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    ジンクスを踏んで踊れ その晩のロナルドは文字通り踏んだり蹴ったりの目に遭っていた。飛び込みの依頼は在庫が吸血鬼化した靴店からで、現場に到着するなりツクモ吸血鬼どもが童話の赤い靴さながらに縦横無尽に跳び回ってロナルドに襲いかかってきたのだ。
     マントの背中に足跡をつける靴を次々はたき落としながら、ロナルドは視界を横切る上等そうな紳士靴を見てもったいないな、ああいうのドラ公にもちょっといいかも、と思いかけたところで頭を振った。依頼が飛び込んでくる直前まで読んでいた「恋人にこんなプレゼントはNG!? 贈り物にまつわるジンクス10」なる記事を思い出したのだ。恋人に靴を贈るとそれを履いて自分の元から去ってしまうという。もっとも、靴を贈らなくてもダメなときはダメかもしれないが。殺鬼剤を散布しながらロナルドはため息をついた。
     このところ、ドラルクとどうも足並みが揃わない。何か決定的なことがあったわけではない。夜が長くなるにつれて忙しくなり始めたロナルドは生活の些細な習慣がルーズになりがちで、反比例して活動時間が長くなったドラルクはほんの少し家事に目ざとくなっていて、二人の間ではちょっとした小競り合いが増えてきていた。いつもの喧嘩の範疇ではあるし、なにも深刻になるほどではない。ただ、今夜は出掛けに怒鳴った「出て行け」に「私の城だ」と返ってこなかったのがすこし気がかりだった。
     
     退治の後片付けをしているところへ店主が挨拶に来た。なんでもロナ戦を読んで依頼をくれたらしいとのことで、謝礼を渡すのと同時に新刊の感想を言われて恐縮する。ドラルクさんはお留守番ですかと訊かれて、ロナルドは思わず口籠った。
    「アイツは……まぁ、居ても邪魔ばっかりしてくるんで、今日は置いてきました」
    「ふふ、ご本ではいつも抜群のコンビネーションに見えますが。ドラルクさんにもお会いしてみたいものです。一度遠くからお見かけしましたが、素敵な靴を履いておられましたね。モノが良いだけではなく手入れが行き届いている。靴には人柄が出ると言いますが、まさに紳士という感じです」
    「あぁ、それはどうも……。アイツが聞いたら得意がると思います」
     歯切れの悪い返事になってしまったのは、なにも店主の言葉に自分の履き込んでくすんだブーツのつま先が気まずくなったからだけではなかった。
     一人分の靴音を聞きながら歩く帰り道、ロナルドは店主の言葉を思い返した。
     ロナルドにとって靴は踏み込み、蹴散らし、駆けずり回って履き潰すものだ。なんせ仕事で負う傷からロナルドを守っているのだからどうしても寿命は短いし、立派に役割を果たしたものは処分する必要がある。それで困ったことはなかった。他のことに関してもそうだ。自分のことに関しては用が足りれば十分と思ってロナルドはずっと生きてきて、それでなんの問題もなかった。
     話し合ってどうなるでもない些細な違いは、解決策がないだけに下手な大喧嘩よりもよっぽど生き方の差を浮かび上がらせるような気がする。相手の言っていることの意味は分かっても、どうしてそう考えるのかが皆目理解できないのだ。
    「こんなんだからプレゼントもうまく決められねぇのかな……」
     よりにもよってドラルクの誕生日まであと三日である。探りを入れるにも遅すぎる上、今日の喧嘩で直接リクエストを聞くには気まずい雰囲気になってしまった。いつもより重い足取りでロナルドは家路についた。

     玄関の扉を開けると、いつも三和土にきちんと揃えてあるはずの革靴がない。
     まさかと思って固まっているところへ、やけに低い位置から「おかえり」が聞こえた。あっけらかんとした声色に少しホッとしながら返事の聞こえた方を向くと、袖捲りしたシャツ一枚のドラルクがソファの前に片膝立てて座り込んでいる。目の前に重ねて広げられた新聞紙の上には玄関から消えた革靴が並んでいた。
    「何してんの」
    「見てわからんか? 靴磨きだ」
    「くつみがき」
    「歯磨きも覚えたての未就学児には馴染みがなかったか? 靴って自分でお風呂に入ったりしないんでちゅよ~」
    「靴磨きくらい知っとるわボケ!」
     とはいえ、これまで生きてきて馴染みのない習慣だったことは否定できない。仕事用のブーツは客の前に出られる程度には清潔にしているが、わざわざ磨きたてたりはしない。プライベート用のスニーカーの方は悲しいかな履く頻度が少なすぎて手入れの必要がそもそもない。
     ロナルドは手を洗って部屋へ戻ってくると、自分もドラルクの隣に座って手元を覗き込んだ。使い込まれた様子の布切れを巻きつけた指先が、小さな瓶からクリームをちまちま掬い取っては革に刷り込んでいく。どこか職人めいた手つきは、見ているだけで心が落ち着くようだった。
     毎日見慣れた靴ではあるがこうして近くでよく見てみるとなんだか新鮮で、ふとロナルドの内に子供じみた出来心が湧いた。
    「ちょっとそれ見して」
     言うなりロナルドは置いてあったもう片方の革靴を手にはめてみた。そこらでは見かけないほど薄く細い造りの革靴は、ロナルドの手ですら少々窮屈に感じる程だ。
    「ギャーやめろ! 形が崩れる! 貴様の半年間一度も洗ってなかった上履きとは違うんだぞ!」
    「ざけんな月一では洗ってたわ!……へー、こんななってんのか。靴底ゴムじゃないんだ?」
    「レザーソールっていうんだよ。一応ドレスシューズだからなそれ」
     ステッチも切り替えもない革靴は一見地味なようでいて、洗練された曲線に華があって見飽きない。つやつやと磨き立てられプレーントゥは鏡のように部屋の景色を映している。ドラルクの靴の行き先は、スーパーに行ったりジョンと河原で遊んだり公園で子供に絡まれたりと賑やかだ。履き方だけならそこらの小学生の運動靴とほとんど変わらない。そのくせいつも綺麗で、今すぐダンスパーティーに出られますとばかりの様子なのがいつも不思議だった。
    「っていうかお前自分で磨いてたの初めて知ったわ。見たことないから店とかに頼んでんだと思ってた」
    「誰かさんがいるタイミングだと飼育係で忙しいから一人の時にやってたんだよ。店に頼んでもいいが、いちいちやりとりするのも面倒だし、暇つぶしにちょうどいいしな」
    「それも親父さんから教わったのか?」
    「…………いや、ヒゲから」
     
     靴の磨き方を覚えなさい、お前も一足の靴を長く履けるようになったことだから。伸び方の落ち着いたドラルクの背を見やるようにノースディンがそう言ったのは二百年と少し前の秋頃だった。
     普段大して汚さないしどうせ磨きに出すからいいじゃないですか、師匠だってそうしてるでしょうとドラルクは口を尖らせたが、お前にはまだ難しかったかとノースディンに言われた次の瞬間には手袋を叩きつけるがごとく靴を脱いでいた。
     元々器用でマメな性格のドラルクにとって靴磨きはいざ始めてしまえばさして難しくも面倒でもなかった。並んで黙々と作業する間、ノースディンは自分の靴に靴墨を刷り込みながらドラルクに何度も言い聞かせた。
     何があっても靴だけは綺麗にしておきなさい。足に合っていてよく手入れされた靴さえあればどこへだって行ける。悪路を疲れず歩けるし、他人はお前を信用して迎え入れるだろう。
     
    「なーんて、私を屋敷から全然出さないでおいてよくもまぁ言ったもんだ! どんなにいい靴履こうが歩き疲れたら私は死ぬし、この魅力にかかれば裸足で宮殿に入ったって歓迎されるだろうに」
     どんなことにも偉そうな説教ぶたないと気が済まないんだよあのヒゲはと憤慨しながらドラルクは靴を置いた。ほらそっちも寄越せとロナルドが持っていた方も取り上げて磨きはじめる。
    「今日の依頼人がお前の靴褒めてたぜ。靴は人を表すって言ってた。まぁ俺には良し悪しはわかんねぇけど、これ見てるといかにもお前って感じするわ」
    「エレガントで畏怖かろう」
    「いや全然。ヤワでキザったらしくて……」
     そして何より、大事にされてきたのが一目でわかる。
     ロナルドにはノースディンが二百年前に考えていたことの想像がなんとなくついた。人目を避けた悪路を一歩でも遠く歩き、身を証すものがなくとも自分は招き入れる価値のある客人であると他人に思わせなければいけない日がいつか来るとあの古い吸血鬼は考えていたのだろう。そしてその時には自分がいない可能性も。
     結局、そんな心配をよそにドラルクは楽しいことや楽しい場所ばかりを渡り歩いて二百飛んで数回目の誕生日を迎えようとしているわけだが。きっと面倒ごとに突っ込んでいくようにはできていないのだ、靴も本人も。
    「繊細で洒脱と言え。まぁ実際のところ、モノの手入れは嫌いじゃないし、私の魅力をよりも身なりでしか判断できん無粋の輩と顔を合わせることもなくはなかったからな」
    「俺はテメーの靴なんざこれっぽっちも見てなかったし、一目見た時から普通に胡散臭さマックスだと思ってたけどな」
    「フフ、それは君が人の足元を見ないタチだからだ。良くも悪くも」
     こんなところかな、とドラルクが手をはたいた。昔語りをする間も淀みなく動いていた指先は靴墨を扱っていたにもかかわらず黒ずみひとつなく、正確に扱われた道具は散らかることもなく整然と並んでいた。
     こんなささやかな習慣でさえロナルドが生きた時間の十倍近い間繰り返してきたのだろう。長年かけて身につけた動きの確かさは、ロナルド自身にも覚えがある。そうした積み重ねの中で培われた感覚に、たった数年かかわっただけの自分が割り込もうとしたってうまくいくわけがないのだ。プレゼントが決まらない焦りも相まってロナルドの考えは沈んでいく。
     次の瞬間、プシューッ!という音にロナルドの物思いが破られた。
    「うわいきなり何だ!?」
    「何って、防水スプレーだが」
     ほら、と見せられたスプレー缶にはデカデカと太字で〈最強防水〉などと書かれている。槍が降っても星が降ってもこれ一本で大丈夫!のキャッチコピーに水はどこ行ったんだよツッコみたくなる。
    「さっきまで繊細だのなんだの言ってたの何だったんだよ! 風情ぶち壊しじゃねえか!」
    「やかましい、実用品の手入れ一つに風情も印税もあるか! 新横に来てからはほとんど毎日出歩くようになったから最近は使ってるんだよ」
     ヒゲはきっとこんな便利グッズ知るまい一生オイルで防水して指先ヌルヌルになってるといいわ、などと嘯く横顔は年の割にあまりに子供染みていて、ロナルドは自分の知らない十五歳のドラルクの表情が見えたような気がした。
    「文句言う割にちゃんとやってるし覚えてんじゃん。あのおっさんが言ってたこと」
    「ハァ!? だーれがヒゲの辛気臭い説教なんぞ間に受けるか! そのテの警句なら【素敵な靴は素敵な場所に連れて行ってくれる】ってやつの方が好みだよ」
    「何それ初めて聞いたわ」
     フランスかどっかの言葉だったかな忘れたけど、私にとっては真実だから出典はどうだっていいのだよとドラルクが肩をすくめる。
    「私は行きたいところにしか行かないし、私がいればどこでも素敵な場所になるからね!」
     その言葉を聞いて、ロナルドは今年のドラルクの誕生日プレゼントを決めた。
    「お前のその靴さぁ、いくら? 普通に売ってるわけじゃないんだろ?」
    「なんだねいきなり不躾だぞ」
    「そうじゃねえよ! ほら、お前の誕生日近いじゃん。今から作ったんじゃ間に合わねえだろうけど、当日までに注文と支払いを俺が……」
    「嫌だ」
     ほとんど被せるようなドラルクの声にロナルドは眉を吊り上げた。
    「ハァ? なんでだよ! どうせ俺が勝手に選んだら趣味悪いだのなんだのって文句つけんだろうが。あと城なら買わねえぞ」
    「だからってそれじゃ小遣いもらうのと変わらんだろうが! っていうか恋人に靴贈る意味とか……たぶんどうせポッと出のジンクスとは思うが……」
     その後もドラルクは小声で最近口うるさいとは自分でも思ったから今日は大人しく自分のことに集中してたじゃないか、そもそも君も悪いんだぞ、初めて恋人からもらうものなのにだのなんだのと言っていたがそれより気になる言葉を聞いたロナルドの耳には入らなかった。
    「えっ何お前、まさか調べたの? 『恋人 プレゼント 意味』とか検索かけたのか? 俺のこと恋愛マニュアル人間とか笑ってたのにどんな顔してお前」
     せせら笑うロナルドに負けじとドラルクが怒鳴り返す。
    「あぁそうだよ調べたよ! 悪いかね!? ロマンチックゴリラのことだからなんか仕込んでくるかなと思ったんだよ! っていうか貴様この口ぶりは知ってて言ったなプレゼントで試し行動とか悪趣味にも程があるぞこの! クソッ覚悟しろ! 履き潰すまで別れてやらないからな!」
     ドラルクがゼェゼェと肩で息をする傍らで、ロナルドはまぁ意味は知ってたし試すは試すかもしんねぇけど、と口を開いた。
    「お前が思ってるような意味じゃねえよ。試すのはお前で、試されるのは俺だ」
    「ハァ?」
     怪訝そうな目を正面から見据えて、ロナルドは続ける。
    「今日帰ってきて、お前の靴がなかったの結構焦ったんだよ。だから、その、素敵な靴をやる。で、その素敵な靴がお前をいつでも連れてきてくれるような素敵な男になり、たいので……今後とも宜しくお願いします的な……」
     言葉の終わりに近づくにつれ赤くなって俯いていくロナルドを見て今度はドラルクが笑う番だった。
    「後半グッダグダじゃないか全く。でも、いいなそれ。せっかくだからさ、今日君が退治に行ったお店で買おうよ。一緒に買いに行こう」
    「でもそれじゃ履けるモンないだろ」
    「うむ。だから買った靴をいつもの職人のところに出してメッッッッチャ調整する。もしかしたら原型残らんかもしれんが」
    「なんだよそのテセウスの靴!」
    「それでも君に選んでもらって、君と暮らすこの街で買いたいんだよ。靴紐一本まで使えなくなるまで大事に履くさ」
     
     後日、ロナルドが選んで誂え直された靴を履いて出かけたドラルクは三日三晩家に戻らずロナルドを泣かせた。見せびらかしたくてつい、張り切って歩きすぎたななどと悪びれもせず言う恋人とロナルドが足並みを揃えられる日はまだまだ遠い道のりの先にあるようだった。
    うとい Link Message Mute
    2022/11/29 0:31:40

    ジンクスを踏んで踊れ

    人気作品アーカイブ入り (2022/11/29)

    遅刻だけどド誕おめでとう! プレゼント選びに頑張るロ君の覚悟とか、身勝手なようでウブなドだとか。ドの紳士的な生活感が書きたかった。
    #ロナドラ #二次創作

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