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    2022/06/20 20:45:33

    そして彼女は飛んで行った

    エアシャカールとアグネスフライトのあったかもしれない友情物語。フライト実装前に書きたかったネタ。(21/6執筆)今読み返すと恥ずかしいけれど、シャカール実装前(22/6)に記念として残します。

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    そして彼女は飛んで行った ――その敗北は、オレにとって忘れられない汚点だった。
    「アグネスフライト差してくる! フライト差す! フライト差す!」
    「エアシャカール、ここまでか!?」
    「エアシャカールとアグネスフライト、二人並んでゴールイン!」
    「熾烈を極めた『日本ダービー』、勝ったのはアグネスフライト! ハナ差でダービーを制した! 二着はエアシャカール」
    『皐月賞』を勝ち、「三冠ウマ娘候補」と言われていたオレは、『日本ダービー』で奴に負けた。僅か、七センチの差で。
    「おい、トレーナー。徹夜でデータを計算して作った、トレーニングリストだ。『菊花賞』は、絶対負けねぇ」
     オレに向けられていた期待と賞賛は、すべて奴に向けられた。オレは「計算を間違えた気性難」と謗られるようになった。
    まァ、ノイズはどうでもいい。オレはただ、奴に雪辱を果たすため、『菊花賞』に向けてトレーニングを続けた。
     そして――
    「エアシャカール二冠達成! 秋の京都に、勝利を飾りました! 二着は――」
     オレが汚名を返上したとき、奴は、五着に落ちていた。
    『ダービー』以来、オレと奴は顔を合わせればライバルとして言葉を交わしていた。だが、『菊花賞』で敗けた奴は、しばらく姿を消した。学園のどこを探しても、まるでオレを避けるように、奴の姿は見当たらなかった。



     ――奴の去り際は、あまりにも呆気なかった。
    「はァ!? 自主退学したってどういうことだよ!?」
    『菊花賞』から、一ヶ月が過ぎた頃。
    奴がオレを呼び出したのは、空港だった。奴はなぜか車椅子に座った姿で……その左足首は堅くギプスで覆われていた。
    「どうやら、『菊花賞』で私の限界が来てしまったようだ。シャカール、『屈腱炎』という病を知っているかい? 遺伝性の、脚の病でね、私は生まれつきそのキャリアを抱えてたんだよ」
     奴は言葉を続ける。
     曰く、治療に専念するため、医療技術の進んでいるアメリカへ渡ると。
     治療とリハビリが終わる頃には、もう"本格化"も終わっているだろうと。
     そのため――トゥインクル・シリーズは、『菊花賞』が最後だったと。
    「だが、限界まで走れてよかったよ。欲を言えば、君にもう一度勝ってから引退したかったがね」
    「フライト……テメェ、いつ帰ってくる」
     フライトの肩をすくめる仕草で、オレはすべてを察した。
    「私がリハビリを終える頃には、君は卒業しているだろうね」
     どうしようもない。握りしめる拳に力が入り、手のひらに爪が食い込む。
     そんな痛みよりも、いつも通り飄々としたままのそいつに腹が立った。
    「おい……! なんでそんなに平気そうな顔してんだよ!? もうレースで走れねぇんだぞ! 悔しくねぇのかよ!? 応えろよ、フライト!!」
     気付けば、オレは奴の肩を掴んで揺さぶっていた。
     しばらく、どちらも黙り込んで……沈黙の中で、奴は口を開く。
    「悔しい? アハハハハッ! 悔しいに決まっているだろ!! エアシャカール、君というライバルともっと競いたかった!! 『天皇賞』も、『宝塚』も、『有マ記念』も!! もっと勝ちたかった!! 『アグネス家の最高傑作はフライト』と言われたかったさ!!」
     奴は狂気的に笑う。その頬に、一筋の涙が流れた。
    「だがね、シャカール……君に、一つだけ朗報がある。私の妹のタキオンを知っているだろう? あの子、もうすぐトレセンに入学するよ」
    「タキオン……『ダービー』のとき観客席にいた、アイツか」
     アグネスタキオン。アグネスフライトの妹。顔が奴と瓜を二つに割ったようにそっくりだったので、よく覚えている。そして、入学前から「素晴らしい素質を持つ」と噂されていることも聞いていた。実際にデータを比較・検証したところ、タキオンのラップタイムはフライトを上回っていると、オレは既に知っている。
    「タキオンは、私より速くて賢い。奔放でクレイジーな奴だが、きっと君とも気が合うだろうよ」
    「待てよ。そいつのどこが朗報だ! タキオンをテメェの代わりにしろってのか!?」
    「アイツ、奔放すぎて友達いなくてさ……君が友達になってくれたら、私も安心だ。実験バカでわがままで手のかかる奴だけど、私にとっては世界一かわいい妹だから。タキオンを、よろしく頼むよ」
    「話聞けよ! 入れ替わりにタキオンが入ってきたって、テメェの代わりはどこにもいねぇんだぞ!」
     フライトは、クククッと乾いた笑い声を再び洩らした。口は笑っているが、目は笑っていない。奴の赤い瞳から、また涙がこぼれ落ちた。
    「エアシャカール。君がそう言ってくれて、嬉しいよ。タキオンがデビューすれば、きっと私は忘れられる。アイツは、既に三冠ウマ娘の器を持っているから。けれど、君は私を忘れないでいてくれるんだな」
    「たりめーだろ……テメェはテメェ、タキオンはタキオンだ。オレの三冠を阻んだのは、これまでもこれからもテメェだけだよ。だから……」
    「行くな、なんて言ってくれるなよ。これは私の決断でもあるんだ。レースを引いても、私は私。タキオンとは別の道を歩んでみせるよ。だから、さ」
     奴の冷たい手が、オレの手を握った。力強く、奴の決意を示すように。
    「私が帰ってくるまで、タキオンを頼む」
     そのときのオレは、奴の手を力なく握り返すことしかできなかった。




    「トレーナー君、きちんと十キロ走ってきたかい? それでは実験といこう! まずは君の心拍数と」
    「ぜぇ、ぜぇ……なんで私が走らされてるの……あなたの、トレー、ニング、でしょ……」
     それから――アグネスタキオンは、華々しくメイクデビューを果たした。
     タキオンのデビュー戦を、オレは見ていた。芝二千メートルの中距離。作戦は先行。中盤まで六番手につけて脚を溜めていたタキオンは、残り千メートルを切って一気に加速。データ通りの末脚で前方を走っていた奴らを抜き去り、一着に輝いた。実験体と呼ぶトレーナーを味方につけたタキオンは、選抜レースのときとは比べ物にならない。その走りは、オレの視線をも奪った。
    「おお、シャカール君!」
     グラウンドに戻ってきたタキオンと、うっかり目が合う。奴はオレを見つけるなり、クレイジーな瞳を輝かせ、駆け寄ってきた。思わず、「ゲッ」と声が出る。
    「丁度いいところに来たねぇ! 今日完成した新薬の試作品なんだが」
    「飲まねぇよ、この実験バカ」
    「アッハッハッハ! 『実験バカ』とは、なかなかの褒め言葉だ! ただのバカではなく実験バカとはねぇ! ククッ!」
    「あーもううるせぇ! 薬の副作用なしでも笑い止まらねぇのかテメェは!」
    「それで、体重のデータをくれる気にはなったかい? 今ならこれと交換で」
    「やるかよ! バァーカ!! 一生笑ってろ!!」
    「ハハハ! それは激励と受け取っておこう! またな、シャカール君!」
     まったく、アイツの託した実験バカは、想像を遥かに上回るクレイジーなバカだった。
     実験に打ち込んで授業にもレースにも出ず、少し前までは退学の危機にあったというのに。そんなことは忘れてお気楽に実験体と遊んでやがる。
    「タキオン。次のレース、『ホープフルステークス』のデータだけど……」
    「やれやれ、『約束はできない』と言っただろう? それはそれとしてデータは見るがね! その前にこの薬を」
    「もうぅ……何の実験?」
     だが……学園内でいつも通りのマッドな姿を見せるタキオンに、安心しているオレがいた。こんな実験バカをいちいち気にするなんて、ロジカルじゃねぇ。まったくもって、ロジカルとは正反対だが。



    「へェ……『全米勝負服デザイン・ジュニア級コンテスト 最優秀賞受賞 アグネスフライト』かよ」
    「『アグネスフライトのデザインした勝負服の処女作は、妹アグネスタキオンに贈られた。タキオンは今春【皐月賞】にて、フライトの勝負服に手を通す予定。姉妹の共演は、果たしてクラシックレース一冠目に繋がるか』だってよ」
    「はうぅ……タキオンさんのお姉さん、すごい人なんですね。アメリカで有名なデザイナーになったなんて」
    「ドトウも作ってもらったらどうだ? テメェのデータと引き換えに、オレがアイツに口聞いてやるよ」
    「む、ムリですぅ……私、勝負服なんてまだ……」
     あの日飛んで行った飛行機は、海の向こうの空で奴らしく飛んでいるらしい。オレは、アメリカのニュースサイトに載せられた、小さな記事を右クリックする。
    「あれ? シャカールさん、笑ってる?」
    「アアン?」
    「ひぃっ、ごめんなさいぃ!」
     口の端を触る。確かに、オレは笑っていた。
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