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    私愛個中ソープスクール、ピリオド・アズール 現行未通過✖
    先に読んでおくといいかもしれないCS
    ソープスクールHO4
    ピリオド・アズールHO1
    「セ・ステッソは、個展をやらないの?」

     眩しくて、羨ましくて、憧れて、そうして憎らしいとすら思った。勿論、彼女自身には責も非もないことも分かっていた。そんなことは承知の上で、どうにも自分には、彼女が羨望と憧憬、加えて嫉妬の対象に写ったと言うだけの話だ。
    「……やるつもりはないと今日何回言ったと思います?」
    「これで四回目かな」
    「遠回しにしつこいと言ってるんだよ。きみはそれすら分からない馬鹿じゃないと思ってたんだけど」
     真意を、真意とおまけみたいな嫌味を、直接口にする。四度目のやりとりとなると痺れも切れるのだ。いつも曖昧な笑顔と胡乱な雰囲気で煙に巻いて奥手に伝えているのだから、随分と珍しい。そんな風にするのだって、そうでなければオブラートという繭を内側から裂き破らんとするからだった。然れど、剥き出しのそれを喉元に突き付けられようと、彼女は分かってるよ、とでも言わんばかりに綺麗に笑うのだから。真に、自分には彼女が全く分からなかった。
     楝藍蝶という女性は自分と同じ大学出身だと言う。思い返してみれば、確かにそんなひとはいた。類稀にも多くの引き出しを持ち、殊更絵画に於いては深い造詣を持つ『物好き』。その才を振り翳す訳でもなく唯只管に凡ゆる作品を観察し続けていた彼女は、『芸術家』の渦巻くあの小さな社会ではそう呼ばれていた。ただ、自分が知っているのはこの程度のことだ。如何せん『妹』を探し、その存在を軸として人生を回していたものだから、噂を流布するひと達にもその噂の実際にも、結局のところ興味がなかったのだ。
     ——否、もうひとつだけ噂を耳にしていた。一度、大学の同期会に赴いた時に否応なく耳に注がれた噂話。それこそ、結局彼女は芸術家にはならなかったというものだ。正直なところ、自分はそんな噂話よりも憐憫に澱むその場の空気が気に障っていたから、その真偽なぞ気に留めたこともなかった。しかし、ひとつだけ考えたことを挙げるとすると。確かに潜み煌めく『個』を貫くだけの自信が無かったのだろう、と。そう考察しただけだ。

    「私はね、もったいないと思うんだよ、白波瀬くん」
     そんな言葉は傲慢じゃないか、と思う。勿体無い、という言葉には別段好い感情を抱いたことがなかった。あの時、彼女の知らないところで嘲笑交じりの同情と共に同じ言葉を吐いていた下卑た連中は、今だって芸術家と呼称されている。目の前の彼女と芸術家サマ方が一緒だとは思わないが、どうにもそこに当事者としての目線が足りていないように感じていた。本人たちにとってはそうではないのかもしれないが、自分には無情な他人事と相手への期待を綯い交ぜにした生温い押し付けに過ぎないのだ。
    「自分のことを棚に上げて、よく言えたものですね」
     自分は楝藍蝶というひとについて殆ど何も知らなければ、一度彼女の開いたという個展に足を運んだだけだった。だがそれでも、その時に垣間見た芸術への真摯さを自分は少なからず評価していた。今だって、この短時間に交わした彼女の言葉の節々から感じる真っ直ぐさに評価を変える気はない。だからこそ、「勿体無い」なんて彼女が口にするのが妙に気に障る。手元にあった嫌味を投げつけたのだって、ただの八つ当たりなのかもしれない。
    「きみは漸く、自他共に認める芸術家になれたんでしょう。一介の覆面芸術家に割いている時間なんてないんじゃあ、ないですか」
    「私はそこまで生き急いでいるわけじゃないし、やりたいことはやってるよ。それに、それなら白波瀬くんだってそうでしょう? あなただってようやく芸術家になれたひとじゃない?」
    「……」
     食い下がるならまだしも、完膚なきまでに真っ直ぐに打ち返すものだから質が悪い。確かに、これでは味方も敵も多く作るだろう。大学という小さな社会の中でさえ彼女を深く知る者が居なかった事実に、ようやく合点がいった。
    「白波瀬くん? どうしたの?」
    「あのさぁ、楝さん」
    「な、なに?」
    「……やっぱりきみのこと苦手だな、僕」
     彼女は少しだけ驚いた後、何故か嬉しそうに笑った。

    「それにしても、何で白波瀬くんはそうなの? この間公募展に出していた絵、すごく良かったのに、白波瀬くんってば表に一切出ないから一時話題に上がって終わりになってたんだよ?」
    「あぁ、その話に戻ってきちゃったか……」
     存在の証明とは、何か。
     自分はその問いに、自分は端から自身の証明をするつもりはないと答えた。どうやら、それが良くなかったらしい。当初三十分でいいと言っていた時間は既にその三倍を超えている。自分はただ、妹に手向ける花を買いに、久々の日本を歩いていただけなのに。平日の昼過ぎ、つい二日前までいた場所との時差を真正面から受けて、眠い目を瞬かせていただけなのに。不図すれ違ったひとから、既に捨てたつもりでいた名前で呼ばれるなんて。思えば、あの時自分が振り返っていなければ一時間半もこの話に付き合う必要だってなかった。自分の選択ミスだったのかもしれない。時すでに遅しとなった今では、ただ溜息を産生する他仕様がない。
     元はと言えば。白波瀬私という人物とセ・ステッソをイコールで結んだことに何の違和感を抱かなかった彼女がおかしいのだ。率直に言うと、名前を呼ばれて話しかけられたとき、自分には彼女が誰だかパッと思い出せなかった。当たり前だ、同じ大学の出身ではあったが学年は別で、学生時代に特別何か交流を持った覚えもなかったのだから。総合大学でないにしろそこそこ人の多い大学において、然したる交流もないひとの顔も名前も、直ぐに手に届く範囲にはないのである。そんな自分の名前を呼んで、困惑する自分をよそに半ば強引に近くの喫茶店に押し込まれたかと思いきや、『セ・ステッソは個展をやらないの?』だなんて開口一番問われたのだから、面食らった自分は別におかしい反応はしていないはずだ。
    「そもそも━━そもそもだよ、楝さん」
    「ん?」
    「何で僕だって分かったんですか?」
    「……それは、」
     どちらの意味なのか、と彼女は問う。昔と姿を少し変えた今の自分が白波瀬私であると分かったことか、セ・ステッソが白波瀬私であると分かったことか、どちらについて聞きたいのか、と。正直なところどちらでも良かったが、敢えて後者を選択して、提示する。後者を選択したことに深い意味はない。どちらを聞いたって、結局自分は空に放り出していた存在の証明を、彼女の前でする羽目になったことに変わりはないのだ。
     ━━簡単なことだよ、と彼女はこちらを見据える。色の違う両の双眸が突き刺さるようで、本当は目を背けたかった。それと同時に、過去の彼女が何故芸術家になれなかったのかを察した様な気がした。

    「白波瀬私は、いつもキャンバスに乗せる色がある」

     彼女の観察眼には感服だ。嗚呼、この万能の『物好き』め。

     結局のところ、直感が確証と提示するものが数あれど、確信はなかったのだという。でも、直感は大抵の場合正しいから。そう宣う彼女に、もう何も言い返す気が起きなかった。

    「それで、きみは僕に関して何がそんなに不満なんだ。僕がどれだけ覆面でやっていたって、心底きみには関係のない話だろ?」
    「不満な訳じゃない。不満な訳ではないんだけど……」
     そう言って、彼女は口を噤み、目を伏せる。左手を口元に当て、思案の海に漕ぎ出した様を確認し、自分も思考に身を沈めた。いつだって彼女は真っ直ぐに自分の感性を信じて進む。故に、こうして言語化を求められると━━筆と色を以って表せるのだとしても━━彼女は困るのだ。決して交友関係があったわけではないが、そんなことはこの一時間半で嫌というほど伝わってきた。
     どれだけ真っ直ぐ進むことのできる人でも、道灯が消えてしまっては目的地に辿り着けるはずがない。彼女が今まで芸術家となれなかった理由はそこであろう、と考察をする。
     灯りを得たのだろう。この世界に存在する理由を、自分の座ってもいい席を。
     ━━彼女に、与えたひとが、居るのだろう。
     決して羨ましいわけではなかった。ただ漠然と、偶然の巡り合わせの非情さを突きつけられたような気がしていた。全ては限られた量しか存在しない、なんて言うが、結局のところ限られた全てにいつ巡り合うかが人生の全てを決めるのだから、運命なんて浪漫の象徴なんてものではなく、ただの非情な確率に過ぎない。だからと言ってどうということもないのだが、それでも彼女と自分を比較している自分が否定できないのだから、もしかしたら心のどこかでは彼女を羨んでいるのかもしれない。もしも、本当にそんな自分がいるのであれば今すぐにでも滅多刺しにして殺してやりたいものだが。
     兎も角、彼女の芸術家としての成り立ちは、あまりにも自分と異なっていた。
    「なぁ、きみ」
     この世界の片隅に己を示すことで芸術家になった彼女と、この世界から存在を消すことで芸術家になった自分。自分に彼女が共感できないように、彼女に自分は理解できないだろうことは分かっていた。それでも尋ねてしまう「私」を、自分はいつだって持て余していた。
    「人生の主軸を喪った時、楝藍蝶は何をする?」
    「……何を、って?」
    「どの様に生きるか、だ。僕は、自分の居場所を捨てた。自らの存在証明の代わりに、もういない存在の証明を行うために」
     吉良えりなというひとと、美影杏というひとが確かにいたのだということを、世に知らしめたい。自分が全てから逃げて、逃げて、棄てたのは、状況への疲労感と、ただそれだけの理由だ。あの二人、そして置いてきてしまった生徒たちを知るひとたちの前で、彼女らの証明を行いたくはなかった。一人はもういない。一人は彼女らに思い入れがない。もう一人は、結局、自己だけを愛した。僕は、彼女らへの愛を以って証明を為したかった。だから、全てを捨てたのだ。
     今だって、その選択は間違っていないと信じている。どうしようもなく、愛のみを己が武器として振りかぶるしかできないとは、痛いほど自認していた。自分は聡明でもなければ屈強でもない。言葉でも肉体でも、自分も相手も守ることなんてできやしなかった。そうなのだとしても、それしか方法がなかったのだとしても。自分は、その在り方をこそ、他者の存在と共に証明していたかった。
     自分が彼女に提示した問いに、彼女がどう返答するかなんて皆目見当がつかない。自分には彼女が理解できないなんて言うのは、この短期間で分かり切ったことだった。それでも自身の在り方と彼女の在り方を対比させる問いを投げつけて仕舞うのは何故なのだろう。自らの存在証明、だなんて。とうの昔に捨てたと思っていたその答えが足元に転がっているような気がしたが、敢えて無視を決め込むことにしていた。
     そうして、前触れなく存在証明は為される。彼女が思考から上がる時、少なくとも自分の前では常にそれは唐突だ。
    「━━きっと、その場から動けなくなる。けれど、絵筆を運ぶ手は止めない」
    「手元も足元も、灯りを喪って己さえ見えなくなったとしても?」
    「……うん。それが、私自身の存在証明だと信じているから」
     少しの静寂を飼い殺して彼女が提示した回答は、やはり自分には理解ができなかった。
     でも、それでいい。それでこそ、「私」と「個」の証明だと、僕は思うからだ。

     人を怨むという執着を、どこに置き忘れたのだろう。
     妹たちが死した場所を訪れ、先ほど購入した花束を手向ける。自分が海外に逃げてしまったばかりに、彼女らの墓を作ってやれなかったことを、今更ながら後悔していた。
    「えりな、杏、ちゃん。宝木くん、沼尾くん、大橋さん。僕が来るまでに、どなたか訪れたりはしましたか?」
     白波瀬先生として、または兄として、発声をする。誰かの返答は望んでいない。教師として失格である自分がこうしてここに訪れるのも、生涯をかけて誰にも許されない罪への贖罪に違いなかった。
     彼女らは、僕を、僕らを怨んだのだろうか。ここを訪れるたびに、そんな考えが纏わりついては毎度のように無意味だと頭を振っている。
    『私は、今でも恨んでいる人はいるよ』
     三十分前に漸く別れた彼女はそう零していた。それがどのタイミングだったかはもう忘れてしまったが、今思えば、彼女は言外に自分は恨む人はいないのかと問うていたように思う。彼女自身が自分の状況を知っているとは思えなかったが、今の自分の在り方を聞けば至極当然の疑問であったように思う。
     実際のところどうなんだろうな、なんて他人事みたいに思ってみる。自分に幾ら問うてみても、誰かを怨むなんて気持ちが一切湧いてこないのだから、自分は随分と諦めが早いのだろう。きっと自分が怨むとしたら、今も尚どこかで生きているあの二人に違いないのだが、不思議なことに自分は彼らに何の感情すら湧かなかった。熱くもなければ冷たくもない。ただ、温度のないものがひたすらに広がる凪だ。
     そうして、不図。
     死んでしまったのだろうか、と思う。

    『私はね、もったいないと思うんだよ、白波瀬くん』
     彼女は、どんな意図でその言葉を発したのだろう。もう二度と巡り合うことはないであろう彼女に今更問い質すなんてどだい無謀な話だ。そもそも、不満な訳ではないのだなんて彼女自身が言葉に迷ったことが、果たして詳らかになることがあるのだろうか。もしも、もしも。彼女が、その言葉をひとの死を悼む意図を含んでいたのだとしたら、━━

     クラクションの音に、ハッと顔を上げる。
     見れば、背後に乗用車がいた。道端で座り込む自分を不審に思ったのだろう。なんだか申し訳ない思いに駆られ、ここに手向けるためではない花束を携え、慌てて足早に街へと足を向けた。クラクションの音は、いつだって心臓に悪い。意識外から飛んでくる鋭い音に、すっかり思考は吹き飛ばされていた。これで良かったのかなんて、今の頭では考える暇もなかった。ただ、あのままでいたら危うく交通事故の原因となるところだった。クラクションを鳴らして警告してくれた見知らぬ乗用車に感謝の念ばかりが募る。バクバクと煩い心拍が嫌に頭にこびりついて仕方なかったから、どうか早く鎮まってくれと願うのは仕方のないことだと思うのだ。
    「あーっと……鳥喰さんの自宅は……」
     急かされるように次の目的地へと向かう足を速める。逸る気持ちと裏腹に手中の花束は未だ色鮮やかで、その技術にどこか感嘆すると同時に。

     無理に生かすようで、どうにも気持ち悪かった。
    睢水 Link Message Mute
    2023/09/26 0:07:54

    私愛個中

    「私」と「個」のままならない話。

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