アオハルかよ。部室編
何時もと変わらないお昼休み、私は自分の所属する部室へ赴く。
私がこの高校に入学を果たしてから最初の一月程は教室でお昼を取っていたのだけれど……その後、国語担当の平塚先生に声を掛けられて色々と話した結果、何故か私が部長を務め奉仕部と言う部を設立する事となった。
以来私は教室より静かに且つ、落ち着いてゆっくりとお昼を取ることが出来るのでその時間は部室で過ごすことにしている。
二年になると、平塚先生が問題のある生徒=比企谷君を連れて来てその性根を直す為に私に依頼をして来た。
正直言って比企谷君の第一印象は最悪としか言いようがない。しかし翌日からは来ないと私は思っていたのだ……あれだけ辛辣な言葉を浴びせたのだから。けれど…………彼は来た。
────そうして
彼、比企谷君が入部してから初めての依頼で由比ヶ浜さんと出会い……彼女もよくわからない事を言って奉仕部に強引に入部、そこから──始めは毎日ではなかったのだけれど、けれども日が経つにつれて頻繁に──彼女、由比ヶ浜さんとお昼を取る事になった。
……正直言って最初は騒がしくて、一人の方が良かったと思ったくらいなのだけれど……。 それも人懐っこい彼女と接しているうちに段々と慣れてしまい……しかし、人付き合いと言うのは片方に寄り過ぎれば影響が出る。教室での出来事がそうだ……その後、由比ヶ浜さんと話て彼女には週の半分は彼女が所属するグループの三浦さんや海老名さん達と一緒に食事をする様に取決めたのだ……。
「 確かに二人で決めて、ああは言ったものの──正直言って寂しいものね……」
そう、彼女は週の半分は彼女達と食事を取っている。トップカーストグループと言う立場の彼女は当たり前だけれど友人は多く交友は広い……それでも……誰かと一緒に食事を取る事に慣れてしまった為か、かつての様に一人で食事を取ろうととすると────
「……今日は、あまり食欲が出ないわね」
彼女は初めて一緒にお昼をともにした時から私のお弁当のおかずを見ると、キラキラした目でこう訪ねて来たのだ。「わぁ〜これ美味しそう!ねえねえ、ゆきのんこれちょうだい?」結局何度断ってもしつこかった為に私が折れ……おかずを上げてしまっていた。 ただ、私の手作りのおかずを食べて「お、おいひぃ〜♪」と言いながらウットリとしている彼女の顔を見たら……
以来、彼女が此処に来る日はおかずを多めに入れる事にしていたのだけれど……
「今日は来ない日だったのね、うっかりしていたわ……」
そう私が呟いて溜め息を吐くと同時に扉がノックされた。 お昼に依頼? 今までに一度も無かった事だ。っと、そんな事を思っているより返事をしないと。
「どうぞ」
私がそう言うと扉が開き、そこに姿を現したのは────。
「悪いな、ちょっといいか?」
比企谷君?
「あら、こんな真っ昼間に墓場から出て来たのかしら?」
「開口一番ゾンビ扱いですか、そうですか」
私の言葉にそう返しながゲンナリとした顔をする彼。 彼、比企谷君と私、そして今日はここにいない彼女とは何とも数奇な運命の出会いからの縁があるのよね……この高校に入学の時に起きた そう、あの事故からの…………。
「ふふっ、冗談よ。 それより今日はどうしたのかしら?」
本音を言えば、私は彼との軽口で話す事が本当に楽しくてたまらない。彼との初めての出会いは最悪ではあったものの……今までの私の人生で出会って来た、たくさんの人達の中には間違いなくいないタイプの人だった。私の見た目から近付いて来たわけでもなく、その後も告白をしてくる事も無い。 更に、私の……自分でも治さなくてはどうかと思っている言葉を受けても意に返さず、ちゃんと私に言葉を返してくれる。
「ああ、実はな……」
**
「まさか、お湯が欲しいと言われるとは思わなかったわ」
「いきなりで悪いな」
「別に構わないわ」
彼が突然ここに来たわけは、お昼に食べるカップ麺のお湯が欲しかったからだそうだ。比企谷君の持って来たカップ麺は長テーブルの上に置かれている、私はカップ麺と言う物を食べた事が無いからわからないのだけれど……思ったより小さく見える…… アレで足りるのかしら?
「はい、お湯の方は湧いたわよ」
「おう、すまん、本当にありがとな」
紅茶用のお湯を沸かすポットを使いカップ麺用のお湯を用意してあげると、お礼を言われた。このくらいどうってこと無いのに、ちゃんとお礼が言える彼は……律儀よね。
「いいわよこのくらい。それより、どうして今日に限ってカップ麺なのかしら? 確か貴方は何時もは菓子パンとか惣菜パンよね?」
「まあ、いつもならそうなんだがな。 ……雪ノ下ならいいか。実は昨日の深夜枠の番組を見ようとしたら、な……」
そう言いながら比企谷君はスマホをポケットから取り出すと、操作してある動画の画面を表示させて私に差し出して来た。
「これを再生して見てみろと言うことかしら?」
「ああ」
比企谷君が今日に限ってカップ麺にした理由を知りたくて画面をタップする、と──────
『ダイスキ!』
それはアニメーションを使ったカップ麺のCMだった。30秒という短い時間の中で、けれども……ヒロインの大好きな男の子に対する想いを確かに伝えて来たのだ。
「……題材はまさしく青春ね」
「だろ? 説明だと原作とも映画になったアニメとも違う世界、パラレルワールドだって言うがここまで、……青春青春しているとな。しかもヒロインがあの○キだからなー……。爆発しろなんて間違っても言えねえわ」
比企谷君の言う事が私にはわかる、彼は原作を読んだのね……。なるほど、だからなのね。
「青春……したいのかしら? でもカップ麺で?」
「……ま、雪ノ下の言う事はわかる。でもな学校でカップ麺を食べるなんてそうないだろ? それに……」
「それに?」
そう言いながら比企谷君はカップ麺の蓋を剥がすと食欲を誘う醤油の良い香りが辺りに漂い始めた。そしてカップ麺を持って窓辺まで行くと外を眺めながら箸を使い麺を一口啜ると──
「印象的な場所で食べた物は……それを再び食べた時に、その場所やその時の事を思い出すからな」
「────随分とロマンチストなのね」
私の言葉に頬を赤く染め「ほっとけ」と呟きながら視線を再び窓の外に向けながら麺を啜っている。 食べ物で記憶を、ね…………………………!
良い事を思い付いたわ。
「比企谷君」
私が呼び掛けると彼はこちらに顔を向けた。まだ少し頬が赤いわね……さっきの事がまだまだ照れくさいのかしら?
「……なんだよ」
「あくまで私の主観での意見だけれど……それだけで足りるの?」
「……俺は省エネがもっとうだからな、平気だ」
ここで、そう……なんて言ってしまうとせっかく思い付いた名案が水泡に着してしまうわ。がんばりなさい、雪ノ下雪乃! さっき見たヒロインは頑張っていたじゃないの!
「そ、その比企谷君。実は今日は由比ヶ浜さんがこちらに来ない日なの」
「そう言や三浦達と机をくっつけていたな」
「由比ヶ浜さんと話して、彼女のコミュニティを円滑にさせる為に私達で決めた事なのよ。こちらにばかり来ていると……前見たくならないとも言えないでしょ?」
「あー……なるほど、そう言うわけか……」
「ええ、それで、その…………彼女と一緒にお昼を取ると毎回彼女は、その……欲しがるから……。おかずを彼女に分ける為に一緒にお昼を取る日は多目に入れて持って来ているの……だけれど今日はついうっかり由比ヶ浜さんが来る時と同じ様におかずを多く入れて持って来てしまったの。流石にこの量だと私では食べ切れなくて……それで、よかったら代わりに食べてくれないかしら?」
言った、言ってしまった。果たして比企谷君はどう返事をするのだろう……断られるだろうか?内心不安になって彼の様子を伺っていると、「由比ヶ浜何やってんだよ。つーか、食べ過ぎじゃないですかね……え、って言うか雪ノ下の手作り弁当を俺が食ってもいいのだろうか?」なんて呟いていたのが聞こえたのだから、あと一押しよね。
「比企谷君が食べてくれないと部活後に家に持って帰るしかないわ。でもそうすると時間がかなり経ってしまうから……夕食であらためて食べようとしても傷んでしまっているかもしれないわ、そうすると捨てるしかなくなる……。私としても折角自分の作った物を粗末にしたくないのだけれど……どうしても比企谷君が嫌と言うなら諦めるわ」
「いや、その……本当に俺が食べていいのか?」
「ええ、構わないわ。むしろお願いしているのはこちらよ?」
少しだけ思案している様子だけど……
「わかった、食べ物を粗末にするのは駄目だからな。専業主夫を目指している俺的にも、有り難く頂くわ」
「……比企谷君がそう言ってくれて助かったわ。じゃあ、今紅茶を淹れるからこっちに来て頂戴」
窓辺から長テーブルまで移動して来てお弁当箱の中身を見ると彼の口から「めちゃくちゃ豪勢なんだが……雪ノ下は毎日こんなの食べているのか……」と聞こえた。彼の素直な言葉が嬉しい。
椅子に座り「じゃあ、いただきます」と手を合わせてからお弁当に箸を付け始める彼。玉子焼きを口に含み咀嚼し始めると大きく目を見開いて──
「────────美味い! 何これ……美味すぎるんですけど…………」
彼の食べた感想に思わずガッツポーズを取ってしまう私。もちろん、彼に見えないように小さくだけれど。
「改めて思うが……お前、ハイスペック過ぎだろ……」
「口にあったようで何よりだわ。それよりも比企谷君、他の物も食べて感想を頂けるかしら?」
「ああ、わかった。って、カップ麺どうするかな……まあ、弁当を食べ終えてから食えばいいか」
──来た、チャンスよ雪乃。
「あの、比企谷君」
「うん? って、この唐揚げもめちゃくちゃ美味いな……」
「ありがとう。その……良かったらだけど……そのカップ麺、私に食べさせてもらえないかしら」
私のその言葉に比企谷君は、お弁当箱から顔を勢いよく上げてこちらを驚愕の表情を浮かべて見てきた。
「いや、それ俺が口を付けたやつだぞ? さっきのCMからそのカップ麺が気になったって言うなら、明日買って来てやるが?」
「別に口を付けたのが比企谷君なら私は気にしないわ。それに、私は自分のお弁当を食べていたからお腹はある程度膨れているし……だからカップ麺一つまるまる食べたい訳じゃないの。私、カップ麺は食べたことが無いからどんな味がするのか……食べてみたくてなったの。だってあんなに美味しそうに比企谷君が食べていたから……」
私に言われて困ったような照れているような顔をしながら後頭部を掻く比企谷君。
「ダメ……かしら?」
私から伺うような、再度のダメ押し。
「……わかった、雪ノ下が平気なら俺は構わない。っても、そこまで期待するなよ? 俺が美味そうに食べていたとしても普通のカップ麺なんだからな」
「あら、でも"青春"の味なんでしょ?」
私のこの一言に「また、黒歴史を作ってしまった……」と呟いている比企谷君。ちょっとからかい過ぎたかしら? やっぱり比企谷君とのやり取りは楽しい。
**
比企谷君から渡されたカップ麺を手でしっかりと持って自分のマイ箸で麺を挟み、一口分を挟んで口内へ。
「──なかなか美味しいわね、あなたが言ったこともわかったわ」
「口に合ったようで何よりだ」
確かに美味しいけれど……やっぱりこれだけではお腹が空く気がするわ。
……………………!
「……ねえ、比企谷君。もし貴方さえよかったら明日から"毎日"、貴方の分のお弁当も作って来てあげるわ」
「え?……や、そこまではいいって手間もかかるし」
「あら、調理をした事があるならわかるはずよ?一人分も二人分も作るのはさして変わりはしないわ。 それとも、さっき美味しいと言ったのは社交辞令で……本当は私の手料理は不味くて毎日食べるのは嫌と言う事かしら?」
「や、さっき言った事は嘘じゃねえよ、お前の手料理が美味いのは本当だ。ただ、迷惑なんじゃねえかと思ってな……」
「別に迷惑なんかじゃないわ、それに私から言い出した事なんだもの。それで……比企谷君の返事はどうなの?」
「お、お願いします」
「比企谷君の返事、確かにわかったわ。 じゃあ、明日から私の手料理を食べて……ちゃんと"私との時間を記憶してね。"これから先、思い出せるようにずっと私の手料理を食べさせてあげるわ」
(おわりん)