寝ている間に
寝てしまったらしい。
ズィヴィルはそっと横で本を読んでいたはずのダイアナに目をやった。本を持ったままソファの上でごろりと転がり、寝息を立てている。連日の激務――国王主催のパーティーが王宮内で開かれていた――で疲れが溜まっていたのだろうか。ダイアナが本を読みながら寝てしまうとは珍しいとズィヴィルは少し驚く。
「風邪をひくだろうが」
そう呟いて、自分が読んでいた本のページに栞をはさみ、ダイアナの読みかけの本も同じようにする。起こすのもかわいそうなので、そのままズィヴィルはダイアナを抱きかかえて寝室のベッドまで運んだ。
ダイアナを寝かせて、髪の毛が顔にかかっていたのでズィヴィルは手で払ってやった。ダイアナは――本人に言おうものなら烈火のごとく怒るのだが――丸い顔立ちをしている。その丸っこさをズィヴィルは可愛らしいと感じるのだが、ダイアナは自身はかなり気にしているらしい。
以前、ダイアナに神妙な顔で相談があると言われた。その内容は、自分は童顔で悩んでいるということだった。ズィヴィルは思わず噴き出しそうになり、そんなことは気にしなくていいと答えた。しかし、ダイアナはさらに難しい顔をしてこう続けた。
「この前、ズィヴィル団長と屋台巡りしたじゃないですか。あの時に、屋台のおばちゃんから『お兄さん? お父さん? 若くてかっこいい人ね』って言われたんですよ」
「……? 何が言いたいんだ」
ズィヴィルが褒められたらしいことをダイアナが嫉妬したのか。などと考えたが彼女はそんなことで思い悩んだりしないだろう。ズィヴィルが尋ねるとダイアナはしょんぼりと悲しそうな顔をした。
「私、彼女として見られていなかったっていうことです。ズィヴィル団長と釣り合ってないってことですよ!!」
童顔だから大人っぽく見えず、彼女として周囲は扱わない。ダイアナはそう言いたいらしい。ズィヴィルはダイアナの腕を強引に引いて抱き寄せた。焦って顔を真っ赤にしたダイアナの耳元で優しく、甘くささやいた。
「気にするな、周囲がどう思っていようとお前はお前だ」
「うぅ……うぅ……ありがとうございます……」
案の定、ダイアナは泣きだしてしまった。
そんなことを回想して、ズィヴィルはダイアナの頬を、髪を撫でた。よく眠っているらしいダイアナはいっこうに起きる気配がない。呼びかけてみてもぴくりともしない。よほど熟睡しているようだ。
それが分かって、ズィヴィルはダイアナの顔に自分の顔をぐっと近づける。
「おやすみ、ダイアナ」
そう呟いて、ズィヴィルはダイアナの口にキスをした。首筋にもキスをし、満足したズィヴィルはベッドの端に腰を掛けて本の続きを読み始めた。
***
急に後ろからぎゅうっと抱きつかれ、ズィヴィルは本に栞を挟んで閉じた。本を近くに置いてから話しかける。
「おはよう、ダイアナ」
「おはようございます……ズィヴィル団長」
なぜか、不機嫌そうにダイアナは答えた。
彼女はいつも寝起きがいいから、寝起きだから機嫌が悪い、ということではないのだろう。どうしてダイアナが不機嫌なのか、とズィヴィルは考えるが思いつかないし、ダイアナの顔が見えない。
ダイアナの顔が見たくなったので、ズィヴィルはダイアナを引き剥がし、自分の膝の上に乗せた。ダイアナは自分の唇に手で触れて真っ赤な顔でうつむいている。
「団長、あの。私寝てしまって……ここまで運んでくださったんですよね?」
「ああ」
「……あの」
ズィヴィルはダイアナが何が聞きたいのか分かっていたが、何も言わない。ダイアナは顔を真っ赤にしたまま、小さな声で呟く。
「キス……したんですか」
「した」
あまりにもあっけらかんとズィヴィルが言い放ったので、ダイアナはみるみる目を大きくして、ズィヴィルの膝から飛び降りようとした。しかし、ズィヴィルが逃げられないように強い力で抱きすくめる。
「何を拗ねているんだ?」
ズィヴィルが意地悪くダイアナの耳元でささやくと、ダイアナはズィヴィルを握りこぶしで叩きながら何やら怒っている。ダイアナはもう、もうと怒っていたが、ズィヴィルが離そうとしないので諦めてズィヴィルを見上げた。
「私が寝てる間に、キスしたんですか!」
「寝てしまったお前が悪い」
「そうですけど……ええと、もう! もう!!」
顔を真っ赤にしてまた怒り始めたダイアナの頭をなでて、ズィヴィルは笑う。
「キスされた記憶が無いから、怒っているのか」
「…………はい」
「キスして欲しいなら、そういえばいい」
ズィヴィルがそう言うとダイアナはとうとう黙りこんでしまった。
「ダイアナ、お願いしてみろ……ほら」
「……えっ、あの」
「キスして欲しいんだろう?」
ズィヴィルがそう言って、ダイアナの顔を持ち上げ、目を合わせる。ダイアナがすぐに目をそらしてズィヴィルから逃れようとしたので、また抱きすくめた。
ダイアナはやはり諦めて、おとなしくなった。
「団長のいじわる!」
「はいはい」
本人は真剣に言っているらしいが、ズィヴィルはつい苦笑してしまった。ダイアナが頬を膨らましている姿は小動物を連想するから、ついおかしくなってしまう。ズィヴィルはダイアナの頭をぽんぽんと叩いた。ダイアナはまた怒り始めたが、ズィヴィルが背中や頭をなでているうちに少し落ち着いたらしい。
「……ヴィルのばかっ」
ダイアナが小さく呟いた、その言葉を聞き逃さなかったズィヴィルはダイアナの口にキスをした。
「出来るじゃないか」
そうズィヴィルがダイアナを褒めると、ダイアナはうう、とうなってズィヴィルに抱きついてきた。ズィヴィルはたまらなくなって、ダイアナにもう一度キスをした。キスをされたダイアナは耳まで真っ赤にした後、ズィヴィルの頬にキスを返してくれた。
「いつも、そう呼んでくれていいんだぞ」
「嫌ですよ~……恥ずかしいんですもん」
ダイアナはズィヴィルから目をそらしてそう言った。
ダイアナがヴィル、とズィヴィルのことを愛称で呼んでくれるようになるのが、ズィヴィルは近い将来だと予感した。【Fin.】