代行になって二〇日ほど経ったが、まだ、隊長がやる筈のデスクワークには慣れていない。
     今日も今日とて、自分で出した予算申請(申請書の作成は副隊長仕事だ)の審査・承認(これは隊長の仕事だ)を自分でやる羽目になり、流石に経理からクレームが来たが、なら、この場合、どうすれば良いかは誰も知らない、と云う無茶苦茶な事態になり、それで午前中一杯の時間が潰れてしまった。
     しかし、この馬鹿げた事態も……来週か再来週には終る。
    「お疲れ様です……」
     妹の入学式に保護者として行く為に、半休を取ってた眞木が「出社」して来た。
     その入学式から直接ここに来たらしく、普通の会社員みたいな格好だ。
    「あ……メールが来てると思うけど、来週の月曜から金曜まで、研修行けってさ。阿蘇の施設で泊まり掛けだって」
    「えっと……何の?」
    「副隊長になる為の」
    「は……はぁ……。で、給料の交渉は、どうなりました……?」
    「階級はそのまま、で基本給が上がるとしても来期からだけど……今月から役職手当が付くってさ。基本給の二五%」
    「よっしゃっ♪」
    「で、その次の週は、俺が隊長になる為の研修」
    「えっ……その間、私が、ここの責任者っすか?」
    「そうだ。しっかりやってくれ」
    「あ……副隊長、眞木さん、午後からのマル暴との打ち合わせの資料出来ましたんで、目を通しといて下さい」
     その時、レンジャー隊の一番下っ端の大石が、そう声をかけてきた。
    長崎刑務所 特異能力者棟:医師・山口耕三「はい、いつも、協力ありがとう。毎度ながら、驚異的な結果だ」
     私は、彼の身体能力の測定が終るとモニタごしに、そう声をかけた。
    『いや、俺も体を動かすのが好きなんで』
     この男は……二〇年間、ここに収容されている。
     異能力者・XENO……呼び方は色々と有るが、そのような者達の存在が明らかになって三〇年近く経ったが、彼を「特異能力者」と見做すべきか、単なる正規分布曲線ベルカーブの端に居る「異常に身体能力が高いだけの一般人」と見做すべきか、結論は出ていない。
     四十も後半なのに……ここに収容された二十代の頃に比べても若干では有るが、身体能力が上がっている。
     外見も三十前後にしか見えない。
     白髪一つ見当らない髪は、薄くなる気配すら感じられない。
     当初は、催眠や洗脳により対異能力犯罪広域警察機構「レコンキスタ」の中でも「特異能力者」から選抜された特務要員ゾンダー・コマンドに加えるべく、「レコンキスタ」が裁判所に圧力をかけた結果……それまでの判例からすると死刑相当の罪にも関わらず、仮釈放有りの無期懲役の判決が下された。
     だが、その後に判ったのは、極めて残念な2つの事実だった。
     1つ目は、彼が催眠や洗脳……既知の手法のみならず「魔法」や「超能力」によるものも含め……に極めて強い耐性を有していた事。
     2つ目は、何とか催眠状態にする事には成功したが……その状態では、彼が、その驚異的な身体能力を不完全にしか……それでもトップアスリート級だが……発揮出来なくなる事だった。どうやら、彼の異常な身体能力は、彼の感情……端的に言えば「やる気」……と密接に関わっているらしいのだ。
    『そう言や……娑婆の方はどうなってます? 福岡の久留米でデカい騷ぎが起きたみたいですが……新聞やTVでは、詳しい事を言わねぇんで……』
    「事件に伴なって各種インフラも被害を受けたらしくてね……。監視カメラの映像も残っていないし、携帯電話の基地局は停止。ネット回線も被害を受けたらしい……。あの事件の詳細に関しては……噂レベルのモノしか無いね」
    『例えば……?』
    「久留米近辺に出没してる『銀色の狼男』が新しい『護国軍鬼』にボコボコにされた……とかね……」
    『えっ? その新しい「護国軍鬼」ってのは……』
    「さぁ……これも噂だが……子供ぐらいの体格しか無かったそうだ」
    『いや……待って下さい。あいつ、いつ、A+級から脱落したんですか?』
    「残念ながら、私は『レコンキスタ』の犯罪者・容疑者データベースにアクセス出来ないが……その手のA+とかC−なんて『ランキング』は……言うなれば……そうだな『世界報道自由度ランキング』とか『ジェンダーギャップ指数ランキング』みたいなモノだよ」
    『へっ?』
    「その手の国別ランキングは……±1桁前半なら大した差は無いだろうし、翌年には順位が入れ革っている事も十分有り得るが……二〇位も三〇位も違えば、ランクが低い方の国は高い方の国に比べて、何かの重大な社会問題や政治問題が有ると見做して間違い有るまい。『レコンキスタ』のデータベースの『格付け』も似たようなモノだよ。±1ランク程度の差は誤差に過ぎないが4つも5つもランクが違えば、明らかな実力差が有る」
    『なるほどね……』
    「変な気は起こさんでくれよ……。昔みたいに、身体能力だけでSSS級になろうなどと……」
    『俺もいい齢ですよ……。若い頃ほど、どっちが強いの弱いのに拘ったりしませんよ』
    「そうだ……もう、そんな単純な時代じゃない」
     だが……翌日の夜明け前には、残念な事実が明らかになった。
     彼は……まだ……「どっちが強いの弱いの」に拘っていたし、もう、今の時代、「異能力者の強さ」の指標そのものが「単純なモノではなくなっている」事を理解してくれてはいなかった。
     早い話が……彼……二〇年前に「特異能力犯罪者の『格付け』で『最強』を目指す」と云う昔の格闘漫画のような理由で数十人の「特異能力者」を虐殺した男・有馬剛平……は、刑務所を脱獄したのだ。
     おそらく……狙いは……かつての彼の好敵手ライバルを倒したと云う……新たなる「護国軍鬼」だ。
    眞木治水 (1)「えっ……?」
     高校の入学式から帰って来て、居間にやってきた瀾ちゃんが固まった……。
     平常心に戻るまで、約三〇秒。
     瀾ちゃんにしては長い方だ。
    「な……なんで……?」
     あたしと一緒に居間に居たのは、中学の頃からの同級生で、同じ高校の同じクラスになった久保山ゆかりちゃん。こっちは……固まったまま。
    「知り合いだったの?」
     そう言や、紫ちゃんは小学校まで瀾ちゃんが前に住んでたのと同じ小郡おごおりに住んでて、中学1年の時に、久留米に引っ越して来た筈……。
    「えっと……何から説明すればいいか……。紫……ちゃんは……私の小学校の頃の同級生だ」
     ん? 何で下の名前で呼んで、しかも「ちゃん」付け?
    「で……瀾ちゃんは、あたしの双子のお姉ちゃん。親の離婚で別々に育って、名字も違うけどね」
    「あ……そ……そう……なんだ……」
    「えっと……」
    「あ……私、飲み物……持って来る……。何がいい?」
    「大丈夫、それ……あたしが……」
    「いや、後の洗い物も私がやる」
    「あ……そ……」
     何なんだ、この妙な雰囲気は……?
    『わかんないの?』
     先月から、あたしに取り憑いてる自称「神様」、事実上は傍迷惑な怪獣ゴジラである瑠璃ちゃんの声が頭の中で響いた。
    『わかんないよっ‼』
    『ほんとに、わかんないの?』
    『だから、何が言いたいの?』
     そして、数分後、瀾ちゃんはインスタントじゃない方のコーヒーを持って台所から戻って来た。
    「あ……元気だった……?」
    「う……うん……」
    「ごめん……ずっと連絡しなくて……」
    「い……いや、こっちこそ……」
     だから、何なんだよ、この雰囲気は?
    眞木桜 (1)「なんなんすか、あいつらは……? 警官のクセに、今時、職場でセクハラ関係の教育受けてないんですか?」
     私は、育ての母親の実の娘だけど、ややこしい家庭の事情で、つい最近まで存在すら知らなかった瀾に、初めて会った翌日に言われたのと似たような事を言っていた。
     他の警察機構カイシャとの打ち合わせの筈なのに、私が言われた事は「いやぁ、美人ですねぇ」「彼氏は居るの?」「結婚してんの?」その他、職場教育の「これやったらセクハラになるんで注意しろ」事例集そのまんまのセリフ。
     ついでに、私が何か意見を言うと……それが自分でも良いアイデアだと思ってる時に限って、私より十以上上の男が続いて、自分の意見のように鸚鵡返しで言って……何故か、他の男が「いやぁ……良いアイデアだ、○○さん」……。なお「○○さん」の「○○」には私じゃない名前が入る。つまり、私の言った事を鸚鵡返しした男の名前。
     少し前にJR久留米駅前で起きた大騒動……それに複数の暴力団が絡んでいる事が判明した……いや、正確に言えば、とっくに知ってたけど、政治的な理由で「ウチの『カイシャ』は最近ようやく知りましたぁ〜♥ てへっ♥」と云うていを装わなければいけなかったのだが……ので県警のマル暴と、対組織暴力犯罪広域警察……通称「広域組対」……との情報交換の打ち合わせの場に行く事になった。
     しかし……まぁ、今時めずらしい位の男社会だと思ってたウチの「カイシャ」が、同業他社警察機構の中では「実力さえ有れば、女も出世できる」所だと良く判った。
    「なぁ……何で、民間でセクハラ・パワハラが『遠い昔の神話の時代の話』と化したか判るか?」
    「えっ?」
    「何で、異能力者の存在が明らかになってから三十年近く……電車内の痴漢が、とんでもない勢いで減ってるか判るか?」
     副隊長の中島なかじまさんが、意図が良く判んない事を言った。
    「えっと……そりゃあ……。パワハラ・セクハラ・痴漢をやった相手が、特異能力者だった場合、ただじゃ済まないから……?」
    「そ……。俺達は、特異能力者が町中で暴れてたり、堂々と強盗をやったり、あまりに証拠を残し過ぎてるような連続殺人をやった場合は対処出来るけど……例えば『セクハラ上司1人だけ殺した以外は誰も殺してないし、殺す必要もない』ってタイプの特異能力による殺人は……対処は、ほぼ不可能だ……。そもそも、特異能力による殺人だ、って証明不能なケースが大半だ」
    「だったら……」
    「で……誰が『特異能力者』か判んない、この御時世に、ほぼ確実に『特異能力者じゃない可能性が高い。最悪、何かの特異能力は持ってても、大した能力じゃないか、使うのに制限が有る能力である可能性が高い』と言い切れる奴らが居るだろ」
    「へっ? そんなの……居ます……か……って、まさか……」
    「そう、だよ。誰かが、使ってのは何を意味してる? 戦闘で使える特異能力が有ったら……特務要員ゾンダー・コマンドに回されてる」
    「あっ……」
    「だから……レンジャー隊の女性隊員は……他の警察機構カイシャの古臭い男の生き残りからすりゃ……『誰が特異能力者か判んない』ような今の時代で……安心してセクハラ・パワハラが出来る数少ない『女』なんだよ」
    「んな……阿呆な……」
    「すまん……。俺が迂闊だった……。お前を連れて来るべきじゃなかった……」
     しかし……これは、本当の大騒動の前の予兆に過ぎなかった。
    高木瀾 (1) 私達が赤ん坊の頃に両親が離婚したせいで、別々に育てられる事になった双子の妹(なお、二卵性双生児らしいんで「言われてみれば姉妹っぽい」程度しか似てない)の治水おさみと暮すようになってから判った事が有る。
     男尊女卑が当然だった二〇世紀の日本における自称「料理好きの男」ってのが、どんな感じだったのかを。
     と言っても……治水は少なくとも生物学上は女性だが。本人の性自認に関しては……判断保留中。
     治水は自称「料理好き」だ。そして、昔のワンパターンな漫画みたいに「自称『料理好き』だけど作った料理の味は食えたもんじゃない」なんて事は無い。
     私だって味覚に自信が有る訳じゃないが……平均すると中の下ぐらいだろう。美味いとは言えないが、昔のワンパターンな漫画みたいな事態は、まず起きない。
     問題は……「平均すると」と言わざるを得ない事だ。
     味の平均は中の下ぐらい。分散ばらつきは……そこそこ以上に大きい。
     やる気の分散ばらつきは……それ以上に大きい。
    「これ……何?」
    「池波正太郎って昔の小説家知ってる? その人のエッセイに載ってた」
     フライパンで焼き目を付けた厚揚げに大根おろしと麺つゆをかけたモノと、ネギ入りの炒り卵。
     それが今日の晩飯のおかずだった。ご飯のおかずって言うより、大人の人達向けの酒のツマミのような気もするが。
     昨日は、逆に手間かけた料理……数時間かけて鶏ガラスープを取った鶏の水炊きだった。
     一昨日は鶏の唐揚げとインスタントの味噌汁。
     その前の日は、治水のやる気が完全にゼロで、近所のリンガーハットに行く事になった。
    「たまには……私が作ろうか?」
    「いいよ。あたし、料理するの好きだし」
     異論は有るが……それを口にするのは、もう少し信頼関係を築いてからにしよう。
    「ところでさ……この炒り卵も……その池波正太郎の本に載ってたの?」
    「うん……」
    「池波正太郎って……東京の人だったよな?」
    「それが……?」
    「何で、炒り卵に入ってるネギが青ネギなんだ?」
    「えっ?」
    「関東の人が書いた本に出てる……『ネギ入りの炒り卵』の『ネギ』って……白ネギである確率が高い気がするんだけど……」
    「あ……えっと……いいじゃない。美味しければ、どっちでも」
     今日の出来は……炒り卵の塩味が少しキツ過ぎる気がする。
    「ところでさ……ゆかりちゃんと……どう云う関係だったの?」
     はぁ?
     いや……そりゃ……。
    「いや……何って言うか……判るだろ?」
     あの時は……自分でも判る位、平常心を失なってた。あの状態では、嫌でも気付いてる筈だ。
    「へっ?」
    「『へっ?』って何が『へっ?』」
    「全く判んない」
    「いや……その……私をからかってるんなら……」
    「何言ってんの?」
     それは、こっちのセリフだ。本気で気付いてないのか?
    「ただいま〜」
     その時、玄関の方で、桜さんの声がした。
    久留米レンジャー隊 隊長代理・中島真一 (2)「ご……ごめん……すまん……あやまる……俺が……迂闊……いやマヌケだった……」
     昼休みが終った直後に、副隊長代理の眞木の御機嫌が斜めになった。
     最大の問題は……その原因の一端が俺に有ると云う事だった。
    「『ごめんなさい』は、いいっすから……私の質問に答てもらえますか?」
    「い……いや……その……だから……」
    「ねぇ……何で、他の警察機構カイシャのヤツに、私のメアド教えたんすか?」
     眞木はPCのモニタを見ながら舌打ちをした。
    「これで……もし……メールの内容が変なお誘いだったら……」
    「た……たのむ……俺の子供から父親を奪わんでくれ……」
    「あんた、子供なんか居たのか?」
    「いや……その……実は……内縁の妻との間に……」
    「本当か?」
    「ご……ごめんなさい……。言い訳のネタが尽きて……思わず……」
     昨日の打ち合わせに同席した広域組対の1人……要はa・k・a・セクハラ親父から眞木宛にメールが来た。
     上司である俺には来てない所を見ると……まぁ、どう考えても仕事関係では有るまい。
     当の俺が、昨日、眞木に言った通り、「誰がチート級の特異能力持ちか知れたモンじゃない」この御時世、クズ男が安心してセクハラをかませる相手は……「レンジャー隊」の女性メンバーだ。
    「画像ファイルが添付されてますね。ヤツのチ○コの画像とかだったら……中島なかじまさんのチ○コ、切り落としてもいいっすか?」
    「おねがい……やめて……」
    「えっ? 小便以外で使う機会なんて有るんすか?」
     いや、眞木は確かに特異能力持ちじゃないが……でも……。
    「あ……あの……馬鹿……誰に手を出そうとしてるか……判ってんのか?」
     何故か眞木が、俺の言いたい事を代弁してくれた。
    「えっ?」
     添付画像は2つ。
     県内有数の進学校の制服を着て自転車に乗ってる眞木の妹その1。
     そして、市内にある女子高の制服を着てる眞木の妹その2。
     俺も、詳細は知らないが……そして、こんな脅迫をしたヤツは、もっと知らないだろうが……この2人は……化物だ……。
    『妹さん達の顔と通学路は判ってる。こっちの要求に従ってもらおう。俺に渡して欲しい情報が有る』
     メールには、そう書かれていた。
    「あ……あの……あのさ……これ……ひょっとして……誰かに助けを求めた事が判ったら、妹の身に危険が及ぶぞ……ってヤツか?」
    「しかし……これ……どう云う事ですかね?」
     眞木の妹を人質にしたつもりのヤツが要求してきた情報は……ウチの「社内報」に、ウチの健康保険組合の会報に……その他、ウチの内部文書だが、どうって事無いモノばかり。
    「あぁ……これ……聞いた事ねぇか? 地方紙を1年間チェックし続ければ……その県の県庁の管理職クラスの名前と役職を、8〜9割方、リストアップ出来る、って話を……」
     何故か丸ぼうろを食べながら、背後うしろから眞木のPCの画面を覗き込みつつ、そう声をかけたのは、転勤してきたばかりの特務要員ゾンダー・コマンドの秋光さんだった。
    「ええっと……じゃあ……その……」
    「そ……。広島の右翼団体の神政会が似たような手を使った事が有った。警察や検察のエラいさんの身元を調べ上げて……警察や検察が言う事を聞かなかったり、気に入らねぇ事をやったりすりゃ……例えばエラいさんの子供が通学中に……」
    「殺される?」
    「もっと酷い。楽に死ねりゃめっけもんだ……」
    「じゃあ……その為の情報を入手する第一段階として……まずは、ウチの誰も重要とは思わない内部文書から、ウチのエラいさんの名前と役職のリストを作るつもり……と」
    「何て、御時世だよ……同業他社も信用出来なくなるって……」
    「ん?」
    「どうした眞木?」
    「『通学路は判ってる』って言ってますけど……この写真に写ってんの……私んの近くなんすけど……」
     俺は自分の机に戻る。
     ざっと、昨日から今日にかけて眞木の自宅の近辺で起きた事件が無いか確認すると……何だ、こりゃ?
    「おい……お前の妹さんの行ってる学校って……」
    「片方がJR久留米駅前のM学園で、もう片方が自宅の近くのS女子高っすけど……」
    「今日の午前中に、S女子高の辺りで……」
    「嫌な予感しかしない……」
    「広域組対の車がエンコしてた……」
    「はぁっ?」
    「冷却水が残ってたのに、何故かエンジンが焼き切れて……メーカーにクレーム入れてる最中だそうだ……。同じ車種の同じ年式を使ってる所は注意しろ、ってさ……」
    広域組対 捜査官 猿渡喜龍 (1)「あんた……仕事で何かマズい事やったの?」
     子供を連れて家を出てったカミさんから、3ヶ月ぶりにかかって来た電話がそれだった。
    『え……?』
    「捜査対象のヤクザに自分の身元がバレるとか……」
     いや……既にバレまくってるが……それを言ってしまうと……カミさんと子供は「身の安全の為」と云う抗弁不能な理由で、俺との連絡を断ち……例えば携帯電話ケータイの番号やメアドを変え、通信アプリMaeveやSNSでは俺をブロックする……そして、どこか遠くに引っ越すだろう。もちろん、そうなった場合、俺が引越し先を知る事は……「警察官である俺が、他の警察機構カイシャのヤツの御世話になる」ような真似をしでかさない限り……不可能だ。
    『ウチの子が、学校の帰りに、デカい体に恐い顔のおじさんから「お父さん、刑事さんなんだって? 久米って人がよろしくと言ってた、って伝えてもらえるかな?」と言われた、って泣いてたんだけど……』
    「いつだ……? あと、どっちだ?」
    『昨日。そして……言い方が悪かったわね……。正確には「ウチの子」と云うより「子供たち』』
    「え……あ……まさか……」
    龍星りゅうせい優希ゆきの両方』
     その時、背後うしろから誰かがメモ用紙を渡した。
    「ああ……判った……。と……とりあえず、こっちで状況を確認したら、また連絡する」
    『1ヶ月経っても進展が無いか……また、同じ事が起きたら……冗談抜きで、あんたは2度と自分の子供に会えなくなると思いな』
     下っ端のヤクザがやった、しょ〜もない犯罪を見逃す代りに金をせびった時には……こんな事になるなんて……思ってもみな……いや……こんな事態になる事を予想すべきだった。
     カミさんとの電話が終って、誰かから渡されたメモ用紙を見ると……。
     ま……マズい……。
     そのメモ用紙には、こう書かれていた。
    「例の業務連携の件で、お話を伺いたし。いつものバーで午後9時に。個室を予約してお待ちしております。久米より」
    高木瀾 (2)「今日もか?」
     学校から帰る途中に、わざと……家ではなく、西鉄久留米駅近くのネットカフェで治水と打合せをする事にした。
    「うん……こっちも、2日連続」
     昨日、通学中に何者かに尾行されていた。
     その時は……何とか尾行を「まいた」。
     今日もだった。
     一応、私の父方の「家業」は「御当地ヒーロー」「正義の味方」だ。尾行されてるかの判断方法や、尾行を「まく」方法は……子供の頃から教え込まれ……いや……異常な家だったのは、自分でも判ってるが……。
     そして、マズい事が1つ……。相手に「私が尾行に気付いている」事に気付かれた可能性が高い。
     一方、治水の方は……そんな訓練は受けてないが……治水の取り憑いてる「水の神様」の能力で、周囲の人間の考えや感情や体調を知る事が出来る。
    「どうやって……その……尾行をまいた?」
    「昨日は……車で尾行されてたんで……車のエンジンの冷却水を凍らせた」
    「はぁっ?」
    「ん……で……エンジンの方に冷却水が行かなくなったみたいで……しばらくしたら、エンジンから煙が出てた」
    「待て」
    「やっぱり、EV電気自動車の時代にガソリン車ってのも考えモノだね」
    「そう云う問題じゃない」
    「で……今日は……尾行してたヤツの体の中の『水』をちょっとね……」
    「お……おい……まさか」
    「あ……えっと……死んでないと思う。流石に慣れてきたんで……」
    「慣れてきた、って何だ? まさか、他の誰かにもやったのか?」
    「あ……どうしても聞く必要が有るなら……本題と関係ないから、後にして」
     完全にマズい……。
     私と治水を尾行してる誰かに……私と治水が「普通じゃない」事が、ほぼ確実にバレた……。
    「とりあえず……桜さんと……鳥栖とすの伯父さんに相談だな……」
    広域組対 捜査官 猿渡喜龍 (2)「おう、どうした?」
     指定された場所に行くと……居たのは久米銀河。……警備会社「安徳セキュリティ」の副社長……は表向きで、実態は広域暴力団の荒事専門の二次団体の若頭№2だ。
     まずは……何も問題は起きてないのに、何故、呼び出した? と云う感じを装う。
     口調も、立ち振舞いも、わざと無神経かつ強気に……。
     手も足もおっぴろげてソファに座る。
    「順調みたいですね」
    「ああ……予定よりは多少遅れてるが……再来週さらいしゅうには、『レコンキスタ』内の『S』から、第一報が有る筈だ」
     S……つまりスパイの事だ。
     それを聞くと久米は……テーブルの上に分厚い封筒を置いた。
    「部下の方が、体の調子が悪いそうですね。マル対を尾行中に、急病になったとか。その、お見舞いです」
     えっ……?
     中身は……電子決済全盛のこの御時世に……百枚以上の紙幣さつ……。
     どう云う事だ? と思った、その時、久米の携帯電話ケータイに着信音。
     電話に出て一言目は、「はい」だったが、どうやら、相手はヤツの部下……少なくとも目下の誰かみたいで……段々、「おい」だの「こら」だのが混じり、しかも、その誰かは不始末をやったらしく……。
    「おい、これ以上、ヘマしたら口から生コン注ぎ込んで筑後川に沈めるぞ……判ってるだろうな」
     えっと……。
    「いやぁ、お互い使えねぇ部下を持って大変ですねぇ……」
     えっ?「お互い」?
    「なんか……サルさんの部下も……高校生尾行してたら、見失っちまったとか……それも2日連続で」
     まて……誰をスパイにするつもりか……何も話してないのに……何故、知ってる?
    「ああ、ところで、あくまで念の為の確認ですが……。ええ、サルさんが、そんなヘマするなんて事は無いんで、失礼な質問なのは判ってんですけど……」
     お……おい……何だ?
    「……今んとこ必要なのは、事務職とか庶務でもアクセス出来る情報なのに……わざわざ、荒事に慣れてる現場の刑事をSにしようなんて思ってませんよね?」
     し……しまった……。
     こいつらの「組」の「S」は……俺と俺の部下以外にも、ウチの「カイシャ」内に居る……。
     そして……ヤツらにとっては「俺より信用出来る別の『S』」に……俺達を監視させているらしい……。
    眞木桜 (2)「ただいま〜」
    「あのさ……桜姉さん……これ見覚え有る?」
     夜に帰宅して、居間に入った途端……妹の治水から、とんでもないモノを見せられた。
    「え……何で……それが……」
     大きさは硬貨ぐらい……だが……それは……。
    「これ……GPS付きの発信機ですよね?」
     もう一人の妹である瀾がそう言った……。
    「そ……それ、どこに有った?」
    「学校の帰りに、入学式の日に、桜姉さんが着てたスーツをクリーニング屋さんに受取に行ったら、クリーニング屋さんから、スーツのポケットに入ってた、って言われた」
    「えっ……」
     ただのGPS付き発信機じゃない……ウチや「同業」が使ってるモノだ。
    「ちょっと見せて……」
     片面に有るシリアル番号を確認し……。
    「ごめん……久留米レンジャー隊の眞木だけど……このシリアル番号のGPS付発信機、どこが使ってるモノか判る?」
     仕事用の携帯電話ブンコPhoneを取り出して、福岡統括部に連絡。
    『ええっと……広域組対の久留米支部ですね。どうしたんですか?』
    「いや……その……細かい話は後で報告します、はい。切りますね」
    「あの……私と治水の両方が……通学中に変なヤツに尾行されてたんですが……。入学式の翌日から……」
    「あ……それ……まさか……」
    「身に覚えが有るの?」
    「一応、念の為、他に変なモノが無いか、家中、探しましたが……」
    「何か有ったのか?」
    「何も……」
    「ごめん……治水には言ってないけど……桜さんの部屋に不審物が……」
    「えっ?」
    「瀾ちゃん、何で黙ってたの?」
    「その不審物って何だ? ってか、私の部屋に入ったのか?」
    「すいません……非常時だったので……」
     そう言って、瀾は、あるモノを持ってきた。
    「……あの……瀾ちゃん……何……それ?」
    「あ……あ……あ……そ……それ……」
    「分解してないんで、発信機や盗聴器の有無はちゃんと調べてませんが……少なくとも、電波は発してませんでした」
    「い……いや……待て……それ……」
    「ええ、桜さんの部屋のクローゼットの中にあった……不審なヌイグルミです」
     瀾が手にしているのは……久留米絣の丹前を着た……白いタヌキと黒いウサギのヌイグルミだった。
    「おい……瀾、なんだ、その気持ち悪い顔は……? 職場の同僚や学校の同級生が同じアニメが好きだと知ったアニオタか、知り合いが同じアイドルのファンだと知ったドルオタみたいな顔はやめろ‼」
    「う〜ん、むしろ……すごく身近な人が自分の同類だと知った十五歳のヌイグルミ・フェチの高校生みたいな表情だと思う」
    「治水、それ……まんま……いや、私は……その……」
    「あのさ、桜姉さん、瀾ちゃんや満姉さんがヌイグルミ抱いて寝てる事を散々馬鹿にしてたのに、自分もヌイグルミ抱いて寝てたなんて事は……」
    「無いっ‼ 無いっ‼ 無いっ‼ 絶対に無いっ‼」
    「じゃあ、これ、私が、もらっていいですか?」
    「あ……あ……」
     すると、瀾は、何故か、ウサ公とタヌくんを置いて居間から出て行き……。
    「えっと……そろそろ……話戻そうか……って……瀾ちゃん?」
     何故か、瀾は恐竜のヌイグルミを3つ持って来た。
    「ほら、ガジくん、スーちゃん、タル坊、美味しそうな哺乳類下等生物だよ、お食べ」
    「ら……瀾ちゃん……?」
     おい……待て……。
    「ほら、ガジくん、キミは肉食恐竜なんだから……好き嫌いせずに、ちゃんとお肉を……」
     くそ……何の嫌がらせだ?
    「ああ、判った、私の負けだ。頼むから、私のタヌくんとウサ公を変な遊びに使うなっ‼」
    「ガジくん、スーちゃん、タル坊、この子達は、友達だから食べちゃ駄目だよ、わかったね? それとガジくん、友達に噛み付いていいのは、ちゃんと相手がガジガジしてもOKって言った時だけだよ。で……話を戻しましょう。この発信機は何です?」
    安徳セキュリティ社長・行徳清秀(1) ややこしい関係ってのは有る。
     血縁上は「伯父」。
     ヤクザとしては「親」。
     表向きは「俺が社長をやってる会社の親会社の会長」。
     総合評価は「仲が最悪なのに喧嘩する訳にはいかない親類」。
    「これやらかしたの……お前のとこの『副社長』の『お友達』らしいぞ」
     俺の祖父じいさんは……あまりにトチ狂った動機で、何人もの女との間に、これまた何人もの子供を作った。
     なお、その「女」の大半は、誘拐か……金で「買った」相手。なお、「買った」ってのは単なる買春じゃなくて人身売買の意味だ。
     そして、作った子供の大半が異能力持ち。……いや、「作った」ってのは、慣用句でも比喩的な意味でもなくて俺の祖父じいさんは自分の血を引く異能力持ちの子供を生み出す実験をしていたのだ。
     そうして生まれた娘の1人を、更に別の異能力持ちと交配かけあわせた結果、生まれたのが俺だ。
     なお、異能力者の存在が一般に知れ渡った時期より、祖父じいさんが「自分の血を引く異能力持ちの子供」をガンガンこさえてた時期が何十年も早い理由は……簡単だ。俺の祖父じいさんの一族は、「妖怪」系の異能力者の家系だったのだ。
     そして、同じ会議室に居る「伯父貴」にして「親分」は、その狂った祖父じいさんの数少ない正妻との間の子供だ。
     あ、正妻ってのは「政略結婚した同業者の娘(なお、おそらくは何の異能力も持ってない)」って意味だが、祖父じいさんの正妻の父親は、とっくに死んでいて佐賀の背振あたりの山ん中に埋まってるが、そこには墓石も卒塔婆もなく、そもそも火葬さえされてないし死亡届けも有耶無耶なままだ。ついでに、祖父じいさんの正妻の父親の「組」は、今や、俺の会社の「親会社」の「子会社」の1つだ。
     で、プロジェクターで映し出されてるのは、大怪我をしたウチのグループ会社の「正社員」達の写真。
    「で……こいつらは生きてんですか?」
    「入院中だが、一応は。だが、退院出来ても、真っ先に市役所の福祉課の障害者向け窓口に今後の相談に行く必要が有るだろうがな」
    「意識は?」
    「これも、一応は有る」
    「で、何て言ってるんですか?」
    「だから……ウチの下っ端らしい奴を手当たり次第襲って、お前んとこの副社長の居場所を訊いてるそうだ」
    「えっ?」
    「この前、長崎刑務所から脱走した奴が犯人らしい。とっとと、あの『犬』にカタを付けさせろ」
    「何者なんですか、そいつは?」
    「普通の人間です」
     そう言ったのは、プロジェクターに繋っているモバイルPCを操作している……一見、かなりお堅い職種の会社員か公務員に見える、痩せぎすの体に、一見ダサいデザインだが、良く見ると最高級の鼈甲で出来た伊達眼鏡をかけた三十代後半の男。
     親会社の副社長と言うべきか、上部団体の若頭と言うべきか迷うが……要は「伯父貴」にして「親分」の懐刀の酒村孝太郎だった。
    「え……えっと……『普通の人間』?」
    「ええ、そっち関係の学者センセイも『異能力者』と見做すべきか『単に異常に強い普通の人間』と見做すべきか迷ってる奴だそうですが……若い頃には……そちらの副社長さんと何度も喧嘩して、そのたびに痛み分けで終ってるそうです」
     酒村がそう言うと、二十後半ぐらいのガタイのいい男の写真がプロジェクターに映る。
    「二十年前の写真ですが……どうやら、今の外見も、三十前半にしか見えないそうです」
    「な……なるほど……」
    「あ……若い頃には……そちらの副社長の久米さんと互角だったと言いましたが……」
    「何ですか?」
    の久米さんと素手 対 素手で互角だった、って意味です」
     えっと……「普通の人間」の定義や範囲って……一体全体、何なんだ?
    眞木桜 (3) 家にやって来たのは、隊長代行の中島さんと、後輩の大石。
     ある書類を百枚以上とモバイルPCを各1つ。
    「で、ある奴に、これを渡さないと、瀾と治水の身が無事で済まんぞ、と言われててな……」
     瀾は、中島さんと大石が持って来た書類を何枚か見て……。
    「つまり、桜さんを脅してる奴は……桜さんの勤め先の管理職クラスの名前と役職をリストアップしたい訳ですね」
    「お……おい、何で判った?」
    「有名な手ですよ。『地方紙を1年分、分析したら、その県の県庁の管理職クラスの大半の名前と役職のリストを作れる』ってヤツでしょ」
    「あ……あのさ……お前らも、その手で……その、ウチのカイシャや同業のエラいさんの個人情報を……」
    「見習いで破門された私が知ってると思います?」
    「で、何すればいいの?」
     そう訊いてきたのは治水だった。
    「これの偽物を作ってくれ。管理職クラスの個人名を偽名に変えたヤツをな……。ワープロで何とか……」
    「そんな事したら、偽物を渡した相手にバレますよ」
     瀾は冷静にそう指摘。
    「や……やっぱり、そうなる……かな?」
    「そして、どこを改竄したかがバレたら、こっちが相手の意図をどこまで読んでるかもバレてしまいますよ。後々、確実に面倒な事になる」
    「やっぱ……この手は駄目か……」
     そう言ったのは中島さん。
    「いつまでに渡す約束なんですか?」
    「あたしが研修に行く日の朝」
    「方法は……そうだ……。あの、付近のコンビニに行って1本でも多く買って来て欲しいモノが有るんですが……。大丈夫だと思いますが、足が付かないように、支払いはカードや電子マネーじゃなくて現金で」
    「何?」
    「こすると消えるマーカー」
    高木瀾 (3) そして、私と桜さんと治水、そして桜さんのカイシャの人達2人は、延々と、その書類をチェックし続けていた。
     書類と言っても、桜姉さんの職場の内報に、健康保険組合や労働組合の会報。
     その中に有る肩書が管理職クラス以上の人の名前をマーカーでチェック。その名前をネットで検索して「ネットで調べれば、桜さんの職場の管理職クラス以上の人だと判る」かを調べる。
     大概がNGだけど……迂闊にも、SNSのプロフィールに、どこに勤めてて、どれ位の役職かを匂わせてる人が居た。
     最近の警察機構けいさつって、ここまでタルんでるのか?
     私が破門になった「御当地ヒーロー」「正義の味方」では、SNSは原則禁止で、「表の仕事」が自営業の人でも、その「表の仕事」の宣伝や告知だけをやって、個人的な事は一切、SNSに書かないようにしている。
     まぁ、本人が迂闊とは言えOKが有るのはありがたいが、1つでもNGが有る社内報や会報は丸ごとNG扱い。
    「あのさ……9時半までゲームしてていい?」
     そう言い出したのは治水。
    「何で9時半?」
    「オンラインRPGでパーティ組んでる仲間の中に、小学生が2人居るみたいで……夜遅くは出来ないみたい」
    「どう云うオンラインRPGのどう云うパーティだ?」
    「いいよ、行ってこい」
    「いいんですか?」
    「よくよく考えりゃ、お前らまで巻き込むのは……」
    「はぁ……」
    「チェック終ったのが……四分の一から……三分の一で……OKは、たったこれだけか……」
    「コーヒーでも淹れてきます?」
    「ああ、頼む……。一番いいのを……」
     台所でお湯を沸かし、ドリッパーにコーヒーの粉を入れ……。
     どうしたモノかな……。
     多分、伯父さんあたりに相談すれば、一発で解決だ。
     しかし、伯父さん達「正義の味方」「御当地ヒーロー」は、桜さん達、対異能力犯罪広域警察機構レコンキスタにとっては取り締まり対象。
     これ以上、取り締まる側と取り締られる側が「なあなあ」「ズブズブ」な関係になるのは……当の伯父さんが望まないだろう。
     人数分のカップにコーヒーを注ぎ、まず、治水の部屋に持って行く。
    「なんだ、そのゲーム?」
     画面では、熊人間が口から雷撃らしきモノを吐いて、いかにもなファンタジーRPGの雑魚キャラを薙ぎ払っていた。
    「普通のファンタジーRPGだよ。オークとかエルフとかゴブリンが出て来るような」
    「で、何、その熊?」
    「あたしのキャラ。ワーベアの魔法使い」
    「はぁ?」
    「魔法で肉体を強化して前線で戦うキャラ」
     えっと……「普通のファンタジーRPG」の定義や範囲って、どうなってるんだ?
     まぁ、いいや。
     治水の部屋を出て居間に向かうと……桜さんと、その上司の声。
    「すいません、あたしが研修に行ってる間……」
    「言いたい事は判るけど……この秘密は、今んところ、カイシャの他の奴に明かすのは……」
    「あ、言いたい事は判りますけど、最後まで話を聞いて下さい」
    「何だ?」
    。逆じゃなくて」
    眞木桜 (4) 半分ぐらいチェックし終ったのに、渡せるモノは……ほんの数部。
    「続きは、明日以降にするか……」
    「はぁ……で、コーヒーカップ誰が洗うんですか?」
     あたしは、そう言って瀾が持って来たコーヒーのカップを指差す。
    「え?」
    北米連邦アメリカあたりの映画だと……客かな?」
    「でも、ここは日本ですよ」
    「今時、家事をやらない男なんてのもなぁ……」
    「そう言えば、治水は?」
     そう言って、瀾が指差したのは……壁の時計。
     9時半までゲームさせろと言ってたのに……その9時半から1時間以上が過ぎている。
    「洗いモノは、あいつにやらせるか……はい……男性陣は帰った帰った」
    「は……はあ……」
    「やれやれ……」
     瀾はコーヒーカップを台所に持って行き……あたしは治水の部屋に……。
     灯りは消えていた。
     ゲーム用PCのモニタもいていない。
     そして……。
    「……何で自分だけ、寝てやがる?」
    「すいませ〜ん」
     その時、瀾の声。
    「何だ?」
    「これから、1〜2時間ほど、学校の勉強の復習と予習をやるんで、明日、寝過しそうだったら、起こして下さい」
    「……わかった」
     ……結局、洗い物係は、あたしか……。
    便所のドア Link Message Mute
    2022/04/13 16:21:02

    第1章:インサイダーズ

    様々な「異能力者」が存在する2020年代後半の平行世界の福岡県久留米市。
    対異能力犯罪者広域警察機構「レコンキスタ」の久留米レンジャー隊の隊長代理・中島真一と一般隊員の大石隆太は副隊長代理の眞木桜からある相談を受ける。
    犯罪組織と癒着した腐敗警官からある情報を流すように脅迫されていると言うのだ。
    「『言う通りにしないと、お前じゃなくて、お前の妹達がただでは済まないぞ。もう顔と学校の通学路も突き止めた』と脅されてるので、せめて、私が研修で出張している間だけでも……」
    「そいつから、お前の妹さん達を守ればいいのか?」
    「いえ……連中を妹達から守って下さい」
    ……桜の妹は、1人は、異能力者の中でも規格外の能力を持つ「神の力を持つ者」、もう1人は幼い頃から違法な「御当地ヒーロー」としてのエリート教育を受けていたのだ……。
    だが、更に、この一件に関わっているある犯罪組織の幹部を付け狙う殺人鬼までもが現われ……。

    #伝奇 #異能力バトル #ヒーロー #ディストピア #パラレルワールド

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    世界を護る者達/第二部:ゴロツキどもをウチの妹たちから守れ Twisted Justice
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