かがやきはきみのひとみに きらきらしたものが見えた気がした。
彼のその瞳の中に。
それに突然はっと気づいて、反射的に思わず声をかけてしまう。
「待って、恵」
「……なんですか」
訝しそうな顔でこちらを見る顔に、触れた。
ぐいと顎を持ち上げると、見開かれた瞳がこちらを驚いた目で見ていた。
「んー」
「何してんスか」
はじめ、咄嗟のことに困惑していた恵は、それが段々と落ち着くと今度は苛立ちを向けてくる。
任務後の疲れてるときに突然呼び止められて顔をつかまれたらそりゃそんな反応にもなるだろうけど、確認せずにはいられなかった。
「恵、もしかしてさあ……」
見つめる深い琥珀色の双眸は、いつもの通り自分好みの美しい色を湛えていた。そしてその中に今、確かに見える複雑なプリズム。
特別な色がともって、いる。
「恋、してない?」
「はあ?」
「だから、恋」
「わざわざ呼び止めて言うことがそれですか」
「そうだけど?」
「してる訳ないでしょ」
「即答なんだ」
「なんなんですか?答えたんだから離してください」
仕方がないから顎に添えていた手は離してあげたけど、さっさと立ち去りたいオーラを放つ恵に諭すように言う。
「恵、僕はいつだって真面目なつもりだけど、もし冗談だと思ってるなら違うから。真面目に取り合って」
うわ、めんどくさ……という恵の心の声がモロに聞こえてきそうな顔をされる。
小さい頃から見慣れたそれで、心が簡単に折れる僕じゃないよ、恵。
「つうか、恋とかどうとか、俺たちの生きてるこの世界でそんな話を真正面からしてること自体、おかしいです」
「え〜?術師だって恋バナくらいするよ」
僕は聞いたことないけど。
「特異な空間ぽいですね、生得領域くらいはできてそう」
まさかの恵の呪術師ジョークだ。そんなにも異質なものなのか。
「しませんよ、恋なんて」
余りに気持ちのいい言い切りっぷりだった。
「しないんだ、恋」
「はい」
「ん~~青春における一大イベントなハズなのに……」
「んなモン、人によるでしょ。それに俺は青春どうこうは別にいいです」
「よくないよ。青春はしな」
「しろって言われてできるモンでもないでしょ……」
恵は僕から目を逸らすと、はあ、とため息をついた。
だからって、こんなにも強く言い切れるのは、その理由があるってこと?
彼の境遇や生育環境のせいか。本当に必要性を感じていないのか。
まあ、僕だって恋なんてしたことないけど。
「恵ぃ、ホントにしてない?」
返事代わりの深いため息。
「自覚なくってことなのかな?今始まった系?」
「なんでそんなに勝手な確信を持ってるんですか?」
「だってきらきらしてる」
「ハァ?」
そう、そんなガンを飛ばしてきたって、見える。
「アンタのその目でだって、さすがにそんなことまでわかる訳ないでしょ」
「僕の目だよ?僕の臓器なんだから僕が一番理解してるに決まってんじゃん」
いや、六眼にもさすがにそんな力はないけど。
じろじろ目を見つめられるのがイヤになったのか、恵はまた僕から目を逸らす。仕方がないから、恵のほっぺを意味なく数回つついてから解放してあげた。
そうして、最後の最後まで、恵はとにかくイヤそうな顔をしていた。
それから一週間くらいして。
めちゃくちゃ眉間にしわを寄せながら、恵が僕に報告してきた。
「……あの。恋、してたみたいです」
「…………ン?」
「前話してたでしょう、俺が恋してるとかどうとか」
「……あ~!!うん。エッ?あれから自覚したの?」
「最悪ですけど」
最悪なんだ。
「楽しいものなんじゃないの、恋って」
「人によるでしょ。……五条先生は今まで楽しかったのかもしれませんけど」
いや、僕したことないからなあ。
「で、どう?恋、どんな感じ?」
なんか心の中とか脳みそがキラキラふわふわするんでしょ?知んないけど。
青春じゃ〜〜ん、と僕はニコニコしながらそう聞いたのに、恵は深く長いため息をついて、吐き捨てるようにして、言った。
「もう恋すんのやめます」
「は?」
「疲れた」
「えぇ~ッ、先週の今日なのに??そんなまるで枯れた人間みたいなことを…」
何歳のつもりなの、恵。まだまだ若い盛りでしょうが。
でも、と思った。若いからこそ恋は苛烈で、恵はその濁流の中で今、溺れないよう泳ぐことに、本当に疲れてしまったのかもしれない。
恋ではないけど、眩しいほどに楽しいものに塗れることは、波乗りにも似ていることを知っている。凸凹の日々が愛おしいのは、過ぎたからこそ気づけるものだったりする。それがとても贅沢だったのかもしれないなんてことには、凪いだ海を前にしないと気づけない。
でも、僕が言ってから一週間くらいしか経ってないのに。どんなグロッキーな恋をしてるの、恵。
「振り回されちゃったんだ」
「相手にその自覚があるようでないことが一番気に食わなくて」
「アハハ、愛憎ってやつ?」
恵が、恐らく気心の知れた好きな相手に対してであれ、そんな口を利いていることがなんだか不思議だった。
最初は面白いなと物珍しさで笑っていたけど、段々と胸につかえるようなもやもやが立ち上ってきた。なんだコレ。
つうか、誰なんだよ、恵をそれだけ振り回すやつ。
恵が、僕のほうをじっと見た。ぱちぱちと瞬きをしながら見返す。
恵のこの、上目遣いもほんと見慣れたものだ。もっとずっと下からの目線だった頃から比べると、かなり僕に近づいてきた。それでもまだ、僕には足りない。
「だからもう、関わるのはやめようと思って」
「…へえ……」
何故だかほっとした気持ちの僕がいる。
「フーン、じゃあ恵の恋は終了?」
もう覗き込んでもあの輝きはこの瞳の中には表れないのか。もったいないような、……よかったような。
「はい、もうやめたいのでやめます」
「やめようと思ってやめられるもんなの?」
「さあ…」
「さあって」
「じゃあ、もう俺から連絡することは極力控えるようにするので、先生も俺には本当に出来得る限りしてこないでくださいね」
「は?」
何の話だ、突然に。
「何言ってんの?」
「だから、もう、やめます」
「………ア…?」
「あなたと関わることは」
「それを、恋心の終わりにします」
恵から、まるで三下り半を突きつけるようにして、その言葉が飛んできた。
……ねえ。
恵の趣味、おかしくない?
いやさあ、まあ、恵にとっては、僕は子どものときからずっと、頼もしい大人の格好良くて強くて綺麗なお兄さんだろうけどさ。
でも僕を好きになるのって、なんか。……なんかさあ。
いや、他にももっといるでしょ、付き合う相手とかなら。
いるでしょ………………いや、いるか?呪術界に好ましい人間なんて。
具体的に考え出すと、イカれた人間しかいないのだし、結構むずいな。あ、京都校のあのいい子そうな子とか。恵いい子好きだし。いやでも僕が好きってことは、大人でちょっとワイルドな感じのほうが好みってこと?
ん~~~~~~、聞いてみよ。本人に。
高専内の客間のソファでの寛ぎタイムを中断して、恵の呪力を探った。近くに居そうだと思ったけど案外近くだった。普通に歩いていってもいいけど、驚かせたくて背後に貼り付くようにして突然現れてみせる。
「め~ぐみっ。ねえ、ちょっと聞きたいことあるんだけど」
「…………」
振り向いた恵の顔のえげつないこと。
「あの、前言ってたこと忘れましたか?」
「え?」
ああ、と気づいてから、アッハッハ、と僕は笑う。おかしさもあるけど、何よりも茶化す気持ちで。
「ンなさあ、やめられるわけないじゃ〜ん」
大仰に手をないないと振ってみせる。
「恵は僕のかわいい生徒、君が小一の頃から見てる愛弟子、時には便利な連絡係だよ?関わらないほうが無理に決まってんでしょ」
「……そこは、わざわざ宣言したんだから少しくらいは守ろうとしてくれませんか」
「や~だ♡」
「…………」
「恵の勝手で僕のこと好きになったんだから、僕がそれに応じる必要性なんてないもん」
ビキ、と青筋が立つ音がしそうな顔つき。これ、恋する相手に見せる顔なの?
「それに、恵が僕に会いたくなくても僕は恵の顔が見たいし。君がおじいちゃんになるまでずっとね」
「…………」
「殺意すら感じる目つきだねえ」
恵がため息をついて、乱暴に頭をわしわしとかいた。
「俺が悪かったです。相手をどう考えても間違えました」
「ンー、恋する相手って選べるもの?」
「選べたら先生だけは避けます」
即答だった。ウーン、可哀想だね。
「……僕のこと、きらいになってもいいよ?」
そう言って、微笑みかけてみる。
「好きなのがイヤなら、真逆になればいい」
愛憎。愛の気持ちが傾けば、それはその深さの分だけ憎しみに変わる。だけど、もしもそっちのほうが楽なのであれば、恵は僕を憎めばいい。そうすることで吹っ切れるものもあるのなら。
「……なれるわけないでしょ」
恨みがましい呟きの声。
思わず、ときめいてしまった。
それに、ちょっとだけどぎまぎしていると、恵は僕を真っ直ぐ見て言った。
「愛ほど、歪んだ呪いはないんでしょ」
「んー、なんかそれ…昔憂太に言った覚えがあるような」
「乙骨先輩から聞きました。あなたがそう言ってたって。気づいた時点で……多分もう、どうにもなりませんよ」
細い身体を支えるようにして、片腕でもう片方の腕を抱いている。俯いた顔は、どう見ても幸せそうには見えない。
僕のことを好きになってしまったばかりに、呪いに囚われたかわいそうな恵。
かわいそうで……
なんだかかわいいな、と呟くようにぽつりとそう思ってしまう。
「苦しい?」
恵の俯いた顔を覗き込むようにして見つめる。
「…僕が恵に恋してあげれば辛くなくなるのかな」
「……アンタなあ」
「でも無理だね。恋なんて。誰にもできる気はしないけど」
口角を上げて、静かに笑う。
「恵には特に無理」
綺麗な瞳がたたえる光が、クラックを散らせたように見えた。美しい琥珀が、傷ついた色を見せている。
ごめんねという感情があふれるのと同様に、こんなふうに、この子のことを傷つけられるのは自分だけなのだと思うと、仄暗い優越感がわき出した。好きになる相手を、多分本当に間違えてる。
だけどやっぱり、ごめんね恵。
僕は今君がいる地獄へは一緒に行ってあげられない。
だってさあ。
恋なんて、できるわけないでしょ。他ならぬ恵には。
僕は君の父親の仇で、豆粒みたいな頃から知ってて、君を術師としてずっとここまで大事に育ててきて。天敵同士っていう因縁が僕らが生まれる遥か昔からあって。あしながおじさん?光源氏…は気持ち悪すぎるな、あとはそう、ロミジュリかっつーの。
ないない。恵に恋するなんて。
あるわけがない。
恵が僕に見せてるような、あんな瞳を、僕が恵に見せる日が来ることなんて。
それから、一週間後。
缶詰任務が終わってようやく高専に来られたので、前みたく恵の背後にぬっと現れる。
サプライズ登場のあと、告げる言葉を携えて。
「めぐみぃ」
「……あの、そうやって急に現れるのマジでやめてくれませんか?」
「ねえ」
「…なんなんですか?」
「ねえ、聞いて」
「聞いてます」
「……………」
「…ん?」
「………………………」
「はあ?ちょっとぼそぼそ言いすぎてて何言ってんのか聞き取れないんですけど」
「なんで?」
「その声量で喋ってくださいよ」
「えー、…あの」
「はい」
「…あのさあ」
「ん」
「僕」
「はい」
「……恵のこと、好きになっちゃったみたい」
「………………………………はあ?」
🌹「似た者師弟!!とんだ茶番じゃねーか!!」
~HAPPY END~