あなたが寝てる間に付き合いだしてから、下の名前で呼ばれることが増えた。
「春子」そう呼ばれると、恥ずかしくてつい
「なれなれしく呼ばないでください!」と言ってしまう。
私を特別に想ってくれていると感じられてとてもうれしいのに。
私は何時も素直になれない。
好きな気持ちもストレートに伝えられず、同じ職場で
働きたいと告げるのが精いっぱいだった。
でも、それで私の気持ちは届いたようで
彼と一緒に住むようになった。
本当は私も、彼の名前を呼びたい。
東海林武だなんて、響きからして男らしい素敵な名前。
画数も絶妙だ、きっとご両親は姓名判断か何かで決めたのでは
ないだろうか。
東海林くん、武くん、どちらもかわいいけどやっぱり下の名前を呼びたい。
「このくるくるパーマはピーマンも食べられないのですか?」
「嫌いなんだから仕方ないだろ」
「好き嫌いせずに食べなさい」
夕飯のチンジャオロースのピーマンをこそこそと弾く彼に私は
つい怒ってしまった。
ピーマンが嫌いだなんてかわいいなと思うのに、自分の料理を
残されるのは悔しくてまたあだ名で呼んでしまった。
でも、しぶしぶちゃんとピーマンを食べる姿を見ると
また可愛いと思って胸がギュッと掴まれたような気分になる。
そしてお風呂に入り、パジャマに着替えるといい雰囲気になる。
そこでも私は「春子」と呼ばれる。
私も雰囲気に流されて「武」と呼びたい。
でも。
言葉はのどまで出かかっているのに、どうしても出てこない。
どうしたら言えるのだろう―。
2人の甘い時間が終わり、気が付くと彼は眠りについていた。
優しい寝息に子供のような寝顔で思わず微笑んでしまう。
そして、今なら言えると私は彼の髪をなでながらつぶやく。
「おやすみ、武」
彼にはまだ言えないから、夢の中の彼にそう告げた。
口にして吐き出しただけでも顔が紅葉色になってしまった。
彼の前で言ったときは、どうなってしまうのだろうか。
まだ、もう少し待っていてほしい。
ごめんね、素直じゃなくて。
私は照明を消して、さっきの彼の余韻に浸りながら
彼の隣で眠りについた。
―翌朝、彼は「夢で春子に武って呼ばれた」と
うれしそうに私に話していた。