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  • 上野辻講釈〜おでん兄さんと〜 #舞波千景 #辛子家おでん #講談
    #イラスト  #drawing

    1月東京、上野恩賜公園(うえのおんしこうえん)。西郷隆盛像の向かって左。

    午前中の上野寄席での高座が終わった昼下がりに、辻講釈をやってみた。

    浴衣姿の西郷さんは愛犬ツンを連れて、今日もヨドバシパンダとにらめっこ。
    いや、今はお互いにクリスマスが過ぎ、骨組みだけになったツリーを見て、「なんか寒そうだね、この子」とでも言っているのかもしれない。

    徳川家の菩提寺(ぼだいじ)、上野寛永寺(かんえいじ)から歩いて石段を降り、不忍池(しのばずいけ)を回った先には旧岩崎邸庭園。
    岩崎弥太郎は三菱財閥の創始者で、日本教育講談全集にも登場する人物だ。
    神田神保町の古書店街で買ったものを読んで覚えた岩崎弥太郎物語を、道ゆく人たちの前でやってみた。もう少し構成し直してみたら高座にもかけてみよう。

    そんな事をしていると、階段を駆け上がって、おでん兄さんがやってきた。

    おでん兄さんこと、4代目辛子家おでん(からしや おでん)。私はおでん兄さんと呼んでいる。

    芸談協会所属の元落語家で、今はとある事情で講釈師に転職した、落語家っぽい名前の講釈師である。浅草の老舗おでん屋松でんの店主を営み、新作のおでんができると私にいつもご馳走してくれる、講釈とおでんと阪神タイガースをこよなく愛す、尊敬する先輩の一人だ。

    「お前に食べさせてやろうと思って店から持って来たんだ。行儀悪いが、まあいいだろ?」
    それは嬉しいが・・・、店からここに?
    「兄さん、どうやってここまで来たの?」
    「走ってきたに決まってんだろ!おでん持って電車なんか乗れっかよ!」
    確かに、浅草から上野までは徒歩でも来れるが、それでも30分はかかるだろう。上野駅方面からは信号もあったはずだ。
    おでんを両手で持ちながら信号待ちしている兄さんを想像して、思わず吹き出しそうになった。

    「ほれ、早く食え、遠慮なんかすんな」
    ・・・うむ、美味い。寒風にさらされて表面は乾いているが、まだ温かく、松でんの出汁つゆがちゃんと染みている。
    きっと、兄さんは何事も全力で行う人なのだ。全力で物事を行うには迷ってなどいられない。
    きっとここへも、迷いなく全力で走って来たのだ。
    ・・・おでんを両手で持って。時々信号待ちしながら。

    「もう少しでプロ野球開幕だなあ、去年は最下位だったから、せめてAクラスに・・・」

    嬉しそうに帽子のツバを触る、そんな兄さんとおでんを食べた。
    玉本秋人
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