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    ポケットの中で おばけ島の日は今日も高い。
     ベッドの上で伸びをして、マローネは寝間着からいつものワンピースに着替えた。鏡の前で髪を梳かして結い、イヤリングを着ける。階下からはフライパンが熱される音と、美味しそうな匂いが上って来ていた。
     アッシュは今朝も、料理の腕を奮ってくれているらしい。マローネの唇が自然と孤を描いた。ふわとした気持ちそのままに、軽い足取りで階段を下りる。
    「おはよう、アッシュ」
     マローネの予想通り、アッシュは台所の調理台に立っていた。黒いフライパンの上で、鮮やかな卵の黄身が躍っている。今日の朝食はスクランブルエッグのようだ。
    「おはよう、マローネ。もうすぐ出来るから、顔を洗って座ってて」
    「はーい」
     竈の近くにある井戸のレバーを押し、流れた水を掌で受け止めて顔を洗う。マローネが座る食卓の席には、既に食器が並んでいた。
     優しい匂いが鼻先を掠めたかと思うと、アッシュがフライパンからスクランブルエッグを皿に移してくれる。いただきますと手を合わせた時、向かい側の席にアッシュが腰を下ろしていた。
     つり目がちの赤い瞳が、何を言うでもなくマローネを見守っている。その暖かい眼差しがマローネは好きだった。
     程なくして食事を終え、食器の後片付けを二人で行う。それが終わるのを待っていたかのように、ポストのベルが高く澄んだ音を奏でた。
    「依頼のメールかな? 見て来るよ」
    「あ、わたしも行くわ」
     マフラーの端を漂わせて玄関へ向かうアッシュの跡を、慌てて追い掛ける。外で思い思いに過ごしているファントム達に挨拶をして、草地から緩やかに砂浜へ至る地面を小走りに駆けた。
     アッシュがポストの扉を開けると、ボトルメールが一体だけ飛び出て来た。水色の硝子に茶色いコルク栓。特にどうという事は無い、普通のボトルメールだ。
    「イヴォワール・タイムズだね。依頼のメールは……無しか」
     ボトルメールを持ち上げて、アッシュは中身を取り出す。空になったボトルメールは甲高い声で礼を言い、また海へと飛び込んで行った。
    「新しい依頼が無いなら、今日はのんびりしましょ。ここのところ、戦うことが多かったもの」
    「そうだね。久しぶりにカスティルに会いに行くのもいいんじゃないかな」
     カスティルとは、手紙のやり取りはこまめにしている。けれど直接会う事はあまり無かった。かつては自分の足で歩く事も叶わなかったカスティルだが、バンブー社の全面的な支援もあり、家の中では壁伝いに移動出来るようになっている。それでも、いやしの湖島を出るとなると、まだ車椅子が必要なのだ。
     カスティルの両親からは、いつ訪れてくれても良いと言われている。マローネも、久方ぶりに親友と会えると思うと、ほんのり心が躍った。
    「うん! とってもいいと思うわ。それじゃ、いやしの湖島に行きましょ。ボトルシップの操縦、お願いね」
    「いいけど……マローネも、たまには操縦の練習をした方がいいんじゃないかな」
     アッシュの言葉の終わりに、大きな波の寄せる音が被さる。それから、ごろりと重みのあるものが転がる音がマローネの耳を打った。アッシュにも聞こえたらしく、赤い瞳が波打ち際を向く。
     ポストから五歩ばかり進んだ先に、大きな樽が一つ転がっていた。ふっと、以前、パティが樽に乗って、おばけ島まで助けを求めに来た事を思い出す。アッシュが横倒しになった樽の傍らに片膝をついて、ぽんと蓋を開いた。
    「まあ!」
     濡れて焦げ茶に染まった樽の中から、するすると砂上を滑るようにして一体のパティが現れる。その姿を見て、マローネは目を見開いた。
     パティの全身は、うっすらと向こう側の景色が透けて見える。ファントムなのだ。茄子のへたのような帽子から見て、パティ族の魔法使いであるパティメイジだろう。マローネの腰に届くかどうか、といった高さにある頭が僅かばかり動いて、帽子の隙間から上目遣いにこちらを見て来た。
    「わざわざ樽に乗ってきたのかしら?」
    「ファントムなら、それより自分で飛んだ方が早いと思うけど……」
     マローネにはよく分からないが、アッシュが言うのならそうなのだろう。このパティメイジは、ファントムになってから日が浅いのかもしれない。
     マローネはパティメイジの前に屈み込んで、丸い大きな瞳と目線を合わせた。
    「こんにちは。わたし、マローネ。あなたはどこから来たの?」
     笑顔を浮かべて尋ねてみるも、パティメイジは目を瞬かせるばかりだ。こちらの言葉が通じていないらしい。
    「そうだ! アッシュなら同じファントムだし、言葉が通じるんじゃないかしら」
    「そんな訳ないだろう? なに言ってるんだか」
     良案だと思ったのだが、アッシュには半眼で見られただけだった。変わらず周囲を窺っている様子を見るに、やはりアッシュの言葉も分からないようだ。
    「この子、どうしようかしら……」
    「カスティルに頼んで、モカに通訳して貰うのはどうかな。マローネがコンファインすれば、二人にもこのパティが見えるだろうしね」
     アッシュの提案に、マローネはぱっと表情を輝かせた。元々、カスティルに会いに行くつもりでいたのだ。パティメイジはファントムなのだから、ボトルシップの中で邪魔になる事も無い。
    「そうね。そうしましょう。ほら、あなたもこっちに来て」
     パティメイジに声を掛けて立ち上がり、マローネはボトルシップを停めてある場所へ足を向けた。言葉が通じずとも何か呼ばれた事は分かったのか、パティメイジは地面を滑るようにして後をついて来る。
     すいとボトルシップの壁をすり抜けて中に入るアッシュの後を、パティメイジが追った。生身のマローネは、天井のハッチを開けて入るしかない。
     マローネがハッチを閉じた時、アッシュは舵輪の前に立っていた。パティメイジはやはり滑るような動きで、丸い窓から外を見ている。
    「外が気になるの? これから別の島へ行くから、いろんな景色が見られるわよ」
     マローネの言に、パティメイジはくるりと体ごと振り向いた。そうしてついと視線を逸らしたかと思うと、アッシュへと近付いて行く。
    「うん? どうかしたのかな?」
     パティメイジは舵輪を握るアッシュをじっと見上げ――小枝のような細い両腕をゆらゆらと揺らし始めた。
     マローネは、その動きに見覚えがある。あれは、パティ族が人の大事なものを。
     アッシュの足元から、硝子を通したような光が螺旋状に舞い上がる。瞬き一度の間にアッシュの全身を囲んでしまったその光は、ちかちかと明滅を幾度か繰り返した。
    「あ! だ、だめよ! やめて!」
     マローネがパティメイジへ手を伸ばした時にはもう遅い。
     渦巻くきらめきが消えた時、舵輪の前にアッシュの姿は無かった。
     アッシュの視界が開けた時、周囲は淡い紅色の光に満たされていた。ゆっくりと瞬きを繰り返すと、地面も天井も無い場所に自分がいる事に気付く。何処となくダンジョン界を思わせる色合いだが、魔物の気配は無い。
     ぐるりと視線を巡らせると、辺り一面に漂う雑多の物が目に入った。木の実が多いが、写真立てや衣類等、明らかに持ち主がいると思われるものも散見される。
     ここは何処なのかと記憶を手繰って、アッシュはおばけ島へ流れ着いたパティメイジの事を思い出した。意思疎通の出来ないパティメイジを連れて、カスティルとモカのいるいやしの湖島へ行こうとボトルシップに乗り舵輪を握った事までは覚えている。
    「そうか。ここは、あのパティメイジの……」
     パティ族は、それぞれが『ポケット』と称している異空間に、食料や大切なものをしまっておく習性があるのだと、カスティルは言っていた。その『ポケット』の中に生き物をしまうと呼吸をしなくなってしまうため、どれほど大切でも生あるものをしまう事は無いとも聞いたが。
    「ぼくはファントムだから無事……ってことかな」
     独り言つアッシュの前を、艷やかに光る木の実が通り過ぎて行く。その後を追って進むと、前方から書籍の波が押し寄せた。避ける間も無くアッシュの体を無数の本が突き通る。
     思わず前へ出した手に、書籍の一冊が触れた。意識してそれを握り、頁を開く。
    「……え」
     硬い表紙の裏側に記された文字を見て、アッシュは間の抜けた声を出してしまった。青みがかった黒いインクで書かれていたのは、年号と日付だ。
     日付の方は、まだいい。問題は年号だ。
     記載されていた年号は、アッシュの父が生まれるよりも前の年だった。それなのに、インクの色も、本の状態も、褪せたところが無い。今朝、本屋で買ったばかりだと言われれば、信じてしまいそうだ。
     側に漂う書籍を、捕まえては頁を開いて行く。アッシュが生まれた後の年号を記載しているものは、ただの一冊も無かった。それでいながら、真新しい紙の質感を感じさせるものすらある。
    「この中……入ったものの時間を止めてるのか?」
     だとすれば、パティ達の『ポケット』の中に生き物をしまうと呼吸をしなくなってしまう、というのも頷ける話だ。生あるものの時間を止める事は、命の時間を止めてしまう事に等しい。
     アッシュは本を手放して、空間の上部へと浮かんで行った。ファントムであるアッシュに時間停止の影響は無いが、長くここに留まり続ければ外の時間との乖離が生まれてしまう。ただでさえ時に置いて行かれる身だというのに、それを加速させるような事態は受け入れたくなかった。一歩間違えれば、二度とマローネに会えなくなってしまうのだから。
     瞬きを三度するだけの時間、アッシュの体は上昇を続けていた。しかし空間の果てが訪れる気配は無い。それどころか、パティメイジが『ポケット』にしまったものが次々と体を通り抜けて行く始末だ。
     この空間に、限りというものは無い。アッシュがそう判断するまで、長くはかからなかった。
     そうなれば。
     アッシュは雑多なもので溢れ返る空間内を、改めて見回した。
     次にパティメイジが『ポケット』を開く時。何かを新しくしまう時か、『ポケット』の中のものを取り出す時。それを狙って脱出するしかない。
     問題はそれが、いつ訪れるかだ。生きているパティならば、日に何度か食事をするだろう。その時に『ポケット』の中身を取り出す可能性はそれなりにある。しかし、アッシュをここへ放り込んだのは、ファントムのパティメイジなのだ。食事の必要など無い。
     どうにかして内側から『ポケット』を開くよう、働きかける事は出来ないか――そう考えた時、アッシュは不意に自分の体が一方向に向かって引き寄せられるのを感じた。抗おうにもファントムの身では足を踏ん張る事も出来ず、引っ張られてしまう。
    「な、なんなんだ、一体……」
     指先を通り抜けようとした何かを、意識して引き止める。アッシュの指が受け止めたそれは、掌の中に収まってしまうほど小さかった。
     手の中を確認するより早く、アッシュの視界は真っ白に染まった。

     次に視界が開けた時、アッシュの目に飛び込んで来たのは、見慣れたおばけ島の光景だった。上部に銀色のベルが付いたポストの側に、マローネがいる。その隣には、車椅子に乗ったカスティルがモカを膝に載せていた。
     コンファインしたパティメイジのファントムはしきりとモカを見ている。マローネがカスティルとモカをおばけ島へと呼び、アッシュを『ポケット』から取り出してくれたのだと、少し遅れて理解した。
    「アッシュ!」
     マローネが砂浜を蹴って、アッシュへ飛び付く。咄嗟に意識を集中させ、小さな体を受け止めた。
    「大丈夫? どこか具合の悪いところはない?」
    「心配いらないよ。ぼくはファントムなんだから」
     右手でそっとマローネの髪を撫で、アッシュはカスティルとモカに視線を向ける。
    「ありがとう。きみたちが助けにきてくれたんだね」
    「マローネが真っ青になって部屋に飛び込んできた時は、何があったのかと思ったけど……わたしとモカが役に立てて嬉しいわ」
     ね、と膝上のモカと顔を見合わせるカスティルは、差し込む日差しにも負けぬほど明るく笑んでいた。本当にありがとう、とマローネも頭を下げる。
    「あら? アッシュ、手に何を持ってるの?」
     マローネの大きな瞳が、アッシュの左手を見た。そこで初めて、自分が左手に何かを握っている事に気付く。
    「そう言えば、ポケットから出して貰った時に、何か掴んだような……」
     アッシュは左手を胸の高さまで持ち上げ、掌を開いた。
     意図せずして『ポケット』から持ち出してしまったのは、一つの石だ。角が取れて丸くなり、うっすらと表面に縞模様が見える。その形と模様に、アッシュは記憶の隅が刺激されるのを感じた。
    「この石、何かしら……見たことがあるような……」
     首を傾げるマローネも、石に仄かな見覚えがあるらしい。カスティルが車椅子の車輪を動かして、アッシュの側まで近付いて来た。
    「まあ。綺麗な石ね。大きな川の側には、こういう風に丸くなった石がたくさんあるって、前に本で読んだことがあるわ」
     大きな川の側。
     何気ないカスティルの一言が、アッシュの記憶の蓋を開いた。
    「これ……マローネが昔、失くしたって言ってたやつだよ」
    「え?」
     あれはまだ、アッシュがファントムになる前。マローネの両親であるヘイズとジャスミンも存命だった頃の事だ。
     とても天気の良い日に、幼いマローネを連れ、四人で川遊びに出掛けた事がある。その時にマローネは、綺麗な石を拾って家に持ち帰ったのだ。
    「それが、いつの間にかなくなったって、大騒ぎになったじゃないか」
    「そんなことも……あったわね」
     マローネも、緩やかにではあるが記憶の糸を手繰る事が出来たらしい。アッシュが差し出した石を受け取ると、ファントムのパティメイジと視線を合わせた。
    「あなたがしまっておいてくれたのね。ありがとう」
     マローネの言葉をカスティルが手話でモカに伝え、モカが葉ずれのような音を立ててパティメイジへと繋ぐ。
     かつてアッシュがマローネと共に暮らしていた島で、パティの姿を見た覚えは無い。このパティメイジは、恐らくその時からファントムだったのだろう。
    「ねえ、アッシュ。この子、おばけ島で暮らしてもらってもいいかしら」
    「いいんじゃないかな。マローネにとっては恩人だからね」
     おばけ島でマローネを助けてくれるファントムの中でも、魔法使いはコンファインしていられる時間が短い傾向にある。このパティメイジが仲間になってくれれば、色々と助かる面も多いだろう。
    「あなたのお名前を教えて……あ、その前に!」
     先程までにこやかだったマローネの表情が、きゅっと引き締まる。ずいと顔を寄せたマローネに何を思ったのか、パティメイジが一歩後ろへ退いた。
    「もう二度と、アッシュをポケットにしまったりしちゃだめよ。絶対にだめなんだから。これは守ってね」
     それを手話で通訳する時、カスティルの目がちらとアッシュを見る。瞬き一度の後にその目が笑みを形作った理由には、アッシュは思い至らなかった。
    あずは Link Message Mute
    2024/01/22 11:26:38

    ポケットの中で

    PB20周年おめでとうに見せ掛けたいつもの。時間系列はED後。微マロアシュ。

    #ファントム・ブレイブ #ファントムブレイブ

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