ショコランゼバレンタインになったばかりの夜、東海林と春子は甘い時間を過ごした。春子の誕生日とバレンタインが重なり、お互いにプレゼントとチョコを贈りあう。
実際にケーキも食べたので甘いもので胃が重くなり翌朝少し胃痛がすると東海林はこぼしていた。
「俺ももう年かな…」
「情けない、まだ30代ですよ」
「お前は平気なのかよ、ホール半分食ってたじゃねーか」
「あんなの序の口です」
「そんなに食べてたら太るぞ」
「余計なお世話です!!」
昨夜の官能的な夜はどこへやら、朝になったとたん、子供のように言い争う。
「まぁいいや、お前はゆっくりしてろよ」
そう言って東海林はクローゼットからシャツを取り出して身なりを整えていく。
「そうですね、ゆっくり休養しておきます」
「そうそう、帰ってきたら…またしような」
「何を言ってるのか、このくるくるパーマは…」
東海林は春子に軽いキスをして家を出た。
そしてその日の夜、春子は夕飯を作り洗濯物を取り込んで東海林の帰りを待ちわびていた。
玄関からガチャガチャと鍵を開ける音がして、春子は帰ってきたとスリッパを鳴らして迎えにいく。
「お帰りなさいー…」
と、ドアを開けると思った通り東海林が立っていた。が、左手には白い大きな紙袋を抱えていてそれが春子には気がかりだった。
「バレンタインだからってさ、義理チョコいっぱいもらったよ」
従業員にはパートの女性もいる、きっとサービス精神旺盛なんだろう。東海林へのチョコは明らかに義理だろうと思えるような少しばかり大きな箱の簡易的な包装をされたものばかりだった。
「こんなもので浮かれてるとは…相変わらずモテないですね」
そんなことを言いながらも、何もなくてホッとしていることに春子は気付いていなかった。
すると、東海林は鞄からまた何か取り出す。
それをみて春子は血管を締め付けられたような気がした。
有名なブランド店のチョコレートの包み紙にワインレッドのハートシールにリボンがつけられている。
「それは、どうしたんですか?」
「ああ、これ帰る前にたまたま白石モータースの白石さんがやってきてくれたんだよ。わざわざ配りに回ってるみたいでさ」
白石さん、春子も何度か会ったことがある。物腰の柔らかい社長令嬢で見た目も井川遥似の美人だ。
そうか、義理チョコを配るなんて気遣いがすごいと春子は言い聞かせながら
「クーベルチュールのチョコだなんてお返しが大変ですね」
「え?これ高いやつ??どんなチョコなんだろ」
東海林はつい好奇心でそのチョコの包みを先に広げようとした、セロハンテープを剥がして箱を紙から取り出すと、ひらりと何かカードが落ちてきた。
春子は思わずさっと拾い上げると、目の前に想定外な言葉が書かれていた。
『よかったら連絡下さい、一度ゆっくりお話ししたいです』
その下には白石さんのものであろう電話番号が書かれていた。これは本命チョコだと確信した春子はこのカードを破ってゴミ箱へ投げ捨ててしまいたい衝動にかられたが相手の気持ちを考えるとそれはできなった。
そのせいかどうしようもない苛立ちを東海林にぶつけてしまう。
「白石さんに何か思わせぶりなことでもしたんじゃないですか?」
東海林の目の前にカードをかざしながら春子は刺のある言葉を投げつける。
「え…!?いや、これは社交辞令だって…多分」
東海林は戸惑いながら目を逸らした。
「社交辞令でわざわざ高級なチョコをわたしにくるわけないでしょう」
「そんなの、俺に言われてもしらねーよ!」
「だからあなたは鈍感なんです、去年もあなたは本命チョコにも気づかない…」
「は?お前からチョコなんてもらってないぞ」
「〜っ、もういいです!!私はケーキの食べすぎで胃もたれがするので夕飯はあなた1人で食べてください」
そう言い放つと春子は寝室に入り思い切りドアを閉めた。
(こんな嫉妬に狂ってしまうなんて…私としたことが)
シーツに包まり春子は悶々とした気持ちを抱えたまま時間を過ごしていた。東海林に好意を寄せる人が居ると思うだけで胸が痛くなる。東海林が自分を好きだと言っていても、いつか心変わりしてしまうのではないかーそんな不安に襲われる。
しばらくして、ドアを3回ノックする音がした。
「入るぞ、って俺の家だけどな」
そう自分でツッコミを入れながら東海林が入ってきて、春子の横に腰掛けた。
「さっき、白石さんに電話したんだけどさ『東海林さんって面白いからお喋りしたいと思って書いただけですよ〜』って笑いながら言われたわ。何かこっちが自惚れてるみたいで恥ずかしかったよ」
春子にそう告げると、シーツを無理矢理剥がしてきた。
春子はアルマジロのように丸まっている、顔が見えず不安になった東海林は
「おい、お前…まだ怒ってんのか?」
(やっぱり鈍感…そんなの嘘に決まってるじゃない)
白石さんの心境を考えると少し申し訳ない気持ちになる。矛盾してるとはわかっているけど、きっと東海林はバカ正直に話したんだろう。
春子はこれ以上自分勝手でいてはいけないと思い、丸めた体を伸ばして東海林の隣に座る。
「怒ってるのは…自分自身にです。あなたや白石さんは悪くありません」
急に素直になった春子に東海林はわずかな戸惑いを感じた。
「どうやら焼いているようです」
「…やきもち?俺に??」
嬉しそうに東海林が聞くのでつい春子は
「今夜は鶏を焼きました」
「そっちかよ!!」
誤魔化して笑いにかえた。
「夕飯、まだ食べてないけど…こっちを先に食べていいか?」
そう言い切る前に東海林は春子を抱きしめて、美味しそうな薄桃色の唇を食べた。