無自覚からの自覚(はぁ…疲れた)
趣味でしてるDJ。
そのライブを終えての帰り道。
フェイスは大きな溜息を吐く。
ライブ後もひっきりなしにスマホの着信は鳴っていてついには電源を落とした。
普段からもそうではあるもののライブ後は特に新規の女からのデートのお誘いが多かった。
(女の子って可愛いけどなんでこうグイグイくるかなぁ)
そう思った。
それならば全て関係を切ってしまえば良いだけの話なのかもしれない。
けれど暇な時に遊ぶ相手としては丁度良いし黙っていても向こうから声を掛けてくる。
自分はそれにただ応えているだけの事。
(…ちょっと疲れちゃったな)
こんな時は借りた部屋に行って気持ちを落ち着かせたい。
フェイスはそう思いエリオス本部では無くイエローウエストのマンションへ向かった。
あれ以来自分から声を掛けてレンを部屋に呼び出した事は無かった。
そもそもあの時の呼び出しも初めての事だった。
エリオス内では滅多に会う事も無いしLine交換したとは言え自分からメッセージを送る事も無かった。
(……結局何がしたかったんだろ?)
フェイスはそう思った。
たまたま猫と戯れるレンを見掛けた。
気付いた時には写真に収めていた。
エリオスで見るレンとは別人の様なレンに驚いた。
(だからってフツー合鍵渡して部屋使っていーよ、なんて言わないよねぇ)
自分の行動を改めて振り返ると自嘲した。
部屋に着くと鍵を開けた…筈だった。
がどう言う訳か開けた筈が鍵が掛かってしまった。
「?」
不思議に思いながら再び鍵穴に鍵をさして回してみる。
すると今度はようやく開いたみたいだった。
つまり鍵は掛かっていなかったと言う事だ。
もしかして…そう思いながら扉を開くとそこには自分のものとは違う靴が置いてあった。
(もしかして来てる?)
そんな事を思いながらも部屋の中に上がる。
電気はついたままリビングのソファーに横になるレンの姿が目に入った。
腹の上には読み掛けの本が置かれている。
「レン?こんなとこで寝てたら風邪引いちゃうよ?」
まぁ自分には関係無いけれど。
そんな事を思いながらも一応気にはなる。
こうして自分が此処を訪れた時にレンが偶然居たパターンは珍しい。
それでもお互い別の部屋に行き用が済んだら出て行く。
だから同じ空間に居ても一人で居る様なものだった。
「レーン」
再び名前を呼んでみる。
だがやはり反応は無い。
こんなに無防備な姿のレンを見るのは初めてだった。
上半身を屈めて名前を呼んでも全く反応が無いから困ったものだとフェイスは溜息を漏らした。
(まぁ寝てても起きててもレンはお人形みたいに静かだから良いけどさ)
そう思い改めてレンを見る。
すき通る様な白い肌に閉じた瞼からは長い睫毛が伸びうっすらと影を作っている。
整った綺麗な顔立ちをしている癖に口は半開きでそれがなんだか可笑しくてフェイスは笑った。
(あはっ、折角だからこれも撮っちゃおうかな?)
そう思いフェイスはスマホをポケットから取り出すとレンの寝顔を一枚撮った。
(見せたらまた怒るのかな?)
これを本人に見せた時のレンの反応を想像すると面白くて思わずフェイスは笑った。
それにしてもこれからどうすれば良いのか。
予定としてはテレビを付けてソファーに座ってゆっくり寛ぐつもりだったフェイス。
だが生憎ソファーはレンに占領されている。
レンは見るからに軽そうだから抱き上げてベッドに連れて行く事も出来ない事も無かった。
けれどそれも面倒臭い。
出来る事なら起きてソファーを譲ってもらいたい。
仕方ないと思いながらフェイスはもう一度レンに声を掛けた。
「レン〜。朝だよ?ほら、起きなよ」
そう言いながらぺちぺちと軽く頬を叩く。
それでもやはりレンは起きない。
レンの反応にフェイスは何度目かの溜息を吐いた。
そして耳元に顔を近付ける。
「起きないならこのままキスしちゃうよ?」
悪い笑みを浮かべそう囁いた。
その瞬間だった。
レンの眼がパチリと開くとガバッと上半身を起こした。
「あ。漸く起きた?」
レンにそう聞くとフェイスは笑った。
勿論揶揄っているつもりだったからレンはそれに対して怒ってくるのかもしれない。
それを考えるとやはりフェイスは面白くてレンの次の反応に思わず期待してしまう。
だがフェイスの期待は見事に裏切られた。
「えっ?どうしたの?」
あろう事かレンは無言でフェイスの事を抱き締めるとそのまま頭を撫で始めたのだ。
突然のレンの行動にフェイスは驚いた。
「よしよし。お前は良い子だな…」
レンはそう言いながらあの表情を浮かべてみせた。
それはあの写メの中、人間ではなく猫にしか向けられる事のない表情だった。
「えっと…レン?」
もしかして寝惚けているのだろうか?
フェイスはそう気付き自分の頭を撫でるレンの手を掴んだ。
レンの表情はどこかトロンとしていてまさに夢見心地と言ったものだった。
(なんか別人みたいなんだけど)
「なんだ…?頭を撫でられるのは嫌いだったか?」
未だに自分が猫だと思われている事にフェイスは苦笑を漏らした。
「あのさ、俺は猫じゃないんだけど?」
そうは言うもののレンはまだ寝惚けているみたいでフェイスの言葉を聞き入れる様子はなかった。
そんなフェイスの言葉は無視してレンはフェイスに顔を近付ける。
「え?今度はなに…」
そう言いかけるフェイスの唇に軽くキスを落とした。
「?!?!」
突然のレンの行動に珍しくフェイスは驚くと眼を見開いた。
「こっちの方がお前は好きだったな」
そう言うとレンは照れ臭そうに笑う。
「ッ…!」
(なにこれ…)
頭の中が現状に追いつかない。
何も言えず呆然としていると次第にレンは覚醒したのか目付きが普段のものへと変わっていった。
「フェイス…?」
レンはふと自分の腕がフェイスに絡んでいる事に気付く。
「ッ…!」
訳が分からなかったけれどとりあえず腕を解いてソファーから立ち上がった。
その時に身体の上にあった本が音を立ててフローリングの上へと落ちた。
漸くレンが覚醒した事にフェイスは安堵の溜息を吐いた。
「おはよ。ちゃんと目覚めたみたいだね」
そう言うフェイスは何時も通りのフェイスだった。
「俺は…もしかして何かお前にしたか?」
どうやら自分自身でも寝起きの悪さには心当たりがあるのか。
バツが悪そうな顔をしながらフェイスにそう聞いた。
その言葉を聞いて寝起きのレンと一緒にいるのはいろんな意味で危険かもしれないとフェイスは思った。
「んー…そうだな。ちょっと噛みつかれたかも」
「え?」
勿論嘘なのだがそうとは知らずレンは驚いた表情を浮かべてみせた。
(あ。これは珍しい顔)
初めて見るレンの表情にフェイスはそう思った。
そしてフェイスの演技が始まる。
「痛かったなぁ…けど寝惚けてたんだよね?それなら仕方ないんじゃない?痛かったけどさ」
「………悪かった」
「え?」
まさか素直に謝られるとは思ってもみなかったからフェイスは驚いた。
「自分ではあまり自覚は無いんだが…寝起きの記憶はいつも曖昧で…ちゃんと覚えている事の方が少ないんだ。ガストにも以前言われた。あいつの言葉だけなら信用しなかったけどマリオンにも似た様な事を言われたから…」
ぽつりとそんな事を言うレン。
どうやら自分にキスした事など本当にレンは覚えていない様に思えた。
「そっか。まぁ気にしないでいいからさ。それよりこんなとこで寝てちゃ風邪引かないかな?って心配してたんだよね。それで起こしたの」
「そうか…悪かったな。ん?もうこんな時間か」
そう言いながらレンは部屋の時計に眼をやった。
「俺はもう戻る。悪かったな」
「うん。迷子にならない様気を付けてね」
そう言いながら軽くレンに手を振った。
「誰がなるか」
今度は流石に怒ったみたいでレンはそう言いフェイスを軽く睨み付けるとそのまま部屋を出て行った。
「……あーあ。なんかヤバイかも」
先程まで横になってたレンの温もりがまだ残るソファ。
そこへ腰を下ろすとフェイスは唇を押さえる。
レンみたいにクールなタイプを揶揄ってその反応を楽しむのが密かに好きだったフェイス。
(あの表情でキスとか。あれは流石に反則でしょ)
今までレンに対して抱いていたモヤモヤとした訳の分からない感情。
それが先程の事で確信へと変わっていったのだった。
終わり