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  • 演練日和 3こんばんは、夕霞です。
    演練日和も最後となりました。
    決着がついた後、審神者がどう動くのかお楽しみに。

    それでは注意事項を読んでお楽しみください。
    #二次創作 #オリキャラ #刀剣乱舞 #くりんば
    夕霞
  • 演練日和 2こんばんは、夕霞です。
    今回は演練日和の二話めです。
    思えば、戦闘部分は書くのにだいぶ苦労した思い出がありまして…

    それはさておくとして、注意事項を読んでお楽しみください。
    #二次創作 #刀剣乱舞 #くりんば #オリキャラ
    夕霞
  • 演練日和 1こんばんは、夕霞です。
    今回の作品は演練を舞台にしています。
    だいぶ自由にかいたので、注意事項をしっかりお読みください!
    #二次創作 #オリキャラ #刀剣乱舞 #くりんば
    夕霞
  • 争乱 幕間 くりんば伝こんばんは、夕霞です。
    これで幕間も最後です。ちょっと短いですが……。

    それでは注意事項を読んでお楽しみください。
    #二次創作 #オリキャラ #刀剣乱舞 #くりんば
    夕霞
  • 5くりんば漫画まとめ1P漫画(ほぼギャグ)
    #刀剣乱腐 #くりんば
    raishi
  • 10 #とうらぶ #腐向け #くりんば

    龍がログアウトしてごめんなさい
    壁打ち
  • いじける布 #くりんばよしや
  • 静寂な心々桜 #再録 #くりんば





    声が出ない、という事実に一番最初に気付いたのは己の兄弟刀でもなく同じ部隊の刀でもなく、特に何の接点もない大倶利伽羅という無銘刀だった。
     静かに相手を見据える眼をした彼に、喋れないのかと静かに問われた時、俺は出ない声を出すように口を動かし、わかるのか、と唇の動きだけで問い返していた。
    「あぁ」
     そう短く返ってきた答えに、何故か無性に泣き出したいような、胸が熱くなるような気持ちになったのを鮮明に覚えている。
    あの時から、この男とは一定の距離感を保ったまま大凡、友人と呼べそうな関係を築いていた。
    少なくとも、こちらにとっては。



     相手の後ろ姿を見て駆け寄る。そして、その袖を引っ張ると同時くらいに相手が振り向いた。いつものやり取り、と思いながら彼に口の動きだけで、時間だと告げる。
    「分かっている。これから道具を取りに戻る所だ」
     存外穏やかな顔つきをしている大倶利伽羅という刀はそう言って、こちらに対して笑った、ように思えた。本当の所は、彼の表情筋の乏しさに判断がつかないのだが、少なくとも自分にはそう見えたというだけだ。
     しかしそう思えた事実に、胸の奥がほんのり熱くなる。
     部屋で待っている、と再度無音で伝えれば、彼は頷いてそのまま廊下の先へと消えて行った。
     本当は渡されている紙と鉛筆で筆談の練習をするべきだと理解しているのに、どうしても彼相手だとその行為を省いてしまっている。
     きっと唯一、読唇術にまで長けているこの刀にこちらの言葉を理解してもらえるという事実が、嬉しくて堪らないのだろう。そんな事を、己自身の出来事なのに他人事のように考えていた。
     自分の事として認識してしまったなら、向き合わなければならない答えがすぐ近くにあるだろう事を山姥切国広は察していたのだ。

     本丸の中にはつい三週間ほど前から、勉強部屋として設けられた一室がある。そこは十畳ある部屋の襖を開いて二部屋を一部屋にした仕様で、横長の足が折り畳み可能な卓袱台がずらりと四列ほど並んでいた。
     元は作戦会議にとだけ使われていた部屋だったのだが、人の身を得て出来る事が増えた刀に、自分が今まで人であったならやりたかった事、やってみたいと思った事を全てやればいいと言い出した審神者の発言のためだ。
    何よりもこの身に慣れるには何事も経験、という考えらしい。そしてそうと決めた日に、必要な物の手配は全て済ませてしまった。それを行動が早いと捉えればいいのか、ただ気が早いだけなのか、近侍として長い事この本丸にいる初期刀の己は判断出来なかった訳だが。
    「……」
     障子を開けてその部屋へ入室するが、今日はまだ誰もここへは来ていないようだ。気付くと大人数が集まるようになった最近では、珍しい日だった。
     左右を見渡し、一番障子から遠い襖のすぐ傍にある卓袱台を選んでそこへと座る。座布団はなく畳の上に直接座ると日陰の強い室内のそこは、ひんやりと冷えていて心地よい。
     初夏の午前中は外気温が上がってきても、山沿いにある本丸の室内温度はそれほど高くはならないようだ。山の影にかかる訳でもないのだが、里にある民家などよりは涼しいらしい。
    その民家へ踏み込んだ事もないので、確かな情報ではないが。
    「…待たせたな」
     部屋に入って数分と経たず内に、待ち人は現れた。
    手にはこちらと同じく鉛筆や消しゴムの入ったブリキ製の筆箱と、平仮名とカタカナと漢字ドリルが握られている。審神者が用意した、人の子が使っているものと同じ勉強道具らしい。
     顔を上げればすぐに相手に気付けるよう襖を背にして、障子や室内をよく見渡せる位置にいて良かったと思った。大倶利伽羅と顔を見て確認してから、彼へ首を振って返事をする。
    耳はちゃんと聞こえるが、反応の鈍くなる場所へ己の身を置くのは今だけは避けていた。
     入室した打刀は障子を開け放ったままこちらの向かいへと腰を下ろす。
    「始めるか」
     静かに告げる言葉の後ろで、短刀の楽しそうな声が庭先から聞こえてくる。夏の庭も、彼らにとっては恰好の遊び場なのだろう。

     布製で巻くタイプの筆入れを使っている自分は、それを広げてから鉛筆と消しゴムを取り出した。それから彼が広げたのと同じ、平仮名のドリルも開く。
     とにかく文字を書く練習にと平仮名とカタカナの教材であるこれらを二冊ずつ渡された時には、こんなに書かなくても大丈夫だろうと考えたものだが、平仮名もカタカナも鉛筆を持つという行動に慣れるまでに随分時間を要した。
     結果、今やっと二冊目の六頁目を埋めているのだが、自分の書く字はお世辞にも綺麗とは思えない有様だ。
     反対に、大倶利伽羅の書く文字は美しかった。彼の本来は穏やかな性格を表しているのか、その字は繊細で柔らかい。自分と同じ時分に文字を書く練習を始めたとは、到底思えなかった。
    [ あんたのじはきれいだな ]
     そう筆談用の紙切れの端に書いて、相手へ見えるように紙の向きを変える。ドリルから視線を上げた彼がそれを見て、その下へと何かを書き足した。
    [ 書いている内に慣れる ]
     まだ漢字まで書く事は出来ないが、読む事は可能なのを知ってかそう綴られている。そしてその一文をこちらが読んだのを確認してから、大倶利伽羅は口を開いた。
    「…文字を書くには空間認識が少なからず関わってくるらしい。そう、あいつが言っていた」
     あいつ、というのは審神者の事だろうと山姥切にはすぐに察しがつく。
    [ ぐたいてきに、どういうことなんだ ]
     相手が言わんとする事は何となく分かるが、どう行動に移せばいいのかは分からない。そう思って紙の端切れに再度、文字を綴る。
     それを確認した相手は腰を上げて、こちらの背後へと回ってから座った。
    「手、借りるぞ」
     背後から伸びた浅黒い掌が、己のそれに重なる。何をされるか宣言されていたはずなのに、自分の手が少しだけ震えた。
     だがそれを気にしないかのように大倶利伽羅はこちらの手を柔く握ると、その重なった手を四角い升目のみの書かれた上へ持ってゆく。そしてそのままゆっくりと、鉛筆の先を紙へ滑らせた。
    「この四角の中を意識して、文字の線の間隔を測りながら書く…こんな風にな」
     耳元で囁かれる低音が、脳に響くようで耳が熱くなる。どうして己がそのような反応をしているのか、分からないまま鉛筆を握った掌に汗を掻いた。
     こんな時、声の出せない現状に少なからず安心するのは、思ってもいない事を咄嗟に口走らないからだろうか。しかし落ち着かない心は、声が出る時と何も変わらないと思える。
    「……伝わるか?」
     触れていた熱が離れたのに、はっとして相手を見た。少し振り向いただけなのだが、あまりに近くに話しかけてきた本人がいて驚いたまま、後ろへ後退ってしまった。
     唇を動かして、今ので分かったと意思表示をする。少し目が泳いだのを、大倶利伽羅から視線を外して誤魔化したつもりだが、気付かれていない事を願うばかりだ。
    「そうか。…今のを意識して書いていくといい」
     言うと彼は自分のもと居た場所へと帰っていた。それから何事もなかったかのように空白を平仮名で埋めていく。
     こちらのように取り乱した様子は全くない姿勢に、不平等さを感じているのが、自分の事ながら理解出来ないのだが、それらを相手に伝えるのも可笑しい気がしてやめた。心の内にもやっとしたものを感じるが、それが何かも分からない。
     何も言えずに山姥切も向かい合った相手と同じように、また紙の上へと視線を戻す。先程実践で教えられた手の感覚が、まだそこには残っていた。ほんのりと、あたたかい感触も。
    数文字進めて、相手のドリルの上をこっそりと盗み見る。
    その文字達は、やはり美しかった。


    #続かない
    #再録 #くりんば





    声が出ない、という事実に一番最初に気付いたのは己の兄弟刀でもなく同じ部隊の刀でもなく、特に何の接点もない大倶利伽羅という無銘刀だった。
     静かに相手を見据える眼をした彼に、喋れないのかと静かに問われた時、俺は出ない声を出すように口を動かし、わかるのか、と唇の動きだけで問い返していた。
    「あぁ」
     そう短く返ってきた答えに、何故か無性に泣き出したいような、胸が熱くなるような気持ちになったのを鮮明に覚えている。
    あの時から、この男とは一定の距離感を保ったまま大凡、友人と呼べそうな関係を築いていた。
    少なくとも、こちらにとっては。



     相手の後ろ姿を見て駆け寄る。そして、その袖を引っ張ると同時くらいに相手が振り向いた。いつものやり取り、と思いながら彼に口の動きだけで、時間だと告げる。
    「分かっている。これから道具を取りに戻る所だ」
     存外穏やかな顔つきをしている大倶利伽羅という刀はそう言って、こちらに対して笑った、ように思えた。本当の所は、彼の表情筋の乏しさに判断がつかないのだが、少なくとも自分にはそう見えたというだけだ。
     しかしそう思えた事実に、胸の奥がほんのり熱くなる。
     部屋で待っている、と再度無音で伝えれば、彼は頷いてそのまま廊下の先へと消えて行った。
     本当は渡されている紙と鉛筆で筆談の練習をするべきだと理解しているのに、どうしても彼相手だとその行為を省いてしまっている。
     きっと唯一、読唇術にまで長けているこの刀にこちらの言葉を理解してもらえるという事実が、嬉しくて堪らないのだろう。そんな事を、己自身の出来事なのに他人事のように考えていた。
     自分の事として認識してしまったなら、向き合わなければならない答えがすぐ近くにあるだろう事を山姥切国広は察していたのだ。

     本丸の中にはつい三週間ほど前から、勉強部屋として設けられた一室がある。そこは十畳ある部屋の襖を開いて二部屋を一部屋にした仕様で、横長の足が折り畳み可能な卓袱台がずらりと四列ほど並んでいた。
     元は作戦会議にとだけ使われていた部屋だったのだが、人の身を得て出来る事が増えた刀に、自分が今まで人であったならやりたかった事、やってみたいと思った事を全てやればいいと言い出した審神者の発言のためだ。
    何よりもこの身に慣れるには何事も経験、という考えらしい。そしてそうと決めた日に、必要な物の手配は全て済ませてしまった。それを行動が早いと捉えればいいのか、ただ気が早いだけなのか、近侍として長い事この本丸にいる初期刀の己は判断出来なかった訳だが。
    「……」
     障子を開けてその部屋へ入室するが、今日はまだ誰もここへは来ていないようだ。気付くと大人数が集まるようになった最近では、珍しい日だった。
     左右を見渡し、一番障子から遠い襖のすぐ傍にある卓袱台を選んでそこへと座る。座布団はなく畳の上に直接座ると日陰の強い室内のそこは、ひんやりと冷えていて心地よい。
     初夏の午前中は外気温が上がってきても、山沿いにある本丸の室内温度はそれほど高くはならないようだ。山の影にかかる訳でもないのだが、里にある民家などよりは涼しいらしい。
    その民家へ踏み込んだ事もないので、確かな情報ではないが。
    「…待たせたな」
     部屋に入って数分と経たず内に、待ち人は現れた。
    手にはこちらと同じく鉛筆や消しゴムの入ったブリキ製の筆箱と、平仮名とカタカナと漢字ドリルが握られている。審神者が用意した、人の子が使っているものと同じ勉強道具らしい。
     顔を上げればすぐに相手に気付けるよう襖を背にして、障子や室内をよく見渡せる位置にいて良かったと思った。大倶利伽羅と顔を見て確認してから、彼へ首を振って返事をする。
    耳はちゃんと聞こえるが、反応の鈍くなる場所へ己の身を置くのは今だけは避けていた。
     入室した打刀は障子を開け放ったままこちらの向かいへと腰を下ろす。
    「始めるか」
     静かに告げる言葉の後ろで、短刀の楽しそうな声が庭先から聞こえてくる。夏の庭も、彼らにとっては恰好の遊び場なのだろう。

     布製で巻くタイプの筆入れを使っている自分は、それを広げてから鉛筆と消しゴムを取り出した。それから彼が広げたのと同じ、平仮名のドリルも開く。
     とにかく文字を書く練習にと平仮名とカタカナの教材であるこれらを二冊ずつ渡された時には、こんなに書かなくても大丈夫だろうと考えたものだが、平仮名もカタカナも鉛筆を持つという行動に慣れるまでに随分時間を要した。
     結果、今やっと二冊目の六頁目を埋めているのだが、自分の書く字はお世辞にも綺麗とは思えない有様だ。
     反対に、大倶利伽羅の書く文字は美しかった。彼の本来は穏やかな性格を表しているのか、その字は繊細で柔らかい。自分と同じ時分に文字を書く練習を始めたとは、到底思えなかった。
    [ あんたのじはきれいだな ]
     そう筆談用の紙切れの端に書いて、相手へ見えるように紙の向きを変える。ドリルから視線を上げた彼がそれを見て、その下へと何かを書き足した。
    [ 書いている内に慣れる ]
     まだ漢字まで書く事は出来ないが、読む事は可能なのを知ってかそう綴られている。そしてその一文をこちらが読んだのを確認してから、大倶利伽羅は口を開いた。
    「…文字を書くには空間認識が少なからず関わってくるらしい。そう、あいつが言っていた」
     あいつ、というのは審神者の事だろうと山姥切にはすぐに察しがつく。
    [ ぐたいてきに、どういうことなんだ ]
     相手が言わんとする事は何となく分かるが、どう行動に移せばいいのかは分からない。そう思って紙の端切れに再度、文字を綴る。
     それを確認した相手は腰を上げて、こちらの背後へと回ってから座った。
    「手、借りるぞ」
     背後から伸びた浅黒い掌が、己のそれに重なる。何をされるか宣言されていたはずなのに、自分の手が少しだけ震えた。
     だがそれを気にしないかのように大倶利伽羅はこちらの手を柔く握ると、その重なった手を四角い升目のみの書かれた上へ持ってゆく。そしてそのままゆっくりと、鉛筆の先を紙へ滑らせた。
    「この四角の中を意識して、文字の線の間隔を測りながら書く…こんな風にな」
     耳元で囁かれる低音が、脳に響くようで耳が熱くなる。どうして己がそのような反応をしているのか、分からないまま鉛筆を握った掌に汗を掻いた。
     こんな時、声の出せない現状に少なからず安心するのは、思ってもいない事を咄嗟に口走らないからだろうか。しかし落ち着かない心は、声が出る時と何も変わらないと思える。
    「……伝わるか?」
     触れていた熱が離れたのに、はっとして相手を見た。少し振り向いただけなのだが、あまりに近くに話しかけてきた本人がいて驚いたまま、後ろへ後退ってしまった。
     唇を動かして、今ので分かったと意思表示をする。少し目が泳いだのを、大倶利伽羅から視線を外して誤魔化したつもりだが、気付かれていない事を願うばかりだ。
    「そうか。…今のを意識して書いていくといい」
     言うと彼は自分のもと居た場所へと帰っていた。それから何事もなかったかのように空白を平仮名で埋めていく。
     こちらのように取り乱した様子は全くない姿勢に、不平等さを感じているのが、自分の事ながら理解出来ないのだが、それらを相手に伝えるのも可笑しい気がしてやめた。心の内にもやっとしたものを感じるが、それが何かも分からない。
     何も言えずに山姥切も向かい合った相手と同じように、また紙の上へと視線を戻す。先程実践で教えられた手の感覚が、まだそこには残っていた。ほんのりと、あたたかい感触も。
    数文字進めて、相手のドリルの上をこっそりと盗み見る。
    その文字達は、やはり美しかった。


    #続かない
    喉仏
  • 春交わし、歩む君 #再録 #くりんば #現パロ #援交





    いつかこの感覚は、薄れてなくなるのだと思っていた。
    浅はかにも、そう信じたかったのだ。自分がまだ何も知らなかった頃と同じ、そんな無垢な身体に戻れるのだと。

    「…きみ、いくら?」
    見た事もない、如何にもサラリーマンという草臥れたスーツを着た男に声を掛けられた。そっと目深かに被っているフードと己の髪の毛の隙間から、相手の顔を確認する。
    小太りの中年男性、といった印象のその男に指を三本立てて数字だけを言うと「じゃあ行こう」と了承された。何処に行くかは決まっている。何をするのかも決まっていた。
    こういった行為はすっかり慣れたもので、同じように見知らぬ何人の男たちとも似たようなやり取りをしてきた。今日もそれの、延長線上に過ぎない。
    (不毛だな…)
    誰に言うでもなく、考える。
    それでも、この生産性のない関係を、常に誰かと持っていたい。そう感じているのは、他の誰でもない己自身だ。
    相手は誰でもいい。ただ性別は男でなければならない。そして、自分を抱いてくれる男でないと意味はないのだ。
    例えばどんなに、手酷くされようと。

    事が終わってホテルを出ると、外は雨が降っていた。天気予報の降水確率は低くて、通り雨だろうかと思いつつ駅までの道を走る。道路に所々でき始めている水溜まりを避けながら走るが、靴やスラックスに泥水が跳ねてかかる感覚がした。思ったより道路には水分があるようだ。
    何とか近くの駅にたどり着いて、駆け足をやめると突然腰に痛みがくる。先程までの行為を嫌でも思い出した。
    今日の男はいい相手とは言えないくらい乱暴で、体の彼方此方に噛み痕は残っているし後ろも切れてしまって、じくじくと傷んでいる。
    ただ、優しくしてくる相手よりはマシだった。今までの自分の、経験としては。
    しかし痛いものは痛い。先に相手が帰ったので、ホテルを出る前に薬を塗ってはみたのだが、どうにもあまり効いていないようだ。小雨に打たれて体温も下がったせいか、余計に具合の悪さを感じる。
    「…最悪だな…」
    ぽつりと、口から言葉が溢れていた。騒がしい駅内では、己の声などすぐに掻き消える。そういう所が好きで、少しさみしかった。
    ふらふらと駅のホームまで歩いて、誰も座っていないベンチの端へと腰を下ろす。ひどく、目眩がしていた。視界がぐらぐらと揺れて気持ちが悪い。
    あまりに気分が悪いので、目を閉じて俯いた。
    こんな日に限って、兄弟たちは部活動で帰りが遅い。他の誰かを頼れるあてもなく、自力で自宅へ帰りつけるか考える。少し休めば、何とか出来そうな気はした。
    ぼんやりとそんな事を考えている内に、意識は朧になってゆく。

    「…おい、あんた…意識はあるか…?」
    穏やかな声と、肩を軽く叩いてくる振動に、はっと目を覚ました。瞬間、ずきっと首が痛む。座ったまま気絶するように寝ていたようで、首だけでなく体の節々も痛かった。
    「すまない…平気だ…」
    声を出して意識があると相手に伝えると、立とうとして足に力が入らない事に気付く。両手をベンチについて、再度挑戦するがどうにも上手くいかない。
    しかし座ったままではいられないし、無理矢理に体を起こした。何とか立ち上がれたものの、前方へバランスを崩しかける。
    そのまま地面へ倒れるのではないかと思った時、強い力で腕を引かれていた。
    「平気じゃないだろう…駅員の所まで送る」
    歩けるか? 半分抱きしめるように受け止められて、あまりの距離の近さに戸惑ったが振り払う元気はない。頷いて、ゆっくり一歩を進めれば、それに合わせて相手も歩く。
    こんな風に誰かに補助されるのは、兄弟以外では初めてだなと思った。しかし見ず知らずの人間に、親切にする物好きもいるものだなとも思う。
    ふと、相手の顔を見る。浅黒い肌に、琥珀の瞳を持ったエキゾチックな作りの顔をした、美青年がそこにはいた。
    (見た目が綺麗なやつは、心も綺麗なのか…?)
    ぼんやりしている頭でそんな事を考えてしまう。他人にここまで面倒を見られた事がなくて、混乱していた。
    思わずさっと、俯く。自分を支えている浅黒い左腕には、刺青が入っていた。こんな綺麗な顔をして親切なのに不良なのか? とまた余計な事を考えてしまって、思わず左右に頭を振る。
    歩いている途中でそんな事をして足を止めたものだから、相手もすぐに歩くのをやめた。
    「大丈夫か? 電車は諦めてタクシーにでも乗った方がいいんじゃないか…」
    また優しく声を掛けられて、ただ戸惑う。
    「すまない…何でもないんだ、本当に。少し休めば平気だ」
    本心からそう告げるが、体の方はまだ自分の意思についてこられないようだった。
    「………」
     こちらを無言で見つめてくる相手は、何か言いたげに口を開いたが閉じる。それからこちらを支えていた態勢を整えると、彼は無言で歩き出した。ほぼ相手に引き摺られるようにして、自分の身が意思に沿わず運ばれていく。
    「…っ、わざわざ運んでくれなくていい…!」
     咄嗟にそんな言葉しか出せない。だが、動揺しているこちらの言葉を聞いているのかいないのか、相手には流されているようだった。歩く速度が変わらない、と思いきや少し早くなったようだ。
    「おい…!聞こえないのか!?」
     焦ると初対面の人間なのに、敬語が余計に使えなくなる。普段からあまり丁寧な言葉遣いというものは苦手なのだが、そういう自分の性質が著しくなってしまう。
    「…いいから、黙って運ばれていろ」
    「ぅわっ…!」
     身体を斜めに倒すように後ろへ押され、今度こそ地面と接触するかと思えば、上半身を抱きかかえるようにして相手へ持ち直されていた。
     人間を運ぶというよりは、己と同じくらいに長い丸太でも運ぶような具合だった。地面についた自分の踵は、相手に引き摺られるままに移動していく。なすすべもなく。
    「…あんた…強引だな…」
     呆気にとられて、間の抜けた顔をしながら彼を見上げた。落とされる不安が抜けなくて、咄嗟に相手の背中の布を掴んでいるのだが、苦しそうな顔ひとつしていない。
    「病人の戯言に付き合っている余裕はないものでね」
     余裕がないとはとても思えない、しれっとした表情で言われても納得は出来なかった。
     しかし、それに反論する気はおきない。もう充分迷惑をかけているというのに、これ以上何か言葉を重ねたところで、彼に手間をかけるだけだと分かってきたのだ。きっと自分が何を言っても、彼は面倒を見るのだろう。一先ず駅員の所に送り届ける程度には。
     結局、大人しく駅員の所へ運ばれてから、救護室で休むより少しでも動ける内に帰宅した方がいいだろう、という話になってタクシーに乗った。
    その間ずっと、見ず知らずの青年は付き添ってくれていた。顔見知りでも、同じ学校でも、ましてやクラスメイトでも、友人ですらないというのに、だ。
    「世話になっておいて、こんな事を言うのはどうかと思うんだが…あんたお人好しすぎやしないか…」
     タクシーを捕まえて貰ったところで、そう感想を言っていた。本当は先に、礼を述べるつもりだったのに。
    「…こういう時は素直に〝ありがとう〟だけでいいだろう」
     ふっと息を吐いて、彼は一瞬笑ったように見えた。片腕を掴み支えるようにして真隣に立たれていたので、その顔をはっきりとは確認出来なかったのだが。
    「すまない…本当に助かった。ありがとう…ございました」
     すっかり敬語が外れていたのに気付いて、最後にとって付けていた。今更すぎて、少し気恥ずかしい。
    「別に、構わない。…今度は気をつけるんだな」
     車へ乗るように促され、それに従って乗ったが大事な事を思い出す。咄嗟に相手の上着へ手を伸ばし、それを掴んでいた。
    「待ってくれ、今日の礼がしたい…!あんたの連絡先を教えてくれっ」
    「…礼にはおよばない…」
     あまりに相手の表情が変わらないので、その言葉の中にある感情が読み取れない。困らせているような気もするが、ただ単純に迷惑だと思われている可能性も捨てきれない。
     何より、己がこんな事を言い出すのが初めてで、自分自身にも戸惑っていた。相手の心境が読み取れない以上に。
    「このままじゃ、…俺は帰れない…!」
     どう続ければいいのか迷って、卑怯な言い方をしていた。動揺から混乱しすぎて、こんな言葉を選んだのがずるい振る舞いだと気付かぬまま。
     お互い無言のまま見詰め合って、数秒。相手が小さく溜め息をついた。
    おもむろに懐から黒い手帳を取り出して、それを開くと彼はボールペンでさらさらと何かを書いてゆく。そのページを今度は適当にちぎって、こちらへ差し出してきた。
    そこには、ひろみつという文字と電話番号が書かれている。
    「…! あんた、ひろみつっていうのか…ありがとう」
     紙切れ、と言えるそれを両手で受け取って、少し安心した。借りは返したい主義なのだ。これで恩人の名前も分かった事だし、今度の時はちゃんとした礼が出来るだろう、多分。何をして礼になるかは、今ひとつ自信がないのだが。
    「早くしてくれ…待ってるぞ」
     言って、ひろみつと名乗った青年は運転手を見やる。自分たち以外に人がいるのを忘れていて、国広は慌てた。すまない、と年配の運転手へ声を掛けてから、またひろみつへと視線を移す。
    「落ち着いたら連絡する…本当に助かった…!」
    「あぁ、…もう行け」
     言葉のわりに、声が優しい。そういう喋り方をする男なのか、と今更気付いた。声の優しさがあって、どちらかというときついはずの彼の口調には刺がなく、まるい印象さえある。
     相手に見送られながら、タクシーは走り出した。いつの間にか体調不良を忘れていたのだが、揺れる車体にそういえばと思い出していた。
     こんなに他人を忘れがたく思うのは、初めてのことだった。


    #続かない
    #再録 #くりんば #現パロ #援交





    いつかこの感覚は、薄れてなくなるのだと思っていた。
    浅はかにも、そう信じたかったのだ。自分がまだ何も知らなかった頃と同じ、そんな無垢な身体に戻れるのだと。

    「…きみ、いくら?」
    見た事もない、如何にもサラリーマンという草臥れたスーツを着た男に声を掛けられた。そっと目深かに被っているフードと己の髪の毛の隙間から、相手の顔を確認する。
    小太りの中年男性、といった印象のその男に指を三本立てて数字だけを言うと「じゃあ行こう」と了承された。何処に行くかは決まっている。何をするのかも決まっていた。
    こういった行為はすっかり慣れたもので、同じように見知らぬ何人の男たちとも似たようなやり取りをしてきた。今日もそれの、延長線上に過ぎない。
    (不毛だな…)
    誰に言うでもなく、考える。
    それでも、この生産性のない関係を、常に誰かと持っていたい。そう感じているのは、他の誰でもない己自身だ。
    相手は誰でもいい。ただ性別は男でなければならない。そして、自分を抱いてくれる男でないと意味はないのだ。
    例えばどんなに、手酷くされようと。

    事が終わってホテルを出ると、外は雨が降っていた。天気予報の降水確率は低くて、通り雨だろうかと思いつつ駅までの道を走る。道路に所々でき始めている水溜まりを避けながら走るが、靴やスラックスに泥水が跳ねてかかる感覚がした。思ったより道路には水分があるようだ。
    何とか近くの駅にたどり着いて、駆け足をやめると突然腰に痛みがくる。先程までの行為を嫌でも思い出した。
    今日の男はいい相手とは言えないくらい乱暴で、体の彼方此方に噛み痕は残っているし後ろも切れてしまって、じくじくと傷んでいる。
    ただ、優しくしてくる相手よりはマシだった。今までの自分の、経験としては。
    しかし痛いものは痛い。先に相手が帰ったので、ホテルを出る前に薬を塗ってはみたのだが、どうにもあまり効いていないようだ。小雨に打たれて体温も下がったせいか、余計に具合の悪さを感じる。
    「…最悪だな…」
    ぽつりと、口から言葉が溢れていた。騒がしい駅内では、己の声などすぐに掻き消える。そういう所が好きで、少しさみしかった。
    ふらふらと駅のホームまで歩いて、誰も座っていないベンチの端へと腰を下ろす。ひどく、目眩がしていた。視界がぐらぐらと揺れて気持ちが悪い。
    あまりに気分が悪いので、目を閉じて俯いた。
    こんな日に限って、兄弟たちは部活動で帰りが遅い。他の誰かを頼れるあてもなく、自力で自宅へ帰りつけるか考える。少し休めば、何とか出来そうな気はした。
    ぼんやりとそんな事を考えている内に、意識は朧になってゆく。

    「…おい、あんた…意識はあるか…?」
    穏やかな声と、肩を軽く叩いてくる振動に、はっと目を覚ました。瞬間、ずきっと首が痛む。座ったまま気絶するように寝ていたようで、首だけでなく体の節々も痛かった。
    「すまない…平気だ…」
    声を出して意識があると相手に伝えると、立とうとして足に力が入らない事に気付く。両手をベンチについて、再度挑戦するがどうにも上手くいかない。
    しかし座ったままではいられないし、無理矢理に体を起こした。何とか立ち上がれたものの、前方へバランスを崩しかける。
    そのまま地面へ倒れるのではないかと思った時、強い力で腕を引かれていた。
    「平気じゃないだろう…駅員の所まで送る」
    歩けるか? 半分抱きしめるように受け止められて、あまりの距離の近さに戸惑ったが振り払う元気はない。頷いて、ゆっくり一歩を進めれば、それに合わせて相手も歩く。
    こんな風に誰かに補助されるのは、兄弟以外では初めてだなと思った。しかし見ず知らずの人間に、親切にする物好きもいるものだなとも思う。
    ふと、相手の顔を見る。浅黒い肌に、琥珀の瞳を持ったエキゾチックな作りの顔をした、美青年がそこにはいた。
    (見た目が綺麗なやつは、心も綺麗なのか…?)
    ぼんやりしている頭でそんな事を考えてしまう。他人にここまで面倒を見られた事がなくて、混乱していた。
    思わずさっと、俯く。自分を支えている浅黒い左腕には、刺青が入っていた。こんな綺麗な顔をして親切なのに不良なのか? とまた余計な事を考えてしまって、思わず左右に頭を振る。
    歩いている途中でそんな事をして足を止めたものだから、相手もすぐに歩くのをやめた。
    「大丈夫か? 電車は諦めてタクシーにでも乗った方がいいんじゃないか…」
    また優しく声を掛けられて、ただ戸惑う。
    「すまない…何でもないんだ、本当に。少し休めば平気だ」
    本心からそう告げるが、体の方はまだ自分の意思についてこられないようだった。
    「………」
     こちらを無言で見つめてくる相手は、何か言いたげに口を開いたが閉じる。それからこちらを支えていた態勢を整えると、彼は無言で歩き出した。ほぼ相手に引き摺られるようにして、自分の身が意思に沿わず運ばれていく。
    「…っ、わざわざ運んでくれなくていい…!」
     咄嗟にそんな言葉しか出せない。だが、動揺しているこちらの言葉を聞いているのかいないのか、相手には流されているようだった。歩く速度が変わらない、と思いきや少し早くなったようだ。
    「おい…!聞こえないのか!?」
     焦ると初対面の人間なのに、敬語が余計に使えなくなる。普段からあまり丁寧な言葉遣いというものは苦手なのだが、そういう自分の性質が著しくなってしまう。
    「…いいから、黙って運ばれていろ」
    「ぅわっ…!」
     身体を斜めに倒すように後ろへ押され、今度こそ地面と接触するかと思えば、上半身を抱きかかえるようにして相手へ持ち直されていた。
     人間を運ぶというよりは、己と同じくらいに長い丸太でも運ぶような具合だった。地面についた自分の踵は、相手に引き摺られるままに移動していく。なすすべもなく。
    「…あんた…強引だな…」
     呆気にとられて、間の抜けた顔をしながら彼を見上げた。落とされる不安が抜けなくて、咄嗟に相手の背中の布を掴んでいるのだが、苦しそうな顔ひとつしていない。
    「病人の戯言に付き合っている余裕はないものでね」
     余裕がないとはとても思えない、しれっとした表情で言われても納得は出来なかった。
     しかし、それに反論する気はおきない。もう充分迷惑をかけているというのに、これ以上何か言葉を重ねたところで、彼に手間をかけるだけだと分かってきたのだ。きっと自分が何を言っても、彼は面倒を見るのだろう。一先ず駅員の所に送り届ける程度には。
     結局、大人しく駅員の所へ運ばれてから、救護室で休むより少しでも動ける内に帰宅した方がいいだろう、という話になってタクシーに乗った。
    その間ずっと、見ず知らずの青年は付き添ってくれていた。顔見知りでも、同じ学校でも、ましてやクラスメイトでも、友人ですらないというのに、だ。
    「世話になっておいて、こんな事を言うのはどうかと思うんだが…あんたお人好しすぎやしないか…」
     タクシーを捕まえて貰ったところで、そう感想を言っていた。本当は先に、礼を述べるつもりだったのに。
    「…こういう時は素直に〝ありがとう〟だけでいいだろう」
     ふっと息を吐いて、彼は一瞬笑ったように見えた。片腕を掴み支えるようにして真隣に立たれていたので、その顔をはっきりとは確認出来なかったのだが。
    「すまない…本当に助かった。ありがとう…ございました」
     すっかり敬語が外れていたのに気付いて、最後にとって付けていた。今更すぎて、少し気恥ずかしい。
    「別に、構わない。…今度は気をつけるんだな」
     車へ乗るように促され、それに従って乗ったが大事な事を思い出す。咄嗟に相手の上着へ手を伸ばし、それを掴んでいた。
    「待ってくれ、今日の礼がしたい…!あんたの連絡先を教えてくれっ」
    「…礼にはおよばない…」
     あまりに相手の表情が変わらないので、その言葉の中にある感情が読み取れない。困らせているような気もするが、ただ単純に迷惑だと思われている可能性も捨てきれない。
     何より、己がこんな事を言い出すのが初めてで、自分自身にも戸惑っていた。相手の心境が読み取れない以上に。
    「このままじゃ、…俺は帰れない…!」
     どう続ければいいのか迷って、卑怯な言い方をしていた。動揺から混乱しすぎて、こんな言葉を選んだのがずるい振る舞いだと気付かぬまま。
     お互い無言のまま見詰め合って、数秒。相手が小さく溜め息をついた。
    おもむろに懐から黒い手帳を取り出して、それを開くと彼はボールペンでさらさらと何かを書いてゆく。そのページを今度は適当にちぎって、こちらへ差し出してきた。
    そこには、ひろみつという文字と電話番号が書かれている。
    「…! あんた、ひろみつっていうのか…ありがとう」
     紙切れ、と言えるそれを両手で受け取って、少し安心した。借りは返したい主義なのだ。これで恩人の名前も分かった事だし、今度の時はちゃんとした礼が出来るだろう、多分。何をして礼になるかは、今ひとつ自信がないのだが。
    「早くしてくれ…待ってるぞ」
     言って、ひろみつと名乗った青年は運転手を見やる。自分たち以外に人がいるのを忘れていて、国広は慌てた。すまない、と年配の運転手へ声を掛けてから、またひろみつへと視線を移す。
    「落ち着いたら連絡する…本当に助かった…!」
    「あぁ、…もう行け」
     言葉のわりに、声が優しい。そういう喋り方をする男なのか、と今更気付いた。声の優しさがあって、どちらかというときついはずの彼の口調には刺がなく、まるい印象さえある。
     相手に見送られながら、タクシーは走り出した。いつの間にか体調不良を忘れていたのだが、揺れる車体にそういえばと思い出していた。
     こんなに他人を忘れがたく思うのは、初めてのことだった。


    #続かない
    喉仏
  • 潔癖の萠し #再録 #くりんば





    触れるのが怖い、そう呟いた彼はどんな顔をしていたのだろうか。
    真横に立った相手のその表情を、見てはならない気がしてただ隣に立ち尽くしたまま、しとしとと降り続ける雨に打たれた紫陽花を見ていた。
    青に紫に黄に桃色。まだ青々とした緑の強いものもあった。
    本丸に帰る途中の遠征帰り、突然の雨に雨宿りをしていた時だ。不意に彼が語りだした声は細く小さくて、きっと隣にいた自分にしかそれは届かなかっただろう。
    「あんた、怖いものがあるか…?」
    この体になってから 雨の音にかき消されても可笑しくなかったその声は、とても落ち着いていた。
    「………」
    返事を求められているのか分からず、黙ったまま相手の横顔を少し振り向く。薄汚れている布は、降られた雨の染みを所々に作っていて普段より重そうに見えた。
    「…俺にはあるんだ」
    黙ったままのこちらが何も言い出さないと思ったのか、またそう呟くように言う。
    「ひとに、触れるのが怖い」
    彼の指す「ひと」とは、純粋な人間の事なのか。それとも人間の身を得た自分たちの事も含まれるのか。
    しかしそれを聞きただす直前、本格的に降り始めた雨音にこちらの呼びかける声は消されてしまった。
    そしてそのまま、その言葉の意味をよく理解出来ずに雨粒を受けている色鮮やかな紫陽花を見ていた。ただずっと、黙ったまま。
    #再録 #くりんば





    触れるのが怖い、そう呟いた彼はどんな顔をしていたのだろうか。
    真横に立った相手のその表情を、見てはならない気がしてただ隣に立ち尽くしたまま、しとしとと降り続ける雨に打たれた紫陽花を見ていた。
    青に紫に黄に桃色。まだ青々とした緑の強いものもあった。
    本丸に帰る途中の遠征帰り、突然の雨に雨宿りをしていた時だ。不意に彼が語りだした声は細く小さくて、きっと隣にいた自分にしかそれは届かなかっただろう。
    「あんた、怖いものがあるか…?」
    この体になってから 雨の音にかき消されても可笑しくなかったその声は、とても落ち着いていた。
    「………」
    返事を求められているのか分からず、黙ったまま相手の横顔を少し振り向く。薄汚れている布は、降られた雨の染みを所々に作っていて普段より重そうに見えた。
    「…俺にはあるんだ」
    黙ったままのこちらが何も言い出さないと思ったのか、またそう呟くように言う。
    「ひとに、触れるのが怖い」
    彼の指す「ひと」とは、純粋な人間の事なのか。それとも人間の身を得た自分たちの事も含まれるのか。
    しかしそれを聞きただす直前、本格的に降り始めた雨音にこちらの呼びかける声は消されてしまった。
    そしてそのまま、その言葉の意味をよく理解出来ずに雨粒を受けている色鮮やかな紫陽花を見ていた。ただずっと、黙ったまま。
    喉仏
  • 伊達男の嗜み #再録 #くりんば





    ぴりっとした痛みに顔を顰めた。そんな間隔が走ったのは自分の唇で、反射的に手の甲でその部分を拭う。
    「…切れたのか」
     人の身体は脆い。近頃は冷え込みが厳しいのに伴って、空気が乾燥しているらしい。そう審神者に注意するように言われていたのだが、まさか空気中の水分が減ったくらいで皮膚が傷つくとは思わなかった。
     自分の手の甲に若干滲んだ血液をまじまじと眺める。
    「何をしている…?」
     独り言を耳聡く聞きつけたのか、前を歩いていたはずの男が振り返ってこちらの手を覗き込んできた。季節など関係なくいつも浅黒い肌をした彼は、こちらの手の甲に着いた僅かな血液を確認してからすぐに視線を合わせてくる。
     それからひとつ、大きくはない溜息を吐いた。
    「切ったのか。…持ってないのか、あんたは」
    「? 何の話だ」
     大倶利伽羅が何を持っていないのか聞いてきたのか見当がつかず、首を傾げながら聞き返す。
    「唇に塗る…透明な軟膏のようなものだ」
    「女人が使うらしい紅…みたいなものか?」
    「あぁ、それに似ている」
    「よく知らないが、そんな物…持っている奴の方が珍しいんじゃないのか…?」
     その存在すら知らなかったので、思ったままを口にした。首を傾げながら。
    「………。」
     返事に渋い顔を一瞬して、彼は自分のスラックスのポケットへ手を入れる。それから、小さい筒状のものを取り出した。
    「それは…?」
    「…光忠に持たされたんだ…少し前に」
     言ってその小物を大倶利伽羅は手渡してくる。
    「俺よりあんたの方が必要そうだからな、使うといい」
    両手を皿のようにしてそれを受け取ってはみたが、正直困惑した。
    「使うって…どうするんだ、これは。いや…そもそも写しの俺にこんな気遣いをしなくていい…」
     使い方も分からないので、こちらに押し付けてきた相手の手にまた返す。
    仕方なくという風情で受け取った彼は、それの蓋と思われる部分を外すと、中身が顔を出すように蓋とは反対側を触ったようだ。間近で見ているにも関わらず、よく仕組みが分からなかった。
    「…ほら、顔を貸せ」
     利き手にそれを持って、彼が反対の手でこちらの顎を指で挟んでくる。不慣れな接触に、自分の身がぎくっと固くなった。
    「別に、必要ないっ…!」
    咄嗟にそんな言葉が出るが、相手は聞き入れてはくれない。
    「どの口がそれを言う」
     ふっと口元だけ緩めた大倶利伽羅の視線が、自分の瞳から下がって、まだ血が滲んでいそうな唇へと移った。相手の真剣な様子に戸惑って、何も言えなくなる。どうして自分がそんな風に閉口してしまうのか、理由も見つけられないまま。
     きゅっと軽く結んだ自分の口に、彼が手にしている筒が触れる。油のように滑る感触が、何往復かその場所を行き来すると、終わったぞと声を掛けられた。
     動揺のあまり、唇だけではなく自分の瞳まで閉じていたのを開けて、目を閉じる寸前までは近くにあった相手の顔を見る。いつも通り、と言えそうな距離感に戻っていた彼に安心して少し体の強張りが解けた。
    「……必要ないと、言っただろう…」
     照れ隠しのあまり素直に礼など言えなくて、被っている布を平時より更に深く被り直しながら文句を言ってしまう。
    「俺には、…そうは見えなかったものでね」
     今し方使った小物の中身をしまって蓋をすると、彼は言って少しだけまた笑った、ように見えた。
    「あんたって…よく分からない刀だな…」
    「…皆、似たようなものだろう」
     これはあんたが持っているといい、俺には必要ない。そう断言して、またその小物を改めて渡される。今度はもう、返す事は考えなかった。
    「大倶利伽羅…は、本当に使わないのか?」
    「あぁ、前に一度使ったきりだ。それ以降、そいつの世話にはなっていない」
    「そうか」
     使わない物ならば自分が預かっていても大丈夫か、と確認して、自身の服のポケットへとしまいこんだ。
    それから何かを聞き流してしまった気がするのだが、何を流してしまったのか気付けずにいた山姥切国広だった。だが、数日後にその小物を借りに来た大倶利伽羅が目の前で、彼自身の唇にそれを塗る事によって自分が何をされたのか気付くのであった。
    #再録 #くりんば





    ぴりっとした痛みに顔を顰めた。そんな間隔が走ったのは自分の唇で、反射的に手の甲でその部分を拭う。
    「…切れたのか」
     人の身体は脆い。近頃は冷え込みが厳しいのに伴って、空気が乾燥しているらしい。そう審神者に注意するように言われていたのだが、まさか空気中の水分が減ったくらいで皮膚が傷つくとは思わなかった。
     自分の手の甲に若干滲んだ血液をまじまじと眺める。
    「何をしている…?」
     独り言を耳聡く聞きつけたのか、前を歩いていたはずの男が振り返ってこちらの手を覗き込んできた。季節など関係なくいつも浅黒い肌をした彼は、こちらの手の甲に着いた僅かな血液を確認してからすぐに視線を合わせてくる。
     それからひとつ、大きくはない溜息を吐いた。
    「切ったのか。…持ってないのか、あんたは」
    「? 何の話だ」
     大倶利伽羅が何を持っていないのか聞いてきたのか見当がつかず、首を傾げながら聞き返す。
    「唇に塗る…透明な軟膏のようなものだ」
    「女人が使うらしい紅…みたいなものか?」
    「あぁ、それに似ている」
    「よく知らないが、そんな物…持っている奴の方が珍しいんじゃないのか…?」
     その存在すら知らなかったので、思ったままを口にした。首を傾げながら。
    「………。」
     返事に渋い顔を一瞬して、彼は自分のスラックスのポケットへ手を入れる。それから、小さい筒状のものを取り出した。
    「それは…?」
    「…光忠に持たされたんだ…少し前に」
     言ってその小物を大倶利伽羅は手渡してくる。
    「俺よりあんたの方が必要そうだからな、使うといい」
    両手を皿のようにしてそれを受け取ってはみたが、正直困惑した。
    「使うって…どうするんだ、これは。いや…そもそも写しの俺にこんな気遣いをしなくていい…」
     使い方も分からないので、こちらに押し付けてきた相手の手にまた返す。
    仕方なくという風情で受け取った彼は、それの蓋と思われる部分を外すと、中身が顔を出すように蓋とは反対側を触ったようだ。間近で見ているにも関わらず、よく仕組みが分からなかった。
    「…ほら、顔を貸せ」
     利き手にそれを持って、彼が反対の手でこちらの顎を指で挟んでくる。不慣れな接触に、自分の身がぎくっと固くなった。
    「別に、必要ないっ…!」
    咄嗟にそんな言葉が出るが、相手は聞き入れてはくれない。
    「どの口がそれを言う」
     ふっと口元だけ緩めた大倶利伽羅の視線が、自分の瞳から下がって、まだ血が滲んでいそうな唇へと移った。相手の真剣な様子に戸惑って、何も言えなくなる。どうして自分がそんな風に閉口してしまうのか、理由も見つけられないまま。
     きゅっと軽く結んだ自分の口に、彼が手にしている筒が触れる。油のように滑る感触が、何往復かその場所を行き来すると、終わったぞと声を掛けられた。
     動揺のあまり、唇だけではなく自分の瞳まで閉じていたのを開けて、目を閉じる寸前までは近くにあった相手の顔を見る。いつも通り、と言えそうな距離感に戻っていた彼に安心して少し体の強張りが解けた。
    「……必要ないと、言っただろう…」
     照れ隠しのあまり素直に礼など言えなくて、被っている布を平時より更に深く被り直しながら文句を言ってしまう。
    「俺には、…そうは見えなかったものでね」
     今し方使った小物の中身をしまって蓋をすると、彼は言って少しだけまた笑った、ように見えた。
    「あんたって…よく分からない刀だな…」
    「…皆、似たようなものだろう」
     これはあんたが持っているといい、俺には必要ない。そう断言して、またその小物を改めて渡される。今度はもう、返す事は考えなかった。
    「大倶利伽羅…は、本当に使わないのか?」
    「あぁ、前に一度使ったきりだ。それ以降、そいつの世話にはなっていない」
    「そうか」
     使わない物ならば自分が預かっていても大丈夫か、と確認して、自身の服のポケットへとしまいこんだ。
    それから何かを聞き流してしまった気がするのだが、何を流してしまったのか気付けずにいた山姥切国広だった。だが、数日後にその小物を借りに来た大倶利伽羅が目の前で、彼自身の唇にそれを塗る事によって自分が何をされたのか気付くのであった。
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