朝焼け、しじま。
「迅さんはさ、おれのことどう思ってるの?」
赤い瞳がそう問いかけてきたのは、朝焼けに染まる玉狛支部の屋上でのことだ。
階段室の屋根の上に座った少年は、扉を抜けて現れた迅の姿を見ると、小首を傾げてそう言った。
そんな遊真の問いに、目を瞬かせる。
「どうした、急に」
「チョット気になりまして」
眠る必要のない身体の後輩は、夜から朝にかけてをこの屋上で過ごすことが多い。前にその理由を聞いたときは、視界を遮ることなく周囲が見渡せる場所の方が好きなのだと言っていた。それ以来、迅は頻繁に彼の様子を見に屋上に足を向けていたのだ。
月の眩しい空の下。星のきらめく深い夜。そして、世界が目覚める朝焼けの中。
そうした行動に、もしかしたら、気を使っているのかと思われているのかもしれない。
「んーー。可愛い後輩、かな」
見下ろしてくる少年を見上げてへらっと笑えば、「言うと思った」とうっすらとした笑みで返された。
「迅さんがよくここに来るのは、おれのため?」
ストレートに尋ねてきた遊真に、小さく頭を振る。
「いいや。どちらかというと俺自身のためだよ」
それは飾らない本音だったが、少年にはあまり響かなかったらしい。彼は右手を顎に当て、少し考えるように眉を寄せる。
「ふむ。もしかして、ここは迅さんの癒やしスポットだったか」
「うーん、もう一声」
「知ってるぞ。それ、ネギリの時に使うんだよな。何でいま言うんだ?」
「あはは、ごめんな」
「はぐらかされた」
唇を尖らせて不服を表す少年の様子を、迅は眦を下げた笑みを浮かべて見つめる。それから、穏やかな声で答えた。
「――俺の癒やしスポットっていうのは正解」
「それは悪いことをしたな」
「おれは迅さんの癒しスポットを奪ってしまったのか。しかし譲るとおれの行き場が…」と、眉を寄せて困ったように呟く彼を、愛らしいなと思う。
「悪くないさ。だからここにいて欲しい。俺の癒やしスポットは、遊真込みで、だからな」
「……おれ込み?」
「そ。見上げるのに疲れてきたから、そろそろ降りてこない?」
そう伝えると、少年は「ふむ」と少し思案してみせる。それから、勢いよく飛び降りてきた。あろうことか迅の上に。その未来も見えていたとはいえ、子ども一人分の体重が落下してくるのを受け止めるのは、なかなか腰にくるのも事実で。無防備に落ちてきた彼をなんとか受け止め、衝撃を殺しきれずたたらを踏んだ。
「おいおい、遊真サン?」
両腕の中におさまった少年に、呆れたの眼差しを向ければ、楽しそうな声が「降りてきたぞ」と耳元をくすぐる。
「受け身の体勢くらいとって欲しかったよ。俺がキャッチをミスったらどうすんの」
「たとえミスってもおれに怪我がないように対応してくれるのが迅さんです」
「わー、俺って随分信頼されてるな〜」
言いながら受け止めた身体を床に下ろして立たせ、その体勢のまま、まろい頰を両手で摘んで横に引っ張る。
「でーもー、危ないのでもうやっちゃダメです」
「わはっひゃかや、はなひて」
遊真が頬を抓る手を軽く叩いて促す。それを受けて、迅は柔らかな頬から手を離した。そして、息を吐き、片手で己の腰を叩きながら背を伸ばす。
「迅さん、おじさんみたいだぞ」
「あのね、誰のせいだと」
半眼で少年を見下ろせば、彼は穏やかに微笑んだ。それから、「おれのせいだったな」と嬉しそうな声を出した。
その表情と言葉は、先程の件をすっかり許してしまいそうになるもので。
迅は、額に片手をやり、長い長い息を吐くと、「遊真って、ずるい……」と小さく零した。
すると、それを聞いた少年は年相応の楽しそうな笑顔を見せて。
「今度は子供みたいだ」
そう言って笑う遊真を見ると、大概のことは許せてしまいそうな己が居ることに気付き、迅は心の内で両手を上げて降参するのだった。