初夜編(四作品)はじめまして恋人の君
三月十四日。その日は、ドラルクが動画編集にあてた日だった。いつものように端末に連絡が入り、ドラルクはメッセージを確認する。
『お前宛のバレンタインの返礼をギルドから預かった。ホワイトデーの夜はお前の城に行く。材料持ってくから唐揚げとオムライス食わせてくれ』
ホワイトデーという存在に馴染みのないドラルクは、ロナルドからのメッセージを見て首を傾げた。端末で検索をして、バレンタインにギルドへ贈ったチョコの返礼のことだと理解する。
『唐揚げとオムライスだね、了解したよ。当日は安全運転でおいで』
返事と共にスタンプを送って、ドラルクはのんびりと動画編集の続きに戻った。ホワイトデーは数日後なので、今すぐすべきことはさしてない。
メッセージにはギルドからの返礼とあったが、真面目で律儀なロナルドのことだから、きっと本人からも何かくれるだろうともドラルクはわかっている。
「楽しみだなぁ」
何が貰えても、きっと嬉しいだろう。どんな些細なものでも、それを選んでいる間、ロナルドが自分のことを考えてくれていたなら、ドラルクにとってはその事実が一番嬉しいに決まっているのだから。
ホワイトデー当日。ロナルドは日の入りには、城に着いていた。車からいつもの保冷バッグとペット用のカゴ、更に少し大振りの荷物を持ち出して、いつもと違いラフな姿をしている。今日のロナルドは、完全にオフとして城に来たようだ。
「邪魔するぜ」
「いらっしゃい、ロナルド君。ツチノコ君も、久しぶりだね」
「ノコッ」
「俺は材料置いてくるから、ツチノコ頼むぞ」
「わかってるよ。元気にしてたみたいだね、良かった」
「ノコッ」
ツチノコをペット用のカゴから持ち上げて、テーブルの上に置く。気ままに動く姿を見ていると、ロナルドが戻ってきた。
「先に料理作っちゃうから、ゆっくりしてて。よかったら、お風呂でも入っておいでよ」
「そうさせて貰うか。ツチノコ、後でな」
「ノコッ」
ドラルクの言葉に、ロナルドが頷いて荷物から色々取り出し始めた。今回の荷物はお泊りセットらしい。恐らくは執筆用のノートPCも入っているのだろうと思いながら、ロナルドの荷物は勝手に触らないよう心がける。
「ツチノコ君も自由にしておいで」
「ノコッ」
念の為に言い含めると、ツチノコはキッチンに向かうドラルクについてきた。前までは火を使うからと遠ざけていたが、このツチノコが賢いことは、もうドラルクもわかっている。
「……うん。じっとしててくれるなら、ここならいていいよ。どうかな?」
「ノコッ!」
元気に頷いたのを見て、普段はあまり使わない場所に、そっとツチノコを置いた。動き回る様子は欠片もなかったので、ドラルクは早速調理に取り掛かる。
ロナルドの食べる食事の為に忙しなく動くドラルクを、ツチノコはずっと見ている。どこか嬉しそうだと思ったが、ドラルクは気のせいということにしておいた。
風呂から上がったロナルドを待っていたのは、唐揚げとオムライスが待ち構える食卓だった。いつものようにじっくり味わって食べ終えると、食後にはお茶まで出てくる。
ゆったりした時間が流れていくことの心地よさを、ロナルドはドラルクの城で感じ取れるようになった。今まではそんな時間も全て仕事に割り当ててきたのに、ドラルクの城にいると、何でもない時間まで満ち足りた気持ちになってきて、全て丸ごと大事にしたくなる。
ゆったりしたままでいたかったが、今日は別に本題があると思い出して、ロナルドは再び荷物を開いた。
「これ、ギルドから預かってきた返礼な」
紙袋に入れたままテーブルに置かれた重量のある返礼に、ドラルクが手を伸ばす。少し動かすと、ガラスが触れ合う時特有の音がした。
「どれどれ……なるほど、小さな血液ボトルのセットだね」
「お前があまり量飲めないって話したらこれになった」
「ありがとう。後でギルドに受け取りましたって連絡しておくね」
紙袋を置きに来てくれたロナルドに返事しながら、ドラルクは小さく笑う。どうしたとロナルドが尋ねると、笑顔のままドラルクは口を開いた。
「このお返しを選んでくれてる間、みんなが私のことを考えてくれたんだって思うと、嬉しくなってね。私も少しは、ギルドに貢献出来てるかな」
「出来てるに決まってんだろ。俺の相棒なんだから」
「ありがとう。ロナルド君に認めて貰えてることが、一番嬉しいよ」
認めて貰えるだけで十分嬉しいと言わんばかりのドラルクに
「……そういうこと言われると渡し辛いだろうが……おら」
少し口ごもりながら、ロナルドが小箱を差し出した。差し出された小箱とロナルドを、ドラルクは交互に見つめてくる。
「……君もくれるのかい?」
「当たり前だろ。お前に似合うと思ったんだよ」
「似合う……?」
首を傾げながら、ドラルクが小箱を開けていく。チョコのお返しなのだから、ギルドの返礼のような血液なり牛乳なりかと勝手に思っていたので、似合うという言葉に違和感を感じた。
小箱の中には、一対のカフスが入っていた。その品の良さも、カフスについている石の価値も、ドラルクほどの高等吸血鬼ならば一目瞭然だ。
「……随分と上質なカフスに見えるけど? おっきくて色が濃くて傷のない赤い石もくっついてるね? 知ってる? これピジョンブラッドって言うんだよ? しかもこの金細工、年代物のアンティークだよね?」
「……あ?」
ロナルドは、ドラルクの言葉の半分もわかっていない。小箱の中身とロナルドを交互に見ながら、口早に捲し立てるドラルクに目を丸くするばかりだ。
ドラルクはドラルクで、大混乱していた。ギルド宛には大入りの箱で送り、ロナルドには包装をしたくらいの差はあれど、渡したものはただの手作りのトリュフチョコだ。ただの相棒へのお返しと言うには、ロナルドのお返しが重すぎる。
「私があげたのトリュフチョコだったよね? 何で? 君は何でこうバランス考えないチョイスをしてくるの? どうしてこんなオーバーキルなお返しを私に?」
「な、何だよ?」
「何だよはこっちの台詞だよ。カフスだから女性へのお返しの横流しでもないよね?」
「おいこら待てそれだけは聞き捨てならねぇんだけど!?」
思いがけない疑惑を投げかけられてロナルドが必死に食いついたが、ドラルクはまだ言いたいことがある。
「こっちこそ待ってだよ? いくらしたのこれ? お返しくれる気持ちは嬉しいけど、トリュフチョコにかかった金額の十倍以上のお返しは受取拒否させてもらっていい?」
言うなり、ドラルクの細い指が、小箱をロナルドに返してきた。
受け取って貰えなかった小箱を前に、ロナルドは一瞬だけ頭が真っ白になる。小箱の中身は、別の誰かへのお返しの横流しではないし、本当にドラルクに似合うだろうと思ってロナルドが選んだものだ。まさか、こんな形で受け取って貰えないとは思いもしなかった。
……だが、ここで引いたら、この後言うつもりの言葉さえ受け取って貰えないかもしれない。そう直感したロナルドは、必死に頭を動かして言葉を発する。
「何でだよ!? お前に似合うと思ったから買っただけで、そもそもお返しに値段の話とか持ち出すんじゃねぇよ、野暮だぞ!?」
「そういう次元超えてるって意味だよ!! 言っておくけど古い血の吸血鬼が一目見て価値のあるものだってわかるのはほんっとうに高いんだからね!? ただの相棒に渡すお返しの域超えてるよ!? とにかく、私はこれは受け取れません!!」
小箱を押しやるドラルクの言葉は、珍しく感情的だとロナルドは感じていた。普段のドラルクならば、もっと言い含めるように静かに言葉を重ねてくる。
何がそんなにドラルクの心を荒らしてしまったかなんて、ロナルドはわからない。けれど、今日だけはロナルドは引けなかった。
どうしても、これ以上、ドラルクとただの相棒でなんていられないと思ってしまったから。
今日こそ、もっと深い関係になれる言葉を告げるのだと、心に決めてしまったから。
「お前が受け取らないなら俺もいらねぇよ!! 捨てるぞ!?」
強い気持ちがそのまま、強い言葉になって口から飛び出してしまうほど。ロナルドの決意は、固かった。
「馬鹿か君は!? そんな……」
ロナルドの言葉と勢いに、ドラルクは少しだけ細い身体を震わせる。返したかっただろう言葉を飲み込んで、視線を巡らせていた。
「……君が、私に似合うと思って選んでくれたものを捨てるなんて……言うんじゃ……」
「なら受け取れよ!!」
ぐい、と、一度は突き返された小箱を押し付けるロナルドは、こみ上げてくる感情を押し留めるので精一杯だった。押し留めきれない感情が、そのまま視界を少しずつ潤ませていく。
「……何で君が泣きそうなんだ……」
「理由は今お前が言っただろ……俺はお前に似合うと思っただけで……お前に、受け取って欲しかっただけだ……」
長い睫毛がひとつ、パチリと音がしそうに瞬いて。一滴、零れ落ちたものを、ドラルクはずっと見つめていた。
「……君。本当に、加減も限度も知らない男だなぁ……」
押し付けられた小箱を、そっと、細い指で包む。
小箱の中身は、本当に上質な代物だ。ただの相棒に渡すお返しの域を超えすぎていて、理由なく受け取る気持ちになれなかった。
だが、ドラルクだってロナルドを泣かせたかったわけじゃない。受け取り拒否をされたら涙が零れる程受け取って欲しいものを、ロナルドの手で捨てさせるなんて真似も、させたくなかった。
結局のところ、惚れた弱みとでも言うのだろう。
ドラルクは、ロナルドにどこまでも甘い。
「……ありがとう、ロナルド君。舌の根も乾かぬ内で悪いけど……君が私のことを考えてくれた時間もひっくるめて、これ、受け取るよ」
小箱を手に言った言葉で、やっとロナルドも表情を緩めてくれた。
「……使えよ」
「うん、大事に使うよ。本当にありがとう。その……野暮なことばっかり言ってごめんなさい……」
本当に久しぶりに感情的にあれこれ言ってしまった自覚があったから、ドラルクも申し訳なさが募っていく。先程までのやり取りについて素直に謝ると、涙を拭ったロナルドが、真っすぐドラルクを見つめていた。
「……そういう、素直に礼言ったり謝ったりするところとか。さっきみたいな、感情的になったところとか」
「ん?」
「お前のどんな姿見ても、最近、もっと見てぇとしか思わなくなってきてんだ」
「……ロナルド君?」
真っすぐ見つめられたまま言われた言葉について、ドラルクは、何かを聞き間違えたかと思った。
または、ロナルドの言葉の選び方が悪いのかとも考えたが、相手は文筆で名の知られたロナルドだ。流石に言葉の選び方が悪いだなんて、筋が悪すぎる。
それならば、この言葉の意味はとドラルクは困惑しているが、ロナルドの言葉は止まらなかった。
「お前がただの相棒でしかないのが、しんどくなってきた。もっとお前のことが知りたいし、こんな風にお前に触れたりしたい」
ロナルドの手が、小箱を持ったままのドラルクの手を包む。優しいが熱く大きな手に触れられて、この手に火傷させられそうだとドラルクはぼんやり思う。
「俺は、お前が好きなんだ、ドラルク。俺と付き合ってくれ」
ぼんやりとしていたドラルクの意識を、ロナルドの声がしっかり引き戻した。燃えるような手は、ドラルクの細い指を握ったままだ。
大好きなロナルドの声で好きだと言われて、名前を呼ばれて、付き合ってくれとまで言われて。
「……ええー……ちょっと待って……情報量が多い……」
返事より先に、ドラルクが思ったことはそれだった。思ったことをそのままうっかり口に出してしまったが、そもそも告白された時に悲鳴を上げて死ななかっただけ上出来だとさえ思っている。
「返事ははいかイエスしか認めねぇぞ」
「私に拒否権は!?」
「いらねぇだろ、お前も俺が好きなんだから」
「決めつけてきた!?」
手を握ったままガンガン迫ってくるロナルド相手に野暮なツッコミを入れて誤魔化そうとしたが、その瞳が真剣すぎて、それ以上言葉が出なかった。
ドラルクがロナルドが好きなことは、事実だ。それを否定するほど、不誠実にはなりたくない。
「……お前が俺を見る目が何の感情もないなら、俺にはもう恋も愛もわからねぇよ。どこにいても俺といつも目が合うのも、俺を見て優しい顔してんのも……たまに辛そうな顔してんのも、全部、俺が好きだからじゃねぇのか」
ドラルクの手を包んだまま、ロナルドが少しだけ力を入れて握りこんでくる。痛みは感じないけれど、手と、真っすぐ見つめてくる視線の熱さに、焼かれてしまいそうだとドラルクは思った。
「頼む。返事してくれ。ドラルク。俺はお前と一緒に幸せになりたいんだ。はじめて、そう思った相手なんだ」
手を握ったまま、ロナルドがドラルクと距離を詰めた。距離がなくなって、握った手にそっとロナルドの唇が寄せられる。まるで、王子様か騎士のようだった。
だが、生憎と、ドラルクは目の前の王子の隣に立っていられる姫ではない。
ロナルドが告げてくれた言葉は嬉しかった。だが、それは、ドラルクの気持ちとは違っていた。
「……私は確かに君が好きだ。でも。私が君に抱いた気持ちは……幸せになってほしい、だ。君と一緒に幸せになりたいなんて、思ったことはないんだ」
『一緒に幸せになりたい』と言われて、ドラルクはすぐ、お互いの気持ちの差異に気付いてしまった。
ロナルドが幸せならば、それでいい。それ以上を望んだことはなかった。それだけは、ドラルクの気持ちとして最も確かなものだ。
同じ気持ちでない相手と一緒にいても、きっと、ロナルドを悲しませてしまう。それは、ドラルクの望まないことだった。
小箱を落とさないように握りしめて、ロナルドの手を振り解こうとした。手は解放されたが、咄嗟に手首を握られて、それ以上動けなくなる。
「……私と君の気持ちは、似ているようで全然違う。少しだけでも傍にいられたら、私はそれでいい。それ以上の幸せなんて、私には過ぎたものだ。君にはもっと、君の気持ちを受け取るに相応しい人が現れるよ」
「俺は、他の誰かじゃなくて、お前に受け取って欲しいんだ。俺を幸せにしたいってなら、俺の隣にいてくれたっていいだろ」
手首を引かれて、再び距離が近くなりそうになる。ドラルクは咄嗟に身を引いて、踏みとどまった。
「吸血鬼の執着を甘く見すぎだよ、ロナルド君……君を不幸にしたくないんだ」
「お前こそ、人間の愛を軽く見すぎだぞ、ドラルク」
ロナルドの言葉にも、ドラルクは首を振るばかりだ。お互いに譲れないところで睨み合う状況の中、賭けに出たのはロナルドが先だった。
「……わかった。お前がいらないなら、捨てる」
「え……」
「お前が貰ってくれねぇなら、ここで捨てる」
ドラルクの手首を握る手はそのまま、ロナルドは自らの背後にもう片方の手を回す。次の瞬間には、その手に銃が握られていた。
「ちょ……!? 今日はオフなんじゃ!?」
「退治人がオフってだけで本当に丸腰になるわけねぇだろ。流石に小型だけどな、装弾数は結構あるんだぜ?」
安全装置が外される。真っすぐに銃はドラルクに向けられるが、ロナルドの狙いは別にあった。
「弾丸も入ってる。お前を撃って復活するまでの間に、自分を撃てばすぐだ」
「捨てるって……まさか……」
先ほどの、小箱でしたやりとりと同じ言葉が、今は何を意味するか。今度こそ理解したドラルクの驚愕の声の中に、じわりと絶望が感じ取れた。
ドラルクの心を揺るがすことがまだ可能であるという証左を得て、ロナルドは自然と口角を上げてしまう。
「さっき言ってたな、お望みの拒否権だ。選べよ、ドラルク。お前に決めさせてやる」
冷たい銃を愛する相手に向けて、ロナルドは笑っていた。
嬉しそうに、楽しそうに。
「俺と生きるか。俺と死ぬかだ」
望む答えが得られると、確信しているように。
「……どうして、そこまで言えるんだ……」
唖然としたようなドラルクの声に、抵抗していた力が抜けていく様子に、ロナルドの笑みは深くなる。
ロナルドにもわかっていた。自分の気持ちと、ドラルクの気持ちが同じでないことくらい。自分の気持ちを押し付ける形でなければ、望む関係にはなれないということくらい。
「俺は。お前が俺以外の隣にいるなんて受け入れられない。お前が俺を忘れて次の愛を見つけることも許せない。お前の未来に俺がいないことも認められない。お前の未来永劫まで、俺が独占したいって自覚してるだけだ」
そして、自分が望む関係になれる目があるなら、そこに全て賭けてもいいと思えるくらい。
「俺の愛は、そういう愛だ。お前の優しくて柔らかい愛とは別物で悪かったな」
ロナルドにとって正しい形で、ドラルクを愛しているだけだった。
苛烈なロナルドの言葉に、ドラルクが少し俯く。ゆっくりと顔を上げて、ロナルドを真正面から見つめてきた。
「決めたか、ドラルク?」
銃を下ろさないまま、ロナルドが声をかける。ドラルクの返事次第では、今見ている景色が最期になるかもしれない。
ロナルドはただ、静かにドラルクの言葉を待った。今回は待っていても打開出来ない事態だから賭けに出ただけで、本来、ロナルドは待てる男だ。
銃を持つ手に震えもなく、突きつける手に固さもなく、ただ、じっとドラルクの言葉を待つ。
「……私が君を不幸にするかもしれない可能性より……君を失うことの方が恐ろしい。君のいない世界なんて空しいだけだろうからね。それが私の結論だよ」
ふわりと、ドラルクの表情が緩んだ。どこか、何かを諦めたような。それでいて、煩悶を吹っ切った微笑みだった。
「私の完敗だ、ロナルド君。君の隣にいてもいいかい?」
「いいに決まってんだろふざけんなやっとかよこの馬鹿!!」
銃の安全装置をきちんと固定させて、即座にしまい、目の前の痩身にロナルドは抱き着いた。びくりと震えてドラルクの身体の端が少しだけ塵になったが、そのまま待っていたら元に戻っていく。
細くて硬い身体から腕が伸びて、そっとロナルドの背に回された。おずおずとした動きだったが、その仕草がドラルクの気持ちの現れだと思えば、それだけでもロナルドには嬉しくて仕方ない。
少しの間、手はふらふらと動き回って、落ち着く場所を見つけたのか動きを止めた。弱い力が手に込められて、互いの身体全体が密着する。
「はぁ……君の幸せだけを一途に願えるだけのものであれたらよかったのに……」
「全っ然よくねぇよ俺からしたらお前が一番俺の幸せ奪いにくる難敵だわ命がけで抵抗してやっとこれかよガード硬すぎんだろ本気で死ぬかと思った……クソ雑魚の癖に生意気なんだよ……!!」
「はは、君の暴言久しぶりな気がするなぁ」
ロナルドの腕はドラルクを抱きしめるが、ドラルクは一向に死ぬ気配がない。ちゃんと、死なない力加減で抱きしめることが出来ている証拠だろう。
抱きしめられるドラルクは、ロナルドの身体に身を寄せる。落ち着く体勢を探す内に耳をつけると、体内から忙しない音がずっと続いていると気付いた。
「……凄い音してるけど、これ大丈夫かね?」
「緊張すりゃあ誰でもこうなるだろうが。あー今日が命日になるとこだった……」
「本当にごめんって。ほら、もう落ち着いてくれないかな?」
「無理言うな、心臓の鼓動が操作出来てたまるか」
何気ないやり取りの間も、ふたりは抱き締め合ったまま。柔らかさなんてどこにもないドラルクの身体でも、好きな相手の身体が腕の中にあると思えば、ロナルドの鼓動は素直に弾み続ける。
人体の仕組みには疎いのか、ドラルクはしばらくロナルドの身体に耳をつけていたが。不意に、ロナルドの顔を見つめてきた。
「……今更過ぎるんだけども。好きだよ、ロナルド君」
「おう。俺も愛してるぜ、ドラルク」
至近距離で交わす愛の言葉に、ロナルドは少しだけ身体が動きそうになった。具体的には、頭がそのまま前に進んで、唇同士をくっつけるところだった。突然そんな動きをして、ドラルクがびっくり死でもしたらたまったものじゃない。待てる男ではあるが、待たなくて済むならそれに越したことはないのだ。
ロナルドの葛藤を知らないドラルクが、少しだけ頬を赤らめて、小さく呟く。
「……君の愛してる、軽いな……」
「はぁ!? 俺の愛が世界で一番重いに決まってんだろふざけんな!!」
「うるさっ! どういうキレ方!? 愛の重さを誇らないで貰っていい!? ってどこ行く気!?」
ひょいとドラルクを横抱きに持ち上げて、ロナルドがソファに向かって歩く。
「立ったままじゃ疲れるだろ、お前が。座ってこれからの話するぞ」
「……これから?」
雰囲気に流してあれこれするのもいいかもしれないが、相手はちょっとしたことで死ぬドラルクだ。迂闊に死なれて時間を奪われるより、ムードに欠けてもいいから、先々のことはきちんと話し合って決めたいとロナルドは思っていた。
「お前にどこまでしていいか、って話とか。ちゃんとしとかねぇと死ぬだろ」
「……否定出来ない……」
「安心しろよ。お前に無理のないスケジュールで進んでやるから」
一緒に幸せになりたいと言った以上、その気持ちを受け取って貰えたからには、ドラルクの速度に合わせていくべきだとロナルドは思っている。身勝手な愛し方をする以上、その事前説明くらいはしないと怖がらせるだろうとも思っている。
それを言葉にして伝えると、ドラルクは頬を赤らめたまま
「……お手柔らかにお願いするよ」
静かに、柔らかく微笑んで、そう答えてくれた。
また勝手に身体が動きそうになって、愛しているからこそ生じる衝動を抑えることの大変さを、ロナルドはこれから、十二分に実感することになる。
ふたりで未来の話をしよう
ロナルドがドラルクを姫抱っこしたまま、ソファに座る。ふたりが騒いでいる間、ずっとオタオタしていたツチノコは、一騒動終わって疲れたのか、ソファの傍のペット用カゴの中でくたりと寝そべっていた。あんな騒ぎの後で寝られるというのは、中々の胆力だと言わざるを得ない。
「重くないかね?」
「お前のどこに重さがある?」
「……痛みとか」
「あ? 痛いか?」
「いや……私は君のおかげでどこも痛くないが……」
「なら問題ねぇな」
「重くも痛くもないのか……」
それはそれでどうなのかと思いつつ、ドラルクは現在の状態を維持することにした。至近距離にロナルドの顔があることにはまだ慣れないが、いちいち照れていたら死にかねないと自分に言い聞かせている。
じっと、お互いに至近距離で見つめあう。少し空白の時間が出来て
「早速だがドラルク。俺はお前を抱きたい」
ロナルドの第一声はそれだった。
「……照れる暇もない直球具合だな……」
あまりにも単刀直入すぎて、ドラルクはいっそ感心さえしてしまう。そういう話はもっと後になるかとばかり思っていたので、ドラルクは本当に照れる暇もなかった。
「クールなお前も愛してるぜドラルク。結構クールビューティー系だよな」
「突然変な属性を私に押し付けるのをやめてもらっていいかね?」
「俺にとってお前はクールビューティーなんだよ。前線で戦う俺の背後を頼める知的クールビューティー、絵面として申し分ねぇぞ」
どこからどこまで冗談だろう、とドラルクは考えそうになったが、ロナルドは本当に楽しそうに頷いている。冗談ではないのかもしれないと思いつつ、声をかけた。
「……もしかして、そういう路線で行くために私をあんな美化してロナ戦に書いてたのかな?」
「美化した覚えはねぇな」
「頷いて欲しかった……嘘だろ君、私を素で知的クールビューティーだと思ってたのか……?」
「今でも思ってるんだよ言わせんな」
「知らん……君が勝手に言ったんだろう……」
ドヤ顔を浮かべるロナルドとは対照的に、ドラルクはどっと疲れた気持ちだ。まさか、ロナルドの中で自分が知的クールビューティーだと思われているとは、露程も思っていなかったのだ。抱きたい云々より、そっちのインパクトが強すぎる。
「お前はどうなんだよ。俺に抱かれてもいいのか?」
「……うーん、君が私で興奮するというならまぁ……」
「おう、証拠触らせてやろうか」
「いらんいらん! というかもうわかってるから! 何でもう興奮してるのかね!?」
ドラルクは横抱きで座らされている為、ロナルドの興奮具合は腰から尻にかけて感じ取れている。話している間に段々固さと熱が増しているのもわかっていた。出来ることならわかりたくなかった。
「知的クールビューティーなお前が畏怖い仕草で俺の上に跨る姿を思い浮かべてただけだ」
「大事な話し合いの最中に何を考えてるんだ!? そんなとこまで早撃ちでなくていいのでは!?」
「装填しただけだぜ」
「せんでいい! 鎮まりたまえロナルド君のロナルド君! 座り心地が非常に悪いという意味でも!」
同性だからか、興奮された状態で自分が身じろぎしたらロナルドのロナルドが折れそうで怖いという感覚がドラルクにはある。可能であれば、中座なり何なりして鎮めて欲しい。
「それより。お前は俺を抱きたいとか、そういう要望はねぇのか?」
「このまま話続ける気!?」
「慣れろ」
「無茶ぶりにも程がある!」
ドラルクの希望は、これまでの付き合いでわかっていたが、ロナルドには通らなかった。このままの状態で話し合い続行である。
「で、俺の質問への返答は?」
腰から尻にかけて異常な存在感を感じながらも、ロナルドから真剣に聞かれれば、ドラルクも答えないわけにはいかない。
「うーん……君が満足するまで体力が保つ自信がないし、そういうことした経験もないし。間違って君の尻筋に千切られたら、病院に行くの君の方かと思うと色々申し訳ないなとは思うからねぇ」
「……いいのかよそれで……」
「いいよ。何というのかな……君がしたいようにして欲しいというか。私は君の隣にいるだけで満足しているところはあるからかもしれないね」
ふんわりと、ドラルクは笑いながらそう答える。そもそも、スタート地点からして『同じ気持ちではない』ふたりとしては、仕方のない感情の差異ではあるだろう。
それでも、ドラルクはロナルドのしたいようにして欲しいという気持ちでいてくれている。その事実が、どうしようもなくロナルドは嬉しかった。
「……優しくする」
ぐっと、ロナルドの手がドラルクを抱き寄せた。顔の距離が一気に詰まる。
「え、今から? え? 何の準備もしていないが? というか……え、ここでするのかね?」
「何かダメか?」
最早、お互いの鼻先はくっついている距離で、それでもロナルドは身体の動きを止めた。精神力と自制心が強靭過ぎる。何より、自分たちの交際に関して何かしらの問題があるのなら、それは解決しておきたいと思っているから出来る技だった。
命をかけて交際を勝ち取ったロナルドも、ドラルクには本当に心底ベタ惚れしているという証拠だろう。
「……君と初夜を過ごした城なんてものになったら執着してしまって、私はここから引っ越せなくなりそうなんだが……」
「わかった。初夜は俺ん家でだ」
言うや否や、ロナルドが身を引いた。とはいえ、鼻先同士の間が僅かに空いた程度の距離だ。
「即答! え、やっぱり私、新横浜に引っ越す方がいいかね?」
「将来的には一緒に暮らしたいに決まってんだろうが」
「あー……そうか、うん、わかった。そこも視野に入れておこう」
口ぶりからして、前向きに考えてくれていそうだとロナルドは感じ取った。吸血鬼のタイムスケールで考えているとしたら先の長い話になると思ったので、細々とせっつく必要もありそうだと思いつつ、今は要望を伝えて受け止めて貰えたことを喜んでおく。
「……ちなみに、初夜、は……君の家に行く用事があったら、すぐに……?」
すぐに。
という返事をせずにいられたことについて、ロナルドは大いに自らを褒め称えた。そんなことを言ったらドラルクが塵になってしまうことはわかっていたし、ここでガッついて呆れられたら、たまったものではない。
『俺は待てる男』と自分自身に言い聞かせながら、口を開く。
「お前はどうして欲しい?」
「えっと……そういう特別な日は、記念日とかにした方が、嬉しいかなとは……」
「一番早い記念日……」
ロナルドの頭に、数々の日付が浮かんでは消えていく。どうにか今の日付から一番近い記念日はと考え続けて、何とか辿り着いたものがあった。
「俺たちの出会った日だな」
「覚えてるのかね!?」
「覚えてるに決まってるだろうが! ちなみに六月の末頃だ!」
「嘘だろ君の誕生日くらいまで引っ張るつもりだったのに!?」
「俺の誕生日にもするに決まってるだろうが!」
「墓穴だった!」
赤い顔を隠すように俯いて叫ぶドラルクとは対照的に、ロナルドは自らの誕生日より近い日付で初夜に挑めると、内心ウキウキになっている。流石に五か月近く先にされては、たまったものではない。
「よし。俺たちが出会った日が俺とお前の初夜だな」
「……三か月くらい先だけど、大丈夫かね、これ?」
これ、と共に、細い指先が思わせぶりな位置を示すのを、ロナルドは笑って受け流す。
「後でヌくから気にするな」
「犯行予告かな? 座り心地良くないままなんだけど?」
「慣れろ」
「今すぐ何とかしてくる予定は」
「ないな」
「ないのか……」
まだしばらく昂ったままのロナルドを敷いて話をしなければならないらしいと気付いて、ドラルクががっくりと項垂れた。
「今夜についてだが」
言いながら項垂れたドラルクの頬にロナルドが手を添えて上向かせてくる動きに、素直に従う。ドラルクの眼前には、端正な顔立ちのドアップがあった。透き通るような美しい瞳が、ドラルクだけを映して煌めいていることが、ドラルクには不思議で仕方ない。
「キスくらいはしていいだろ?」
「必死すぎない?」
恥ずかしさのあまり茶化しそうになったが、ロナルドの視線は熱いまま。こんなに美しい人が、自分とキスしたくてこんなに必死になるのかと思うと、嬉しさより不思議さが先に来る。
さっきも、ロナルドのしたいようにしてくれていいと伝えたはずなのにと思いはするが、そう言うことはやめておいた。
「……うん、一度試してから考えようかな」
「よっしゃ」
「ガッツポーズするタイプなんだ、君。意外」
自分とキスをしたいと言うなら、いくらでもしてあげたい。
そう思う気持ちで試してからなんて返事をしたのだが、ロナルドの手を見て、ふと触りたいと思ってしまった。
「あ……あの、ロナルド君」
「ん?」
「ちょっと、先に手を貸してもらっていいかな?」
「何だよ? ほら」
ガッツポーズをしていた手を差し出されて、ドラルクの手が絡むように繋げられる。所謂、恋人繋ぎだ。
「……なるほど。手と手が密着する感じがいいね、これ」
ふにゃりと笑うドラルクが、繋いだ手を見せるように掲げる。絡んで密着する手が、熱くなっていくような心地がした。
「可愛すぎるんだが?」
「え?」
繋いだ手の感触に耐えられなくなったのは、ロナルドが先だった。
「すまねぇ。先にキスだけさせてくれ、お前が可愛すぎて我慢出来ねぇ」
「忍耐弱すぎないかね?」
「これでも立派な本命童貞なんだよ」
「普通それ誇れないんじゃ……」
いつものような言葉を交わす間に、少しずつ唇と唇の距離が狭まっていく。
「……鼻から息しろよ、いいな」
生々しい助言をされて、近すぎる顔の距離に、瞼を下したのはドラルクが先だった。
「ん……」
少しだけ顔を傾けて、唇同士が触れ合う。最初は優しく触れ合うだけを、何度も繰り返し、繰り返し。
その内、唇同士が触れ合ったままになって、ロナルドの舌がドラルクの唇に触れた。柔らかくぬめる感触につつかれて、おずおずとドラルクの唇が開く。
「……っ」
途端、口の中に、熱が注ぎ込まれたようだった。ドラルクの舌を探り当てて、絡め合う内に、キスが深くなっていく。先程繋いだ手はそのままに、ロナルドの片手はドラルクの後頭部を押さえるように回り、ドラルクの片手はロナルドの身体に添えるだけになっている。
口の中を嬲られて、身体がびくりと跳ねて、繋いだ手を何度も握ってしまう。体温からして違うお互いの熱が、口の中でゆっくりと同じくらいになる頃。
やっと、ロナルドが唇を離した。唇の間に透明の糸が伝うのを、ドラルクはぼんやりと見ていることしか出来ない。
「……好きな人とのキスって、柔らかくて甘いんだね。知らなかったよ」
蕩けきった声で、幸せそうな笑顔で、ドラルクが呟く。この姿を見る為だけでも、ロナルドにとっては禁煙した甲斐があった。
深くキスしても塵になる気配さえなかったドラルクに、嫌悪等は全くないらしいとロナルドも安心する。そして、少しだけ冒険してみることにした。
ちゅ、と、何の前触れもなく軽いキスを落とす。やはり、ドラルクが塵になる気配はない。
「……キスなら不意打ちしても大丈夫か?」
「みたい、だね……」
不意打ちのキスが嬉しかったのか、最早ドラルクはふにゃふにゃだ。このままでは、初夜は出会った日と言った舌の根も乾かないうちに襲ってしまいそうだと、ロナルドは自分の限界を感じ取って話題を変えようと試みる。
……思い浮かんだ話題があまりにもあまりだったが、思い浮かぶくらいだから、ドラルクに話しておきたいことではあった。
「……ドラルク」
「うん……」
ふにゃふにゃのドラルクが可愛くて仕方ないし、いい雰囲気をブチ壊すことは正直に言えば気が進まなかった。だが、前もって話しておかなければならないと、ロナルドは気を強く持つ。
「俺はこれで一途な男だから本当は言う必要はないんだが」
「突然の不穏、温度差で死にそう」
「悪いが耐えてくれ。災難は向こうから歩いてくることもあるから前もって言うぞ」
「向こうから歩いてくる災難って何!?」
悲鳴のような声がドラルクから上がった。いい雰囲気が跡形もなく吹き飛んだことを感じ取りながら、ロナルドは言葉を続ける。
「俺の彼女を名乗る知らない女が、お前のところに来る形の災難だ」
「説明の情報量が多すぎる!」
叫んで身じろぐドラルクを宥めながら、こういう話はキスの前にすべきだったかとロナルドは真剣に考えてしまう。天国が先か地獄が先か程度の差だが、順番は大事だったかもしれないという点は反省をしている。
「えっと……君の彼女を名乗る……君の知らない女性ってことかな?」
「ああ。俺を恋人だと思い込んだ厄介な奴だ」
「もう怖い。絶対に関わり合いになりたくない」
「それが向こうからやってくるんだ」
「怖いし本当に起こる未来しか見えない」
会話自体は淡々としているが、ドラルクはすっかり怯えきっていた。身体の端が塵になりかけていることからもわかる程だ。ロナルドを恋人だと思い込んだ厄介な女性が自らの城まで押しかけてくるかもしれない事実は、普通に恐怖以外の何物でもない。
怯えるドラルクは、それでも繋いだ手を離しはしないでいる。それが、まるで意思表示のようだとロナルドは思った。
「俺の恋人はお前だけだ、ドラルク。だから、そういう奴の言うことは何一つ本気にしなくていい。あと、そんなことがあったら絶対に俺に言え、抱え込むな。絶対に早とちりとかしないでくれ。いいな?」
ロナルドが伝えたい本題は、こちらだ。
例え誰が来ても、何を言われても、恋人であるドラルク自身と、ロナルドを信じていて欲しい。
少しだけ、繋いだ手に力を込める。ドラルクからも、手を握り返された。
「……ひとつ、約束してくれるなら」
「何をだ?」
「将来、もっと大事にしたい人が見つかったら。お別れはちゃんと、君に直接言いに来て欲しい」
まるで日頃の挨拶のように、静かな、穏やかな声だった。
言われた内容を理解した瞬間に、ロナルドの顔が苦々しさに歪むまで、重要なことを言われたことに気付けない程の静かな声。
「おい」
「大事なことなんだ」
繋いだ手は、離されないまま。ロナルドの目を真っすぐ見て、ドラルクが言葉を重ねる。
「君がその約束をしてくれるだけで、そういう人にちゃんと言い返せる根拠になるから。ロナルド君は、ちゃんと自分で別れを言いに来る人だよって言えたら、話が早いだろう?」
ふわりと、ドラルクが微笑む。何かを諦めたような、煩悶を吹っ切ったような。告白を受けた時と似たような笑顔だと、ロナルドは思った。
本当は、そんな約束はしたくない。
「……お前がそれで安心するなら、約束は、する」
だが、約束一つで、ドラルクが身を守れるのならと、渋々頷きながら言葉にする。繋いだ手に、また、力が入った。
「でも、絶対に、別れてなんてやらないからな」
一言だけ本心を告げると、ドラルクも小さく頷いた。
「約束してくれてありがとう、ロナルド君」
繋いだ手を握り返されて、優しく礼を言われて、ロナルドの口から盛大に溜め息が噴き出てしまった。
「……何で付き合い初日でもう別れる話してんだよ縁起でもねぇ……!」
「そもそも歩いてくる災難の話はじめたの君だろう」
溜め息とともに吐き出したロナルドの愚痴にも、ドラルクはさほど動じていない。軽口を返してくる程度には、いつも通りに見える。
いつも通りに見えるだけで、何かため込ませていないかと伺うように見つめれば、ドラルクは少しだけ苦さを込めて笑ってみせた。
「まぁ、して貰ってよかった部類の話だと思うよ、うん」
「お前こんだけ言ったのに抱え込んだり早とちりしたら思い知らせてやるから覚悟しとけよ……!」
「言葉も圧も怖すぎる」
怖すぎると言いながらも、ドラルクの身体はどこも塵になっていない。ロナルドとの距離感ややり取りには、もうすっかり慣れたということだろうと、前向きに解釈しておく。
「……ロナルド君」
「ん? まだ何かあるか?」
「恋人として。改めてよろしくね、ロナルド君」
頬を赤らめて微笑むドラルクの表情が、本当に幸せそうに見える。自惚れではなく事実だと信じて、ロナルドもまた笑って言葉を返した。
「……俺こそよろしくな、ドラルク」
繋いだままの手を持ち上げて、ドラルクの手の甲にキスを落とす。
永遠の愛を誓うようなロナルドの仕草を、ドラルクは赤い顔のまま受け止めていた。
ロナルド先生の執筆補助のお仕事
紆余曲折、というには穏当で平坦な一年足らずを経て、高等吸血鬼ドラルクは吸血鬼退治人ロナルドと恋人同士になった。ちょっとばかりサスペンスめいたバイオレンスな告白劇だったが、無事に過ぎてしまえばいい思い出になってしまう。
『わかった。初夜は俺ん家でだ』
『よし。俺たちが出会った日が俺とお前の初夜だな』
恋人同士になった日にロナルドに言われた言葉を思い出しながら、ドラルクは受け取ったメッセージを見つめていた。
『頼む。泊まり込みで俺の家に執筆の手伝いに来てくれ。地図情報は別で送信する。食材は買ってあるし調理器具と調味料も用意したし足りないモンがあったら俺の財布も預ける。お前の寝泊まり用の棺桶もレンタル済みだ』
ロナルドにしては珍しい、長文のメッセージ。改行も一切ないところに、切羽詰まっている様子が伺える。
ポコンと追加されたメッセージには、短くこうあった。
『〆切は五日後』
「嘘だろう!? 私が思ってる百倍くらい馬鹿なのか君!?」
もっと早く手伝いを要請してくれと心で叫びながら、承諾の返信をしつつ泊まり込みの準備をはじめる。時間的に地元を出る電車には間に合うはずなのだが、新横浜行きの電車との接続がうまくいくかは、若干自信がない。
もう新幹線利用か夜行バスでもいいかもしれないと思いつつ、ドラルクは旅行鞄に荷物をまとめて慌てて城を出た。
目指すは新横浜の、ロナルドの自宅。
出会ってもうすぐ一年になる中で、ドラルクにとっては初めての、ロナルドの自宅訪問だった。
以前、何かで載っていたロナルドの自宅は、高層タワーマンションの上層階だったはずとドラルクは記憶していた。自室からダイレクトビューで夜景が楽しめる、ということが話題にのぼっていたはずだから、恐らくその情報自体に間違いはない。
「……私はこっちの方が好きだけど……本当にここ……?」
送信されてきた地図情報を頼りに、終電間際の新横浜の駅からそこそこの距離を歩いてきたドラルクの眼前に広がったのは、緑の多い公園に近い一軒家。一見すると年代物に近い古寂びた洋館だが、門扉には新型インターホンと監視カメラが設置されているし、外から見た庭は綺麗に整っている。よく見ると、門扉の柱部分に不自然に真っすぐな切れ込みが見え、そこから何が出るのかと不安になってきてしまった。郵便物受け取り口はちゃんと見える形で備わっているので、不自然に真っすぐな切れ込みの正体はわからない。
不審者迎撃システムとか搭載してたらどうしよう、そんなことまで考えてしまう。
「……押していい、んだよね……」
ピンポーン、という音が鳴ると同時に、門扉が勝手に開いていく。セキュリティとしてこれはどうなんだろうとドラルクが戸惑っていると、インターホンから耳に馴染む声がした。
『そのまま入ってくれ。確認したらすぐ閉める』
「わかったよ。ありがとう、ロナルド君」
『来て貰って助かった。そのまま道なりに歩いてきてくれ』
「うん。後でね」
インターホンが切れる音がしたのを確認して、門の中に足を進める。少し歩いた辺りで、門扉は勝手に閉まっていった。中からロナルドが操作しているのかと思うと、気遣いが見えるようで嬉しく感じる。
門の内側は、緑の多い庭が広がっている。ロナルドの自宅にしては庭に手入れが行き届いているので、恐らくは庭園業者を定期的に入れているのだろうとドラルクは見て取った。ただでさえ、吸血鬼退治人と作家の二足の草鞋を履くロナルドが、更に庭の手入れまで自分でしていたら、倒れてしまうのはドラルクにもわかる。
広い庭の片隅の車庫に、いつもロナルドが乗り回している車もあった。車からもあの門扉を操作する仕組みがあるのかと、見た目からは想像つかないハイテク洋館っぷりに驚いてしまう。
整えられた道を歩いて、洋館の正面にたどり着く。礼儀としてノッカーで扉を叩くと、中からゆっくり扉が開いた。
中から、大分くたびれた姿のロナルドが出迎える。頭にヘアバンドをつけて、ジャージの上下姿だ。ドラルクが今まで見たことのない姿だったが、どんな姿も似合ってしまうイケメンは恐ろしいと、ドラルクはぼんやり思う。
「お招きいただきありがとう、ロナルド君」
「待ってたぜ……本気で……」
「いつかの君の言葉で返すけど、ガチめにギリギリだった声を出すくらいなら、何でもっと早く手伝い要請出さなかったのかね? ご飯は食べてる? お風呂は入ってる? ちゃんと寝てる?」
矢継ぎ早に問いかけるドラルクを家に招き入れながら、ロナルドは一つずつ返答していく。扉の施錠を忘れない辺りに、ドラルクはセキュリティ意識の高さを見た気がした。門扉の不自然に真っすぐな切れ込みは、本当に不審者迎撃システムかもしれないとこっそり心配をしておく。
「飯は今からお前が作る、風呂はその間に入ってくる、寝るのは脱稿してからだ。完璧だろうが」
「君、やっぱり私が思ってる百倍は馬鹿だろう。ご飯食べてお風呂入ったら一旦寝なさい。今から徹夜続きは倒れるのが先だよ」
「……お前の中の俺、ハイスペックだったんだな……」
「そのハイスペックロナルド君が本日をもって百倍馬鹿まで格下げになってるわけだが」
「馬鹿、つまりほっとけない男ってやつだろ?」
「それでいいのかね?」
軽口の応酬をしつつ、ロナルドはドラルクから荷物を受け取って、否、奪い取って先を歩く。真っ先に案内した部屋に棺桶があり、寝泊りはここでと説明されて荷物を置かれた。
少し広めの客室は北向きの上、分厚い遮光カーテンがかかっていた。日差しから絶対に守ってくれそうだと感じられて、ドラルクは嬉しく思ってしまう。
「君が寝たら、今夜中に君の朝食と昼食まで作って冷蔵庫に入れておくから。まず君はお風呂、私はその間にご飯作り、いいね?」
「おう。了解だ」
ふたりで客室を出たところで、ロナルドが立ち止まってドラルクの手を引く。
「ドラルク」
「ん?」
手を引かれるまま、流れに逆らわないでいたら。
ロナルドの腕の中に抱き留められて、そのままキスされていた。
急な触れ合いだったが、ドラルクはどこも塵になっていない。流石に目は見開いていたが、それもゆっくり閉ざされて、触れ合うだけと言うには少しだけ深いキスが繰り返される。
僅かに離れた合間に、ロナルドが呟くように尋ねてきた。
「……キス、慣れたか?」
「慣れた、のかな……」
「嫌じゃないなら、今はそれでいい」
不思議そうに返事をしたドラルクを抱きしめたまま、ロナルドはまだ何回か軽いキスを繰り返してくる。このままでは何も先に進まないと思い、ドラルクは身じろいでキスを避けた。
「と、ところでロナルド君、キッチンはどこかね? 冷蔵庫と各種調理器具は? 先に案内をお願いしたいんだが?」
「おう、こっちだ」
ドラルクの抵抗も気にしないまま、細腰を抱えてロナルドが歩き出す。連れられるまま歩き出してしまい、ドラルクはその手から逃れるタイミングを逃してしまった。目的地に着くまではこのままで、と、自分に言い訳をしてしまったのは、この距離が嬉しかった証拠だろう。
「ここがキッチン。隣が食堂だ」
「広いね、ありがたいよ。冷蔵庫……は……これ業務用……?」
「ここに入る大きさがこれだった」
「購入時の判断方法が雑」
もっと色々やりようがあったのではないかと思いつつ、ドラルクはロナルドから離れて業務用冷蔵庫の取っ手に手を伸ばした。少しの抵抗の後、ゆっくり扉が開く。
「こんな大きいの何入れっ!? 食材の偏り! 唐揚げとオムライス以外のものを作らせようという意思が全然伝わってこない! お米はどこで保存してるのかね!?」
「それはちゃんと調べて米櫃買って虫よけ入れてあるぜ、そこの下の戸の中だ」
ロナルドが指した先を開けると、米の保存はきちんとされているようだった。口ぶりからしてそんなこと滅多にしないだろうに、ドラルクに頼むからとわざわざ調べて準備をしてくれたと思うと、むず痒い気持ちが沸いてくる。
「……ここまでしてあるなら大丈夫そうだね。食材的にはしばらく炒めたご飯系と鶏肉料理になるから覚悟しておくように。メッセージでもあったけど本当に調理器具と……調味料……思ったより揃ってる……?」
「お前ん家行った時にキッチン調べさせて貰った。大体同じもの揃ってるはずだぞ。何か足りなかったか?」
「……恋人でもなきゃ許されない所業だよ、それ……」
キッチンを調べただけでなく、そこにあったものを本当に一通り揃えて買って用意したロナルドの思い切りの良さが、いい加減ドラルクも心配になってきた。前々から加減も限度も知らない男だとは思っていたが、ここまでかという気持ちが浮かんでくる。
「……恋人だからいいだろうが」
「本当だよ。君だから許されているだけなので、そこは肝に銘じるようにね」
ドラルクとしては、度を過ぎたロナルドに釘を刺したつもりだった。だが、言われたロナルドはにんまりと笑っている。普段の笑顔は比較的シニカルであったりするのだが、今浮かべている笑顔は、本当に嬉しそうな気がした。
自分の言葉の何がそんなに嬉しかったのか、ドラルクはまだ自覚していない。『恋人だから許している』という特別扱いが嬉しくない男は、この世にいないだろう。
「……これならうちと大差ない感じで作れそうだね。もうお風呂入っておいでよ、上がるまでに何かしら作っておくから」
「おう、頼むぜ」
ロナルドの喜色の理由がわからないまま立ち上がったドラルクを待ち構えていたように、ロナルドの手が痩身を捕らえにかかる。伸ばされた手をうっかり見送って、その腕の中に閉じ込められて、キスされるのを受け入れてしまった。
ロナルドのキスは、柔らかくて甘くて、優しい。仕草の何一つとして、ドラルクを傷つけはしない。キスの間中抱き締められることも、あちこち撫で回されることも、ドラルクは段々と好きになっている自覚がある。
それでも。今のドラルクは、ロナルドからの依頼でこの家に招かれた身という自覚もあった。本当はその背中に回したい腕を頑張って動かして、身体の間に隙間を作る。
「……ロナルド君、結構、キス好き?」
『早くお風呂入っておいで』と言おうとしたはずの喉から、思いがけない言葉が飛び出た。ドラルク自身も驚いてしまったが、ロナルドも思いがけない言葉に驚いているようだった。普段は落ち着いた印象の蒼い瞳が、真ん丸になっている。
「好きだよ。何で好きじゃねぇって思った?」
「……ええと」
問いかけを有耶無耶にするつもりがないらしいロナルドは、手に力を込めてきた。このままではきちんと言語化するまで解放されないかもしれないと、ドラルクは必死になって自分の思考を紐解いていく。
「……キスし慣れてそうだったので、飽きてるかなと、勝手に、思ってました……」
言葉にするとかなり酷いと思いながらも、自分の中にあった気持ちを何とか言語化していく。ドラルクの言葉を聞いて、ロナルドは少しだけ顔をしかめた。
「お前とのキスはまだ初心者だぞ。飽きるわけねぇだろ」
言いながら、ロナルドはキスを繰り返そうと顔を寄せてくる。それを何とか躱しながら、ドラルクの心には無性に申し訳ない気持ちが沸いてきた。
「……そうですね」
「何で敬語なんだよ。っていうかキスさせろやコラ」
「いや、その」
「……どうした?」
ドラルクの様子がおかしいと気付き、ロナルドは少しだけ身体を離す。その顔を覗き込むと、ドラルクは今にも泣きそうな表情に見えた。
「……勝手に決めつけてごめんなさい……」
小さく謝る言葉に、か細い声に、不意を突かれてしまう。少しだけ間をあけて考えてから、ロナルドはドラルクの頭を撫でてみた。少しだけびくりと身体が震えたが、その後はされるがままになっている。
「改めてくれりゃあそれでいいさ。あんまり気にすんな」
「……優しいなぁ……」
泣きそうな表情が少しだけ笑みの形に変わったが、その言葉が引っ掛かったロナルドは、再び口を開く。
「わかってなさそうだから言うがな。俺が優しいのは、恋人のお前にだけだ」
「……ありがとう」
撫でる手にすり寄るドラルクは、人懐こい猫のようだと、ロナルドは考えていた。明後日のことでも考えていないと、可愛い恋人の可愛い仕草に、あらぬところが元気になる気しかしなかったからだ。
ロナルドの食事の準備が一段落した頃、キッチンにツチノコがやってきた。
「やぁツチノコ君、お邪魔しているよ」
「ノコッ」
いらっしゃいませ、と言わんばかりの歓迎ぶりを嬉しく思っていると。
ツチノコの背後に、ゴロゴロと転がってくるオレンジ色の丸いものを見た。
何だろう、と思っているドラルクの目の前を一回通り過ぎて、再びゴロゴロ転がってきて、今度はちゃんとツチノコの背後で綺麗に止まる。オレンジ色の丸いものは、かつてハロウィンの時に見たものだった。
ロナルド命名、かぼちゃヤツだ。
「……自我が芽生えてる、みたいだね? 自我があるときに会うのははじめまして、だよね? 高等吸血鬼のドラルクです」
色々と言いたいことはあったが、ひとまず挨拶を優先することにした。自我がない時に見ていたこともあるし、ロナルドの家にいることを許されている時点で、危険なものではないと判断したからだ。
ドラルクに挨拶されて、かぼちゃヤツは目玉だけで器用に笑ってみせる。どうやら、ドラルクは気に入って貰えたらしい。
「……かぼちゃヤツ君、ゴロゴロ転がるの大変心配になるんだけど、いつものことかい?」
「ノコッ」
ドラルクの疑問に、ツチノコとかぼちゃヤツがほぼ同時に頷く。いつものことであり、心配するほどのことではないと言っているようだとドラルクは受け取った。
「そっか。これから宜しくね。私はこれからロナルド君の今後のご飯の作りだめをするから、また後でね」
「ノコッ」
丁寧に説明をすれば、賢いツチノコはわかってくれるとドラルクは知っている。かぼちゃヤツと共に、ツチノコは一旦キッチンを出て行った。
「さて、下拵えからかな」
ロナルドが風呂から出てくるまで、ドラルクの作りだめは続いた。
キッチンの隣に位置する食堂。そこに、ドラルクの料理が広げられていた。いつものようにいただきますと挨拶したロナルドに、召し上がれとドラルクが返す。
今回はシンプルに、鶏肉のソテーに焼き野菜を添えて、ピラフと一緒に出すことにした。唐揚げとオムライスの材料をやりくりした結果、若干彩りが足りなくなったことは反省点だ。なお、ロナルドは全く気にせず咀嚼している。
「うめぇ……ドラルクの飯滅茶苦茶うめぇ……」
「口から感想がダダ漏れてるけど大丈夫かね?」
「この姿見られてまでカッコつけてられるかよ」
「開き直った……その姿でも結構カッコついてるけど?」
「……カッコついてる俺だけが好みか?」
「ロナルド君が大好きだよ」
ドラルクは、ありのままを伝えただけだった。ヘアバンドをつけたジャージ姿のロナルドも大好きだと言っただけのつもりだったが、ロナルドには何故か強く効果を発揮したらしい。
「俺は明日死ぬのか?」
「人を原稿の修羅場に呼んでおいて一抜けしようとするのやめよう? 絶対に下手人扱いされるの私じゃないか」
「お前が突然可愛いこと言い出すのが悪い」
「ただの事実です」
軽口を叩き合えば、ふたりの空気はすっかりいつも通りになる。ロナルドの食べっぷりを眺めながら、ドラルクは家に来てから気になったことを聞いてみた。
「そういえばロナルド君。かぼちゃヤツ君、自我芽生えてるよね?」
「ああ。目玉がキョロキョロするし、廊下をゴロゴロ転がるんだよな。家が狭いとあちこちぶつかって危険だったんだ」
それが何か、と言わんばかりの反応に、新横浜の住人は皆懐が深いなと思ってしまう。カービングしたかぼちゃに名前をつけたり、そのかぼちゃに自我が芽生えても気にしないのは、おおらかすぎないかと思った。だが、基本的にドラルクはロナルドを信頼しているので、ロナルドがそう判断したなら大丈夫だろうと思っている。
「……この家、あの子達の為?」
「お前の為でもある。前の家、何やっても煙草の臭いが取り切れなくてな。ツチノコとかぼちゃヤツも増えたし、煙草の臭いのしない広い家にするかってこうなった」
「増えた住人の存在が強すぎる……」
普通の家にはツチノコもかぼちゃヤツもいないと思いつつ、だから屋敷にしたのかという考えはドラルクにも浮かんできた。広い庭で遊ばせてやりたくなったのか、とも思い当たる。
「お庭は業者さん?」
「ああ。何かこの庭、綺麗にしてないと怒られるとかで。定期的に手入れさせてくれって話が出たんだ」
「……業者さんから?」
「ああ」
わざわざ業者から言われたという言葉に、ドラルクは引っかかるものを感じた。
「……誰、に、怒られるんだい?」
「知らねぇ。そこは教えてくれなかった」
「曰く付き物件の気配しかしないのだが!?」
恐る恐る聞いたのに、ロナルドの返事はあっさりとしていた。完全に曰く付き物件の前置きじゃないかと訴えたものの、ロナルドの反応は落ち着き払っている。
「……高等吸血鬼が別荘として建てて、その後塵になっちまって。ほっぽり出された洋館だったとかでな」
「え?」
「その時何か、人間にはわからない契約だかしたとかで。業者がダンピールと吸血鬼でな、その誰かが怒ってないか見に来てくれてるんだ。その契約の関係で、高等吸血鬼が住むと、滅茶苦茶快適な空間を提供してくれるらしい。お前と付き合ってるからか、俺も快適に過ごしてるぜ」
そこまで言われれば、ドラルクもいい加減気が付いてしまった。
「……私、今、将来的にここに住むように言われてる?」
「言ってるな」
念の為に問いただすと、にんまりと、いつもの顔でロナルドが笑う。ドラルクが一緒に住むことを前提にして選んだ家だとわかって、ドラルクは溜息を吐かずにはいられない。
タワマンからわざわざ引っ越したこの家を、ドラルクが気に入らなかったらどうする気だったのか。流石に怖くて聞けはしない。
「お前はこの家、気に入ったか?」
「……うん、好きだよ。こういうお屋敷」
先手を打たれたような気持ちになりながらも、ロナルドの質問には素直に答えた。最初に建物を見た時には、もうドラルクはこの家を気に入っていたからだ。
出会って一年に満たない時間しか過ごしていないはずなのに、どうしてこんなに好みを把握されているのだろう。思いはしたが、ドラルクは怖くて聞かなかった、及び聞けなかった。
ドラルクの内心を知らないはずのロナルドは、何でもないことのように言葉を続ける。
「今回はレンタルだけど、いつかこの家にお前の棺桶置けよ」
「そ、ういう話はもう少し先じゃ」
出会って一年に満たない時間で、何故そこまで言えるのかとドラルクは驚きつつも、意味を知らずに言っている可能性を踏まえて軽く受け流そうとした。
「棺桶、置けよ」
「さてはわかって仰っておられる?」
全く受け流せなかった。
ロナルドは確実に、吸血鬼にとっての棺桶の置き場所の意味合いを知って言葉を発している。
「わかってるに決まってんだろうが。吸血鬼の文化くらい調べねぇとロナ戦書いてられねぇよ」
言葉と共に向けられたロナルドの眼差しは、真剣そのものだった。鋭ささえある視線を真正面から受け止めて、ドラルクは息も出来なくなりそうだと思った。
「ちゃんと考えといてくれよ」
「……はい……」
ふっと、ロナルドが目元を緩めて笑う。ドラルクは、小さく返事をするのが精一杯だった。
ロナルドの栄養補給が終わり、束の間の仮眠をとらせたら、執筆活動の手伝い本番が待っている。自分は一体何をするのかと思っていたら、案内されたのは大広間だった。既にツチノコとかぼちゃヤツが待機している。
ロナルド曰く、ここでツチノコとかぼちゃヤツと一緒に執筆を見張っていて欲しいということだった。執筆した箇所におかしなところがないか、誤字脱字等のチェックも含まれているという。
そういうことならと思い、ドラルクはその場に待機してツチノコやかぼちゃヤツと一緒に過ごしていたのだが。
「俺はほったらかされすぎて劣化してパリパリに破けていくクリアファイル……」
どうやら、どこかで執筆が行き詰っているらしい。
少しの間キータイプの音が止まっていたので見てみれば、頭を抱えて大広間のソファの上で蹲り、わけのわからない罵倒を自らに向けるロナルドの姿があった。
それを見てドラルクは、自分の真の仕事はロナルドをこの状態から脱させることらしいと把握した。ツチノコとかぼちゃヤツが心配そうに見つめる中、ロナルドに近づいてまずは頭を撫でてみる。
「こら。メンタルまでパリパリにならない、破けない。私のことを畏怖く書いてくれるんでしょう? 頑張っておくれよロナルド君」
精一杯励ましながら頭を撫でていたが、ロナルドはその体勢のままで声をかけてきた。
「手はそのままでいいから、もっとシンプルかつ元気になる声援をくれ」
「メンタルパリパリの姿で要求のハードルを上げてくるの、流石にカッコ悪い」
「うるせぇ、俺をもっと励ませください」
そんなに励まされたいのかと思いながら、ドラルクはとりあえず要望に応えられる語彙を自分の中で探してみる。シンプル、という言葉に、本当にシンプルなものを選んでみることにした。
「……ロナルド君、がんばれ、がんばれ」
二百歳を超えたオジサン吸血鬼にこれを言われて嬉しいだろうかと思いはしたが、そのオジサン吸血鬼相手に命がけで告白してきたロナルドが相手なので、採用した声援だ。流石に、少しばかり照れ臭い。
「もっと語尾にハートがついてる感じで」
「無理言わないでもらっていいかな?」
ただでさえ照れ臭いのに要求がエスカレートして、ドラルクもそこは一旦拒否の構えを見せることにした。それでも食い下がるようなら、無理を通してもいいとは少しだけ思っている。
どこまでも、ドラルクはロナルドに甘い。
「……でなかったらお前からキスしてくれ」
ドラルクの意思を感じ取ったのか、ロナルドの要求の方向性が変わった。今のロナルドの体勢では、キス出来る場所もたかが知れている。
「はい」
なので、その要求は通すことにした。とはいえ、現在の体勢からでもキス出来る頭頂部の、つむじ付近にキスするに留まったが。
ドラルクキスされた直後、しばらくロナルドの動きが止まっていた。何かを実感するまでに、時間がかかったらしい。
「ワンモア」
「急に元気になった」
声と同時に身を起こしたロナルドが、キスする為に屈んでいたドラルクに抱き着いた。ドラルクが呟くように言う間に、手際よく横抱きにして膝の上に乗せる。
「トゥマウス」
「それは流石に恥ずかし」
ドラルクの言葉は、最後まで言えなかった。ロナルドからのキスが先にきたからだ。触れ合うだけの軽いものだが、何度もされて何も言えないままになってしまう。
「……俺からする方が早いな。俺がキスしたくなったらいつでも出来るように待機しててくれ」
キスを堪能して満足したのか、さっきまでメンタルパリパリだったロナルドは、もうどこにもいなかった。いるのは、ドラルクを膝抱っこしてご満悦のロナルドだけだ。
「そんな待機はちょっと……遠慮したいかな……」
メンタルが回復したなら離して貰えないかとドラルクは身を捩るが、ロナルドはしばらく手放す気はなさそうだった。横抱きにしたドラルクを抱きしめて、先程されたお返しのようにドラルクの頭を撫でてくる。
「遠慮したら俺のメンタルがまたパリパリになるぞ」
「間違った方向の捨て身アタックやめてもらっていい?」
他に住人がいるという意味で恥ずかしさは消えないが、チラと目を向けてみれば、ツチノコとかぼちゃヤツはふたりの行動を何も気にしておらず、気ままに遊んでいるようだった。気にしすぎかと思いながらも、やはり今の体勢のままは、ドラルクの心臓に悪すぎる。
「……ところで。差し入れる飲み物は何がいいかな?」
何か煎れてこようと提案すると、やっとロナルドの手がドラルクから離れてくれた。少しだけ名残惜しく感じながら立ち上がると、ロナルドが手を恋人つなぎで引き留める。
「カフェオレ。角砂糖二個入れてくれ」
「了解。いつもと味が違っても怒らないでおくれよ」
ロナルドが理不尽に怒ったことは皆無だが、念の為に言っておく。繋いだ手を少しだけ揺らしながら、ロナルドは嬉しそうに言葉を返した。
「お前のコーヒーを飲み慣れてぇんだよ」
繋いだ手を口元に寄せて、ロナルドがキスを落とす。気障ったらしいと言うべきなのだが、ロナルドがやると絵にしかならない仕草だった。
「……モテテクの生き字引みたいな男だな……」
「お前だから言ってるんだよ」
辛うじて出たドラルクのぼやきを、ロナルドは真っ向から否定してくる。ドラルクだから言っているという言葉は、恐らく本音だ。
はいはい、と受け流すように返事をするドラルクの顔は、恥ずかしさのあまり赤さが際立ってしまっていた。
ロナルドの執筆補助の仕事は、ドラルクが思っていたよりは順調に進んだらしい。〆切の前日には、誤字脱字チェックまで終えた状態で原稿を完成させることが出来た。
フクマがドラルクにも挨拶を、ということで日没後の日付で〆切を設定されたそうだが、それでも余裕のある入稿に出来たのは、どうやら初めてだったらしい。
「フクマさんに渡す前日に寝てていいのはじめてだな……」
「これまでよく乗り怖えてきたねそれ。今度はもっと早めに言いなさいね」
言い合いながら待っていると、今日のフクマはきちんと家の正門から入ってきた。ハイテク洋館の門扉を操作して、家の中まできちんと招く。
フクマが原稿を受け取って中身を確認していくのを、ロナルドは緊張の面持ちで見守っていた。なお、ドラルクはお茶とお菓子を出して、一旦はツチノコとかぼちゃヤツに構っている。
「……お疲れさまでした、ロナルドさん。原稿をいただいていきますね」
「お疲れさまですフクマさん。宜しくお願いします」
フクマが受け取ったことを確認して、ロナルドが頭を下げた。
「ドラルクさんもお疲れさまでした。今後の活躍も楽しみにしております」
「大体全部ロナルド君の手柄です、賛辞は遠慮させていただきます」
ドラルクは基本的に、吸血鬼退治並びにロナ戦の賛辞については固辞の姿勢を貫いている。ロナルドが物言いたげに見てきたが、他の退治人やギルドのメンツを潰したりしたらと思うと、仕方ないことでもある。
「ああ、そうです。ドラルクさんにもお伝えしたかったことがあります」
「はい?」
フクマが突然、話を変えてきた。何事かとフクマを見れば、どことなく瞳が輝いている。
「こちらのお屋敷、何か不便がございましたら遠慮なくご連絡を。オータム式建築術で快適空間をご提供させていただきますので」
「聞いたことのない建築術ですね?」
思いがけない形で、ハイテク洋館の技術の出所がわかってしまった。言われてみればわかる気はしたが、わかりたくなかったかもしれないと、ドラルクは遠い目をしてしまう。
「現在はまだ電子機器での操作が主ですが、将来的には家具の脳波コントロールも可能に」
「突然SFの世界観を現実でぶつけてくるのをやめていただいていいですか?」
脳波コントロールで家具を操作する世界線はどうかと思うという気持ちを、辛うじて短い言葉に押しとどめた。ハイテク洋館までは受け入れられたが、流石にSF洋館はどうかとドラルクは思っている。
「えーと……そういうのも、ロナルド君にお任せを」
「将来的にはドラルクさんも住まわれるのですから、遠慮はいりませんよ」
「わかったら、不便とかあったらちゃんと言えよ。いずれお前も住むんだからな」
「揃って私の外堀を埋めようとなさっておられる?」
フクマとロナルドから、並々ならない圧を感じて言ってしまったが、それについて二人からコメントはなかった。ほんの僅かの間なのに、沈黙が恐ろしい。じっと見てくる二人が怖い、恐怖でドラルクは塵になるかと思った。
「……では、私はこれにて失礼致しますね」
「お疲れ様でした」
「何か言ってって下さいませんかフクマさん!?」
ドラルクの悲鳴のような声を聞いていないかのように、フクマは来た時と同じく普通に扉から出て行った。今回は本当に余裕があるらしい。
フクマを見送って、これで自分の手伝いも終わりかとドラルクも一息吐いた。
「……何はともあれお疲れさま、ロナルド君」
「お前の方が疲れた声してんな」
「いや疲れたよ。何で突然君の修羅場に巻き込まれたんだね私。せめてもっと前もって呼びたまえよ本当に」
「恋人だし相棒なんだぞ。これから毎回呼ぶから安心しろ」
「何一つ安心出来る要素がないのだが?」
当たり前の顔で次回以降も呼ぶと言われて、流石にドラルクは苦情を訴えたが、ロナルドは全く気にしていない。
「お前に案内してない部屋がある」
「案内されてない部屋だらけなんだが。私今回キッチンと食堂とお風呂と棺桶と大広間の往復しかしてないからね?」
「いいから来てくれ」
若干の理不尽を感じつつも、ロナルドの手に恋人つなぎをされると、つないだ手から抵抗する意志を奪われていくようだった。
手を引かれるまま歩くと、大きな扉の前までたどり着く。
「ここだ」
扉の大きさでわかっていたが、中も広々とした一室だった。
家具としては、大変広いベッドと本棚、机と椅子にテレビがあり、高級なホテルのようにも見える。本棚に並ぶ本の背表紙に見覚えがあることを踏まえると、答えは一つしかなかった。
「……君の部屋、かな?」
「そうだ。つまり」
つないだ手はそのままに、ロナルドの手がドラルクを抱き寄せる。踊るような動きで抱き留められて、顔と顔の距離が一気に近付いた。
「俺たちの初夜の部屋、ってことだ」
にんまりと。ロナルドの端正な顔が、キスを交わした時独特の笑顔を浮かべている。
……という事実に気付いて、ドラルクははじめて、ロナルドが自分に欲情しているのかと思い至った。ロナルドの笑顔に込められたものを、正しく受け取るだけの下地がドラルクの中に出来た証拠のようで、何となく居たたまれなくなる。
ロナルドに欲情されているという事実をきちんと受け止めた身体と心が、同時に熱を持ったようだった。ただ触れられていただけの身体に、不思議な感覚が流れはじめて、怖くなる。
「初夜に必要なモンは俺が全部用意しておくから、お前は身体一つで来いよ」
大事に抱きしめられて、耳元で囁かれて。怖くて逃げ出したいような気持ちになりながらも、ドラルクは何とか返事をした。
「……血液パック、飲んで、おくね……」
「おう。楽しみだなぁ」
「……う、ん」
本当は怖い。けれど、弾んだロナルドの声を聞いてしまうと、抵抗する意志も消えていく。
ロナルドが望むなら、それがロナルドの幸せだと言うのなら、何でも叶えたい。ドラルクは、いつだってそう思っている。
どこまでも、ドラルクはロナルドに甘い。きっと自分はそういう生き物なのだと思いながら、ドラルクはロナルドに抱きしめられていた。
今回の件を経て、ドラルクは一つ学習をした。
「フクマさん。こんばんは、ドラルクです。本日はお疲れさまでした。ところで、ロナルド君の執筆原稿の締め切りについて、教えてもらった〆切がいくつかあるのですけど」
今後もロナルドの修羅場に巻き込まれることが確定したならば、それは自分にとっても無関係ではないということを。
「私が今言ったもの以外で、何かありませんか?」
それならば、〆切の大元に共有をしてもらえばいいのだと。
「……じゃあ多分、ロナルド君忘れてますね、それ。お手数おかけしますが、ロナルド君にリマインド投げてもらっていいでしょうか? それに私を入れてもらって……はい。今後、私にも情報を共有していただきたくて。はい、宜しくお願いします」
フクマとの通話を切って、ドラルクは溜息を吐き、小さく呟く。
「……私、秘書だったかな……?」
答えるものは、今は傍にいなかった。
はじめましてのふたりのよる
一年前の今日、ふたりはドラルク城で出会った。
片や、手練れの吸血鬼退治人。
片や、真祖にして無敵と噂されていた高等吸血鬼。
被捕食者側と捕食者側であり、退治する側と退治される側、だったはずが。
何の運命の悪戯か、仕事の相棒になり、ドラルクがロナルドに恋をして、友人のように親しくなり。
紆余曲折と言うには穏当で平坦な一年で、ふたりの関係は恋人同士にまで発展した。ドラルクとしては進展が早いのではないかと思うこともあったが、人間のロナルドが相手のことなので、そこは受け入れている。
『わかった。初夜は俺ん家でだ』
『よし。俺たちが出会った日が俺とお前の初夜だな』
そうして、恋人同士になった日に取り決めたことを守る為に、ドラルクはロナルドの家を訪ねたのである。
そうして迎えた、一年前にふたりが出会った記念の日。
「いただきます」
「召し上がれ」
いつものようにロナルドに手料理を振る舞うドラルクは、上機嫌の中に少しだけ、緊張を抱えていた。今日ばかりは、ドラルクも食堂で血液パックを飲んでいる。
あれから何度か血液ボトルやパックを飲んだが、かつての強大な魔力が戻る気配はない。ちょっとばかり身体が丈夫になって、体力がつく程度だ。それなのに、初めて出会ったあの日は、ロナルドの血でその兆候を見せた。
恐らく、魔力を取り戻す為には『生きている人間から直接血を吸う』必要があるのだろうと、ドラルクなりに推測は立てている。
今後、そうしたことをしないようにと考えて、今夜の為に作ってきたものがあった。どんな夜になるかわかったものではないが、夢中になりすぎた時にロナルドを傷付けない為の、吸血鬼用マウスピースだ。牙にある腺を塞ぐ形で装着するので、違和感はあるが人間への加害性が極端に下がる利点がある。
一回きりの夜かもしれないのだから、少しでも悪い印象は与えたくない。そう思って作ったものだった。
……どんな夜になるか、わかったものではない。それでも、ドラルクにもわかっていることはある。
ロナルドは絶対に、ドラルクを傷付けるような真似だけはしないということだ。
それだけは、今までの付き合いで十分にわかっている。だからこそ、抱かれる側になってもいいと思えたのだ。
真面目で、律儀で、優しい、大事な恋人。
その願いを叶えたいと思うのは、ドラルクにとって当たり前のことだった。
血液パックを何とか飲み干した頃を見計らって、ロナルドが声をかけてくる。もう食事は終わっていて、食器をトレイにまとめているところだった。
「片付けは俺がしとく。風呂入ったら俺の部屋行っててくれ」
言われた言葉に、少しだけ身体がびくりと震えてしまった。チラリと時計を見れば、まだ日付も変わっていない。夜はまだこれからという時間だった。
「……早く、ないかね?」
「お前が相手なんだぞ。時間かけて丁寧にしねぇとデキねぇだろ。それに……」
まとめた食器を運ぶついでのように座るドラルクに近づいて、ロナルドは身を屈めて耳元に口を寄せる。
「俺は、時間かけて、全身くまなくじっくりヤりてぇんだよ」
情欲を隠す気のない、熱を含んだ低い声。聞いた瞬間に、ドラルクの背筋がゾクゾクと痺れてしまう。
「……そ、っか」
ロナルドの声にどう答えることが正解かなんて、ドラルクにはわからない。けれど、返事をしてから見たロナルドは、嬉しそうに笑っていた。
「それじゃあ……先にお風呂……」
いただくよ、と続けるつもりだった言葉は、ロナルドの唇に遮られた。
「んっ……」
勝手知ったるとばかりに入り込んだロナルドの舌に、縦横無尽に嬲られてしまう。じゅ、という湿った音を立てて離れた唇同士を、とろりと唾液が繋いでいた。
「後でな」
「……うん、後でね」
ぼんやりと頷いたドラルクの頬にひとつキスを落として、ロナルドはキッチンへ消えていく。
キスだけで蕩けてしまった自分が不甲斐ないような、あっという間に蕩けさせてしまうようなキスが出来るロナルドが怖いような、複雑な気持ちを抱えて、ドラルクは風呂へ行く為に席を立った。
広い寝室には、間接照明の仄明るい光がぼんやりと満ちている。大変雰囲気のある一室の、大きなベッドの上。ネグリジェ姿のドラルクは、バスローブ姿のロナルドに抱きしめられていた。ベッドに座るロナルドに跨る形だ。
何度も軽くキスをしながら、お互いの身体をじっくりと触りあう。
「……君、本当に私で興奮するんだね……」
密着した身体に興奮したロナルドのちんちんは、既に存在感のある勃ち方をしている。感じた熱から思い浮かぶ大体の大きさに、ドラルクはちょっと塵になりかけた。血液パックのおかげで、塵になりそうにはなかったが。
「まだ実感してなかったのか? 何なら触るか?」
「退治人君、吸血鬼に急所さらけ出すのどうかと思うよ」
わざと退治人君と呼んで、少しだけロナルドに苦言を呈してみたが。
「俺は。恋人と。触れ合いたいって言ってんだよ」
ロナルドからの返事は、至極真っ当なものだった。その視線にも、声にも、一切の揶揄いは感じられない。ロナルドに悪いことを言ってしまったような心地から、ドラルクは自然と顔を俯けてしまう。
「……茶化してごめんなさい」
恥ずかしさから茶化してしまったことを謝って、ドラルクが顔を上げる。ロナルドはじっと、ドラルクを見つめていた。
「……ロナルド君?」
「お前こそ。俺がヤりたいってだけで、全部明け渡すの、どうなんだよ?」
それでいいのか、と問いかけてくる視線は、真っすぐ真摯にドラルクを見つめてくる。
「私は、私が君にあげられるものは全部あげたいだけだよ。君が幸せなら、それでいいんだ」
ロナルドが告白をした日に聞いた、ドラルクの気持ち。それは、きっと優しくあたたかく、尊いものだろうということは、ロナルドにだってわかる。
「まだ、俺と一緒に幸せになろうって気持ちはわかねぇか?」
それでもロナルドは、まだ、ドラルクと一緒に幸せになりたいと思っている。今のままでは、それがロナルドの幸せだと思ったら、ドラルクはきっとどこともわからない場所に消えてしまいそうだと、そんなことを思ってしまうからだ。
「……ごめん。まだ、わからない」
「そう、か」
ドラルクの詫びる言葉に、気長に待つしかなさそうだと、ロナルドも改めて覚悟を決める。ドラルクの気持ちを改めて聞いて、表にこそ出さないが少しばかりしょんぼりとしてしまうが、今夜は他にも重要なことがある。
初夜をふたりで乗り越えるという、わかりやすい試練が待っているのだ。
それだけは何としても果たさなければならないと、ロナルドのちんちんは先ほどから存在感を一切失っていない。
「……こんな話してても全然変わらないの、凄いね……?」
「そんだけお前を抱きたいって意味だよ、ドラルク」
「お、押し付けないでぇ……」
ロナルドが悪戯に膝の上の痩身を揺すり、すっかり臨戦態勢のちんちんをゴリゴリとドラルクに押し付ける。お互いに下着はない為、直接の感覚がかなりダイレクトに伝わってきた。
「……あの」
「ん?」
「これ、触ってみて、いい?」
「おう」
少し身体を離したドラルクの細い指が、そっとロナルドのちんちんに触れる。ソフトタッチよりさらに軽い触り方しかしてこなくて、ロナルドとしてはくすぐったい。少しずつ、しっかり、すりすりと両手の平で大きさを確かめるように触っていく。
「……おっきくて、かたくて、あついね……焼けちゃいそう……」
普段よりも、ドラルクの声に甘さを感じる。ロナルドのちんちんを大事そうに撫でる姿が、もうロナルドにとっては目の毒だ。
「あんまりクソエロいこと言わない方がいいぞ」
「何か、跳ねた……!? え、エロいって何が!?」
「男は恋人にちんちんがデカくてかたくて熱いなんて、そんなうっとりした顔で言われたら興奮すんだよ」
憮然とした顔で言うロナルドの言葉に動揺しながらも、ちんちんから手を離さないドラルクの視線が、ロナルドの顔とちんちんを行き来する。
「こ、これ大丈夫……? あの、舐めたりとかした方がいい……?」
「出来んのか?」
「腺まで塞ぐタイプのマウスピースがあってね。これなら多分傷つけないと思うんだけど」
あ、と口を開けると、確かに牙を覆うようにマウスピースがついている。寝室では深いキスを全くしなかったから、気付けなかった。
「わざわざ作ってくれたのか」
「うん。ロナルド君がどこまでしたいか、わからなかったから。念の、為……上手に出来る自信はないけど……」
自分との初夜に対して、ドラルクが前向きに準備をしてくれていた事実だけでロナルドは嬉しかった。恥ずかしいのか顔を赤くして視線を彷徨わせるドラルクの、少し反応をはじめたちんちんに、ロナルドも手を伸ばす。
「……とりあえず、まずは互いに触るか」
「うん……」
ドラルクが頷いたのを確認して、手で包むように触れる。緩くさするように上下に動かすと、ドラルクの身体がびくりと跳ねた。
「……ロナルドくんのて、あつい……」
「嫌か?」
「や……じゃない……」
嫌じゃないなら続けていいと判断して、少しずつ手に力を入れてさすり、たまに亀頭に刺激を与えながら動かし続ける。ぐちゅ、ぐちゅと、滑った音が響き始めた。
「うぅ……あつい……」
「気持ちよくねぇ?」
「……いい、けど……こんなに、きもちい、の、はじめて、で……」
こわい、と言いながらも、ロナルドのちんちんから手を離さないドラルクが、可愛くて仕方ない。
「……滅茶苦茶気持ちよくしてやるからな」
「こわいから、ほどほどで……っ!?」
返事の途中から、ぐぢゅぐぢゅと音が立つように手を動かし始めた。びくびくと過剰な程跳ねる痩身を、ロナルドは楽しそうに見つめている。
「や、はやい、こわい、そんな、に、しないでぇ……!」
怯えるような言葉は甘い声に包まれて、表情も段々と蕩けはじめていると、ロナルドにはわかった。ますます、追い詰めるように手を動かしながら、薄い腹のナカまで暴いて食い尽くしたいという欲望を宥めきれず、ペロリと下唇を舐めてしまう。
「ドラルクも手、動かしてくれよ。俺がしてるみたいに」
動きが止まってしまっている手を指摘しながらも、ドラルクを苛む手は止めない。少しだけ力を弱めると、ドラルクの反応が落ち着いてきた。
「こ、う……?」
全身を襲う快楽に怯えながらも、必死になって手を動かしてロナルドに応えようとする。そんな姿が、ロナルドには堪らなく愛おしい。
「もっと力入れて握って平気だ。こんな風にな」
片手をドラルクの手に重ねて、動かさせる。ぐちゅぐちゅという音の元が、手の動きを助けてくれていた。
「ぅ……どくどく、してる……い、いたくない……?」
「もっと強くても大丈夫だ。そんな怖がんなよ」
自分と体温の違う、細くて長い指が包んでいるだけでも感じるものはあった。ドラルクが拒否しないのをいいことに、ロナルドはドラルクの手を動かさせると共に、自分の手でもドラルクを快楽に溺れさせていく。
「う……ぅあ、あ、やぁ……」
「気持ちいいかぁ?」
「う、ん……びりびり、して、ぞくぞく、して、からだが、かってに、うごい……っ!」
ドラルクの身体は確実に、快楽を求めて動き始めている。もっと溺れてくれという気持ちのまま、ロナルドは一際力強く扱き上げた。
「う、あ、あ……や、あぁあっ……!」
大きくびくんと跳ねた身体が弓なりにしなって、くたりとロナルドにもたれかかる。吐き出された精液を手のひらでうまく受け止めて、ロナルドは嬉しそうに笑った。
「……ごめ、ん、さき、イッちゃ……」
「謝らなくていい。手、貸しててくれな?」
もう力の入らないドラルクの手を握りこむようにして、ロナルドが自分のちんちんを扱く。
「こん、なにして、だいじょうぶ……?」
「俺は平気だ……ああ、でもお前の手だと思うと、クるもんがあるなぁ……」
ぐじゅぐじゅと濡れた音を立てるちんちんを乱暴に扱きながら、ドラルクの耳元で甘く囁いた。
「これから、お前の腹のナカも、こんな風に、ぐちゃぐちゃにしちまうからな……?」
煽るような言葉と声に、恐れも怯えも、確かに見える。
けれど、ロナルドのちんちんを手にしながら囁かれて。
「ぅ……っ……」
ドラルクの表情に、甘い期待と、快楽に溺れ始めて蕩ける色を見つけて、ロナルドも興奮してしまった。普段は知的な印象のあるドラルクが、快楽に染まった顔をしている時点で、もう達してしまいそうだった。
「な、一緒に、気持ちよくなろうなぁ……っ!」
性の衝動と程遠く見えていたドラルクの姿に、確かに見え始めた情動。
どれほど甘く悲痛な声で叫んで、どんな風に快楽に沈むか。
散々頭の中で犯した身体を目前にして、その瞬間への期待でロナルドも達してしまった。
「……はぁ。結構出たな……」
「すごいりょう……」
ドラルクの手にもかなりの量がついた精液を適当に拭おうとしたが、その動きをドラルクが制した。
「……これ、なめてみていい……?」
「クソエロいのも大概にしろよお前」
うっとりと、とろんとした目で言われて、ロナルドはうっかり素で返してしまった。普段なら野暮な返答をするドラルクが、じっとロナルドを見るだけなのは、頭が快楽に支配されてきている証拠だろう。
「……マズくて死ぬなよ?」
「たぶん、だいじょうぶ」
それだけ言って、ドラルクの長い舌がペロリと、自らの手についたロナルドの精液を舐め取った。ペロペロと繰り返し精液を舐めては口に入れ、ごくりと飲み下す。
「……うん。きみとあったときにのんだちより、へいき……すきかも、これ……」
心なしか更にとろんとしてきたドラルクの言葉に、ロナルドは少しだけショックを受けた。
「俺の血そんなマズかった……?」
「うん……ふせっせいをえきたいにした、みたいなあじだったよ……」
言いながらも、ドラルクは再び精液を舐め始める。ペロペロと丁寧に手についた精液を舐め取る姿に、ロナルドは気になって問いかけた。
「コレ、は?」
「……きみそのもの、ってかんじ……わたしはすき……」
「クソエロいことばっかり言うな」
何がエロいかもわからないと首を傾げるドラルクに、ロナルドはそっと顔を近づける。キスをされそうだと察して、ドラルクは僅かに顔を引いた。
「……わたし、これのんじゃったけど……」
「俺がこれ舐めたらイーヴンってことでいいな?」
ベロリ、とロナルドが舐めたのは、先程ドラルクが出した精液。止める間もなく舐められてしまい、ドラルクは返事に困ってしまう。
「……体液って感じだな、お前の」
「たいえきだからね……」
最早、当たり障りのない返答をすることが精一杯だった。もう一度顔を寄せてきたロナルドを避けることなく、ドラルクは静かにキスを受け止める。
お互いの精液の味が口の中で溶け合うことさえ、今のドラルクには不快ではなかった。精液の味が消えて互いの唾液だけが行き交う頃、唇がゆっくり離れていく。
「なぁ、ドラルク。これからこれがお前のナカ入って暴れるけど、怖いか?」
鼻先が触れ合う距離で、少し荒くなった息と共に吐かれた問いかけ。バスローブを脱ぎ捨てながらロナルドが言った言葉をきちんと考えて、ドラルクはゆっくり答えた。
「……こわい、けど。ロナルドくんと、こういうこと、したいきもち、わたしにも、あるから……」
静かに、ゆっくりと。ドラルクは自分の気持ちを訴える。
「がんばらせて、くれると、うれしいな……」
情欲に満ちた夜のはずなのに、ドラルクの微笑みは不思議なほど無垢に見えた。どれほど乱れさせても、溺れさせても、人の手の届かないところがあるような気持ちが浮かんでくる。
「……頑張ろうな」
それでもロナルドは、手を伸ばしてドラルクを抱きしめる。手を伸ばさずにいられるならば、こんな関係になろうとなんて最初から思わなかった。
どうしようもなく欲しいと思った、隣にいてほしいと思った、ロナルドにとってのただひとり。こんなに優しく賢い吸血鬼が誰からも忘れ去られていたのなら、自分が奪っていったって文句を言われる筋合いはないなんて、身勝手なことを考える。
「ん……っ、はぁ……」
密着してキスをしていたが、ドラルクからは随分と力が抜けていた。チラリと表情を見ると、蕩けてはいるが疲労の色も見えている。
「疲れてきたか……横になってろ」
「いいの……?」
「ローションあっためねぇと温度差で死ぬだろ。ちょっと休んでろよ」
休ませてはくれるが、途中でやめる気は本当にないらしいロナルドの言い方に、ドラルクはうっかり笑ってしまった。そんなにしたいのかと思いつつ、やめる気がないなら自分に出来ることをしようと考える。
「……じゃあ、ぬいでまってる、ね……」
濃厚な触れ合いの結果、ぐしゃぐしゃになってしまったネグリジェを脱いでいく。既に手にローションを乗せていたロナルドは、その仕草を遠慮容赦なくガン見してきた。
「脱ぐ仕草がエロすぎる」
「わたしをそんなめでみるの、きみくらいだよ」
「知ってる。他の奴に見られたらすぐ俺に言え。この世から消してやる」
「なにそれこわい……」
手にローションを乗せたままだから緩和されているが、ロナルドの言い分は大変物騒だ。それでも、普段のやり取りに近い会話をしていると、ドラルクの緊張は解れていった。
ロナルドがローションで濡れた手を、ドラルクの下腹部に近づける。
「入れるぞ」
小さくひとつだけ頷くと、空いている手でドラルクの頭を撫でて、何度もキスを落としてきた。ちゅ、ちゅと触れ合う度に音が生まれては消えていく。
「……んっ……」
ぬち、と、ドラルクの恥部にロナルドの指が触れた。自分自身でさえ滅多に触れない場所だが、その触れ方が優しく、無理な動きをしないことに安心する。
「力入れんなよ……そのままな……」
興奮からか息は荒くなってきているが、それでもロナルドは優しい声をかけてくる。合間にキスされるとそれだけで嬉しくなって、手を伸ばして身体を寄せてしまう。
「ん、ふぅ……ろな、くん、キス、もっと……」
「いくらでも」
密着した体勢のまま、次第にキスが深くなっていく。嬲られるようなキスを交わしながらロナルドと触れ合う場所が、熱くなってそのまま溶けていってしまいそうだった。
溶けていくように解れていくのは、ドラルクの気持ちだけではなかったらしい。
「はぁ……あ、はいって、る……?」
「一本目だ。痛かったりしないか?」
「う、ん……だいじょうぶ……」
いつの間にか、ドラルクのナカはロナルドの指を、奥まで受け入れていた。まだ一本目だが、思っていた以上に違和感はなかった。
「すげぇな、お前のナカ。狭くて熱くて、俺の指ぎゅうぎゅう締め付けてる」
「ぅぁ……」
ぬちゅ、ぐちゅ、という音が、締め付けるナカで指が動く度に鳴る。指の曲げ伸ばしにも違和感がなくて、痛くも辛くもない自分の身体が、ドラルクは少し怖くなった。
「ちゃんとほぐして、慣らして、一緒に気持ちよくなろうなぁ……?」
「う、ん……」
興奮した荒い息と共に、耳に直接流し込んでくるような、ロナルドの甘い声。囁かれた言葉を聞いている間に、ドラルク自身への身体の恐怖は、すぐ消えてしまった。
ロナルドが求めてくれるなら、それに応えたい。どんな時も、ドラルクはロナルドに甘い。
「指、増やすぞ」
一度引き抜かれた指が、増えて再び奥深くまで入ってくる。ぐちゅぐちゅ、と、音は次第に淫らさを増してきた。
「はぁ……は、ぁ……」
「痛みは?」
「ない……よ……」
「じゃ、動かすからな」
前もって言ってくれるのは、驚かせたくないからだろう。と、ぼんやり考えていたドラルクの意識は、強い快感で急激に引き戻された。
「っ!? あ、え、なに、いまのっ」
「ここか?」
「あ、ぅ!? なに、これぇっ……!?」
ロナルドの指が明確に刺激する箇所から、ビリビリとした強い快感が全身を覆っていく。過ぎ去った後にも熱がこもっているようで、その熱が理性を燃やしていくようだった。
「ここだな……」
ドラルクの身体が激しく跳ねた場所を、ロナルドの指が執拗に責め立てる。
「ぃゃあっ!? そこらめ、やめ、てぇっ!?」
「何でだよ? 押されたり引っかかれると気持ちいいだろ?」
「やっ!? や、だめ、そこ、おかひ、く、なっ!?」
「もっとおかしくなれよ。俺しか見てねぇんだから」
「あ、やぁ、そんな、はげし、く、ひないれっ……!?」
ビクンビクンと過剰なまでに反応する身体と、悲鳴じみた嬌声が嬉しくて、集中的に責めてしまう。指を受け入れているナカは、ぐじゅぐじゅに蕩けて何の抵抗もしていない。いつの間にか、ドラルクのナカは三本の指を受け入れていた。
「ここ、ひっかくのとさ」
「ひぃっ!? や、やらぁ!」
少し強くひっかくと、嬌声は可哀想な程に甲高くなる。仰け反って晒された首筋にキスしながらも、ロナルドの手は止まらない。
「奥まで出し入れすんの」
「やぁあ! じゅぼじゅぼやめれぇ……!」
意図的に強く抜き差しをする手を止めるように、ドラルクが身を捩る。だが、ロナルドに抱き着いているせいで、動作だけなら身を摺り寄せて、まるで先を促しているようにも思えた。
「どっちがいい?」
「どっちも、やぁ……やめ、とまってぇ……!」
「じゃあ両方な」
引っかくような形の指が、強く抜き差しされる。強すぎる刺激が、ドラルクの身体を快感で満たしていく。
「ま、た、イッちゃ……!」
「ナカの慣らしだけでイくとか、エロすぎんだろ……最高だな」
「らめぇ……イく、イッちゃ……っ! ぁああああっ!!」
ガクガクと全身を激しく痙攣させて、ナカから与えられた快感だけでドラルクは達してしまった。ぎゅうぎゅう締め付けるドラルクのナカを感じ取って、ロナルドも笑みを深くする。
「……はぁ……はー……っ……」
いまだに抜けきらない快感を逃すように息も絶え絶えのドラルクに覆いかぶさって、ロナルドは顔を覗き込んで問いかけた。
「……ドラルク。まだヤれるか……?」
声は静かだが、熱を含んで重く甘く響いてくる。その瞳はすっかり欲情しきって、ドラルクを貪り尽くしたいと訴えていた。
「俺のこれ、まだお前のナカに入ってねぇんだよ」
ゴリゴリと、ロナルドのちんちんがまたドラルクに押し付けられる。今度は、ナカに入って暴れたいとばかりに反り返って存在を主張していた。
「……っ……」
「これ、お前のナカに入れさせてくれるか?」
快感でドロドロに蕩けてしまったドラルクの身体と頭は、拒否することさえ思いつかない。ロナルドにそこまで興奮されていることが嬉しかったし、これ以上、我慢もさせたくなかった。
「……うん……そのまま、きて、ろなくん……」
ロナルドに気持ちよくされただけ、自分の身体で気持ちよくなって欲しい。そんな風に思う相手は、ロナルドだけだ。
「……このまま?」
ゴクリ、と、ロナルドの喉が大きく鳴る。ドラルクにとっては、ここまで我慢して慣らしてくれたことを思えば、避妊も病気の心配もいらない身体に遠慮までして欲しくなかった。
「うん……わたしのナカ、そのままのろなくんで、いっぱいにしてぇ……」
力の入らない手をロナルドに伸ばして、その背に抱き着く。今のドラルクが考え付く限りの精一杯の誘惑だったが、ロナルドの理性の糸を引きちぎる効果はあったらしい。
「……上等だ。お前に俺を刻み付けてやるよ……!」
ドラルクの足を広げて、ナカにロナルドのちんちんが沈んでいく。全く抵抗なく飲み込まれていくのに、ぎゅうぎゅうと締め付けて離さないナカは、ロナルドから容赦なく理性を奪っていく。
「っあつ、い……ろなくん……っ……」
「すげぇ吸い付いてくる……お前身体まで俺のこと好きだなぁ……!」
軽口を叩きでもしないと、あっという間に持っていかれるような、貪欲に絡みつく感触だった。少しずつ奥に進めていくが、その度にぎゅうぎゅうに締め付けてくるナカが気持ちよすぎて、ロナルドも軽率に奥まで進められないでいる。
「すき……ろなくん、が、ずっと、すき……」
「俺もお前を愛してるぜ、ドラルク」
「っ……」
愛してるという言葉に、またナカがぎゅうと締め付けてくる。
言葉では野暮ばかり言おうと、ドラルクがどれほどロナルドに甘いかなんて、甘やかされている本人がわからないはずはない。それにしたって身体まで甘やかしすぎだろうとは思わないでもなかったが、ロナルドは今言う程の野暮天でもなかった。
「はぁ……ヤベェ……滅茶苦茶吸い付いてくる……」
「うう……っ、ナカ、いっぱい……はい、った……?」
「一応な。まだ全部は入ってねぇけど」
ドラルクの言葉に、ロナルドが事実を述べる。一番奥深くまで届いたところで様子を見ていたが、実際のところはロナルド自身が落ち着きたくて動かないでいただけだ。
ロナルドを全部受け止められなかったことは、ドラルクにはショックだったらしい。
「……ごめん……」
小さく謝る言葉と共に、蕩けてふわふわしていた顔に、悲しみと申し訳なさが滲んだ。
「そのうち入るだろ。気長にヤってこうぜ」
初回からここまで乱れたのなら、その日は遠くないだろうと思いながら、ロナルドはドラルクの頭を撫でる。何故か、ドラルクは目を見開いて、次の瞬間には小さく笑った。
「ろなくん……うごかさない、の……?」
「動いてほしい?」
煽るような、試すような、悪戯なロナルドの声。ドラルクは頷いて、自らひとつキスをした。
「……うごい、て……わたしに、ろなくん、ぜんぶ、おしえて……」
「いいぜ。全部くれてやる」
ドラルクの細い腰を、ロナルドの大きな手が掴んだ。その瞳はギラギラと欲情しきって、表情はドラルクが見たことないほど荒々しい。
「……その代わり。お前もずっと、全部、俺のモンだ、ドラルク……!」
腰を掴んだ手に力が入り、一気に引き抜かれかけて。
勢いをつけて、一気に奥まで突き入れられる。
「っ! あっ! あ、う、あぁっ!?」
段差のあるカリがナカをゴリュゴリュと行き来する度に、ドラルクの全身を衝撃と快感が満たしていく。衝撃だと思っていたものさえ、時間が経てば快感に摩り替わっていった。
「ろ、なく、っ……あ、ぅあ、しゅご、いっ、きもち、いぃっ……!」
「ああ、俺も、すげぇいい……! 油断すると、もってかれるな、これっ……!」
ドラルクを翻弄しているようで、追い詰められているのはロナルドも同じだった。心底惚れた相手を抱くことが、こんなに心身共に満たされて、気遣いも何も出来なくなるほど夢中になる行為だと、この夜はじめて知ったようなものだった。
「なぁドラルクっ、気持ちいいか? もっと激しくしていいか? お前のナカ、奥までガンガン犯していいかっ?」
一緒に気持ちよくなりたい。ドラルクが許してくれるなら、今よりもっと、一緒によくなりたい。
目の前でロナルドを受け入れるドラルクに聞けば、快楽に支配されてうっとりした笑顔で頷いてくれる。
「うあ! あ! おくぅ、きてぇっ……! ぜん、ぶ、あげ、う、からぁ……っ!」
力のない手で必死に抱き着いて、何度もロナルドの身体にキスを落としながら。
「こわひて、も、いい、からぁ……っ!」
ドラルクはただ、ロナルドの求めに応じたい気持ちを伝えていく。
壊れるほど抱いていいのかと、告げられた言葉をそう解釈して、ロナルドはなけなしの気遣いの一切を捨てた。
「ドラルク……ドラルクッ!!」
「あ! あっ! あぅ、ろな、くっ……ろなくぅんっ……!」
肌と肌がぶつかる音さえ、濡れて卑猥なものになっている。ぐちゅぐちゅとナカから音が漏れていることさえわからないほど、ドラルクはロナルドとのセックスに溺れていた。
「らめ、ま、た、イっ、ちゃ、うぅっ……!」
「いくらでも、イけよっ!! なぁ、ドラルクっ!!」
ロナルドも限界が近いが、自分の限界よりも、はじめてのドラルクが自分と交わる行為で達してくれるかの方が重要だった。
その身体に自分を刻み付けて、二度と忘れられなくさせたい。その為にも、自分自身の限界よりドラルクを優先させて奥まで犯し続ける。
「ろ、な、く……っ……あ……ぁあああっ!!」」
悲痛な程の嬌声で、息も絶え絶えに名を呼ばれて。
直後にナカが、一際強くうねる。
「ぐっ……う、ヤベェ、滅茶苦茶いいな……!」
奥の奥まで貪り尽くしてやろうと思っていたロナルドを搾り取ろうとするようなナカの動きに、ロナルドも抵抗せずに精液を叩き付ける。溜めていたつもりはなかったし、一度出してもいるが、思った以上に大量に出してしまった自覚はあった。
「や、やめ、ナカ、あついの、らしちゃ、やぁっ……!!」
吐き出した精液を受け止めて、更にドラルクの身体がビクビクと跳ねる。過剰に与えられた熱に浮かされたような声と姿が、酷く卑猥でたまらなかった。
「ナカに出されても感じるとか、エロすぎんだろ……かわいいなぁ……」
身体の中の熱を持て余しているようなドラルクを、ロナルドは荒い息を整えながら眺める。ドラルクの呼吸は、まだしばらく整いそうにない。
青白い肌に赤みが差した肌が、艶めかしく汗ばんでいる。時折ナカが蠢くのは、淫らな余韻を味わっているからかと思うと、どうしようもなく高ぶってしまう。
もう、一線は超えてしまった。これから何度超えても、同じことだろう。そんな身勝手なことを考えながら、ドラルクの腰に触れた手に再び力を入れた。
「……なぁ、壊して、いいんだよな……?」
「ひっ!?」
ぐじゅ、という音と、ナカで再び大きさと硬さを増したちんちんを感じ取ったのか、ドラルクが小さく叫んだ。
「ま、まだ、する、の……?」
「嫌か?」
尋ねながら、ロナルドはもうナカでゆっくりとちんちんを動かし始めている。出した精液を擦り付けるような動きに目を白黒させながら、ドラルクは必死になって返事をした。
「……ヤ、じゃ、ない……けど、もう、ちょっとだけ、やすませて……?」
休みさえすれば、拒まれない。ドラルクの言葉をそう受け止めたロナルドが、嬉しそうに、幸せそうに。
「休んだら、また、な?」
それでいて、欲望を隠さない笑顔を浮かべる。
夜はまだこれからだと、言わんばかりの笑顔だった。
高等吸血鬼ドラルクには、女性経験も男性経験もない。生まれてからというもの、時代の流れがあまりに波乱に過ぎて、それどころではなかったともいう。
ドラルクの父は、竜の一族の偉大なる当主にして御真祖様の嫡男であり、次期当主のドラウスという高等吸血鬼だ。母はミラといい、極東の日本に生まれ、来日していたドラウスに見いだされ、吸血鬼と人間の間を取り持つ弁護士となった。
生まれながらにして父母を超えて祖父譲りの強大な魔力を持っていたドラルクは、一族から様々なレクチャーを受けながら暮らしていた。
百九十年程前、人間を家畜にして支配しようという、当時の一大勢力との抗争が勃発するまでは。
竜の一族は、当主である御真祖様以下、皆が人間の文化を保護すべきとした人間友好派。その誰もが強大な力を持っていたが為に、人間を襲う一派とは相容れない立場にあった。
更に言えば、当時は人間と吸血鬼の間にも溝があり、吸血鬼同士で争えば確実に横やりを入れられる力関係が出来上がっていた。
吸血鬼同士の抗争を人間に察知されることなく、最も大きな衝突を最小の被害に食い止めた時。
最小の被害者であるミラは危篤となり、生死の境を彷徨っていた。
……危篤、というところが、運命の分かれ道だった。
仮に、抗争の末にミラが塵になっていたのなら、ドラウスはミラの分までドラルクを愛することを躊躇わなかっただろう。違う世界においては、ドラルクが幼少の頃から多忙なミラの分まで、立派にドラルクを愛してみせた偉大な父親である。
結果、その世界のドラルクは自己肯定感の高い陽気な性格になり、すぐ死ぬという無害な体質と相俟って、他者に愛されることで無敵になる道を堂々と歩ける存在となる。
だが、ドラウスは愛息家であると同時に、愛妻家だ。危篤状態の妻ミラを、易々と捨て置ける男ではない。
そして、この世界のドラルクは、どこかの世界と違い。
強大な魔力を持つ、真祖にして無敵の吸血鬼だった。
『……お父様、私は大丈夫です。力の制御方法は、ノースディンおじさまに学びます。前にそんなお話をなさってらしたじゃないですか』
百九十年前、母であるミラを入れた棺桶の前で、ドラルクはそう言った。手を離すと塵になってしまうミラの手を握ったまま、離せず動けないドラウスに向けて。
『お父様は、お母様の傍にいて差し上げてください。私は、大丈夫ですから』
そう言って、ドラウスがずっと迷っていた時に、自ら手を離した。
父には、危篤の母の傍にいて欲しい。その気持ちは、本当だったから。
……それ以来、ドラルクは故郷を離れたきり、一度も父母には会えていない。母が目を覚ましたらどこにいても必ず連絡すると言ってくれた御真祖様とも、それっきりだ。
幼かったドラルクの親代わりになってくれたのは、同じ竜の一族の、氷笑卿と呼ばれる高等吸血鬼のノースディンだった。ドラルクに強大な魔力の制御方法を教えてくれて、人間社会を渡る術を学ばせてくれながらも、その強大な魔力を隠すように静かに、平穏に暮らしていたのが、およそ百年ほど前。
『お前の母君の生まれた国に、私の末裔数名と幾何かの財が運んである。この辺はしばらく人間達の戦争が続くだろう。落ち着くまで隠れることにする』
それが、次の運命の分かれ目。
吸血鬼は、存在自体が警戒されることの多い時代だった。二人の動きを読んだ吸血鬼退治人数名が、古き血の吸血鬼である氷笑卿ノースディンを打ち取らんと襲撃を仕掛けてきた。
『ドラルク。お前はこれを被って、このチケットで船に乗るんだ。私に何があっても、振り返ってはいけない。私を探してはいけない。船に乗り、お前の母の生まれた国へ行きなさい。私の末裔が港に迎えに来ているはずだ』
『師匠……』
『元気でな』
大きな手でドラルクの頭を撫でてそう言った、共に暮らした親代わりの師匠は。
二度と、ドラルクの前に戻ってくることはなかった。
強大な師匠の気配が消えていくのを感じ取りながらも、ドラルクは言いつけ通りに船に乗り、日本にたどり着いた。
港まで迎えに来たという師匠の末裔は、見てすぐにわかるほどそっくりな顔をしていた。元々師匠は人間から吸血鬼になったから、人間だった頃の末裔なのだろうとすぐわかるほどに。
慣れない土地の片隅で、人間の戦争が終わるのを待ち、人間の社会が復興するのを待ち、目まぐるしく変わるのを見つめながら、息を潜めて生きていたドラルクをどう思ったのか。
暇つぶしにどうでしょうかと、師匠の末裔が当時は大変高価だった発売したてのファミリーコンピュータを差し入れてくれたのが、更なる運命の分かれ目だった。
元々、読書のようなフィクションや知識の獲得が好きなドラルクは、ゲームにドハマりした。時代の流れの関係で大人しかったドラルクにとって、ゲームはいくらでも時間を潰すのに最適な趣味となった。
ファミリーコンピュータから始まり、ありとあらゆるゲームハードとソフトを手にしては、有り余る時間を費やしてじっくり遊び尽くす日々。夢中になって引きこもって、幾年月。
運命の吸血鬼退治人ロナルドがやってきた時には、すっかり弱体化していた、というのが真相である。
……なので、今になってドラルクは、本当に滅茶苦茶頑張って勉強をした。
本来なら一般的には、男女が行う夜の営みについての勉強を、である。
『女には全く困っていません』と言わんばかりの美貌を持ったロナルドが、自分のような身体の同性を抱きたいと言ったのだから、自分に出来ることはしてやりたいと思っている。
とはいえ、ドラルクの狙いは、正直なところ、別にあった。
「……一回したら、満足するだろうし……」
骨と皮しかないような自分の身体を見て、ドラルクは呟く。そう何度も抱きたいと思える身体ではないだろう、というのが、ドラルク自身の正直な感想だ。
未経験のことだから怖いと逃げていたら、ロナルドの退治人の本能を刺激しすぎてしまうと思い、ひとまずは希望を叶えて満足させてから、冷静に考えて貰おうと思ったのだ。
一度でも抱けば、大したことがないとわかるはずだと、ドラルクは考えている。
一度目は勢いでも、きっと何とかなってしまう。
全てを知って、暴かれてしまえば、二度目は、きっとない。
それが、ドラルクの本当の狙いだった。
ロナルドを冷静にさせる為だけに抱かれる側になるというのは、ドラルクからしても大層覚悟がいることだ。
けれど、大好きなロナルドが一度でもそう願ったことだから、叶えてやりたいと思ってしまう。
ロナルドが欲しいと言えば、それが何でも与えてあげたかったし。
ロナルドがもういらないと言ったら、それを受け入れようと思う程。
ロナルドに恋するドラルクは、どこまでもロナルドに甘かった。
甘く淫らに落としてしまった意識を取り戻して、ドラルクはぼんやりと枕元の時計を見る。まだ、夜明けまでは遠い時間だった。随分と没頭していたような気がしたが、そうでもなかったらしい。
ロナルドは、隣で静かに眠っている。起こさないように慎重に動いて、ドラルクはベッドから出た。
出ようと、した。
「どこ行くんだ」
背後から伸びてきた、しなやかで逞しい腕が、絡まるようにドラルクを抱き締める。ロナルドの腕の中に閉じ込められて、ドラルクは小さく言葉を返した。
「……ホットミルク、飲みたくて」
「作ってくるから待ってろよ」
耳元に寄せられた唇が、吐息のような声を伝えてくる。
「疲れてるんじゃ」
「お前のが負担でかかっただろ」
耳を食みそうな距離で触れてくる吐息のくすぐったさに身じろいで、後ろから抱きしめてくるロナルドの顔を見たドラルクは。
生まれてはじめて、夜でも良く見える自分の目を呪いたくなった。
「こんな時くらい甘えてくれよ」
青空のような美しい瞳が自分だけを見つめて、甘く熱く蕩けている。今まで見たどんな表情より、特別甘い笑顔が向けられていると、ドラルクでもわかるほど。
ロナルドは、心の底から幸せだと伝えてくる笑顔を浮かべていた。
「……お願いして、いいかな?」
「待ってろ」
輝くような笑顔と共にキスを一つ残して、ロナルドはベッドから抜け出していった。全裸のまま部屋を出て行ってしまったことは止められなかったが、ドラルクは正直それどころではない。
「……どうしよう」
一度でも抱けば冷静になって、ロナルドは目を覚ますとばかり思っていた。
一度きりの思い出を抱き締めて、これから先を生きていくのだと思い込んでいた。
まさか。
前より熱のある、甘い視線を向けられるようになるなんて、ドラルクは思ってもいなかった。優しく抱き締められて、甘えてくれと懇願されて、あんな笑顔を向けられるなんて、想定していなかった。
その時になってはじめて、ドラルクは。
ロナルドが自らに向ける愛を欠片も信じていなかった、昼の子の愛の重さを知らなかった、自分の浅はかさを自覚した。
ロナルドがホットミルクを作って寝室に戻ると、ドラルクは嗚咽もなく、ただ涙をはらはらと零していた。慌てて近寄ると、ドラルクが静かに心中を告白してきて、ロナルドは何かが腑に落ちたような心地を覚える。
「ごめんなさい……」
「何となくわかってた。お前が何か、しょーもねぇ気持ちでいたことくらいはな」
話を聞いたロナルドは、ドラルクの頭を静かに撫でる。
付き合ってから、ドラルクは何度もロナルドの言動に驚いていた。恋人同士なら当たり前にすることの一つ一つに、目を丸くして戸惑ってばかりいた。それが、ロナルドの気持ちを全く信じていないことに起因するならば、大体の反応に辻褄が合うと言わざるを得ない。愛することには躊躇がない癖に、愛されることを想定していなかった反応だと言われれば、その通りでしかなかった。
そんなことを打ち明けられても、ロナルドは落ち着いている。目の前で涙をはらはら零すドラルクが、つい先程まで、限界までロナルドを受け入れてくれたことくらいわかっている。
「だから、抱いた。そのくらいしないと、お前絶対にわからねぇだろうから」
欠片も自分の気持ちを信じられていなかったことより、不信を自覚して泣いたドラルクが気がかりで、ロナルドは静かに声をかける。
ドラルクからの気持ちを疑ったことは一度もない。その強固な事実が、ドラルクを気遣う根拠になっていた。
「……少しは、俺の気持ちは、お前に届いたか。俺が本気でお前を愛してるってことくらいは、わかったか」
噛んで含めるように、ゆっくり、伝えていく。ドラルクにショックを与えたいのではなく、ただ、自身の気持ちが伝わって欲しい一心で、ロナルドは静かに待つ。
「……多分」
「多分か」
「……本当は、まだわからない。君は本当に美しくて、輝いていて、優しくて、素敵で……」
呟くように重なる言葉を、ロナルドは焦らず待った。ドラルクの為であれば、いくらでも、いつまででも待てる。
ドラルクの頭を撫でながら待っていると、細い指が撫でる手に絡まった。そのまま、指と指を絡めて繋ぎ、頭から離す。ロナルドは付き合い始めた日に、ドラルクが繋いだ手を嬉しそうに掲げた姿を思い出していた。
「そんな君が、こんな私が欲しいなんて、気の迷いだとしか思えなかったんだ。でも、私も、君が好きだったから。あの日、君を失うくらいなら、君に捕まってしまおうと思ったんだ」
繋いだ手を、ドラルクが大事そうにもう片手で包む。その手を見つめる表情は、笑みの形をしただけの、苦悶に近いものだとロナルドは感じた。
「君は優秀な退治人だから。獲物が逃げたら、追いかけたくなるだろう? 捕まれば、身も心も捧げたら、満足してくれると思ったんだ」
繋いだ手を見ていたドラルクの顔が、ロナルドに向き合う。
「……満足したら、慣れて、いつか、飽きるだろう?」
言いながら浮かべたドラルクの笑顔が痛々しくて、ロナルドも繋いだ手を包むように握る。
「そんなクズに身も心も投げ出してよかったのか」
「人間は、そういうものだと師匠から学んでいたんだ。それに、君はクズなんかじゃないと知っているよ。でも……君もいつかは、私よりいい相手を見つけて、昼の世界に帰るんだと思ってたのは、あるかな」
訥々と、ドラルクは自らの気持ちを語り続ける。ロナルドは、静かに聞くしかなかった。あまり自分のことを話さないドラルクを知る機会だと、真っすぐ見つめて耳を傾ける。
「私はきっと、昼の世界に疲れた君の、夜の止まり木だと……そう、ありたかったのかもしれない。君に安らぎだけでも与えていたかった。君から沢山のものを貰ってばかりだったから」
ドラルクは淡々と告げてくるが、ロナルドにとっては、自分こそがドラルクから貰ってばかりだったと思っている。
初めての恋。静かに過ごせる城と快適な環境の心地よさ。危険な退治の時、同じ方向を向いて歩ける心強さ。一緒にゲームをする時の楽しさ。何をしていても、ドラルクと一緒なら全てが楽しく、嬉しかった。
ロナルドは、その時間を、手放す気は全くない。
「私が君に返せるものなんて、限られていたから。君が望むなら、何でもあげたかった。君がもういらないと言うなら、笑って昼の世界に帰るのを見送りたかった」
だが、ドラルクは違う。ロナルドが望むなら、それが別離でも受け入れると、そう言って微笑む。
「私の思い描いていた幸せは、それだけだったんだよ」
ロナルドの為なら、何でも差し出して、受け入れて、置いて行かれることにさえ頷ける。
それは、ロナルドには出来ないことだ。例え何を引き換えにすることになろうとも。
ロナルドは、もう、ドラルクのいない幸せは思い描けない。
「……ロナルド君。私はやっぱり、君と同じ気持ちはわからない生き物なんだと思う。これ以上一緒にいても」
「それでも、俺は、お前じゃなきゃ嫌なんだ。俺に遠慮して離れるくらいなら、俺の為にずっと傍にいてくれよ」
指を絡めた手に力を込めて、包む手と共に強く握る。まとめて引き寄せて、ドラルクの手の甲にキスを落とした。
「ずっと、俺の幸せでいてくれ」
何を聞かされようと、ロナルドの言い分は一切変わらない。ドラルクから本心を聞き出せるようになった今の関係を解消する気は全くないし、ここから再び、一緒に歩き始めていけばいいと思っている。
「……約束を、守ってくれるなら」
『お別れはちゃんと、君に直接言いに来て欲しい』
付き合いはじめた日に交わした、一つの約束。
「したからには守るけど俺は絶対に別れてなんてやらねぇからな……!!」
苦々しく思わざるを得ない約束を思い出しながら返事をすれば、ドラルクは再び目を丸くして、ロナルドを見つめてくる。
「ドラルク?」
また何を考えたのかと思い尋ねれば、小さく笑って口を開いた。
「どうしてそんなに私が好きなんだ、君……」
全くわからないと言わんばかりの言葉だが、その声には少しだけ、幸せが滲みはじめた気がした。
「わからせてやろうか、これからまた」
手を握ったまま、ロナルドは静かに告げる。
「……うん。教えてくれるかな。もっと君を知りたい」
握っていた手を少し解いて、その手でロナルドの頬に触れる。ドラルクは、真っすぐロナルドを見つめていた。
その視線には、いつも愛情が宿っている。それを疑ったことがないから、ロナルドは落ち着いて話し合えた。
「教えてやるよ。一つ一つ、ちゃんとな」
頬に触れた手を包むように、手を重ねる。恋人繋ぎの手は、ずっとそのままで。
ロナルドの手が、ドラルクの顔を引き寄せる。
ふたりの夜は、まだ、終わる様子を見せないままだった。