(2/12吾が手31サンプル)ゆめはあまく、きみはにがい■2023/02/12 吾が手に引き金を31 にて発行予定の新刊サンプルです。
■S(すこし)F(ふしぎ)設定のパロディ本です。
「夢を喰べる」能力を持つ王子と、神田のオハナシ、犬飼のオハナシ、それから王子の隣に寄り添う蔵内のオハナシ。
CP要素は薄め。
※※※人を選ぶ表現(窒息しそうになる描写)があります。苦手な方はご注意ください。最終ページに該当部分のサンプルを載せています。※※※
□王子は、夢を喰べる。他人の夢に潜り込んで、わるいゆめを喰べてしまう――そういう能力の持ち主だった。これは、たくさんの苦い悪夢と、たったひとつ甘い甘い夢のおはなし。
いつかみたあまいゆめ ひたいにあたたかな温度を感じて、少年は眠りから目をさました。
寝転んでいた縁側はすこし寒かった。身体を丸めると、いつの間にかかけられていた毛布に気がつく。それを手繰り寄せながら寝返りを打って、少年はこちらを覗き込んでいるひとを見た。
「おばあさま」
傍に座っていた女性は、にこ、と微笑んでそっと手を伸ばした。その瞳のいろは、少年のそれとよく似た青だ。しわの多い、うすくやわらかな皮膚をした手のひらが、少年のまろいひたいをやさしく撫でてゆく。
「わるい夢を見たよ……悲しかった」
「そう。でも、もう辛くないでしょう?」
「うん」
穏やかに問われ、少年は頷いた。夢の中ではたしかにとても辛い思いをしたのに、いやな気持ちが残っているような感覚はない。
身を起こすとしばし首を傾げ、少年は訊ねた。
「おばあさま、ぼくの夢をたべたの?」
彼女は答えず、微笑った。
その口のなかからころころと、かすかな音がする。それに気付いた少年は、ねえ、と、祖母の腕を引っ張った。
「ぼくの夢、どんな味がするの? ぼくもたべてみたいよ」
「かずくんにはきっと、まだ早い味よ」
「でも、たべてみたい。だめ?」
せがむ少年に彼女は困った顔をして、それから舌の上でころがしていた球を、がり、と噛み砕いた。すこしだけね、と、細かい欠片になったそのひとつを少年に与える。
少年は嬉々としてそれを頬張った。しばらく懸命にむぐむぐとちいさな口を動かして、そうして、目を見開いた。
「…………にがーい!」
「ほらね、早いって言ったでしょう」
べ、と舌を出した少年は、それでも口のなかのものを吐き出すことはしなかった。涙を浮かべながらそれを飲み下して、大げさに肩で息をする。
「うう……おいしくないよ、夢って、みんな、こんな味なの?」
「そうねえ……悪い夢は、だいたい苦い味がするの」
縁側にふたたび寝そべって、祖母の膝にすがり甘える少年に、でもね、と彼女は語りかけた。
「世の中には、甘い味のする夢だってあるのよ」
「あまいの?」
「そう」
「あまいの、たべたいな……」
砂糖菓子のような味を想像して、少年は自分の頬をむにむにと揉んだ。そのすこし乱れた髪をていねいに撫でつけて、でもね、と彼女は苦笑する。
「かずくん、憶えておいて。甘い夢はたくさん貰ってはいけないわ」
「……どうして?」
「甘い夢はね、」
王子一彰は目をさました。
「……おばあさま?」
寝起きのかすれた声が夜闇に吸い込まれた。
時計の短針はまっすぐに上を指している。真夜中の空気はしんとして、沈黙を保っていた。
とうの昔に亡くなった、祖母の夢を見たような気がする。
王子の家系には、何代かにひとり、まるでおとぎばなしのような能力を持った人間が生まれてくる。祖母はその能力の持ち主だった。
「夢を喰べる」能力――彼女と同じ能力を持つ王子を、とてもかわいがってくれた、やさしくて、すこしふしぎなひとだった。
王子は、夢を喰べる。
栄養の摂取をそこから行うわけでもなければ、それ以外に人と違うところがあるわけでもない。王子は至って普通の人間で、ただ、夢を喰う。喰べることが、できる。
方法はとても簡単で、レム睡眠に入っている人間のひたいに自分のひたいを合わせ、目を閉じ、眠る――それだけだ。そうして得た眠りは通常のものとは違って、おおよそ五分程度で目がさめる。
そして、口のなかに、あめ玉が入っていることに気がつくのだ。それは大小も味もさまざまで、どうやら夢の内容に左右されて特徴が決まるらしい。悪夢は苦く、楽しい夢はすこしすっぱい、らしい。
らしいというのは、夢の内容を王子が知ることはないからだ。これらの法則は王子家の能力者が代々伝えてきたもので、王子は祖母から教えられた。
夢を喰べることで、王子が得られるものはほとんどないが――利点はある。
喰べられた夢の持ち主は、夢の内容こそ覚えているものの、そこで得た感情を現実に大きく引き摺らない。いくら寝言で泣き叫んでいたとしても、夢を喰べられればさっぱりとした寝起きを迎えることができる。
だから、この能力を使うのは、身近なだれかが悪夢を見ているとき、が多い。悪い夢を喰べてしまって、苦しむひとを癒す、それがこの能力の主な使い道だ。
邂逅「ああ、起きたのか。おはよう」
「……はよ、悪い、ちょっと外出てくる」
目元を手で覆い隠し、足早に作戦室を出る姿を見送って、蔵内は眉根を寄せた。
「おつかれさま。いま神田とすれ違ったけど……、また?」
入れ替わりに部屋へ入ってきた王子へ首肯して、ため息を吐く。
「まただ」
神田が逃げるように弓場隊の作戦室を出ていくのは、これで今週三回目だ。
蔵内は界境防衛機関――通称ボーダーというところに所属して、三門市に迫り来る近界民から街を守る日々を送っている。
王子と神田はそこで知り合った、同じ隊に所属する同級生だ。三人ともなかなかどうして気が合い、それなりにうまくやれている、と思っていたのだが――ここ一週間ほど、神田の様子がおかしかった。
どう見てもよく眠れていない状態で、ボーダー内にいるときも居眠りをしては、気分のすぐれない様子で人を避ける。
「なにかあったのかな。クラウチ、思い当たりある?」
「いや、特に……」
「忙しいわけでもなさそうだけど、寝不足みたいだし」
「――単に夢見が悪いんじゃないか?」
「夢?」
思い付いて言う。ふと口から出たそれは、考えてみればたしかなように思えた。
「神田の様子がおかしいのはいつも、寝てた後だろう……そうだ、学校で――昼休みもそうだった」
「ふうん……」
王子が目を眇め、口元に手をやってしばらく考え込む。ゆめ、とつぶやいて何事かを思案する。
「王子? どうした?」
「クラウチ、次同じことがあったら、神田が眠ってる間にぼくを呼んでくれない?」
「……眠ってる間に?」
怪訝に思って蔵内は繰り返した。さわやかな容姿に似合わず案外喧嘩っ早いこの男が、いったいなにを画策しているのか、すこし心配になる。
そんな蔵内の心情を察したのか、王子は口角を上げた。
「心配しなくても、イタズラしようとか、そういうのじゃないよ」
「悪い夢に悩まされているのなら――、ぼくがどうにかできるかもしれない」
おうじさまのつまみ食い(1)「おつかれさま……あれ? 誰もいないの?」
王子は自隊の作戦室に足を踏み入れ、きょろきょろと周りを見渡した。広い部屋にはだれの姿も見えない。事前に聞いていた限りでは、今日この時間は蔵内がいるはずだった。
ソファのある一角を覗き、長机の上を見て。置いてある荷物を発見し、緊急脱出用ベッドのある小部屋を確認すると、そこに横たわる長身を見つけた。
三つ並んだ端のベッドで、蔵内が仮眠をとっている。
そっと近付いて、王子はちいさく声をかけた。
「クラウチ」
反応はない。ふむ、としばし考え込んで、それから王子はぺたりと彼のひたいに手を当てた。それでも静かに眠ったままの姿を確認し、にんまりと笑む。
「……いただきます」
これは、つまみ食いだ。
流転 王子隊の作戦室、ソファに投げ出されたきんいろの髪が揺れて、うめき声がひとつ落ちた。それを聞いて、蔵内は奥歯を、ぐ、と噛みしめる。
今日の犬飼は、学校で見かけたときから、体調が芳しくないようだった。
見かねて声をかければ寝不足なのだという。――夜中にやってたテレビがおもしろくてさあ、と笑ってはいたものの、それが欺瞞であることは明らかだった。
鳩原の失踪から、まだ一ヶ月と経過していないのだ。目の下に濃い隈をつくった姿は痛ましかった。――茶を飲んでいかないか、という蔵内の誘いに乗ったのは、二宮隊の作戦室へ赴くことに、すこしでも抵抗があったからだろう。人目につくこと自体が気になるのか、王子も樫尾も橘高も今日は遅れてやってくるのだと言えば、安心したそぶりを見せた。
自分の顔色を気にしているのに換装しないのならば、トリオンの回復が足りていないのだろう。すこし眠っても構わないかという犬飼に、蔵内はすぐさま頷いた。――そもそも、彼を自隊の部屋に誘ったのは、それが目的だった。もしかしたら犬飼自身、それに気付いていたかもしれないが。
――そして、いまに至る。
「…………う、うう」
モニタ前の大きなソファに身を預け、犬飼は、固く眼を閉じ、呻く。蔵内はただ静かにそれを見守っていた。
『みんなで見れるようなモニタがふたつあればいいよね。テーブルを置いて作戦会議で使うようなのと、もう片方は団欒をしながら見れるような……。大きなソファがあるといいな。――だれか、安心して眠れるような、そういう場所があればいい』
このソファを設置するとき、そう言っていた蔵内の隊長は、きっとこういう事態を想定していた。――彼には、眠りに纏わる、ふしぎな能力がある。
「おつかれさま、クラウチ。澄晴くん、寝てるの?」
唐突に背後から声をかけられ、蔵内はびく、と肩を跳ねさせた。
噂をすればなんとやらだ。音も立てずに作戦室の中へ入ってきたのは、王子一彰そのひとだった。
「……あんまり夢見がよくなさそうだね」
苦しそうに眉根を寄せている犬飼の顔を覗き込んで、王子は短くため息を吐いた。
――王子も樫尾も橘高も遅れてやってくる、と言ったのは嘘だった。樫尾と橘高はまだやってこないはずだが、王子に関しては他でもない蔵内自身が呼び出していた。
いまこそ、彼の能力が必要なときだと、そう思ったので。
「王子……」
「わかってる。そのためにぼくを呼んだんだろう?」
それは決して嫌味なニュアンスではなかった。王子は心得ているとばかりに言うと、眠る犬飼のすぐ隣に腰掛けた。浅く息をしている犬飼の肩をそっと撫でて、意識のない彼に、だいじょうぶだよ、とやさしく語りかける。
ぱ、と王子は蔵内のほうを振り向いた。気負うところのない笑顔を向ける。
「クラウチ。あとはよろしくね」
「……ああ、頼む」
頷いて、王子は犬飼のひたいにそっと自分のそれを重ねる。背後から見れば口づけているようにも見えるそれが、しかして「夢へと潜る」ための儀式なのだということを、蔵内は知っている。
おうじさまのつまみ食い(2) 今年十八になる王子の誕生日は、金曜日だった。
このところ、ボーダーはどうにも忙しい。イレギュラー門の頻発や、A級隊員どうしが争いあったという噂、そんな中で王子の誕生日はささやかに祝われた。今日は王子隊のメンバーでパーティー。日曜日には、「かげうら」で同級生たちに祝福してもらう予定がある。
いまだ三門は災害のさなかであるが、誕生祝いができるほどの日常はある。たくさんの「お祝い」は素直にうれしくて、王子は上機嫌で両親の待つ家に帰りついた。
夕飯とケーキを食べてきたので、あとは寝る支度をするだけだ。リビングに顔を出した王子は、そこで親から手紙を渡された。これはなにかと問えば、祖母が遺したものだという。王子が十八になったら渡すように、そう言われていたのだと。
誕生日おめでとう、と言われ、ありがとう、と返す。王子は自室に入るとさっそく手紙を開けた。こちらも冒頭は祝いの言葉だ。お誕生日おめでとう、かずくん、と、書かれた呼び名に懐かしくなる。
ひととおりの挨拶が為されたあと、内容は王子の持つ能力のことに移った。使い過ぎていないか、人間関係をおかしくしてはいないか、かわいい孫を心配する言葉が続いて、それから――王子は目を見張った。
――代々、「夢を喰べる」能力のある子には、十八歳になったらこれを伝えることになっています。
――かずくん。甘い夢は、
■神田の話+犬飼の話+α、という構成の、短編がいくつか入った形式の本です。
よろしくお願いいたします。
注意部分サンプル以下は人を選びそうな表現のある箇所のサンプルです。
王子が窒息しかけてえずく描写があります。(擬音と声が多めです)
苦手な方はご注意ください。
「……うっ、んうっ、…………ぐ」
ぐぼ、と。
奇怪な音が耳に届いたのは、そのときだった。
「っ………………ぅ、ぐ、……がっ、」
「王子!?」
慌てて蔵内は音の出どころを――王子のほうを確認する。王子は薄く口を開いて、苦しそうにもがいていた。その喉に、外から見てもわかるほどの大きさのなにかが、詰まっている。
「王子――王子!」
「ぁ、っ、っ……、………………」
名を呼んで、背を叩く。すこし頭を持ち上げて胸をさすった。それでもそれはつかえて取れない。苦しそうに濁った声がだんだん途切れて、吐息だけになる。そして、それすらも失われてゆく。くちびるの端からわずかに唾液がこぼれた。
このままでは、――窒息する。
「……っ」
ぞわ、と背筋が冷たい感覚に満ちた。瞬間、蔵内は躊躇いを捨てた。喉を片手でぐいと押して、もう片方の手を王子の口のなかに捩じ込む。途端に王子は嘔吐き、無意識下で蔵内の指を押し返すが、それを無理矢理に押さえ付け異物を取り出そうと試みる。
「……ぐっ、ぅえ、」
「我慢してくれ、……悪い、」
びくん、と王子の手足が暴れる。