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    A×H|log1『だいたい酒のせい』

     カルデアを構築する技術をもってすれば、扉一枚隔てるだけで酒宴の気配は遠のく。
     アキレウスは酔いつぶれたヘクトールに肩を貸しながら、ゆるく湾曲した廊下を歩いていた。響くのは自分たちの足音だけで、カルデア職員たちの姿も見えない。いやになるくらい、二人きりだった。
    「おいオッサン、ちゃんと歩けよ」
    「んん、……」
     肩にかかる重みはけして軽くなく、ぐにゃぐにゃとくらげのようになった体は支えにくいことこの上ない。苛々と、なかば引きずるように無理矢理足を前に運ぶ。しかし、どこへ行く当てもなかったことに思い出し、舌打ちする。ヘクトールにも与えられている部屋の場所などアキレウスは知らない。とにかく連れ出してきてしまったものは仕方ない。立ち止まってたずねた。
    「オッサン、部屋どこだ」
    「んー…、おしえない」
    「……おい」
     目線よりやや下にある頭をにらみつける。いい歳のくせして額におろしている前髪で表情は読みづらかったが、わずかに見える笑っているような口元が、さらに苛立ちを加速させた。
    「送ってやるって言ってンだよ。さっさと言え」
    「やだよ。君、俺のお願いは聞いてくれないくせに」
    「―――それはあのときのことを言ってるのか」
    「さぁてね。なんのことやら」
    「チッ。酔っぱらい野郎(オヤジ)め」
     憎々しげにつぶやく。ヘクトールといると、昔のことばかり思い出す。

     あのとき。息も絶え絶えに俺の遺体は我が父のもとに、というヘクトールの願いを、アキレウスは切り捨てた。そして遺体を戦車にくくりつけ、引きずりまわして辱めた。オリュンポスの神々でさえ眉をひそめたその行いを、アキレウスが悔いたことは一度としてない。だが未練はあるのだ。―――あのとき、アキレウスを狂乱に貶めた激情は、果たして英雄的であったのか。

    「……じゃあまた俺のところに来てもらうぞ」
    「うええー。やだあ」
    「うっせ。手前に拒否権はないんだよ」
     ふたたび重い体を抱えなおし、アキレウスは自室に足を向けた。




    「おらよっ」
    「わぶっ」
     自室のベッドにヘクトールを放り投げる。顔面からマットレスに激突することになったヘクトールは、変な声で呻いた。もぞりと体を起こし、前髪の間から不満そうな目を向ける。
    「い゛ったいなぁ、酔っぱらいにはもっと優しくしてよぉ」
    「うるせえ。手前が俺に優しさとか求めんな、気色悪ぃ。手前は床だからな」
     言い捨てて、ベッドから一番離れた部屋の隅に予備の毛布とクッションを並べ、即席の寝床とする。これでよし、と振り向くと、ヘクトールが勝手にベッドにもぐりこんでいた。アキレウスは額に青筋をうかべ、足音も荒くベッドに歩み寄って毛布を引っぺがした。
    「おいオッサン! そこは俺が寝るんだよ!」
    「いいだろぉ別に。減るもんじゃなし」
    「俺の寝る面積が減ってんだろ! 自分の図体考えろよ! ああもう、やっぱり置いてくりゃよかった」
    「そうだよ、だいたいなんで君なの。介抱するのに殺したやつよこすとかなんの冗談なの、誰だよ君に頼んだやつ」
    「それは俺の台詞だっつの。文句ならあのヘラついた羊飼いに言え」
    「ダビデかよ……」
     ヘクトールが両手で顔を覆う。あの野郎あとで覚えてろ、なんてぼそりと聞こえた気がしたが、無視した。
    「――……で、なんで君はそれを引き受けたわけ」
    「それは。……」
     ヘクトールとしては当然の疑問に、アキレウスは言葉に窮した。自分でもその答えをもっていないから。
     酒盛りの中心から離れたところで、赤い顔で舟を漕いでいるヘクトールを見たとき、胸がざわめいたのは覚えている。ふらふらと、糸で手繰られているように近づいていって、なにか二言三言くらいは言った気がする。多分、憎まれ口を。それで気づいたら傍にいたダビデに介抱役を押しつけられていた。説明できるほどのものはない。
    「―――はあ。まったく、大英雄様の考えることはオジサンにはよくわからんねえ」
    「馬鹿にしてんのか、オッサン」
    「まさか。君はいつだって“そう”だったろうが。どこまでも自分勝手で傲慢で、自分が好きなようにしか生きない。ほんっと、君ってやつは、」
     ヘクトールは淡々と、感情の見えづらい声でつづける。
    「いやになるくらい、英雄らしい英雄だよ」
    「…………」
     この目の前でベッドに横たわるかつての宿敵が、なにを考えているのかなんてわからない。生前だってわかったためしはなかった。それがいつもアキレウスを苛立たせて、挑みかからせたのだ。でも、いまは、不思議とそんな気持ちにならなかった。
    「――……俺が英雄なら、アンタはなんだ。アンタはなぜ槍をとった? なにを思って戦ったんだ」
     返答のかわりに返ってきたのは、規則正しい寝息だった。
    「…………はぁあ」
     逃げられた。アキレウスはぐしゃぐしゃと髪をかきまぜた。生前なんども味わった、捕えたと思った瞬間、手の中が空であることに気づくあの感覚。がむしゃらに腕を振りまわせばまわすほどに散っていく煙のような男。どこまでも自身の栄光と名誉を求めて戦ったアキレウスとは正反対に、国に殉じ愛した民を守るために立ち上がった英雄――――、本当にそうだったのだろうか。
    「……まあ、いいか」
     時間はある。カルデアの戦いはまだまだ長びくだろう。そのうちに煙を捕える方法も思いつくかもしれない。
     アキレウスはヘクトールの体をベッドの端にぐいぐい押しやって、自分の寝るスペースを確保した。念のため、ベッドの中央にクッションを並べて境界線とする。これを越えたら問答無用で叩き落としてやる、とひそかに決める。
    「―――待ってろよ。ヘクトール」
     いかに奴を暴いてやろうか。その算段に思いを馳せながら、アキレウスは眠りについた。





    ( 誰が待ってやるかよ。今度こそ絶対、逃げ切ってやる。 )

    『真夜中のホットサンド』

     深更。時計の針は午前二時を指している。
     本来サーヴァントには不必要な睡眠であるが、カルデアの英霊たちは夜になれば各々割り当てられた自室にひっこむのが大多数だ。つい最近、召喚された大英雄アキレウスも、それにならい数時間前に自室にもどったのだが。

     ねむれん……

     アキレウスは部屋備えつけのベッドに寝転がって天井を睨んでいた。部屋にもどってかれこれ数時間、この状態である。
     そもそも眠りに落ちるほど疲れも蓄積していない。なにせ召喚されたばかりなのでレベルが低い…とはマスターの言だが、アキレウスはよく理解できていない。戦場に立てないかすかな苛立ちがつのるばかりである。
     支給品のかたいマットレスの上で何度目かわからない寝返りをうったあと、アキレウスは腹に力をこめて起き上がった。
     食堂に行けば宵っ張りな誰かひとりぐらいいるだろう。
     そう考えてアキレウスは部屋を出た。



    「「げ」」
     互いの姿が目に入った瞬間、まったく同じ表情で、ふたりは声をそろえた。
    「なにしにきたのさ、君」
    「手前こそ、なにやってんだよ」
     睨みあったのは一瞬、相手の方が先に目をそらした。ぷかりと中空に煙を吐きだして、
    「あーやめやめ。なにもここまできてやりあうなんて不毛この上ない」
    「…………おう」
     照明も落とされた食堂でひとりきり煙草をふかしていたのは、アキレウスの仇敵、ヘクトールだった。武装を解き、いくぶん、どころか緊張感の欠片もない軽装である。
     ここで踵をかえすこともできたが、かつての最大の敵を前に背を向けるのもなんだか癪だ。大股で食堂に入り、ヘクトールから微妙に距離をとった席に座った。
     ヘクトールが吸っている煙草の火が暗闇でぼうと点滅する。
    「で。なにやってんの君」
    「別に。ちょっと歩いてただけだ」
    「ふぅん。……ま、どうせ眠れなくて食堂に行けば誰かしらいるだろうと考えてたんだろうけど。いたのがオジサンで残念だったね」
     心を読んだかのような的確な指摘に、アキレウスは唸りそうになるのをこらえて言った。
    「ちっ。相変わらず腹立つオッサンだな」
    「もうこれは癖みたいなもんでね。なんせ十年も大軍相手にしなきゃいけなかったもんで」
    「狸オヤジめ」
     ヘクトールがけらけら笑う。たいしてアキレウスはむずかしい表情をくずさない。それはそうだろう。生前、死力を尽くしてようやく倒した最大の天敵。それがこのように過去をなんてこともないように笑い飛ばしているのだから。これではまるで、自分の痕跡をきれいさっぱり消されてしまったみたいじゃないか。―――おもしろくない。
     ヘクトールは野良犬程度なら睨み殺せそうなアキレウスの眼力などどこ吹く風で、もくもくと煙を吐いている。紫煙は天井近くをゆらゆらとただよい、そして消えていった。
     ふと、ヘクトールがアキレウスに向き直って口を開いた。
    「そうだ。なんか食べる?」
    「は? なんだ唐突に」
    「また長い付き合いになるだろうし、お近づきのしるしに? ま、あの戦争くらい長いのは勘弁だけどなあ」
     アキレウスが目を白黒させているうちに、ヘクトールは煙草をもみ消して厨房へ消えた。やや遅れてアキレウスが追う。
    「おい、……おいオッサン」
    「まあ座って待ってなよ。毒なんていれないから」
    「そういう心配をしてるわけじゃねえって、」
     ヘクトールは慣れた様子で巨大な冷蔵庫からトマトをとりだした。アキレウスが見ているうちに、それは薄切りにされる。さらに食パンとスライスチーズが用意された。どうするのかと見守っていると、ふいごみたいな形をしたフライパンがでてきた。
    「なんだそれ」
    「ホットサンドメーカー」
     ヘクトールは短く答えて、ふいごの片面に食パンを一切れ置いた。その上にトマトの薄切りとスライスチーズを一枚のせる。塩コショウとオリーブオイルを数滴垂らして蓋をぴっちりととじて、弱火で両面焼くこと数分。
    「はい。できあがりー」
    「おお……」
     おもわず声があがった。こんがり狐色になった二枚の食パンは魔法のようにぴっちりとくっついている。
     それを皿に盛って、ヘクトールはアキレウスの横を通りすぎて食堂まで運んだ。アキレウスはのこのことそのあとを追う。
     ことり、とテーブルに置かれた皿からはかすかに湯気が立ちのぼる。
    「どうぞ?」
    「……誰も食べるとは言ってねえぞ」
    「あ、そう。餌を前にした野良犬って顔してるけど。鏡見る?」
    「手前ほんっっと腹立つな……」
    「せっかく作ってあげたんだから、感謝して食べてほしいなあ」
     ヘクトールがにやにや笑いながら言う。その顔はさながらいたずらを仕掛けた悪童のようだ。実際は髭面のオッサンなのだが。
     腹立ちまぎれに乱暴に席につく。ほかほかと湯気のたつ黄金色のホットサンドを見ていると、悔しいが確かに食欲をそそられる。オッサンは気に食わないが、食材に罪はない。アキレウスはええいままよと、両手でホットサンドをつかむとおもいきりかぶりついた。
    「む……」
     おいしい。さくり、と心地いい歯ごたえのあと、トマトの酸味とあつあつとろとろのチーズが口いっぱいに広がる。シンプルな料理ゆえに癖もなく、あっというまにたいらげてしまった。
    「おいしいだろう」
     ヘクトールはどことなく嬉しげに笑う。なんとなく、喜ばせてしまったのが腹立たしくて、アキレウスは口をへの字に曲げた。
    「悪くねえんじゃないの」
    「素直じゃないな」
     ヘクトールの腕が前に伸びて、びしっとアキレウスの額をはじく。手についたパンくずに気をとられていたアキレウスは避けられず、急にはしった痛みに額をおさえた。
    「ぃでっ」
    「あれ? 効いた?」
    「~~~~っ、効いてねえし、痛くない!」
    「へえそう。ふうん、なぁるほどぉ」
     先ほどにも増して楽しそうなヘクトールに、アキレウスの顔はどんどん渋くなる一方だ。それを気にするふうもなく、ヘクトールはほんのちょっと笑みをおさえて、
    「ま、気晴らしになったなら結構。……明日から忙しいよ、君」
    「……何? どういうことだ」
    「君の戦場での有用性は、マスターにばっちり伝えてあるからねえ」
     なにか含んだところのある笑み。アキレウスは問いただそうとするが、じゃあねおやすみ、とだけ早口に言って、ヘクトールはさっさと食堂を出ていった。相変わらず逃げ足の速い…、と嘆息するのもつかのま、ヘクトールの言葉を思い返す。
    「野郎……、マスターになにを吹き込んだんだ?」
     しかし彼の言葉が嘘だとは思えず、アキレウスはにやりと笑う。ようやく、力を見せる時がきたらしい。まずはマスターに己の力を示し、そしてその次は……。
     思い出させてやろう。かつて貴様の民を震えあがらせた姿を。己に永劫消えることのない激情を刻みつけ、そして我が手で果てた彼の英雄にもう一度、この名を。
     アキレウスは見る人がいれば震えあがっただろう凶悪な笑みをうかべ、食堂をあとにした。


     翌日。「種火が集まったよ! さあ、食え!」と叫ぶマスターにより、大量の種火がアキレウスの胃袋に押し込まれることになるのだが、これはまた別の話。
    『あなたのことは嫌いですので。』


    『 シミュレータ、起動。 システム オールグリーン。
      被験者二名の生体反応確認バイタルチェック開始。 ──心拍、血圧ともに異常なし。
      ステージ設定:ルーム 両名に宝具封印状態を付与。
      制限時間:無制限
      全工程クリア シミュレーションを開始してください。──── 』


     機械音声の案内が終了したと同時に、アキレウスはまぶたを押し上げた。何度かまばたきし、徐々に視界を安定させていく。そこは、いつもと変わらぬマイルームのように見えた。窓のない壁。観葉植物。一人用のベッド。そして、いつもならいない、壮年の髭面がひとり。
    「なんでよりによってオッサンと」
    「へーへー、悪かったですね、オジサンで」
     ヘクトールは常と変わらない力の抜けた笑みで返答した。笑うとやわらかく垂れた目尻にしわがより、一気に人好きのする風貌になる。近所でよく犬を散歩させてるオジサンのよう、とはマスターの言だ。
     騙されねえぞ。と、だがしかしアキレウスは思う。
     どんなに平凡で暢気そうに見えても、ヘクトールはあのトロイア戦争の大英雄。数において圧倒的に上回るアカイア軍が、10年かけてもトロイアを攻め落とせなかった最大の理由がヘクトールなのだ。
     いまだって、気の抜けた笑みで油断させて、後ろから殴りかかってくるともしれない。
     アキレウスがヘクトールから目を離さずにいると、ヘクトールが視線に気づいて肩をすくめた。
    「やれやれ。そう、気張るなよ。これは戦闘シミュレーションじゃないんだぜ?」
    「分かってる。で、何をすればいいんだ」
     これは戦闘シミュレーションではない。
     それが、アキレウスがヘクトールを警戒する理由のひとつでもあった。
     マスターからシミュレーションルームに呼び出され、そこになぜか待っていたヘクトールと共にこの部屋に送りだされたのがついさっきのこと。ろくに説明も受けず、詳細はヘクトールが話すからと、なしくずし的にここにやってきてしまったが、戦闘でなければ一体なんなのか。戦い以外のことをしてこなかったアキレウスに、マスターは何を望んでいるのだろう。
     何をすれば、と訊いたアキレウスに、ヘクトールは言葉を濁した。ふい、と目をそらして、ほおを指で掻く。アキレウスよりほんのすこし背が低いために、うつむくと前髪が目元を隠して表情が読みにくい。
     おい。と語気を強めにうながすと、ヘクトールは観念したように言った。
    「『相手の好きなところを10個あげること』」
    「相手の、……ハァア?」
     アキレウスはおもいきり渋面をつくった。
     散々ためて言うことがそれか。というか、わざわざ呼び出してシミュレータをつかってまですることがそれなのか。
    「誤解するな。マスターも遊びでこんなことしているわけじゃない」
    「じゃあなんだ。ふざけてるとしか言いようがねえと思うが」
    「俺だって誰が誰をどう思っていようが勝手だと思うがね。まあ実際この大所帯で世界を救うなんて大層なことをやるんだ、内側に不和があるのはまずいだろう。現実に、すでに何組かがこのシミュレートを受けているが、その後の関係が良好になったとの報告もある。君も知っての通り、マスターは度の過ぎたお人好しでね、できれば俺たちには仲良く、楽しく過ごしてもらいたいんだとよ。そのための、イベントだよ。深く考えるな」
     つらつらと説明口調で述べたてられて、アキレウスはおもしろくなさそうに鼻を鳴らす。
    「だったらなんで事前に言わない」
    「言ったら君、その俊足で逃げるでしょ」
    「……まあそうしてたかもな」
     結局まるめこまれてしまったような気がする。しかし、苛立ちがすでに消えているのも確かだった。この際、長所でもなんでも適当にあげて終わらせてしまったほうがいい。関係良好になるつもりなど毛頭ないが、それはヘクトールとて同じだろう。
    「どっちからやる?」
    「ふむ。ちょっと待て、いま思い出してる」
    「そんな頑張らないと出てこないかね、俺の好きなとこ」
    「好きじゃねえし。じゃあ、そっちはどうなんだよ」
    「いいよ、じゃあ俺からやろう。その間に考えといて」
    「……おう」
     立ちっぱなしもなんだから、とヘクトールがクッションを取りだした。シミュレータの設定次第でいろいろと持ち込めるのだそうだ。飲み物でもあったほうがよかったかね、とヘクトールは言うが、そんな時間もかからないだろ、とアキレウスは断った。ヘクトールはうなずいて、クッションにもたれる。そして天井の染みでも数えるみたいに──カルデアの天井に染みなどありえないが──指を折りながら、数え上げ始めた。


    「いち、年少のものに優しく、面倒見がいい。
     に、意外に料理がうまい。君が食事当番のときは、みんな楽しみにしてるんだ、本当だぜ?
     さん、声の通りがいい。戦場での君の声は、味方に勇猛さをあたえてくれる。
     し、姿勢がいい。
     ご、槍捌き。力強くて、流麗で。戦士であれば一度は君の槍には見惚れるだろう。
     ろく、こと戦術にかけては君の判断は正確だ。信頼がおける。
     しち、粗雑でうっかりなところも、つけいりやす…ごほん、親しみがもてる」
    「おい、いま何言いかけた」
    「やめてよ、どこまで数えたか分からなくなる」
     ヘクトールはへらりと笑う。
     騙されない、と誓ったのはついさっきのはずなのに、いまは、この男が嘘を言っていないことが直感で分かった。すらすらと、最初から用意していたのだろう言葉を読みあげている舌が、次は何を言うのかと、待ち構えている自分がいる。警戒でなく、若干の嬉しさでもって。
     ヘクトールは自分の折り曲げた指を見つめながら、続きにとりかかる。伸ばした指は、あと3本。
    「はち、……指、好きだな。野菜切ってるときとか、案外器用で、けっこう好き。
     きゅう、君の歩みには迷いがない。そういう生き方は俺にはできなかったからな。付いていくのは大変そうだけど」
     一瞬、言葉が途切れた。
     アキレウスがヘクトールの顔を見ると、ちょうど顔を上げたヘクトールと目が合った。藻に覆われた水面のような瞳の奥で、何かが揺らいだ気がした。ヘクトールはアキレウスの目を見つめたまま、最後を口にした。
    「じゅう、君は優しい。どんなに欠点だと謗られようとも、君の甘さはこのうえない美点だ。できるなら持ち続けていてほしいと思うね」
     ふう、とヘクトールが息をつく。丸められた両手をひらく。
    「これでいい?」
    「ああ。問題ないんじゃないか」
     声が不必要に硬くなっていないか、心もとなくなった。顔が熱い気がする。気のせいだと思いたい。
     ヘクトールの方は終わった終わった、と晴れやかな顔をしているのがなんとも憎たらしい。
     くそ。いまに見てろ。
     アキレウスはぎり、と歯を噛んで、逆襲するべく、口を開く。


    「ひとつ、説明がうまい。戦士でもないマスターに、よく戦術を理解させてる。
     ふたつ、よく人を見てる。落ち込んでるやつは励ますし、興奮してるやつは落ち着かせてる。あれ、意外と助かってるやつ多いと思うぜ。
     みっつ、逆に人に気を遣わせない。アンタの立ち回りは、正直うまいと感心してるよ。
     よっつ、手先が器用だな。ジャックにあげてた紙の馬、よくできてた」
    「見てたのかよ……」
     ヘクトールがぽつりと言った。どこを見ていればいいのか分からない様子で、視線がきょろきょろと落ち着かない。アキレウスは、これがさっきの自分の姿かと思い、ほおが熱くなると同時にざまあみろという気持ちになった。口角が上がりかけるのをおさえて、先を続ける。
    「いつつ、字が綺麗で、読みやすい」
     いつだったか、ヘクトールからメモ書きを渡されたことがあった。すこし右上がりで、全体を見ると整っていて読みやすいが、よく見ると一文字一文字は形が崩れている独特な文字。内容は忘れているから、たいしたことではなかったのだろう。あとで捨てようと部屋の隅にほうって、じつはいまもそこにあることは、永遠の秘密だ。
    「むっつ、いつも黒いマントだけど、俺はあの派手な赤マント、結構好きだぜ。戦場で己を誇示するのは悪いことじゃない。
     ななつ、……笑顔。ヤバい状況でも、アンタが笑ってると大概大丈夫に思える。トロイアの人間はさぞ心強かったろうよ。戦場でアンタが笑顔じゃないの、ほぼなかったからな。
     やっつ、アンタの投擲には信頼をおいてる。
     ここのつ、槍もいいが、格闘もイケたな、アンタ。あれ、もっとやればいいのにって思ってる。
     とお、」
     ヘクトールをちらりと見やる。ヘクトールはうつむいて、掌で顔を覆っている。ほおは分かりにくいが、耳にはほんのりと血が集まっているように見えた。
    「……アンタは、情が深い男だ。自分じゃどう思ってるか知らんが……。冷酷だが、非情ではない。だから、いまでも愛されてるんだろう」
     言い終えると、どこからともなく、「終了条件、達成(コンプリート)」と機械音声が聞こえた。
    「これでいいのか」
    「あー、ウン。もういつでも帰れるよ」
     ヘクトールがよっこら、と立ち上がる。オッサンくせぇ、と笑うと、オッサンだもの、と当然のように返ってきた。
    「いやしかし意外に早く終わったなあ。エジソンとテスラとか、三日くらいかかってたのに」
    「オッサンと三日もこんなところに閉じこめられたら気が狂う」
     違いない。とヘクトールはへらへら笑う。さっき見た、耳まで血をのぼらせた可愛げのある男は幻覚だったのかと思うほど、影も形もない。それがすこし、おもしろくなかった。
    「……おい、ヘクトール」
    「んぁ? な、に……」
     ヘクトールの手首をつかむ。ヘクトールは肩を揺らして、そのままの形で固まった。
     ゆっくり見せつけるように手を目線の高さまで持ってきて、空いた片方の掌を重ねあわせる。指股にこすりつけるように指を這わせ、かるく絡ませて力をこめる。所謂恋人つなぎ、というやつだろう。嫌がらせにその名称をつかうのは極めて遺憾だが、ヘクトールが目を見開いて呼吸も止めているのを見てしまうと、腹の底から笑いがこみあげてきそうだ。
    「オッサン、俺の指好きだっていうの、嘘じゃなかったんだな」
    「お、まえ……ッ」
     息を吹き返したヘクトールの、ノーモーションから繰り出される蹴りが脛に決まった。宝具の効果もなく、防具もつけていないいまでは、激痛は脳天にまで駆け上がってきた。
     声もなくうずくまったアキレウスの頭上からいままで聞いたことのない不機嫌な声が降ってくる。
    「やっぱオジサン君のこと嫌いだわ」
     捨て台詞のような言葉と共に、シュン、とかるい音がして、ヘクトールがシミュレータから離脱したのが分かった。アキレウスは苦笑して、それにつづいた。



     その後。シミュレーションルームに戻ったアキレウスは、マスターから「ヘクトール、いままで見たことないくらい真っ赤な顔して出てったけど、なにしたの?」と不思議そうな顔で言われ、渾身のガッツポーズを決める。
     もちろん、ヘクトールがシミュレーションルームからだいぶ離れたところで壁に背を預けてへたりこんでいたのは知らなかったし、お互いの胸の裡に秘められた感情に気づくのは、まだ先の話だ。
    『視線』

     眠らぬ街NY───
     英雄王ギルガメッシュによって催された武を競う祭典、「バトル・イン・ザ・ニューヨーク2018」は、ここに堂々と完結した。であれば次に来るのは無論、優勝者を祝う祝勝パーティである。英雄王はカルデアに退去したとはいえ、パーティの準備は彼の敏腕秘書、ドルセント・ポンドが滞りなく推し進め、万端の用意をもってはじめられた。
     貸し切りにしたホテルの屋上庭園をつかった立食形式のパーティ。NYの煌めく夜景を眺めながら、参加者たちは食事に舌鼓をうち、会話に花を咲かせる。そこに会するものの顔は一様に晴れやかで、互いの健闘を称えあっているものと思われた───


    「やれやれ、実に平和で楽しそうで、重畳重畳」
     壁面につらなる無数のモニターに目を走らせながら、ヘクトールは一人、こみあがるあくびを噛み殺した。
     ところはパーティ会場から数フロア下がった一室、元は会議室だったか何かだったのを英雄王が指示して、モニター室に改造した部屋だった。モニターの映像は、会場で酒や食事を給仕するゴーレム(アヴィケブロン製)の瞳と連動し、会場をくまなく見張っている。といっても、あくまで揉め事が起きたときの迅速な対処が目的であり、いまのところそういった問題の種は見つかりそうになかった。
    「このまま何事もなく、俺もお役を御免できればいいがね……」
     英雄王が運営側の人手を欲していると聞いて、ヘクトールは自分から名乗りを上げた。今年はかのアマゾネスの女王と我が宿敵がカルデアにそろってしまった。何が起きるとも分からないし、マスターに危険が及ぶやもしれぬ。それなら祭典に参加するよりは運営側にいたほうが動きやすかろうと思ってのことだった。
     英雄王とその秘書殿も、その危険性には理解を示し、うまく対戦があたらないように順番をばらけさせてくれたし、結局彼女と彼とがはちあわせることもなく、祭典は幕を閉じた。女王は今回のパーティには興味がなかったとみえ、すでにカルデアに帰還している。
     平穏無事に一件落着。ヘクトールは今回のイベントの首尾に満足感をおぼえていた。
     あとはこのパーティが終わるまで、会場を離れたところから眺めるだけ。ヘクトールは、回転椅子の背もたれにぎっ、と体重を預ける。
    「……おや」
     そこでモニターのひとつに目が留まる。酒を給仕するゴーレムのひとつだ。恭しくグラスを渡している相手は、よく見知った人物だった。
    「ずいぶんめかしこんでるじゃないか」
     若草色の髪を丁寧になでつけ、ぴったりしたタキシードを着こなす、かつての宿敵。たしか、征服王イスカンダルと組んで、本選まで出場を果たした。優勝者であるマスターと対戦し、敗れたのだったか。
     モニターのなかの彼──アキレウスは、グラスを受け取ると、鷹揚ともとれる薄い笑みでうなずいた。そしてさっさと踵をかえす。すこし先に、ケルトの英雄たちが談笑する輪があった。そこにごく自然にまざっていく。
     ゴーレムの目線は、ヘクトールの手元で制御できる。ヘクトールは目線をモニターから離さないまま手を動かし、なんとはなしにアキレウスの動きを追わせていた。
     均整のとれた長躯は、肩の上にのった顔面とあわさってひどく存在感を放っている。いつもは一房垂らしている前髪も後ろに撫でつけ、整髪料でかためているのだろう、照明があたってきらきらと眩しいくらいだ。
     英雄と呼ばれるものはどの時代、どの地域をとっても美男美女が多い。そのなかにあっても、アキレウスに目が惹かれてしまうのは、やはり生前の因縁ゆえだろうか。
     ヘクトールは寸瞬ぼうっとしてしまっていた。操作を一瞬忘れ、アキレウスの姿を映すままにさせていた。だから、モニターの向こうのアキレウスと目が合ったと感じたとき、自分でも予想外に動揺した。
    「……っと、と」
     あわててゴーレムを自動操縦にもどす。ゴーレムはアキレウスを視界から外し、またひしめくひとたちの間をするすると歩き回りはじめた。
    「あー……やっちまった」
     ここ二週間の疲れが出たのだろうか。仕事中にぼんやりするなど、やるときはやる、を標榜するヘクトールにとっては褒められないことだ。睡眠が要らないサーヴァントの身とて、疲れは溜まる。この仕事が終わったら、また休暇を申請しようか……。
     空間すら隔てていたのにもかかわらず、たしかに見られたと直感させたあの金色の視線をつとめて忘れようとしながら、ヘクトールはモニターを睨む仕事にもどった。


     宴もたけなわ。会場からはすこしずつ人が減っていく。参加者にはこのホテルの宿泊券があたえられている。酔いつぶれたものは、運搬用のゴーレムが部屋に運び、問題をホテルの外に持ち出さないよう気を遣っている。ヘクトールの仕事もようやく終わろうとしていた。
    「はあ、やれやれ……」
     ぐいーっと背もたれに体を預けて全身を伸ばす。猫のように背をそらし、モニターと反対側の扉がある面を逆さまになった視界にいれて、ヘクトールはそのままの体勢で固まった。
    「よお。お勤めご苦労。差し入れだぜ」
     扉は開いていた。廊下の照明を背負って陰になった男が入り口からヘクトールをみつめている。
    「ア…キレウス?」
     いつから。まったく気づかなかった。というかその開けた人物こそが問題だ。
    「なに、して。というかここ、どうやって?」
     参加者にこの部屋のことは当然伝えられていない。間抜けな格好のまま呆然とたずねるヘクトールに、アキレウスはかるく肩をすくめて答えた。
    「獣耳の生えた褐色美人に聞いた。ヘクトールはどこにいるんだ、ってな」
    「どうして俺……?」
    「俺のこと見てたろう」
     当たり前のように、確定事項を告げられる声音で言われて、ヘクトールは今度こそ思考停止しかけた。
     アキレウスは無遠慮に部屋に踏み入ると、モニターを見やってこう言う。
    「ほお。こうなってたんだな。この映像は、給仕のゴーレムの眼か。なるほど、よくできてる」
     ヘクトールは体を起こして、頭を回転させ始める。そもそも、アキレウスはなにしにここへ。そういえばはじめに差し入れ、とか言っていたか。
     見るとアキレウスの手には銀のトレーがあり、紙皿には会場で供されていた食事がのっている。
    「それ、わざわざオジサンに持ってきてくれたの?」
    「あんな物欲しげな目で見られちゃなあ」
     茶化すつもりでかるく聞いたのが、ものすごい勢いで跳ね返ってきた。
     ヘクトールはびしり、と血管が凍るのを感じた。
    「……どうして俺だと」
    「あんな熱烈な視線送ってくるやつなんざ、あんたくらいのもんだ」
    「分からないでしょ、そんなこと。面食いの女の子が君に見惚れてたのかもしれないじゃないか」
    「あんた、俺に見惚れてたのか?」
     しまった、失言だった。その一瞬の沈黙が、なによりの肯定となる。アキレウスのうすい唇が笑みの形にゆがむ。
    「……ま、食べろよ。ここじゃまともにものも食えんだろう」
    「悪いけど、まだ仕事中でね。食事は後でとるからご心配なく。さ、君も部屋に帰ったかえった」
    「露骨に追い出そうとするな。照れてるのか?」
    「誰が!」
     アキレウスはますます楽し気に笑う。対してヘクトールは形勢が悪いことを察して、表情を曇らせていく。
    「……じゃ、退散してやるか。そら、ヘクトール」
    「っ、うわ。なに」
     アキレウスが振り返り際に放り投げたものをおもわず受け取ってしまってから、気味悪げに掌をひらく。うすっぺらい、カードだ。金属でできているそれの表面には、数字が彫り込まれている。
    「使い方は言わなくても分かるだろ? じゃあな。飯は食えよ」
     最後までうすい笑みをくずさなかったアキレウスは、そう言い残して部屋からさっさと出ていった。
     残されたヘクトールは、閉まった扉と手のなかのカードを交互に見、顔をぐしゃりとゆがめ、腕を振りかぶって、……下ろす。
    「馬鹿にしやがって、青二才め」
     ヘクトールは呟いて、憤然と椅子に座りなおす。
     ……仕事が終わったら、このカードキーを突っ返しに行ってやる。あの憎たらしいほど整った顔面に投げ返してやろう。
     そう画策しながら、ヘクトールはいまかいまかとカウントダウンをはじめたのだった。
    『果てで待ってる』(狂剣アキヘク・年齢操作)

     砕けた聖晶石からあふれた魔力が召喚陣に流れ込んでいく。過去の英雄を使い魔として現世に降ろす、奇跡にも等しい魔術的儀式。カルデア式の英霊召喚は、その奇跡をだいぶ容易いものにしたが、自他ともに認める一般人のマスターにとっては、毎度息を呑む光景であった。
     陣の中心から突風が吹き荒れ、まばゆい光が召喚用の部屋を満たす。光の輪は際限なく大きく広がると見せて、突如収縮してはじけた。自然界では聞くことのない音が、鼓膜を震わせる。星が砕けたらきっとこんな音がする。
     ひととき部屋の隅に追いやられた影がいつもの場所に落ち着きを取り戻すころには、マスターの眼前にひとりの青年が忽然と現れていた。マスターは息をするのも忘れ、食い入るようにその姿に見入っていた。数多の英雄と契約を交わしてなお、周囲の空気を圧し潰さんばかりの魔力は異質と感じられた。全身の産毛が逆立つ。ひりひりと肌を灼く、これは怒りだと知っている。
     青年がおもむろに顔をあげる。赤い雷光が閃く瞳孔。虹彩は蜂蜜を薄めたようにうつくしい金色なのに、どうにも危うい印象をあたえた。彼から発される怒りの鋭さと裏腹に、その目がひどく倦んでいるように見えたからかもしれない。
     マスターの緊張を裏切るように、あらわれたサーヴァントの声は穏やかなものだった。
    「バーサーカー、召喚に応じ参上した。我が真名はアキレウス。己の傲慢で親友を死に追いやった男である。さて、マスター。俺が殺すべき敵はどこにいる」
     この場ではじめて発声したとは思えぬほど朗と響くテノール。それでようやく呪縛が解けたようにマスターは呼吸した。声を整えるため一度こほんと咳きこんでから、まだ固い声で話しかける。
    「は…じめまして、アキレウス。自分がカルデアのマスターです。トロイア戦争の英雄、アキレウスで間違いない?」
     マスターの声はわずかに震えた。無理もない。サーヴァントの強さとは、知名度の高さである。たとえ彼がどのような活躍をしたのか知らなくとも、アキレウスの名を知らない人間は多くはいない。なにせ、人体にその名前が刻まれているのだから。もし彼が真にアキレウスなら──否定する気はこれっぽっちも起きなかったが──カルデアにとって喜ばしい事実だといえた。
     アキレウスはしかしマスターの言葉に、ありありと不快の表情を浮かべた。
    「……そうだ。だがマスター、俺と契約を結ぶのならひとつ知っておけ。この俺は英雄と呼ばれるには程遠いものだ。正義もなく、誇りすらも地に捨て、虐殺を行ったものだ。だから、“英雄ソレ”とはもう呼んでくれるな」
     マスターは背筋にぞくりと悪寒が走ったのを感じて、こくこくとうなずく。いくら態度が穏やかでも、彼のまとう怒りが逆らう意思を失わせた。そもそも素直な性質なのだ。アキレウスはすこし表情をやわらげた。
    「……いまの俺はサーヴァント。お前の命ならどんな敵でも殺してみせよう。神話にあるとおり、無慈悲に、冷酷に、鉄の心でもってな。……ああ、だが……」
     アキレウスの瞳がふと翳る。肌を刺すようだった怒りの圧がほんのすこしやわらいだ気がして、マスターはアキレウスを見上げた。
    「ただ、ひとり。どうしても戦いたい、戦って殺さなければならない男がいる。そいつだけは、なにがあろうと俺に譲れよ、マスター」
    「……え、それは、もしかして」
     マスターは賢明にも口を噤んだ。過去の英雄を召喚するにあたり、大雑把な神話、歴史の知識だけは学んでいただけに、アキレウスのいう“ただひとり”に察しはついた。問題はその“彼”がすでにカルデアに召喚されていたこと。しかし……。
     “彼”の姿を思い浮かべる。
     間違いなく、アキレウスが求める人物。だが、彼を見たとき、アキレウスがどういう行動をとるのか。脇目もふらず殺そうとするか。違和感に一瞬でも足を鈍らせるだろうか。
     ──分からない。
     彼はマスターである。仲間であるサーヴァントを軽率に失うわけにはいかない。同時にサーヴァントの望みを無理矢理抑えつけることもしたくない。
     とにかく、この件についてはみんなと相談しなきゃな……。
     マスターは新たにもちこまれた悩みの種に頭痛をおぼえながら、アキレウスにカルデアを案内するために召喚室をあとにしたのだった。

     しかし、邂逅は予想よりずっとはやく訪れてしまう。

    * * *

     その背を目にした瞬間、全身の血がごぼりと沸騰したようだった。
    「ヘクトール! ヘクトール! ようやく見つけたぞ、我が宿敵! さあ、一騎討ちだ、この腐りきった運命に終止符を打とう!」
     アキレウスは青年の背に向かって吼えたてる。見間違えるはずもない、十年とらえることの叶わなかったその背中。肩の線を超えるまで伸びた濃茶の髪。服装こそ戦場でよく見ていたあの緑を基調にした武装ではなく、幾枚の布を重ねた王族風の衣装だったが、それはいまのアキレウスにとって些末事だった。
     戦わなければならない。邪魔をする人間はこの場にいない。描かれた線を上からなぞるようにお決まりの結末だとしても、アキレウスはそこへ向けて走り続ける。そういうものとして召喚された。
     青年はたしかに名を呼ばれてぴたりと足を止めた。そして、特に気負う様子もなく、くるりと振り向いた。
     アキレウスは、瞬間、稲妻が瞳のうらに閃いたように感じた。ちかちかと、目の前の光景と記憶のなかとがオーバーラップする。
     ──ちがう、ちがう。これは俺の知っている男じゃない。
     垂れ気味な大きな瞳をびっくりと見開いて、溌溂とした雰囲気の青年は首を傾げた。
    「えーっと、あなたは、誰?」
     アキレウスは胸を突かれるような衝撃でもって、その言葉を受け止めた。
     青年はアキレウスの知っている男の面影を宿しながら、まだ戦場の地獄を知らない澄んだ緑の目をもっていた。すんなり伸びた肢体は指先まで若さが漲って、野を駆ける駿馬を連想させる。内側から張りつめたような、ぴんとした肌。まだ髭を整えることすら知らないであろう齢(よわい)の青年。どこまでも記憶と食い違う光景に、アキレウスは気づく。
     これは求めていた男ではない、しかし、たしかに求めていた男そのものであると。
     呆然と青年の顔を見下ろすアキレウスに、青年は困った笑顔を浮かべて一歩後退ろうとして思いとどまり、アキレウスをしげしげと見つめ返した。
    「いや、いや……知ってる、俺はあなたを知っているね。あなたはアキレウスだ、違う?」
     青年──若きヘクトールは、はたと手を打った。
     アキレウスは低い声で応える。
    「そうだ。我が名はアキレウス。いずれの貴様を殺すものだ」
    「ははぁ。なるほど、サーヴァントとなるとこんなこともあるんだ。あなたは俺のことを知っているみたいだけど、一応自己紹介するね。俺はヘクトール、クラスはセイバー。俺のこの姿は、トロイア戦争がはじまる前……あなたと出会うよりも前の時期のものだ。だから記憶もそっちに引っ張られていてね。さきほどは申し訳ない」
     屈託なく笑って、手を差しだす。アキレウスは信じられないものを見る目で、その手を見下ろす。鍛錬は欠かさないのだろう、分厚く、指の付け根には剣を握ってできるタコがいくつもある。しかし、ちがう。アキレウスの知るヘクトールは右手を差しだして左手で目潰しを仕掛けてくるような男だ。それなのに、この手には身になじんだ悪意を感じとることができない。
     微動だにしないアキレウスの顔を上目遣いでのぞきこんだヘクトールは、はっとした顔をして、手を引っ込めた。
    「そうか。俺はあなたの親友を殺すのだったね。俺のことが憎いんだろう? じゃあ俺はあなたには近づかないようにしよう。いまは同じマスターのもとで戦わなければならないのだから、お互いを損なうなんてことにはなりたくないからね」
    「待て」
     足早に去ろうとしたヘクトールの肩を、アキレウスはつかんで引き止めた。ヘクトールはびくりと一瞬身を竦ませた。右手がわずかに武器を呼びだすような動きを見せる。さすがに寸前で止めていたが。
    「……話がしたい」


     ヘクトールは、アキレウスを人気のない談話室に案内した。地下施設ゆえに窓はないが、窓を模したスクリーンにはどこか遠いサバンナの風景が映しだされている。おかげで地下空間特有の息苦しさは感じない。だが、それと現状部屋を支配する空気とは別問題だ。
     ヘクトールは備えつけの電気ポットから湯を注ぎ、慣れた様子で手早く茶を淹れると、アキレウスの前に置いた。白い湯気がゆうわりと浮かぶ。
    「……どうぞ。口に合うかは分からないけれど」
    「頂こう」
     そう言っても、手は動かなかった。
     アキレウスは、じぃっとヘクトールの顔を見つめる。すこしでもその顔にいずれの面影を見出そうとするように。
    「そう見つめられると穴が開いてしまうよ、アキレウス」
    「視線で穴は開かない」
    「狂化されると冗談も通じなくなるの?」
    「俺が狂化されていると分かるのか?」
    「なんとなく、だけど。いまのあなたは、俺を殺したときの状態に近いように見える。って、俺がもつ記録がそう言ってるんだ。あなたを狂戦士たらしめるくらいの激情は、親友を殺されたあのとき以外考えられないだろう」
     変な気分だね、まだ経験していないことを知っている、というのは。
     苦笑してカップをかたむけるヘクトールは、純情な若者そのものだ。
     アキレウスは脳裡に記憶を呼び起こす。
     一対の緑瞳は深く、藻が蔓延る水面のようで、水中でどのような流れが起きているのかを知る術はない。だからこそ手を伸ばしたくなって、いつも逃げられてばかりいた。この眼がアキレウスだけを見たのは、一騎討ちのその瞬間だけであり、命の最期ですら彼の眼は、弟がアキレウスを打ち破る未来を見ていた。
     憎らしく、愛おしい緑。
     いま目の前にある、手が届きそうなほど近い緑が、ぱちりとまたたいた。アキレウスはそれで我に返る。
     ヘクトールは呆れたように、背もたれに体重を預けた。
    「あなたは俺をどうしたいんだい。殺したいというなら俺は逃げるしかないけど、話したいというからここに連れてきたのに。黙ってばかりでは何も分からないじゃないか」
     手付かずのアキレウスのカップからは、湯気などとうにたたなくなっている。
    「俺のことが憎いのではなかったの」
    「貴様のことなど憎んではいない。憎むべきは、己の愚かな傲慢さのみだ」
    「おや。そうなのかい?」
     ヘクトールは目をわずかに瞠る。
    「じゃあ、あなたははじめに一騎討ちを呼びかけたね。あれは何故?」
    「何故、だと?」
     アキレウスは喉の奥で暗く笑う。その問いかけが心底おかしいものであるかのように肩を震わせる。実際、おかしかった。この未熟な若者が、真実アキレウスという存在を理解していないことが、露呈されたからだ。「何故?」だって!
     声は暗くとも、笑われているのは分かったのだろう、ヘクトールはやや眉をしかめた。
     ヘクトールにとっても、アキレウスの行動は不可解であり、不愉快だった。一騎討ちを望むのは友を殺された仇だと、記憶が曖昧ながらに思っていたがどうやら違うらしい。しかし、一騎討ちをしようと言った次の瞬間に話がしたいなどと宣う。そしてこうして対面してみれば、意味のある会話はないにも等しい。
     何故殺さない。何故語らない。俺が貴様の望むヘクトールではなかったからか。
     その考えはひどくヘクトールの自尊心を傷つけた。
     どうにかこの将来の宿敵の顔を歪めてやりたい──。その一心で、ヘクトールは年齢相応の若い、意地の悪い笑みを浮かべてみせた。
    「本当に俺はあなたのようなひとに殺されるのかい?」
     アキレウスの唇が弧を描く。辿りつく場所をすでに知っているものが見せる、壮絶な諦観すら透けて見える笑みに、ヘクトールはわずかに気圧された。
    「そうだ、貴様はいつか俺を選ぶ。己の足でここまで歩いてくるんだ」
    「想像できない……」
     ヘクトールは首を横に振った。まだ手入れのよくされている柔らかい髪が肩のあたりで揺らいだ。戦場で砂塵と血飛沫にまみれ、日光に当てられて痛みきるよりも前、戦争が起きなければずっとこうであったろうと思わせるような。
    「俺が国や家族を裏切って、あなたを? 本当にそんなことするのかなぁ」
    「あぁ、そうだ」
    「……そう。まあ、たしかに俺は俺の人生をもう知っているし、やはりあなたに殺されるんだろう。実感は、まったく湧かないんだけど」
     へらりと笑った顔は、アキレウスが知るものとよく似ている。似ているだけだ。同じではない。
    「でもね」
     ヘクトールは身を乗りだして、アキレウスの耳元に囁いた。
    「サーヴァントであるこの俺は、ここより前には進めない。だから、あなたを選ぶことはないよ」
     身を引いたヘクトールはしたり顔でアキレウスを見やる。
     アキレウスの腕が伸ばされ、ヘクトールの髪をすくい上げた。首筋を指がかすめても、ヘクトールは気丈にも睫毛一本動かさなかった。わずかに持ち重りのする濃茶の髪の柔らかさを指で楽しみながら、アキレウスは告げる。
    「貴様がヘクトールであり、俺がアキレウスである限り、この因果は変えられない。いずれ、貴様は俺を求めるようになる。もう出会ってしまったからな。そしてそのときこそが、俺が貴様を殺すときだ」
    「へえ。そりゃ楽しみ」
     ヘクトールはアキレウスの腕を振りはらい、立ち上がってアキレウスを見下ろした。そこには紛れもない王者の風格がある。不敵な笑みを消したヘクトールは、精悍な表情に冷徹さをまとわせて、冷たい声で言い放つ。
    「そうやっていつまでも待ちぼうけをしているといい。貴様の望む結末などここにはない」
     ヘクトールは踵をかえした。談話室を出る前に一回振り向き、「せっかく淹れてやったんだから残すなよ」とアキレウスのカップを指さし、立ち去った。
     アキレウスはおもむろに華奢なカップの持ち手を取りあげ、なかの茶を飲み干した。冷めてはいたが、すっきりした飲み口の後にのこるわずかな苦みが心地いい。カップを置き直し、アキレウスも立ちあがる。唇には抑えきれない喜色が刻まれている。
     いつ彼が手のなかに飛びこんでくるのか。そのとき彼はどんな表情かおを浮かべているだろう。想像するだけで身震いするほどの悦楽が湧きあがる。こちらは待つだけでいい。どちらが正しいか、おのずと分かるときがくる。
    「楽しみだな」
     アキレウスは奇しくもヘクトールと同様の言葉を吐く。そして、静かに笑いをこぼした。
    『終着の証明』

     結局のところ、これは根競べみたいなものなのだ。そして俺はそういう持久戦が得意で、だからこれは俺に有利な戦い……と、油断してばかりもいられないのが、敵の恐ろしさというやつで。いまのところ、戦況は圧倒的に俺に不利なようだった。



    「おまえもつくづく面倒なやつだよ」
    「俺は君みたいに若くもないし単純でもないの」
     自分の掠れた声が癪に障る。酷使された喉はうまく働かず、かろうじて俺を腕のなかに抱きこむアキレウスに届くかという声量しか出せない。
    「最後には絶対こうなるんだ。いい加減諦めろ」
    「やなこった。君に抱かれるなんていまでも悪い冗談だと思ってるのに」
    「別に悪いことじゃないだろう。認めちまえば楽になる」
    「あーあー、聞こえない聞こえない。それをしちまったら俺じゃないんだよ」
     分かってるくせに、そんなことを言う。寝返りを打ってアキレウスに背を向ける。アキレウスはどこか楽しそうに「そうだな。だからこそだ」と言い、腕に力をこめる。熱の気配が近づいて、心音までが感じとれる。嫌だ、落ち着かない。
    「そういうおまえだから、つい追いかけて、捕まえたくなる。それが俺の在り様だ。変わらない……どうしようもないんだ。俺も、おまえもな」
     落とされる囁きはとろける愛の言葉なんかではまったくなく、鎖のようにからみつく息苦しいほどの執着だ。身体を縛める金属の軋みが聞こえてくるようで、俺は少しでも距離を取ろうともがくが、互いの空白が増えることはなかった。どうにも身体が怠くなってきたので、一旦力を抜く。アキレウスが背後で笑ったようで空気が震えた。
    「本当に、どうしようもないよな」
     アキレウスはまるでそれがなにか大事なことの証明だというように繰り返す。
     どうしようもない。どうしようもない。
     弟がヘレネーを攫い、戦争が起こるときも、同じふうなことを誰もが言った。圧倒的な兵力差、神々の思惑。太刀打ちできるものではない。どうしようもできないのだと。
     だからなんだ。負けるのは嫌だ。大切な家族の、民の、嘆きの声は聞きたくない。最後まで、息絶えるまで考え続けろ。勝つために。俺はそれができる。
    「ヘクトール、ヘクトール。……寝たか?」
    「まだ起きてるよ。もう寝るがね。明日も周回だ」
    「そうか。おやすみ、ヘクトール」
     アキレウスは沈黙する。しばらくして規則的な寝息が聞こえてきた。俺は丸太みたいな腕を身体の上からどかし、嘆息する。
     明日も明後日もその先も、汎人類史を守る戦いは続く。立ち続け、走り続けるマスターがいる限り。マスターを守るサーヴァントがいる限り。だから、明日は来るのだろう。
     俺はどうか。
     足は萎えていない。思考は働く。槍も振るえる。俺はまだ、戦える。
     きっと明日も俺はアキレウスに石を投げるし、アキレウスは俺を追いかけまわす。捕まるかうまく撒けるかは状況次第。何度だって試行しようじゃないか。そうして互いの執着が行き着く果てが、生前と同じか否か。否、であると、俺は証明したい。
     自陣深くに攻め入られているいまでも考えは変わらない。変われないのだ。絶望的な状況でも絶対諦めないのが俺なのだから。そこでアキレウスの言を思い出し、思わず笑ってしまう。ああ、本当に俺たちは!


     どうしようもねぇな!
    『ここだけの話』


    「しかし……意外というか、慮外だったというか」
     山稜に輝く雪のごとき白に深紅を交えた髪を大雑把に後頭部でまとめ、常であれば冷厳な光を湛えた月色の瞳もやわらかく細めて、オデュッセウスはくつりと笑んだ。重厚な武装は解かれ、くつろいだ現代風の、ブルーのパーカーにジーンズといういでたちは、なぜか古代の知将によく似合っていた。床に直に置かれた酒瓶や肴の数々を見れば、これが肩肘張らぬ酒宴の真っ最中であることはすぐ知れた。オデュッセウスは片手に陶製の器を持ち、時折楽しげになかの酒をかきまわしながら、宴の始まりからまったく変わらないペースで杯を干しつづけている。それでも言動ひとつ狂わないのはサーヴァントである故か、生来の性質なのか。そのどちらでも、いまはどうでもいいことだった。
     対するのは──
    「ぅん? なんの話?」
     順調に酒精がまわっている、目元をほの赤く染めたヘクトール。こちらも支給品の軽装に身をつつんで、普段からまとっているどこか緩い空気をさらに緩めて搗きたての餅のようになっている。上体はかろうじて起こしているものの、風もないのにふらふらゆらゆらと左右に振れる。本人は酔った自覚がないのか、上機嫌で塩茹でした枝豆を一粒ずつ口に運んではちびちび齧っている。その様子はどこかげっ歯類に似ていた。
    「おまえとアキレウスのことだ」
    「はぁん?」
     酔いのせいか妙に鈍い反応は意に介せず、オデュッセウスはあくまで独り言のように話す。
    「ずいぶん仲良くやっているものだと。俺たちは記録で形作られた歴史の影。生前の縁を、因縁を、簡単に断ち切れるものでもあるまい。事実、ペンテシレイア殿やパリス王子のまえでは、おまえは同盟者として、兄として、役割にふさわしく振る舞っている。だがアキレウスとは……石を投げたとは聞いたが、それでもおまえたちは、うまくやっている。マスターの善性に引っ張られているせいかな」
     ヘクトールはく、と器を傾け、かつんと床に置いた。三日月形に細められた目とつりあがった口元はまるで猫のようだ。
    「やめにしようぜ、オデュッセウス。ここには城壁も敵味方もないんだ。迂遠な訊き方なんてやめて、知りたいことがあるならまっすぐに、獲りにきなよ。別に構わないぜ、俺は」
    「……なるほど。ふむ、それもそうか」
     オデュッセウスも杯を干す。手酌でつぎなおして、透き通った水面を眺め下ろしながら、言った。
    「アキレウスがおまえに向けている感情は、思慕であるように俺には思えるのだが」
    「ふぅん?」
     ヘクトールに動じたところはない。質問を予期していたのだろう。変わらぬ猫の笑みで、空の酒瓶を指先でくるりくるりと転がしている。
     カルデア内でも、レイシフト先でも、アキレウスとヘクトールの姿を見かけることはままあった。戯れ合いに近い、ちょっとした嫌がらせと悪口の応酬。カルデアでは定番の光景であるという。アキレウスがその遣り取りの最中に見せる、ふとした視線、目の色は、敵意というにはやわらかく、友好というには温度が高いと、オデュッセウスには感じられた。そして、それはオデュッセウスにとってよく知る感情でないかとも。
    「俺たちは、影、だからな。生前の遺恨を忘れ、今生を楽しもうという気持ちを否定するつもりはない。俺も現に敵であったおまえと酒を酌み交わしている。ここでおまえを見ていてよく分かった。おまえほどの戦士、男もそうはいまい。アキレウスはあれでさっぱりした男だからな、好感を持つのもうなずける」
    「おいおい、褒めてもなにも出ないぜ」
    「だが解せないのは……」
     オデュッセウスはふと口を噤む。唇が乾いていることに気づき、酒で湿らせた。滑りを良くした舌で言い放つ。
    「おまえの態度だ、ヘクトール」
     ヘクトールは微風程度も表情を揺らさず、上機嫌にしか見えない顔でオデュッセウスのことを見つめている。恐ろしい男だ、と心中につぶやく。重々承知しているはずなのに、どれほど覗きこんでも底が見通せない。手を伸ばせば伸ばすほど、煙に巻かれ、足をとられてはまりこむ底なし沼のような恐ろしさだ。味方となったいまですらも。いや、むしろ近くで観察し知れば知るほどにその思いは大きくなる。
    「おまえはアキレウスを、受け入れるでもなく、応えるでもなく、かといって拒むでもない。おまえは逃げている。───さきほどここに敵味方はないと言ったな。ならば何故だ?」
     ヘクトールは、ふは、と噴きだした。子供に突拍子もなく馬鹿げたことを尋ねられた大人のように。
    「そんなの、決まってる」
     答えは明瞭だった。
    「俺がヘクトールで、あいつがアキレウスだからだ」
    「ふむ?」
     真意を捉えかねて小首を傾げる。ヘクトールはお構いなしに、にわかに勢いづいて身体を前に乗りだしてきた。本当は誰かに話したくてたまらなかったらしい。問題が問題だけに、おいそれと話せるものでもない。
    「そりゃあ最初はね? 驚いたし、気持ち悪いとも思ったよ。かつての怨敵から欲情されるなんてさあ。なんの悪い冗談だって誰だって思うでしょ。そりゃ全速力で逃げますよ」
     あっさり捕まったけど、とヘクトールはからからと笑う。
    「あ、これは無理かなーって、いったんは諦めることにしたんだけど。あいつは俺を殺せるんだ。一回殺されてるからね、分かるんだよ。あいつがその気になれば、いつだって俺を殺せる。……それなのにさぁ」
     くっくっとヘクトールは肩を揺らした。可笑しくて可笑しくてたまらない、というように。
    「アキレウスが、俺になんて言ったと思う?」
     沈黙で先をうながすと、ヘクトールはやけに重々しく唇を開いた。
    「『俺を殺すのがおまえだったら良かった』」
    「────」
     オデュッセウスはさほど意外には思わなかった。アキレウスが、母である女神テティスからふたつの運命──流星のように駆けて不朽の武勲を得る短い生か、華やかさはないが平穏で幸福な長い生か──を提示されていたことを、耳にしたことがあったので。そしてアキレウスが迷わず戦場を選んだことも、トロイアの地でみずからを斃すのは誰であるかと、躍起になって探していたのも知っていた。その役をトロイアの将、勇猛で冷徹な戦士、兜輝くヘクトールにと望んだのも無理からんことと納得さえした。
    「信じられるか? あの大英雄アキレウスが! 俺に殺されたかっただって!」
     ヘクトールは身体をくの字に曲げて、腹を抱えて笑いはじめた。ややヒステリックにも聞こえる笑い声を、オデュッセウスは静かに見つめていた。しばらくして落ち着いてきたヘクトールは打って変わって低く囁くような声量でこぼした。
    「本当にそうだったら良かったのになあ」
     ヘクトールは記録としてしか知らないことだが、オデュッセウスはその目で見て記憶している。無邪気に信じていたものを自分の手で壊してしまったアキレウスの狂乱を。ヘクトールを殺したあとの、アキレウスの振る舞いは、彼がみずからに課していた英雄たらんとする行いから逸脱したものだった。残酷無比な神々でさえ、顔をしかめるほどの。ヘクトールの父・プリアモス王の嘆願により、いったんはヘクトールの死骸を手放したアキレウスだが、燻ぶった想いは埋火となってサーヴァントとして再会したいま、燃え上がったというところか。常人には理解しがたいほど屈折した想いとはいえ、根源を辿ればそこへ行きつく。
     おまえが良かった。おまえがいい。おまえじゃなきゃだめだ。
     執着と恋情と、どこが違うのだろう、とオデュッセウスは考える。アカイアきっての頭脳をもってしても解は簡単に見つかりそうにない。
     ともあれ、疑問は解けた。ヘクトールは戦っているのだ。戦場は変われど、アキレウスとヘクトール、両雄がそろえばこうなるは必然か。これが戦争である限り、ヘクトールがアキレウスに応えることはない。惚れるが負けという言葉通り、アキレウスは自分のすべてを曝してヘクトールに対している。引き比べてヘクトールは、こころを堅牢な壁で囲って陥落せぬよう立ち回るのみ。そしてヘクトールは防戦ともなれば一二を争う大英雄だ。この優位をみすみす手放す真似はしないだろう。絶対に。
    「……なるほど、不敗の軍師たるおまえらしい戦い方だな」
     オデュッセウスはうなずき、つまみの炒ったナッツを口に放った。ほどよい塩味を楽しんでから、ちょっとした意趣返しに出た。
    「しかし、それで本当に勝てるとでも?」
     ヘクトールは沈黙した。やや張りつめた間が落ちる。オデュッセウスは政治家ではないが、場の主導権を握られっぱなしでは座りが悪い。すこしくらいはやり返したいのだった。
    「……おまえさんにはこれが負け戦に見えるのかい」
     無言を返答に代える。城壁を崩すのはなにも暴力だけではない。策略、奸計、頑なな守りを溶かす甘い毒。知らないヘクトールではあるまい。知っていて、知らないふりをするのであれば、ヘクトールはとんだ食わせ者だ。
    「あいつには、もっともっと曝け出してもらわないと。弱点もなにもすべて丸裸にして、そんで……」
    「因果を逆転せしめると?」
     ヘクトールの緑眼がすぅ、と細められた。宝玉じみた硬質で冷たい眼光が宿る。
    「さて。未来のことはオジサンには分からんね」
     はたり、と目を伏せ、瞼をあげたときには冷気は消えている。ヘクトールはへらへら笑いながら空っぽの器を差しだした。
    「酒を注いでくれよ、オデュッセウス」
    「そろそろ控えてはどうだ。部屋に戻れなくなるぞ」
    「つれないこと言うなよ。なぁ……」
     膝でにじり寄ってきたヘクトールがオデュッセウスに顔を寄せる。酒精が多分に含まれた呼気の香りすら感じとれるほど近い。密に生え揃った睫毛がはためく空気の揺れまでも、分かる。さすがに酔いすぎではないかと名前を呼ぼうとしたとき。
    「邪魔するぜ」
    「……アキレウス」
     ノックと同時に扉が開いた。オデュッセウスのそれよりはやや薄い、朝日のきらめきを宿した双眸が、ぐるんと室内を睥睨する。それが自身に向けられたとき、うなじに微弱な静電気程度のぴり、という感覚がはしるのを、オデュッセウスは感じた。戦場で敵と対峙したときと似ている。
     ヘクトールはぱっとオデュッセウスから離れ、アキレウスへ手をひらりと振りあげた。
    「よぅ。きみも飲みに来たのかい」
    「馬鹿。あんたを回収しに来たんだ」
     ああこんなぐでんぐでんになっちまって…、とぼやきながらも空いた酒瓶を手早く片付ける姿がどこか楽しげに見えるのは、多分気のせいじゃない。
    「すまない。俺がいながらずいぶん酔わせてしまった」
    「別にいいさ。こいつがだらしねぇんだ。後片付け、手伝うぜ」
    「もともと俺が用意したものだ。あとは俺がやろう。おまえはヘクトール殿を頼む」
    「そうか。じゃあ頼んだ。オッサンに付き合ってくれてありがとな。オデュッセウス」
    「こちらこそ。楽しい時間だった。また機会を設けたいものだ。……今度はおまえも共にどうだ」
    「んー…、いや、悪ぃけど遠慮しとくわ。軍師サマ同士の飲みになんて、読まれるハラがいくつあっても足りやしねえ」
     別にそんなことはなくごく一般的な楽しい酒盛りだったのだが、言っても理解されなさそうなことはオデュッセウスにも分かった。それに、誤解は解かないほうが、お互いのためだろう。
     アキレウスはヘクトールの脇に手をさしこんで抱え起こすと、ほらしっかりしろよオッサン、と喝をいれて立ちあがった。ヘクトールはといえば、やはり酔いは臨界点だったのかアキレウスの肩に大人しくしなだれかかっている。
    「じゃあな。オデュッセウス」
    「ああ、おやすみ」
     ささやかな嵐が去り、部屋はすっかり平穏にもどった部屋で、オデュッセウスはひとり嘆息した。
     結局、上手く当て馬に使われてしまったな。
     俊足の大英雄は悋気を燃やしている頃だろう。嫉妬したアキレウスがヘクトールをどうするのか…、これ以上の想像は下世話だと、オデュッセウスは思考を止めた。
     まったく、あの御仁もかわいらしい策を練るものだ。
    「この借りはいずれ」
     ひとりごちて、オデュッセウスは最後の杯を干した。
    『出られない部屋』

    「っだああ~~! クソッ!」
     この十数分、全力で技を繰り出しつづけたアキレウスは汗まみれになっていた。いかな半神の英雄といえども、蹴りにも正拳突きにもひびひとつ入らない無機質な壁が相手では、体力より先に気力が尽きた。しかもこの空間、宝具が発動できないようで、戦車で蹂躙もできないときている。アキレウスは腹立ちまぎれに壁を殴りつけ、痛む骨に低く呻いた。
    「気は済んだ?」
     その様を冷めた表情で眺めていたヘクトールは、アキレウスの背に声をかけた。部屋唯一の家具である天蓋付きのベッドに腰かけ、けだるい表情で紫煙をくゆらせていた。振り向いたアキレウスは苛々とヘクトールを睨みつけた。
    「なんであんたは見てるだけなんだよ」
    「無駄だと思ったから」
    「そうかよ。俺が無駄骨折るのを見るのは楽しかったか?」
    「そりゃあもう」
     アキレウスは痛烈な舌打ちをして、壁を見上げた。白い壁一面にでかでかと、「セックスしないと出られない部屋」と書かれている。再度拳を握り締めたが、無駄を悟って力を抜いた。
    「なんだってんだここは」
     数十分前、アキレウスはヘクトールを(なかば無理矢理に)伴ってシミュレーターを起動したはずであった。どこか適当なフィールドを設定し、手合わせをしようと考えていたのだ。が、まばゆい光に包まれ目を開けたときにはここにいた。白い部屋。ぽつんと置かれたレースで飾られた趣味の悪いベッド。唯一あった扉の先はバスルームだった。そして壁に書かれた文字である。
     見える情報だけで判断するのならば、アキレウスとヘクトールはこの部屋に閉じ込められた。脱出の手段は、壁に書かれたことを実行すること…… あまりに馬鹿げた話に、アキレウスは笑う気も起きなかった。
     ヘクトールはよっこらと立ちあがり、髪をぐしゃぐしゃと掻きまわしながら、アキレウスのほうへ寄ってきた。
    「シミュレーターに質の悪いモンでも溜まったかね」
    「どういうことだ、それ」
    「簡単に言えば、バグってやつだよ。シミュレーター内で倒されたエネミーやらの負の情念が溜まりに溜まると、予期せぬ形で噴出することがある、らしい」
     それにしたって酷すぎるバグではないか。アキレウスはげんなりと肩を落とした。誰が喜ぶってんだ、こんな状況。
    「で、どうしたら出れるんだよ」
    「壁は壊せない、宝具も使えないしなあ」
     んー、と気乗りしなさそうに鼻を鳴らしていたヘクトールが、不意に溜息を吐いた。ぐるりとアキレウスを振り向いて、事務的に口を開いた。
    「じゃんけん一回勝負。買ったほうが男役」
    「あ?」
    「ちなみに俺はチョキを出すよ」
    「はぁ? おい、ちょっと、」
    「最初はグー、じゃんけん…」
    「おいまてまてまて」
     ぽん、のかけ声に合わせて思わず手を出してしまった。手など考える暇もなく、うまく指が動かないまま拳を突きだす格好になった。アキレウスは、グー。ヘクトールの手は、宣言通り、チョキだった。アキレウスの勝利である。
    「あーあ、オジサン負けちゃった」
     演技をする気もないのがばればれの、平坦な声に思わずアキレウスはヘクトールの顔をのぞきこんだ。厚い前髪に隠された緑の目からはなんの感懐も伺い知ることはできなかった。顔を背けようとするヘクトールの肩を掴んで引き戻す。
    「おい、あんたなあ」
    「なにか不服か? それともオジサンに抱かれたかった?」
    「そういうわけじゃねえが」
    「じゃ、いいでしょ。抱かれてやるって言ってんだ、黙って受け取んなよ」
     そもそも力を込められていなかった腕を振り落とし、ヘクトールはベッドの脇にかがみこみんだ。ベッド下に置かれていたトランクからごそごそとなにやら取りだして、「準備があるから」とバスルームに消えていく背中を見送って、アキレウスはまったくもって素直じゃない男の上っ面を剥がすにはどうすればいいか、考えこんだ。



     ヘクトールが慣れない下準備を済ませてバスルームを出ると、アキレウスはマットレスの上で胡坐をかいて瞑想していた。ものものしい肩や腰の鎧は霊体化させ、胸当てとアンダーのみの身軽な姿である。これも都合よく準備されていたバスローブを羽織ったまま、アキレウスの前面にまわりこんでベッドに乗りあげた。
     アキレウスは眼を閉じたまま、口を開いた。
    「あんたの態度が気に食わねえ」
    「気に食わなくて結構。だがこっちも尻に指突っこんで歯ぁ食いしばったんだ、その努力に報いるくらいのことはしてくれてもいいんじゃないかねえ」
     扇のような睫毛が震えて、一拍おいて薄金の瞳があらわれた。皓々と光る眼がヘクトールを射抜いた。
    「さっき、わざと負けたな」
     ヘクトールは微笑しながら黙っていた。嘘を吐いてまで否定はしなかった。終わったはかりごとが暴かれても痛くも痒くもない。
    「あんたがそこまでする理由が分からん。自分を抱けと、言えば済む話だった」
    「それ言ったとして、きみ、俺を抱いたかい」
    「最初は拒んだだろうな」
    「そうだろうとも。だから、きみでも分かりやすい土俵に持ちこんだのさ。勝者は敗者を自由にできる。きみの好きな戦いの理ってやつだ」
    「俺のことを分かったふうに言いやがる」
     ヘクトールはちいさく肩をすくめた。アキレウスの癇癪の種は、結局のところ若者らしい反抗心だ。誰かの書いたシナリオ通りに自分が動かされたのが気に入らない。生前、その一念で神にさえ歯向かった男だ。しかしヘクトールも一々子供の癇癪に付き合えるほど悠長ではいられなかった。
    「じゃ、どうしたいんだい、きみは」
    「あんたを抱く」
    「それじゃなんも変わらんじゃないか」
    「違う。いいか。俺は、俺の意思で、あんたを抱く」
     一語一語区切った発音に、ヘクトールはおおきく息を吐いた。面倒くせえと言わなかった自分を褒めてほしい。自尊心の高さには心底敬服する。もちろん皮肉としてだ。
    「ああ、はいはい。分かった分かった。それじゃさっさと始めようかねー」
    「おいヘクトール、抱かれてやるなんて言葉撤回させてやるからな、聞いてるのかおい」
    「もうきみ黙ってなよ」
     ヘクトールはバスローブを肩からずり落として、胸元まで肌蹴させ、アキレウスの前に膝立ちになった。アキレウスが獰猛に唇をつりあげ、尖った犬歯をのぞかせた。そこから先は、たしかに、ひとの言葉は必要とされなかった。


    アキレウスとヘクトール、脱出にかかった時間:1時間と18分。
    『怠惰な朝に』

     目が覚めてはじめに全身がとてつもなく重い泥に包みこまれているのかというほどの気怠さを知覚した。まぶたはひらく。思考も動く。だが身体が自由にならない。息を吸って肺をふくらませようとして、咳きこんだ。それだけで寝そべっているのに疲労感が増した。喉がかひゅ、と鳴る。声帯がうまく閉じきらないのだ。獣のようにうなりながら、なんとか寝返りをうってまわりを確認しようとしたところで、視界の外から声がした。
    「起きたか、ヘクトール」
     通りのいい青年の声に、ヘクトールは、昨晩のことを一気に思いだした。倦怠感と節々の痛み、酷使された喉の理由にまで、思い当たる。
    「悪りいな、昨日は手加減できなくて」
     水、飲むだろ。ペットボトル片手にカーテン越しの朝日を背負った、まぶしいまでに整った顔立ちの青年が笑った。

    「ほんっっっと信じらんねぇ……」
     相変わらずすかすかの声でヘクトールがぼやく。アキレウスに手助けしてもらいながらようやく身体を起こし、ヘッドボードに背をもたせかけている。抱えた膝の間にペットボトルをはさんで、ストローで中身を吸いあげる。一晩中、シーツや枕やアキレウスの背にしがみついていたせいで、握力はどこかへいってしまった。まったくいまいましい。ヘクトールはストローの吸い口をがじりと噛み潰す。
    「こんな起きあがれなくなるまでやるかふつう」
    「あんたがもっと、って強請ったんだろが」
     事実であった。若い盛りでスポーツもやるアキレウスはもとより、年の割に引き締まった身体を維持しているヘクトールも体力にはまあまあ自信がある。昨晩はアルコールもまわっていたことにより気がおおきくなって……つい年甲斐もなくはしゃいでしまった。
     自覚のあるヘクトールはふつと黙りこんで、アキレウスを嘆息させた。
    「果物あるけど、食う?」
    「食べる」
     アキレウスはキッチンから数種が盛られた果物籠を持ってきた。
    「どれ?」
    「手使わなくても食べれるやつ」
    「そんなのあるか……?」
     無難にバナナを選んだ。ヘクトールはもぞもぞと膝に細長い実をはさんで、手を添えて、口と歯で皮を器用に剥いてみせた。あむ、とくわえてやわらかい果肉をかじりとり、もにゅもにゅと咀嚼する。アキレウスはベッドのふちに腰かけて、房つきのぶどうに食らいついた。口許に垂れた果汁を指でぬぐって舐めとる。
    「そっちも」
    「ん」
     指でぶどうの実をひとつつまんでヘクトールの口へ運んだ。実が唇に触れると、裂けるようにひらいてかちりと並んだ歯がのぞいた。吸いこまれるように口内へ消えて、空の指先にヘクトールの唇が触れた。唾液ですこし湿っていた。
     そのまま顎をつかんでくちづけた。たくわえられた顎髭と、寝起きで生えた無精髭のざりざりした感触を楽しむ。さしいれた舌に控えめに絡んでくるのがいじらしかった。
    「……今日はもうしないぞ」
     解放され、わずかに息をあげたヘクトールが牽制する。アキレウスも、むさぼりつくすという気分ではなかった。代わりに今日はベッドの上でだらだら過ごすことを提案した。提案はいくらかのやりとりのあと、無事受け入れられた。豪勢なメインディッシュのあとの、甘いデザートで余韻を楽しむのも、悪くはなかった。
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    #アキヘク
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