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    BF log: BF愛レコワンドロライprecious snowcrowned in bloomsstarting anewflowers behind the wheelspromise in your armsprecious snow
    「寒い」
     今期ルーキーの中でも随一の見た目麗しいその顔を歪ませ、あからさまに不機嫌なのだと、それを一切隠そうとしない態度。
     自身の直属のルーキーであれば小言の一つも零すところだというのに、けれども相手が相手である故か、どうもそんな反抗的な顔ですら愛おしく、可愛らしく思ってしまう――少し前までは、きっとこんな態度には容赦などしなかったというのに。
    「分かっている」
     と、そう淡々と返すも、それで相手が満足しないことなど百も承知だ。
    「だったらさっさと切り上げない」
    「駄目に決まっているだろう」
    「融通利かないね」
    「融通も何も大事な仕事だ、それを疎かにすることなど許さん」
    「そうは言うけど、こんな天気じゃ出歩いてる人もそんなに多くないし――サボりたいとかそういう気持ちと関係なく、少しぐらい早めに切り上げてもいいんじゃないの」
     彼の――フェイスの言葉に妥当性がない、と言えば嘘になる。
     彼らが居るのはイエローウエストの繁華街で、普段であれば特に若者達で賑わっている大通りも、今は人通りも少なく、代わりに彼らの視界に広がるのは雪景色だった。
     そもそも所属セクターが異なる彼らがこうしてウエストでパトロールをしているのは、たまたまブラッドのサウスの面々が揃って風邪を引いてしまったことにあった。それを聞き知ったフェイスが、だったら俺と、などと誘ってきたのはお互いにとっては体よく二人で過ごす時間を作る口実となった。
     ただ二人にとっての誤算はこの天気だろう。
     ぱらついている、などといった可愛いものではなく、それなりの量の雪がパトロール開始時からずっと降り続けており、お陰でフェイスにもブラッドにも、少量の雪が頭や肩などに積もりつつあった。
     幸い、水分をさほど多く含まないパウダースノーということもあり、路面にも、そして自分達にもさほど積もっているわけではないが、とはいえそれなりの冷たさを感じないわけではない。
     故に、その不機嫌さなのだろうが。
    「天候は業務を早く切り上げていい理由にはならんぞ」
    「生真面目」
    「それを悪口だとは思わんし、それに生憎とそれが役割だ」
     そう言ってふっと笑ってみせると、それに比例してフェイスの表情は更に苛立ちを増す。
    「じゃあこの天候のせいで可愛い弟が風邪でも引いたらどうしてくれるの」
    「そんな軟な鍛え方はしてないだろう」
     それは、確かにそうだ――片や自堕落、片や何かと気遣いが細やかだったりするメンターたちだが、特にディノが戻ってきた後の彼らはなおさらしっかりとメンティーたちを鍛え上げていた。
     とは言ったものの。
    「鍛えてても寒いものは寒いでしょ」
     苛立ちというより、フェイスの顔は寧ろ――。
    「そう、駄々を捏ねるな。寒いのは分かるがな」
    「駄々なんて、別に……」
     顔を赤くし自分を見上げる弟の頭に、ブラッドはそっと手を寄せて、そして。
    「ちょっ、ブラッド……」
    「雪を払ってやっているだけだが、嫌だったか」
    「そんな事、ないけど」
     不意に頭に触れた兄の手が思いの外暖かくて、それがあまりに心地良すぎたなどと、そんな事を口にするのが、何か悔しくて。
    「――まあ、元よりこの空の下で立ちっぱなしでは確かに身体を冷やしかねないな」
    「でしょ」
     だからこそ、そんなブラッドの言葉にフェイスはすぐに反応したのだった。
     急に表情が和らいだ弟の様子に、ブラッドは笑みを向ける。
    「済ませるべきことを済ませた上で、早めに切り上げること自体は問題ないだろう」
    「じゃあ、さっさと見回る所を見回って、さっさと切り上げるってこと」
    「手は抜くなよ」
    「当たり前でしょ」
    「その意気だ――帰りにアンクルジムズダイナーにでも寄ろう。お前の好きなガトーショコラでもご馳走しよう」
    「やった」
     他愛の無い会話。天候以外は普段とさして変わらないルーティン。それなのに、二人でこなすだけでこれほど満たされるものなのか。
     それを思えば、この寒空の中のパトロールも、存外悪くないものなのかもしれないと――ブラッドもフェイスも共に空を見上げるのだった。

    crowned in blooms
    「花かんむりの作り方を……ブラッドさんに、俺が教えるんですか」
    「ああ、お前ならその辺の知識はあると思っての頼みなんだが」
     直属のメンターである彼から何かを頼まれることはそう多くはない。けれども、それだけでなく頼まれた事が事であったが故に、ウィルはひどく戸惑った顔を浮かべた。
     その様子に、頼み事をした側は、すぐに少し申し訳無さそうな顔を浮かべた。
    「済まない、脈絡もなくそんなことを言われてはお前も困ってしまうな」
    「あっ、すみません! ……確かにちょっと、どう反応すればいいのか迷いはしたんですが、わざわざそんなお願いをされるっていうことは事情があるんですよね」
    「ああ――皆が誕生日記念の撮影を行う際に着けている花かんむりは、お前が制作や監修に絡んでいたと聞いているが」
     実家が花屋で、そして普段から何かと行事がある毎に花やその他植物を用いたデコレーションなどをよく手掛けているウィルは、今年度のバースデー記念撮影に共通して用いられている花かんむりの制作にも関わっている。そういった活動も少なからず所属セクターへの貢献として少量ながらポイント加算の対象になっていることもあり、ブラッドは当然それを把握していた。
    「はい、幸いなことに皆からも好評で、直近だとオスカーさんとフェイスくんの分を今準備しているところで……」
    「その、フェイスの分についてなんだ、相談というのは」
    「……はい?」
    「お前に迷惑でなければ、なんだが……フェイスの分をまだ制作していないのであれば、俺に作らせてはもらえないだろうか――作り方を教えてもらう、というのも込みでだ」
    「えっ……と……、なるほど、そういうことですか」
     ウィルの表情に戸惑いの色が戻るも、けれどもそれは単にブラッドからの言葉が予想外であったからだけでしかなく、その願いそのものには納得感があった。
     自身のメンターと、その弟にして自分と同い年の同期が、兄弟以上の関係を持っていることは、元ルームメイトということもあってかフェイスの方から告げられたことだ。それを知ったブラッドが、ウィルとフェイスが自分の与り知らぬところで自分に関わる話をしていたことにほんの少しだけ拗ねてしまい、その対応にフェイスが追われて大変だった、などといった話を聞いたのも、記憶に残っていた。
    「手先はさして不器用ではないつもりなんだが、もしあまりに難しいだとか、教えるのが手間なのであれば――」
    「いえ、全然そんなことはないですし、寧ろ俺がブラッドさんのお役に立てるなら、喜んで!」
    「そうか、であればよろしく頼む」
    「はい! じゃあ早速――そうだ、ブラッドさん、今タブレットお持ちですよね。どういう花を使うかちょっとリサーチしましょう。フェイスくんのもなんですが、良かったらオスカーさんの物に使うのもアドバイスなどもらえると嬉しいです」
    「勿論だ」
     そう言ってブラッドは、ウィルの言う通り丁度手にしていたタブレットのスリープ状態を解除する。そんな中、ウィルはそっと一言、
    「それにしても、ブラッドさんにもお願いされるなんて……」
     などと呟くものだから、ブラッドは怪訝そうな顔を見せる。
    「俺にも、とは」
    「ああ……えっと……うーん、過ぎたことだからいいのかな」
    「話しづらいことなら無理に聞き出すつもりはないが……」
    「いえ――単に、兄弟揃って同じようなことを考えるんだなって思っただけです」
    「俺とフェイスがか」
     うっかり口を滑らした自分自身を恨みつつも、それを顔に出さないようにしながら、ウィルは口を開く。
    「実は――」
     そうしてウィルから語られた話に、ブラッドは思わず言葉を詰まらせるのだった。


    「……あーあ、ウィルにバラされちゃったんだ」
    「わざわざ隠すことだったのか」
    「いや、そうじゃないけど……」
     二週間後、フェイスの誕生日記念撮影の休憩時間中。
     折角時間が空いたから立ち寄った、と言って現場に姿を見せた兄と、最初は他愛のない会話に花を咲かせていた中で、身に着けている花かんむりの話になった途端――そして、それを作ったのが兄だと知ると、案の定フェイスはその表情を驚愕に歪めた。
    「アニキが作ったって……作り方なんて知ってたの」
     と、そんな素朴な疑問を投げかけると、ブラッドはあくまで淡々と答える。
    「うちのセクターに製作者が居たものでな」
    「なるほど、ウィルに教わったってこと……そっか」
     思うところがあったのか、フェイスが少しだけ感慨深そうな顔を浮かべると、ブラッドはそれを見やりつつ口を開く。
    「よもや、お前と同じ頼みを俺がするとはウィルも思っていなかったようだがな」
     その言葉に少し呆気に取られた顔を見せたと思うと、フェイスが口にしたのは冒頭の台詞だった。
    「言ってくれればよかったんじゃないのか、お前が作ったと」
    「別に言う必要なんて――」
    「無いことは、無かったはずだろう」
     確かに、隠す理由など無かった――無かったのだけれど。
    「その……万が一、似合ってなかったり、ブラッドに気に入って貰えてなかったりしたら、って、思って……」
     そう言ったフェイスの頬が赤らんで見えたのは、決してメイクや照明のせいではないのだろう。
    「お前がそう思っているということは、俺の今の心境も汲んでもらえるものと思うが」
    「それ、は……いや、うん、その気持ちは確かに分かるけど、じゃあ今の俺を見て似合ってないとか思ってるの」
    「まさか。寧ろ自分で言ってしまうのも憚られるが、とても似合っていて――少し、安心した」
    「ひょっとして、わざわざ顔を見せに来たのはそれを確認するためだなんて、言わないよね」
     質問の体を取っていながら、寧ろ確信を持って放たれたその言葉に、今度はブラッドが――実に彼らしくもなく顔を赤くしたのが答えだろう。
    「……意外、そういう自信無いところが見られるなんて」
    「隠し事をしていたお前が言えたことか」
    「アハ、まあ確かにね」
    「フェイスさん、そろそろ撮影再開します!」
    「ああ、はーい」
     いつの間にか休憩時間が終わりを迎えつつあり、それを合図にブラッドが立ち去ろうとしたその時、フェイスは彼の腕を掴んでそれを制した。それに怪訝そうな顔を浮かべたブラッドを他所に、フェイスは身近なスタッフに声を掛ける。
    「あの、この衣装とか花かんむりって、撮影後どうするんですか」
    「えっ……ああ、これらは皆さん専用で作っているので、撮影後はそのままお持ち帰りいただくか、ご希望でしたらこちらで破棄します」
    「分かりました、ありがとうございます……ってことは、ブラッドもまだ持ってるの」
     急に話を振られてブラッドは即座に反応できなかったものの、ワンテンポ遅れて口を開く。
    「あ、ああ……一度の撮影でしようしただけで処分するのも気が引けたし、ウィルがプリザーブドフラワーにして保管してはどうだと提案してきてな」
    「アハ、そこはウィルのファインプレイかな……ねえブラッド、それちゃんとそのまま保管しておいてね」
    「お前が作ってくれたものと知ったらなおさら捨てることなど――」
    「うん、それもそうだけど――ちょっと良い事思いついちゃって」
     そう言ったフェイスはどこか愉しそうな顔をしていて、ブラッドはその後に続く言葉に一抹の不安を覚えた。そして撮影再開のタイミングの都合で、その言葉の続きがお預けとなってしまったせいで、悶々とした気持ちを抱えたブラッドがトレーニングルームで最高難度のAIロボット相手の模擬戦を何ラウンドもこなす姿を目撃したオスカーが、やや慌てた様子でウエストの部屋に駆け込み、助けを求めたというのは余談だ。

     数週間後。
    「流石ウィルだね、タワーの屋上だっていうのにこんなに大きくて、綺麗な桜を咲かせられるなんて」
    「ああ、本当に見事なものだ。多少能力を使って成長を促進させたらしいが、ずっと前からここに植えられていたかのように自然に根付かせられているのは彼の技術あってこそなのだろうな」
     エリオスタワーの屋上にて、かねてよりウィルが様々な植物を育てているスペースの中に植えられていたのは、大きな桜の木だった。
     丁度その桜が満開を迎えそうだとウィルから聞いたフェイスは、急遽自身のメンターたちに相談し、ブラッドが翌日どうにか半日ほど時間を開けられるよう調整し、そして彼を屋上へと誘ったのだ――あの花かんむりを持ってきて、と伝えた上で。
     ウィルから声が掛かった翌日――即ちブラッドが、そしてフェイスも半日のオフを取った日には、ウィルの予想通り満開の桜が風に揺られて花弁をそっと散らしていた。
    「それっぽい所に行かなくても、こんな近場で桜の――花吹雪が見られるなんてツイてる」
    「それで、そろそろ聞かせてくれてもいいだろう――一緒に桜を見るのは喜んでと言いたいところだが、わざわざ花かんむりを持参しろとは……しかも、撮影の時のパーカーを着てこいとは」
     ブラッドが呈した疑問は、勿論フェイスも予見していた――そして当然、その答えもすぐに出た。
    「お互い、パーカーの色も、この花かんむりもすごく春っぽい色だから、それを着て写真を取りたいって思ったんだよね、この桜の前で」
    「写真を……この姿でか」
    「うん。今更だけど、俺たちって普段そこまで積極的に二人の写真って撮らないでしょ。ヒーローっぽくない感じの俺たちの姿って珍しいだろうし、このパーカーで撮ってる写真もバースデー記念の時のしかないし、たまにはそういったファンサービスもありだと思ったんだ。ああ、実家にもこの写真を送ろうと思ってる――俺たちが元気に仲良くしてる普段っぽい様子、少しぐらい見せてあげた方が良いと思うし」
    「それで、建前は良いから本当のところは」
     ほんの少し睨むような視線を向けられ、フェイスは肩を竦める。
    「……やっぱり分かっちゃうんだ」
    「俺を誰だと思っている――それで」
    「お互いがお互いのために作ったって分かったところで、この花かんむりで何かしたかったのと――純粋に、俺がアニキとの写真を撮って、ついでにこの桜の下でアニキの好きなお花見っていうのもいいと思ったんだ。正真正銘のオフの姿でのんびりと、ね」
     今度こそ素直に語られた弟の――想い人の言葉に、ブラッドは息を呑み、そして。
    「それなら先にそちらを言え――わざわざファンサービスのために半日オフを取らせたなどと、本気で言われていたらどうしていたことか」
     溜め息混じりに語られた言葉と共に、ブラッドが浮かべていたのは殊更に優しい笑みだった。
    「それで」
    「異論などあるはずはないだろう――なあ、フェイス」
    「なあに、ブラッド」
    「今更ではあるが、ありがとう――最高のプレゼントだった」
    「それは俺の台詞だよ――こっちこそありがとう」
     そう言ったフェイスは、そっとブラッドの手に――正確にはその手に持っていた花かんむりに――自分の手を伸ばした。
     本当に何となく、直感的にその意図を察したブラッドは手にしていた花かんむりを手渡すのと同時に、自身もフェイスが持っているものに手を伸ばした。
     そうして互いが持っていた花かんむりを交換しあった二人は、示し合わせたかのように同時にそれを互いの頭上に持っていった。
    「似合ってるよ」
    「お前も」
     そうして桜吹雪を背に二人が撮った写真は、誕生日記念に撮った時のそれ以上に柔らかく、綺麗な笑みが写し出されており――それがSNSに上がった途端、瞬く間に拡散されたのは言うまでもなかった。

    starting anew
     兄のこんな呆気に取られた顔を見たのは随分と久しぶりだ――寧ろ。
     ――アニキって、こんな顔もできるんだね。
     自分自身もそんな驚きを覚えつつ、フェイスはそれをどうにか心の内に押し込めて未だ驚いた表情を浮かべたままの兄の方を見遣る。
     当の兄――ブラッドはというと。
    「……まさか本当に飼うとは」
     漸くどうにか絞り出したようなそんな声に、フェイスは少しわざとらしく、けれども本心から呆れた声を上げた。
    「いや、言ったよね」
    「確かにそうだが……本気だったのか」
    「寧ろ冗談だと思ったの」
     だとしたら心外だ、と言わんばかりの顔を浮かべるフェイスの手の中には、何やら丸みを帯びた茶色い何かがもぞもぞと動いていた。
    「まあ確かに、こんなことでお前が冗談を言うはずがなかったな」
     溜め息を漏らしつつも、ブラッドは極力音を立てないよう、そっとフェイスに近寄る。
    「その……なんだ、その――」
    「この仔に触れていいのかって、良いに決まってるでしょ。今日からうちの家族なんだから」
     そう言ったフェイスは丸まった仔――ハムスターが収まったままの手を、そっとブラッドに差し出したのだった。

     引っ越しを機に、新しい家族を迎えたい。
     フェイスの口からそんな言葉が出たのは、第十三期の研修期間を終え、ルーキーという肩書きも無くなり、そしてこれからの住まいを決めたばかりの時のことだった。
     第十四期のチームがどういった編成になるのかが未定な中で、それでも自分たちの――特にブラッド個人の財力をもってすれば、二人の住まいを手配するなど容易だろうと、そう言ったのはフェイスの方だった。仮にどちらかが、あるいは二人とも第十四期のメンターに就任したとしても、二人の――二人だけの住居を持ちたいという、そんな弟の精一杯の我が儘に、ブラッドとしてももっともな反論が浮かばなかった。であれば、善は急げと言わんばかりにフェイスは率先して住居の候補をリストアップし、多忙なブラッドの分まできっちりと内覧にも行き、判断材料を全て揃え、しっかりと二人で話し合った上でノースにあるタワーマンションに決めたのは数週間前の話だ。
     とりあえず生活に必要そうな物をある程度運び込み、実際にそこが自分たちの拠点となるかが決まった段階で更に家具の調達や私物の移動を検討しようと、そう考えた上での入居日を間近に控えたタイミングで、フェイスが冒頭の言葉を口にしたのだ。
     住居を決めた時こそ、ブラッドはさして気に留めていなかったが、その際にフェイスが譲れない条件として防音がしっかりしていることと、ペットを飼うことがOKであることを挙げていたことは記憶の片隅に残っていた。前者に関しては一切の疑問は無かったものの、そういえば後者に関しては詳しく言及しなかった――というより、思いの外気が回っていなかったな、などとブラッドが思い返す中で、フェイスは更にこう続けた。
    「将来的に俺たちの間で子供が持てるかなんて正直分からないけど――」
    「っ、おい……お前、今、何を……」
     弟の口から飛び出たとんでもない言葉に思わず飲んでいた日本茶に噎せてしまったブラッドだったが、それはフェイスの想定の範囲だったようで平然とした顔を浮かべたまま再び口を開いた。
    「俺たち、そういう真剣なお付き合いをしてるんじゃなかったの」
    「いや、確かにそれはそうだがそれとこれとは――」
    「将来を見据えた話をするのに早すぎる、なんて言わないよね」
    「飛躍しすぎだ!」
    「とにかく」
     らしくもなく動揺するブラッドに、平時であれば笑い声の一つでも漏らしそうなフェイスは、けれども今は至って真面目な顔のまま。そんな弟の、ある意味珍しい佇まいにブラッドも一度呼吸を整え、先を促した。
    「子供がどうの、っていうのは先の話として――新居に移るのを機に、ペットを飼ってみる、っていうのをしたくなったんだよね」
    「ペット」
    「そう、ペット。成長したら大きくなるような動物、っていうよりも小動物かな。うさぎとか、ハリネズミとか、ハムスターとか」
     ああでも、ハリネズミはオスカーが飼ってるから違う動物の方が良いかな、などとフェイスがぼやく中、ブラッドは漸く思考が追いついたようで、ふむ、と小さく声を漏らす。
    「オスカーに感化されたとでも」
    「いや……うん、無いわけじゃないけど、それは小さなきっかけにすぎないかな」
    「ほう」
    「ほら、折角二人の新居を用意したところで、ちゃんと帰ってこなかったらあんまり意味がないでしょ」
     意味、という言葉が維持費などといった金銭的なところを指していないことなど、勿論ブラッドにも理解はできた。
    「小動物が居たら、帰ってくる理由ができる――そう言いたいのか」
    「まあ、簡単にまとめるとそうなるかな」
    「帰ってくる理由など、他にいくらでも作りようなど――」
    「ブラッド」
     どうも自分の考えが正しく伝わっていなさそうだ、と感じたフェイスはやんわりと、それでいてやや真面目な声でブラッドを制した。
    「単なる理由作りのためにペットを飼いたいなんて、そんな無責任なことは言わないよ。飼ってみたいっていうのも純粋な俺の本心。その上で、その仔を理由に俺たちが俺たちの家に帰ってこなきゃいけないって――っていうよりどちらかというと、帰ってきたくなるようになったら良いかもって思ったんだよね」
     フェイスの言葉を静かに聞いていたブラッドは、少し重ための溜め息を漏らし、そして。
    「お前が、軽率にそのようなことを言う人間だとは勿論思っていない」
    「うん」
    「きちんと責任感を持って養えると言うなら、俺からは何も言うまい――ただ、お前が言うように、俺がその仔のことを想えるかは、正直分からない」
    「いいよ――そう言われるかも、っていうのも織り込み済みだから」
    「なら好きにするといい」
    「オーケー……ありがとう、お兄ちゃん」
     そう言って触れるだけのキスをしてきた弟に、ブラッドは仕方なさそうな顔を浮かべつつも、とはいえこれはこれで新生活への期待が増えたかもしれないと、そう思った。

     ――などと話したことを、忘れていたとは俺もどうかしていたな。
     この仔を迎えるに至る会話をここに来て思い出したブラッドは、差し出された手の上にちょこんと乗ったハムスターに恐る恐る手を伸ばし、そして。
    「……触れて、良いのだろうか」
     再度確認の言葉を投げかけてくる兄に、フェイスは心底呆れた顔を向ける。
    「だから良いに決まってるでしょ。今日から俺たちの家族の一員なんだから、お互いちゃんと慣れてくれないと」
    「お前には随分と慣れているようだな」
    「アハ、もしかして妬いてる」
     揶揄うようなフェイスの声に、ブラッドは少しわざとらしく、そしてあくまで表情だけは不満そうな顔を浮かべた。
    「……だとしたら、どうする」
    「まあ、素直に嬉しくはあるけど――そんなんじゃこの仔との生活、持たなくなるよ」
     ねー、とフェイスはそっと手の中のハムスターを指で撫でてやる。
    「で、いつになったらブラッドはこの仔にちゃんと挨拶してくれるのかな」
     そう言ったフェイスは、再びその手をブラッドに差し出す。
     フェイスの手の中で、随分と安心した様子でリラックスしているハムスターを見遣ると、ブラッドは漸く意を決した顔を浮かべ、そして。
    「…………愛らしいな」
     自分が触れても嫌がるどころか、寧ろ気持ち良さそうに体を揺するハムスターに、ブラッドはほっとした声を漏らす。
    「まったく、何をそんなに不安がってたんだか」
    「生憎と普段触れ合っている小動物は気性が荒いものでな……」
    「ハリネズミっていうか、アレキサンダーと一緒にしないでよね」
     苦笑交じりにそんな言葉を口にはしつつ、フェイスとてその気持ちが分からないわけではない。
     まだ先が見えぬ新しい生活にも、こうして家族が増えたことにも、それなりの不安が伴うのは当然のことであって、そして。
    「まあ、こんな調子じゃちょっと先が思いやられるかなって不安にもなっちゃうけど――期待もしちゃって、良いんだよね」
     ね、といつの間にか自分の手を離れ、ブラッドの手の中で丸まっている新しい家族にフェイスは暖かな視線を向ける。
     すると彼の様子に気付いたのか、それとも偶然か、ハムスターが小さく鳴いてみせた。
     そんな姿にフェイスも、ブラッドも、思わず笑みを溢し――そして顔を見合わせまた笑い合う。

     こうして多少の不安と、それを上回る期待を抱きながら新たな生活を始めた二人は――こうして迎えた新しい家族を巡って、互いに嫉妬し合う未来が待ち受けていることをまだ知らない。

    flowers behind the wheels
    「キーは」
     淡々としていながらも柔らかなその声に振り向くと、フェイスは指に引っ掛けたキーリングを胸元より少し上の位置で軽く振ってみせた。
    「ここにあるよ。あ、花は積んでくれた」
    「ああ、ちゃんとウィルに見立ててもらった良い物をな」
     そういって車のバックシートを指差す彼に向かい、フェイスは軽く笑んでフロントドアに手を伸ばす。
    「OK。じゃあ、行こうか」
     その言葉を合図に、彼は助手席に、そしてフェイスは運転席へとその体を滑り込ませた。
     今日は二人揃ってのオフ。目的地は実家、運転は免許を取ったばかりのフェイス、そしてその隣には、勿論――。

     数週間前。
    「えっと、運転の練習に付き合うって……俺たちがか」
     ウエストのリビングにて、やや深刻な顔をしたフェイスに話があると持ちかけられたメンター二人は、その内容に思わず顔を見合わせて明らかに困惑した表情を浮かべた。
    「二人だって知ってるでしょ、俺が免許取ろうとしてるってこと」
    「それはまあ、な」
     運転免許の取得は、ヒーロー活動において必要不可欠ではないにしろ、有益であることに違いないということで、筆記試験のための勉強や実技に向けた練習などはある程度実務扱いとされ、また費用の大半を経費として計上することができる――それは運転に興味のない人間にとってさして魅力はないものの、逆に免許取得に積極的な人間にとっては大変都合の良い制度だった。そういう意味でフェイスは後者の方の人間であり、この制度について知った次の日には――無論経費で――教本をタブレット端末にダウンロードしていたのだった。そして、更にその一週間後――つまりは、この日から数えて丁度一週間ほど前に、筆記試験を受けてきたはずだと、そうキースは記憶していた。
     面倒事を嫌うこのメンティーは、こと自分の興味があることや自分にとってメリットを見出せることに関しては普段のやる気の無さが嘘のように積極性を見せる――それは、こうしてある程度の時間を共に過ごしてきた身としては承知の上だったが、それを加味した上でも今回の行動の早さは異常なほどだった。しかしながら、自分だけではどうにもならないことがニューミリオン州における運転免許取得の条件には複数ある。そのうちの一つは、筆記試験合格後の仮免状態から本免許取得まで、最低一ヶ月の練習期間を間に置くこと。そしてもう一つ、仮免で練習を行う際には必ず運転免許保持者が同乗する必要があるということだ。
     この相談は主に二つ目に関わることであって、そして相談されること自体は何らおかしなことではないはずだった――それを持ちかけてくるのが、ブラッド・ビームスの弟であるフェイス・ビームスでなければ、だ。
    「なあ、これって俺たちである必要、あんのか」
     困惑顔のまま問い掛けたキースは勿論免許を持っているし、その傍らで同じく不思議そうな表情を浮かべるディノも所持者だ。ただ、二人の場合は免許を持っていたところで共に自分の車を持っていないため、それが活用されるのは精々身分証明書の提示を求められた時か、もしくは特別任務にてその技能が必要となった時ぐらいだ。つまり、言わんとしていることは――。
    「俺たちよりも、そういう意味で頼りになる人が身近に居るんじゃないのか」
     ディノの問いの意図するところを、フェイスは正確に理解した上で一言、
    「居るけど居ないよ」
     と、言葉こそ曖昧な返事をハッキリと口にした。
    「いや、なんでそこがブラッドじゃねえんだよ」
     かつて、兄弟が距離を置いていた頃ならいざしらず、今のブラッドとフェイスは元の関係性に戻ったどころか恋人同士だ。しかも、ドライブが趣味だと公言しているブラッドであれば、頼めば幾らでも練習に付き合うのでは、と言外にそう語るキースに、フェイスはあくまで冷静に言葉を重ねた。
    「身内だからって他のセクターのメンターで、しかも多忙なメンターリーダーを私用で拘束するとか、流石にマズイでしょ」
    「それは間違ってねえけど……」
     そう、フェイスの言葉は間違いなく正論だ。そして、この二人の間柄でなければ、確かにそれが道理だと腹落ちもするのだが、とはいったものの。
    「それさ、せめてブラッドに一度相談してみてから俺たちに相談を持ってきた方がいいと思うんだよな」
    「何で」
    「いや、それは……」
     ――お前への執着心が人一倍強いブラッドが。
     ――自分じゃなくて他の相手に相談したなんて知ったら絶対……。
     キースとディノの懸念は彼らが声に出さずとも綺麗に重なるも、フェイスは元よりさして取り合うつもりは無いらしく、メンター達からどういった言葉が来ようとも動じることも無さそうに見えた――。
    「俺がどうかしたのか」
     ――渦中の兄が、姿を見せるまでは。
    「ブラッド……」
    「どうしたんだっていうか、なんで――」
    「ジュニアが入れてくれたが」
     どちらかというと何故ここに来たのか、というのが聞きたいことではあったが、なるほどこの場に居なかったジュニアが出迎えたのであればと、とりあえず一同は納得するも、フェイスは途端に気まずそうな顔を浮かべる。
    「ねえ、どこまで――いや、どこから聞いてたの」
    「せめて俺に相談してから、というところからだったか」
     核心ではないものの、肝心のところではあるその部分が耳に入ってしまっていたとなれば、フェイスが本気で嫌がらない限りブラッドは追求するだろう。そして、本気で嫌がる道理は生憎と持ち合わせていないし、そして何より自分の隣を陣取っているメンターたちが揃って頷いている――要は、観念しろというサインでしかない。
    「とりあえず、ブラッドは座ったら。別に深刻な話じゃないけど、そっちが立ったままだとちょっと……」
    「ああー……俺何か飲み物入れてくるわ」
     フェイスがブラッドに声を掛けたのを受けて、キースが立ち上がった。さり気なさを装おうとして絶妙にそれができていない様子が、僅かながらに気が紛れた。
    「じゃあ、待ってる間にだけど――ブラッド」
    「……どうした」
     やや改まった様子のフェイスにただならぬ雰囲気を感じたのか、ブラッドは少し姿勢を正す。
    「これから一ヶ月、俺に付き合ってくれる気……ある」
    「……一ヶ月と言わず、そもそも俺とお前は付き合って――」
     大真面目な返答をしようとするブラッドに、傍らのディノが少し顔を赤くする中、片やフェイスは呆れを滲ませた視線を向ける。
    「いや、そうじゃなくて……これから一ヶ月、毎日、俺に、付き合ってくれる気があるのかって聞いてるんだよ」
     わざとらしく区切られた言葉、そしてブラッドが俺「と」と言ったのに対し、フェイスが俺「に」と言ったことに――その微細なニュアンスの違いにようやく気付いたらしいブラッドは少しばかり目を見開いた。
     ――いくら恋人だからって、流石にそこまで拘束されるのは無理があるよね。
     ブラッドの表情の変化に、これは難しそうなのではないかなどと想像できてしまったフェイスは早々に見切りをつけ、やっぱり今のはナシだと、口を開きかけるも――。
    「事と次第によっては、喜んで」
    「……へっ」
     自分が声を発する前に、先にブラッドに告げられた返事にフェイスの方こそ目を丸くするのだった。

    「まさか本当に一ヶ月も付きっきりで練習に付き合ってくれるなんて、思ってなかったけどね」
     ブラッドに相談を持ちかけて一ヶ月と少し。
     緊張こそ多少なりともしているのだろうが、それを感じさせることのないしっかりした佇まいで、フェイスはハンドルを握っていた。
    「寧ろ、俺を差し置いてあの二人に同乗を頼むことの方が有り得ん」
     そう言ったブラッドは少し不機嫌さが見え隠れする表情を浮かべており、フェイスは思わず苦笑してしまう。
    「それは俺が悪かったって何度も言ったでしょ。あの時も言ったけど――」
    「俺はメンターリーダーである以前にお前の兄で恋人だろう」
     他の人間が、自分に課せられた立場や責任を蔑ろにして私情を優先するかのような発言をしていたらば、それは非難や叱責の対象ともなるのだろうが、ことブラッド・ビームスに限って言えば、それは有り得ないことだと誰もが口を揃えて言うだろう――己の責務を完璧にこなしながらも、弟を最優先に出来るだけの技量を彼は持っている。
    「結局俺は、ブラッドのことを信じきれていなかったってことだったんでしょ。それはほんと、悪かったって思ってる……ごめんね、お兄ちゃん」
    「信じてもらえていなかったなどとは思っていないし、そもそもお前の心配や懸念は世間一般的に考えれば妥当だろう」
    「なあに、自分は規格外だとでも言いたいの」
    「言ったら悪いか」
    「アハ、それが言えちゃう上、有言実行しちゃうブラッドだったら良いんじゃない」
     そうこう言っている内に、フェイスが運転する車は――ちなみに免許取得祝いにブラッドから贈られた新車だ――目的地に辿り着いた。
    「しかし、免許を取った後に真っ先に行きたいのが実家だとはな」
    「丁度母の日が近かったからだよ――これも親孝行ってやつでしょ」
     車を停め、そして降りたフェイスが後部座席を開けて、ブラッドが用意した母への花束に手を伸ばそうとしたその時。
    「フェイス」
     呼び止める声に顔を上げブラッドの方を見やると、その隙に彼は先に反対側からドアを開け、花束を手に取っていた。
    「ちょっと、ブラッド――」
     俺が取ろうとしたのに、と言いかけたフェイスが非難の目を向けかけると、ブラッドはドアを開け放ったまま急ぎ足で自分の方に回ってきた。
    「母さんに渡す前に、お前にと思ってな」
    「えっと、何を……って、これ」
     戸惑うフェイスの前に差し出されたのは、小ぶりのカーネーションの花束だった。
     母のために用意された物が赤のカーネーションが中心になった大ぶりのものであったのに対し、差し出されたそれは紫と青の花で作られていた。
    「……珍しい色を、揃えたんだね。その、なんで……」
    「免許合格祝いにと――まあ、多少の願掛けだな」
    「願掛けって、あんたでもそういうことするんだ」
    「単なる保険のようなものだが、しておいて悪いことなどないだろう――受け取ってくれるのであれば、の話ではあるが」
    「何に対する願掛けなのか次第では、喜んで」
     奇しくも、数週間前の自分と似たような言葉選びに苦笑しながらも、ブラッドは告げる。
    「カーネーションの花言葉なんだが、赤は――」
    「母への愛、でしょ」
     フェイスの言葉に頷き、そして続けようと口を開くブラッドだったが。
    「青は――」
    「青は永遠の幸福、紫は……気品、っていうよりも誇りの方を考えてたのかな」
     すらすらと花言葉を口にするフェイスに、ブラッドは少し驚いた様子で彼を見やる。
    「知っていたのか」
    「伊達にウィルのルームメイトをしてたわけじゃないんだよ、って言いたいところだけど――じゃあ俺からも贈り物しても、いい」
     そんな言葉と共にフェイスがジャケットの内ポケットから取り出したのは、一枚の短冊状の紙――栞だった。
    「これは……これもカーネーションか」
    「押し花なんて久しぶりに作った気がするけど、案外形になってるでしょ」
     栞の上に見事な花を咲かせていたのはピンクのカーネーションを押し花にしたものだった。
    「その花束が俺とのこれからへの願掛けだって言うなら、俺からはこれを贈らせて――伝えたい気持ちはこんなんじゃ足りないくらいだけど、これならその分ずっと持っていてもらえると思って」
     赤や青、そして紫色の花言葉を知っているブラッドが、ピンクのそれを知らないはずがないでしょと、言外に告げるフェイスに、ブラッドは。
    「……今すぐ、タワーか……俺の部屋に連れて帰りたくなった」
     少しだけ顔を赤らめて、そんな身勝手を憚ること無く口にできる相手など自分しか居ないだろうとフェイスは少しの優越感に浸りながらも笑い声を上げる。
    「アハ、母さんに感謝を言うのが先でしょ――その後ならいくらでも」
    「そうだな」
     そうして二人は自然と手を繋ぎ、揃って実家のドアステップへと歩み出す。
     そして、当初の予定通り泊まっていけと勧めてくる母と、すぐにでも二人だけの時間を過ごしにブラッドの個人宅へと行きたい気持ちとの間で兄弟が葛藤するのは、この数時間後のことだった。

    promise in your arms
    「ねえ、ウェディングブーケってどんな花使えばいいと思う」
    「……は?」
     尋ねた側はごく何気なく問いかけたつもりだったのだろうが、尋ねられた側からすればよほどの予想外だったようで、故にブラッドがどうにかそんな声を返すのにはたっぷり数秒の時間を要することとなった。
    「何、その反応」
     尋ねた側――フェイスは、そんなに驚くことかと言わんばかりに疑問気な表情を浮かべるが、ブラッドはそれこそ心外だという顔を返す。
    「いや、お前こそ一体何だその脈絡の無い質問は」
    「あのさあ……今までの俺の話、ちゃんと聞いてた」
    「それは……」
     ブラッドにしては随分と珍しく言葉に詰まった様子で、フェイスは内心怪訝に思いつつも、とはいえあろうことか兄が真面目に自分の話を聞いてくれていなかったらしいことへの苛立ちの方がよほど強かったのか、不機嫌さを顕にする。
    「まさか本当に聞いてなかったの」
    「その、例のホテルの――」
    「なんだ、聞いてたんじゃん」
     それなのに何故そんな反応なのだ、と言外に語るフェイスの表情に、ブラッドは少し気まずそうな顔のまま先を促した――よもや、たとえ弟本人が当事者ではないにしろ結婚などという言葉が出てきて柄にもなく動揺し、途中から言葉が耳に入っていなかったなどとは言えるはずもない。
    「だから、企画の一環としてそういった小物のことも考えないといけなくなっちゃって。アニキ、ウィルのメンターなんだし花について少しは詳しいんじゃないの、って思って」
     溜め息混じりにそう繰り返してくれたフェイスの言葉に、ブラッドは漸く合点が行ったようだった。そして、彼の理屈も理解できる上、元ルームメイトにして同期という繋がりを持っているはずのウィルではなく、あえて自分に相談してくれたことは素直に嬉しく思えたのだ。
     とは言ったものの、フェイスの問いに満足に答えられるほどの知識を自分が持ち得ているかというと、それはやや悩ましくはある。いくら直属のメンティーが花屋の息子だったところで、日常的に花の話をするわけでもないのだから。
     ――だが、そういえば。
     たまたま、雑談程度にウエストの面々がガーデンチャペルでの催しに参加するという話をルーキーたちとしていた流れで、当のウィルから少しだけブーケの話が出たのを思い出したブラッドは、その時何を言われたのか記憶の糸を手繰り寄せながら口を開く。
    「具体的な決まり事などがあるわけでは無いようだが、使う花の種類やその色などが持つ意味を意識して作るべきだとは言っていたな」
    「ああ、花言葉のこと」
    「そうだ。花そのものが持つ花言葉もあるのだが、色によって花言葉が異なる場合もあるようだからな」
     その言葉に少し考え込む様子を見せたと思えば、フェイスはブラッドの言葉に頷いてみせた。
    「なるほどね。まあ、適当に作るものじゃないとは思ってたけど、花言葉はちゃんと意識しないと、だね――ありがと、参考になったよ」
    「まあ、その辺りは詳しい人間に聞くのが筋だろう。後でちゃんとウィルに話を聞いてくるといい」
    「……ああ、うん。そうするよ」
     その言葉と共にフェイスは立ち上がりキッチンへと向かった――手に空のグラスを持っているということは、それを片付けに行くのか、飲み物を足すつもりなのだろう。

     二人しか立ち入ることのないこの部屋。
     揃いのグラスに、冷蔵庫の中に常備されているのは各々が気に入っているドリンク。
     されど、成人したばかりでまだ『ヒーロー』としての立場も確立していない彼は、何より自分と血を分けた実の弟だ。これが、今の自分達に許される限界だ。
     それだけでも自分達にとっては十分だと、少なくとも自分は思っている。そしてきっと、フェイスもそうだろうと思っている。
     けれども、こうして何かの拍子で結婚の話題が出る度につい考え直してしまうのだ――果たして、本当にフェイスも、そして自分も現状に満足できるのだろうか、と。
    「ブラッドにも何か入れようか」
     そんな言葉がキッチンから飛んでくるまで、ブラッドはそんな思考のループに囚われたままだった。
     ――満足なんて、できるはずがないのだろうがな。
     そんな結論にブラッドが達したことに、勿論フェイスが知る由などは無かった。

    * * *

     数日後、ガーデンチャペルにて。
    「ちょっと、あんたまで来るなんて聞いてなかったんだけど」
     責めるような口調ながらも、どちらかというと恥じらいの方が目立つ声に――そしてそれが向けられた方にキースとディノが揃って顔を向けると、そこには片や自分達と同じく白を基調としたスーツを、片や黒を貴重としたスーツを見事に着こなした兄弟が居た。
    「今回は来るなと言われた覚えは無いし、何よりキースが見苦しい着こなしをしていないか確認する必要があったからな」
     そういえば、キースの衣装を用意する際、ブラッドをも巻き込んだ一悶着があったとディノが言っていたな、とフェイスは思い出した。それであれば、とりあえずこの場に居る理由自体はある程度合点は行く。
    「なんでも、お前たちルーキーの方からデモンストレーションを行いたいと申し出たそうだな」
    「情報、何でブラッドにそこまでダダ漏れてるの……って、まあ『ヒーロー』として仕事する以上、その辺も把握されてて当然だったかな」
     考えながらそれをそのまま声に出していたフェイスに、ブラッドは頷いて見せ、そして、
    「他セクターのルーキーの成長ぶりをこういった形で見られる貴重な機会だからな」
     などと言ったと思えば、フェイスの頭に一瞬手を持って行きかけ、その髪に触れる間際にその手を肩に移動させて軽く叩いてやる。
     ――頭じゃなくて肩ってのは、俺の髪を乱さないよう気を遣ってくれたってとこ、かな。
     ――兄弟間ならこれぐらいのスキンシップであれば不自然でもないだろう。
     交わした視線から、大体互いが考えていたことが把握できたのか、兄弟は軽く笑い合う。
    「まあ、そういうことなら適当に見てて」
    「ああ、楽しみにしている」
     そう言ってブラッドと別れ、ウエストの面々と合流したフェイスは、予定されていた通りにイベント進行に関わり、その姿にはブラッドも心から満足したような様子を見せていた。それを視界の端で密かに捉えていたフェイスが内心ホッとしていたのは本人のみぞ知ることだ。
     そして宴もたけなわ、招待客達もややまばらになりつつある頃。
     その頃合いを見計らっていたのか、極力目立たないように――と言っても、その存在感からある程度声は掛けられてはいたのだが――、あくまで一人の観客に徹していたブラッドがまずキースとディノの方に歩み寄った。その時、丁度ジュニアと共にホテルのオーナーと話をしていたフェイスはそれを一瞬横目で見遣るも、別に同期同士で話していたところで何ら不自然なことも、自分が気にすることでもないだろうと自身に言い聞かせた。
     そうして同期達と一言二言交わし、そしてキースから何かを受け取った様子のブラッドは、丁度同じぐらいのタイミングで話を終えたらしいフェイスの元へと足を運ぶ。
    「フェイス、お疲れ様だったな」
     まずは労いをと思って掛けたそんな言葉に、フェイスは緩く笑って応えてみせた。
    「どうも……わざわざ最後まで居たんだ」
     忙しいんじゃないのか、と言わんとしているのだろうと理解したブラッドは一言、
    「今日は、ちゃんと時間を取っていたからな」
     と、安心させるかのように柔らかい口調で告げる。
    「で、何なの、それ」
     それ、が自分の手の中にある――先程キースから受け取ったばかりの品のことを指していることは、勿論分かっていた。絶対にそれについて言及してくるのだろうなとも、予想していた。
     だから。
    「お前に渡したかった」
     そう言ったブラッドが自分に差し出してきた物を――ブーケを見遣りつつ、フェイスは、
    「…………はあ?」
     と、溜めに溜めた後で漸くそんな声を出した。
     その一言どころかたった二文字に、何で俺だとか、そもそも俺は男なんだけどだとか、様々な感情が入り混じっていることなどは容易に理解できたし、寧ろその反応自体がブラッドの想定通りだ。
     だからこそ、ブラッドは気を落ち着けるようにゆっくり深呼吸し、そして。
    「折角お誂え向けの装いをしているのだから、と思って渡したかったんだ」
     丁寧に紡いだ言葉は、されどフェイスには未だ理解されていないようで、彼は困惑した顔のままだった。
    「えっと……ブーケってさ、未婚の――」
    「女性が受け取るもので、受け取った彼女が次に結婚するだろうと――そういう言い伝えがあるのは俺とて知っているが、ブーケには他にも意味があることを知っているか」
    「ああ……厄除けとか、虫除けとか? わざわざそんなものがなくても俺にはとっておきのガーディアン(守護者)が居るし、そんな物必要ないと思ってたけど」
     フェイスの言葉に軽く頷きつつも、ブラッドは更に言葉を重ねる。
    「約束された相手が居るという証――さしずめエンゲージメントリングのようなものだとも、言われているそうだ。無論、諸説あるのだろうがな」
    「約束された、相手」
     ブラッドの言葉を反芻しつつ、フェイスはいつの間にやら自分の手の中にあったブーケ――と言っても、まだブラッドもブーケを手にしたままで自分の手に握らせようとしているようだった――に目線をやる。
     バラやカサブランカ、かすみ草にガーベラ――入っている花こそやや定番でありながら、その裏の意味が分かるからこそ、それは間違いなく自分に伝えたい事がある人間が、自分に向けて作ったものなのだとしか思えなかった。
    「つまりこれが、アニキの気持ちだってこと」
    「願掛けなど、らしくもないとでも」
    「いや――それだけアニキにもどうにもならないものなんだって思われてるなら、寧ろ本望かもね」
     この兄にとっても、自分はそれだけ容易く手に入らないものなのだと、それだけ意識されているのだとすれば今口にした通り――本望だ。
    「それで、受け取ってくれるのだろうか」
    「――そんなこと、わざわざ聞かないと、分からない」
     そう問いかけながらも、フェイスはブラッドの手から奪うようにブーケを手に取った。
    「いいよ、約束しよう――この先もずっと、俺はあんたのもので、あんたは俺のもの――で、いいんでしょ」
     試すような、挑むような目付きに、ブラッドは一瞬目を瞠りつつも次の瞬間口角を上げてみせた。
    「お前さえその気ならば、勿論」
    すぎの。 Link Message Mute
    2022/07/10 16:35:48

    BF log: BF愛レコワンドロライ

    タイトル通り、BF愛レコワンドロライまとめです。

    precious snow(2月:『雪』)
    crowned in blooms(3月:『花かんむり』『花吹雪』)
    starting anew(4月:『小動物』『期待と不安』)
    flowers behind the wheels(5月:『ドライブ』『カーネーション』)
    promise in your arms(6月:『花ブーケ』『約束』)

    #ブラフェイ
    #腐向け
    ##bf愛レコ

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    • drink, drank, drunk2022/6/11『ゆりかごから送る愛のレコード』参加時のお土産ネップリ。
      初めての飲酒の場に立ち会えなかった系お兄ちゃんが何かをこじらせかけるお話。

      #ブラフェイ
      #腐向け
      ##bf愛レコ
      すぎの。
    • re/sound #エリオスライジングヒーローズ

      2ndアニバに因んで、フェイス主軸の13期総出の奮闘劇(CP要素ほぼ無し)、のTwitterからの再掲with誤字脱字修正。
      ややベスティやら兄弟やら西師弟やらへの偏り(特にベスティ)がありますがその辺りはご愛嬌ということで。
      視点変更毎に時系列がややバラバラだったりするので(そのままの順でも普通に読めます)、敢えて時系列順でご覧になられたい方はチャプター順でどうぞ。

      Happy 2nd Anniversary, dear HELIOS!
      すぎの。
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