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    しおり
    りんごの恋慕/他りんごの恋慕きみの一途がこちらを向いたらどんなに一等星の恋人ひとりきりの寝台船命あれば六月も愛に会うプリズムの咲く海夜空の真ん中でワルツを裏社会パロりんごの恋慕 西園寺羽京のペースを崩すのは難しい。
     洞察力の高さでこちらが考えていることなど大体見抜かれているし、命の危機でもない限り彼が焦るところを見るのも珍しい。自分のペースを保ちながらこちらの様子を見てくるのが基本だった。
     とはいえ、思いついたことをその場で発言し行動することによって羽京が困っている、という状況になっていることは多々ある。端的に言うと龍水が羽京のことを振り回しているときだ。だが、それでも恥ずかしがったり照れたりしているところを見るのは珍しく、大体眉毛を下げて困っているだけだった。
     逆に、龍水は自分のペースを羽京に崩されがちだった。基本は龍水が羽京を引っ張っていき行動のイニシアチブを握っているのだが、ふとした瞬間に奪われ羽京の好きなようにされてしまう。この間なんて、急に唇にキスしてきたかと思ったら「かわいいからついキスしちゃった」だ。基本的に自分が主導権を握ることで取引などをコントロールしているはずなのだが、どうも「恋人」相手だと上手くいかない。
     だがやられっぱなしは性に合わない。俺だって数多の美女たちを惚れさせてきた海の男だ。自分が惚れた相手を手玉に取るのだって造作もない。
     だというのに。
    「……羽京の余裕はいったいどこから出てくるんだ」
    「え、何の話?」
     この男、何故か一向に照れた様子を見せない。というよりはごまかすのが上手いように見える。会話のイニシアチブは常に龍水が握っていたのに、困った笑顔ばかり返ってくる。いくら上手くエスコートしようとも数多の口説き文句を口にしようとも一切なびかない。どうなっているんだこの男。
    「まあ大体何をしようとしているのかは分かるけどね」
    「だったら俺にほだされてくれたっていいんじゃないか?」
    「ほだされてはいるよ、もうずっと君のことしか見えてないんだから」
     全く口の上手い男である。攻撃代わりにぐりぐりと頭を肩に擦り付ける。ちょっとした意趣返しのつもりだった。どうせ困った顔しか返ってこないならとことん困らせてやろうと思ったのだ。
     ふと、視界に入った羽京の顔が真っ赤に染まっていた。驚いて目を見開いていると、帽子のつばで顔を隠してしまった。それでも赤い耳は見えたままで、真っ白な髪に良く映えていた。なんだ、羽京は俺が格好つけずに甘えている方が好きなのか。
    「貴様、この程度でそんな風になるのか」
    「仕方ないだろ、好きなんだから……」
     なんだかおかしくなってしまって笑っていると少しだけ不服そうな表情がこちらを覗きこんできた。わざと「可愛らしく」首をかしげてみせると、ぐうっと喉を鳴らした羽京に唇を奪われた。
    きみの一途がこちらを向いたらどんなに
     ひびで色付いた彼の指が道を指し示すように動いている。手元にあるのは海図だ。宝島はここから距離が遠くはないらしい。船長が今まで渡ってきた海路に比べれば大したことはないだろうに、何度も念を押すように千空にルートを確認している。
     羽京はというと、2人に見つからないように会話を聞いていた。盗み聞きするつもりで近くにいた訳では無い。彼らがここに来て話し合いを始めてしまったので出ていくタイミングを失っただけだ。
     心地良い声だと思った。彼が海のことを話している声ははつらつと輝いていて、よく通る。彼は自分以上に、この海のことが好きなのだろう。
     正直、あの船長のことを未だ理解しきれていなかった。彼が頼りになることも、強欲であることも知っている。だが、羽京が知っているのはまだほんのちょっとで、。それこそ広大な大海原のように彼という存在の「コア」が大きくて、まだその端しか見ていないような。
     話が終わったようで千空が戻っていく。船長は何故かまだここに留まっていた。一体何をしているのだろう。踏んだ枝がぽきり、と音を鳴らした。
    「さて、貴様の用はなんだ?」
     なるほど、聞き耳を立てていたのがバレていたようだ。そのまま逃げさっても変に追いかけては来ないだろうし、無言を貫き通すことで誤魔化すこともやろうと思えば出来る。だが特にやましいことがある訳では無いのに逃げ隠れするのもおかしな話だ。
    「何だ、羽京か。視線を感じていたからいることは
    分かっていたが、思っていたより遠いところから出てきたな」
    「……この距離からでも聞こえたからね」
    「フゥン?」
    「ごめん、たまたまここにいたら君たちが来たから会話の内容が気になっただけだったんだ。あんま聞かれたくない話だったかな」
    「いや、構わん。どうせ貴様には聞こえてしまうのだろう? 噂の耳は伊達じゃないということだな」
     感覚で分かる。自分の会話術では通用しない相手だ。上手く丸め込んだり誤魔化そうとしても彼のペースに持っていかれてしまう。これで年下だと言うのだから末恐ろしい男だ。
    「僕は別に用があったわけじゃないからさ。これから食料調達に行かないといけないし、失礼するよ」
    「ああ」
     掴みきれていない相手と話を続けるのは得策ではない。いい理由が見つかったので彼に手を振り歩き出した。フランソワに頼まれていたものは何だっただろうか。必要なものを指折り数える。しばらく歩いたところで、後ろからぼそりと聞こえてきた。
    「俺は用がなくとも、羽京と話したいが……野暮か?」
     わざとだ、と思った。聞こえることが分かっていて、わざとこちらに声を投げてきた。返してもらうつもりのないキャッチボールを。
     分からない、彼のことが何も分からない。彼が起きてからずっと、ずっと何度も彼の声を聞いていたはずなのに、何も分からない。
     分からないから、人は知りたいという感情を覚えてしまうのだろう。
    「……そうだね。今度は君の名前をちゃんと呼んでもっと話そうかな」
     羽京の声は、返答にはならなかった。それこそただの独り言だ。だが今のうちに話題を探しておいた方がいいかもしれない。
     龍水相手だ、例えば海の話でも。
    一等星の恋人
     夢を見た。
     龍水が海も何もない平地で、船を出航させる準備をしている。近づくと随分と小さい木造の帆船だ。この場には羽京と龍水しかいない。外は真っ暗で、頭上には星と月が瞬いている。
    「羽京、行くぞ」
     はて、どこかに出かけるような話をしていただろうか。当然ながら記憶がない。羽京の表情を見て龍水は少しだけ困ったように笑った。
    「錨がないんだ」
    「それじゃ困るね」
    「だから錨を取りに行く」
     そう言いながら龍水は船に乗り込む。羽京も誘われたのでとりあえず乗り込んだ。するすると帆を張ると、船は龍水の操舵もなしに勝手に浮き上がる。そのまま上昇した船は星々に向かって進んでいく。夢の中だから、何の疑問も持たずにこれは星を往く船なのだと思った。
     船は、天の川を伝って宙を渡っていった。周りには小さな金平糖のような星がきらきらと光っている。隣の恋人は楽しそうに船の先を見つめている。龍水の顔を照らすように、星が船の横をシュンっと通り過ぎて行った。
    「流れ星だ」
    「羽京、流れ星はあまり見ないでくれ」
    「どうして」
    「気づかれると恥ずかしいからな」
     流れ星は恥ずかしがりのようだ。だからすぐ消えてしまうのかもしれない。願いを叶えてくれるその間だけでも、顔を見せてくれてもいいのに。
     ついたのはカシオペア座の前だった。確かにあのWをかたどったような形は錨に見える。だがこの錨はこの宙を止めるためにある錨だろう。天の川を渡れる程度の小柄な船には向いていなさそうだ。
    「この船には大きすぎない?」
    「だが俺はあれが欲しい」
    「本当に欲張りだね、君は」
     そういうところが好きなのだから惚れた弱みである。目を輝かせるその姿を見て恋に落ちた瞬間から、どんな星よりも一等輝いて見えていた。この世の中に幾千万の星があろうとも、羽京が一番好きな星は龍水だった。
     船の横を、また流れ星が通り過ぎた。今度は一つだけではない。カシオペア座のすぐ近くの星座から、どんどんと星が流れてくる。こうなったら見る見ない以前の問題である。数が多すぎる。船にも当たり、帆に穴が開く。
    「い゛っ!?」
    「羽京!」
     星を正面から食らった羽京の体がぐらりと傾く。体勢を整えようとしたところで立て続けに星が降ってきて完全にバランスを崩した。慌てたような龍水の声が聞こえるが、羽京は不思議と焦っていなかった。そのまま星の海へ、真っ逆さまに落ちていった。





    「あ」
    「……龍水、何してるの」
    「起こしてしまったな」
     目を開けると何故か恋人が自分の上で馬乗りになっていた。外は夢の中と同じように真っ暗だから起こしに来たわけではなさそうだ。さすがにこの時間帯だと寝ぼけていてあまり状況が掴めない。やっとはっきりしてきた頭で状況を整理する。ああ、流れ星の異名は何だったか今思い出した。
    「こら」
    「……だめか?」
     夜這い星なんて呼ばれているのだ。そりゃ見られたくないはずである。
    ひとりきりの寝台船
     久しぶりに開いた「ふたりの家」は、少しだけ散らかっていた。もう少しで午前6時にさしかかろうかというところだ。もう1人の部屋の主はまだ寝ているだろう。龍水はできる限りそっと荷物を置いた。
     ここ2ヶ月ほど、龍水は船の旅に出ていた。特に何か理由があった訳では無い。強いていえば、海に呼ばれたのだ。急に海に行こうと思い立った龍水は計画をさっさと立てて帆を張った。
     その間、同居人であり恋人である羽京はそこまで長い休みも取れないからとひとりで家に残っていた。自分がいると自由が効かなくなるのではないか、という懸念点もあったらしい。代わりに電波が繋がる場所ではLINEや電話で何度もやり取りをしていた。羽京は文面上や声は特に変わった様子もなく、本人も元気だから大丈夫だよと言っていた。
     こっそり寝室を覗く。布団を被ったベッドの上の膨らみが呼吸音に合わせて上下している。ふたり用のベッドだからと大きなものを買ったはずなのに随分と端の方で寝ていた。寝返りでもうったのだろうか。
     着替えだけそっと持ちシャワーを浴びる。海の上で水は貴重だ。周りはあんなにも水で溢れているのに、人間が生活で使用する水は積み込んだ分しかない。
     排水溝に吸い込まれていく泡を見つめる。長い前髪が水を吸って龍水の眼前にブラインドを作る。ふたりで風呂に入っている時は前髪を羽京があげてくれるのだ。そこまで考えてああ、と今更ながら気づいた。
     羽京が端に寄って寝ているのではない。羽京は羽京のスペースで寝ていただけだ。普段だったらあの隣に自分が寝ていたのだから。
     たった一人の部屋で、羽京はずっと龍水がいた時と同じように寝ていたのだ。
     帰ってきたばかりで判断力が鈍っているようだ。愛しい恋人の行動が咄嗟に分からなかった事に苦笑が漏れた。
     バスルームから出てタオルに髪の水分をある程度吸い取らせる。ベッドに近づき、しゃがみこみ広く空いている「自分のスペース」に上半身を預ける。途端に膨らみから腕が伸びてきた。その手は明確に龍水の頭を捉え、優しく撫でてくれた。
    「かわいいのが来た」
    「やはり起こしてしまったか」
    「どうしても聞こえちゃうからね。ドライヤー使っていいよ、もう起きてるから」
     そう言いながらまだ湿っている髪を撫でている。布団から出てきた顔は意識がはっきりとしている。寝起きが強いのは職業柄だろう。
    「……乾かさないの?」
    「もう少し、ここにいたい」
     甘えるように彼の手にぐりぐりと頭を擦り付ける。一瞬きょとんとしたあと、羽京は幸せそうな顔で笑った。
    「あはは、もう、しょうがないなぁ」
     起き上がった羽京は部屋を出るとドライヤーを持って戻ってきた。龍水の隣に座った彼はコンセントにプラグを指し、スイッチを入れた。電源の通ったドライヤーが台風のようにごうごうと音を立てている。おいで、と腕を広げ笑いかけてくる彼に全力で飛び込んだ。
    命あれば六月も愛に会う
    ざあざあと降りしきる雨の中、羽京と龍水はカフェのひさしの下で立ち往生していた。たまたま二人で出かけようだなんて計画したらこの雨だ。隣の男は「ゲリラ豪雨は予測が難しい」と笑っている。休業日、という札が下がったカフェの中は誰もいなかった。
    「まあしばらくしたら雨はあがるかな」
    「予想通りゲリラ豪雨ならそうだな。風の流れを見るに雲がいくつか連なっている可能性もある。そうなると長いぞ」
     バケツをひっくり返したような勢いの雨。遠くで慌てて駅方面へかけていく人の影が見える。潜水艦に乗っている時は雨嵐によって航行する跡が消えるから喜ばれたのだが、地上だとどうも困った存在になる。
    「ここからだと羽京の家が近いか? 悪いがしばらく雨宿りさせてもらえないだろうか。フランソワは夕方まで所用があるから迎えに来させるわけにもいかなくてな。呼べば来るようにはなっているが」
     しれっと口にされたその言葉に、心臓を掴まれた思いがした。龍水は雨の様子を伺っているため気づいていないのだろう、そのまましゃべり続けている。全部聞こえているのに脳で言葉が理解できず通り抜けていく。言葉にするより前に心臓の鼓動が答えを物語っている。別に部屋に呼ぶくらいどうってことはない。いつも最低限綺麗にはしているし、他の友人たちに至っては酒を持って勝手に家に来ることもある。だけど龍水だけは、龍水だけは。
    「もし……」
    「駄目だよ」
     やっと出た言葉は、少しきつく聞こえてしまうものだったかもしれない。拒絶ではない、焦っていた。驚いた顔の龍水がやっとこっちを見る。目を合わせられず、カフェの看板を見つめていた。いやな汗が背中を伝う。
    「……そうか、ならば仕方ない」
     ちら、と視線を戻したときに龍水の表情に少しだけ淋しさが滲んでいるのが見えた。そんな表情をさせたいわけじゃない。言い訳が脳内にたくさん積みあがったが全て彼を納得させるには足りない気がした。スマートフォンを手にした龍水が連絡先を探している。理性ではそれが正しい選択だと分かっていたのに、本能がそれを邪魔した。
    「僕はね、君のことがずっと好きなんだよ」
     息をのむ音が聞こえた。言ってしまった。墓場まで持っていこうと思っていた感情を、彼に伝えてしまった。二人きりで出かけられたのが嬉しくて、調子に乗ったかもしれない。苦々しい顔をしている自覚はある。完全に固まった表情の龍水。視線ばかりが羽京の後悔を刺してくる。それでも、一度口から出た言葉は止まらなかった。
    「好きなんだ、友人としての好きじゃないんだ。だから駄目なんだ。狭い空間で、君と二人きりになったら君を傷つけることをしてしまうかもしれない。怖いんだ。だから、……っだから」
    こんな情けない告白、雨音でかき消えてしまえと思った。何も言えなくなって、龍水からもう一度目を逸らす。
    「……ごめん、先に帰るよ」
     明日からはもう、彼と今まで通り話せないかもしれない。今までの距離感で良かったのにどうして欲を出してしまったんだろう。たとえあんなめちゃくちゃな告白を聞いた後でも彼は今まで通り接してくれるだろう。分かっている、明日から変わってしまうのは自分の方だ。
     逃げるようにひさしから出る。止む様子を見せない雨は羽京の体から熱を奪っていく。このまま、彼への熱も奪ってくれればいい。今の自分は、何をしても愛しい“友人”のことを傷つけてしまいそうだから。
     龍水が羽京の手を掴んだ。はっきりとした静止の意志。ゆっくりと、彼の方を振り返る。早く帰らなくてはいけないのに、雨の向こうに見える龍水のことを見る目が動かせなくなった。上気した頬、困ったようにひそめられた眉。雄弁な口は今に限ってきつく結ばれている。まさか、まさかそんな。期待する気持ちが抑えきれない。
     龍水の口が開いた。その喉奥から聞こえてきた一瞬の子音で、何を言いたいのかが分かってしまった。分かったから、ひさしの下に戻って彼の唇を塞いだ。驚いた顔の龍水が、瞳を幸せに滲ませながら目を閉じた。
     龍水の手が、羽京の肩に回る。逃げるつもりがないのは分かっているのに、捕まえるように彼の頭を掴んだ。頭のてっぺんからつま先まで空から流れてきた水で冷えているのに、胸の中心だけが龍水のことで熱く震えあがっている。ずっと、こうしたかった。世界のすべてを愛する彼のことをたったひと時でもいいから独占したかった。僕のものだって、見せつけてみたかった。太陽を覆い隠す雲だって、きっと同じ気持ちなのだ。
     名残惜しそうに口を離す。今この場所で新しく生まれたばかりの恋人たちは、手のつなぎ方すら分からなかった。雨はいつか上がる。彼も、不特定多数の人間に向けてあのまばゆい笑顔を向けるようになる。だけど、まだ雨が降っている今だけは。
    「……どうする? 僕の部屋、来る?」
     あんな事を言った後にする提案じゃない。だが浅ましく求める体は「このまま彼を帰してはいけない」と言っていた。喋る前に羽京が龍水の言葉を食べてしまったからか、彼は頬を染めたまま何も喋らない。それでもしっかりとした意志で頷いてくれた。
    プリズムの咲く海
     潜水艦の中では、天候が分からない。
     当然である。海の中にずっといる自分たちは、音以外の情報が遮断されている。だから護衛艦などでは他の作業もしているソナーマンも、潜水艦に入ると音を聞く作業のみになる。
     だが潜水艦乗りがあえて好きな天気を挙げるなら、悪天候の方が好まれる。潜水艦のマストが残した跡を荒れた海が隠してくれるからだ。潜水艦は見つかってしまうと弱い。見つからずどのくらい隠密出来るかが全てにかかっている。
     だから、太陽が好きになったのは最近になってからだった。
    「羽京!」
     照明の光を反射したきらきら輝く金髪が、起き抜けの目に映る。今この世界で何よりもまばゆいのは彼だという錯覚を覚えた。気づかぬうちに昼寝をしてしまったらしい。ソファから起き上がろうとすると抱きしめられた。
     今日は午後から龍水と出かける予定だったのだ。寝ていたことを謝ると寝顔が見られて嬉しかったと笑われた。好き勝手顔にキスを降らしてくる口を手で塞いで、ちょっと待っててねとソファに座らせる。
    羽京の手を引いて龍水が先へ先へと行く。砂浜のような見た目をしているコンクリートの散歩道は、二人の靴を焼いていた。水面も太陽を反射して、どこもかしこもきらきらしている。海辺で遊ぶカップルの笑い声や子供のはしゃぎ声が聞こえてくる。彼と出会ってから、何度目かの夏が来ている。
    彼の髪は、太陽に当たるとより眩しく輝く。今日着ている白いシャツも、光を反射していた。だけどこの場で何よりも眩しいのは彼の笑顔だ。誰よりも何よりも、彼が愛おしいほどに眩しかった。
    「僕はね、太陽がそこまで好きじゃなかったんだよ」
     前にいる龍水に話しかける。立ち止まった龍水がこちらを見て続きを待っている。風になびいた髪はまるで宝石のようだ。
    「なのに、君に出会ってから好きじゃないなんて言えなくなっちゃった」
     太陽は避けたいはずだった。暗く荒れた海を好んでいたはずだった。羽京に太陽は似合わないはずだった。だって光が当たったら、見つかってしまうのだ。潜むことも出来なくなってしまうのだ。
    「こんなにも熱くて眩しいのに、君の隣にいたいんだよね」
     それでも、彼が好きだから羽京は光の隣に立つ。彼の手を繋ぐ。恋焦がれるほど熱い太陽を、自分の腕の中に閉じ込める。理由なんていらない。彼が好きだから、それだけでよかった。
     頬を赤く染めた龍水が、そのまま人気の少ない岩場に羽京を連れてきた。揉むように両手で自分の手を握ってくるときは彼が甘えてくるときだった。
    「……羽京」
     起きた時と呼び方が違う。少しためらうような、恥じらうような言い方だ。付き合う前は彼がこんな態度を取るとは思っていなかった。自分から「貴様が欲しい」とあんなにガンガン押せ押せで来ていたくせに、自分からキスをするのは平気なくせに、甘やかしてもらおうとするのだけは未だに下手なのだ。
     ゆっくりと彼の唇を塞いだ。龍水の手が行き場をなくし羽京の服を掴んでいる。手を取って肩に回すように移動させる。腕がふるふると震えていた。
     キスをする時だけ、少しだけ眩しくなくなるのだ。彼の全てを羽京が独占して吸い取ってしまうから。
    夜空の真ん中でワルツを
    アナウンスと共に、羽京と龍水を載せたかごが円を描きながら上がっていく。地上にいた人々が小さくなっていく。もうこんな時間だからか、アトラクションを彩っている電灯がまるで星々のようにきらめいている。確かに、こうやって景色が一望できるから「観覧車」という名前がついているのだろう。
     普通だったらロマンチックな空間だろうに、二人とも景色を見たまま一言も喋らない。前と後ろ、それぞれのかごに乗っている友人たちは楽しそうだが、向かい合って座る二人のかごは重苦しい雰囲気が漂っていた。
     理由は簡単、この間喧嘩をしたからだ。
    と言っても言い争ったり怒鳴ったりした訳では無い。当然手も出ていない。軽い意見の衝突があり、その妥協点がお互い見つからなかったから一旦保留にしただけだ。納得はしていないが羽京も龍水も怒っている訳ではない。
     だが、その日以降龍水との間に壁が出来ている。会話も減ったし距離も遠くなった。最初、一週間も立たず元に戻るだろうと思っていたのにずるずる引きずって三週間くらいになる。
    納得が行っていないしどちらかが悪いという話でもないから謝って終わることではない。だけど身を引いて自分の意見をなかったことにすることも出来ない。こう、と決めたら意地でも曲げない頑固な性格がぶつかり合った結果だった。
     喧嘩じゃないからこそ、収束点が分からない。もっときちんと話し合いをするべきなんだろうけど、平行線のまま終わるのが目に見えている。分かっているとも、恋人のことなんだから。
     友人たちと約束していた遊園地へ遊びに行く日までに上手く話がまとまらなかったのは、流石に申し訳なかった。空気を悪くしないように表面上はいつも通りやっている。しかし二人きりになったらこれだ。彼らは自分たちが付き合っているのも知っているから当たり前のように二人きりにしてくれたが、今だけはほかの人もいて欲しかった。
    「綺麗だな」
     空気を打ち破って声をかけてくれたのは龍水からだった。ゆっくり彼の方を振り向くがこちらに目を向けてはいなかった。羽京からの返事がないのを気にしていないのか、そのまま話し続けている。
    「羽京の意見が悪いとは言っていない」
    「……」
    「単純に俺は、貴様が上手く折り合っていないようだったから落ち着くまで距離を取ろうと思ったまでだ。俺はあの件に関して怒ってはいないし、羽京も怒ってはいない」
    「……うん」
     龍水がいったん黙ったが、まだ続きがあるのだろうと思って見つめていた。かごが頂上に近づいていく。地上にいる人々は点のように小さくなっている。一瞬、この世界に今羽京と龍水しかいないような錯覚を覚えた。くらり、と少しだけかごが揺れる。少しだけ身の危険を感じて、彼から視線を外した。

    「ただ、何だ。……せっかく遊びに来ているのに、恋人と本気で楽しめないのは嫌だな」

     外した途端にそんなことを言ってくるものだから、どうもたまらない気持ちになってしまった。そうなってくると彼の横顔も普段より淋しそうに見えてくる。ああ、自分は彼のことになると、こんなにも駄目になってしまう。
    「……ごめん、龍水」
    「謝る必要はない」
    「ううん、僕も意地張ってたし、変に気を使わせちゃったから。ごめんね、龍水」
     やっと龍水が羽京のことを見た。少しだけ肩の力が抜けたように見える。羽京の表情を確認して柔らかく笑いながら目を閉じた。
    「すまなかった、もう少し早く行動に移してもよかったな」
    「ううん、いいんだ。いいんだよ」
     急にどっと疲れが来た。安心したのだろう。空に浮かぶ狭い箱庭の雰囲気が、やっと優しくなった。
    「ごめん龍水、すごい正直に言ってもいい?」
    「何だ」
     仲直りしたなら、ずっと思っていたことを言ってもいいだろう。きょとんとした顔の彼に向って、少しだけ恥ずかしさをにじませながら言った。
    「自分の意志が通らないことより、君に距離取られることの方が、きつい……」
     一瞬の間の後、はじけたように笑った彼はかごを揺らしながら羽京の隣に移動してきた。
    裏社会パロ
    ・裏社会で情報屋をしている羽京くんの話。
    ・グロ描写、怪我描写などはないがアングラパロなので注意

     人通りなどほとんど無いに等しい裏路地。こんな夜更けに好き好んで留まる人間は早々いない。鼠が何かを踏んでいるのであろう、かさかさという音が四方八方から聞こえてくる。悪臭漂う街の片隅で、羽京は一人「取引相手」を待っていた。
     羽京はこの世界では名の知れた「情報屋」だった。その珍しい名前が本名かどうか誰も知らない。知られているのは聴覚が優れているためちょっとやそっとの対策では簡単に彼に聞かれてしまうということ。そして、自分が売った情報で「人を殺さないこと」を条件として提示してくる、ということだ。当然そんな口約束はいくらでもできるのだが、厄介なのは警察関係者とつながりを持っているらしいこと。羽京の素性に大して踏み込んでこない上簡単に動いてくれる「友人」がいるため、彼を裏切ったが最後摘発されて終わりだ。
    「メンゴメンゴ、待った?」
    「いや、それほど」
     恋人同士のような挨拶を交わしながら現れたのはあさぎりゲン。彼もまた、界隈で名の知れた交渉人だった。人心掌握に長けており、格上の相手との厳しい取引も成功させて帰ってくる。表の世界で名前を出す時はマジシャンという肩書を使っているらしく、その腕も確かだ。
     周りに誰もいないことを羽京が確認し、取引を開始する。ゲンとの取引はこれで5回目だ。傍受防止の電波妨害装置を起動させた。
    「今日欲しいのは、七海龍水って男の情報なんだよね」
     一瞬、羽京の動きが止まった。そのままゲンは話を続ける。
    「羽京ちゃんも知ってるでしょ? 総資産億越えのカジノ王。ここら一体のカジノは全部彼の傘下にある。自身が所有する帆船を操舵して世界各地を回っている船乗りでもある。性格は周りが引くほどの欲張りで、『欲しい』と思ったものを手に入れるための手段は惜しまない男。ここまでは俺も情報を手に入れてるんだけどね、さすがに個人の連絡先までは分からなくてさ。うちのリーダーが今度やりたいことに多額の予算が必要だから、金銭援助を得られないかって思ってるのよ」
     羽京は単独で活動している情報屋だが、ゲンはとある組織の幹部を務めている。ゲンが動くときは大抵そのリーダーに依頼された時だ。大体あちこちに飛び回って話をつけているのはゲンのため、羽京はまだそのリーダーに会ったことはなかった。
     一通り取引内容を話したゲンは、すっと目を細め少しだけ悪い笑顔を口角に乗せた。
    「羽京ちゃん、顔が怖いけどどうしたの? まるで、大事な相手を人質にされたみたい」
    「……気のせいじゃないかな。何かやましいことがあるからそう感じるんじゃない? 例えば、持ち合わせている情報はそれだけじゃないのに、わざと隠しているとかね」
     しばらくの間、どちらとも一言も話さなかった。笑みは湛えているのに空気は張りつめている。どちらとも、相手から目を逸らさない。
    先に折れたのはゲンの方だった。
    「無駄な腹の探り合いしてもしょうがないね。羽京ちゃんとはこれからも末永くお付き合いさせていただきたいわけだし、ここで信用失ったら俺も困るし」
    「そうしてもらえると助かるよ。全く、油断も隙もあったもんじゃない。プライベートな面にはあまり踏み込まないでほしいな」
    「当然、勘づいてるのは俺だけだし誰にも話してないからそこは信用してね。それに、うちのリーダーが潰しや殺しやりたがらないの知ってるでしょ? 表でも顔が通じる俺だけが上手いこと交渉してくるからこっちの世界には巻き込まないでおくよ」
     一寸の間、羽京がポケットから出したメモ用紙にさらさらと文字を書いた。普段だったら一旦調べて後日情報を売り渡すことが多いのだが、これ以上隠すつもりはないらしい。ゲンに渡し、携帯電話にすぐ登録するように伝える。紙には七海龍水とフランソワという彼の執事に当たる人間のメールアドレスが書かれていた。登録し終わったところで紙を回収しポケットに入れる。
    「どっちの方から連絡するかは君に任せるよ。話をつけるときは僕からの紹介だって言って」
    「珍しいね、羽京ちゃんがそう言うの。情報元漏洩しちゃっていいの?」
    「下手に怪しまれて探られるよりマシだからね。彼の行動は読めないんだ」
     羽京は優れた聴覚の他に鋭い洞察力も持ち合わせている。相手のことを見抜き、状況を分析し、裏から手を回してくるだけの力を持っている。交渉術において彼の右に出るものはいないであろうゲンとしても正面衝突は避けたい相手だ。その羽京を以てして、行動が読めない人間というのは。
    「……もしかして相当、癖が強い感じ?」
     羽京は困ったように笑ってみせた。困った顔をしている癖に、少しだけ愛おしそうでもあった。引いたようにゲンの口角が引き攣る。
    「まあ、君も彼に散々振り回されてくるといいよ、ゲン」
    菜種兎 Link Message Mute
    2022/07/18 14:47:33

    りんごの恋慕/他

    #dcst腐向け #羽龍
    TwitterにあげていたSSまとめです。一本目だけ書き下ろしです。
    ラストは特殊な裏社会パロでゲンと羽京の会話がメインです。

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