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GALLERIA[ギャレリア]は創作活動を支援する豊富な機能を揃えた創作SNSです。

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    ラ・メレディクション・ダモーレ けだるく、重い瞼を開けば、淡く色づいた液体に揺れる世界が目に入った。人一人が容易に内部へ収まってしまうほどの巨大な水槽の内側で、少女はゆっくりと自らの手を見下ろし、手を握り、開く。褐色のくりくりとした瞳を左上の虚空へ向け、目覚めたばかりの頭で思索にふける。自らの名前、来歴、生年月日、実年齢。おおかたの記憶を掘り返し、それが目覚める以前のそれとたがわぬことを確認すると、少女は満足げに頷く。どうやら記憶の継承はつつがなく行われたようだ。
     魚の子供が卵の殻から飛び出そうとするかのように、少女は水槽の中でくるりと弧を描く。本来内側からは開かない作りのそれであるが、「継承」の下準備として細工は施してある。幸いにも機能は停止していなかったらしく、少女の小さな指先が水槽の蓋に触れると液体が排出され、ガラスの隔たりがゆっくりと下がった。液体が溢れて濡れた床を少女の小さな足の裏が踏み、波紋が広がる。腰ほどまでもある栗色の髪を払い、少女はまじまじと自らの体を見下ろした。
     歳は九つか十といったところだろうか。テーブルが己の胸程もの高さがある。少しばかり小さく作りすぎたかもしれないが、何分時間がなかったが故のことである。過去の己と妥協しくりくりとした目をめぐらせると、少女はテーブルに畳んで並べられた衣服を取った。小枝のごとく細い腕を通せばワンピースは丁度良い着心地であったが、白衣は大きすぎた。ほとんど脱げかけた白衣の裾を翻し、簡素なサンダルのかかとを整え、ゆっくりと周囲を見渡す。
     かつての自分から記憶の継承が行われ目覚めるまでにいかほどの時間が経過したかはわからないが、しんと静まり返った部屋は最後にここを後にしたときと何ら変わりがなかった。己の計画の達成に当たり「この体」が余波による損傷をこうむることは避けたかったがゆえこのような僻地を継承の場として選んだものの、果たしてそれが吉と出るか凶と出るかは未知数であった。
     随分と背の高く見える扉の前に立ち、少女はつま先立ちとなりドアノブの隣に据えられた小さな板に触れる。あらかじめ設定しておいた文字列をそこに刻めば、かちりと小さな音を立て錠が口を開けた。ほとんど凭れ掛かるようにドアノブを押し下げ、外へ押しやる。外の世界の微かにぬるい大気が頬を撫でた。かつては閑散とした森にほど近い通りだったはずだが、かつての緑色は失われ、そこには赤茶色の枯れた大地が広がっている。すうと目を細め、少女は髪をかき上げ、ぽつりとつぶやいた。
    「さて、あの子はどこかしら」

     バイルン王国。大方の人間がこの国の名を聞けば、まず学問を思い浮かべるであろう。豊かな森と、いくつかの河に隔てられた大地は人に恵みを与え、それは富をもたらし、富は人々に余裕を呼び、そして余裕は知識への探求をはぐくんだ。バイルンにて学びを得るために各国から貴族の子女が留学に訪れることも珍しくないのである。
     だが、それはかつてのこと。過ぎ去った過去であり、記憶の幻影である。
     いま、イリアの目の前に横たわっているのは赤茶けてかわき、砂のように崩れた大地と、赤茶色の得体のしれない「なにか」によって腐食され黒々とやせ細った木々であった。かつて各地を巡った際にも目にしたその「なにか」は確実に増殖しており、道行く際にこれを目にしない場所はないほどである。
    「触らぬ方がよい、のじゃろうな。これは」
     もとは青々とした葉を付けていたであろうナラの木を蝕む「なにか」をしげしげと眺め、たっぷりとした外套を纏った娘は呟く。フードから伸びる獣にも似た一対の長い耳がぴくぴくと震えた。
    「何かわかりそうかな、ロザリー」
     ロザリーと呼ばれた娘はふむと答え、「なにか」をじっと見つめる。
    「カビか、コケの類じゃろうか。じゃが、一番よく似ているのは錆かのう」
    「さび」
     黒髪をなびかせて首を傾げる娘――イリアに、娘は続ける。
    「そうじゃ。ほったらかしにした鍋によくついてくるあれじゃな。これは土や木、石にも表れておるが……、鉄や金属を腐食するようにこれらも蝕んでおるのかもしれぬ。錆に覆われた鉄は脆くなり、やがて朽ち果てて崩れ落ちる。それと同じように木や土も朽ちてしまっているのじゃろうな。いずれにせよ、これは普通の錆ではない。魔力を帯びておる。儂の言いたいことはわかるじゃろう」
    「魔女」
     ぽつりと呟く娘に、ロザリーは鷹揚に頷く。
    「そうじゃ。それもこれほどの規模じゃ。並大抵の魔力ではない……、『クリファの魔女』の力によるものに相違ないじゃろうな」
     じくじくと広がっていく錆を見下ろし、イリアは口を真一文字に引き結んだ。
     魔女。それは世界に厄災をもたらすもの。地の底、地獄の住民たる悪魔の使いにして器。その邪知により人間を陥れ、たぶらかし、破滅をもたらす。人間の破滅は魔女、ひいては悪魔の最高の甘露であり、これを求めて魔女は人間の間に交じり、じわじわとその毒を広げていく。そして、その中でも最も邪悪にして強大なる十体の魔女こそがクリファの魔女。それは地獄より這い出した悪魔が化身した存在であり、世界の崩壊を招いた災いの根源であるとは教会の弁である。
     だが、それらは真実ではない。魔女の力は心の力。厄災とはすなわち魔女とされた人間が強い苦しみや悲しみに苛まれた結果あふれ出した感情が災い――呪いの形を取り人を襲ったものである。魔女が力によって災いをもたらすのではなく、心の力があふれ出してしまったものが魔女と呼ばれ貶められているに過ぎない。そして、クリファの魔女とはあまりにも強い悲しみ、苦しみ、絶望に染まりきり感情の本流に飲み込まれたものたちであった。あるものは両親を失った悲哀に、あるものは苦痛に耐えきれぬ絶望に、あるものは家族を焼かれた憤怒に食らわれ、ただ荒れ狂う感情のままに力を暴走させた。
     しかし、それを知る者は多くない。ほとんどの場合、魔女はそれと知られれば周囲から拒絶され、孤立し、そしてやがて教会の手で「浄化」されてしまう。
    「さて、ここで考えても致し方ない。我々は教会よりも先にあわれな魔女を見つけなければならぬ。して、アイリスと領主殿はまだかのう」
    「馬車を調達してくるって言ってからしばらく経っているから、そろそろ来る頃だと思うけれど」
     錆から視線をそらした娘の目に小型の幌馬車が止まる。手綱を取る白磁の髪に艶やかな鎧姿の娘がイリアに向け軽く手を挙げた。
    「待たせたか」
    「アイリス……、4人乗るにはちと厳しい馬車ではないかのう」
     道草を食おうとする栗毛の馬に耳をひくひくさせる娘に、アイリスと呼ばれた白磁の髪の娘は眉間にしわを寄せた。
    「仕方がないだろう。ほとんどの馬車は車軸が朽ちてだめになってしまっていたんだ。歩けばいいだろう」
    「御年百歳超えの大魔女に鞭打つとは手ひどいことを言う」
    「あ、私は歩きますから……、ロザリーは座っていてください」
     馬車から顔を出した青年に、アイリスは色を変えて叫ぶ。
    「領主様、甘やかしてはいけませんっ」
    「普段から皆には手助けして頂いてばかりですので、少しくらいは私も手伝いをしたいなと」
    「いけません、絶対にいけません。ロザリーは甘やかせば猫のようにいくらでも甘えに乗ってきます。厳しいくらいでちょうどよいのです」
    「ひどい言われようじゃのう!」
     ピンと立ったフードから文字通り猫の耳を覗かせ、ロザリーは口を尖らせた。

      結局、馬車には領主とロザリーが座り、イリアとアイリスは護衛もかねて歩くことで決着した。先ほどより腐蝕の影響が少ないのか、徐々に青い葉を付けた木が目立つ森の中。あまり整備されているとはいいがたい、でこぼことした道である。時々荒れ果てた大地にしがみつき生きながらえている衆生のあずまやの前を通り過ぎ、日の光が南を少し過ぎたころ。突如イリアが立ち止まった。
    「どうした」
     腰に下げた剣に手をかけ、白磁の娘が短く問う。しんと静まった森の上で、いくつかの鳥が高く鳴きながら通り過ぎた。
    「誰か近くにいる。それも複数で……、何かを追いかけている」
     返答もなくアイリスが剣を抜く。常日頃より磨き抜かれた刀身が午後の陽光に白く輝いた。
     突如、前方の茂みが揺れ、何かが飛び出した。獣ではない。だぶついた白衣を翻し、栗毛の少女が息を切らし背後を振り返る。その後ろからがさがさという木を掻き分ける音と、金属同士が触れ合う硬質な音が続く。幾人かの騎士と、素行がよいとは到底言えぬであろう風体の男が現れる。
    「魔女狩りだっ」
     言うが早いが、アイリスが土を蹴った。
    「ロザリー、援護をお願い」
    「言われずとも承知しておる」
     馬車の幌を吹き飛ばす勢いで衝撃波が放たれ、少女の髪を掴もうとしていた騎士を吹き飛ばした。不意を突かれ動きの止まった男の肉が付きすぎた腹を白刃が貫く。
    「貴様ら、何者だ。聖槍教会に弓引くことが何を意味するか理解しているのか」
     怒りをあらわに叫ぶ騎士の装甲の合間を縫い、細身の赤い剣が突き立てられる。
    「よく分かっているよ。だからこそ、生きて返すわけにはいかない」
     イリアが小さく祈りの聖句を唱える頃には、魔女を除き生きているものはいなかった。
    「大丈夫? 怪我はないかな?」
     すとんと座り込んでいる少女に手を差し伸べ、イリアは努めて穏やかな声で語り掛けた。魔女狩りに追われた娘は多くの場合、極度の混迷と恐怖で心を閉ざしてしまっている。周囲とのつながりを失い孤立した魔女が再び心を開くまでに時間がかかることは珍しくない。
    「恐ろしい思いをしましたね。もう大丈夫ですよ。ここにいる人たちは皆、貴方の味方ですから」
     イリアと領主の言葉に応えず、少女は青年が持つ杖をじっと見つめていた。くりくりとした褐色の瞳が右上の虚空を見上げ、少女から幼い声が漏れる。
    「あなた。その杖、誰からもらったの?」
    「えっ」
     青年とイリアは目配せる。青年の持つ杖は、イリアよりもたらされた「浄化」の杖であった。それは呪いを払い、荒れ狂う感情に苛まれる魔女の苦痛を取り払う聖杖であり、本来は聖槍教会に秘匿された神器であった。このことは誰に対しても知られてはならない事項であり、同時に誰も知らないはずのことがらであった。
    「いえ。今はそれどころではないわね。ごめんなさい。助けてくれてありがとう」
    「う、うん」
     動揺を悟られぬようイリアは細く息を吐く。同時に、目の前の少女に面食らってもいた。歳は九つか十ほどに見えるが、少女の言葉遣いと思考の速さ、振る舞いは外見のそれではない。望むまま外見を変えられる魔女の類であろうか。
    「失礼ですが、お見受けする限り教会に追われているご様子。よろしければ我々と同道しませんか。この周辺は危険ですし、我々とて教会とは敵対している身です」
     青年の言葉に、少女はしばらく右上の虚空を見つめ、小さく頷いた。
    「願ってもいない申し出ね。ありがたく厚意に甘えさせてもらうわ」
    「決まりだね。えっと、名前を教えてもらってもいいかな」
     イリアの言葉に少女は少し逡巡し、口の端を持ち上げて答えた。
    「私はメル。よろしくね」

    「メルはどこへ行くつもりだったのかな。もし家族がいるなら、そこまで送り届けてあげるよ」
     ごとごとと音を立てるやや狭い馬車をのぞき込み、イリアは問いかけた。御者台に腰かけ足をぶらぶらさせる少女はうーんと小さく唸る。
    「家族を探しているの。とっても大事な子よ」
    「えっ。それは大変。なにか手掛かりはある?」
    「そうね。気持ちはありがたいけれど……、多分あなたたちは心当たりがないと思うの」
     含みのある言い方に、後ろに腰かけたロザリーが耳をひくつかせた。
    「でも、一目見たらすぐにそれとわかるわよ。あの子、天使のようにかわいいから」
    「随分と入れ込んでおるようじゃのう。こんな世界じゃから、家族との絆は大切にしたいものじゃ」
     随伴するアイリスが天使、と小さく呟いた。
    「そういえば馬宿でこれを借りる際に、天使を見たという噂を聞いた」
    「ほう。教会の聖典にある天使か?」
    「いや、それは分からない」
     手を振る白磁の娘を少女はじっと見つめた。
    「ねえ、その噂詳しく知りたいわ。どこで見たの?」
    「また聞きだからな。信憑性は薄いが。大災害で壊滅した学術研究所の近くの森で天使を見た人がいたそうだ。ただ、その人はひどく取り乱していたと聞くから、錯乱して見た幻覚の可能性はある」
    「天使はどういう形をしていたの?」
    「それも曖昧でな。とにかく白くて、羽が生えていて、光輪があったという。聖典に描かれている天使そのものの外見だったから、天使だとその人は思ったのだろうな」
    「ふうん」
     メルの声色はさも興味なさげであったが、褐色の瞳はアイリスの挙動の一つも見逃さないようにするかのごとく鋭い。
    「ところで、イリアたちはどうしてここに? ここは見ての通り危ないわよ」
    「それは……」
     困ったように眉を寄せる娘に、後部に坐した青年が穏やかに告げる。
    「もう、教えてしまってもいいでしょう。彼女も教会に追われる身ということは、こちらの素性を明かしても問題ないでしょう」
     小さく頷き、イリアは続ける。
    「私たちはね、呪いを浄化しにここへ来たの。この杖を私に託した人が、それを望んだから」
    「浄化って? 教会がいう魔女の『浄化』のことかしら」
     この『浄化』はオブラートに包まずに言えば処刑のことだけれど、と付け加える少女に、イリアは頭を振った。
    「違うよ。この杖は魔女の呪いを払い、大地をかつての姿に戻す力がある」
    「そう。でも、呪いは魔女によるものよね。教会が言うような『クリファの魔女』がここにいるとしたら、あなたたちはどうするの?」
    「可能な限り助けたいと思っているよ」
     イリアは口をつぐんだ。これまでに何度か『クリファの魔女』と遭遇している。それらは杖によって力の暴走を抑えられ、その内からあふれ出す狂乱から解放された。だが、次もそううまくいく確証はない。クリファの魔女とはすなわち苦しみや絶望に飲まれ我を失った存在。荒れ狂う感情の暴走を自らの意志で押さえられず、意思疎通すらかなわない。したがって、これまでのすべてにおいて『浄化』はすなわちまずクリファの魔女の暴走を鎮めることから始まる。それも、実力行使という形で。
    「もし、魔女が暴れていうことを聞かなかったら?」
    「できるだけ傷つけないように大人しくさせるつもりだよ」
    「それでも魔女が浄化を受け入れなかったら? 暴れて危害を加え続けたら?」
    「それは……」
    「殺すの?」
     囁くような声にイリアは返す言葉が無かった。そう、これまでは「たまたま」うまくいったに過ぎなかった可能性は十分にある。次の魔女が錯乱してこちらの説得を受け入れない可能性は十分あるのだ。可能な限り傷つけないよう努めてはいるものの、魔女とはいえその体は人間のそれ。剣で切りつければ血が流れ、心の臓を貫かれれば絶命する。戦いのさなかで手元が狂えば殺してしまう可能性は否定できないのである。
    「儂はそうは思わぬな」
     分厚い書物に目を落としていたロザリーが沈黙を破った。じっと凝視する褐色の瞳を見据え、魔女は言葉を続ける。
    「儂はこれでもう御年百歳の大魔女。かつて主様が儂を救ってくださったように、クリファの魔女を救済するのは決して不可能ではない。魔女の力は心の力。力の暴走は心の暴走。そして心の暴走は孤独と無理解、不寛容から生まれる苦しみや悲しみによって起きる。儂も主様がお隠れになられた時はこの世のすべてが終わってしまったかのような絶望に襲われたが、時間がそれを解決してくれた。一切不変の心はあり得ぬ。たとえ地獄の底に落とされるかの如き絶望であっても、必ず癒える時は来る。悲しい時に泣いて泣いて疲れ切ってしまったあと、しばらくの間悲しみは消えて鎮まる時間があるじゃろう。それと同じだと思っておる」
     栗毛の少女がふうんと鼻を鳴らす。だが、その褐色の相貌は未だ鋭く魔女を観察しているのだった。

     おそらく王立のものであったのだろう。高々と聳える尖塔、侵入者への防衛であろう障壁を備えたそこはしかし、今はすっかり赤茶け、朽ち果て、巨大な生物の骨のようにその崩壊した姿をさらしていた。石畳に舗装された道はびっしりと錆に覆われ、門に据えられた表示板は元々刻まれていた文字が判別できなかった。イリアがさび付いた門に手をかければ、その鉄格子は見る見るうちにぼろぼろと崩れ落ちる。すっかり障壁としての用をなさなくなった高い石造りの壁は、ところどころ崩れて大きな口を開けている。
    「見よ。錆がひどくなっておる。魔力の集まりからしても、ここにクリファの魔女がいるのは間違いなかろう」
     下生えのひとつすら残らぬ錆に覆いつくされた土を指さし、ロザリーが神妙に呟く。正面扉が外れてぽっかりと口を開けた入り口の奥は影となってその様子はうかがい知れなかった。
     崩落した門を抜ければ、そこは広大なエントランスであった。広大な円筒状の吹き抜けの床には旧バイルン王国の国章が刻まれ、曲線状の壁にはおそらくこの施設に出資した貴族や権力者の名が刻まれていたであろう碑文が大きく掲げられており、国章を囲むように伸びる繊細で計算しつくされた螺旋階段は支柱もなしに複雑で優美な曲線を描き天へ上っている。ドーム状の天井はガラス張りで日が差し込み、広々としたホールを照らしている。天井にほど近い上階では巨大なアーチが中央から真っ二つに折れ、その片割れがむくろを床に横たえている。
    「イリア。魔女の位置は分かりそうか」
     ホールの奥に伸びるいくつもの通路の暗がりに素早く目を走らせ、白磁の娘が短く問うた。
    「まだ分からない。あまり魔力を強く発する魔女ではないみたいだね」
     イリアは肩をすくめて答えた。クリファの魔女は自我こそ崩壊しているものの、それは強大な魔力を常に発していることと同義ではない。かつて相まみえた劫火の魔女のごとく荒々しく魔力を発するものもいれば、雪幻の魔女のごとく身を隠すかのように魔力を押さえるものもある。
     ふむと鼻を鳴らすアイリスが口を開くより速く、けたたましい叫びが静寂を破った。
    「おおっ。見よ、未だ書物が無事に残っておる。それもまだ新しいものじゃ」
     いくつもの分厚い書物やメモ書きの束を手に嬉々として通路の奥から姿を見せた魔女に、アイリスは深く深く息を吐いた。
    「……斥候に行ってくる。イリア、領主様を頼む」
     頷く黒毛の娘に手を振り、暗くよどんだ影に白磁の髪を煌めかせながら娘は姿を消す。魔女とのすれ違いざまにあまりあちこちに移動するなよ、と釘を刺して。

     瓦礫の一つに腰を下ろし嬉々としてページをめくる魔女を背後に、イリアは通路の影に目を走らせる。しんと静まり返ったそれらは時の流れを忘れたように沈黙し、深く眠っているかのようであった。
    「どうやらここは元々研究施設のようだったようじゃな。記録がまだ残っておる。見る限り数十年に渡って魔女の力について調べていたようじゃ」
     誰にともなく話し始めたロザリーに娘は生返事を返す。警戒は怠らぬものの、娘の脳裏には未だに少女とのやり取りがこびりついていた。
     もし、浄化しきれない魔女が現れた時。自分は手を下すことを決断出来るのだろうか。杖を受け取った時よりいかなる苦難が立ちはだかろうと必ず使命を果たすという覚悟はしている。だが、現実に目の前に「その時」が来た時。自分は果たして決断できるのだろうか。魔女の力は心の力。力の暴走は心の暴走。魔女はただ排除し、危害を加えるものとして消してしまうべきものではない。許し、愛し、救済すべき対象である。それこそがかつて己に説かれた教義の神髄であったはずだ。
     だが、現実は残酷である。いまや魔女とは死ぬべき存在であるというのが共通の認識であり、教会は魔女狩りに腐心している。魔女の存在を密告した対価を得るために、魔女でない人間を魔女に仕立て上げて売る人間すら存在しているのだ。魔女の処刑とあれば人は寄ってたかって見物し、怯えて泣く魔女にあらん限りの罵倒を浴びせ、その血と苦痛の悲鳴に嬉々として狂乱する。今の世界のありさまを地獄と言わずして何と言おうか。
    「……なんと、魔女の研究員がいたようじゃな。大変優秀な魔女であったのじゃろう。ここのほとんどの書や報告書にこの魔女の署名がある。実に興味深いのう。そしてこれが……これは……? 人造の天使、じゃと」
     陰惨な思いに沈みかけたイリアを魔女の言葉が引き戻した。慌てて視線を走らせれば、食い入るように書に目を走らせる魔女の奥、ホールの中央の陽だまりに少女がぽつんと立っているのが見えた。
    「人の手で人工的に魔女を作り出すじゃと? そのようなことが可能なのか?」
    「できるわよ」
     ロザリーの疑念に答える幼い声に、イリアは弾かれたように顔を上げた。陽だまりの中に立つ少女がくるりと振り返る。微笑んでいたが、その褐色の瞳には笑みなど微塵も存在しなかった。
    「ここはそのための施設だもの。ずっと人の手で魔女を生み出すことを研究し続けていたのよ。何十年もの間ね」
     ぽかんと口を開ける魔女を見据え、少女はとうとうと続ける。
    「魔女の力を研究し、自ら生み出し、制御することで力を得たかったのね、この国の王様は。まあ、そんな動機なんてどうでもよかったのだけれど」
    「……まるでずっと前から知っていたかのような口ぶりだね」
     金色の瞳をすっと細め、イリアは呟いた。ええ、と少女が短く首肯する。
    「騎士に捕まった時はすぐに『浄化』されるだろうと思っていたけれど。それよりも王様たちは私を利用することの方が価値があると思ったのね。ここに連れてこられて、魔女を作り出す研究に協力しろと迫られたわ。それほど興味があるわけではなかったのだけれど……、魔女を人工的に作り出すことが出来れば、魔女を人間に戻すことも出来るわよね。私も魔女の体でい続けることに飽き飽きしていたし、まあ協力してもいいかと思ったわ」
     少女はゆっくりと頭を振る。長い栗毛がふわりと揺れた。
    「うまくはいかなかった。上は人間を魔女に変えるのではなく、無から魔女を生み出せる方法を確立しろと要求してきたの。土が無ければ花は育たないけれど、偉くなるとそんなことも分からなくなっちゃうのね。でも、私の力は残念、というべきかしら?研究におあつらえ向きだった。培養に必要な栄養と環境を確保できれば、私の力で『命』を生み出すことは可能だった」
    「それがここに書かれた『ホムンクルス』かのう? メルティーユ博士」
     分厚い紙の束の最後に施された署名を指さし問う魔女に、博士と呼ばれた少女はにっこりと笑った。
    「話が早くて助かるわね。そう、人工的に魔女を作り出すための器。それがホムンクルス。でも、これで研究は完了した、とはいかなかったわ。ホムンクルスは致命的な欠陥を抱えていた。ホムンクルスは心を持っていなかったのよ。会話もできるし、理性もある。でも、感情が欠落していたの。魔女の力は心の力。感情の暴走が無ければ魔女を作り出すことはできない。そして、最大の欠陥は」
     少女は一度口を閉じ、じっとイリアを見つめた。
    「ねえ、あなた今年でいくつかしら」
    「……十七」
     イリアの答えに、少女は満足げに笑った。
    「ふふ、素直なのね。あなた、自分の心臓が急に止まったらどうしようって考えたことはある? 夜眠った後に永遠に目覚めなくなる可能性について考えたことはあるかしら?」
    「何が言いたいか分からないよ」
     強張った声に、メルティーユはゆっくりと踵を返した。
    「ホムンクルスの寿命はどれくらいだと思う?」
     やや逡巡し、イリアは薄氷を踏むかのように重く口を開いた。
    「……その言い方だと、きっと長くないんだよね。……二十年、くらい」
    「はずれ。正解はね、『三日』よ」
     固く口を引き結び、身を強張らせた娘を一瞥し、少女は言葉を続ける。
    「平均三日、というべきね。目覚めてからたった数分しか持たない個体もいたし、ひと月持った個体もいたわ。でも、どの個体も急に心臓が止まってしまうの。身体機能に欠陥があるわけでも、病気に侵されたわけでもない。あらかじめ生きられる時間が決まっていたかのように、突然心臓が止まって、そのまま死んでしまう。蘇生法をいくつ使ってもだめだった。活動に限界が来てしまえば必ず死んでしまう。本末転倒ね。だから、ホムンクルスは生まれればすぐ死ぬものとして使い捨てを前提にしなければならなかった。生まれたらすぐに実験に使い、壊れたらハイ次。活動限界を迎えるまでに使えるだけ使ったら廃棄処分。そうして数万体の個体が生まれてすぐに死んでいったわ」
     言い終わりの言葉を半ば遮るように、娘は張り詰めた声で叫ぶ。
    「そんなことをして、良心の呵責は無かったの。あなたには心が無いの」
    「あなたは壊れた日用品を捨てる時に罪を感じるかしら?と、『前の私』なら言ったでしょうね」
     肩で息を繰り返す娘の後ろで、報告書の束を閉じた魔女が静かに告げた。
    「まるで今は違うような言い方じゃの」
    「ええ。たった一体、一年以上生き続けたホムンクルスがいた。最初はたまたま長生きな個体としか思っていなかったわ。どれほど苦痛を伴う実験を行おうと、今回は壊れなかった幸運に感謝はしても、可愛そうとは思わなかったわ。その為に造った人形なのだから。毎日、朝その個体が生きていることを確認して、すぐ実験を開始して、その日の予定を終えれば培養槽に戻してまた次の日、それの繰り返し。そうとしか思っていなかった」
    「でも、ある日ね、実験室へ手を引いて連れて行くときに、その子が急に手を握り返してきたの。その瞬間に、私の中で何かがはっきりと変わった。これは生きているだけの人形ではなく、生命であると確信した」
     水を打ったがごとき沈黙に、少女はその見た目に似合わぬ含みを持たせた笑みを浮かべた。
    「今、感動的だと思ったかしら。確かに、あの時から私は別人みたいに変わったと思うわ。それまでは実験の時以外はいなかったけれど、その後はずっと実験室にこもって、その子と話したわ。その子は話しかければ人間のように受け答えしてくれた。好奇心もあるのよ? 私が何か教えれば、『博士、それは何ですか?』ってなんでも知りたがった。特に空については興味を惹かれたようで、何度言葉で説明しても得心がいかなかったようだった。博士、ここの空は白いですねと答えるばかりだった。あの子はここで生まれてから一度も外へ出た事がなかったから、空が青いものだと理解できなかった。その子に空を教えるために写真を取り寄せたし、絵本も読んで聞かせたわ。いつしか私の頭の中は研究のことよりその子のことでいっぱいになっていた。自分の体を魔女から人間に戻すなんていうこと、忘れていた」
    「でも、同時に私の中に恐ろしい予想が芽生えたわ。その子が生まれて一年が経ったとき、ふと気が付いてしまった。この子はあとどれくらい生きられるのだろう、って。今こうして話している瞬間でさえも、急に心臓が止まって死んでしまっても何らおかしくない。ぞっとしたわ。研究が水泡に帰してしまうなんてどうでもよかった。目の前で博士、って呼んでいつも私の後ろをついてくるこの子が死んじゃったらどうしよう、ということしか頭になかった」
     褐色の瞳がイリアを、魔女をじっと見つめる。
    「クリファの魔女と普通の魔女、どこが違うか分かる? 左眼に数字が刻まれているか否か、それは表面的な違いね。魔力の量、惜しいわね。魔力の量は桁違いだけれど、それはどこからくると思う? 爆発的な感情、それはきっかけに過ぎない。より根本的な違いは……『天使』が器に宿っているかどうかよ」
    「御伽話みたいだと思うでしょう? でも、違うわ。教会の説く神話、あれは御伽話でもたとえでもなく、本当のことなのよ。世界には生命の木があり、天上には神と天使が住まい、地の底には悪魔が蔓延る。絶望と悲しみの爆発によって器に天使を降臨させ、その嘆きと肉体という檻をもって器に閉じ込め、その力を呪いという形で放出させる。器は莫大な力を得る事と引き換えに絶望に飲み込まれて自我を失い、世界は溢れ出した呪いによって崩壊する。それがクリファ計画」
     ぴくりと長い猫の耳が跳ねた。
    「クリファ計画? 魔女を作る研究をしていたのではなかったのか?」
    「あの子が生まれてまもないころ、私は遅々として進まない研究に手を焼いていたわ。そんな時にあの女、教皇が私に面会したいと言ってきたのよ。突然やってきた教皇は神話についてとうとうと話し始めたわ。馬鹿馬鹿しいと思ったけれど……、でも、教皇の説く理論に従うと、驚くほどすんなりと研究が進んだのよ。そして、あの子はついに魔女の力を発揮した。感情を持たないはずのホムンクルスが魔女の力を持った。数万体のホムンクルスの犠牲の上に作り上げられた最高傑作に、皆喜び祝福したわ。そして、魔女としての力を持ったその個体に『人造天使Artificial Angel』からもじって、『A.A.』という名を付けた。馬鹿みたいよね。それまであの子の名前は数字だったけれど、個体識別番号の域を出ていないわ。ホムンクルスというのはそういう扱いをされるものだったのよ」
    「あの子がA.A.と名付けられ、私があの子の活動限界を恐れるようになった頃。また、教皇がやって来たわ。そして、私にクリファ計画を持ちかけた。教皇の動機は知れなかったけれど、私はそれに協力した。あの子――えーちゃんには全てを伏せて、自作自演で私が死ぬところを見せる」
    「待て。お主は生きておるではないか。どういうことじゃ」
     少女はクスクスと笑って答えた。
    「簡単なことよ。前の私が死ぬ前にあらかじめ次の体となるホムンクルスの器を造り、死ぬと同時に記憶の継承が行われるように準備したの。私の力は生命を操作する力。ただの栄養と薬剤の塊からホムンクルスを造り出せるのよ。次の私になる器を作る事、記憶を継承させること、どちらも簡単なことだった」
    「魔女の力は心の力。そして、心の力は喜びよりも悲しみの方が強い力を発揮する。私たちは大切なもののひとつを失っただけで嘆き悲しむけれど、大切なものをひとつしか持たない子がそれを奪われたとしたら、どれほどの悲しみになるかしら? 結果……、計画は成功した。目論見通り、あの子には天使が宿り、莫大な力を手にし、そして」
    「バイルンは滅びたわ。あの子から溢れ出す嘆きが形を取った、愛の呪い、無数の錆によって」

    「なんて事を……」
     絶句する娘を一瞥し、少女は自嘲ぎみに笑った。
    「こんな事をした報いはいつか必ず受けるでしょうね。でも、私は後悔していないわ。あの子の心臓が一回でも多く動くのなら、あの子の血液の循環が一巡でも増やせるのなら、あの子が1秒でも長く生き長らえられるのなら、私はどんな事だってするわ。悪魔に魂を売ったって構わない。あの子の命を延ばせるのなら、そのほかのすべての人間の命を捨てたって構わない」
     言葉を失う娘を見遣り、魔女が小さく息を吐く。
    「……確認したい。ここの奥にいるクリファの魔女の名は、A.A.じゃな?」
    「ええ、そうよ」
    「お主の目的はなんじゃ。なぜそのような事を儂らに教える」
     ロザリーの言葉に少女は小さく肩をすくめた。
    「私の目的はただひとつ。あの子の寿命をほんのわずかでも伸ばす事。そして、あの子をありとあらゆるものから守ること。あの子がクリファの魔女と化したと知れれば、真実のかけらも知らない妄信的で馬鹿な教会の騎士たちがあの子を殺しにくるでしょう。そんな事はさせない。あなたたちにこのことを教えたのは……何故かしらね。イリア、あなたが言う魔女の救済に少しでも期待しているのかもしれないわね」
     少女の言葉を遮るように、どん、と地響きが襲った。軋んだ螺旋階段から埃と錆が剥がれ落ち、陽光にきらきらと煌めく。
    「ああ。あの子が暴れているのかしら。前の私の体が終わりを迎える時に、おぼろげだったけれど……ひどく苦しんで泣いていたから」
    「アイリスが危ないっ」
     踵を返し、錆に塗れた通路の奥へ駆け出すイリアの背に、少女は続けた。
    「さあ、イリア。あなたはどうするの? もしあの子を殺すというのなら、私はそんなこと――許さないわよ」

     幽霊、あるいは幽鬼というものがあるとすれば、今目の前にいるそれがそうなのだろう。アイリスは目の前の「それ」から目を離すことなく、腰に下げた剣の柄に触れる。
     電気の供給系統が死にかけているのだろう。明かりの絶えて久しいらしき研究所は、エントランスの壮麗さと打って変わり無機質で無骨だった。真っ暗でがらんとした通路に、ぼんやりとおぼろげな人影が揺らめいている。その少女の髪は純白で短く切られ、髪と同じ色の肌を大きすぎる簡素な服が申し訳程度に隠している。裸の手足と首には小枝のように細く弱弱しい体躯にはあまりにも無骨で重々しい枷が嵌められ、それにも赤錆がびっしりと付いている。そして、少女の背後には錆びた刃を連ねて作られた十四の羽が伸び、その小さな頭の上にはさび付いた歯車を思わせる光輪が浮かんでいる。血が透けて見えているのか、真っ赤な瞳がアイリスをじっと見つめる。アイリスは小さく生唾を飲み下し、その目を凝視した。血の色の瞳のもう片方、少女の左目には「Ⅶ」の数字が刻まれていた。
     クリファの魔女。その一体が今、目の前にいる。
     少女から目を離すことなく、アイリスは滴る脂汗の裏で歯噛みする。よりによって単独行動している時に遭遇してしまった。幸いにも、相手は敵意を剥き出しにしてはいない。かつて相まみえた魔女の一人は猛り狂う憤怒に支配され、ただただ目の前のものを焼き尽くそうと襲い掛かってきたが、目の前の少女は憎悪に取りつかれている質ではないらしい。
     だが、アイリスは同時に目の前の少女に底知れぬ不気味さを覚えていた。およそ人間みといったものが全く感じられないのである。血の色の瞳はうつろで焦点が定まっておらず、表情は仮面のように無機質で何を考えているのか皆目見当がつかない。せめて何らかの感情らしきものを見せてくれればこちらにも対応のしようがあるというのに。
     少女の裸の足がぺたりと床を踏む。みるみるうちに床を錆が覆う。ゆらゆらと幽鬼のごとくおぼつかない足取りでこちらへ向かう少女に、アイリスは剣の柄を握りしめ低く唸った。
    「待て。悪いようにはしない、大人しくするんだ。なぜそうして呪いを振りまく」
     少女はアイリスの言っていることを全く理解できていないようだった。瞳には何の色も宿らず、眉一つすら動かない。
     裸の足がもう一歩床を踏む。瞬く間に錆が石のそれを腐食しひび割れさせた。
    「止まれ。止まらないと剣を抜くぞ」
     鋭い声に少女は微かに首を傾げ、小さく何事かを呟いた。
    「はかせ……」
     鎖が垂れ下がる小枝のように細い手が伸びる。血が通っているかすら怪しいそれは不気味なほどに白く弱弱しい。
    「やめろっ」
     娘が白刃を抜く。横薙ぎに払われた刃が僅かに少女の髪を掠め、純白のそれが散った。少女は恐れることもなく顔色一つ変えなかったが、娘の構えた剣の、油を塗ったようなぎらつく銀の刃をじっと見つめていた。
    「できれば傷つけたくはない。大人しくするんだ。そうすれば――」
    「はかせ、はかせ。いなくなってしまった、あのひとが、はかせを、はかせ、どこにいるのですか。ぁ、あ、あ」
     刃を凝視したまま痙攣を起こす少女に色を失い、アイリスは口を開く。
    「おい、落ち着け。話を――」
    「アイリスーーーーっ」
     胸のあたりに衝突した質量にもんどりうって倒れると、ちょうど娘が立っていたあたりにどっと錆の雨が降り注ぐのが見えた。
    「イリア、これはどういう……」
    「話は後にして。今はこの子を大人しくさせないと……っ」
    「あ、あああ……っ、はかせ、はかせぇ……」
     血の色の瞳からばたばたと雫が落ちる。
    「とりあえず落ち着かせないと。ねえ、君。お願いだから落ち着いて……っ」
    「いやだ、いやだ、いやだぁっ」
     じゃらじゃらと鎖が鳴り、錆びた刃の羽から数多の錆が噴き出した。瞬く間に石の床がひび割れ、崩れて砂となり、崩落する。
    「くそ、こんな小さな子を攻撃したくはないが。許せよっ」
     娘が振るう白刃が錆びた羽を薙ぐ。錆びついて朽ち果てたそれはいとも簡単に砕け、落ちた破片がみるみるうちに砂と化す。それもつかの間、小さな手が刃を掴んだ。
    「や、やめろ、指が落ちるぞっ。傷つけたくはないと……っ」
     アイリスは目を見開く。あまりに小さな手は刃に傷つくどころか、手のひらから猛烈な勢いで腐食が始まり、刃が瞬く間に崩れ落ちた。
    「アイリス、剣を離してっ」
     既に剣の鍔にまで及び始めた錆に、イリアは娘の手を払った。娘の手を離れた剣が床に落ち、縮れて腐り落ちる。
    「一度エントランスへ戻ろう。二人だけじゃあまりにも不利――」
     がくんと視界が揺らいだ。イリアはしまったと舌打ち、床に目を走らせる。錆に覆いつくされたそれはほとんど砂状に変異し、無数のヒビが入り、ばっくりと口を開けて崩壊した。
     ばしゃん、と盛大な水柱が上がる。二人が落ちた先は幸いにも固い石の床ではなく、巨大な水槽であった。
    「げっほ、えほ、けほ……っ、何だったんだ、いったい……」
     重い甲冑を引きずりやっとのことで水槽から這い上がった娘は、白磁の髪の貼りついた額をかき上げて毒づいた。命があっただけ幸運であったが、あの錆に埋もれたらどうなるかを想像するとぞっとする。
    「怪我が無くてよかったよ」
     シャツの裾を搾って水を落とし、イリアは周囲の暗闇を見渡す。人一人がゆうに収められるほどの巨大な円筒状の水槽がいくつも並んでおり、その近くでは得体のしれない機械が未だに微かな駆動音を立てている。どうやら落ちた水槽はこれらの円筒に液体を供給する為の貯水槽らしい。ところどころに置かれたテーブルには無数の書類や本が散らばったまま放置され、椅子の背には白衣がかけられたまま錆びて崩れていた。その後ろのボードにはかすれて読めなくなったメモ書きや図表が貼り付けられたままになっている。
    「ひっ」
     無為にのぞき込んだ穴に無数の骨が詰まっているのが見え、娘は息を呑んだ。両手の指ではとうてい足りない。数十、否、数百数千のそれはいずれも小さく、弱弱しい。
    (「ホムンクルスの寿命は『三日』。いえ、平均三日と言うべきね」)
    「ホムンクルスが生まれて、死ぬ場所……」
     思わず独り言ちたイリアに、白磁の娘は訝し気に眉間にしわを寄せた。
    「ホムンクルス? 先ほどの魔女のことか」
     うん、と短く首肯し、イリアはボードに貼り付けられたメモ書きの一枚に触れる。ほとんど判別不可能なほどに朽ちてしまったそれに、微かに見て取れる署名を見つけ唇を噛む。
    「ねえ、アイリス。心のない造られた人形が涙を流すことはあると思う?」
    「なんだ、愚問だな。先ほどの魔女が仮にそのホムンクルスとやらで、ホムンクルスに心がないとするならば、心のない存在が魔女に、それもクリファの魔女になることなどありえないだろう。魔女になるということは悲しみや苦しみを知るということ、悲しんだり苦しんだりするのは心のあるものだけだろう」
    「そっか、うん。そうだよね」
     メモ書きの隣に貼られた写真に指を添わせ、イリアは合点した。何度も触れられたであろうその写真は手垢で汚れていたが、美しい青色の空が映されていた。
    「行こう。まだやることはたくさんあるんだから」
    「ちょっと待て。勝手に納得するな。私に分かるように説明しないかっ」

    「あら……。ここにいると思ったのだけれど。行き違いだったかしら」
     真新しい崩落した床を眺めながら、少女はだぶついた白衣を払った。
    「それにしても。あなたたち、あの娘を放っておいていいのかしら?」
     振り返った先で魔女と青年が顔を見合わせる。
    「まあ、イリアとアイリスなら大丈夫じゃろうて」
    「随分と信用しているのね」
    「これまでにクリファの魔女と三回も渡り合っておるからのう。まだ死ぬときではなかろう。むしろお主こそ、我が子を放って儂らと喋っていてよいのか?」
     ロザリーの問いに、少女は肩をすくめた。
    「私の目的はあの子を守る事だけれど、今の私を見てもあの子は私とは分からないわ。器が変わっているからね。守りたい相手に殺されてしまっては本末転倒よ」
    「して、お主のことだからそれくらいは想定済みであろう」
    「そうね」
     踵を返すメルティーユの後を魔女と青年が追う。いくつもの扉を抜けると、少女はある部屋の前で止まる。入り口だったであろう扉は内側から何かが破裂したかのように外に向けてめくれ上がり、びっしりと錆に覆われてしまっている。それを跨いで部屋に足を踏み入れれば、他の多くと同じように内側は数多の錆に覆われて朽ち果ててしまっていた。
    「あら、前の私。まだ残っていたのね」
     部屋の中央にほど近い場所に横たわる錆の塊を見下ろし、少女は自らの体躯より大分大きなそれに特に気を止めることもなく呟いた。
    「数万もの命を使い捨てにしていた輩のいうことは一味違うのう」
    「御年百歳越えの大魔女の皮肉は随分と洗練されたものね。勉強になるわ」
    「減らず口め……、これほど我が子を愛していたのなら、クリファの魔女になる苦しみを負わせずに済む選択もあったじゃろうに」
     部屋の隅に集められた毛布、クッション、絵本、写真を綴じたアルバム、鳥や植物の図鑑。錆びて朽ちたそれらを見つめ、ロザリーは苦々しげにつぶやいた。
    「時間がなかったのよ。時は金なりとよく言うでしょう。一年生き続けるというホムンクルスとしては驚異的な生存記録を達成したあの子でも、いつ心臓が止まってしまうか分からないのなら、瞬きする時間だって惜しいわ」
     部屋の床にこびりついた錆を熱心に眺めながら少女は答える。しばらくそうして眺めると、小さくあった、と呟いた。
    「なんじゃ、何もないように見えるが。とはいえ、これは……魔力の痕跡かのう」
    「目には見えなくてもいいの。ここはね、あの子を器として天使を降臨させた場所。前の私が最後の実験を行い、そして死んだ場所よ」
     床に手早く黒々とした液体を垂らし文様を描きながら、少女は淡々と続ける。
    「前の私はここで死んだ。教皇と共謀の下で、わざとあの女に私を殺させ、あの子に絶望の感情を覚えさせて天使を降臨させるために。あの子にはかわいそうなことをしたと思っているわ。空の色を知る前に絶望の感情の味を知ることになるなんてね。ここはあの子の感情の爆発の爆心地。もっとも強い心の力が溢れた場所。さあ、できた」
     描かれた文様を満足げに見下ろす少女に、魔女は耳をひくつかせた。
    「結界か」
    「正解。この研究所を範囲として、あの子は好きなように出入りできるけれど、ホムンクルス以外は外から入ることが出来ない結界よ。あの子が自分でこれを消さない限り、この結界は外の世界のあらゆる危険からあの子を守ってくれる」
    「お主、一応母親なのじゃから自分で守ろうとは思わぬのか」
     褐色の瞳が魔女をじっと見据えた。
    「私はあの子に会うつもりはないわ」
    「何を言っておるのじゃ、お主は」
    「言ったでしょう。前の私とは姿が変わっているから、あの子は私のことを認識できない。そして、私のこの器もホムンクルスでできている。あの子を研究し続けた成果はこの身にも適用されているけれど、私自身、この体がいつ活動限界を迎えるか分からないのよ。生命の木がどれくらいの力をあの子に与えてくれるかは分からない。でも、もし私が先に活動限界を迎えてしまったとしてもいいように、あの子を守る手段を講じなければならない。せっかく延ばしたあの子の命を、教会の騎士や得体のしれない教皇になんて渡さない。私はあの子には会わない。もしあの子が私を私だと認識できたとしても……、母親が目の前で死ぬのを二度も見てしまえば、本当にあの子は壊れてしまうでしょう?」
     黒々とした文様の上に雫が一つ落ちる。瞬く間に錆にしみこんで消えたそれに眉間にしわを寄せ、魔女は吐き捨てるように答えた。
    「お主は全面的に間違っておる」
    「百年以上も生きているあなたには三日しか生きられない命のことは分からないでしょうね」
    「聞け、石頭。儂はな、むかーしむかし大好きな主様がおった。主様は儂の耳をよく撫でてくださってのう。とても気持ちがよかったわい。大好きな主様の為だったら儂は死んだって構わなかった。じゃが、主様は……儂を生きながらえさせるために死んだのじゃ。御自らのお命と引き換えに、儂の命を救ってくださったのじゃ。主様が儂になにを望んで生かしたと思う?」
    「……より良い幸福を願って、といったところかしら」
    「そうじゃの。儂もそう思う。じゃが、もし儂が永遠に苦しんで生き続けるとなったら、それは意味のある延命じゃったろうか? 儂の絶望は永い時が慰めてくれた。一切不変の心はあり得ぬ。絶望に染まり泣き暮らせども、やがてその悲しみはゆっくりと癒えて、儂の中に主様がいてくれる温もりを感じるようになった。じゃが……、クリファの魔女となる苦しみは地獄の苦しみぞ。魔女となった瞬間の喪う悲しみが、苦痛が、怒りが、永遠に続く。理性も自我も失い、ただ荒ぶる心の力に翻弄され呪いをまき散らすだけの存在に成り下がる。死によって解放されるその瞬間まで永久業苦の苦しみが続くのじゃ。メルティーユ。お主、我が子に長らえた命が尽きるその瞬間まで苦しめというのか? それはお主が望んだ結果なのか? ただ自我も理性もないまま呪いをまき散らしながら生きているだけの存在こそ人形そのものではないのか?」
     魔女の言葉に、少女は眉を吊り上げる。褐色の瞳が怒りと悲憤に湧き立った。
    「じゃあどうしろというの!? あの子の命を長らえさせる手段があるというの!? 世界とあの子の命を天秤に掛けず、両方を救済する手段があるとでもいうの!? そんなおとぎ話みたいな都合のいいことがあるはずがないじゃない!」
     ばしん、と高い音を立て魔女は目の前の女の頬を張った。
    「ロザリー」
    「領主よ、ここは黙っておいてもらおう」
     魔女の剣幕に青年は目を閉じ、息を吐く。お手柔らかにお願いしますね、と付け加えて。
    「先程からごちゃごちゃと屁理屈を並べ立ておって。黙れ小童めが。寿命とか、救済だとか、全部儂らが何とかしてやる! お主もお主の子も助けてやる! 一度天使と生命の木の話を信じて我が子のために悪魔に魂を売ったのじゃから、儂らが言う救済の力くらい信じぬか! わかったら黙って儂らに協力するのじゃ。お主の目の前で『奇跡』とはどういうものか目にもの見せてくれるわ」

     クリファの魔女と相対するのもこれで四度目。だが、何度経験しても、彼女らが発する魔力には圧倒されてしまう。魔女の発する魔力とはすなわちその魔女の内側より溢れ出す苦しみと悲しみそのもの。悲哀、辛苦、嘆き、苦しみ、怒り、重圧すら感じさせるそれらを前にしたとき、絶えず自己を奮起し続けなければ瞬く間にその渦に飲み込まれ発狂してしまうだろう。
     もとは植物のサンプルを保管する目的に使用されていたであろう一室、既に明かりの絶えて久しいそこにぼんやりと浮かぶ白い影を前にイリアは細く息を吐く。未だ混迷の中にあるのか、白い影が発する聞き取れないほどにか細いうわごとを繰り返すその声を聴いているだけでも気がどうにかなってしまいそうであった。イリアを威嚇するように錆びた刃の羽が広がる。生気を感じられぬ白い外観と頭に戴く光輪も相まって、遠目には天上に住まう天使のように見えるだろう。
    「どうする」
     装飾用の甲冑から失敬した朽ちた剣を手に、アイリスが視線で問う。
    「剣を掴まれれば終わりだぞ」
     ロザリーがいれば多少マシになるのだがとこぼす娘に、イリアは剣の柄を握りしめる。
    「あの羽をどうにかできればいいよ」
     羽の先からぼたぼたと零れ落ちる錆が落ちた先から悪性の粘菌のごとく腐食を広げる。右側の七枚の羽のうち四枚は先刻アイリスに切り崩され、ぼろぼろに朽ちて崩れ落ちかけていた。積極的にこちらを攻撃する質ではないのなら、自由さえ奪ってしまえばどうとでもできる。
     懸念があるとすれば、ホムンクルスがどの程度人間の性質と類似しているのか判別がつかないという点であった。積極的な加害意志がないゆえに判然としないが、身体能力が人間と同水準であるという保証はない。四肢と首を縛る枷が文字通り「いうことを聞かせるための保険」である可能性は十分あるのだ。
     そうであるならば、こちらがとるべき手段は先手を取る優位性を活用することであった。
    「アイリス、援護をお願い」
     言うが早いがイリアはさび付いた床を蹴った。錆びた刃の羽を繋ぐ鎖が脅す様に軋んだ音を立て、朽ちた剣羽が胡乱げに振られる。飛び散る錆を左手で払い、突き出された錆の羽を刃で打ち払う。ほとんど腐り果てているそれはいともたやすく崩れ、砕けた破片がばらばらと床に落ちた。振りぬかれた剣先に白い手が伸びる。
    「そうはさせるかっ」
     アイリスの手甲が少女の首輪から垂れる鎖を掴み、力の限り引いた。錆びつき脆くなった首輪がみしりと音を立てて軋み、亀裂を作る。体勢を崩した少女の足かせの鎖に朽ちかけた剣を突き立て床に縫い付けると、少女は足を縛られていることをよく理解できていないのか繋がれた犬のようにしきりに縛られた右足を引っ張った。
    「ごめんね」
     残る羽を落とすべくイリアが剣を振りかぶる。血の透けた赤い瞳がきろりとイリアを一瞥し、そして剣の切っ先を見た。鈍くきらめく稜角にうつろな瞳孔が開き、ある種の――ホムンクルスのそれをそのように表現することが適切であるかイリアは分からなかったが――悲しみ、嘆き、恐怖、嫌悪が入り混じった感情、あるいは明確な敵意の類が宿った。先ほどまでの緩慢な動きからは想像もつかないほどの速さで小さな両手が剣を掴んだ。血が噴き出すのも意に介さず握りしめられたそこからすさまじい速度で錆が広がり、柄を握るイリアの手のひらに焼けつくような激痛が走った。
    「いっ……っ」
     激痛を通して、閉じた瞼の裏に幻影が揺れる。目の前に立つ二人の女性。銀に煌めく槍の穂先。鋭い刃が肉を貫く重い音。倒れた白衣の女。広がる真紅の血溜まり。身の内側が灼熱し、得体のしれない衝動が体を内側から破壊しようとする。噴き出す焼け付くような熱い錆。苦痛。哀惜。慟哭。
    「はかせ、はかせはかせ……」
     崩れ落ちた剣の破片がバラバラと床に落ちる。焼け付く激痛に耐えかね、娘が柄から手を離す。痛みに脂汗が滴り落ちた。少女の足を縛る剣が崩れて砂と化す。刃を焼き潰し、血に染まった小さな手がゆるゆるとイリアに向けて伸びる。
    「やめろっ」
     アイリスが少女を羽交い絞めにする。きしきしと音を立てて鎖がしなり、掴まれた鳩が抜け出そうともがくように羽の欠けた剣翼が暴れる。錆びついてほとんど切れ味などないそれが頬を掠め、呪いに蝕まれる灼熱の激痛に娘が顔をしかめる。それでも羽交い絞めにする腕を離そうとしない娘の手首を血濡れの手のひらが掴んだ。瞬く間に銀色の手甲が赤茶けて腐り落ちる。
    「ぐ、うううううっ」
     両の手首を焼く呪いの激痛に苦悶の叫びが上がる。弾かれたように顔を上げたイリアの背後から、魔女の張り詰めた声が響いた。
    「アイリス、その子供から離れよっ」
     イリアの髪を僅かに掠めて、ガラスの瓶が飛ぶ。室内の棚に保管されていたものであろうそれが弧を描き、少女の足元に落ちた。ぱんと高い音を立てて割れたそれから乾いたつるが飛び散る。少女の赤い瞳が足元を見た一瞬の合間を縫い、アイリスが小さな手を振り払った。
    「しばらく大人しくしてもらおうかのう」
     魔女が杖の石突を錆びた床に打ち付ける。魔力が根を張る様に割れたガラス瓶に向けて一直線に伸び、つるが僅かに青白く輝く。乾ききった植物の魂を呼び起こしたかのごとく瞬く間につるが生気を取り戻し、猛烈な勢いで根を張る。伸びあがったつるが手近な支えを求めてのたくり、少女の小さなくるぶしを捕らえた。みるみるうちに繁茂するつるが細い四肢を絡め取り、錆びた羽の刃を締め上げる。暴れる剣翼がつるをちぎり、噴き出す錆が植物を腐食するも、それすらも覆い隠す様につるが次々に伸びあがる。
    「随分手間取ったようじゃの。ほれ」
     呪いに蝕まれ赤茶色に腐蝕したアイリスの手首を魔女が手のひらで包む。柔らかい燐光が包み、朽ちた組織が癒えて僅かに赤らんだ皮膚が新たに張る。
    「ロザリー、ありがとう」
    「ほほ。もっと褒めても良いのじゃぞ。まあ、この手の手合いではおぬしらでは少々分が悪かったのう」
     手のひらの腐蝕を治癒された娘の礼に、魔女は耳をひくひくと震わせる。
    「皆、無事で何よりです。何の手助けも出来ず申し訳ない限り」
     息を切らせる青年を一瞥し、魔女は未だ伸び上がり続けるつるへ足を向けた。
    「おお、おお。そんなに怯えずともよいぞ。荒ぶることはない。赤子が母親を目の前で失った苦しみを想えばむべなるかな……」
     つるの拘束を逃れようともがく少女に歩み寄り、魔女はあやす様に言葉を紡ぐ。
    「う……ううううう……っ」
    「案ずることは無い。じきにお主の母親がここへ来る。領主殿が持つ杖がそなたの苦しみを取り除いてくれようぞ。かわいそうに、手を怪我しておるではないか。こんなに血が出て……」
     ロザリーの言葉に初めて己が出血していることに気付いたのか、赤の瞳が自らの手のひらを見る。錆と血にまみれた手のひらは真っ赤に染まり、滴る血液が錆びた手枷までも汚していた。ぽたぽたと落ちる赤が細身を拘束するつるを伝い、裸身を申し訳程度に覆っている簡素な白服まで濡らし、足に、床に落ちる。ホムンクルスの薄い胸の内側で、錆に腐蝕された心臓がずぐりと跳ねた。釘付けになったように赤い瞳が血を凝視する。血濡れの手のひらが小刻みに痙攣し始める。首輪の亀裂がぴしりと音を立てた。
    「あ……あ……っ」
    「皆その子から離れてっ。その子の枷は魔力を抑制するための制御装置――」
     少女の言葉を遮り、ばきんと音を立てて分厚い首輪が真っ二つに割れた。
    「いやだいやだいやだぁあああああっ」
     呪いが濁流のごとく噴き出す。瞬く間につるが腐り落ち、吹き上がる魔力が錆となり付着したありとあらゆるものを食らいつくす。腐食に耐えられず、柱がみしみしと音を立てて崩れ落ち、床が抜け落ちる。
    「あああ……あああああ……、は、かせ、はかせぇ、はかせぇ……、どこに、いるのですか……」
     見開かれた血の色の瞳からぼたぼたと雫が落ちる。口を開きかけた少女を遮り、魔女は頭を振る。
    「無駄じゃ。こうなってしまえばもう言葉は通じぬ。我が子の苦しむさまを見ること、母親のお主にとっては耐えがたい苦痛になるじゃろうが。お主の子を傷つけること、許せよ」
     渦巻く錆を吹き飛ばし衝撃波が放たれる。錯乱する主を守ろうとするかの如く錆びた羽が白い影を包み、砕け散る。
    「依り代が狂うてもなお守るか。まさしく天使の御業というわけじゃな」
     ロザリーを次の「敵」と見定めたのか、軋む鎖がちぎれた羽のかけらをまき散らしながら伸びる。腐食に潰れてねじれ柄のみとなった剣の亡骸を拾い上げ、イリアは今にも崩落しそうな床を蹴る。魔力が流れ込む亡骸から緋色の刀身が伸び、軋む鎖を切り飛ばした。赤茶けた錆が血液のように飛び散る。
    「あああああああああっ」
    「大丈夫、絶対に殺したりなんてしない。あなたがすべてを犠牲にしてまで延ばした命をこんな形で終わらせたりなんてしないから」
     子の悲鳴に息を詰まらせる少女に告げ、イリアは紅い切っ先に意識を集中する。戦意を喪失させられればいい。たった一撃、致命的にはならない傷を負わせられればよい。羽を失った人造の御使いが血濡れの手を伸ばす。かつて母を奪った刃を本能的に怖れているのであろう所作に唇を引き結び、娘は剣を振り下ろした。魔力の刃が体躯に不釣り合いなほどに大きい簡易服の肩口を切り裂き、薄い皮膚を浅く切る。深い傷ではないが戦いの経験など絶無であろう幼子が気を失うには十分である。白い影がぐらりと揺らいだ。だが、その赤い瞳は閉じられることなく流れ出す己の血液を凝視していた。
    「そんな、普通なら気絶するには十分なのに。これが天使の力なの……っ」
    「あ、あ、あああ……っ、い、やだ、いやだぁ……っ」
     ぼたぼたと雫が落ち、赤い血と入り混じり裂けた簡易服を濡らす。傷ついた痩身を引きずり、少女が踵を返した。みるみるうちに白い影が明かりのない闇に飲まれて消える。
    「えーちゃんっ」
    「メルティーユ博士、一人では危険……うわっ」
     血と錆の跡を追う少女に続こうとする娘を床の崩落が妨げる。既に研究所全体に広がりつつある錆の腐蝕で崩れ落ちた穴から、朽ち果てた研究室が覗いている。目を走らせる娘の視界に巨大な水槽が映った。
    「アイリス、ロザリー。あの一番大きい水槽に向かって。私は二人を追いかけるからっ」

     点々と残る足跡を追いながら、メルティーユは息を切らせる。以前の体であればここまで苦労することはなかったであろう。今の体は走りまわるにはあまりに幼かった。
     エントランスはすでに錆に食われてほとんど崩れ、はるか下では崩落した瓦礫によって入り口が塞がってしまっているのが見える。支柱のない螺旋階段はところどころ崩れ落ち、残された一部もきいきいと軋んで揺れている。かつては出資者の名前が刻まれていた碑文は見る影もなく崩れて砂と化し、数多の瓦礫と砂、錆によってかつてのバイルンの国章はほとんど覆われて見えなくなってしまっていた。
     床の抜けた吹き抜けで息を切らせながら我が子の姿を探し求める。あれほどまでに長く過ごし、各層の構造を完璧に把握し、自分の庭のようですらあった研究所なのに、求める姿は見当たらない。
     ふと翳る日の光に少女は上を見上げる。腐食されて腐り落ちた天井のかけらが降り注ぐ中、エントランスの最上階に作られていたアーチ状のモニュメントに白い影を認め目を見開く。錆の腐蝕によって半分から真っ二つに折れてしまったモニュメントはエントランスの吹き抜けの上に崖のように突き出している。軋む螺旋階段を駆け上がる。手すりをびっしりと覆う錆が手のひらを焼いたが、メルティーユにはその感覚すらどうでもよかった。崩れかけたステップに足を取られてつんのめり、体に纏いつく大きすぎる白衣を煩わし気に脱ぎ捨てる。
    「うー……うう……、は、かせぇ、はかせ……、いたい、くるしい……」
     血と錆、涙の雫に塗れた小さなくるぶしが点々と足跡を刻む。傷を庇うように簡易服を握りしめる手のひらを濡らす血が白い服を、肌を赤く染める。だが、傷よりも何よりも心臓の内側がずくずくと鈍くうずき痛かった。何よりも大切な「博士」を喪った瞬間から、心臓の内側から生じるその痛みが体を中から壊そうとしている。痛みが絶えず血の中に混ざって体の中を循環していた。混濁し錯乱した意識の中、ただただあの人にもう一度会いたいという渇望だけをはっきりと感じていた。
    「い、たい……、くるしい……、は、かせ……、はかせ、はかせぇ……、あいたい……」
     朦朧とした意識の中、苦痛ばかりが続く。身を内側から破壊しようとするそれにぼやける視界で、ふと白くまばゆい光を覚え少女は上を見上げる。透明なドーム状のガラスの向こう側で青い何かが広がっている。何度も見慣れた、培養槽を満たす栄養と薬剤の溶け込んだ液体ではない。あれが培養液ではないのならば、いったい何だろうか。
     酸欠でめまいがする。息切れでせき込む体をなかば無理やり動かし螺旋階段の頂点に到達したメルティーユは、我が子が今まさに吹き抜けに突き出したモニュメントの残骸の上に立っていることに青ざめた。少しでも足を踏み外せばエントランスホールの床に叩きつけられてしまう。ホムンクルスの肉体は修復できるが、この高さから転落し叩きつけられれば即死してしまうだろう。
    「そっちにいってはだめっ」
     メルティーユの声が聞こえていないように、白い影はじっと天井を、その先の空を見上げている。錆びて朽ちた剣翼は千切れ、真っ白だった髪も肌も簡易服も血と錆に塗れて赤茶色に染まっている。血の透けた赤い瞳はうつろに雫を溢し続け、ただ頭に戴く光輪だけが変わらず微かに揺らいでいた。
    「お願い、戻って来て。そこは危ないのっ」
    ――クリファの魔女となったものは、理性も自我も失い、ただ荒れ狂う心を呪いとして撒き散らすだけの存在に成り下がる――
     脳裏によぎった魔女の言葉に寒気を覚える。もはや自分の声は届いていないのだろう。当然である。声も器の形も変わってしまっているのだ。分かるはずがなかった。今目の前にいる我が子、A.A.はただクリファの魔女となる直前の記憶にある「博士」を探している。自分ではないのだ。
     崩れ落ちた階段の先にメルティーユを認め、イリアは息を飲んだ。必死に叫ぶ彼女を尻目に、白い影はぼんやりとうつろに空を見上げている。おぼつかない足が吹き抜けに突き出したアーチの残骸の先に向かって進んでいる。
    「……はかせぇ……」
     うつろな赤い瞳が閉じた。白い影がぐらりと傾く。光輪が砂と化して崩れ落ちた。
    「えーちゃんっ」
     メルティーユは以前よりはるかに小さな体で走った。精一杯短い腕を伸ばし、あまりに小さな手のひらで血濡れの簡易服を掴む。小さく、温かい体をきつく抱き寄せ、胸元に抱え込んだ。
    「水槽を壊してっ」
     娘があらん限りの声で叫んだ。放たれた衝撃波が分厚いガラスを砕き、水槽を満たしていた栄養と薬剤の溶けた培養液がどっと溢れ出した。かつて数万体の命を育んでいたそれは錆を洗い流し、数多の書と書類の束を、無数の小さな骨を飲み込んで瞬く間にエントランスを海に変えた。僅かに青く透き通ったそれは真っ逆さまに落ちる二体のホムンクルスを飲み込み、盛大な水柱を上げた。

     深く青い液体の水面にすっかり使い物にならなくなった書物が、開いたまま浮かんでいる。海の底にはかつて死んでいった無数の命の残り香が珊瑚礁のように散らばり、飛び散った水飛沫がドームから差し込む日の光にきらきらと煌めいた。
     吹き抜けから飛び降りた娘が海藻のように漂う書を掻き分けると、メルティーユが血を洗い流された白い少女を抱えて島のように浮かぶ瓦礫の上に横たえるところであった。気を失ったのか、目を閉じたホムンクルスは羽も光輪も無く、ただ異様なほどに真っ白な体であることを除けば普通の少女と何ら変わりなかった。
    「博士」
     イリアの言葉に、少女は傍の我が子を固く抱きしめたまま動かなかった。保護を拒む獣の母親のように、我が子に触れさせぬよう顔を強張らせ身を固く張り詰めさせている。ざぶざぶと培養液をかき分けて近寄る青年の、その手の杖が子を毒するものであるかのように目を細めて睨む。
    「大丈夫。あなたが懸念するような事には決してなりません」
    「言ったであろう。一度は生命の樹の神話に縋ったのじゃ。この杖の奇跡を信じてみてもよかろう?」
     褐色の瞳がじっと杖を睨み、魔女を睨み、じっと左の虚空を見る。
    ――クリファの魔女となる苦しみは地獄の苦しみぞ。魔女となった瞬間の喪う悲しみが、苦痛が、怒りが、永遠に続く。理性も自我も失い、ただ荒ぶる心の力に翻弄され呪いをまき散らすだけの存在に成り下がる。死によって解放されるその瞬間まで永久業苦の苦しみが続く――
     子を抱くあまりに小さな腕が僅かに弛んだ。
    「約束して。絶対にこの子をこれ以上苦しませないと」
    「神に誓って」
     青年の言葉に、少女はおずおずと己の子を差し出した。三日月状に湾曲し、幾重にも新緑が芽吹く神杖がゆっくりと薄い胸、心臓の上に掲げられる。淡い萌黄色の光がこぼれ落ち、溶け込む。
    「よければ、手を握ってあげてください。この杖の力より、近しい方の想う心の方が肝要なのです」
     錆に焼けた小さな手が少女の白すぎる手を固く握り締めた。
     どれくらいの時が経ったのか。萌黄色の光の最後のひとつが注がれると、僅かな間の後に少女が呻いた。ゆっくりと瞼が開く。血が透けた赤い瞳は先刻と変わらなかったが、その赤い両の眼はやや無感動ではあるものの微かに生気が宿っていた。
     赤い両の目がちらと青年を一瞥し、自らを覗き込む褐色の目をとらえた。じっと見つめ、ゆっくりと何度か瞬きを繰り返すと小さく博士、と呟いた。
    「ずっと……あいたかった……」
     赤い瞳からすうと雫がこぼれ落ちる。白過ぎる頬にぱたぱたと温かい雫が落ちた。
    「私、私もよ……」
     親子と呼ぶにはあまりにも不釣り合いな二人の少女をドームから注ぐ日の光が温かく包む。呪いの払われた研究所はほとんどが崩落していたものの、白と翠色に彩られた佇まいは今もなお美しかった。

    「はい、あーんして」
     僅かに口を開けたそこに舌圧子を入れ、粘膜の色を確かめる。淡い朱色の薄い舌を軽く押さえ、異常がない事を確認すると使用済みの器具を載せるトレーにそれを無造作に置く。下瞼を軽く押し下げ、粘膜が赤過ぎず白過ぎない事を確認し、首輪を嵌めた細い首に指先を当てて脈を取る。自ら簡易服を持ち上げ晒した胸に聴診器を当て、心音と呼吸音に異常がない事を確かめる。この子の心音であればいつまでも聞いていたいところだが、流石に胸を晒させたまま(それも文字通り裸に布を被せただけの格好で)過ごさせる訳にはいかないため少しばかり名残惜しげに聴診器を外す。
    「うん。今日も元気」
     かわいいかわいい、と鼻と鼻を擦りつけ、ようやく我が子を解放すると、側に置いたカルテに手早く脈拍数と心拍数、おおよその血圧と総合的な所見を書き込む。
    「あとでメンテナンスもしようね」
    「はい、博士」
    「なんじゃ、今日もお医者さんごっこか。飽きもせず毎日ようやるのう」
    「あら、ごっこじゃないわよ。私はお医者さんだからえーちゃんの体調管理をするのは当然でしょ」
    「何を言う。検査などせずともほんの少しの変化でも目ざとく気づくくせに」
     既に相当の厚みになりつつあるカルテを見下ろし、魔女は呆れたように言う。
    「当たり前でしょう。私は母親よ? 母親は子の不調ならどんなに小さなものでも見逃さないものよ」
    「やれやれ。そうであるなら子に首輪などかけるでない。それにその服装もなんじゃ。局部が隠れておればよいというものでもないぞ。おまけに時々子を水槽に放り込んでピクルスみたいに漬け物にしておる!」
     じろじろと眺める視線に少女は不思議そうに首を傾げる。
    「本当に愛しているなら正しく管理すべきよ。魔力が強過ぎるなら抑制する補助具はあるべきだし、温度を万全に管理すれば理論上衣服は不要だわ。仮に慣習上羞恥心を生じるあるいは風紀の乱れを生じるという理由で服を着るべきとしても、恥ずかしいと思う場所が見えていなければ問題ないしこの子に性的興奮を覚えるのはその人の管理の問題よ。この子は何もおかしくないわ。そして定期的に培養槽に入れる事は精密検査には必須よ。培養槽に入っている間は代謝が完璧な精度で行われるから食事の栄養バランスを気にする必要は皆無だし、液体内は常に消毒されているから外にいる時についた菌も綺麗に洗い流せて清潔を維持できる。怪我をしてもすぐに修復出来るし、起きている間はお喋りも出来るから生存を維持するだけなら培養槽に入っている間が一番安全で効率的なのよ。漬け物と一緒にしないで欲しいわ」
    「お主の母親本当に減らず口じゃのう! お主の無口さを分けてやればよいではないかのう」
    「無口は性質を表す言葉です。分けられるものではありません」
    「母が母なら子も子じゃのう」
     肩をすくめる魔女に栗毛の少女はクスクスと笑った。
    「それで、御年百歳超えの大魔女様が何の用かしら」
    「永遠の十四歳だと言っておろう」
    「都合のいい時だけ百歳以上になるのね」
    「黙れ小童。本当は三十四のくせに。せっかく領主殿が図鑑を取り寄せてくれたというのに燃やしてしまうぞ。わかったらさっさと取りに行くのじゃ」
     はあいと返答する幼い少女を背に、魔女はぶつくさと文句を言いその場を後にする。
    「ロザリーは造られてから十四年なのですか。それとも百年なのでしょうか」
    「ふふ、どっちも同じよ。さあ、行きましょう」
    「はい、博士」
     白過ぎる手を取り、少女は歩を進める。心臓が止まるにはまだあまりにも早い。傍らの我が子が知らない世界はまだまだ沢山ある。毎日贈り物をしたとしても全く足りない程なのだ。
     昨日は近くの森へ狐を見に連れて行った。その前は夜、普段なら培養槽で眠っている時間に外へ出し星の名前を教えた。その前は花の名前を魔女に教えてもらった。
     我が子が何かを知る度に、喜びがひとつ増える。
     我が子が楽しげな姿を見る度に、幸せが倍になる。
     自分が人間に戻る事などどうだってよくなっていた。
     自分が子に何か与えているのではない。この子が自分にたくさんの、数え切れないほどの喜びを与えてくれるのだ。
     さあ、今日はどこまで行こうか。明日はどこへ行こうか。明後日は何をしようか。

    後書き
     メルティーユ博士って若干サイコじゃないですか。何がすごいって今の幼女姿でも罪悪感や倫理観はあっても根本的なところが少しサイコなのは変わっていないところ。倫理観あるから正確にはサイコではないんですけども。
     やはり何がすごいってまず寿命がどれくらい延びるか分からないのに間違いなく世界崩壊の一柱にはなるような事をやっちゃうところ。ホムンクルスの平均寿命三日しかないのを考えると延命できるの一週間ですとかあってもおかしくないのにそれでも自分の子がほんの僅かでも長生きできるなら他の人が何十万死んでもそれを選ぶのは尋常ではない。
     次にその手段の過程において自分が死ぬ事をしれっと組み込んでいる事。次のボディに記憶を移植する事も計画している訳ですが、そのボディもホムンクルスだから前の博士がよほどのしわしわでもなければその寿命より確実に早死にすることになるのに当たり前のように組み込んだ上に死んだことについては何の感想も持ってない。ヤベェ
     そしてこれが一番やばいと思うのですが、利益の享受先?であるA.A.は博士の内心を微塵も知らず当然了解もしていないこと。選んだ手段の関係上A.A.が絶望する必要があるので本人に意図を伝える事は出来ない訳ですが、言い換えればそれって娘のように可愛がっているA.A.を地獄に突き落としてでも寿命伸ばそうとしてる訳じゃないですか。本人は別に死にたくないとか言ってる訳でもないのに。
     メルティーユ博士ってサイコなようでサイコではなくて、心の底から我が子同然のホムンクルスのことを愛していてその子のためなら文字通り何でもする愛に生きてる人なんですが、究極的には母親としてのエゴの塊でもある訳です。我が子が望んでいない延命を選択した事がその最たるものな訳です。
     A.A.側からすれば自分の寿命とか微塵も考えてない訳で、本人はとにかく博士と一緒にいたいとしか思ってない訳です。ここに親子で巨大な食い違いがあるよね。メルティーユ博士は自分のことを捨ててでも生きて沢山の幸せを見つけて欲しいずっと楽しそうにしてて欲しいのですが、A.A.は博士と一緒にいる事が一番の幸福で自分が明日死んでも別にって思っている訳です。
     このA.A.が自分の寿命のことを別にって思っていることも過去のメルティーユ博士の因果応報なんですよね。だってA.A.の前の三万二千体ほどのホムンクルスを使い捨てにしていて、A.A.のことも最初のうちはそのうちの一体として使い捨てにする前提で扱っていた訳ですから。その時にA.A.がホムンクルスは使い捨ての存在でいつ死んでもおかしくないしそれが普通なのだと学習してしまったから、本人は自分の生に全く執着していない訳です。
     結局メルティーユ博士って「自分より先にA.A.が死ぬ事」が一番怖いんだと思います。メモリー見れば分かる通り、A.A.が手を握り返してくる前と後ではほとんど別人と言っても過言ではないレベルで人格が変わっています。それまでは自分を人間に戻す事、知識欲を満たすことを目的にしていてA.A.を非人道的実験にかけることも選択していたのに、手を握り返された後はクリファ計画のことを聞いても天使がどうとか生命の木がどうとか悪魔がなんたらとか全く興味なくて「A.A.の寿命を延ばせるかも」という一点しか見ていない訳です。今の博士が過去の博士がA.A.に非人道的実験していた事を反芻したら罪悪感でおかしくなってしまいそうですが、人の心って何が原因で変わるか分かりませんからね。
     メルティーユ博士って割と不思議な立ち位置してますよね。他の魔女は大抵教皇に酷い目に遭わされている訳ですが、博士は教皇の話を聞いて利用されている可能性を十分吟味した上でシラフで協力しているし。他の魔女の多くはプレイヤーとか近しい人に救われてる訳ですけど、博士はプレイヤー達と会う前に最初からA.A.の存在に救われている訳です。我々が出る幕がねぇ
     何だったら博士の視点的にはA.A.は名前じゃなくてえーちゃんが名前なのかもしれない。A.A.って人造天使の頭文字二つを取ったもので、数字よりかは個体の名前に近づいているけれど社会通念上の名前ではないよね。牛に特上ロースとかシャトーブリアンとか名前つけてるようなものですよ。それは名前じゃなくて性質を示す記号ですよね? えーちゃん、で初めて一個の個体の為だけの名前だと思います。
     A.A.で最も目を引くのは外見ですよね。他のクリファの魔女も少なからず天使を取り入れたデザイン(全員共通で天使の輪(光輪)を戴いているところとか)な訳ですが、A.A.は一目見てそれと認識しうるくらいには天使に寄せた外見じゃないですか。真っ白で、背中に翼らしきものが生えてて、頭の上に輪っかがある。まじまじと見ると人工的に造られた人間っぽいなにかですけれども、ナターシャやルナリンドやヴァルリーデと並べて一番天使のイメージに近いのは?って聞かれれば多分A.A.が最もそれっぽいと思うんですよ。まず名前が人造天使だし。来歴も(博士の思惑が絡んだ結果だけれど)人の手で天使を降臨させて造られたものだし。
     でも画像を見ていると枷と剣翼と光輪がない時は割と普通の女の子の見た目ですよね。台詞的に博士が死んだ後にその外見なので羽とか光輪は魔力的なもので自在に出し入れできると思われます。
     メメントモリはメインクエストにシナリオが全く存在しないのでどういう話なのか全く分からないのですが、人物間の関係についてはメモリーで把握出来るんですよね。イマドキのソシャゲですね。まあシナリオあると区切りつけるの大変だからね、仕方ないね。
     言い換えれば私が好き勝手してよいという事なので好き勝手しました。
    cerizawa Link Message Mute
    2023/07/11 13:20:29

    ラ・メレディクション・ダモーレ

    メメントモリ バイルン王国6-1~8-28あたりの話です
    このゲームは物語とかないので好き勝手に書きました

    #メメントモリ(ゲーム)

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