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    次席審問官の奮戦【注意事項】

    ・鉛姫シリーズ『フロイライン=ビブリォチカ』の二次創作です。原作者様、各関係者様とは一切関係ありません。
    ・『DIZZ Yøu XXX IT?』原作3話のネタを微妙に割っております。未読の方はご注意下さい。

     大丈夫そうな方のみどうぞ。

     朗とした声が、ジャスティファイの名を呼ぶ。その声は動かぬ決定事項を告げる響きで、ジャスティファイをハー・アークヨルムの次席審問官に任じた。
     ジャスティファイが任命状を受け取ったのを確認すると、側に控えていた案内人が静かに近付いて来る。
    「首席審問官にご紹介します」
     そう告げて歩き始めた案内人に続いて、ジャスティファイは艷やかに磨かれた板張りの床を踏む。次席審問官は、首席審問官が滞り無く業務を進められるよう、補佐するのが主な仕事だ。顔合わせが済まなければ話にならない。
     あまり気難しい相手でなければいいが。そう考えつつ、ジャスティファイは案内人と共に廊下へ出た。
     床板は軋む事も無く、案内人とジャスティファイの歩みを受け止める。廊下へ出て一度角を曲がった先で、案内人は足を止めた。右手に見える豪奢なつくりの扉には、『執務室』と刻まれたプレートがはめ込まれている。
    「首席審問官様。次席審問官をお連れしました」
     案内人がそう言って、重たげな扉を軽打した。
    「首席審問官は新たな次席審問官が任命さレタ際は、速やかに業務の引き継ぎを行わナクてはナラない」
     一呼吸の間を置いて部屋の内から響いたのは、何処か硬質な印象を与える少女の声だ。
    「首席審問官の名ニおいテ、入室を許可」
    「かしこまりました」
     扉に鍵は掛かっていなかったらしい。案内人がノブに手を触れるとそれは滑らかに回り、軽い金属の触れ合う音を立てて扉が内側へ開いた。
     執務机は、出入り口に右側面を見せる格好で据えられていた。薄く積もった書類の向こうに見えるのは、ペンで何事かを書き付けている少女の横顔だ。大きく膨らんだ袖に包まれた右腕が動く度、紫のボブヘアに挿した羽根飾りが微かに揺れる。袖とは対照的にぴたりと体に寄り添う胴衣の脇を編み上げる紐が、ジャスティファイの目を引いた。
    「首席審問官は席を外してるのか?」
     容姿を見る限り、室内から応えを寄越したのは眼前の少女で間違い無いだろう。しかし、執務室内に他の人間の姿は無かった。
     案内人が、気まずげにしわぶきを一つする。
    「次席審問官。この方が、首席審問官のフロイライン=ビブリォチカです」
     瞬きを二度ばかりして、ジャスティファイはボブヘアの少女を改めて見た。年齢を見誤った訳ではない。執務机に座り、書類仕事をしているのは、年端も行かぬ少女だ。
     こんな年若い少女が、と思いかけて、ハー・アークヨルムとはそういう国だと思い返す。案内人はビブリォチカが手を止めるのを待ってから、ジャスティファイを半歩ばかり前へ押し出した。
    「フロイライン。こちらが新しい次席審問官の、ジャスティン・J・ジャスティファイです」
     かたりと音を立ててビブリォチカがペンを机に置く。すっとこちらを向いた少女の眼差しに、ジャスティファイは僅かな違和感を覚えた。一呼吸の間を置いた後、その正体に気付く。
     まっすぐジャスティファイを見据える双眸。その光彩の輝きが、左右で微妙に異なって見えるのだ。光線の加減かと目線を下げて、ジャスティファイは机上に置かれた書類に目を留める。
     チキータ。書類の署名欄には、そう記されていた。
    「チキータっていうのが、本名なのか?」
     ある程度の知名度を持つ者ならば、本名の他に通り名があってもおかしくない。ビブリォチカ、というのは他者が付けた通称なのかもしれなかった。
    「御嬢様」
     フロイライン、と聞こえる発音で、ビブリォチカ――チキータはそう言った。意味を取りかねているジャスティファイへ瞬きを一度して、再び唇を動かす。
    「御嬢様。ソウ呼んデ」
     何処か機械的な声音で言い、チキータは体の向きを元に戻した。ジャスティファイからは、右の側面しか見えなくなってしまう。
    「次席審問官、他の施設を案内します」
     案内人の声で我に返る。ジャスティファイは再びペンを手に取ったチキータを残して、執務室から出た。
    「なんて言うか……取っ付きにくい感じだな。あれで大丈夫なのか?」
     首席審問官ともなれば、法廷にて罪人に裁きを下す事もある。初対面とはいえ、次席審問官とまっとうな会話をしようとしなかったチキータに、それが務まるのだろうか。
     ふっと、案内人は吐息を一つ零した。
    「フロイライン=ビブリォチカは、規則には非常に厳密な方です」
     かたりかたりと、二人ぶんの足音が廊下に響く。
    「フロイラインは、アサイラムの出身です。かなり制御可能になった方ではありますが……言動には注意を願います」
     アサイラム、と聞いて、ジャスティファイの腹に鉛のような重みが加わる。
     あの施設で幼き日を過ごした少女と、果たして信頼関係は築けるのだろうか。爪先の尖ったジャスティファイのブーツが、かつんと音を立てた。
     チキータの決裁を終えた書類が、流れるように脇机へ積み上げられて行く。ジャスティファイは不備が無いかを確認した上で、然るべき封筒にそれらを入れた。
     ペンが紙の上を走る音がそれから三度ばかり執務室を巡った後、鐘の音が響く。昼の休憩時間を告げる鐘だ。
    「チキータ、休憩時間だぞ」
     とん、と封筒の角を揃えるジャスティファイに、しかしチキータは返事をしない。ただひたすらに裁判書類に目を通し、然るべき決裁を下して行く。
    「休める時に休んどかねぇと、仕事の効率も落ちちまうぞ」
    「主席審問官の責務ハ、他ノ全てニ優先スル」
     ジャスティファイが声を掛けても、チキータからは金属質な声しか返って来なかった。その間も、滞りなく書類の処理が進んで行く。
     短い溜め息がジャスティファイの唇から零れた。チキータとはまだ短い付き合いだが、それでも既に思い知らされた事がある。
     チキータには、規則しか届かない。
     規則に厳密だと、顔合わせの時に案内人は言った。しかし、それでは言葉が足りていない。
     チキータは、規則を至上のものと見做している。
     勿論、主席審問官として、守るべき規則は存在する。それは、厳密に守って貰わなければジャスティファイとしても業務に支障が出てしまう。
     だがチキータは、業務として規則に定められていない部分――休憩時間や、私的な時間に対しても規則を持っている。
     例えば、前髪を梳く時は右から左。業務を開始する際は、脇机の中央にコインを置く。執務室を出る時は、そのコインを裏返す。
     恐らくは本人の中では整然と並んでいる規則に従って、チキータは動く。そして、規則で認められていない事は、決してチキータの心を打つ事は無い。
     不意にチキータが筆記を止め、ジャスティファイを見た。左右で輝き方が異なって見える光彩が、腹の底をざらりと撫でる。
    「主席審問官ハ、昼の鐘ガ鳴っテから二つ目の鐘ガ鳴ルまでの間、次席審問官に休憩ヲ取らセなければならナイ」
     一呼吸の間が執務室を満たす。
    「ジャスティファイ。休憩ニ入っテ」
    「俺が休憩するなら、チキータも休んでいいだろ?」
     すいと、チキータの目線がジャスティファイから逸れた。筆記音がまた、執務室内に響き始める。
    「主席審問官の責務ハ、他の全テニ優先すル。例外はナイ」
    「いや、でも食事抜きは……」
     言いかけて、ジャスティファイは口を噤んだ。この状態のチキータに言葉が届く事は無い。
    「仰せのままに、御嬢様」
     少々芝居がかった礼をして、執務室を出る。その間、チキータが反応を示す事は無かった。
     先の尖ったブーツが、かつかつと二度ばかり床板を叩く。そこでジャスティファイは足を止めた。
     主席審問官としての責務を第一に据えるチキータは、食事を疎かにする事が少なくない。これまでの短期間の付き合いで、チキータがまともに食事を取った回数を数えるには片手の指で足りてしまう。
     恐らく、食事そのものに執着が無いのだろう。それ自体は悪い事ではない。規則で禁じられている訳でも無い。
     だが、まだ成長し切っていない少女が、仕事に没頭して食事を疎かにするというのは、どうにも落ち着かない。
     しかし、ジャスティファイが食事を取るように言ったところで、先程のように切り捨てられるのは目に見えている。それは『規則ではない』のだから。
     また短い溜め息を一つ吐いて、ジャスティファイは食堂に向かった。
     翌日の休憩時、ジャスティファイは大図書館にいた。辞書数冊ぶんの厚みを持つ本の頁を捲るその背中に、他の利用者の視線が突き刺さる。
     無理も無いと、ジャスティファイ自身も思っていた。白いフリンジスーツにカウボーイハットという出で立ちは、この場にはそぐわない。似合ってはいるが、見る者に奇異な印象を与えてしまうのはどうしようもなかった。
     事務仕事で荒れた指先が、最後のページを音も無く捲る。ジャスティファイは記載内容に目を走らせて、本を静かに閉じた。肩に担ぐようにその本を持ち上げて、緩やかに席を立つ。
     ジャスティファイが目を通していたのは、主席審問官に関する規則が記された本だった。一つ一つの項目を丁寧に追っていたが、食事に関する記載は無い。考えてみれば当然だと、ジャスティファイは本を書架に戻しながら思う。食べるという事は生きるという事に直結する。わざわざ記載するまでもないと判断されたのだろう。チキータという例外が現れるまでは、それで何ら問題は無かった筈だ。
     しかし――チキータを食堂へ連れて行くには、規則に記載が無いという理由ではまだ足りない気がする。
     大図書館を後にするジャスティファイの背へ、やはり無数の好奇の視線が突き立った。

     昼の鐘が鳴る。チキータは瞬き一度の間、書類を滑らせる手を止めた。
    「ジャスティファイ。休憩に入っテ」
    「分かった。チキータもちっとは休めよ」
     投げ掛けた言葉に返事は来ない。ジャスティファイは芝居がかった仕草で肩を竦め、執務室を出て行った。
     食堂で昼食を取った後、まっすぐ執務室へは戻らず、常とは違う角を曲がる。そこから二つ目の扉を開くと、無人の室内に料理の残り香が漂っていた。
     そこは審問官やそれを補佐する立場の者ならば自由に使える、簡易的な厨房だった。誰も使っていないのならば好都合だと、ジャスティファイは足を踏み入れる。
     綺麗に磨かれた流し台に俎板を置いて、貯蔵庫から野菜を幾つか取り出して並べる。流し台の下から取り出した包丁を持ち、ジャスティファイはざっと水を流した野菜にその刃を当てた。
     ゆっくりと、慎重に皮を剥いて行く。無意識に息を詰めていた事を、大きめの呼気が零れた事で自覚した。
     緩やかにその長さを伸ばしていた皮が、途中でぶつりと途切れる。それと同時に、つるりと滑った包丁の刃がジャスティファイの指を裂いた。瞬きする間に赤い雫が俎板の上に落ちる。
     ジャスティファイは内心で舌打ちをして、包丁と野菜に付いた血を洗い流した。うっすらと紅く色付いた水が排水口に吸い込まれて行く。
     ジャスティファイは、器用だと言われる事が多い。恐らくその通りなのだろうと、自覚もある。しかし、その器用さは、こと料理に限っては発揮される事は無い。
     もう少し、真面目に調理と向き合っておくべきだったか。内心で溜め息と共に独り言つ。
     そう、例えば大学にいた時に――過去へ沈みかかった思考を、口の中へ広がった苦味が引き戻した。今は昔の事を考えている場合ではない。
     ジャスティファイは短く息を零して、俎板の上に転がった野菜を拾い上げた。
     昼の執務室に鐘の音が響く。書類の決裁をするチキータの手が、ほんの瞬き一度の間止まった。左右で輝き方の異なって見える瞳が、すっと隣のジャスティファイを見上げた。
    「ジャスティファイ、休憩に入ッテ」
    「分かった。ちょっと行ってくるな」
     角を揃えた書類を脇机に置き、ジャスティファイは執務室を出る。そして簡易厨房に入り仕込んでおいたものを取り出すと、すぐに戻った。
     明らかに食事を終えるほどの時間が経っていないにも関わらず戻って来たジャスティファイに、チキータは虹彩のきらめきに仄かな不審を載せて瞬きをした。
    「ほら。チキータの分も用意したから、一緒に食べようぜ」
     執務室に戻ったジャスティファイが両手に載せているのは、軽食を載せた皿だった。あまり凝ったものではないが、包丁で切った傷跡が癒えるまでの間にここまで作れるようになったのだ。上等と言っても良いだろう。
     瞬きを繰り返すチキータの前に、ジャスティファイは軽食を載せた皿を置く。自らの分は脇机に置いた。
    「主席審問官ノ責務は――」
    「主席審問官は執務中に食事を取ってはいけない……なんて規則は無いぜ?」
     チキータが瞬きを二度する。細い眉が眉間に小さな皺を作った。
    「……確かニ、存在しナイ」
    「だったら食べながら業務をしても良い筈だよな?」
     チキータはそれからまた三度ばかり瞬きを繰り返していたが、執務机の書類を脇へ移動させると軽食へ手を伸ばした。それを見て、ジャスティファイも椅子を移動させて脇机の側に座る。
    「……味ガ薄い」
     ぽつりと零れた見解に、ジャスティファイはぐっと言葉に詰まる。
     もう少し、料理の練習をしよう。少なくとも、この御嬢様のお気に召す水準に届くまでには。
     言われた通り味の薄い軽食を、ジャスティファイは噛み締めた。
    あずは Link Message Mute
    2022/09/10 18:53:44

    次席審問官の奮戦

    鉛姫シリーズ『フロイライン=ビブリォチカ』の二次創作です。
    原作者様、各関係者様とは一切関係ありません。

    ##鉛姫シリーズ #フロイライン=ビブリォチカ

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